説明

難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維

【課題】
高い難燃性を有しながらも、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維を提供する。
【解決手段】
平均粒径が1μm以下である特定構造のホスフィン酸金属塩をリン元素量換算で0.1〜2.5重量%、および粒子表面に界面活性剤を有する平均粒径が5μm以下であるリン元素を含有しない窒素化合物を窒素元素量換算で0.5〜6.0重量%含有した難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスフィン酸金属塩と窒素含有化合物を含有した難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリエチレンテレフタレート繊維の難燃化手法として、ハロゲン系難燃剤やアンチモン系難燃剤が多く使われてきた。これらの難燃剤はポリエチレンテレフタレート繊維に対して高い難燃性を付与できるが、燃焼時にハロゲン化ガスを発生させ、また排出時の環境への負荷も懸念されている。そのため、これらの難燃剤を使用しない難燃化手法の検討が数多くなされている。
【0003】
ハロゲン系難燃剤を使わないポリエチレンテレフタレート樹脂の難燃化手法として、縮合リン酸エステル系化合物やシリコーン化合物を難燃剤として用いる手法や、金属水酸化物などをフィラーとして含有させる方法などが知られている。しかし、これらの手法は射出成型物などにおいてはある程度の難燃性を得られるものの、繊維の難燃化手法としては難燃性が不十分か、あるいは繊維強度を著しく低下させるものであった。
【0004】
また、ポリエチレンテレフタレートの射出成型物の非ハロゲン系難燃化手法として、ホスフィン酸塩と窒素含有化合物を組み合わせる手法がある。例えば、特定のホスフィン酸塩と特定の窒素化合物によるポリエステル用の難燃剤コンビネーション(特許文献1)や、熱可塑性ポリエステル、ホスフィン酸塩、窒素を含有する防炎剤、10〜40個のC−原子を有する飽和又は不飽和脂肪族カルボン酸と2〜40個のC−原子を有する脂肪族飽和アルコール又はアミンとの少なくとも1種のエステル又はアミド、その他の添加物質、を有する防炎化ポリエステル(特許文献2)などが提案されている。しかし、これらに例示された窒素化合物はいずれも融点を持たず、またポリエチレンテレフタレート中で凝集物を生じやすいことから、繊維に適用した場合には繊維強度が大きく低下し、実用が困難であった。
【0005】
また、ポリブチレンテレフタレート以外の熱可塑性ポリエステル、ポリブチレンテレフタレート、310℃未満の温度で溶融するホスフィン酸塩、窒素含有化合物とリン酸もしくは縮合リン酸との反応生成物少なくとも1種、を有する難燃性熱可塑性ポリエステル(特許文献3)が提案されている。しかしこの例の場合、リンを含む窒素化合物により、溶融加工時のポリエステルの分解が促進されるため、繊維に適用した場合には繊維強度が大きく低下し、実用が困難であった。
【0006】
このように、ホスフィン酸塩と窒素含有化合物を組み合わせる手法は、射出成型物などでは有効な難燃化手法であっても、ポリエチレンテレフタレート繊維に適用することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2000−508365号公報
【特許文献2】特表2004−537630号公報
【特許文献3】特表2009−512766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、高い難燃性を有しながらも衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
平均粒径が1μm以下である下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)をリン元素量換算で0.1〜2.5重量%、および粒子表面に界面活性剤を有する平均粒径が5μm以下であるリン元素を含有しない窒素化合物(成分B)を窒素元素量換算で0.5〜6.0重量%含有した難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維によって達成される。
【0010】
【化1】

【0011】
[式中、RおよびRは同一または異なる炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い難燃性と実用可能な繊維強度を有し、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】粒子径の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
発明者らは従来よく検討されてきた炭化促進作用による難燃メカニズムよりも高い難燃性を発現する難燃メカニズムを検討した結果、繊維の比表面積が大きいことを利用し、繊維への接炎時に繊維自ら不活性ガスを効率的に発生させ、可燃性ガスを希釈することによるポリエチレンテレフタレート繊維の難燃化メカニズムを見出した。さらに、この難燃メカニズムと、炭化促進作用による難燃メカニズムとを組み合わせることで、繊維でありながらも高い難燃性を有するポリエチレンテレフタレート繊維を得られることを見出した。
【0015】
すなわち、平均粒径が1μm以下である下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)をリン元素量換算で0.1〜2.5重量%、および粒子表面に界面活性剤を有する平均粒径が5μm以下であるリン元素を含有しない窒素化合物(成分B)を窒素元素量換算で0.5〜6.0重量%含有した難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維が上記の難燃化メカニズムを発現しながらも実用可能な繊維強度を有することを見出し、高い難燃性と実用可能な繊維強度を有するポリエチレンテレフタレート繊維を提供できることを見出したものである。
【0016】
【化1】

