説明

電子線発生装置、クラスターイオンビーム装置

【課題】腐食性ガスに対する耐性の高いクラスターイオンビーム装置を提供する。
【解決手段】
プラズマ生成室15とプラズマ拡張室16とを小径の通過孔17で接続し、プラズマ生成手段によってプラズマ生成室15内部にプラズマを発生させ、通過孔17を通るプラズマがプラズマ拡張室16内で拡散するようにする。プラズマ拡張室16とイオン化室25の間には電子シャワーパネル35を配置し、それに形成された複数の放出孔36からイオン化室25内に電子線が照射されるようにする。多数の放出孔36から電子線が照射されるので、プラズマ拡張室16内部のプラズマ密度を低くすることができる。プラズマ拡張室16に差圧用真空排気系47を接続すると、真空槽11からプラズマ拡張室16に侵入した照射ガスは真空排気され、プラズマ生成室15内部に侵入しないようにできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は真空装置の技術に関し、特に、電子線発生装置とその電子線発生装置を有するクラスターイオンビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のクラスターイオンビーム装置では、クラスターをイオン化する手段として、例えばフィラメントを用いた熱陰極から放出される電子を加速して、クラスターに衝突させてイオン化している。
【0003】
図5の符号201は従来技術のクラスターイオンビーム装置であり、真空槽211にクラスター生成装置228とイオン化装置216とが設けられている。
クラスター生成装置228には、ガス導入系231が接続されており、ガス導入系231から導入されたクラスタ用ガスはクラスター生成装置228でクラスター化され、イオン化装置216内に導入される。
【0004】
イオン化装置216は、熱フィラメント225を有しており、熱フィラメント225から放出され、グリッド230を通過した電子はクラスター251に照射され、クラスター251をイオン化する。
【0005】
クラスターイオン252の飛行方向には、試料212が配置されており、クラスターイオン252は加速電極227によって加速され、試料212に照射され、試料212の表面処理が成される。
図5の符号242は加速電極227等に電圧を印加する電源装置、符号245、246は真空槽211の内部を真空排気する真空排気系を示している。
【特許文献1】特開平6−275545号公報
【特許文献2】特表2000−520393号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アルゴン、キセノン等の希ガスおよび一部の金属等の固体を蒸発させて生成したクラスターに対しては、熱陰極を用いたイオン化法で十分に対応できたが、酸素、ハロゲンガスおよびその他の反応性および腐食性のあるガスに対しては、熱陰極の消耗が激しく十分な寿命が確保できない問題があった。
【0007】
この発明は、上記のような従来のクラスターイオンビーム装置に設けられたイオン化装置のもつ問題点を解決するもので、反応性および腐食性のあるガスに対しても長寿命で安定してクラスターイオンビームを生成することの可能なイオン化装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記問題点は、小さなコンダクタンスを有する小孔(通過孔)によってプラズマ生成室と真空槽とを接続し、プラズマを生成するためのガス(Ar、Xe等の希ガス)を微少量プラズマ生成室内に導入することにより、真空槽内からプラズマ生成室内へのクラスタ用ガスの侵入を低減することができる。特に、クラスタ用ガスが反応性であってり、腐食性を有しており、プラズマ生成室内に配置されたプラズマ生成手段が熱陰極である場合には、その熱陰極の消耗が低減されるので、寿命を伸長することができる。
また、より長寿命にするためには、熱陰極を用いずにプラズマ生成室内にプラズマを生成させるとよい。
【0009】
図4の符号3は、そのようなクラスターイオンビーム装置を示している。このクラスターイオンビーム装置3は、後述する図3のクラスターイオンビーム装置2と同じ構成の部材には同じ符号を付して説明を省略する。図4のクラスターイオンビーム装置3は、プラズマ拡張室を有さず、小径の小孔39から電子線が引き出されるようになっている。従って、電子ビームとして引き出せる電流が10mA程度に制限(空間電荷制限)されるという問題が生じる。
すなわち、空間電荷制限電流の領域では、クラスターのイオン化に寄与する電子ビーム電流が小さくなるという問題がある。
【0010】
他方、大電流の電子ビーム電流を得ようとすると、イオン生成室15の内部に生じたプラズマが小孔39からイオン化室25の内部に噴出することになり、モノマー(単原子、単分子)イオンが、真空槽11内部に配置されたイオン化室25中に充満することになる。
