説明

間葉系幹細胞を含む細胞シート

【課題】間葉系幹細胞は,心筋細胞および血管内皮細胞に分化することができる多分化能を持った細胞である。本発明においては,間葉系幹細胞シートが,その多分化能およびin situで自己成長しうる性質のため,高度に障害を受けた心臓の治療剤としての可能性を有していることを示す。
【解決手段】脂肪組織由来の間葉系幹細胞を培養して間葉系幹細胞シートを作製した。ラットに心筋梗塞を作製し,その4週間後に間葉系幹細胞シートを心臓に移植した。間葉系幹細胞シートは瘢痕化した心筋表面に容易に定着し,in situで徐々に成長し,4週間で厚い層(約600μm)を形成した。成長した移植間葉系組織は,新たに形成された血管,心筋細胞および未分化な間葉系細胞を含んでいた。定着した間葉系幹細胞は,心筋梗塞をもつラットにおいて,瘢痕領域の心筋壁の菲薄化を抑制し,心機能および生存率を改善した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心血管疾患を治療するための方法およびこの方法に用いる細胞シートに関する。
【背景技術】
【0002】
医学および外科手術の進歩にもかかわらず,うっ血性心不全はなお心血管疾患の罹患率および死亡率の主な原因である(Cohn, JN.. N. Engl. J. Med. 335, 490-498 (1996))。心不全の主な原因である心筋梗塞は,心筋組織の喪失および左室機能の障害につながる。したがって,瘢痕化した心筋を修復することが,心不全治療には望ましい。心筋組織再生のために骨髄細胞を針で心筋内に注入することはこれまでも行われているが(Liu, J. et al., Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol. 287, H501-511 (2004); Reinlib, L. & Field, L., Circulation 101, El 82-187 (2000); Schuster, M.D. et al., Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol. 287, H525-532 (2004); Kocher, A.A. et al., Nat. Med. 7,430-436 (2001); Bel, A. et al., Circulation 108, II247-252 (2003); Ishida, M. et al., J. Heart Lung Transplant. 23, 436-445 (2004)),心筋梗塞後に薄くなった瘢痕領域において十分な厚みを持った組織を再生することは困難である。
【0003】
骨格筋芽細胞,胎児心筋細胞,および胚性幹細胞は,心筋組織再生における移植可能な細胞ソースであると考えられてきた(Herreros, J. et al., Eur. Heart. J. 24, 2012-2020 (2003); Skobel, E. et al., Tissue Eng. 10, 849-864 (2004); Hodgson, D.M. et al., Am. J. Physiol. Heart. Circ. Physiol. 287, H471-479 (2004))。しかし,これらの細胞では血管網の形成がないために,多層の組織を構築することができない。
【0004】
心不全患者の治療法として,注射針を用いた細胞移植による心筋組織再生が行われるようになってきた。しかし,この方法は,厚みのある心筋組織を再生することができない。厚みのある心筋組織の再生には,細胞シートの多層構造体が必要であると考えられる。最近,岡野らは,温度応答性培養皿を用いた細胞シートを開発した。細胞シートは,トリプシンのような酵素処理が必要でないため,細胞と細胞との結合および接着蛋白が保持される(Shimizu, T. et al., Circ. Res. 90, e40-48 (2002); Kushida, A. et al., J. Biomed. Mater. Res. 51, 216-223 (2000); Kushida, A. et al., J. Biomed. Mater. Res. 45, 355-362 (1999); Shimizu, T., Yamato, M., Kikuchi, A. & Okano, T., Tissue Eng. 7, 141-151 (2001); Shimizu, T et al., J. Biomed. Mater. Res. 60,110-117(2002); Harimoto, M. et al., J. Biomed. Mater. Res. 62, 464-470 (2002))。