説明

電子ビーム表面処理方法、および電子ビーム表面処理装置

【課題】 被処理物の表面を比較的短時間の内に1μm程度の微細な表面粗さに仕上げることが可能であり、しかも、表面処理が必要な処理対象領域の全域にわたって均一に仕上げることができる電子ビーム表面処理方法、およびその装置を提供する。
【解決手段】 電子ビームを被処理物Wの表面に照射してその表層を溶融凝固させて表面処理を行う場合に、被処理物Wの表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報を予めメモリ19に登録しておき、この領域情報に基づいて電子ビームを被処理物Wの処理対象領域内を屈曲線状の軌跡を描くように二次元走査する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物に電子ビームを照射して表面処理を行う電子ビーム表面処理方法、およびその方法に使用する電子ビーム表面処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、プラスチック射出成型用や半導体部品製造用などの各種の金型は、切削加工機械で予め粗加工した後、放電加工や化学エッチング法等により微細な表面粗さとなるように表面処理を行っている。
【0003】
ところが、放電加工を行った後の表面粗さは数μm〜〜数10μm程度で、通常、金型において必要とされる数μm以下の表面粗さを達成することは難しい。これに対して、化学エッチング法を用いると、表面粗さを1μm程度の表面に仕上げることも可能であるが、加工条件の制御が極めて難しい。そのため、従来、例えば放電加工を行った後、研磨紙や磨き粉等によって表面研磨を行って表面粗さが0.1μm〜1μm程度になるような表面処理を行っている。
【0004】
しかし、この平滑化のための研磨作業は全て手作業で行われているため、熟練者の技能に頼るところが多いばかりか、表面仕上げを完了するまでに多大な作業時間を要する。特に、被処理物の形状が複雑な場合には表面を均一に研磨仕上げすることが難しく、しかも、研磨作業に長時間を要することになり、表面処理の効率化を十分に図ることができない。
【0005】
そのため、従来は、手作業によらずに被処理物の表面を平滑化するために、被処理物に対してイオンビームを照射して表面処理を行うようした技術や、被処理物の表面の広い範囲にわたって電子ビームをパルス照射して表面処理を行うようにした技術、さらには、被処理物の表面に電子ビームが円形の軌跡を描くように走査して表面処理するようにした技術がそれぞれ提案されている(例えば、特許文献1〜3等参照)。
【0006】
【特許文献1】特開昭55−165288号公報
【特許文献2】特開2004−1086号公報
【特許文献3】特開平9−216075号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載されている技術は、被処理物に対してイオンビームを照射して表面の凸部をスパッタリングすることで平滑化を行うので、被処理物の形状が複雑なものでも対応可能であるものの、加工速度が遅くて手作業で表面研磨を行う場合と大差なく、表面処理の効率化を図ることが難しい。
【0008】
また、特許文献2に記載されている技術では、比較的短時間で微細な表面粗さに仕上げることが可能であるが、被処理物の広い面積にわたって電子ビームをパルス照射する関係上、被処理物の形状が複雑なものではその表面に均一に電子ビームを照射することができない。このため、表面粗さに局所的なむらを生じ易い。また、表面が平坦な場合でも、被処理物の広い面積にわたって電子ビームが同時に照射されるため、表面層が溶融凝固する熱量が照射された場合に引っ張り残留応力が生じ易く、被処理物の表面に微細なクラックを生じる。
【0009】
さらに、特許文献3に記載されている技術では、比較的短時間で微細な表面粗さに仕上げることが可能であるが、被処理物の表面に電子ビームを照射する際に電子ビームが円形の軌跡となるように走査しているので、円形の軌跡が重なる接線部分に熱が集中して溶融むらを生じ易く、均一な表面仕上げを行うことが難しい。
【0010】
しかも、この特許文献3に記載されている技術では、電子ビームが収束される焦点は常に一定に設定されるため、被処理物に凹凸部がある場合には電子ビームの照射エネルギに差が生じ、その結果、均一な表面粗さに仕上げることができない。
