説明

雄性不稔ネギ属植物及びそれに由来する細胞ならびにその作製方法

【課題】ネギ属植物において育種上利用可能な雄性不稔植物、及びその作製方法を提供する。
【解決手段】ネギ属植物において、アリウム・ロイレイ(Allium roylei)種由来の細胞質と、タマネギ及び/またはシャロットである非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムとを有し、雄性不稔の形質を示すネギ属植物およびその細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネギ属植物において品種改良などに有用な雄性不稔植物及びその作製方法に関し、より詳しくは、ロイレイ種の細胞質と非ロイレイ種ネギ属植物(ロイレイ種ではないネギ属植物、以下同じ)由来の核ゲノムとを有し、雄性不稔の形質を有するネギ属植物及びその細胞、ならびにその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種子植物において、雄性器官に異常を生じ、稔性のある正常な花粉の形成が阻害される現象は雄性不稔(Male sterility)と呼ばれ、例えば花の構造上おしべの除去(除雄)が困難な野菜等であっても、雄性不稔の形質を持っていればその必要がなくなるため、雑種の形成やその制御が容易になるという利点を持っている(非特許文献1)。雄性不稔は通常、自然突然変異として単離される形質であり、その原因としては、核遺伝子に存在する因子の支配を受ける場合(Genic male sterility)、細胞質及び核の両方の因子の支配を受ける場合(Gene−cytoplasmic male sterility)の2つの型があり、育種対象の植物種などにより使い分けられている。
【0003】
有用植物の雄性不稔のうち、ネギ属植物においては、雄性不稔の形質が細胞質(S=雄性不稔細胞質、N=正常細胞質)及び核(優性稔性回復遺伝子MS、劣性対立遺伝子ms)の両方の因子の支配を受ける型であることが知られている(非特許文献2)。雄性不稔形質を有用品種に付与することは、育種上、また種苗生産上きわめて有用であるが、ネギ属植物を用いて雄性不稔系統を作出するためには、タマネギを用いた例では、(A)自然突然変異として単離された雄性不稔系統S1(S−msms)と改良対象となる品種N1(N−MSMS)とを交配して稔性F1(S−MSms)を得、(B)次いでF1(S−MSms)を花粉親としてN1(N−MSMS)との間で交配・採種して核因子がヘテロの子孫を得、(C)更に(B)で得られた子孫同士(N−MSMS及びN−MSms:両者は区別できない)を多数交配してN−msmsの形質を持った子孫(雄性不稔維持系統)を作出し、(D)最終的にS1(S−msms)とN−msms形質を持つ子孫とを交配することによって、品種としてはN1の形質を持ち、かつ雄性不稔形質を有する雄性不稔子孫(S−msms)という工程を経るのが従来の方法であった。
この様な従来の方法においては、採種と定植の過程を含むことから作出には最低でも7年間が必要であり、また特に工程(B)及び(C)では外見では区別がつかない子孫株どうしを多数かけ合わせる必要があるなど、非常な労力を要するのが現状であった。
【0004】
また、他種植物においては、イタリアンライグラスとペレニアルライグラスとを交配して雄性不稔ライグラスを作製する方法(特許文献1)、Brassica oleraceaの細胞とB.napus等の細胞とを融合させ、雄性不稔アブラナ科植物を作製する方法(特許文献2,4)、自然界から単離された雄性不稔系統を用いる雄性不稔のスギ(特許文献3)、大豆(特許文献5)、コムギ(特許文献6)の作製方法、その他シンノリン化合物を用いてユリ綱植物の花粉を抑制する方法(特許文献7)や遺伝子組み換えを用いて雄性不稔形質を付与する方法等が提案されているが、化合物を用いたり遺伝子組み換えを用いる方法は、特に食に関するものでは社会的な抵抗感があり、また他種植物における雄性不稔形質の事例ではその植物に固有の因子を利用するものであるため、ネギ属植物には適用できないという問題があった。このため、ネギ属植物においても、育種上利用可能で遺伝子組み換えや化合物処理などによらない雄性不稔植物の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開2004−222646号公報 雄性不稔ライグラス類及びその作出方法
【特許文献2】特開平10−052185号公報 細胞原形質雄性不稔Brassica oleracea(キャベツ)及びそのような植物の生産法
【特許文献3】特開平10−248418号公報 スギ雄性不稔個体の作出方法
【特許文献4】特開平7−031307号公報 雄性不稔植物の育種方法及び増殖方法
【特許文献5】特表2000−510346号公報 細胞質遺伝雄性不稔大豆及び雑種大豆を生産する方法
【特許文献6】特表2000−514664号公報 ハイブリッドコムギの生産方法
【特許文献7】特開平5−301807号公報 ユリ綱植物において雄性不稔を誘発する方法
【非特許文献1】鈴木芳夫ほか著 1993「新 蔬菜園芸学」朝倉書店
【非特許文献2】山口彦之監修 2003「細胞質雄性不稔と育種技術(普及版)」シーエムシー出版
【非特許文献3】田丸典彦、木下俊郎、高橋萬右衛門 1980 北海道大学農学部邦文紀要12(2):124−128
【非特許文献4】Yamashita K.&Tashiro Y.1999.J.Japan.Soc.Hort.Sci.68(2):256−263.
【非特許文献5】Yamashita K.et al.1999.J.Japan.Soc.Hort.Sci.68(4):788−797.
【非特許文献6】Keusgen M.et al.2002.J.Agric.Food Chem.50:2884−2890.
【非特許文献7】Masuzaki S.et al.2006.Genes Genet.Syst.81(4):255−263.
【非特許文献8】Umehara M.et al.2006.Euphytica 148(3):295−301.
【非特許文献9】執行正義 2002 「染色体工学的手法を用いたネギ属栽培種の改良」 園学研 1(1):75−80.
【非特許文献10】Wendel J.F.1983.Ph.D.Thesis Univ.North Carolina Chapel Hill.
【非特許文献11】van Heusden A.W.et al.2000.Theor.Appl.Genet.100:480−486.
【非特許文献12】Chung S−M.&Staub J.E.2003.Theor.Appl.Genet.107:757−767.