このような細胞シート製造技術は,心筋組織の再生に有用であると期待される。ただし,これまでの細胞シートでは血管網の形成ができないため,十分な厚みのある組織の再生は困難であった(Shimizu, T et al., J. Biomed. Mater. Res. 60,110-117(2002); Shimizu, T., Yamato, M., Kikuchi, A. & Okano, T., Biomaterials 24, 2309-2316 (2003))。
【0005】
間葉性幹細胞(MSC)とは,骨髄中に存在し,多分化能をもつ体性幹細胞である(Makino, S. et al., J. Clin. Invest. 103, 697-705 (1999); Pittenger, M.F. et al., Science 284, 143-147 (1999))。間葉系幹細胞は,骨芽細胞,軟骨細胞,神経細胞,および骨格筋細胞のみならず,血管内皮細胞(Reyes, M. et al., J. Clin. Invest. 109; 337-346 (2002))および心筋細胞(Toma, C, Pittenger, M.R, Cahill, K.S., Byrne B.J. & Kessler, P.D., Circulation 105, 93-98 (2002); Wang, J.S. et al., J. Thorac. Cardiovasc. Surg. 120, 999-1005 (2000); Jiang, Y. et al., Nature 41S, 41-49 (2002))にも分化することができる。間葉系幹細胞は,造血性細胞とは異なり,付着能を持ち,容易に培養増殖させることができる。最近,間葉系幹細胞が脂肪組織から分離されることが見出された(Rangappa, S., Fen, C., Lee, E.H., Bongso, A. & Wei, E.S., Ann. Thorac. Surg. 75, 775-779 (2003); Zuk, P.A. et al., Mol. Biol. Cell. 13, 4279-4295 (2002); Gaustad, K.G., Boquest, A.C., Anderson, B.E., Gerdes, A.M. & Collas, P., Biochem. Biophys. Res. Commun. 314, 420-427 (2004); Planat-Benard, V. et al., Circulation 109, 656-663(2004))。脂肪組織は心血管疾患を有する肥満患者にとっては重荷にすぎないため,患者自身の脂肪組織から分離した間葉系幹細胞を疾患の再生医療に用いることができれば,臨床上極めて有益であると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Toma, C, Pittenger, M.R, Cahill, K.S., Byrne B.J. & Kessler, P.D., Circulation 105, 93-98 (2002)
【非特許文献2】Wang, J.S. et al., J. Thorac. Cardiovasc. Surg. 120, 999-1005 (2000)
【非特許文献3】Jiang, Y. et al., Nature 41S, 41-49 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,心不全の新たな治療方法に利用できる移植用の細胞シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は,脂肪組織由来の間葉系幹細胞を含み、心外膜面に添付されることを特徴とする、心不全治療材としての移植用の細胞シートを提供する。好ましくは、前記心外膜面は、心筋梗塞後の前壁梗塞巣の瘢痕領域であることを特徴とする。好ましくは、移植用の細胞シートは、ヒトに対して移植されることを特徴とする。より好ましくは、前記脂肪組織由来の間葉系幹細胞は、疾患を有する前記ヒト自身の脂肪組織から分離されたものであることを特徴とする。好ましくは、移植用の細胞シートは、温度応答性培養皿を用いて作製されることを特徴とする。
【0009】