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたもので、被処理物の表面を比較的短時間の内に1μm程度の微細な表面粗さに仕上げることが可能であり、しかも、その際に表面処理が必要な処理対象領域の全域にわたって均一に仕上げることができる電子ビーム表面処理方法、およびこの方法に用いる電子ビーム表面処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明の電子ビーム表面処理方法は、電子ビームを被処理物の表面に照射してその表層を溶融凝固させて表面処理を行う方法であって、上記被処理物の表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報を予め登録しておき、この領域情報に基づいて電子ビームを上記被処理物の処理対象領域内で屈曲線状の軌跡を描くように二次元走査することを特徴としている。
【0013】
また、本発明の電子ビーム表面処理装置は、被処理物の表面に電子ビームを照射する電子ビーム照射手段を有し、この電子ビーム照射手段は、電子ビームを発生する電子銃と、この電子銃からの電子ビームを収束するビーム収束手段と、電子ビームを偏向するビーム偏向手段とを備えるとともに、上記被処理物の表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報が予め登録された記憶手段と、この記憶手段に記憶されている上記領域情報に基づいて電子ビームが上記被処理物の処理対象領域内で屈曲線状の軌跡を描いて二次元走査されるように上記ビーム偏向手段を制御するビーム走査制御手段と、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、電子ビームを上記被処理物の処理対象領域内で二次元走査することで、その表層が溶融した場合、その表面張力により被処理物の元の形状から表面エネルギの少ない平坦な表面形状に変形した後に自己放冷されて凝固されるので、被処理物の表面を比較的短時間の内に1μm程度の微細な表面粗さに仕上げることができる。しかも、その際、電子ビームが屈曲線状の軌跡を描くように二次元走査されるので、熱が局部的に集中して溶融むらを生じることはなく、表面処理対象領域の全域にわたって均一な表面粗さに仕上げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
実施の形態1.
図1は本発明の実施の形態1における電子ビーム表面処理装置の構成図である。
【0016】
この実施の形態1の電子ビーム表面処理装置1は、鋼等の鉄系金属、あるいはアルミニュウム合金等の非鉄金属からなる被処理物Wの表面処理を行うものであって、真空チャンバ2内に電子ビーム照射手段3とXYテーブル4とが配置されている。また、真空チャンバ2の外部には、真空排気装置5、ビーム収束装置6、ビーム偏向装置7、電源装置8、および制御装置9が設けられている。
【0017】
上記の電子ビーム照射手段3は、被処理物Wの表面に電子ビームを照射するもので、電子ビームを発生する電子銃12、この電子銃12からの電子ビームを収束する収束レンズ13、および電子ビームを偏向する偏向レンズ14を備えている。そして、電子銃12は、カソード12a、アノード12bおよびバイアス電極12cから構成されており、電源装置8によりカソード12aとバイアス電極12cには負電圧が、アノード12bには正電圧が印加されることにより電子ビームが発生し、この電子ビームが収束レンズ13で収束された後、偏向レンズ14で偏向されて被処理物Wの表面に照射される。
【0018】
XYテーブル4は、図2に示すように、被処理物Wを互いに直交するX軸方向とY軸方向とにそれぞれ個別に移動できるようになっている。また、真空排気装置5は、真空チャンバ2内を所定の真空度になるように真空引きを行うものである。
【0019】
ビーム収束装置6は、制御装置9からの指令に基づいて収束レンズ13による電子ビームの収束度合いを調整するものであり、また、ビーム偏向装置7は、制御装置9からの指令に基づいて偏向レンズ14による電子ビームの偏向度合いを調整するものである。そして、収束レンズ13とビーム収束装置6とによってビーム収束手段15が構成され、また、偏向レンズ14とビーム偏向装置7とによってビーム偏向手段16が構成されている。
【0020】
また、上記の制御装置9は、マイクロコンピュータ等から構成されるもので、予め設定された制御プログラムに基づいて電子ビーム照射手段3、XYテーブル4、真空排気装置5、および電源装置8の各動作を制御する。さらに、この制御装置9には、被処理物情報メモリ19が設けられている。
