説明

電子ビーム表面処理装置および表面処理方法

【課題】3次元形状の被処理物に対しても処理温度を制御することにより、良好な処理面が得られる電子ビーム表面処理装置およびその処理方法を提供する。
【解決手段】電子ビーム表面処理装置が、電子ビームを発生する電子ビーム発生手段と、電子ビームを収束する電子ビーム収束手段と、収束された電子ビームを偏向して被処理物上で走査させる電子ビーム偏向手段と、電子ビーム発生手段、電子ビーム収束手段、および電子ビーム偏向手段に接続され、これらの手段を制御する制御手段と、制御手段に接続されたシミュレータと、被処理物の情報を記憶する記憶手段とを含み、シミュレータは、記憶手段に記憶された被処理物の情報を用いて、表面処理中の被処理物の温度分布を計算し、制御手段は、温度分布に基づいて選択された電子ビーム照射条件を用いて、電子ビーム発生手段、電子ビーム収束手段、および電子ビーム偏向手段を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物に電子ビームを照射して表面処理を行う電子ビーム表面処理装置およびその処理方法に関し、特に、シミュレータを備えた電子ビーム表面処理装置およびその処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被処理物の表面に電子ビームを照射し、表面を溶融させて改質層を形成することにより、被処理物の表面の平坦化等の表面処理が行われている。この場合、溶融部分の大きさは電子ビームの電流強度や電子ビームの走査速度に依存し、所定の厚さの改質層を形成するための最適条件を見出すことは困難である。特に、被処理物の形状や処理面積が異なれば、被処理物の温度分布も異なり、最適条件も変わってくる。
【0003】
そこで、特許文献1では、被処理物に電子ビームを照射する表面処理工程において、電子ビーム照射部の被処理物の温度を赤外線検出素子によって測定し、その測定温度とあらかじめ設定した処理温度との差分に応じて電子ビームの電流強度や走査速度を制御して被処理物の表面温度を調整しながら処理を行っていた。
【特許文献1】特開昭58−4257号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、赤外線検出素子を用いて電子ビーム照射部の温度を測定した場合、電子ビーム照射部とその周辺部分の温度が平均化された温度が測定温度となるため、電子ビーム照射部のみの温度を正確に測定することが困難であった。
また、赤外線検出素子を用いた場合、被処理面が平坦でないと正確な温度を測定できないことから、被処理面が3次元形状の場合は測定精度が低下し、電子ビームの照射条件の正確な制御ができなかった。このため、プラスチック射出成型用金型や半導体部品製造用金型などの3次元形状の金型に対して、良好な表面処理を行うことは困難であった。
更に、電子ビーム照射の熱で改質される熱影響層の深さ制御が必要な表面処理では、表面から深さ方向の温度分布を知ることが必要であるが、赤外線検出素子を用いた測定方法では、深さ方向の温度分布を全く測定できなかった。
【0005】
そこで、本発明は、電子ビーム照射による表面処理において、3次元形状の被処理物に対しても処理温度を制御することにより、良好な処理面が得られる電子ビーム表面処理装置およびその処理方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、電子ビームを被処理物に照射して表面処理を行う電子ビーム表面処理装置であって、電子ビームを発生する電子ビーム発生手段と、電子ビームを収束する電子ビーム収束手段と、収束された電子ビームを偏向して被処理物上で走査させる電子ビーム偏向手段と、電子ビーム発生手段、電子ビーム収束手段、および電子ビーム偏向手段に接続され、これらの手段を制御する制御手段と、制御手段に接続されたシミュレータと、被処理物の情報を記憶する記憶手段とを含み、シミュレータは、記憶手段に記憶された被処理物の情報を用いて、表面処理中の被処理物の温度分布を計算し、制御手段は、温度分布に基づいて選択された電子ビーム照射条件を用いて、電子ビーム発生手段、電子ビーム収束手段、および電子ビーム偏向手段を制御することを特徴とする電子ビーム表面処理装置である。
【0007】
また、本発明にかかる処理方法は、電子ビームを被処理物上に照射し、被処理物上で電子ビームの照射部を走査し、照射部の被処理物を溶融させた後に凝固させ、凝固した領域を改質層とする電子ビーム表面処理方法であって、被処理物の情報を取得し、情報に基づいて表面処理中の被処理物の温度分布を計算し、計算した温度分布に基づいて選択された電子ビーム照射条件を用いて、電子ビームの照射および走査を行うことを特徴とする電子ビーム表面処理方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、3次元形状の被処理物に対しても、最適条件で電子ビーム表面処理を行うことができ、良好な処理面を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
実施の形態1.