別の観点においては,患者の心不全を治療するために,本発明の移植用の細胞シートを利用して,患者の心臓に間葉系幹細胞を含む移植用の細胞シートを移植することを含む方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は,脂肪組織由来間葉系幹細胞と骨髄由来間葉系幹細胞の細胞表面マーカーの比較を示す。
【図2】図2は, 温度応答性培養皿上で培養した脂肪組織由来間葉系幹細胞を示す。
【図3−1】図3−1は間葉系幹細胞シートの定着と成長を示す。
【図3−2】図3−2は間葉系幹細胞シートの定着と成長を示す。
【図4】図4は,成長した移植間葉系組織中の間葉系幹細胞の分化を示す。
【図5】図5は,間葉系幹細胞シートの移植後の心臓の構造および機能を示す。
【図6】図6は,未治療および間葉系幹細胞シート移植を施行した心不全ラットの生存曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明においては,間葉性幹細胞シート移植が心筋梗塞後の心不全治療に有用であることが見出された。本明細書において,「間葉系幹細胞シート」とは,間葉系幹細胞を培養皿上で増殖させて得られる細胞シートをいう。本発明の間葉系幹細胞シートには,未分化の状態を保ったまま増殖した間葉系幹細胞に加え,間葉系幹細胞が分化した線維芽細胞,間質細胞,脂肪細胞,血管内皮細胞,血管内皮前駆細胞,平滑筋細胞,SP細胞および心筋細胞などの他の細胞や,間葉系幹細胞を採取する際に混入した間質細胞,線維芽細胞,脂肪細胞,血管内皮細胞,血管内皮前駆細胞,平滑筋細胞,SP細胞および心筋細胞などの細胞が含まれていてもよい。
【0012】
間葉性幹細胞とは,骨髄中に存在し,多分化能をもつ体性幹細胞である。間葉系幹細胞は,移植を受けるべき患者の骨髄,脂肪組織,その他の組織から細胞を採取し,慣用の方法により培養することにより,容易に調製することができる。間葉性幹細胞は好ましくは骨髄または脂肪組織から採取する。細胞のソースとしては,自己成長する性質を有し,かつ心筋細胞および血管内皮細胞に分化しうる体性幹細胞が望ましい。また,移植の際の組織適合性および感染のリスクの観点から,患者の自己体性幹細胞が特に望ましい。
【0013】
培養液としては,10〜15%の自己血清または牛胎児血清(FBS)および抗生物質を補充したα-MEMやDMEMを用いることができる。必要に応じて線維芽細胞増殖因子(bFGF)やアドレノメデユリンなどの成長因子を加えることがある。培養は,哺乳動物の細胞の培養に適する任意の条件で実施することができるが,一般的には37℃,5% CO2で数日間培養し,必要に応じて培地を交換する。間葉系幹細胞は培養基材に接着して増殖する性質を有するため,浮遊して増殖する造血性幹細胞と容易に分離することができる。間葉系幹細胞は,CD29,CD44,CD71,CD90,CD105等の細胞表面マーカーにより容易に確認することができる。また,培養した間葉系幹細胞は,慣用の方法を用いて凍結保存することが可能である。
【0014】
間葉系幹細胞シートを作製するためには,上述のようにして分離・培養した間葉系幹細胞を数代継代し,トリプシン処理により細胞浮遊液とし,ポリスチレン製等の慣用の培養皿またはコラーゲンシート上に播種する。コンフルエントになるまで培養した後,レーザーブレードまたはピンセット等を用いて培養皿底面から間葉系幹細胞を剥がすことにより,間葉系幹細胞シートを作製することができる。
【0015】
温度応答性培養皿を用いて間葉系幹細胞シートを作製するためには,例えば,Shimizu, T. et al., Circ. Res. 90, e40-48 (2002); Kushida, A. et al., J. Biomed. Mater. Res. 51, 216-223 (2000); Kushida, A. et al., J. Biomed. Mater. Res. 45, 355-362 (1999); Shimizu, T., Yamato, M., Kikuchi, A. & Okano, T., Tissue Eng. 7, 141-151 (2001); Shimizu, T et al., J. Biomed. Mater. Res. 60,110-117(2002); Harimoto, M. et al., J. Biomed. Mater. Res. 62, 464-470 (2002))等に記載されている方法に従うことができる。簡単には,IPAAmモノマー溶液をポリスチレン性の培養皿上に広げ,電子線を照射して,IPAAmを培養皿底面で不動化させる。