【非特許文献13】荒木直幸、執行正義 2005 「葉緑体SSR(CpSSR)配列からみたネギ属植物の種間多様性について」 園学雑74別1:199.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の様な現状に鑑み、本発明は、ネギ属植物において育種上利用可能な雄性不稔植物及びその細胞ならびにその作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の解決のため、本発明者らは、核置換による細胞質雄性不稔系統の作出技術に着目した。核置換とは、異種間または異品種間で交配を行い、その子孫株に花粉親を連続して戻し交配して、核ゲノムを限りなく花粉親に近づける(染色体組換えを考慮しない理論値は1−1/2、nは戻し交配の回数)という技術であり、ある組合せにおいては細胞質と形成された核との間で何らかの不和合性が生じて、花粉が正常に形成されないなど雄性不稔の形質が表れるという現象を利用するものである。イネにおいてインディカ品種(Oryza sativa subsp.indica)とジャポニカ品種(O.sativa subsp.japonica)との交配に由来する核置換系統で雄性不稔系統が作出されているほか(非特許文献3)、ネギ属植物でもガランサム種(Allium galanthum)とネギ(A.fistulosum)またはシャロット(A.cepa Aggregatum group)との交配に由来しガランサム種の核がそれぞれの核で置換された系統に雄性不稔系統が見いだされている(非特許文献4,5)。しかしながらこれまでのところ、ネギ属植物では核置換による細胞質雄性不稔系統の利用は進んでおらず、また北米におけるトウモロコシでのごま葉枯病の大流行の例、すなわちF1種子として広く用いられていた単一の雄性不稔系統が新型病原菌に感受性であったため、この細胞質を持つ多くの品種が感染し被害が拡大した例、での教訓から、雄性不稔系統は複数の、由来を異にする系統が並立するのが望ましいと考えられた。この観点から本発明者らは核置換による細胞質雄性不稔系統の作出を可能とするネギ属植物を広く探索し、その中で野生種のネギの一種ロイレイ種(Allium roylei)の細胞質を持ち、核が非ロイレイ種のネギ属植物の核で置換された植物に強い雄性不稔形質が表れるという事実を見いだし、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明の第1の態様は、アリウム・ロイレイ(Allium roylei)種由来の細胞質と、非ロイレイ種ネギ属植物(ロイレイ種ではないネギ属植物、以下同じ)由来の核ゲノムとを有することを特徴とする、雄性不稔ネギ属植物を提供する。
【0008】
本発明の第2の態様は、核ゲノムが、少なくとも1種類の非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムであることを特徴とする、第1の態様に記載の雄性不稔ネギ属植物を提供する。
【0009】
本発明の第3の態様は、核ゲノムが、単一種の非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムであることを特徴とする、第2の態様に記載の雄性不稔ネギ属植物を提供する。
【0010】
本発明の第4の態様は、非ロイレイ種ネギ属植物が、タマネギ(Allium cepa Common onion group)及び/またはシャロット(Allium cepa Aggregatum group)であることを特徴とする、第3の態様に記載の雄性不稔ネギ属植物を提供する。
【0011】
本発明の第5の態様は、第1から第4の態様のうちいずれか1つに記載の雄性不稔ネギ属植物に由来する、植物細胞を提供する。
【0012】
本発明の第6の態様は、以下の各工程からなることを特徴とする、第1から第4の態様のうちいずれか1つに記載の雄性不稔ネギ属植物の作製方法を提供する。
(1)アリウム・ロイレイ種と非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、雑種植物を得る工程
(2)工程(1)で得られた植物由来の細胞の染色体を倍加し、4倍体植物を得る工程
(3)工程(2)で得られた4倍体植物と、工程(1)で用いたのと同じ非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、異質3倍体植物を得る工程
(4)工程(3)で得られた異質3倍体植物と、工程(1)で用いたのと同じ非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、得られた子孫植物の染色体を調査して、ロイレイ種の染色体を持たない核置換植物を得る工程(戻し交配工程)
【発明の効果】
【0013】
以上の様に本発明によれば、本発明を利用することにより、育種上極めて有用な「細胞質雄性不稔」の形質を、食用、観賞用と広く利用されているネギ属植物に付与することが可能となる。また、本発明の提供する雄性不稔ネギ属植物の作製方法は、過去に報告のあるガランサム種を用いた方法と異なり、その工程に染色体の倍加と異質3倍体の作出を含むことによって、ロイレイ種染色体の排除を容易かつ確実にしており、これによってロイレイ種ゲノム中に含まれる花粉稔性回復遺伝子を排除し、完全な細胞質雄性不稔ネギ属植物を作出可能である。このことはまた、新品種作出までの時間を大幅に短縮するものである。更に、ロイレイ種の細胞質にはべと病や葉枯れ病などネギ属栽培種が罹患しやすい病気への抵抗性がある可能性があり、雄性不稔形質と同時に耐病性も付与することも期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明を実施するための最良の形態を示す。本発明は、ネギ属植物において、アリウム・ロイレイ(A.roylei)種由来の細胞質を有し、核ゲノムが非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムで置換され、雄性不稔の形質を示すことを特徴とする、ネギ属植物を提供する。ロイレイ種は灰色かび病やべと病への抵抗性が知られ、一般的なネギ属栽培種植物と交配親和性を持つ野生種のタマネギの一種であるが、ロイレイ種の細胞質が持つ雄性不稔形質については全く注目されていなかった。本発明を用いて雄性不稔形質を付与可能な非ロイレイ種ネギ属植物は、ロイレイ種と交配可能なアリウム属の植物であればよく、その種別が本発明を限定するものではないが、有用品種として食用のネギ属植物、好ましくはネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinese)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victoralis)、リーキ(Allium ampeloprasum)などから選択される食用作物や、花ネギ(Allium giganteum)、コワニー(Allium neapolitanum)、アリウム・アズレウム(Allium azureum)、アリウム・ロゼウム(Allium roseum)、アリウム・スファエロセファルム(Allium sphaerocephalum)、アリウム・トリクエトルム(Allium triquetrum)、アリウム・ディッキンソニイ(Allium dickinsonii)、アリウム・アフラチュネンセ(Allium aflatunense)、アリウム・ディクラミディウム(Allium dichlamydeum)、アリウム・モンゴリクム(Allium mongolicum)などから選択される園芸品種に適用可能である。また、今後の品種改良の有望な遺伝子資源としての野生種など含んだネギ属植物、すなわち下記表1から表21に掲げるネギ属植物に適用可能である。ネギ属植物は、非特許文献6に示されている通り、種間交配が容易に行えるグループとして知られており、特にここではタマネギ(A.cepa)とA.altyncolicum、A.chevsuricum、A.globosum、A.obliquum、A.saxatile、A.senescensとの交配による子孫が報告されていることから、たとえロイレイ種との交配が難しい種であっても、下記実施例で示すとおりロイレイ種の核ゲノムをタマネギの核ゲノムで置換した後、この子孫とこれらの種とをかけ合わせるといった手法も適用可能である。
以下、表1から表21に本願発明が適用可能なネギ属植物のリストを示す。これらの表は現在報告されているネギ属植物をアルファベット順に列記したものであり、表中において、A.とあるのは属名のAlliumを省略したものである。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
【表3】