【0021】
この被処理物情報メモリ19は、特許請求の範囲における記憶手段に対応するもので、被処理物Wの表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報、ならびに被処理物Wの表面形状に関する形状情報が予め登録されている。
【0022】
そして、制御装置9は、この被処理物情報メモリ19に記憶されている領域情報、ならびに形状情報に基づいて、電子ビームが被処理物Wの処理対象領域内で後述のごとく屈曲線状の軌跡を描いて二次元走査されるようにビーム偏向手段16を制御し、また、電子ビームが被処理物Wの表面の照射位置に常に焦点を結ぶようにビーム収束手段15を制御する。したがって、この制御装置9が特許請求の範囲におけるビーム走査制御手段およびフォーカス制御手段としての役目を果たしている。
【0023】
上記構成の電子ビーム表面処理装置1を用いた被処理物Wの表面処理方法について、次に説明する。
【0024】
被処理物Wの表面処理を行う際、被処理物情報メモリ19に被処理物Wの処理対象領域を規定する領域情報、ならびに、被処理物Wの表面形状に関する形状情報を予め登録しておく。そして、被処理物WをXYテーブル4上に載置した後、真空排気装置5により真空チャンバ2内が所定の真空度に達するまで真空引きを行う。
【0025】
真空チャンバ2内が所定の真空度に達すると、制御装置9は、XYテーブル4を駆動して表面処理が必要とされる処理対象領域に電子ビームが照射可能な位置まで被処理物Wを移動させた後、電源装置8を起動して電子銃12から電子ビームを発生させる。
【0026】
そして、制御装置9は、被処理物情報メモリ19に記憶されている領域情報に基づいて、電子ビームが被処理物Wの処理対象領域内で屈曲線状の軌跡を描いて二次元走査されるようにビーム偏向手段16を制御する。
【0027】
例えば図3(a)に示すように、被処理物Wの表面処理が必要な処理対象領域を符号Raで示す範囲とした場合、電子ビームは、この処理対象領域Ra内において鋸歯波状の軌跡を描くように二次元走査される。あるいは、例えば図3(b)に示すように、被処理物Wの表面処理が必要な処理対象領域を符号Rbで示す範囲とした場合、電子ビームは、この処理対象領域Rb内において多重反射状の軌跡を描くように二次元走査される。
【0028】
ここで、図3(a)に示すような鋸歯波状の軌跡を描くようにするには、X軸方向の走査速度成分をVx、Y軸方向の走査速度成分をVyとしたとき、Vy>>Vxに設定することにより実施することができる。
【0029】
また、図3(b)に示すような多重反射状の軌跡を描くようにするには、X軸方向の走査速度成分Vx、Y軸方向の走査速度成分Vyとしたとき、両速度成分の差Δ(=Vx−Vy)が僅差となるように設定することにより実施することができる。なお、Vx=Vyのときには、図3(b)の破線で示す線上(45°の角度をもつ線上)を電子ビームが往復走査されるため、多重反射状の軌跡を描くようにはならない。
【0030】
このように、図3(a)に示すような鋸歯波状の軌跡、あるいは図3(b)に示すような多重反射状の軌跡を描くように電子ビームを二次元走査すると、電子ビーム照射で生じる熱が局部的に集中することがないので都合がよい。
【0031】
すなわち、図4(a)に示すように、電子ビームが円形の軌跡を描くように二次元走査する場合には、ある一定幅Mをもつ領域(斜線部)内では長さLaにわたって電子ビームが走査されるために、電子ビームの照射時間も長くなって円軌跡の重なる接線部分に熱が集中してその他の部分との間で溶融むらを生じ易い。
【0032】
これに対して、図4(b)に示すように、電子ビームが屈曲線状に二次元走査される場合には、同じ一定幅Mをもつ領域(斜線部)内では僅かな長さLb(<La)だけ電子ビームが走査されるために、電子ビームの照射時間が図4(a)の場合よりも短くなって軌跡の重なる接線部分での熱の集中が緩和される。このため、他の部分との間で溶融むらを生じることがなく、処理対象領域の全域にわたって均一な表面粗さに仕上げることができる。特に、図3(b)に示したように多重反射状の軌跡を描くように電子ビームが二次元走査される場合は、電子ビーム照射による発熱が特定箇所に集中するのを確実に避けることができる。
【0033】
さらに、この実施の形態1では、上記のようにして電子ビームを屈曲線状に二次元走査する際、制御装置9は、被処理物情報メモリ19に記憶されている被処理物Wの表面形状に関する形状情報に基づいて電子ビームが被処理物Wの表面の照射位置に常に焦点を結ぶようにビーム収束手段15を制御する。
