説明

電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品

【課題】本件発明は、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供するとともに、従来に比して、高速にニッケル被膜を形成することができる電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品を提供することを目的とする。
【解決手段】上記目的を達成するため、電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する際に用いる電気ニッケルめっき浴であって、当該電気ニッケルめっき浴のpHが1.0〜6.0であり、pH緩衝剤としてモノカルボン酸を含むことを特徴とする電気ニッケルめっき浴を提供する。また、当該電気ニッケルめっき浴を用いた電気ニッケルめっき方法及び、当該電気ニッケルめっき浴を用いてニッケル被膜を形成した電気ニッケルめっき製品を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品に関し、特に、ホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電気ニッケルめっきは、装飾めっき、防食めっき、機能めっき等の各種の目的で、装飾品、電子部品、MEMSデバイス等の各種の分野で幅広く用いられている。電気ニッケルめっきにより被めっき製品にニッケル被膜を形成する際には、一般に、スルファミン酸浴、ワット浴等の弱酸性の電気ニッケルめっき浴が用いられている。めっき浴のpHの変動は、めっき浴の導電率に影響し、金属の析出・溶解反応に影響を及ぼす。このため、安定した膜質のニッケル被膜を形成するには、めっき浴のpHの変動を抑えることが重要である。このため、従来、電析中のスルファミン酸浴、ワット浴等のpHの変動を抑えるために、ホウ酸がpH緩衝剤として用いられてきた。
【0003】
しかしながら、2001年7月1日施行の改正水質汚濁防止法において、ホウ酸は規制対象物質に指定されたことから、ホウ酸を含まない電気ニッケルめっき浴が求められるようになっている。例えば、特許文献1には、クエン酸をpH緩衝剤とする電気ニッケルめっき浴が開示されている。そして、当該特許文献1には、ワークを陰極として電気めっきを行う場合は、0.1A/dm〜15A/dm、静止(引っかけ)めっきを行う場合は1A/dm〜5A/dm、回転(バレル)めっきを行う場合は、0.1A/dm〜1A/dmの電流密度範囲で電気めっきを行うことが好ましいと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−172790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、電気ニッケルめっきは電鋳の分野においても広く使用されている。電鋳の分野では、一般的に、100μm〜500μmの厚さのめっき被膜を形成する。このように厚付けが要求される電鋳分野では、めっき時間の短縮、すなわち高速めっきに対する要請が高い。しかしながら、例えば、特許文献1に記載の電気ニッケルめっき浴を用いて静止めっきを行う場合、電流密度1.0A/dmで膜厚100μmのめっき被膜を形成するには、約8時間を要する。そこで、例えば、電流密度を20A/dmにして、電析を行えば、約0.5時間で同じ膜厚(100μm)のめっき被膜を形成することができる。しかしながら、従来の電気ニッケルめっき浴では、高い電流密度で電析を行うと、電流密度の増加と共にめっき表面に焼けが生じ、表面の平滑な膜質の優れたニッケル被膜を得ることはできない。
【0006】
そこで、本件発明は、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供するとともに、従来に比して、高速にニッケル被膜を形成することができる電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等は、鋭意研究を行った結果、以下の電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及びニッケルめっき製品を採用することで上記目的を達成するに到った。
【0008】
本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する際に用いる電気ニッケルめっき浴であって、当該電気ニッケルめっき浴のpHが1.0〜6.0であり、pH緩衝剤としてモノカルボン酸を含むことを特徴とする。ここで、モノカルボン酸として、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸などを挙げることができる。
【0009】
本件発明に係る電気ニッケルめっき浴において、前記pH緩衝剤として酢酸を用いることが好ましい。
【0010】
本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、スルファミン酸ニッケル4水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量が以下に示す範囲であることが好ましい。
【0011】
スルファミン酸ニッケル4水和物:10g/L〜1000g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【0012】
上記電気ニッケルめっき浴において、上述した範囲内の含有量のスルファミン酸ニッケル4水和物及びモノカルボン酸と共に、塩化ニッケル6水和物が50g/L以下の範囲で含まれていてもよい。