【0017】
[式中、RおよびRは同一または異なる炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
本発明では、成分Aとして下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩を有していることを特徴としている。
【0018】
【化1】

【0019】
[式中、RおよびRは同一または異なる炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
かかるホスフィン酸金属塩は化合物中におけるリン元素の含有量が多いため、目標のリン元素含有量とするために必要なリン化合物の添加量を少なくすることができる。さらに、リン化合物の添加量を少なくすることができるため、繊維強度の低下を抑制することができる。
【0020】
ホスフィン酸金属塩のRおよびRは炭素数6以下の有機基であれば特に限定されないが、具体的には例えばメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基などのアルキル基やフェニル基が挙げられる。これらのアルキル基は直鎖であっても分岐鎖であってもよい。中でもメチル基、エチル基を用いるとホスフィン酸金属塩におけるリン元素の含有量が多くなることから好ましい。また、RおよびRは同一であっても異なっていても良い。
【0021】
金属原子Mは周期律表において2A族、2B族、3B族の金属より選ばれる。これらの金属原子を用いることで難燃性が高くなる。中でもアルミニウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛を用いると化合物中のリン元素含有量が多くなり好ましい。また、アルミニウムおよび亜鉛を用いると難燃性が向上するためより好ましい。更に、亜鉛を用いるとホスフィン酸金属塩の融点が低下しポリマー中へ微分散しやすくなることから、リン化合物の比表面積が向上して難燃性が向上するとともに、繊維強度が向上するため更に好ましい。
【0022】
このようなホスフィン酸金属塩として、構造式(1)を満足すれば特に限定されないが、ジメチルホスフィン酸、ジエチルホスフィン酸、メチルエチルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸、ジブロピルホスフィン酸の金属塩が挙げられる。中でも、ジメチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸亜鉛が好適に用いられる。更に、ジエチルホスフィン酸亜鉛は融点が220℃であり、ポリエチレンテレフタレートと混合するとより微分散するため表面積が大きくなり難燃性が向上することから特に好ましい。なお、これらのホスフィン酸金属塩を併用して用いることも可能である。ホスフィン酸金属塩の製造方法としては、ジアルキルホスフィン酸の水溶液中で金属水酸化物を反応させる方法などが例示される。
【0023】
本発明では、繊維中のホスフィン酸金属塩の平均粒径が1μm以下であることを特徴としている。繊維中に含まれるホスフィン酸金属塩の平均粒径を1μm以下とすることでホスフィン酸金属塩の比表面積が大きくなり、ポリエチレンテレフタレートとの接触面積が増え、燃焼時にポリエチレンテレフタレートと速やかに反応してポリエチレンテレフタレートの炭化を促進するため、難燃性が向上する。また、繊維強度が低下しにくくなる。より好ましくは0.7μm以下であり、0.5μm以下であることがさらに好ましい。ホスフィン酸金属塩の平均粒径を1μm以下とする方法については特に限定されない。
【0024】
例えば、ジエチルホスフィン酸アルミニウムのように融点を有しないホスフィン酸金属塩では、予め粉砕し平均粒径を1μm以下とした微細粉末をポリエチレンテレフタレートに添加し、繊維化することか挙げられる。
【0025】
また、例えばジエチルホスフィン酸亜鉛のように融点を有するホスフィン酸金属塩では、ポリエチレンテレフタレートに分散させる前の平均粒径が1μmを超える粒子であってもポリエチレンテレフタレートの溶融紡糸工程で配合して繊維中に微分散させ平均粒径を1μm以下にすることができる。
【0026】