【0011】
このような状態では、プラズマ生成室15のプラズマ密度を増大するほどモノマーイオンが増大し、その結果、クラスターイオン成分の比率が極めて低くなり、効率が著しく低下する欠点があった。
【0012】
この問題を解決するために、本発明は、プラズマ生成室と、前記プラズマ生成室と通過孔で接続され、一面に電子引出し電極が配置されたプラズマ拡張室とを有し、前記プラズマ生成室にはプラズマ生成手段が設けられ、前記プラズマ生成室に導入されたプラズマ用ガスは前記プラズマ生成手段によってプラズマ化され、前記貫通孔を通って前記プラズマ拡張室内に進入するように構成され、前記電子引出し電極には複数の放出孔が設けられ、前記プラズマ拡張室内に存するプラズマから放出された電子が前記放出孔を通って前記プラズマ拡張室の外部に放出するように構成された電子線発生装置である。
また、本発明は、前記貫通孔の合計面積よりも前記放出孔の合計面積の方が大きくされた電子線発生装置である。
また、本発明は、前記プラズマ拡張室には差圧用真空排気系が接続され、前記プラズマ拡張室内の圧力は前記プラズマ生成室内の圧力よりも小さくなるように構成された電子線発生装置である。
また、本発明は、前記プラズマ生成手段は通電によって電子を放出するフィラメントを有する電子線発生装置である。
また、本発明は、前記プラズマ生成手段は前記プラズマ生成室内に交流磁界を形成する誘導コイルを有する電子線発生装置である。
また、本発明は、真空槽と、前記真空槽に配置されたクラスター生成装置と、上記いずれかの電子線発生装置とを有し、前記クラスター生成装置から放出され、前記真空槽11の内部を飛行するクラスターに前記電子線発生装置から放出された電子線が照射され、クラスターイオンが生成されるように構成されたクラスターイオンビーム装置である。
【0013】
本願発明は上記のように構成されており、プラズマ生成室と真空槽との間にプラズマ拡張室を設け、プラズマ生成室内部で生成されたプラズマの一部をプラズマ拡張室の内部に移動させ、拡散させて電子線を発生させており、プラズマ拡張室に真空排気系(差圧用真空排気系)が接続されると、真空槽からプラズマ拡張室内に侵入したクラスタ用ガスは差圧用真空排気系によって真空排気され、プラズマ生成室内に侵入しないようになっている。
【0014】
プラズマ生成室とプラズマ拡張室とは、一又は二以上の通過孔で接続されており、それらの接続孔の合計面積よりも、電子引出し電極に設けられた放出孔の合計面積の方が大きくされ、100V程度の低電圧においても100mA以上の電子ビームを安定に引き出すことができるようになっている。これは、種々のクラスターイオン生成のためのパラメーター制御が精密にできることを意味し、他のプラズマを用いたクラスターイオン生成法にはない特長を備えている。
本発明の放出孔は、板状の電子引出し電極に設けた貫通孔の他、網状の電子引出し電極の網目であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
反応性および腐食性のあるガスに対して長寿命で、クラスターのイオン化に寄与する電子ビームの制御性を兼ね備えたクラスターイオン化装置を提供することができる。
【0016】
プラズマ生成室とプラズマ拡張室との間を小径の通過孔で接続し、プラズマ拡張室に差圧用真空排気系47を接続したので、電子引出し電極には、複数の放出孔を設けることができ、各放出孔から電子が放出されるので、放出効率が高くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1の符号1は、本発明のイオンビーム装置を示している。
このイオンビーム装置1は真空槽11を有しており、その内部にはノズル21が配置されている。
ノズル21の前面には、スキマー22が配置されており、ノズル21とスキマー22とでクラスター生成装置28が構成されている。
【0018】
ノズル21には、第一のガス導入系31が接続されている。第一のガス導入系31にはクラスター化とイオン化の対象となるクラスタ用ガスが充填されている。
ノズル21とスキマー22の間と、後述する試料212の近傍には、真空排気系45、46がそれぞれ接続されており、真空排気系45によってノズル21とスキマー22の間を真空排気しながらノズル21からクラスタ用ガスを噴出すると、噴出されたクラスタ用ガスは断熱膨張によって凝集し、クラスタ用ガスのクラスターが生成される。
【0019】
生成されたクラスターはスキマー22の孔23を通り、クラスター生成装置28から、クラスターとして放出される。他の部分は真空排気される。
放出されたクラスターは、真空槽11の内部をノズル21とは反対方向に向けて飛行する。クラスターの進行方向にはイオン化室25が配置されており、クラスターはイオン化室25内部に進入する。