【0013】
本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、硫酸ニッケル6水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量が以下に示す範囲のものであってもよい。
【0014】
硫酸ニッケル6水和物:10g/L〜500g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【0015】
上記電気ニッケルめっき浴において、上述した範囲内の含有量の硫酸ニッケル6水和物及びモノカルボン酸と共に、塩化ニッケル6水和物が100g/L以下の範囲で含まれていてもよい。
【0016】
本件発明に係る電気ニッケルめっき方法は、電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する電気ニッケルめっき方法であって、上記記載の電気ニッケルめっき浴を用いることを特徴とする。
【0017】
本件発明に係る電気ニッケルめっき方法は、0.1A/dm〜500A/dmの電流密度で電気めっきを行うことが好ましい。
【0018】
本件発明に係る電気ニッケルめっき方法は、浴温が15℃〜100℃の前記電気ニッケルめっき浴を用いることが好ましい。
【0019】
本件発明に係る電気ニッケルめっき製品は、上記記載の電気ニッケルめっき方法により形成された前記ニッケル被膜を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本件発明によれば、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供することができる。また、本件発明によれば、従来に比して高い電流密度で電気めっきを行うことができ、安定した膜質のニッケル被膜を高速に形成することができる。さらに、当該電気ニッケルめっき浴を用いることにより、膜厚の均一な平坦性の高いニッケル被膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】コンポジット微粒子の共析量を評価する際におけるコンポジットニッケル層の形成方法を説明するための図である。
【図2】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3において調製した電気ニッケルめっき浴の電析中のpH変動を示した図である。
【図3】実施例1、実施例2、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて滴定試験を行ったときの各浴のpH変動を示した図である。
【図4】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴のカソード分極曲線を示す図である。
【図5】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したニッケル被膜の外観を示す写真である。
【図6】実施例1〜実施例3及び比較例1で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したニッケル被膜の外観を示す写真である。
【図7】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴の均一電着性を示す図である。
【図8】実施例1及び比較例2で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて、カンチレバー型構造体の表面に形成したニッケル被膜の外観及び断面を示す写真である。
【図9】実施例1、比較例1及び比較例2で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したニッケル被膜のビッカーズ硬度を示す図である。
【図10】実施例1で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて、種々の電流密度で電析を行い得たニッケル被膜のビッカーズ硬度を示す図である。
【図11】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したニッケル被膜の残留応力を示す図である。
【図12】実施例1、比較例1、比較例2及び比較例3で調製した電気ニッケルめっき浴を用いてニッケル被膜を形成したときのピット数を示す図である。
【図13】実施例4及び比較例4で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す金属顕微鏡写真である。
【図14】実施例5及び比較例5で調製した電気ニッケルめっき浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す金属顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る電気ニッケルめっき浴、電気ニッケルめっき方法及び電気ニッケルめっき製品の実施の形態を順に説明する。
【0023】
1.本件発明に係る電気ニッケルめっき浴
まず、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴について説明する。本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する際に用いる電気ニッケルめっき浴であって、当該電気ニッケルめっき浴のpHが1.0〜6.0であり、pH緩衝剤としてモノカルボン酸を含むことを特徴としたものである。