【0018】
【表4】

【0019】
【表5】

【0020】
【表6】

【0021】
【表7】

【0022】
【表8】

【0023】
【表9】

【0024】
【表10】

【0025】
【表11】

【0026】
【表12】

【0027】
【表13】

【0028】
【表14】

【0029】
【表15】

【0030】
【表16】

【0031】
【表17】

【0032】
【表18】

【0033】
【表19】

【0034】
【表20】

【0035】
【表21】

【0036】
本発明の雄性不稔ネギ属植物は、ロイレイ種の細胞質と非ロイレイ種の核とからなる植物であればよく、その組み合わせなどが本発明を限定するものではないが、好適には少なくとも1種類の非ロイレイ種ネギ属植物のゲノムからなる核を有しているのが良い。ネギ属植物は異種間交配が容易な植物群であり、これまでにもネギとシャロットとの雑種(非特許文献7)、ネギとチャイブとの雑種(非特許文献8)などが報告されており、ロイレイ種と非ロイレイ種との交配によりロイレイ種の染色体を排除した後、別の非ロイレイ種ネギ属植物と交配して品種改良等を行っても良い。複数種の非ロイレイ種ネギ属植物のゲノムを持つ場合における、非ロイレイ種ネギ属植物の組み合わせ、数、ゲノム内の各種の比率などは必要に応じて適宜変更すれば良い。また、ゲノムの倍数性についても、半数体、2倍体、3倍体以上の高次倍数体等、育種目的に沿ったものであればその内容は適宜選択可能である。更に、非ロイレイ種ネギ属植物のゲノムを1セット(n)全部ではなく染色体レベルで付与する場合についても、ネギ属植物ではその技術を利用可能であり、本発明の範囲内に含まれるものである。これらの中でも育種上、特に形質の安定性の観点から、単一種の非ロイレイ種ネギ属植物の核を持つものが本発明の実施の態様としては好適である。下記の実施例で示すとおり、非ロイレイ種ネギ属植物の中でも特にシャロット(Allium cepa Aggregatum group)及び/またはタマネギ(A.cepa Common onion group)については日常食される野菜として需要も高く、実施の態様として好適である。ロイレイ種の核ゲノムを非ロイレイ種の核ゲノムで置換する方法としては、通常の交配技術を用いるのが好適であるが、細胞工学的な手法、すなわち顕微手術によって直接核を入れ替える手法も原理的には適用可能である。なお、これらの雄性不稔ネギ属植物に由来する細胞も、組織培養などで植物体を再生したり、プロトプラストを形成させ細胞融合に用いたりと、細胞工学的手法により新たな植物体を形成させるための原材料として利用可能であり、本発明の範囲内に含まれるものである。
【0037】
本発明はまた、以下の各工程、すなわち(1)ロイレイ種と非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、雑種植物を得る工程、(2)前記工程(1)で得られた植物由来の細胞の染色体を倍加し、4倍体植物を得る工程、(3)前記工程(2)で得られた4倍体植物と、工程(1)で用いたのと同じ非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、異質3倍体植物を得る工程、(4)前記工程(3)で得られた異質3倍体植物と、工程(1)で用いたのと同じ非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、得られた子孫植物の染色体を調査して、ロイレイ種の染色体を持たない核置換植物を得る工程(戻し交配工程)、からなることを特徴とする、雄性不稔ネギ属植物の作製方法も提供する。
本態様においては、工程(1)で示す通り、ロイレイ種を種子親とし、自然交配や人工交配で種間雑種を形成可能な非ロイレイ種ネギ属植物を花粉親に用いればよく、その種類や交配の手法は本発明を限定するものではない。工程(1)に続く工程(2)においても、形成された雑種植物の染色体を倍加するという目的のため、植物育種で通常用いられる手法を適宜選択すればよく、その例としては成長点を植物体から単離し、コルヒチン処理によって倍加する手法があげられる。工程(2)に続く工程(3)、(4)では、工程(2)で得られた4倍体植物(複2倍体植物)と工程(1)で用いた花粉親植物とを交配する工程であり、これは広い意味での戻し交配工程であって、核ゲノムからロイレイ種のゲノムすなわち染色体を排除する目的で行われるものである。戻し交配の回数は、多ければ多いほど核ゲノムが非ロイレイ種ネギ属植物の核ゲノムに限りなく近づくと考えられ、有効であると考えられるが、実質的に得られた子孫が雄性不稔になればよく、その回数などが本発明を限定するものではない。従来方法では交配の回数によって核置換の確度を上げていたが、下記実施例に示すとおり、得られた子孫植物の組織から分裂中の細胞を採取して染色体を形態的に観察するか、または染色体特異的マーカー遺伝子やくり返し配列などの特定モチーフの多型、あるいはアイソザイムマーカーなどを用いて分子生物学的に染色体を同定するかして、核ゲノム中に含まれる染色体を調査し、ロイレイ種の染色体を持たない子孫植物を選択すれば戻し交配の回数が少なくてすむ。ロイレイ種細胞質の雄性不稔形質が強いため、シャロット(Allium cepa Aggregatum group)及び/またはタマネギ(A.cepa Common onion group)の核ゲノムで置換された子孫植物を作製するためには、工程(4)の戻し交配工程は理論上1回で可能である。こうして得られた雄性不稔ネギ属植物を種子親として、種々のネギ属植物との間で交配を行い、更なる品種改良に供することも可能である。以下に本発明の実施例を示すが、本発明は実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
(材料、及び雄性不稔系統の作出工程)まず、材料及び雄性不稔系統の作出工程について説明する。図1は、本実施例に係る雄性不稔ネギ属植物の作製方法を模式的に示すフローチャート図である。本実施例においては、図1に示す様に、ロイレイ種ネギ属植物(Allium roylei)の細胞質を有し、核ゲノムが非ロイレイ種ネギ属植物の核ゲノムで置換された雄性不稔ネギ属植物を得るために、工程(1)として、ロイレイ種とシャロット(A.cepa Aggregatum group)との交配を行った。ロイレイ種のCPRO97175株を種子親(rRR:2n=16;rはロイレイ種細胞質を、Rはロイレイ種ゲノムをそれぞれ表す。以下同じ)とし、シャロットの86208株(aAA:2n=16;aはシャロット細胞質を、Aはシャロットゲノムをそれぞれ表す。以下同じ)を花粉親として交配を行った。交配の際にはロイレイ株で自家受粉が起こらないように除雄を行い、少量のシャロット花粉を手作業にてロイレイ株に受粉させてF1を得た。これらの交配で得られた果実から、成熟した種子を採取した。採取された種子の一部を、湿らせた濾紙を敷いたシャーレ上に置き、25℃、暗黒条件下で発芽させた。発芽後は25℃、照明下で緑化させ、ある程度まで成長させた後、順化させて培養土に移植し、温室内で栽培した。以後の交配についても、同様の方法を用いた。
【0039】
また、図1に示すように、工程(2)として、ロイレイ種とシャロットのF1(rAR)の染色体の倍加を行った。先の工程(1)で得られたF1から茎頂部組織を切り出し、コルヒチン0.1%を含むLinsmeier−Skoog(LS)固形培地上に組織を置床して、暗黒条件下で4日間培養した。その後、組織をLSフリー培地上に移し、2ヶ月間培養した後、得られた再生植物体について根端細胞の染色体を酢酸カーミンで染色し、顕微鏡下で染色体調査を行った。予めロイレイ種とシャロットの染色体の形や大きさを顕微鏡下で調べておき、これと再生植物体の染色体像を形態的に比較することで、どの染色体をどれだけもっているかを決定した。染色体の観察は以下の方法で行った。まず、5−10mmに伸長した二次根を採取し、酢酸−エタノール混合液(1:3)内にて冷蔵庫内で一晩固定した。次に、固定後の根を60℃の1規定塩酸で6分間処理し、解離・加水分解させた後、塩基性フクシンを用いてフォイルゲン染色を行った。続いて、スライドガラス上に45%酢酸を1滴落とし、その中に染色した根端を入れ、カバーガラスを載せて先の尖った棒でカバーガラス上から試料を叩き、カバーガラスを圧した。この操作により細胞や染色体を分散させ、染色体を一平面上に配列させた後、光学顕微鏡下で染色体を観察した。この観察により、再生植物体の中から、ロイレイ種染色体とシャロットの染色体をそれぞれ2組ずつ持つもの、すなわち複2倍体(rAARR:2n=32)を選抜して次代の交配に用いた。
【0040】
更に図1に示すように、工程(3)として、先の工程(2)で得られた複2倍体を種子親とし、シャロット18−5株、及びタマネギ晩抽苔株を花粉親として戻し交配を行って第一代の異質3倍体(BC1)を作出した。下記表22に、交配の結果を示す。なお、下記表22において種子形成胚珠率は、種子形成胚珠率=[種子数/(交配小花数×6)]で示す計算式により求めたものである。
【0041】
【表22】