図1は、全体が100で表される、本発明の実施の形態1にかかる電子ビーム表面処理装置の概略図である。電子ビーム表面処理装置100は、例えば、鉄系金属、アルミニウム合金、超硬合金等からなる被処理物Wの表面処理を行うものであり、被処理物Wを処理する真空チャンバ2を含む。真空チャンバ2中には、被処理物Wに電子ビーム1を照射する電子ビーム照射手段を3と、被処理物Wを載置するXYテーブル(被処理物可動機構)4とが設けられている。図2に示すように、XYテーブル4は、互いに直交するX軸方向とY軸方向に被処理物Wを移動できるようになっている。
【0010】
電子ビーム表面処理装置100は、真空チャンバ2の外部に、真空チャンバ2の排気を行う真空排気装置5を有する。更に、真空チャンバ2の外部には、ビーム収束装置6、ビーム偏向装置7、および電源装置8を有するとともに、これらを制御するための制御装置9、および制御装置9にシミュレーション結果を伝える熱伝導シミュレータ10を有する。
【0011】
電子ビーム照射手段3は、電子銃12から照射された電子ビーム1を収束するための収束レンズを含む電子ビーム収束手段13と、電子ビーム1を偏向するための偏向レンズを含む電子ビーム偏向手段14とを有する。
【0012】
電子銃12は、カソード12a、アノード12b、およびバイアス電極12cから構成されており、電源装置8により、カソード12aとバイアス電極12cには負電圧が印加され、アノード12bには正電圧が印加される。これにより、例えばLaBからなるカソード12aから電子ビーム1が発生する。電子ビーム1は、電子ビーム収束手段13の収束レンズで収束された後、電子ビーム偏向手段14の偏向レンズで偏向されて被処理物Wの表面に照射される。
【0013】
電子ビーム収束手段13にはビーム収束装置6が接続され、制御装置9からの信号により電子ビーム1の収束度を調整する。また、電子ビーム偏向手段14にはビーム偏向装置7が接続され、制御装置9からの信号に基づき電子ビーム1を偏向させる。
【0014】
制御装置9は、マイクロコンピュータなどから構成され、予め設定された制御プログラムに基づいて電子ビーム照射手段3、XYテーブル4、真空排気装置5、および電源装置8の各動作を制御する。
【0015】
制御装置9は、更に、記憶手段(被処理物情報メモリ)19を含む。記憶手段19には、被処理物Wの表面処理が行われる処理対象領域を規定する領域情報や、被処理物Wの表面形状に関する形状情報があらかじめ登録されている。制御装置9は、記憶手段19に記憶されている領域情報、形状情報に基づき、電子ビーム1が被処理物Wの処理対象領域内で所定の軌跡を描いて二次元走査するように電子ビーム偏向手段14を制御する。また、電子ビーム1が被処理物Wの表面で常に焦点を結ぶように、電子ビーム収束手段13を制御する。即ち、制御装置9は、ビーム走査制御手段およびフォーカス制御手段として機能している。
【0016】
制御装置9には、熱伝導シミュレータ10が接続されている。熱伝導シミュレータ10では、記憶手段9に記憶された被処理物Wの形状、材質等のデータに基づいて、有限要素法等を用いた熱伝導シミュレーションを行う。これにより、被処理物Wに電子ビーム1を照射する処理工程での、表面の温度分布を計算する。
【0017】
制御装置9では、被処理物Wの処理工程において、熱伝導シミュレーション結果に基づいて、所望の温度分布が得られる条件で電子ビーム1の照射を行う(詳細は後述する)。
【0018】
以下、電子ビーム表面処理装置100を用いた被処理物Wの表面処理工程について説明する。まず、電子ビーム表面処理装置100を用いて表面処理を行う場合、表面処理を行う被処理物Wについて、処理対象領域を規定する領域情報、表面形状に関する形状情報を、予め記憶手段19に登録しておく。
【0019】