【0034】
このため、例えば図5(a)に示すように、被処理物Wの表面に凹部W1が存在する場合でも、電子ビームは凹部W1内の表面、凹部W1外の表面のいずれの照射位置でも常に焦点を結ぶようになる。また、例えば図5(b)に示すように、被処理物Wの表面に円弧状の段差W2が存在する場合でも、電子ビームは段差W2の途中、段差W2の前後の表面のいずれの照射位置でも常に焦点を結ぶようになる。したがって、被処理物Wの形状が種々異なる場合でもその表面に対して常に同じエネルギ密度で電子ビームが照射される。
【0035】
このように、この実施の形態1では、電子ビームを被処理物Wの処理対象領域内で走査することで、その表層が溶融した後に直ちに自己放冷されて凝固されるので、被処理物Wの表面を比較的短時間の内に1μm程度の微細な表面粗さに仕上げることができる。しかも、その際、電子ビームが図3に示したように屈曲線状になるように走査されるので、熱が局部的に集中して溶融むらを生じることはなく、処理対象領域の全域にわたって均一な表面粗さに仕上げることができる。さらに、電子ビームは、図5に示したように被処理物W表面の照射位置に常に収束するようにフォーカス制御されるので、被処理物Wの処理表面に対して照射される電子ビームのエネルギ密度が常に一定になる。したがって、電子ビームを表面に照射してその表層を均一に溶融凝固させることができる。このため、一層均一な表面処理をすることができる。
【0036】
このようにして、電子ビームの二次元走査により被処理物Wの一定範囲の表面処理が終われば、次に、制御装置9はXYテーブル4を移動して被処理物Wの他の範囲について上記と同様に電子ビーム照射により表面処理が行われる。そして、最終的には被処理物Wの所定の処理対象領域の全域にわたって表面処理が行われる。なお、電子ビームの二次元走査とXYテーブル4の移動とを同期制御するようにしてもよい。
【0037】
上記の実施の形態1では、被処理物Wの表面処理が必要な矩形の処理対象領域Ra,Rb内を鋸歯波状の軌跡(図3(a))、あるいは多重反射状の軌跡(図3(b))を描くように電子ビームを二次元走査しているが、電子ビームをデジタル的に微少量(例えばビーム径がφ0.3mmの1/10くらいで、0.01mm〜0.05mm)ずつ予め設定された位置をデータ通りに動かすようにすれば、矩形状の領域Ra,Rbだけでなく任意の複雑な領域に電子ビームを照射することができる。
【0038】
また、実施の形態1において、メモリ19の形状情報に基づいて電子ビームが被処理物Wの表面の照射位置に常に焦点を結ぶようにフォーカス制御を行っているが、電子ビームの焦点位置は被処理物Wの表面から常に所定距離だけ離れた箇所に設定されるようにフォーカス制御を行うようにすることも可能である。
【0039】
さらに、電子ビームが被処理物Wの表面に常に焦点を結ぶようにフォーカス制御を行っても、被処理物Wの表面が全般に傾斜しているような場合には、被処理物Wの表面が水平面の場合と比べて電子ビームの入熱密度(電子ビームのエネルギ密度)が異なってくるので、被処理物情報メモリ19に記憶されている被処理物Wの表面形状に関する形状情報に基づいて、被処理物に対する電子ビームの入熱密度(電子ビームのエネルギ密度)を変化させるようにしてもよい。この場合の入熱密度を変化させる方法としては、ビーム電流を変えたり、走査回数を変えたり、走査速度を変えたりすることで対処することが可能である。
【0040】
さらにまた、上記の実施の形態1では、被処理物可動機構としてXYテーブル4を設けているが、これに限らず、他の構成の被処理物可動機構を設けることもできる。例えば、図6(a)に示すような被処理物Wを傾動保持する機構21や、図6(b)に示すような回転保持機構22をXYテーブル4上に配設することができる。
【0041】
そして、例えば図6(a)に示すように、被処理物Wに溝W3がある場合、電子ビームを偏向するだけでは溝W3内の垂直壁を十分に照射できないことがあるが、傾動保持機構21を設けた場合には、この傾動保持機構21で被処理物Wを傾斜させることで溝W3の垂直壁に電子ビームを確実に照射して表面処理を行うことができる。
【0042】
また、図6(b)に示すように、被処理物Wが円柱状をしている場合、回転保持機構22により被処理物Wを回転させることでその処理表面に対して電子ビームを垂直に照射することができるので、均一な表面処理をすることが可能になる。
【0043】
実施の形態2.