【0042】
上記表22からも明らかな様に、複2倍体(rAARR)×シャロット(aAA)の組み合わせでは、568個の小花に交配を行い、うち124個の小花が結実し、種子数は232個であった。この値を基に種子形成胚珠率[種子数/(交配小花数×6)]を計算すると、6.8%という値を示した。このうち79個の種を前述の方法にて発芽させたところ、29個が発芽し、発芽率は36.7%であった。この29個体を培養したところ、23個体が正常に成長し、その生存率は86.2%であった。
一方、複2倍体(rAARR)とタマネギ晩抽苔株(cCC)との組み合わせでは、79個の小花に交配を行い、うち33個の小花が結実し、種子数は75個であった。種子形成胚珠率はシャロットよりも高く15.8%の値を示した。種子のうち52個を発芽させたところ、10個が発芽し、発芽率は19.2%であった。この10個体を培養したところ、6個体が正常に成長し、その生存率は60%であった。タマネギとシャロットは形態的に違いはあるが、種レベルでは同種とされ、そのゲノムAとCとは等価であると指摘されているが、この結果はそれを裏付けるものである。
【0043】
図1に示すように、工程(3)で得られた子孫株のうち、複2倍体(rAARR)とシャロット(aAA)の交配に由来し、染色体数が24である異質3倍体(rAAR)CM23系統を材料とし、ここにタマネギ北見交39号(cCC)をかけ合わせ、工程(4)の戻し交配を行って第二代(BC2)を作出した。交配の結果を、下記表23に示す。

【0044】
【表23】

【0045】
上記表23で示すように、交配で得られた種子178個のうち、130個が発芽し、発芽率は73.0%であった。発芽した個体のうち正常に成長したものは127個体あり、生存率は97.7%と高い値を示した。
正常に成長したBC2世代108個体につき、その染色体数を上記の方法で形態学的に調査した。結果を下記表24に示す。
【0046】
【表24】