被処理物Wは、真空チャンバ2内のXYテーブル4上に載置され、真空排気装置5により真空チャンバ2が排気され、真空チャンバ2内は所定の真空度となる。
【0020】
真空チャンバ2内が所定の真空度に達すると、制御装置9は、XYテーブル4を駆動して、表面処理が必要とされる処理対象領域に電子ビームが照射可能な位置まで被処理物Wを移動させる。続いて、電源装置8を起動して電子銃12から電子ビーム1を発生させる。
【0021】
制御装置9は、記憶手段19に記憶されている領域情報に基づいて、電子ビーム1が被処理物Wの処理対象領域内で屈曲線状の軌跡を描いて二次元走査されるように収束レンズ13を制御する。
【0022】
図3は、被処理物Wの処理対象領域における、電子ビームの軌跡である。(a)では、表面処理が必要な処理対象領域をRaで示す。処理対象領域Ra内において、電子ビームは、鋸歯波状の軌跡を描くように二次元走査される。電子ビームが(a)に示す鋸歯波状の軌跡を描くようにするには、X軸方向の走査速度成分をVx、Y軸方向の走査速度成分をVyに対して、Vy>Vxとなるように設定すればよい。
【0023】
また、(b)では、表面処理が必要な処理対象領域をRbで示すと、処理対象領域Rb内において、電子ビームが、矩形波状の軌跡を描くように二次元走査される。この場合は、X軸方向の走査速度成分Vx、Y軸方向の走査速度成分Vyについて、Vx=0とすればY軸方向に、Vy=0とすればX軸方向に軌跡が描けるため、Vx=0とVy=0を交互に繰り返すような設定とすれば良い。
【0024】
電子ビーム表面処理装置100では、電子ビームを屈曲線状に二次元走査する工程において、制御装置9は、記憶手段19に記憶されている被処理物Wの表面形状に関する形状情報に基づいて、電子ビーム1が被処理物Wの表面で常に焦点を結ぶように収束レンズを含むビーム収束手段13を制御する。
【0025】
ここで、熱伝導シミュレータ10は、記憶手段19に登録されている被処理物Wの表面処理を行う領域情報、被処理物Wの表面形状に関する形状情報、および、制御装置9で設定された電子ビーム照射の制御プログラムに基づいて、設定された処理条件を用いて電子ビーム表面処理を行った場合の、被処理物Wの温度を計算する。熱伝導シミュレータ10により、電子ビーム処理工程中の被処理物Wの温度分布が算出されるため、設定された処理条件で電子ビームを照射した場合の、被処理物Wの任意の部分の温度変化を知ることができる。
【0026】
例えば、図4は、超硬合金WC−Coからなる被処理物Wに対して、図3(b)の走査経路で電子ビームを照射した場合の3次元温度分布を示す。図4中、P点は電子ビームが照射されている部分であり、周辺に比べて温度が高くなっている。電子ビームの走査を継続すると、P点のような高温領域が移動する。
【0027】
熱伝導シミュレータ10には、電子ビームの照射条件から求められる電子ビームスポット径、電子ビーム電流、1パルスの電子ビーム照射時間、電子ビーム照射の繰り返し周波数(以下、単に「周波数」という)、電子ビーム送りピッチ、および電子ビーム走査速度が入力され、更に、電子ビームの走査経路を生成するための、被処理物WのCAMデータが3次元形状情報として入力される。これにより、従来のような赤外線検出素子や熱電対などの温度検出手段を用いることなく、被処理物Wの温度分布を予め求めることができる。温度分布は、被処理物Wの深さ方向についても求めることができる。
【0028】
電子ビームの照射条件は、次のように決定される。電子ビーム表面処理では、被処理物Wの電子ビーム照射面が溶融し、再凝固することで処理面の面粗さが向上する。このため、融点温度がT1、沸点温度がT2の被処理物Wに対して、良好で均一な面粗さを有する処理面を得るには、電子ビーム照射面の温度TWが、T1<TW<T2の範囲にあることが望ましい。即ち、T1>TWであれば、電子ビーム照射面は溶融しないため、面粗さは向上しない。一方、TW>T2であれば、電子ビーム照射面は過剰入熱により溶融しすぎて処理面は逆に粗れてしまう。
