説明

電子線照射装置のプリバンチング機構

【課題】高周波電力を強くすることなく電子ビームをバンチングできる電子線照射装置のプリバンチング機構を提供する。
【解決手段】電子銃10と加速管13の間に、電子ビームを高周波によりバンチングするプリバンチャー11を接続した電子線照射装置のプリバンチング機構において、プリバンチャー11と加速管13の間に、ドリフト距離を調整するドリフト距離調整機構12を設けたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃と加速管を備えた電子線照射装置に係り、特に電子銃と電子を加速する加速管の間に接続され電子ビームの加速効率を向上するプリバンチャーでのバンチング機能を改良した電子線照射装置のプリバンチング機構に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子線形加速器を用いた電子線照射装置において、電子発生源である電子銃と電子を加速する加速管の間には、電子ビームの加速効率向上のため、プリバンチャーと呼ばれるビームのバンチング機能を有する機構を設置する手段が取られている。
【0003】
図7は、電子線照射装置における電子銃とプリバンチャーと加速管の組立図を示したものである。
【0004】
図7において、電子銃80は、熱カソード81が、カソードホルダ82の先端のウェネルト電極83の内周に位置するように保持され、これらが真空筒84内に収容されて構成される。この真空筒84には、アノード電極85が接続されると共にアノード電極85に高周波電力が入力されるプリバンチャー86が接続され、そのプリバンチャー86に入力端板87を介して加速管88が接続される。
【0005】
このプリバンチャー86に高周波電源装置からの高周波電力を入力するアンテナ89が設けられ、また高周波電源からの高周波電力は、加速管88にも入力されるようになっている。
【0006】
プリバンチャー86内では、電子銃80の熱カソード81からの電子ビームが高周波電界により密度圧縮(速度変調)され、加速管88への入射後、高周波電界を受けて加速される。
【0007】
このとき、圧縮された電子ビームの加速管88への入射タイミングが重要であり、上手く高周波の正位相に乗った時のみ、電子ビームは加速管88で効率良く加速される。このプリバンチャー86の作用により、加速管88で加速されたビームのエネルギーは、分散が小さくなる(均一性の向上)という効果がある。
【0008】
この加速管88への入射タイミングを調整するために、プリバンチャー86の高周波導入部には、図示していないが位相調整機構が設けられている。
【0009】
また一方で、ビーム圧縮の度合い(バンチングされたビームの長さ)も加速効率に影響するため、できるだけ短いバンチ長で加速管88に入射する必要がある。
【0010】
この作用を調整する機構として、プリバンチャー86の高周波導入部には、導入する高周波の強度を調整するためのアッテネータ(減衰)機構も同時に設けられている。
【0011】
これにより、電子銃80からの電子ビームをできるだけ短いバンチ長で加速管88に入射して加速効率を向上するようにしている。
【0012】
【特許文献1】特開2002−93600号公報
【特許文献2】特開平05−217695号公報
【特許文献3】特開平01−130500号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、バンチングの度合いは、プリバンチャー86から加速管88の入口までの距離(これをドリフト距離と呼ぶ)でも決まり、高周波の強度が強ければ、短いドリフト距離でもバンチングされ、強度が弱ければ、長いドリフト距離が必要である。
【0014】
よって、プリバンチャー86に注入する高周波強度(電力)が強ければ、短いドリフト距離でバンチングされるので、加速器全体の小型化に繋がるのであるが、その場合、高周波導入部の耐電力も考慮しなければ、プリバンチャー86の破損に繋がる恐れがある。そのため、最適な高周波電力とドリフト距離の選定、調整可能な機構を検討する必要があるが、従来ドリフト距離は一定であり、高周波電力側でしか調整できないという問題がある。
【0015】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、高周波電力を強くすることなく電子ビームをバンチングできる電子線照射装置のプリバンチング機構を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために請求項1の発明は、電子銃と加速管の間に、電子ビームを高周波によりバンチングするプリバンチャーを接続した電子線照射装置のプリバンチング機構において、プリバンチャーと加速管の間に、ドリフト距離を調整するドリフト距離調整機構を設けたことを特徴とする電子線照射装置のプリバンチング機構である。