【0047】
上記表24に示すように、染色体数が16、すなわちロイレイ種由来の染色体が排除され、核ゲノムがシャロット及びタマネギの核ゲノムで置換されたと考えられるものが68個体あり、全体の63%を占めた。次いで、染色体数が17、すなわちロイレイ種由来の単一染色体を有するものが38個体で、割合は35%であった。染色体数が18−22のものは見られず、染色体数が23すなわちロイレイ種由来の染色体が1本欠失した個体が1個体、染色体数が24すなわちロイレイ種由来の染色体を全て持つ異質3倍体が1個体で、割合はそれぞれ0.9%と非常に少なかった。4倍体(2n=32)は観察されなかった。
これらの結果は、本発明の提供する、ロイレイ種由来の細胞質を有し、核ゲノムが非ロイレイ種由来の核ゲノムからなるネギ属植物の作製方法(工程1−4)を用いれば、BC2世代でロイレイ種の染色体を持たないものが7割近くと効率よく目的の系統を作製することが可能であることを示している。
【実施例2】
【0048】
(アイソザイム分析による核ゲノムの同定)本実施例においては、アイソザイム分析による核ゲノムの同定について詳細に説明する。染色体数が2n=16を示したBC2系統、及び2n=17を示し染色体の形態からロイレイ種の第1染色体を有すると推定されたBC2系統の各1個体を、ネギ属植物第1染色体特異的アイソザイムマーカーLap−l(非特許文献9参照)を用いて分析し、アイソザイムの出現パターンをロイレイ種、シャロット、ロイレイ種とシャロットのF1、BC1のそれぞれと比較した。Lap−1(ロイシンアミノペプチダーゼ−1)は細胞内では単畳体(モノマー)として存在し、種によってその分子量にばらつきがあることから、アイソザイム分析のマーカーとして広く利用されているタンパク質である。またネギ属植物では、Lap−1をコードする遺伝子が第1染色体上に存在することが知られており、Lap−1は第1染色体のマーカーとして利用可能である。各植物試料から、それぞれ葉身部を0.2g程度切り取って乳鉢に入れ、Wendelの抽出液(0.6% リン酸水素2Na,7% ショ糖,5% PVP−40,0.05% EDTA,0.05% Dithiothreitol,0.1% L−アスコルビン酸Na,0.1% Diethyldithiocarbamic acid−sodium salt,0.05% ピロ亜硫酸Na,0.1% v/v メルカプトエタノール;非特許文献10参照)を1mlと石英砂を加え、氷上にて乳棒を用いて磨砕した。磨砕した試料を、15000rpm、4℃で5分間遠心し、上清20μlを電気泳動用の試料とした。電気泳動は5%ポリアクリルアミドゲルを用い、15A(ゲル1枚あたり)の定電流で3時間半、冷蔵庫内にて泳動した。電気泳動の終了後、ゲルを染色液[0.2M リン酸緩衝液(pH4.8)中に0.02% L−Leucineβ−Naphthylamide,0.05% Fast Garnet GBC salt,10 mM MgCl2・6H2O]に移し、37℃、暗黒条件下で30分間、振とうさせながら染色した。ゲル上にバンドが出現した後、1.5%酢酸で染色反応を止め、ゲルを水道水で5−6回洗浄して酢酸を除去した。ガラス板上にGelbond(登録商標) PAG film(タカラバイオ社)を乗せ、その上にゲルを乗せ、10%グリセロールをゲルの上に重層し、更にその上からセロファンを乗せてシールした。この状態で25℃の暗所に置き、全体を乾燥させた。
【0049】
アイソザイム分析の結果を模式化したものを、図2に示す。図中レーン1−6は電気泳動で得られたバンドパターンを模式化したものであり、レーン1はロイレイ種、レーン2はシャロット、レーン3はロイレイ種とシャロットのF1、レーン4はBC1の異質3倍体、レーン5は2n=16を示したBC2、レーン6は2n=17を示したBC2の結果をそれぞれ表している。ロイレイ種第1染色体にコードされたLap−1の産物をαで、シャロット及びタマネギの第1染色体にコードされたLap−1の産物をβでそれぞれ示しており、これらの結果から、2n=17のBC2個体はロイレイの第1染色体とシャロット及び/またはタマネギの第1染色体の両方を持っており、反対に2n=16のBC2個体はロイレイ種の染色体を持たず、シャロット及び/またはタマネギの染色体を持っていることが明らかとなった。この結果はまた、本発明の方法を用いることでロイレイ種の染色体がBC2世代で排除可能であることも示している。
【実施例3】
【0050】