【0029】
熱伝導シミュレータ10では、このような状態にならないように、制御装置9の電子ビームの照射条件を変更しながら、電子ビーム照射面の温度分布を繰り返し計算し、最終的に、電子ビーム照射領域の表面温度がT1<TW<T2の温度分布を満足する電子ビームの照射条件を決定する。なお、電子ビームの照射条件は、電子ビーム電流、パルス幅、周波数、電子ビームフォーカス電流、電子ビーム走査速度、電子ビーム送りピッチ、電子ビーム走査方向等からなる。
【0030】
例えば、ビーム照射領域の一部分の表面温度が所定の温度(例えばT2)より高い場合には、ビーム電流を小さくする、パルス幅を小さくする、周波数を大きくする、フォーカス位置をずらすためにビームフォーカス電流を大きくもしくは小さくする、ビーム走査速度を速くする、電子ビーム送りピッチを大きくする等により、表面温度を低くする。一方、ビーム照射領域の表面温度TWが所定の温度(例えばT1)より低い場合には、前述の場合と逆方向の設定を行えばよく、これらのパラメータを調整することによって電子ビーム照射面の温度を制御し、表面の仕上がり状態をきめ細かく制御できる。
【0031】
最終的に、熱伝導シミュレーションで得られた電子ビームの照射条件で、被処理物Wに電子線ビームを照射し、表面処理を行う。かかる表面処理工程では、全処理工程にわたって、被処理物Wの表面温度TWが、T1<TW<T2の条件を満足することが好ましい。
【0032】
このように、本実施の形態1にかかる電子ビーム表面処理装置100を用いることにより、傾斜面や曲面を有する3次元形状の被処理物Wに対しても、良好な条件で電子ビーム表面処理を行うことができ、良好で均一な面粗さを有する処理面を得ることができる。
【0033】
なお、電子ビーム表面処理装置100では、真空状態の真空チャンバ2中で表面処理が行われるため、被処理物Wの表面から真空中への放熱はほとんどなく、断熱状態に等しい。被処理物Wからの放熱は、被処理物WとXYテーブル4との接触面や、被処理物WとXYテーブル4に載置された被処理物Wを固定する治具(図示せず)との接触面等を介して行われる。従って、被処理物Wの温度分布は偏りやすくなる。また、被処理物Wの部分によっても、その形状に依存して放熱状態は異なり、例えば、エッジ部分では、熱が逃げる方向が制限されるため蓄熱されやすくなる。
【0034】
このような場合でも、被処理物WとXYテーブル4との接触状態の情報や、被処理物Wの形状の情報に基づいて熱伝導シミュレーションを行い、電子ビームの照射条件を決定することにより、良好な条件で電子ビーム表面処理を行うことができる。例えば、エッジ部分では、電子ビーム走査速度を速くする、送りピッチを大きくする、電子ビーム電流を小さくする、電子ビームの照射する周波数を大きくして折り返し部分を速く通過する、電子ビームフォーカス電流を大きくして焦点位置を上方へずらしエネルギ密度を小さくするなどの、電子ビーム照射条件の変更を行い、エッジ部分における電子ビームの投入エネルギを少なくする。
【0035】
また、図3(b)に示すような矩形波状の電子ビーム走査経路では、電子ビームの経路が折り返す部分では単位時間あたりの電子ビームの照射量が多くなり、電子ビーム走査経路の中央付近と比較して温度が高くなる。
【0036】
このような場合でも、熱伝導シミュレーションを行い、電子ビームの照射条件を決定することにより、良好な条件で電子ビーム表面処理を行うことができる。例えば、電子ビームの走査経路の折り返し部分では、走査速度を速くする等の電子ビーム照射条件の変更を行う。
【0037】
実施の形態2.