【0017】
請求項2の発明は、ドリフト距離調整機構は、プリバンチャーと加速管間に接続されたベローズ管と、そのベローズ管の長さを調節するネジ調整手段とからなる請求項1記載の電子線照射装置のプリバンチング機構である。
【0018】
請求項3の発明は、ベローズ管は、プリバンチャーに接続される入力フランジと、加速管の入力端板に接続される出力フランジを有し、ネジ調整手段は、入力フランジと出力フランジに挿通される複数のネジ棒と、そのネジ棒に螺合され、入力フランジと出力フランジをそれぞれ固定するナットからなる請求項2記載の電子線照射装置のプリバンチング機構である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高周波電力を強くすることなく、その高周波電力に合わせたドリフト距離を設定して電子ビームをバンチングして加速管に投入できるという優れた効果を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0021】
図1は、本発明の電子線照射装置のプリバンチング機構の一実施の形態を示す断面図である。
【0022】
本発明の電子線照射装置のプリバンチング機構は、電子銃10にプリバンチャー11、ドリフト距離調整機構12、加速管13が順次接続されて構成される。
【0023】
電子銃10は、熱カソード14が、カソードホルダ15の先端のウェネルト電極16の内周に位置するように保持され、これらが真空筒17内に収容されて構成される。
カソードホルダ15は、真空筒17のフランジ18に接続した端部フランジ20に保持される。カソードホルダ15内には、熱カソード14を保持するカソード押さえ21が設けられ、またカソードホルダ15の後端には、キャップ22が設けられ、そのキャップ22には電流入力端子23が設けられ、その入力端子23からカソード押さえ21内に設けたカソードピン25により熱カソード14に給電できるようになっている。
真空筒17は、給電側フランジ18と絶縁する絶縁碍子26を有し、その真空筒17に真空筒17をイオンポンプなどで高真空とする真空引きポート27が接続される。
【0024】
この真空筒17の先端のフランジ28には、プリバンチャー11が接続される。プリバンチャー11の入力側には、アノード電極30が形成され、出力側には、出射フランジ31が設けられ、その間にプリバンチャー空洞(共振空洞)32が形成されると共に真空引き用のポート33が接続される。プリバンチャー空洞32には、後述する高周波発生源に接続されたアンテナ34が設けられる。
【0025】
ドリフト距離調整機構12は、プリバンチャー11と加速管13間に接続されたベローズ管40と、そのベローズ管40の長さを調節するネジ調整手段41とから構成される。ベローズ管40は、プリバンチャー11に接続される入力フランジ42と、加速管13の入力端板50に接続される出力フランジ43を有する。
入力フランジ42は、真空筒17のフランジ28からボルト36にて連結され、これにより真空筒17とプリバンチャー11とベローズ管40とが一体に連結される。入力フランジ42と出力フランジ43には、その外周に沿って複数の舌片45、46を有する。
【0026】
ネジ調整手段41は、その舌片45、46間を連結するように設けられてフランジ42、43間の距離を調整するようになっており、具体的には、舌片45、46を挿通するネジ棒47と、そのネジ棒47に螺合され、舌片45、46を表裏から締め付けるナット48、49とから構成され、ナット48、49による締め付け位置を調整することで、フランジ42、43間の距離を調整する。この際、加速管13側は固定のため、自由端側の電子銃10側が調整距離分だけ移動するようになっており、また真空引きポート27とイオンポンプ(図示せず)との接続は、可撓管などが用いられて、調整による移動を許容できるようになっている。また、各ネジ調整手段41は、モーター機構を設け、遠隔にて調整可能とする。
【0027】
ベローズ管40の出力フランジ43と加速管13の入力端板50とは、入力フランジ52を介して連結される。
【0028】