(SSR多型解析による細胞質の同定)本実施例では、SSR多型解析による細胞質の同定について説明する。上記の様なBC2系統において染色体数が2n=16を示した個体7個体(5,6,14,22,24,30,41株)について、葉緑体DNA由来のSSR配列(Short Sequence Repeat:ccSSR11)に着目してDNA多型解析を行い、それぞれの細胞質の同定を行った。葉緑体は母系遺伝することが知られており、その葉緑体中に含まれるDNAの多型は細胞質の由来を知るためのマーカーとなる。
試料からの全DNAの抽出は、van Heusdenらの方法(非特許文献11参照)に従った。具体的には、植物試料から葉身部0.05gを切り取り、これに抽出液(Lysis buffer 312.5μl,Extraction buffer 312.5μl,Sarkosyl 125μl,亜硫酸ナトリウム2.85mgを混合したもの)750μlを加えて磨砕した後、65℃で1時間インキュベートした。次に、磨砕試料をチューブに移し、14000rpm、4℃で90秒遠心し、上清にクロロホルム−イソアミルアルコール(24:1)を750μl加えて振とうし、14000rpm、4℃で5分間遠心した。続いて、上清(水相)400μlを別チューブに移し、等量の冷やしたイソプロパノールを加えて混合し、14000rpm、4℃で5分間遠心してペレットを得た。そして、上清を捨て、ペレットに70%エタノールを500μl加えて14000rpm、4℃で5分間遠心し、上清を捨ててペレットを室温で乾かし、100μlのTE(Tris−EDTA buffer)を加えて懸濁し葉緑体DNA(cpDNA)試料とした。分光高度計を用い試料液中のDNA濃度を測定し、終濃度が20ng/μlとなるように調整した。この試料液をPCR用に供した。
PCRは、Chung&Staubにより開発されたプライマーセット(非特許文献12)のうちccSSR−11プライマーを用いて,以下の条件により行った。反応液組成は、全量25μl;50mM KCl,4mM MgCl2,0.2mM dNTP,0.4mM Forward Primer,0.4mM Reverse Primer,0.125 unit Taq Gold,100ng template DNA,15mM Tris−HCl(pH8.0)に調整した。PCR反応は,予備反応95℃ 11分;変性94℃ 30秒,アニーリング56℃ 30秒,伸長反応72℃ 30秒を40サイクル;後処理72℃ 10分で行った。PCR産物をポリアクリルアミドゲルにアプライして電気泳動を行い、そのバンドパターンをロイレイ種、シャロット、タマネギ、2n=16であるBC2で比較した。
【0051】
PCRの結果を、図3に示す。図3はcpDNAのccSSR−11のPCR増幅パターンを示す図である。図中レーンmは分子量マーカー(bp)を表し、レーンRはロイレイ種を、レーンAはシャロットを、レーンCはタマネギを表し、以降の5−41はBC2各株のサンプルの結果である。本解析で用いたccSSR−11プライマー(非特許文献12)でPCRを行うと、葉緑体DNAの多型が増幅されるバンドの分子量の違いとして表れ、今回用いた試料ではロイレイ種が最も大きく、次いでタマネギ(ロイレイ種よりも1塩基小さい)、最も小さいシャロットとなり、BC2細胞の葉緑体DNAが示す多型と比較可能である。レーン5−41が示す通り、全てのBC2個体でロイレイ種と同じ位置に単一のバンドが出現し、このことから、これらのBC2個体はロイレイ種に由来する細胞質を有していることが明らかとなった。
【実施例4】
【0052】
(BC2世代の花粉稔性の調査)本実施例では、BC2世代の花粉稔性の調査結果について説明する。BC2世代において、栽培により開花が見られた個体の花粉稔性を、酢酸カーミンの染色性と10%(w/v)ショ糖寒天培地上における発芽率の2つの指標により測定した。酢酸カーミンの染色性は、最初の小花が開花した直後とその約1週間後に、1個体につき3小花、合計1500粒以上の花粉を採取し、酢酸カーミンで染色して形態学的に観察して、生殖核と栄養核の両方を持つ花粉を可稔の正常な花粉、生殖核を持たない花粉を不稔の花粉とし、それぞれの個体について全花粉中の可稔の花粉の割合(%)を求めた。またショ糖寒天培地上における発芽率は、酢酸カーミン染色による2回目の調査後に行い、1個体から3小花、合計300粒以上の花粉を採取してショ糖寒天培地上に蒔き、25℃、湿度50%の条件下で2時間培養して、顕微鏡下で花粉管が伸長していたものを可稔の花粉、伸長がみられなかったものを不稔の花粉とし、それぞれの個体について全花粉中の可稔の花粉の割合(%)を算出した。
花粉稔性の調査の結果を下記表25に示す。
【0053】
【表25】