図7はこの実施の形態2における電子ビーム表面処理装置の要部を示す構成図である。
【0044】
この実施の形態2の特徴は、電子ビームの放射方向に沿って複数段(この例では2段)にわたって偏向レンズ14a,14bが設けられている。このため、第1段目の偏向レンズ14aで偏向された電子ビームは、引き続いて第2段目の偏向レンズ14bでさらに偏向される。
【0045】
これにより、被処理物Wの表面に照射される電子ビームの入射角を小さくすることができる。つまり、被処理物Wの表面に対して電子ビームをできるだけ垂直に照射できるようになる。このため、電子ビームを二次元走査する場合、被処理物Wの表面に対して照射される電子ビームのエネルギ密度が常に一定になるので、被処理物Wの表層を均一に溶融凝固させることができ、均一な表面処理をすることができる。
【0046】
しかも、例えば図8に示すように、被処理物Wに凹部W4がある場合、単一の偏向レンズでは電子ビームを十分に偏向できないために凹部W4内に陰ができて電子ビームを十分に照射できないことがある。これに対して、この実施の形態2のように、複数段の偏向レンズ14a,14bによって電子ビームを複数回偏向させるようにすれば、凹部W4内に電子ビームを確実に照射して表面処理を行うことができる。
【0047】
なお、この実施の形態2では、電子ビームの放射方向に沿って2段の偏向レンズ14a,14bを設けているが、3段以上設けることも可能である。その他の構成、ならびに作用効果は実施の形態1の場合と同様であるから、ここでは詳しい説明は省略する。
【0048】
実施の形態3.
図9はこの実施の形態3における電子ビーム表面処理装置の構成図であり、図1に示した実施の形態1と対応する構成部分には同一の符号を付す。
【0049】
この実施の形態3の特徴は、電子ビーム照射手段3が配置された真空チャンバ2aと、XYテーブル4が配置された真空チャンバ2bとが互いに独立して設けられている。そして、両真空チャンバ2a,2b間は、例えば蛇腹状の真空シール23が施されて互いに連通されるとともに、電子ビーム照射手段3が配置された真空チャンバ2aには、他方の真空チャンバ2bに対して変位させるスライド手段24が設けられている。この場合のスライド手段24は、例えば、真空チャンバ2aの底部に設けたローラ25と、このローラ25を駆動するモータやギヤを備えた駆動部26とで構成される。
【0050】
この構成によれば、XYテーブル4を移動するだけでは被処理物Wに対する電子ビームの照射範囲に限界がある場合でも、電子ビーム照射手段3が配置された真空チャンバ2a全体を移動させれば被処理物Wの広い範囲にわたって電子ビームを照射することが可能になる。
【0051】
なお、この実施の形態3では、電子ビーム照射手段3が配置された真空チャンバ2aを移動させるようにしているが、逆にXYテーブル4が収納された真空チャンバ2bを移動する構成とすることも可能である。その他の構成、ならびに作用効果は実施の形態1の場合と同様であるから、ここでは詳しい説明は省略する。
【0052】
なお、図6(a)では被処理物Wを傾動保持する機構21をXYテーブル4上に配置した構成を示したが、電子ビーム照射手段3を真空チャンバ2a内のXYテーブル4に対して傾動保持する傾動保持機構(図示せず)を設けた構成とすることもできる。このような構成にすれば、被処理物Wの形状が大きい場合でも、電子ビーム照射手段3を傾斜させることで被処理物Wの広い表面にわたって適切に電子ビームを照射することができる。
【0053】
実施の形態4.