加速管13は、図では省略しているが所定の長さに形成され、また加速管13の先端には、スキャンホーンが接続され、スキャンホーンにて電子ビームが走査されて被照射物に照射されるようになっている。
【0029】
次にプリバンチャー11と加速管13に入力する高周波を図6により説明する。
【0030】
図6は、プリバンチャー11と加速管13に入力する高周波電力の模式図を示したものである。
【0031】
マグネトロン、クライストロンなどからなる高周波発生源60からの高周波は、導波管61を通してプリバンチャー用方向性結合器62にて二つに分岐され、一方は、加速管13に入力され、他方はアッテネータ63で高周波の投入電力が調整され、フェーズシフター64で入射位相のタイミングが調整され、本発明のドリフト距離調整機構12付きのプリバンチャー11に入力されるようになっている。
【0032】
このように、本発明は、加速管13への入射位相タイミングを調整できる位相調整(フェーズシフター)64、プリバンチャー11ヘの投入電力の強度を調整できる減衰調整機構(アッテネータ)63に加え、プリバンチャー11と加速管13の間の距離を調整できるドリフト距離調整機構12を設けることで、最適な電力強度(導入機構が破損しない最大の電力強度)を確保したまま、ドリフト距離を調整することで、効果的なバンチング機能を実現できる。
【0033】
これにより、本発明は、プリバンチャー11の高周波導入機構を破損することなく、必要最低限のドリフト距離を確保でき、効果的なバンチング機能を実現できる。また、加速器を改造することなく、設置後も容易に最適なビーム調整が可能である。またドリフト距離の調整は、遠隔調整できる機構を備えることで、調整時間を短縮することも可能である。
【0034】
ドリフト距離の調整は、プリバンチャー高周波導入部の耐電力仕様を把握すると共に、プリバンチャー高周波導入部への投入電力を計測する、もしくは、推定しておき、アッテネータ63の調整で、プリバンチャー11ヘの投入電力を耐電力以下に設定する。
【0035】
次に、ドリフト距離調整機構12にてベローズ管40の長さを最短にし、フェーズシフター64を最適調整する(加速効率(加速管透過電流÷電子銃放出電流)が最大となる点をサーベイする)。
【0036】
しかる後、ベローズ管40を少し長くして、同様にフェーズシフター64を最適調整する。
【0037】
上記のベローズ管40の長さとフェーズシフター64の最適化を繰返し、最も加速効率が高くなるベローズ管40の長さ(ドリフト距離)をサーベイし、固定する。
【0038】
これにより、プリバンチャー11への高周波電力の入力パワーが低くても最適化が可能となる。
【0039】
次に、本発明のドリフト距離調整機能を図2〜図5を用いてさらに詳しく説明する。
【0040】
図2は、図1で説明した電子線照射装置のプリバンチング機構における電子加速原理の説明図である。
【0041】
熱カソード14からは、図示のように電子ビームB10が軸方向に広がった状態で放出され、これがプリバンチャー空洞32内に入り、高周波電界によるバンチング機能により、軸方向に圧縮されたビームのバンチB11とされる。ここで、電子ビームB11は、逆電界を印加された電子は減速され、正電界を印加された電子は加速され、ドリフト距離調整機構12の出口の加速管13の入口で加速された電子が、減速された電子に追いついて、バンチングされたビームB12となって加速管13に入射され、加速管13に入射された高周波電力により効率よく加速されることとなる。
【0042】
図3は、プリバンチャー空洞32の高周波解析した結果を示したものである。
【0043】
ここで図3(a)は、図3(b)に示すプリバンチャー空洞32の軸方向をz、直交する径方向をy、xとしたときの、z−y軸の2次元高周波解析結果を示したものである。
【0044】
高周波が入力されることで、図3(a)に示すようにz軸を通る電子ビームをバンチングする電気力線1が発生し、この電気力線1の時間的変化により、電子ビームがバンチングされる。
【0045】
今、電子銃10から30kVで加速され、2856MHz(=0.350ns)の周期で振動する電子ビームがプリバンチャーに投入されたものとすると、プリンバンチャー空洞内の電界強度の時間的変動は、図4に示した状態となり、また電界強度のz軸上の分布は図5に示す状態となる。
【0046】
ここで、高周波電力により加速を受ける電子ビームは、位相角30〜90°の電子Bがバンチングされやすく、位相角90°では電界強度が高いため速度が大となり、位相角30°では速度が小となる。またこの時の位相角90°と30°の位相差Δtは、0.0875nsである。