【0054】
上記表25に示すように、カーミン染色による2回の調査から、全個体のうち8割−9割近くの個体が、生殖核と栄養核の両方を持ち正常(可稔)と考えられる花粉を10%も持たず、花粉稔性が極めて低いことが示された。更に、ショ糖寒天培地上における花粉の発芽率は、カーミン染色による結果よりも更に低く、ほとんどの個体が正常花粉を花粉全体の12%未満しかもたないことが明らかとなった。カーミン染色と花粉培養の両調査結果から、2n=16であるBC2世代の各個体に、強い雄性不稔形質が表れていることが示された。
これらの結果から、本発明の提供する、ロイレイ種の細胞質を有し非ロイレイ種の核ゲノムを有するネギ属植物が、雄性不稔形質を有していることが示された。
【実施例5】
【0055】
実施例4の花粉稔性調査結果について、より本質的な雄性不稔形質、すなわち花粉稔性が0または1%未満という個体の頻度に着目して改めて集計した。結果を下記表26に示す。表26は表25と基本的に同じ調査結果を元にしており、個体あたりの可稔花粉の割合(%)を表25よりも細かく分け、可稔花粉が0のもの、及び1%未満のものを示している。
カーミン染色1回目の調査では、可稔花粉が0のものが全体の20%にあたる12個体観察され、また1%未満のものも16個体(26.7%)観察された。2回目の調査でも可稔花粉が0、1%未満の個体がそれぞれ全体の18.5%、14.8%を占めていた。更に、花粉の発芽率に着目した調査では、全体の実に75%が可稔花粉をまったく持たない不稔の個体であり、本発明の提供するロイレイ種の細胞質を有し非ロイレイ種の核ゲノムを有する2倍体のネギ属植物に、強い雄性不稔の形質が付与されていることが改めて示された。
【0056】
【表26】

【実施例6】
【0057】
(葉緑体SSRの塩基配列を用いた他種ネギ属植物との比較)実施例3で解析した葉緑体DNA上のくり返し配列(Consensus Chloroplast Simple sequence repeat:ccSSR)について、より詳細な多型解析を行い、本発明において作出した核置換系統が確かにロイレイ種の細胞質を有しているかどうかを検証した。
多型解析用のプライマーとしては、先行研究(非特許文献13)において本発明者らが明らかにした結果より、Chung&Staubにより開発されたccSSRのプライマー(非特許文献12)のうち、ccSSR−11プライマー及びccSSR−17プライマーの2組のプライマーを用いた。試料としては栽培種、野生種を含む複数種のネギ属植物−A.cepa種に属する4つの栽培種、すなわちネギ’九条細’系統、タマネギ’北見交39号’系統、シャロット’86208’系統、ワケギ’寒知らず(晩成)’系統、及び4種の野生種であるA.galanthum’97205−22’系統、A.roylei’95001−1’系統、A.vavilovii’97203−8’系統、A.altaicum’97010−25’系統の4系統、ニラA.tuberosum’広幅にら’系統とラッキョウA.chinense(系統不詳)の10種類に加え、本発明の核置換系統であるCM23−RB6、CM23−RB15、CM23−RB25、CM23−RB30、CM23−RB36、CM23−RB39、CM23−RB41の7系統の合計17系統を試料として供した。
【0058】
各試料から微量サンプル抽出法(実施例3の方法に従う)により全DNAを抽出した。この全DNAを鋳型とし、上記2組のプライマーについて、Forwardプライマーの5’末端を6−FAM、HEX、NEDのうち1種類で蛍光標識し、これらの蛍光プライマーを1反応につき1組用いてPCRを行い、各試料のDNAからccSSR領域を増幅させた。PCR産物はABI Prism310 genetic analyzer(Applied Biosystems,USA)によりキャピラリー電気泳動を行い、GeneScan Analysis Software(Applied Biosystems)によりフラグメントサイズを決定した。
【0059】
下記表27に、フラグメント解析の結果を示す。表中の種名・品種名はそれぞれ上記野生種、栽培種、核置換の各系統を示し、産物の分子量は葉緑体DNAからccSSR−11プライマー、ccSSR−17プライマーで増幅した産物の分子量(bp)の測定結果を示す。
ccSSR−11プライマーにより、102−120bpのPCR産物が増幅され、本発明の核置換系統では111.6−111.7bpの産物が増幅された。これを他種と比較すると、野生種ではA.royleiの111.6bpと一致し、一方で従来技術において核置換による雄性不稔が報告されているA.galanthumの102.7bpとは異なっており、本発明の核置換により作出された雄性不稔系統が従来知られた系統とは異なる系統であることが示された。更に交配に用いたシャロット(106.1bp)及びタマネギ(110.7bp)とも異なっており、本発明の雄性不稔系統がA.royleiの細胞質を有していることが示された。
一方ccSSR−17プライマーにより、194−202bpのPCR産物が増幅され、本発明の核置換系統では194.4−194.8bpの産物が増幅された。これはA.royleiの194.7bpと一致し、一方ccSSR−11プライマーではPCR産物の分子量が比較的近かったタマネギにおける199.6bpとは大きく異なっていた。ここで、北見交39号系統が細胞質−核遺伝子支配による雄性不稔系統(自然突然変異から従来技術により作製された雄性不稔系統)を母方とするF1品種であり、雄性不稔の細胞質(s細胞質)を有することから、本発明で作製された雄性不稔系統が、従来用いられてきたタマネギの雄性不稔系統とは異なる雄性不稔系統であることが改めて示された。
なお本実施例におけるPCR産物の分子量は、解析ソフトを用いた計算値であるため、小数点以下の数字を含む値で示されている。
【0060】
【表27】