次に,PIPAAmグラフト表面を四角形のガラスのカバースリップでマスクし,その表面にアクリルアミド(AAm)モノマー溶液を広げる。次に,電子線を照射して洗浄する。その結果,培養皿の四角形の領域はPIPAAmでグラフトされ(温度応答性),周囲はポリAAmでグラフトされる(細胞非接着性)。このPIPAAmでグラフトした表面は37℃の培養条件では疎水性であり,32℃で可逆的に親水性となる。したがって,培養皿表面に付着した培養細胞は,温度を変化させることにより,グラフト表面から自然にはがれる。間葉系幹細胞をこの温度応答性培養皿に播種し,コンフルエントになるまで培養した後,培養温度を37℃から32℃以下に変化させることにより,細胞を培養皿から容易に剥がして,間葉系幹細胞シートを作製することができる。
【0016】
上記のようにして作製した間葉系幹細胞シートは,開胸術中に心臓の心外膜面に貼付することにより,患者の心臓に移植することができる。
【0017】
下記の実施例に示されるように,本発明にしたがって脂肪組織由来の間葉系幹細胞を培養して間葉系幹細胞シートを作製し,この間葉系幹細胞シートをラット心筋梗塞誘発慢性心不全モデルの梗塞巣表面に貼付したところ,間葉系幹細胞は容易に心表面に生着し,in situで徐々に成長し,血管新生を伴いながら厚みのある組織(およそ600μm)を形成した。成長した間葉系組織は,新たに形成された血管,心筋細胞,および未分化な間葉系細胞から構成されていた。特に,成長した間葉系組織は多数の血管構造を含んでおり,間葉系幹細胞がシート中で新生血管形成を誘導しうることが見いだされた。このことにより,厚みのある組織の構築が可能となったと考えられる。これらの結果は,シート中の間葉系幹細胞がin situで成長して心筋および新生血管を誘導するとともに,心筋,血管内皮および血管平滑筋細胞に分化することを示す。
【0018】
本発明の間葉系幹細胞シートを移植したラットでは,瘢痕領域の心筋壁の菲薄化が抑制されており,心機能および生存率が改善した。すなわち,本発明にしたがう間葉系幹細胞シートの移植は,心筋組織再生のための新規な治療方法であると考えられる。間葉系幹細胞シート移植の利点は以下のとおりである。第1に,in situで自己成長する性質のため,瘢痕化した心筋壁の上に厚い層が形成される。第2に,間葉系幹細胞は多分化能に加えて血管新生を促進するサイトカインの分泌能力を有するため,心筋細胞へ分化するだけでなく,成長した間葉系組織内に血管形成が起こる。第3に,移植された組織の実質的な部分は未分化な間葉系細胞であり,これはリモデリングの進行を阻害する。新生血管を有する厚い心筋組織が構築されることで,左室壁応力が低下し,心筋梗塞後の心機能が改善される。
【0019】
本明細書において明示的に引用される全ての特許および参考文献の内容は全て本明細書の一部としてここに引用する。また,本出願が有する優先権主張の基礎となる出願である日本特許出願2005−019802号および2005−212236号の明細書および図面に記載の内容は全て本明細書の一部としてここに引用する。
【0020】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,これらの実施例は本発明の範囲を制限するものではない。
【実施例】
【0021】
方法
心不全モデル
すべてのプロトコルは,The National Cardiovascular Research Institute, The Animal Care Ethics Committieのガイドラインにしたがって行われた。体重185-220gのラットを用いた。心筋梗塞モデルは左冠動脈の結紮術により作成した。ペントバルビタールナトリウム(30mg/kg)でラットを全身麻酔した後,人工呼吸下に左開胸切開を行い,心臓を露出させた。次に肺動脈円錐と左心房との間,つまり左冠動脈起始部から2-3mmの部位を6-0プロリンで結紮した。シャムコントロール群には,同様の開胸および心臓露出を行ったが,冠動脈結紮は行わなかった。手術後,ラットは標準的な餌および環境で飼育した。
【0022】
実験プロトコル
間葉系幹細胞シート移植を施行した心不全ラット(MSC群:n=14),移植を行わない心不全ラット(未治療群:n=14),および移植を行わないシャムコントロールラット(シャム群:n=10)の3群を用意した。左室全体の25%以上の梗塞サイズを有するラットのみを慢性心不全モデルとして用いた。冠動脈結紮術の4週間後,MSC群には瘢痕化した心臓前面に間葉系幹細胞シート移植を行った。他の2群には,移植操作を伴わない開胸術を施行した。冠動脈結紮術の4または8週間後に心カテーテル検査,心エコー,および組織学的評価を行った。