繊維中のホスフィン酸金属塩の平均粒径は、走査型電子顕微鏡にて繊維断面の反射電子像を観察し、繊維中のホスフィン酸金属塩の粒径を測定することで算出できる。
【0027】
本発明は、ホスフィン酸金属塩をリン元素換算で0.1〜2.5重量%含有していることを特徴としている。ホスフィン酸金属塩がリン元素換算で0.1重量%未満では難燃性を得ることができず、2.5重量%を越えると繊維の強度が低下し実用化することができない。難燃性と繊維強度の観点からは、0.3〜2.2重量%含有していることがより好ましく、0.5〜2.0重量%含有していることが更に好ましい。
【0028】
本発明では、成分Bとしてリン元素を含有しない窒素含有化合物を含有することを特徴としている。
【0029】
本発明における窒素含有化合物とは、化合物中に窒素元素を有している化合物のことである。難燃性の観点からは化合物中の窒素元素の含有量が多いほうが良く、窒素元素が20重量%以上含有されている化合物がより好ましく、40重量%以上含有されている化合物がさらに好ましい。
【0030】
このような窒素含有化合物を用いることで、燃焼時に不活性ガスが発生し難燃性の高いポリエチレンテレフタレート繊維とすることができる。ここで不活性ガスとは、化学的に不活性であるか、または空気と混合しても燃焼しないガスのことである。具体的には窒素ガス、炭酸ガス、アンモニアガス、シアン酸ガス、シアン酸アンモニウムガスなどが挙げられる。本発明におけるリン元素を含有しないとは、窒素含有化合物の化学構造中に含まれるリン元素が0.1重量%以下であることを意味する。
【0031】
リン元素を含有する窒素含有化合物は、溶融紡糸の工程においてポリエチレンテレフタレートを著しく分解するため、繊維強度が大きく低下し、実用可能な繊維とならない。
【0032】
成分Bの具体例としては、メラミン、メラム、メレムや、これらのシアヌル酸付加物などのメラミン系化合物が挙げられる。難燃性の観点からは、メラミンシアヌレートが特に好ましい。
【0033】
本発明は、リン元素を含有しない窒素含有化合物を窒素元素換算で0.5〜6.0重量%含有していることを特徴としている。窒素元素量が0.5重量%未満では難燃効果が発現せず、窒素元素量が6.0重量%を越えると、繊維強度が低下して実用可能な繊維を得られない。繊維に対する窒素元素量は、難燃性、繊維強度の観点からは1.0〜5.5重量%が好ましく、1.5〜5.0重量%がより好ましい。
【0034】
本発明では、繊維中の窒素含有化合物の平均粒径が5μm以下であることを特徴としている。窒素含有化合物の分解や気化は粒子の表面より進行する。そのため、平均粒径を小さくすることで比表面積が大きくなって窒素含有化合物の分解や気化がしやすくなり、難燃性が向上する。より好ましくは1.5μm以下であり、0.7μm以下がさらに好ましい。
【0035】
繊維中の窒素含有化合物の平均粒径は、走査型電子顕微鏡にて繊維断面の反射電子像を観察し、繊維中の窒素含有化合物の粒径を測定することで算出可能である。
【0036】
本発明の窒素含有化合物は、粒子表面に界面活性剤を有していることを特徴としている。粒子表面に界面活性剤を有する窒素含有化合物を用いることで、ポリエチレンテレフタレート中に窒素含有化合物が微分散して難燃性が向上し、さらに繊維強度の低下が抑制される。
【0037】
このような界面活性剤は、ポリエチレンテレフタレート中に窒素含有化合物を微分散させることができれば特に限定されないが、アニオン性界面活性剤あるいはノニオン性界面活性剤が好ましい。
【0038】
具体的には、脂肪酸石けん、アルケニルコハク酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム塩、アルキルナフタレンスルホン酸ナトリウム塩、アルキル硫酸エステルナトリウム塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム塩、ジアルキルスルホサクシネートナトリウム塩などのアニオン性界面活性剤や、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル、ソルビタン脂肪酸エステル、シリコーン系界面活性剤などのノニオン性界面活性剤である。
【0039】