【0061】
以上の結果を、図4及び図5に可視化して表す。図4はccSSR−11プライマーを用いたPCRの結果を、その産物の分子量からグラフ上に模式化したものであり、レーン1−4は野生種(1:A.roylei,2:A.galanthum,3.A.altaicum,4:A.vavilovii)を、レーン5−10は栽培種(5:シャロット、6:タマネギ、7:ラッキョウ、8:ニラ、9:ネギ、10:ワケギ)を、レーン11−17は本発明の核置換系統(CM23−RB系統、番号は株番号)をそれぞれ表し、またグラフ縦軸は分子量(bp)を表している。図中矢印で示した様に、核置換系統のPCR産物はA.royleiのものとほぼ一致し、他の野生種や栽培種とは異なっていた。
図5はccSSR−17プライマーを用いたPCRの結果を、その産物の分子量からグラフ上に模式化したものであり、レーン1−4は野生種(1:A.roylei,2:A.galanthum,3.A.altaicum,4:A.vavilovii)を、レーン5−10は栽培種(5:シャロット、6:タマネギ、7:ラッキョウ、8:ニラ、9:ネギ、10:ワケギ)を、レーン11−17は本発明の核置換系統(CM23−RB系統、番号は株番号)をそれぞれ表し、またグラフ縦軸は分子量(bp)を表している。図中矢印で示した様に、核置換系統のPCR産物はA.royleiのものとほぼ一致し、加えて図中囲みで示したタマネギ(雄性不稔のs細胞質を持つ)とは異なるサイズであった。
これらの結果は、本発明で作製した核置換による雄性不稔系統が、A.royleiの細胞質を有している事を示している。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、ロイレイ種ネギ属植物と非ロイレイ種ネギ属植物との交配によって作出される雄性不稔ネギ属植物であり、新品種作出までの大幅な時間短縮を可能にするなど、農業の育種分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の実施の形態において提供する雄性不稔ネギ属植物の作製方法を模式的に示す。
【図2】本発明の実施の形態の交配各世代におけるLap−1アイソザイム分析の結果を模式的に示す。
【図3】本発明の実施の形態で用いたロイレイ種、シャロット、タマネギ及びBC2世代の葉緑体DNAの多型の解析結果を示す。
【図4】本発明の実施例における葉緑体DNAの多型(ccSSR−11プライマー使用)の解析結果の模式図を示す。
【図5】本発明の実施例における葉緑体DNAの多型(ccSSR−17プライマー使用)の解析結果の模式図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アリウム・ロイレイ(Allium roylei)種由来の細胞質と、非ロイレイ種ネギ属植物(ロイレイ種ではないネギ属植物、以下同じ)由来の核ゲノムとを有することを特徴とする、雄性不稔ネギ属植物。
【請求項2】
核ゲノムが、少なくとも1種類の非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムであることを特徴とする、請求項1に記載の雄性不稔ネギ属植物。
【請求項3】
核ゲノムが、単一種の非ロイレイ種ネギ属植物由来の核ゲノムであることを特徴とする、請求項2に記載の雄性不稔ネギ属植物。
【請求項4】
非ロイレイ種ネギ属植物が、タマネギ(Allium cepa Common onion group)及び/またはシャロット(Allium cepa Aggregatum group)であることを特徴とする、請求項3に記載の雄性不稔ネギ属植物。
【請求項5】
請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の雄性不稔ネギ属植物に由来することを特徴とする、植物細胞。
【請求項6】
以下の各工程からなることを特徴とする、請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の雄性不稔ネギ属植物の作製方法。
(1)アリウム・ロイレイ種と非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、雑種植物を得る工程
(2)工程(1)で得られた植物由来の細胞の染色体を倍加し、4倍体植物を得る工程
(3)工程(2)で得られた4倍体植物と、前記非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、異質3倍体植物を得る工程
(4)工程(3)で得られた異質3倍体植物と、前記非ロイレイ種ネギ属植物とをかけ合わせ、得られた子孫植物の染色体を調査して、前記ロイレイ種の染色体を持たない核置換植物を得る工程(戻し交配工程)

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−207481(P2009−207481A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−151573(P2008−151573)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】