【0023】
脂肪組織からの間葉系幹細胞の分離および培養
冠動脈結紮術の直後に,各ラットから0.9−1.2gの皮下脂肪組織を右鼡径部から採取した。鋏で脂肪組織を細断し,タイプ1コラゲナーゼ溶液(0.1mg/ml)で37℃の温浴槽で1時間震盪した。メッシュフィルター(Costar 3480)で濾過し,2000rpmで8分間遠心した後,分離した細胞を10%FCSおよび抗生物質を加えたα-MEMに浮遊させた。これを100mmの培養皿に播種し,5%CO2,37℃の湿潤環境で培養した。
【0024】
フローサイトメトリー
培養付着細胞をフローサイトメトリーで分析した。細胞をラットCD34(ICO-115),CD45(OX-1),およびCD90(OX-7)に対するFITC付加マウスモノクローナル抗体とともに4℃で30分間インキュベートした。FITC付加ハムスター抗ラットCD29モノクローナル抗体(Ha2/5)およびウサギ抗ラットc-Kitポリクローナル抗体(C-19)を用いた。コントールとして,同じアイソタイプの抗体を用いた。
【0025】
間葉系幹細胞シートの調製
ラット脂肪組織由来の間葉系幹細胞を通常のポリスチレン製培養皿またはコラーゲンシート上にコンフルエントになるまで培養した後,レーザーブレードまたはピンセットを用いて培養皿底面から間葉系幹細胞シートとして回収した。
【0026】
温度応答性培養皿を用いた間葉系幹細胞シートの作製
IPAAmモノマー溶液をポリスチレン培養皿上に広げ,電子線(0.25MGy)を照射してIPAAmを表面に不動化させた後,蒸留水ですすぎ,窒素ガス中で乾燥させる。次に,PIPAAmグラフト表面を四角形のガラスカバースリップ(24x24mm)でマスクする。マスクした培養皿表面にアクリルアミド(AAm)モノマー溶液を広げる。次に,培養皿表面を電子線照射し,洗浄する。その結果,各培養皿の矩形領域はPIPAAmでグラフトされ(温度応答性),その周囲はポリAAmでグラフトされる(細胞非接着性)。このPIPAAmでグラフトした表面は37℃の培養条件では疎水性であり,32℃以下で可逆的に親水性となる。したがって,ディッシュ表面に付着した培養細胞は,酵素処理なしで回収される。間葉系幹細胞をこの温度応答性培養皿に播種し,コンフルエントになるまで培養した後,培養温度を37℃から32℃以下に変化させることにより間葉系幹細胞シートを作製することができる。
【0027】
3から4継代した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシン処理により細胞浮遊液とし,60mmの温度応答性培養皿に細胞密度7x105個/dishで播種し,37℃で培養した。3日後,温度応答性培養皿上でコンフルエントとなった間葉系幹細胞を20℃で培養した。40分以内に間葉系幹細胞は自然に剥がれ,間葉系幹細胞シートとして培養液中に浮遊した。この後,間葉系幹細胞シートをピペットチップ内に穏やかに吸引し,プラスチックシート上に移した。
【0028】
間葉系幹細胞シートの移植
冠動脈結紮術の4週間後,ラットをペントバルビタールナトリウムで麻酔し,左開胸下に心臓を注意深く露出させた後,間葉系幹細胞シートをプラスチックシート上からすべらせ,心前面の瘢痕上に置いた。移植20分後に閉胸した。未治療群およびシャム群については,グラフトなしで同じ手術操作を行った。
【0029】
心エコー検査
心エコー検査は,冠動脈結紮術の4および8週間後に行った。7.5MHzトランスデューサを備えた心エコーシステムを用いて,乳頭筋レベルのMモード画像を得た。拡張末期および収縮末期の前・後壁厚,左室拡張末期および収縮末期径,および左室短縮率は,the American Society for Echocardiographyのleading-edge methodにより,3回の連続心サイクルから測定した。左室壁応力は,0.344x左室圧x{左室径/(1+後壁厚/左室径)}(Douglas, P.S. et al. J. Am. Coll. Cardiol. 9, 945-951 (1987))とした。
【0030】
心カテーテル検査