実施の形態1では、主に被処理物Wが3次元形状の場合について述べたが、被処理物Wの処理対象領域が平面の場合や、被処理物Wの体積が大きい場合にも、熱伝導シミュレーションを行ってビーム照射条件を決定することは有効である。
【0038】
例えば、処理対象領域の面積が大きい場合、図3のような電子ビーム走査経路で処理面上に電子ビームを走査すると、被処理物Wの温度が次第に上昇し、電子ビーム照射の開始部分と終了部分で初期温度が数百度も違う場合がある。
【0039】
図5は、被処理物Wの処理対象領域の面積が大きい場合の概略図であり、Aa領域から始まって、Ab領域を通り、Ac領域で表面処理が終了する。Aa領域とAc領域で電子ビーム照射部分の初期温度が違うと、電子ビーム照射条件が一定であれば、電子ビーム走査開始点に近い領域Aaでは溶融不足となり、熱伝導により被処理物Wの表面温度が高温になる領域Acでは溶融過剰となる。
【0040】
そこで、熱伝導シミュレータ10を用いた熱伝導シミュレーションで、初期温度の上昇が考慮された温度分布を予め算出することにより、段階的に投入エネルギが少なくなるように電子ビームの照射条件を決定する。かかる照射条件を用いて表面処理を行うことにより、例えば、全処理工程にわたって、被処理物Wの表面温度TWが、T1<TW<T2の条件を満足するように制御することができ、良好な処理表面を得ることができる。
【0041】
また、被処理物Wの体積が大きいほど被処理物Wが蓄熱しやすいため、同一の電子ビーム照射条件を用いて同一面積の処理を行った場合でも、被処理物Wの大きさによって処理面の状態が異なってくる。これは、蓄熱の程度により、処理表面の温度が異なるためである。この場合でも熱伝導シミュレータ10を用いて、被処理物Wの体積に依存した蓄熱状態の違いを考慮して電子ビームの照射条件を決定することにより、良好な処理表面を得ることができる。
【0042】
実施の形態3.
電子ビーム表面処理装置100では、熱伝導シミュレータ10により計算される被処理物Wの3次元の温度分布から、被処理物Wの内部の温度分布を求めることもできる。被処理物Wの内部で融点に達している領域を知ることにより、被処理物Wの表面に形成される溶融層の厚さをすることができ、この溶融層が凝固して形成される改質層の厚さを知ることができる。
【0043】
従って、被処理物Wに、所定の厚さの改質層を形成するには、被処理物Wの表面温度分布が所定厚さまで融点に達するように、電子ビームの照射条件を設定すれば良い。本実施の形態では、熱伝導シミュレータ10による熱伝導シミュレーションにより、所定の深さの位置で融点に達するように、電子ビームの照射条件を設定する。
【0044】
例えば、被処理物Wに形成する表面改質層の厚さを、最小厚さD1から最大厚さD2の範囲内とすると、熱伝導シミュレータ10により求められた電子ビーム照射面の溶融層の厚さDが、D1<D<D2となるように、電子ビームの照射条件を決定すれば良い。
【0045】
このように、本実施の形態3では、実際に電子ビームを照射することなく、溶融層の厚さを知ることができ、厚さが均一な表面改質層を形成することができる。
【0046】
図6は、電子ビーム表面加工処理を行った被処理物Wの断面写真である。(a)では、厚さが約10μmの改質層が形成されており、一方、(b)では厚さ約20μmの改質層が形成されている。
このように、本実施の形態3にかかる方法を用いることにより、所望の厚さの改質層を均一に形成することが可能となる。特に、改質層の厚さを薄くすることにより、被処理物Wの材料特性を変えることなく、表面状態のみ改良することができる。
【0047】
実施の形態4.