より好ましくは脂肪酸石けん、シリコーン系界面活性剤であり、さらに好ましくはステアリン酸、ラウリル酸などの脂肪酸のナトリウム塩、カリウム塩である脂肪酸石けんである。なお、これらの界面活性剤を併用して用いることも可能である。
【0040】
これらの界面活性剤は、窒素含有化合物の粒子表面に付着、あるいはコーティングやマイクロカプセル状被膜として、または化学結合された状態で存在する。
【0041】
このような窒素含有化合物を得るには、目的とする窒素含有化合物を水中で合成した後、引き続き水中に界面活性剤を添加し、反応あるいは付着させる方法や、目的とする窒素含有化合物を粉体とし、その粉体に界面活性剤を添加して反応あるいは付着させる方法などが例示される。
【0042】
例えばメラミンシアヌレートの場合、水中でメラミンとシアヌル酸を反応させるなどの既知の方法でメラミンシアヌレートを合成した後、続けて水中で界面活性剤を反応あるいは付着させれば良い。
【0043】
市販品としてはSTABIACE MC−5S(窒素含有化合物:メラミンシアヌレート 界面活性剤:シリコーン系化合物 堺化学工業社)、STABIACE MC−5F(窒素含有化合物:メラミンシアヌレート 界面活性剤:ステアリン酸ナトリウム 堺化学工業社)などが例示される。
【0044】
繊維中に存在する窒素含有化合物の表面に界面活性剤が存在することを確認するには、ポリエチレンテレフタレート繊維をo−クロロフェノールで溶解させた後、未溶解の窒素含有化合物を取り出し、走査型電子顕微鏡を用いてエネルギー分散X線分光法による元素マッピングを行うことで確認できる。必要に応じて、さらに赤外分光法で窒素含有化合物を分析する。
【0045】
本発明のポリエチレンテレフタレート繊維は、酸化防止剤を含有していることが好ましい。酸化防止剤とは、具体的にはヒンダードアミン系酸化防止剤、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、リン系酸化防止剤、イオウ系酸化防止剤などが挙げられる。ヒンダードフェノール系酸化防止剤、リン系酸化防止剤、あるいはこれらの混合物がより好ましく、リン系酸化防止剤、あるいはリン系酸化防止剤とヒンダードフェノール系酸化防止剤の混合物がさらに好ましい。酸化防止剤を含有することで、ポリエチレンテレフタレートの溶融加工時の分解が抑制され、繊維強度が低下しにくくなる。
【0046】
本発明では、ポリエチレンテレフタレートを用いることを特長としている。ポリエチレンテレフタレートを用いることにより、繊維用途でよく用いられる、ポリブチレンテレフタレートなどのようなポリアルキレンテレフタレートやポリアミドなどと比較して、リンによる炭化作用が効率良く発現し、難燃性が向上する。
【0047】
本発明の難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維は、ポリエチレンテレフタレートを50重量%以上含有していることが好ましく、75重量%以上含有していることがより好ましい。また、本発明におけるポリエチレンテレフタレートとは、ポリエチレンテレフタレートを構成する全構造単位のうち、エチレンおよびテレフタレート繰り返し単位を合計で50モル%以上含有するポリアルキレンテレフタレートおよびポリアルキレンテレフタレートコポリエステルである。難燃性、繊維強度の観点から、エチレンおよびテレフタレート繰り返し単位を合計で75モル%以上含有するポリアルキレンテレフタレートおよびポリアルキレンテレフタレートコポリエステルがより好ましい。なお、本発明のポリエチレンテレフタレートの定義から外れない範囲で、テレフタレート単位とともにイソフタレート単位が含有されていても良い。
【0048】
ポリエチレンテレフタレートを構成する全構造単位とは、テレフタレート単位やイソフタレート単位のようなジカルボン酸由来の構造単位、エチレン単位のようなジオール成分由来の構造単位、共重合成分由来の構造単位のことであり、その合計は100モル%である。
【0049】
本発明におけるポリエチレンテレフタレートは、下記構造式(2)で表される繰り返し単位を0.1〜25モル%共重合したポリエチレンテレフタレートコポリエステルであることがより好ましい。
【0050】
【化2】