心カテーテル検査は,冠動脈結紮術の8週間後,2回目の心エコーの後に行った。ペントバルビタールナトリウムで麻酔後,1.5Fのマイクロマノメータカテーテルを,右総頸動脈を通して左心室に進め,圧を測定した。その後,左右心室および肺を切除し,重量を測定した。梗塞のサイズは,既存の手法を用いて(Chien, Y.W et al. Am. J. Physiol. 254, R185-191 (1988)),全左室面積に対する百分率として求めた(各群 n=5)。
【0031】
組織学的評価
心筋の線維化を検出するために,左室心筋(各群n=5)を10%ホルマリンで固定後,パラフィン包埋し,マッソン染色を施行した。また,新たに5匹のラットを用いて,移植された間葉系幹細胞が血管内皮細胞および心筋細胞に分化するか否かを調べた。間葉系幹細胞を赤色蛍光色素(PKH26)で標識し,間葉系幹細胞シートを作製,冠動脈結紮術の4週間後に移植した。移植4週間後に心臓を取り出し,OCTに包埋後,液体窒素中で凍結させ,切片を作成した。蛍光免疫染色は,ポリクローナルウサギ抗フォンビルブラント因子抗体,モノクローナルマウス抗αSMA,抗デスミン,抗ビメンチン,抗トロポニンTおよび抗タイプ1コラーゲン抗体を用いて行った。
【0032】
間葉系幹細胞のin vivoでの成長度を調べる為に,GFP遺伝子組換えラットの皮下脂肪組織から得たGFP発現間葉系幹細胞を用いた。GFPを発現する間葉系幹細胞シートを,冠動脈結紮術の4週間後にラットに移植した(n=9)。このラットから移植4週間後まで毎週凍結切片を作製し,GFP陽性間葉系組織の厚さを蛍光顕微鏡下で測定した。
【0033】
サイトカインおよびホルモンの測定
冠動脈結紮術の4および8週間後に尾静脈から血液サンプルを採取し,酵素免疫抗体法により血漿ANF濃度を測定した。間葉系幹細胞シートからの血管新生因子産生量を調べるために,培地交換の24時間後に,培養液中のVEGFおよびHGFの濃度を酵素免疫抗体法により測定した。
【0034】
生存率
間葉系幹細胞シート移植が予後に及ぼす影響を調べるために,43匹のラットを無作為に2群に分けた(MSC群,n=21; 未治療群,n=22)。生存率は,冠動脈結紮術の日からラットの死亡または8週間後までを評価した。
【0035】
統計学的分析
データは平均±標準誤差で示した。3群間の多重比較は,一元配置分散分析Newman-Keul検定を施行した。反復を伴う多重比較には,二元配置分散分析とNewman-Keul検定を施行した。2群間の比較はt検定により行った。P値が0.05未満を有意差ありとした。
【0036】
結果
脂肪組織由来間葉系幹細胞の表面抗原分析
細断した脂肪組織を4日間培養した後,紡錘形の付着細胞が観察された。3−4継代した後,ほとんどの付着細胞はCD29およびCD90を発現していた。これに対し,付着細胞の大部分はCD34およびCD45について陰性であった。わずかの付着細胞がc-Kitを発現していた(図la)。骨髄由来間葉系幹細胞もまた,CD29およびCD90陽性であり,CD34およびCD45は陰性であった(図1b)。これらの結果は,脂肪組織由来の付着細胞(間葉系幹細胞)の特徴が骨髄由来間葉系幹細胞と類似していることを示唆する。
【0037】
間葉系幹細胞シートの作製
ラット脂肪組織由来の間葉系幹細胞を通常のポリスチレン製培養皿またはコラーゲンシート上にコンフルエントになるまで培養した後,レーザーブレードまたはピンセット等を用いて培養皿底面から間葉系幹細胞シートとして回収した。
【0038】
この間葉系幹細胞シートをラット心筋梗塞誘発慢性心不全モデルの梗塞巣表面に貼付したところ,間葉系幹細胞は容易に心表面に生着し,血管新生を伴いながら厚みのある組織を形成,移植細胞の一部は心筋細胞に分化した。
【0039】
移植後4週間目に心機能を評価したところ,未治療群に比して有為に血行動態の改善を認めた。MSC群は未治療群に比して有為な体重増加,右室および肺重量の低下を認めており,心不全の進行が軽減していると考えられた。また,左室収縮力の指標であるmax LV dP/dtを増加させた。間葉系幹細胞シート移植は左室拡大および左室拡張末期圧の上昇を抑制し,梗塞により菲薄化した左室前壁を厚くして収縮能を改善することが明らかとなった。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
温度応答性培養皿を用いた間葉系幹細胞シートの作製