【0024】
電気ニッケルめっき浴のpHを1.0〜6.0とし、pH緩衝剤として、モノカルボン酸を用いることにより、pH緩衝性の高い電気ニッケルめっき浴とすることができる。ここで、モノカルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸などを挙げることができる。また、後述するように、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴では、モノカルボン酸をpH緩衝剤として用いることにより、従来に比して高い電流密度においてもpH緩衝効果を維持することができる。このため、従来に比して高い電流密度で電析を行った場合でも、めっき浴の導電率の変動を防止して、ニッケルを安定して電析させることが可能になる。このため、膜質の安定したニッケル被膜を高速に形成することが可能になる。モノカルボン酸の中でも従来に比してより高い電流密度で電気めっきを行うことができ、安定した膜質のニッケル被膜を高速に形成することができるという観点からは、pH緩衝剤として酢酸を用いることが特に好ましい。以下、モノカルボン酸の具体例として、主として酢酸を例に挙げて説明するが、他のギ酸、プロピオン酸についても同様の傾向を示す。また、以下においてモノカルボン酸と表記した場合、特に断りのない限り、酢酸と読み替えて可能であるのは勿論であり、ギ酸、プロピオン酸についても同様である。
【0025】
当該電気ニッケルめっき浴のpHが1.0未満になると、被めっき物がセラミックスである場合、セラミックスが浸食される恐れがある。このため、セラミックスが基板として用いられるチップ部品等に使用することができず、好ましくない。また、陰極電流効率が低下し、析出効率が低下する。一方、当該電気ニッケルめっき浴のpHが6.0を超えると、水酸化ニッケルなどが沈殿あるいは共析するため粗雑なめっき膜が形成される恐れがあり好ましくない。
【0026】
ここで、電気ニッケルめっき浴に対するモノカルボン酸の添加量は、1g/L〜300g/Lであることが好ましい。電気ニッケルめっき浴に対して、モノカルボン酸を上記範囲で添加することにより、上記pH緩衝効果を発揮することができる。一方、モノカルボン酸の添加量が1g/L未満であると、電気ニッケルめっき浴の緩衝効果を十分に発揮することができず、好ましくない。また、モノカルボン酸のpH緩衝効果は300g/L程度で飽和に達し、当該添加量を超えたモノカルボン酸の添加はモノカルボン酸の無駄な消費となることから好ましくない。
【0027】
1−1 本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の具体的な組成例
次に、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の具体的な組成例について説明する。本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、ニッケル供給源としてのニッケル塩と、上記pH緩衝剤としてのモノカルボン酸とを含むことを基本組成とする。本件発明において、ニッケル塩に特に限定はないが、例えば、スルファミン酸ニッケル、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、酢酸ニッケル等から選択して、単一で、又は混合して用いることができる。これらのニッケル塩の中から、形成するニッケル被膜に要求される特性に応じて、適宜、適切なものを選定して用いることができる。但し、以下においては特に説明はしないが、必要に応じて、補助電解質、平滑剤、光沢剤等の各種添加剤を含む組成としてもよいのは勿論である。
【0028】
例えば、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の具体的な組成として、スルファミン酸ニッケル4水和物及び塩化ニッケル6水和物をニッケル塩として含むスルファミン酸ニッケル浴系の組成、あるいは、硫酸ニッケル6水和物及び塩化ニッケル6水和物をニッケル塩として含むワット浴系の組成とすることができる。以下、順に説明する。
【0029】
(1) スルファミン酸ニッケル浴系の具体的組成例
まず、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の具体的組成例として、スルファミン酸ニッケル浴系の組成を説明する。当該電気ニッケルめっき浴は、スルファミン酸ニッケル4水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量を以下に示す範囲としたものである。
【0030】
スルファミン酸ニッケル4水和物:10g/L〜1000g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【0031】
さらに、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の一例としてのスルファミン酸ニッケル浴において、上述した範囲内の含有量のスルファミン酸ニッケル4水和物及びモノカルボン酸と共に、塩化ニッケル6水和物を50g/L以下の範囲で含むものとしてもよい。
【0032】