上述のように、電子ビームによる表面処理工程では、被処理物Wの表面に電子ビームを走査させることにより、被処理物Wの表面が溶融して溶融層が形成され、それが再凝固することで改質層が形成される。
しかしながら、電子ビームは高速に走査されることから、電子ビーム照射領域では電子ビームの通過にともない、被処理物Wの急加熱、急冷却が起こっている。このため、溶融部分では冷却速度に差を生じ、その冷却過程で改質層には割れを生じる場合がある。
【0048】
電子ビーム表面処理装置100では、通常、電子ビームの焦点が、被処理物Wの最表面に位置する状態で走査される。電子ビームの焦点では、電子ビームが微小面積に収束されるため、入熱が局所的となり、電子ビーム照射部とその周辺部とでは大きな温度差を生じ、改質層に割れが生じる場合がある。
【0049】
図7は、本実施の形態にかかる電子ビーム照射工程の概略図である。かかる照射工程には、上述の電子ビーム表面処理装置100を用いるが、電子ビーム1の焦点位置は、被処理物Wの最表面より上方dmmの位置に設定する。
【0050】
このように設定することで、電子ビーム照射部におけるエネルギ密度が低下し、電子ビームによって溶融する領域の面積が狭くなるが、その一方で、被処理物の溶融温度までには達しない温度に加熱される領域が形成される。
【0051】
具体的には、図7に示すように、電子ビームの焦点25が被処理物の表面からdmmだけ離れた位置に形成するように設定する。被処理物の表面の電子ビーム照射領域20は、被処理物を溶融するエネルギを有する中心領域21(A領域)と、被処理物を溶融するエネルギより低いエネルギを有する周辺領域22(B、C領域)からなる。
【0052】
熱伝導シミュレータ10では、まず、電子ビーム照射領域20がこのような中心領域21と周辺領域22を有するように、電子ビーム電流および電子ビーム焦点距離dmmを求める。更に、記憶手段19に登録されている被処理物Wの表面処理を行う領域情報、表面形状に関する形状情報に基づいて熱伝導シミュレーションを行い、かかる電子ビームを用いて表面処理した場合の表面温度を計算し、電子ビームの照射条件を決定する。
【0053】
このような設定で、矢印の方向(電子ビーム走行方向)に電子ビームを移動して、被処理物の表面処理を行うと、電子ビームが接近する側(図7では右側)の被処理物の表面では、電子ビームのA領域の通過によって予熱された後、被処理物を溶融するエネB領域の通過により被処理面は溶融する。更に、B領域が通過した後、C領域の通過により、溶融層の冷却速度が緩和される。
【0054】
このように、図7に示すように設定した電子ビームを用いることにより、電子ビーム処理工程において、被処理物のビームが照射される部分の急加熱、急冷却による温度差が緩和され、割れの発生を防止しつつ改質層の形成が可能となる。
【0055】
実施の形態5.