脂肪組織由来間葉系幹細胞を温度応答性培養皿でコンフルエントとなるまで3日間培養した。図2は,播種の2日後(a)および第3日(b)における培養間葉系幹細胞を示す。間葉系幹細胞はPIPAAmをグラフトした領域(24x24mm)においてのみ増殖したが,この領域の外では細胞は認められなかった。培養温度を37℃から20℃に下げると,細胞は培養皿底面から容易に剥離し(c),12x12mmの間葉系幹細胞シートとなった(d)。ピペット操作により間葉系幹細胞シートをプラスチックシートに移して広げた。剥がした後,PIPAAm−グラフト表面に細胞は残っていなかった。図中,a−c,スケールバー,100 μm;d,スケールバー,50 mm。
【0043】
間葉系幹細胞シートからの血管新生因子の分泌
24時間の培養中に,間葉系幹細胞シートは大量の血管新生因子および抗アポトーシス因子,例えば血管内皮成長因子(VEGF=562±70 pg/ml)および肝細胞増殖因子(HGF=834± 54 pg/ml)を培養液中に分泌した。一方,10%FCSを補充した培養液自体にはこれらのいずれも5 pg/ml未満しか含まれていなかった。これらの結果は,間葉系幹細胞自身が内皮細胞に分化する能力によるのみならず,成長因子によるパラクライン効果によっても,シート中で新生血管形成を誘導することを示唆する。移植された細胞の生存率が低いことが細胞移植による心筋再生治療の主要な問題点の1つであることを考慮すると,間葉系幹細胞による新生血管形成が厚みのある組織の構築に寄与していると考えられる。
【0044】
間葉系幹細胞の定着および成長
移植された間葉系幹細胞シートは,前壁の瘢痕領域に良好に定着した(図3)。(a,b)移植された間葉系組織(GFP,緑)およびDNA(DAPI,青)。(c,d)ヘマトキシリン−エオシン染色(a,bの連続切片)。(e)GFP陽性間葉系組織の成長の経時変化。*,第1週におけるGFP陽性間葉系組織の厚さに対して有意差有り(P<0.05)。(f,g)写真は未治療群およびMSC群の心筋組織切片マッソン染色像を示す。成長した間葉系組織中で多数の血管(黒小矢印)および心筋構造(白小矢印)が認められる。(h,i)間葉系幹細胞シートの移植により左室拡大が抑制された。a−d,f,g,x100;h,i,x5。E,心外膜側;I,心内膜側。大きい矢印は移植された間葉系組織の厚さを示す。
【0045】
蛍光顕微鏡で観察したところ,GFP発現間葉系幹細胞シートはin situで徐々に成長し,4週間でホスト組織の上に約600μmまでの厚い層として確認された(図3a−e)。マッソン染色では,成長した間葉系組織が多数の血管および若干の心筋構造を含むことを示した(図3g)。定着した間葉系組織は,心臓の前壁厚を増加させ,心筋梗塞後の左室拡大を抑制した(図3f−i)。ただし,梗塞サイズは未治療群とMSC群との間で有意な差は認めなかった(表3)。
【0046】
心筋組織の再構築
移植4週間後,赤色蛍光色素で標識した間葉系幹細胞は,ホスト心筋組織の上に厚い層として確認された(図4)。(a−c)赤く蛍光標識されたMSCが,心外膜側に厚い層として示される。成長した間葉系組織は,フォンビルブラント因子(緑色)およびαSMA(緑色)陽性の多数の血管構造を含んでいた。血管形成に関与しなかった間葉系幹細胞の大部分は,筋線維芽細胞のマーカーであるαSMAが陰性であった。(d,e)成長した間葉系組織中のいくつかの間葉系幹細胞は,心筋マーカーであるトロポニンTおよびデスミンが陽性であった(緑色)。これらの結果は,間葉系幹細胞が間葉系組織中で分化して心筋細胞となったことを示唆する。(f)成長した間葉系組織のほとんどは,未分化な間葉系細胞のマーカーであるビメンチン(緑色)陽性であった。(g)ほとんどの間葉系幹細胞は,タイプ1コラーゲン(緑色)が陰性で,成長した間葉系組織の最外側縁においてのみ検出された。スケールバー,100μm。E,心外膜側;I,心内膜側。大きい矢印は,定着した間葉系組織の厚さを示す。
【0047】
これらの結果は,成長した間葉系組織が多数の未分化な間葉系細胞を含むことを示唆する。すなわち,成長した間葉系組織は,新たに形成された血管,心筋細胞,および未分化な間葉系細胞から構成されていた。
【0048】
移植された間葉系幹細胞シートが心臓の構造および機能に及ぼす影響
間葉系幹細胞シートの移植後の心臓の構造および機能を図5に示す。(a−c)心カテーテル検査により得られたパラメータ。(d−f)心エコー所見。(g)血漿中の心房性ナトリウム利尿因子(ANF)濃度。LVEDP,左室拡張末期圧;AWT,前壁厚;LVDD,左室拡張末期径;%FS,左室短縮率。治療前,冠動脈結紮術の4週間後;治療後,移植手術の4週間後(冠動脈結紮術の8週間後)。データは平均±標準誤差で表示。*,シャム群に対して有意差有り(P<0.05);†,未治療群に対して有意差あり(P<0.05);‡,治療前に対して有意差あり(P<0.05)。