【0020】
イオン化室25には電子線発生装置20aが接続されている。
電子線発生装置20aは、プラズマ生成室15とプラズマ拡張室16とを有している。
プラズマ生成室15の内部には、プラズマの生成手段としてフィラメント33が配置されている。真空槽11の外部には、プラズマ生成用電源装置41が配置されており、フィラメント33やプラズマ生成室15及びプラズマ拡張室16はプラズマ生成用電源装置41から所定値の電圧が印加されるように構成されている。
また、プラズマ生成室15には、第二のガス導入系32が接続されている。
【0021】
第二のガス導入系32には、アルゴンガスやキセノンガス等のプラズマ生成用ガスが充填配置されており、該第二のガス導入系32からプラズマ生成室15の内部にプラズマ生成用ガスを流量制御しながら導入し、フィラメント33に通電して熱電子を放出させると、放出された電子はプラズマ生成用ガスに照射され、プラズマ生成室15の内部にプラズマが生成される。
【0022】
プラズマ生成室15とプラズマ拡張室16の間は、一又は二以上の小径の貫通孔から成る通過孔17によって接続されており、プラズマ生成室15内に形成されたプラズマの一部は通過孔17を通ってプラズマ拡張室16内に流入するように構成されている。通過孔17を通ったプラズマは、プラズマ拡張室16内部で拡散(拡張)する。
【0023】
プラズマ拡張室16の一壁面には、複数の放出孔36が形成された電子引出し電極35が配置されている。各放出孔36は平板状の電子引出し電極35を貫通しており、プラズマ拡張室16の内部空間と真空槽11の内部空間(ここではイオン化室25の内部空間)とは、電子引出し電極35の放出孔36によって接続されている。
【0024】
多数の放出孔36を通過した電子は、真空槽11内に位置するイオン化室25の内部に放出され、イオン化室25の内部を飛行中のクラスタ用ガスのクラスターに照射される。その結果、クラスターがイオン化され、クラスターイオンが生成される。
【0025】
放出孔36の合計面積は、通過孔17の断面積よりも大きくなっており、低密度プラズマから放出される低密度の電子線であっても、放出の合計量が多くなるように構成されている。
【0026】
即ち、一個当たりの放出孔36から放射される電子は少量であっても、放出孔36が多数であるため、イオン化室25の内部に放射される電子は多量となり、生成されるクラスターイオンの量も多量となる。
【0027】
電離(イオン化)され、イオンとなったクラスター(クラスターイオン)の飛行方向には、イオン化室25の壁面と引出電極26と加速電極27が配置されている。真空槽11の外部には加速用電源装置42が配置されており、イオン化室25と引出電極26と加速電極27は加速用電源装置42に接続され、電圧が印加されている。
【0028】
イオン化室25内を飛行するクラスターのイオンは、イオン化室25と引出電極26と加速電極27に設けられた孔から引き出され、イオンビームとなって真空槽11内部に配置された試料12に照射される。
【0029】
プラズマ拡張室16には差圧用真空排気系47が接続されており、真空槽11に接続された真空排気系45、46と共に差圧用真空排気系47を動作させ、プラズマ拡張室16の圧力をプラズマ生成室15の圧力よりも低くされている。
【0030】
プラズマ拡張室16内部のプラズマを構成するクラスタ用ガスや、プラズマ拡張室16内部に進入したクラスタ用ガスは差圧用真空排気系47によって真空排気される。従って、プラズマ拡張室16内部にクラスタ用ガスが侵入しても、そのクラスタ用ガスはプラズマ生成室15の内部に侵入しにくい。クラスタ用ガスが腐食性であっても、フィラメント33は損傷しにくい。
【0031】
図2の符号53は、プラズマ生成室15の内部に生成されるプラズマを示しており、符号54は、その一部が拡張室16の内部で拡散されたプラズマを示している。また、符号55は、電子線発生装置20aから放出された電子を示しており、符号51はイオン化室25内に進入したクラスタ用ガスのクラスター、符号52は、電子線55が照射されて電離したクラスターイオンを示している。
【0032】
上記イオンビーム装置1は、フィラメント33によってプラズマを生成していたが、本発明のプラズマ生成手段はそれに限定されるものではない。熱陰極の他、冷陰極を用いたり、レーザ光や紫外光やマイクロ波や誘導結合を用いることができる。
図3の符号2は、そのようなイオンビーム装置の一例であり、第一例のイオンビーム装置1と同じ部材には同じ符号を付して説明を省略する。
【0033】
このイオンビーム装置2の電子線発生装置20bは、フィラメントに代わるプラズマ生成手段として誘導コイル37を有している。該誘導コイル37は、プラズマ生成室15の周囲に巻回されており、交流電圧を印加することで、プラズマ生成室15の内部にプラズマが形成される。なお、プラズマ生成室15の内部には、電極38が配置されており、プラズマ拡張室16内のプラズマ密度を調節するようになっている。