【0051】
[式中、RおよびRは同一または異なる、炭素数6以下の有機基または水素である。]
該繰り返し単位はテレフタレート単位よりもベンゼン環の重量比率が高いことから、リンによる炭化作用が効率よく発現し、難燃性が向上する。また、窒素含有化合物によるポリエチレンテレフタレートの分解を抑制する効果もあるため、分解による繊維強度の低下が抑制される。上記の範囲よりも少ない場合は難燃性向上および分解抑制の効果が得られず、多い場合は繊維強度が低下して実用可能な繊維が得られない。これらの観点から、0.5〜20モル%であることがさらに好ましく、1.0〜15モル%であることが特に好ましい。
【0052】
有機基RおよびRの例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基などの直鎖または分岐鎖のアルキル基や、フェニル基などが挙げられる。難燃性の観点からはメチル基、フェニル基が好ましい。
【0053】
このような繰り返し単位を共重合したポリエチレンテレフタレートを得るには、ポリエチレンテレフタレートの重合時に目的とする繰り返し単位を含有する化合物を任意の量で共重合すればよい。例えば、4,4’−メチレンビスフェノール、4,4’−(ジメチルメチレン)ビスフェノール、4,4’−(メチルエチルメチレン)ビスフェノール、4,4’−(ジエチルメチレン)ビスフェノール、4,4’−(ジフェニルメチレン)ビスフェノールなどのビスフェノール類のアルコキシド付加物が共重合成分として挙げられる。
【0054】
本発明のポリエチレンテレフタレート繊維は、繊維であることを特徴としている。
一般的に、ポリエチレンテレフタレートは繊維にすることで成型品よりも燃焼しやすくなる傾向にあるが、本発明では逆に、繊維であるため成型品などと比較して比表面積が増加し、燃焼時に窒素含有化合物由来の不活性ガスが効率的に発生され、難燃性が向上する。また、紡糸・延伸といったポリエチレンテレフタレート繊維の製造工程において、ポリエチレンテレフタレート中に含有されている難燃剤が伸展、あるいは解砕されて難燃剤の比表面積が増加するため、難燃性が向上する。
【0055】
本発明のポリエチレンテレフタレート繊維は、総繊度が10〜1000dtexの短繊維、長繊維であり、モノフィラメントまたはマルチフィラメントを問わない。
【0056】
本発明のポリエチレンテレフタレート繊維の断面形状は丸形、異形を問わない。また、本発明の難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維にさらに何らかの機能を付与したい場合、繊維強度や難燃性を低下させない範囲で、抗菌剤、消臭剤、紫外線吸収剤、静電剤、金属酸化物、難燃剤、例えばシリコーン化合物、リン化合物、有機化粘土、金属水酸化物、無機粒子、ハロゲン系難燃剤、アンチモン系難燃剤などを必要に応じて添加しても良い。
【0057】
ポリエチレンテレフタレート繊維の製造方法としては、既知のポリエチレンテレフタレート重合工程、製糸工程、延伸工程が採用できる。例えば重合工程では固相重合、連続重合など、製糸工程では高速紡糸、複合紡糸など、延伸工程では製糸工程と延伸工程を連続で行う方法なども可能である。
【0058】
ポリエチレンテレフタレート中に成分Bである窒素含有化合物を分散させる工程については、ベント式2軸混練機などを用いて、溶融状態のポリエチレンテレフタレート中に、成分Bを分散させたスラリーを添加することが好ましい。分散スラリーの状態で成分Bを添加することにより、粉体の成分Bを添加する場合と比較して、成分Bの平均粒径がより小さくなる。スラリーに用いる分散媒としては水が好ましいが、成分Bを分散させることができればこれに限定されものではなく、アルコール類、シリコーンオイルなどを用いても良い。