【0047】
仮に電子銃から30kVで加速された電子がプリバンチャーに投入されるものとする。(電子速度v=9.84E+7m/s、光速cに対する相対速度β(=v/c)=0.3284)
仮定したプリバンチャーでは、プリバンチャーへの投入パワーが3kW程度のとき、10kV程度電子は加速を受ける(入射時位相角90°)。また、このとき入射時位相角が30°のときの電子は、10kV×1/2=5kV程度の加速を受けるものと推測する。
【0048】
電子40kVの速度 1.12E+8m/s
電子35kVの速度 1.06E+8m/s
電子30kVの速度 9.84E+7m/s
また、90°と30°との位相差Δtは、周波数2856MHzのとき、0.0875nsに相当するので、両電子がドリフト空洞(ベローズ管)を進んだときに、その時間を埋める(位相90°の電子が位相30°の電子に追いつくために必要な)距離は、110mmである。
【0049】
プリバンチャー11への入力パワーが大きいと、最適なドリフト距離は短くなる。従来においては、ドリフト距離は固定として、プリバンチャー11への入力パワーをアッテネータなどで調整して最適化を図っている。しかし、ドリフト距離が固定でかつプリバンチャーへの投入パワーに制限がある場合、加速電圧が小さいために、ドリフト距離が短すぎて、調整ができない可能性があるが、本発明においては、ドリフト距離を長くする方向に調整できるので、容易に調整できる。
【0050】
例えば、先の例で、プリバンチャーへの入力耐電力が、2kWに制限された場合は、3kWで10kVであるから、2kWでは、その(2/3)1/2の電圧を90°位相の電子は、加速電圧として受ける(約8kV、合計加速電圧38kV)。
【0051】
位相30°では、その半分の34kVなので、同様に計算を行うと、90°位相(38kV)が30°位相(34kV)に追いつく距離は、120mmとなり、同じ計算方法で比較すると、ドリフト長をそれぞれ10mmずつ長くする方向に調整すれば、入力パワーが低くても最適化できる。
【0052】
このように本発明は、プリチャンバー11と加速管13間に、ドリフト距離を調整できるドリフト距離調整機構12を設けることで、高周波電力の強度を上げることなく最適なバンチングを行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の一実施の形態を示す断面図である。
【図2】本発明において、プリバンチング機構における電子加速原理を説明する図である。
【図3】本発明において、プリバンチャー空洞の高周波解析した結果を示す図である。
【図4】本発明において、プリンバンチャー空洞内の電界強度の時間的変動を示す図である。
【図5】本発明において、プリンバンチャー空洞内の電界強度のz軸上の分布を示す図である。
【図6】本発明において、プリバンチャーと加速管に入力する高周波電力の模式図である。
【図7】従来の電子線照射装置におけるプリバンチング機構を示す断面図である。
【符号の説明】
【0054】
10 電子銃
11 プリバンチャー
12 ドリフト距離調整機構
13 加速管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃と加速管の間に、電子ビームを高周波によりバンチングするプリバンチャーを接続した電子線照射装置のプリバンチング機構において、プリバンチャーと加速管の間に、ドリフト距離を調整するドリフト距離調整機構を設けたことを特徴とする電子線照射装置のプリバンチング機構。
【請求項2】
ドリフト距離調整機構は、プリバンチャーと加速管間に接続されたベローズ管と、そのベローズ管の長さを調節するネジ調整手段とからなる請求項1記載の電子線照射装置のプリバンチング機構。
【請求項3】
ベローズ管は、プリバンチャーに接続される入力フランジと、加速管の入力端板に接続される出力フランジを有し、ネジ調整手段は、入力フランジと出力フランジに挿通される複数のネジ棒と、そのネジ棒に螺合され、入力フランジと出力フランジをそれぞれ固定するナットからなる請求項2記載の電子線照射装置のプリバンチング機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−238464(P2009−238464A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−80781(P2008−80781)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】