【0034】
プラズマ生成室15内で生成されたプラズマはプラズマ拡張室16の内部に侵入し、拡散して密度が低下する。
プラズマ拡張室16内部のプラズマから放出された電子は、多数の放出孔36からイオン化室25の内部に放射され、クラスターを電離してクラスターイオンを生成する。
【0035】
このイオンビーム装置2でも、プラズマ拡張室16には、差圧用真空排気系47が接続されており、プラズマ拡張室16の内部の圧力がプラズマ生成室15の内部の圧力よりも低くなるように構成されている。
【0036】
なお、プラズマ拡張室16の壁面に差圧調整用の貫通孔を設け、その貫通孔によって真空槽11の内部雰囲気と接続したり、更に、その貫通孔に開度調整可能のバルブを設けることで、プラズマ拡張室16内の圧力を調節することができる。図1〜図3の符号Aは、そのような貫通孔やバルブを設ける位置を示している。この位置Aはイオン化室25の外部にあり、プラズマ拡張室16の内部空間を、真空槽11内部空間であってイオン化室25の外部空間に接続するようになっている。
【0037】
なお、本発明のクラスタ用ガスは酸素ガスや塩素ガス等の活性あるいは腐食性のガスを用いることができる。
プラズマ用ガスには、アルゴンやキセノンの他、窒素ガスを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の一例のクラスターイオンビーム装置
【図2】そのクラスターイオンビーム装置内部のプラズマとクラスターを説明するための図
【図3】本発明の二例のクラスターイオンビーム装置
【図4】従来技術とは異なるクラスターイオンビーム装置の参考例
【図5】従来技術のクラスターイオンビーム装置
【符号の説明】
【0039】
1〜3……クラスターイオンビーム装置
11……真空槽
15……プラズマ生成室
16……プラズマ拡張室
17……通過孔
20a〜20c……電子線発生装置
28……クラスター生成装置
33、37……プラズマ生成手段
36……放出孔
47……差圧用真空排気系
53、54……プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ生成室と、
前記プラズマ生成室と通過孔で接続され、一面に電子引出し電極が配置されたプラズマ拡張室とを有し、
前記プラズマ生成室にはプラズマ生成手段が設けられ、
前記プラズマ生成室に導入されたプラズマ用ガスは前記プラズマ生成手段によってプラズマ化され、前記貫通孔を通って前記プラズマ拡張室内に進入するように構成され、
前記電子引出し電極には複数の放出孔が設けられ、前記プラズマ拡張室内に存するプラズマから放出された電子が前記放出孔を通って前記プラズマ拡張室の外部に放出するように構成された電子線発生装置。
【請求項2】
前記貫通孔の合計面積よりも前記放出孔の合計面積の方が大きくされた請求項1記載の電子線発生装置。
【請求項3】
前記プラズマ拡張室には差圧用真空排気系が接続され、前記プラズマ拡張室内の圧力は前記プラズマ生成室内の圧力よりも小さくなるように構成された請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の電子線発生装置。
【請求項4】
前記プラズマ生成手段は通電によって電子を放出するフィラメントを有する請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の電子線発生装置。
【請求項5】
前記プラズマ生成手段は前記プラズマ生成室内に交流磁界を形成する誘導コイルを有する請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の電子線発生装置。
【請求項6】
真空槽と、
前記真空槽に配置されたクラスター生成装置と、
請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の電子線発生装置とを有し、
前記クラスター生成装置から放出され、前記真空槽の内部を飛行するクラスターに前記電子線発生装置から放出された電子線が照射され、クラスターイオンが生成されるように構成されたクラスターイオンビーム装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−114241(P2006−114241A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−297749(P2004−297749)
【出願日】平成16年10月12日(2004.10.12)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】