【実施例】
【0059】
以下に本発明を実施例で具体的に説明する。なお、実施例において次の略称を適宜用いる。
PET:ポリエチレンテレフタレート
PBT:ポリブチレンテレフタレート
BPA−EO:4,4’−(ジメチルメチレン)ビスフェノールのエチレンオキサイド付加物
BPB−EO:4,4’−(メチルエチルメチレン)ビスフェノールのエチレンオキサイド付加物
BPF−EO:4,4’−メチレンビスフェノールのエチレンオキサイド付加物
IPA:イソフタル酸
EPA−Zn:ジエチルホスフィン酸亜鉛
EPA−Al:ジエチルホスフィン酸アルミニウム
MPA−Al:ジメチルホスフィン酸アルミニウム
MEPA−Al:メチルエチルホスフィン酸アルミニウム
MCA:メラミンシアヌレート
StNa:ステアリン酸ナトリウム
StK:ステアリン酸カリウム
PaNa:パルミチン酸ナトリウム
また、各物性の評価方法は以下に示す方法によりそれぞれ測定した。
【0060】
(1)リン元素含有量(P量[重量%])
繊維7gを溶融させ、直径3.5cm×厚さ4〜6mmの円盤状サンプルを作成した。そのサンプルに対し、蛍光X線分析装置(ZSX400 株式会社リガク製)を用いてリン元素の含有量を測定した。
【0061】
(2)窒素元素量(N量[重量%])
繊維1gを採取しJIS K 0102:2008 44.1に準じたケルダール法により前処理を行い、JIS K 0102:2008 44.3に準じた中和滴定法により窒素元素量を測定した。
【0062】
(3)成分Aおよび成分Bの粒径測定
繊維をエポキシ樹脂で包埋し、エポキシ樹脂ごと繊維を切断し、繊維断面に染色処理を行った後、走査型電子顕微鏡により繊維断面の反射電子像を観察した。粒子の一方向の最大径Wと該一方向に対して垂直方向の最大径Zの平均値を粒径とし、100個以上の粒子から粒径を測定し、その平均値を平均粒径とした(図1参照)。なお、成分Aの粒子と成分Bの粒子の区別は、観察中の粒子に対してスポットで元素分析を行って確認した。
観察装置:走査型電子顕微鏡(S−4000 株式会社日立ハイテクノロジーズ製)
染色処理:リンタングステン酸1重量%水溶液
切断方向:横断(繊維断面方向)
観察倍率:5000〜20000倍
粒径測定:画像解析ソフト(WinRooF5.0 三谷商事株式会社製)
(4)繊維強度および伸度の測定
テンシロン引張試験機(TENSIRON UCT−100 オリエンテック社製)を用い、初期試料長200mm、引張速度200mm/分で破断強度(以下、繊維強度と表記)と残留伸度(以下、伸度と表記)を測定し、5回測定した平均値をそれぞれの測定値とした。なお、繊維強度が1.0cN/dtexに満たない場合、実用性がないと判断した。
【0063】
(5)燃焼性試験
JIS L 1091:1999 D法およびA−1法に準じて評価した。このとき、D法においては試料を全て燃焼させるまでに要した接炎回数を評価し、接炎回数が3回以上のものを合格とした。A−1法においては燃焼面積が20cm以下、残炎時間が3秒以下、残じん時間が5秒以下のものを合格とした。
【0064】
(6)固有粘度
0.8000gのポリマーを12.61gのo−クロロフェノールと混合し、混合物を100℃に加熱し、かつ、30分の攪拌処理を行うことでポリマーを溶解させ、自然冷却後の溶解液から粘度自動測定器(yamato AUTO VISCOMETER ヤマト科学株式会社製)によって算出された値である。
【0065】
また、実施例で用いた原料は以下に示したものを使用した。
【0066】
(1)ポリエチレンテレフタレート