図10はこの実施の形態4における電子ビーム表面処理装置の要部を示す構成図である。
【0054】
この実施の形態4の特徴は、XYテーブル4の上に載置される被処理物Wを所要温度になるように温度調節する温度調節手段29を備えていることである。この場合の温度調節手段29は、例えば、XYテーブル4と被処理物Wとの間に介在される加熱冷却器30と、この加熱冷却器30の温度制御を行う温度制御装置31とから構成されている。この場合の加熱冷却器30は、例えばペルチェ素子を用いたものや、ヒータ単体あるいはクーラ単体、または両者を組み合わせたものを適用することができる。
【0055】
この構成によれば、例えば図11に示すように、電子ビーム照射による被処理物Wの溶融温度をTqとしたとき、被処理物Wの処理前の母材温度をT1,T2と変えると、電子ビーム照射時の被処理物Wの温度分布曲線が実線および破線で示すように異なってきて表面からの溶融深さもD1,D2変化する。したがって、被処理物Wの材料に応じて適切な溶融深さD1,D2等を設定することができる。
【0056】
その他の構成、ならびに作用効果は実施の形態1の場合と同様であるから、ここでは詳しい説明は省略する。
【実施例】
【0057】
上記の実施の形態1の構成を備えた電子ビーム表面処理装置を用いて、被処理物に表面処理をして評価実験を行った。この場合、被処理物の材料としては、STAVAX鋼(JIS G 4303〜4309:マルテンサイト系ステンレス鋼SUS420J2相当)を使用した。この表面処理前の素地の表面粗さは6μmである。また、処理条件として、真空度が6.7Pa以下、加速電圧30kV、ビーム電流が110mAの下で、処理対象領域を30mm×30mmの範囲とし、その範囲内で図3(a)に示すように鋸歯波状の軌跡を描くように電子ビームを二次元走査した。そして、被処理物の電子ビーム走査後の表面粗さを測定した。
【0058】
その結果、30mm×30mmの処理対象領域の全域を電子ビームを一度だけ二次元走査するのに要する時間は約1.6秒で、このときの被処理物の表面粗さは0.96μm(6回測定の平均値)であった。したがって、表面処理後の表面粗さは要求特性を十分に満たしていることが確認された。また、被処理物の処理後の表面状態を走査電子顕微鏡等で観察したところ、処理対象領域内において均一な表面処理が行われていることが確認された。
【0059】
また、処理条件の内、ビーム電流のみを90mAに変更し、上記と同じ面積をもつ処理対象領域を5回繰り返して二次元走査した場合、処理に要する総時間は約7.4秒で、このときの被処理物の表面粗さは1.13μm(6回測定の平均値)であった。この場合も所要の表面粗さを得ることが確認できた。
【0060】
なお、特許文献2に記載されているように、被処理物の広い面積にわたって電子ビームをパルス照射して上記と同様な30mm×30mmの面積内を1μm程度の表面粗さに仕上げるのに要する時間は約380秒程である。したがって、従来と比べると本発明は同じ程度の表面粗さに仕上げるのに要する時間が極めて短時間で済むことが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、表面処理を行う被処理物Wが金型の場合に限定されるものではなく、微細な表面処理が要求される被処理物に対して本発明を広く適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施の形態1における電子ビーム表面処理装置の構成図である。
【図2】本発明の実施の形態1において、XYテーブル上に被処理物を載置した状態の概略を示す斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態1において、被処理物に対して電子ビームを二次元走査する場合の説明図である。
【図4】被処理物に対して電子ビームを二次元走査する場合の走査方法の違いに伴って生じる熱集中度合いを説明するための図である。
【図5】本発明の実施の形態1において、電子ビームが被処理物表面の照射位置に常に収束するようにフォーカス制御する場合の説明図である。
【図6】被処理物可動機構の変形例を示す斜視図である。
【図7】実施の形態2における電子ビーム表面処理装置の要部を示す構成図である。
【図8】実施の形態2において、電子ビームを偏向して被処理物表面に照射する場合の説明図である。
【図9】実施の形態3における電子ビーム表面処理装置の構成図である。
【図10】実施の形態4における電子ビーム表面処理装置の要部を示す構成図である。
【図11】実施の形態4において、温度調節手段で被処理物の温度を調節した場合の電子ビーム照射による温度分布の違いを示す特性図である。
【符号の説明】
【0063】
W 被処理物、1 電子ビーム表面処理装置、2 真空チャンバ、
3 電子ビーム照射手段、4 XYテーブル(被処理物可動機構)、
9 制御装置(ビーム走査制御手段、フォーカス制御手段)、12 電子銃、