熱伝導シミュレータ10は、例えば有限要素法を用いて入熱条件に応じた熱伝導状態を3次元的に解析するものであり、電子ビーム照射条件をより正確に計算するためには長い計算時間が必要となる場合がある。そこで、本実施の形態5では、予め、電子ビーム照射条件として適当な条件(基礎データ)を熱伝導シミュレータ10等に記憶させておき、この基礎データを用いて電子ビーム照射条件を計算する。
【0056】
具体的には、まず、図8に示すような被処理物Wに関して、電子ビーム電流値を変えた場合の、電子ビーム照射の周波数と表面状態との関係(特性曲線)を実際に求める。図8中、斜線で示した領域が、改質層が良好な平坦面(鏡面)を有する領域であり、この領域から外れるにしたがって、被処理面が溶融過剰、あるいは溶融不足となる。なお、図8では、WC−Coからなる被処理物に対して、電子ビームの焦点位置を被処理物の最表面に合わせて電子ビームを照射し、改質層を形成した。
【0057】
図8のような基礎データを、被処理物の種類ごとに予め取得して記憶手段19に蓄積しておく。かかる特性曲線は、電子ビームの照射条件が同一であっても、被処理物の種類(材質)によって異なったプロファイルを示すため、被処理物の種類ごとに特性曲線を取得してデータベース化しておき、実際に処理を行う被処理物の種類に応じた特性曲線を選択する。
【0058】
また、実施の形態4で述べた、電子ビームの焦点を被処理物の表面からdmmだけ離した場合の基礎データを取得する場合は、例えば、電子ビームの焦点位置dmmを被処理面から1mmごと遠ざけたデータと、1mmごと接近させたデータについて取得し、蓄積しておく。
【0059】
なお、改質層の厚さについては、図8に示すように、電子ビームの周波数を変えることにより制御できる。即ち、周波数が高くなると、溶融層は薄くなり、周波数が低いと溶融層は厚くなる。そこで、処理条件ごとに改質層の厚さを測定し、電子ビーム電流および周波数とともに、改質層の厚さも基礎データとして記憶手段19に記憶しておく。
【0060】
電子ビームの送りピッチなど他のパラメータを変化させた場合の基礎データも取得しておけば、電子ビーム照射条件の設定を、さらに短時間で行うことが可能となる。
【0061】
次に、基礎データを用いた熱伝導シミュレーションについて説明する。本実施の形態にかかる熱伝導シミュレーションでは、まず、主に電子ビーム電流と周波数を含む電子ビーム照射条件が仮に設定される。次に、その設定条件に含まれる電子ビーム電流、周波数に対応して、基礎データ中から特性曲線が選択される。電子ビーム電流、周波数に対応する特性曲線が基礎データ中に存在しない場合は、最も近い2つの特性曲線を補間して特性曲線を求める。
【0062】
次に、求めた特性曲線について、被処理面の状態が鏡面領域(図8の斜線領域)に入るように、電子ビームの照射条件を修正する。かかる修正では、例えば、特定曲線上で周波数を変えることにより、鏡面状態が得られるようにする。
【0063】
次に、修正した電子ビーム照射条件を用いて、熱伝導シミュレーションを行い、かかる照射条件が良いかどうかを検証して、最終的に照射条件を決定する。
【0064】
このように、本実施の形態にかかる方法では、設定された処理条件に応じた被処理面の状態を算出する時間を大幅に短縮でき、処理条件修正を効率よく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施の形態1にかかる電子ビーム表面処理装置の概略図である。
【図2】被処理物を載置したXYテーブルの概略図である。
【図3】被処理物の処理対象領域における電子ビームの軌跡である。
【図4】本発明の実施の形態2にかかる熱伝導シミュレーションの結果である。
【図5】本発明の実施の形態2にかかる処理対象領域の面積が大きい場合の概略図である。
【図6】本発明の実施の形態3にかかる電子ビーム表面加工処理を行った被処理物の断面写真である。
【図7】本発明の実施の形態4にかかる電子ビーム照射工程の概略図である。
【図8】本発明の実施の形態5にかかる電子ビーム照射条件と表面状態との関係である。
【符号の説明】
【0066】
1 電子ビーム、2 真空チャンバ、3 電子ビーム照射手段、4 XYテーブル、5 真空排気装置、6 ビーム収束装置、7 ビーム偏向装置、8 電源装置、9 制御装置、10 熱伝導シミュレータ、12 電子銃、13 電子ビーム収束手段、14 電子ビーム偏向手段、18 電子ビーム、19 記憶手段、100 電子ビーム表面処理装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを被処理物に照射して表面処理を行う電子ビーム表面処理装置であって、