固有粘度0.65のポリエチレンテレフタレートを合成し、そのペレットを乾燥温度150℃、真空下で10時間乾燥したものを用いた。ポリエチレンテレフタレートの詳細な組成については各実施例で示す。
【0067】
(2)ホスフィン酸金属塩
ホスフィン酸金属塩は次のものを使用した。
ジエチルホスフィン酸亜鉛(製品名:OP950 クラリアント社製)
ジエチルホスフィン酸アルミニウム(製品名:OP1240 クラリアント社製)
ジメチルホスフィン酸アルミニウム(ジメチルホスフィン酸水溶液中に水酸化アルミニウムを添加して合成したもの)
メチルエチルホスフィン酸アルミニウム(メチルエチルホスフィン酸水溶液中に水酸化アルミニウムを添加して合成したもの)
(3)窒素含有化合物
窒素含有化合物は次のものを使用した。
ステアリン酸ナトリウム処理メラミンシアヌレート(製品名:STABIACE MC−5F 堺化学工業製)
シリコーン化合物処理メラミンシアヌレート(製品名:STABIACE MC−5S 堺化学工業製)
界面活性剤未処理メラミンシアヌレート(製品名:STABIACE MC−2010N 堺化学工業製 比較例に用いた)
ステアリン酸カリウム処理メラミンシアヌレート(メラミンシアヌレートの表面にステアリン酸カリウム3重量%を付着させたもの)
パルミチン酸ナトリウム処理メラミンシアヌレート(メラミンシアヌレートの表面にパルミチン酸ナトリウム3重量%を付着させたもの)
なお、メラミンシアヌレートはCの化学式で表される窒素含有化合物であり、リン元素を含んでいないことがわかる。
【0068】
[実施例1]
テレフタル酸とエチレングリコールから合成されたポリエチレンテレフタレートチップ(ポリマーA)40.8重量%、ジエチルホスフィン酸亜鉛(成分A)6.2重量%、STABIACE MC−5F(成分B)を分散させた水スラリー(固形分10重量%)53重量%を、ニーディングゾーンを4箇所有したベント式2軸混練押出機に供給し、バレル温度285℃、せん断速度100sec−1、滞留時間5分の条件にて溶融押し出しした。混練時の樹脂温度は265℃であった。押し出しポリマーを冷水中にストランド状に吐出し、直ちにカッティングして、組成がポリエチレンテレフタレート/ホスフィン酸亜鉛/メラミンシアヌレート(78重量%/12重量%/10重量%)であるチップ(ポリマーB)を得た。
【0069】
次にポリマーBを用いて溶融紡糸を行った。ポリマーBを事前に真空乾燥機で150℃、10時間、2Torrの条件で真空乾燥した後、ポリマーAとポリマーBを重量比1:1で混合し、原料とした。メルト部分が2軸エクストルーダー型となっている溶融紡糸機を用いて、紡糸温度290℃、紡糸速度3000m/分、吐出量40g/分の条件で、孔径0.23mm−孔数24ホールの口金を用いて、紡糸を行い、未延伸糸を得た。次いで、加工速度400m/分、延伸温度90℃、セット温度150℃の条件で、得られる延伸糸の繊度が85dtex−24フィラメントになるような延伸倍率で延伸を行い、延伸糸を得た。延伸糸のリン元素含有率は1.0重量%、窒素元素量は2.5重量%、繊維強度2.5cN/dtex、伸度34%であった。得られた延伸糸から筒編み機で目付け100g/mの編物を作製し、難燃性の評価を行った。結果を表1に示す。
【0070】
[実施例2〜7]
テレフタル酸:イソフタル酸=9:1(重量比)の混合物とエチレングリコールと、共重合成分として4,4’−(ジメチルメチレン)ビスフェノールのエチレンオキサイド付加物を用いて合成したポリエチレンテレフタレートをポリマーAとして用いた他は、実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。これらの実施例の場合、共重合単位は下記構造式(3)で表される。
【0071】
【化3】