13 収束レンズ、14,14a,14b 偏向レンズ、15 ビーム収束手段、
16 ビーム偏向手段、19 被処理物情報メモリ(記憶手段)、21 傾動保持機構、22 回転保持機構、24 スライド手段、29 温度調節手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを被処理物の表面に照射してその表層を溶融凝固させて表面処理を行う電子ビーム表面処理方法において、
上記被処理物の表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報を予め登録しておき、この領域情報に基づいて電子ビームを上記被処理物の処理対象領域内を屈曲線状の軌跡を描くように二次元走査することを特徴とする電子ビーム表面処理方法。
【請求項2】
上記の屈曲線状の軌跡を描く二次元走査とは、鋸歯波状の軌跡を描く二次元走査であることを特徴とする請求項1記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項3】
上記の屈曲線状の軌跡を描く二次元走査とは、多重反射状の軌跡を描く二次元走査であることを特徴とする請求項1記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項4】
上記被処理物の表面形状に関する形状情報を予め登録しておき、この形状情報に基づいて電子ビームが上記被処理物の表面または表面から一定距離だけ離れた箇所に常に焦点を結ぶようにフォーカス制御を行うことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項5】
上記被処理物の表面形状に関する形状情報を予め登録しておき、この形状情報に基づいて電子ビームの上記被処理物の照射位置に対するエネルギ密度が変化する制御を行うことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項6】
被処理物の表面に電子ビームを照射する電子ビーム照射手段を有し、この電子ビーム照射手段は、電子ビームを発生する電子銃と、この電子銃からの電子ビームを収束するビーム収束手段と、電子ビームを偏向するビーム偏向手段とを備えている電子ビーム表面処理装置において、
上記被処理物の表面処理を行う処理対象領域を規定する領域情報が予め登録された記憶手段と、この記憶手段に記憶されている上記領域情報に基づいて電子ビームが上記被処理物の処理対象領域内で屈曲線状の軌跡を描いて二次元走査されるように上記ビーム偏向手段を制御するビーム走査制御手段と、を備えることを特徴とする電子ビーム表面処理装置。
【請求項7】
上記記憶手段には、上記領域情報に加えて被処理物の表面形状に関する形状情報が予め登録される一方、この形状情報に基づいて電子ビームが上記被処理物の表面または表面から所定距離だけ離れた箇所に常に常に焦点を結ぶように上記ビーム収束手段を制御するフォーカス制御手段を備えることを特徴とする請求項6記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項8】
上記被処理物を電子ビームの照射方向に対して水平移動、回転、傾動の内の少なくとも一つを行う被処理物可動機構を備えることを特徴とする請求項6または請求項7に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項9】
上記ビーム偏向手段が電子ビームの放射方向に沿って複数段にわたって設けられていることを特徴とする請求項6ないし請求項8のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項10】
上記電子ビーム照射手段の位置を上記被処理物可動機構に対して変位させるスライド手段を備えることを特徴とする請求項6ないし請求項9のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項11】
上記電子ビーム照射手段の位置を上記被処理物可動機構に対して傾動させる傾動手段を備えることを特徴とする請求項6ないし請求項10のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項12】
上記被処理物を所定温度になるように温度調節する温度調節手段を備えることを特徴とする請求項6ないし請求項11のいずれか1項に記載の電子ビーム表面処理装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2006−35263(P2006−35263A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−218401(P2004−218401)
【出願日】平成16年7月27日(2004.7.27)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】