該電子ビームを発生する電子ビーム発生手段と、
該電子ビームを収束する電子ビーム収束手段と、
収束された該電子ビームを偏向して該処理物上で走査させる電子ビーム偏向手段と、
該電子ビーム発生手段、該電子ビーム収束手段、および該電子ビーム偏向手段に接続され、これらの手段を制御する制御手段と、
該制御手段に接続されたシミュレータと、
該被処理物の情報を記憶する記憶手段とを含み、
該シミュレータは、該記憶手段に記憶された該被処理物の情報を用いて、表面処理中の該被処理物の温度分布を計算し、
該制御手段は、該温度分布に基づいて選択された電子ビーム照射条件を用いて、該電子ビーム発生手段、該電子ビーム収束手段、および該電子ビーム偏向手段を制御することを特徴とする電子ビーム表面処理装置。
【請求項2】
上記電子ビーム照射条件は、上記電子ビームが照射された照射部の表面温度TWが、該被処理物の融点T1および沸点T2に対して、T1<TW<T2となる条件であることを特徴とする請求項1に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項3】
上記電子ビーム照射条件は、上記電子ビームが照射された部分の上記被処理物の深さ方向の温度分布において、該被処理物の融点以上となる領域の深さが、一定の範囲内になる条件であることを特徴とする請求項1に記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項4】
上記被処理物の情報は、該被処理物の形状情報および該被処理物の処理領域の位置情報を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項5】
上記記憶手段は、特定電子ビーム照射条件で上記被処理物の表面処理を実際に行った場合の、該特定電子ビーム照射条件とその時の該被処理物の表面状態を記憶しており、
上記シミュレータは、表面状態が良好な場合の該特定電子ビーム照射条件を用いて、表面処理中の該被処理物の温度分布を計算することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の電子ビーム表面処理装置。
【請求項6】
電子ビームを被処理物上に照射し、
該被処理物上で該電子ビームの照射部を走査し、
該照射部の該被処理物を溶融させた後に凝固させ、該凝固した領域を改質層とする電子ビーム表面処理方法であって、
該被処理物の情報を取得し、該情報に基づいて表面処理中の該被処理物の温度分布を計算し、計算した該温度分布に基づいて選択された電子ビーム照射条件を用いて、該電子ビームの照射および走査を行うことを特徴とする電子ビーム表面処理方法。
【請求項7】
上記電子ビーム照射条件として、上記電子ビームの照射部の、上記被処理物の表面温度TWが、該被処理物の融点T1および沸点T2に対して、T1<TW<T2となる条件を選択することを特徴とする請求項6に記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項8】
上記電子ビーム照射条件として、上記電子ビームが照射部の、上記被処理物の深さ方向の温度分布において、該被処理物の融点以上となる領域の深さが、一定の範囲内になる条件を選択することを特徴とする請求項6に記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項9】
上記電子ビーム照射条件として、上記被処理物の表面から所定の距離だけ離れた位置で上記電子ビームが焦点を結ぶ条件を選択することを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項10】
上記被処理物の情報が、該被処理物の形状情報および該被処理物の処理領域の位置情報を含むことを特徴とする請求項6〜9のいずれかに記載の電子ビーム表面処理方法。
【請求項11】
更に、特定電子ビーム照射条件で上記被処理物の表面処理を実際に行った場合の、該特定電子ビーム照射条件とその時の該被処理物の表面状態を取得し、
表面状態が良好な場合の該特定電子ビーム照射条件を用いて、表面処理中の該被処理物の温度分布を計算することを特徴とする請求項6〜10のいずれかに記載の電子ビーム表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−91230(P2008−91230A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−271482(P2006−271482)
【出願日】平成18年10月3日(2006.10.3)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】