【0072】
[実施例8]
テレフタル酸:イソフタル酸=9:1(重量比)の混合物とエチレングリコールと、共重合成分として4,4’−(メチルエチルメチレン)ビスフェノールのエチレンオキサイド付加物を用いて合成したポリエチレンテレフタレートをポリマーAとして用いた他は、実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。この実施例の場合、共重合単位は下記構造式(4)で表される。
【0073】
【化4】

【0074】
[実施例9]
テレフタル酸:イソフタル酸=9:1(重量比)の混合物とエチレングリコールと、共重合成分として4,4’−メチレンビスフェノールのエチレンオキサイド付加物を用いて合成したポリエチレンテレフタレートをポリマーAとして用いた他は、実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。この実施例の場合、共重合単位は下記構造式(5)で表される。
【0075】
【化5】

【0076】
[比較例1]
テレフタル酸と1,4−ブタンジオールから合成されたポリブチレンテレフタレートをポリマーAとして用いた他は実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。ポリブチレンテレフタレートを用いたことで難燃性が低下し、不合格となった。
【0077】
【表1】

【0078】
[実施例10〜12、比較例2]
粉砕によってそれぞれ異なる粒径にしたジエチルホスフィン酸アルミニウムを成分Aとして用いた他は、実施例1と同様に行った。結果を表2に示す。比較例2は粒径3μmのジエチルホスフィン酸アルミニウムを用いたことから、難燃性が不十分であった。
【0079】
[実施例13〜14]
ジメチルホスフィン酸アルミニウムとメチルエチルホスフィン酸アルミニウムを成分Aとして用いた他は、実施例1と同様に行った。結果を表2に示す。
【0080】
【表2】

【0081】
[実施例15〜17、比較例3]
成分Bを変更した他は実施例1と同様に行った。結果を表3に示す。比較例3は成分Bの表面に界面活性剤を有していなかったため、溶融混練・溶融紡糸中に凝集物が発生して粒子径が5μm以上となり、難燃性が不十分であった。
【0082】
【表3】

【0083】
[実施例18〜23、比較例4〜5]
成分Aの供給量を調整してリン元素量を調整した他は実施例1と同様に行った。結果を表4に示す。実施例11および12の難燃性評価においてD法の接炎回数はどちらも3回の表記となっているが、試験を行った10検体のうち、実施例11は接炎回数3回が10検体、実施例12は接炎回数3回が5検体と接炎回数4回が5検体であり、リン元素量の多い実施例12の方が難燃性に優れる結果であった。比較例4はホスフィン酸金属塩を含有しなかったため、難燃性が不十分であった。また、比較例5はホスフィン酸金属塩が過剰量であったため繊維強度が低く、実用性がないと判断した。
【0084】
【表4】

【0085】
[実施例24〜26、比較例6]
成分Bの供給量を調整して窒素元素の含有量を調整した他は実施例1と同様に行った。結果を表5に示す。比較例6は窒素含有化合物を含有しなかったため、難燃性が不十分であった。
【0086】
【表5】

【0087】
[実施例27〜29、比較例7]
成分Bの供給量を調整して窒素元素の含有量を調整した他は実施例2と同様に行った。結果を表6に示す。比較例7は窒素含有化合物が過剰量であったため繊維強度が低く、実用性がないと判断した。
【0088】
[実施例30]
水スラリーではなく乾燥粉体で成分Bを供給してポリエチレンテレフタレート/ホスフィン酸亜鉛/メラミンシアヌレート(78重量%/12重量%/10重量%)のチップ(ポリマーB)を得た他は実施例2と同様に行った。結果を表6に示す。
【0089】
[実施例31]
ポリマーBを得る工程にて、酸化防止剤としてリン系酸化防止剤のアデカスタブPEP−36(ADEKA製)をポリマーB100重量部に対して0.5重量部の割合となるよう添加した他は、実施例1と同様に行った。結果を表6に示す。酸化防止剤を添加したことにより分解による繊維強度の低下が抑制された。
【0090】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明によれば、高い難燃性と実用可能な繊維強度を有する難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維を提供できるため、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができるほか、環境負荷の軽減なども期待できる。
【符号の説明】
【0092】
W:粒子の一方向の最大径
Z:粒子の一方向に対して垂直方向の最大径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が1μm以下である下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)をリン元素量換算で0.1〜2.5重量%、および粒子表面に界面活性剤を有する平均粒径が5μm以下であるリン元素を含有しない窒素化合物(成分B)を窒素元素量換算で0.5〜6.0重量%含有した難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維。
【化1】

[式中、RおよびRは同一または異なる炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
【請求項2】
ポリエチレンテレフタレートが下記構造式(2)で表される繰り返し単位を0.1〜25モル%共重合したポリエチレンテレフタレートであることを特徴とする請求項1に記載の難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維。
【化2】

[式中、RおよびRは同一または異なる、炭素数6以下の有機基または水素である。]
【請求項3】
成分Aがホスフィン酸アルミニウム塩またはホスフィン酸亜鉛塩であることを特徴とする請求項1または2に記載の難燃性ポリエチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項4】
成分Bがメラミン系化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維。
【請求項5】
界面活性剤がアニオン性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の難燃性ポリエチレンテレフタレート繊維。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−168932(P2011−168932A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35664(P2010−35664)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】