【0049】
左室拡張末期圧の増加およびmaximumおよびminimum LV dP/dtの低下によって示されるように,冠動脈結紮術の8週間後に慢性心不全が発症した。しかし,間葉系幹細胞シート移植は左室拡張末期圧を有意に低下させた(図5a)。さらに,max LV dP/dtおよびmin LV dP/dtはMSC群において有意に改善された(図5b,c)。MSC群は,移植の4週間後に未治療群より有意に体重が増加していた(表3)。平均動脈圧は,MSC群が未治療群より有意に高く,右心室および肺の重量は,MSC群が未治療群よりも有意に低かった(表3)。これらの結果は,慢性心不全ラットにおいて間葉系幹細胞シートが血行動態の改善効果を持つことを示唆する。
【0050】
心エコー検査では,間葉系幹細胞シート移植により梗塞を起こした前壁の拡張期壁厚を有意に増加させたことを示した(図5d)。ただし,後壁については有意な相違はなかった(表4)。前壁および後壁の壁厚増加率は,MSC群において未治療群より有意に高かった(表4)。左室拡張末期径はMSC群では変化しなかったが,未治療群においては増加する傾向にあった(図5e)。その結果,8週間後の左室拡張末期径はMSC群が未治療群よりも有意に小さかった。間葉系幹細胞シート移植は左室短縮率を有意に増加させた(図5f)。拡張期左室壁応力はMSC群が未治療群よりも顕著に低かった(表4)。未治療群における血漿中の心房性ナトリウム利尿因子(ANF)濃度は心筋梗塞の8週間後に顕著に上昇した(図5g)。しかし,間葉系幹細胞シート移植は血漿ANFの増加を抑制した。
【0051】
【表3】

【0052】
【表4】


心筋特異的トロポニンTの免疫組織学的染色に示されるように,全体的な移植細胞の増殖と比較して心筋への分化はごくわずかであったにもかかわらず,間葉系幹細胞シートの移植により,心機能の顕著な改善が得られた。これらの結果は,梗塞領域の壁の厚さが増加し,これが壁応力の低下につながったためであると考えられる。
【0053】
生存分析
キャプラン・マイヤー生存曲線は,冠動脈結紮術後4週間の生存率は未治療群とMSC群との間で有意に相違しないことを示した(図6)。しかし,間葉系幹細胞シートの移植後にラットは死ななかった。
【0054】
したがって,MSC群の移植後の生存率は,未治療群より顕著に高かった(100% 対64%,移植の4週間後の生存率,対数順位(log-rank)検定,P<0.01)。この結果,冠動脈結紮術後の8週間生存率は,MSC群が67%であり,未治療群が45%であった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明を利用する間葉系幹細胞シート移植は,間葉系幹細胞シートを貼付するのみで心筋組織を再生し,心不全の進行を軽減させる新しい治療法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪組織由来の間葉系幹細胞を含み、心外膜面に添付されることを特徴とする、心不全治療材としての移植用の細胞シート。
【請求項2】
前記心外膜面は、心筋梗塞後の前壁梗塞巣の瘢痕領域であることを特徴とする、請求項1に記載の心不全治療材としての移植用の細胞シート。
【請求項3】
移植用の細胞シートは、ヒトに対して移植されることを特徴とする、請求項1または2に記載の心不全治療材としての移植用の細胞シート。
【請求項4】
前記脂肪組織由来の間葉系幹細胞は、疾患を有する前記ヒト自身の脂肪組織から分離されたものであることを特徴とする、請求項3に記載の心不全治療材としての移植用の細胞シート。
【請求項5】
移植用の細胞シートは、温度応答性培養皿を用いて作製されることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の心不全治療材としての移植用の細胞シート。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−205927(P2012−205927A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−164205(P2012−164205)
【出願日】平成24年7月24日(2012.7.24)
【分割の表示】特願2007−500592(P2007−500592)の分割
【原出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】