本件発明では、一般的なスルファミン酸ニッケル浴に対して、スルファミン酸ニッケル4水和物を1倍〜4倍の濃度で含むことができる。このように、本件発明では、従来の一般的なスルファミン酸ニッケル浴よりもスルファミン酸ニッケル4水和物を高濃度で含有することができる。そして、従来に比して、スルファミン酸ニッケル4水和物を高濃度に含むスルファミン酸ニッケル浴の組成とすることにより、電析時に使用可能な電流密度を高くすることができ、高電流密度領域でめっき被膜を形成することが可能になる。また、スルファミン酸ニッケル4水和物を高濃度で含むことにより、高い電流密度で電析を行った場合にも、焼けめっきとなるのを防止することができる。具体的には、従来のスルファミン酸ニッケル浴では、0.5A/dm〜10A/dm程度の電流密度で電析が行われているのに対して、本件発明に係る当該電気ニッケルめっき浴では20A/dm以上の電流密度で電析を行った場合にも、膜質の安定した膜質のニッケル被膜を形成することができる。例えば、1.0A/dmの電流密度で電析を行い、100μmの膜厚のニッケル被膜を形成するには約8時間のめっき時間を要するところ、20A/dmの電流密度で電析を行えば、約0.5時間にめっき時間を短縮することができる。本件発明に係る電気ニッケルめっき浴では、さらに高い電流密度で電析を行った場合にも、安定した膜質のニッケル被膜を形成することができることから、より一層の成膜速度の高速化を実現できる。スルファミン酸ニッケル浴は、電鋳分野で広く使用されることから、上記組成の電気ニッケルめっき浴を用いて、従来に比して高い電流密度で電析を行うことにより、高速めっきを行うことが可能になる。
【0033】
また、本件発明者等の鋭意研究によれば、上記スルファミン酸ニッケル浴のカソード分極曲線において限界電流密度を示す水素発生時の電流密度は、pH緩衝剤が無添加の浴、pH緩衝剤としてクエン酸(ヒドロキシカルボン酸)が添加された浴、pH緩衝剤としてホウ酸が添加された浴、pH緩衝剤として酢酸が添加された浴を用いて比較したところ、pH緩衝剤として酢酸を用いた浴が最も高い値を示した。ギ酸やプロピオン酸を用いた場合にも同様であった。すなわち、電気ニッケルめっき浴のpH緩衝剤としてモノカルボン酸を用いることにより、めっき界面近傍で電析反応が促進することが確認できた。これは、モノカルボン酸が電析におけるニッケルイオンの供給を促進するためであり、このため、高電流密度でのめっきが可能になると考えられる。
【0034】
ここで、スルファミン酸ニッケル4水和物の含有量が10g/L未満の場合は、高電流密度で電析を行った場合、電析時の電流密度によっては、焼けめっきとなる等、安定した膜質のニッケル被膜の生成が困難になるため好ましくない。一方、スルファミン酸ニッケル4水和物の含有量が1000g/Lを超えた場合には、めっき操作の安定性向上等の効果が得られず、当該含有量を超過することに格段の意味が得られない。
【0035】
(2) ワット浴系の具体的組成例
次に、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の他の具体的組成例として、ワット浴系の組成を説明する。当該電気ニッケルめっき浴は、硫酸ニッケル6水和物、塩化ニッケル6水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量を以下に示す範囲としたものである。
【0036】
硫酸ニッケル6水和物:10g/L〜500g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【0037】
さらに、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の一例としてのワット浴において、上述した範囲内の含有量の硫酸ニッケル6水和物及びモノカルボン酸と共に、塩化ニッケル6水和物を100g/L以下の範囲で含む組成としてもよい。
【0038】
本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、一般的なワット浴に対して、硫酸ニッケル6水和物を1倍〜3倍の濃度で含むことができる。このように、本件発明では、従来の一般的なワット浴よりも硫酸ニッケル6水和物を高濃度に含有することができる。そして、従来に比して、硫酸ニッケル6水和物を高濃度で含有する組成とすることにより、上記の場合と同様に、電析時に使用可能な電流密度を高くすることができ、高い電流密度で電析を行った場合にも、焼けめっきとなるのを防止することができる。また、高い電流密度で電析を行ってめっき時間の短縮を図ることができ、高速めっきを行うことが可能になる。
【0039】
ここで、硫酸ニッケル6水和物の含有量が10g/L未満の場合は、高電流密度で電析を行った場合、電流密度の値によっては焼けめっきとなる等、安定した膜質のニッケル被膜の生成が困難になり、好ましくない。一方、硫酸ニッケル6水和物の含有量が500g/Lを超えた場合には、相対的に塩化ニッケル6水和物の含有量が減少し、塩化物イオンによるニッケルの電析の促進効果や、水素発生抑制効果等が得られず、安定した膜質のニッケル被膜の生成が困難になる。
【0040】
2.電気ニッケルめっき方法
次に、本件発明に係る電気ニッケルめっき方法について説明する。本件発明に係る電気ニッケルめっき方法は、電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する際に、上述した本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いることを特徴とする。本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いることにより、上述した通り、pH緩衝性が高く、高い電流密度で電気めっきを行うことが可能になる。また、ニッケル供給源とするニッケル塩濃度を高濃度にすることができるため、高い電流密度で電析を行った場合にも、焼けめっきとなるのを防止することができる。以上のことから、ニッケル被膜の成膜速度の高速化を図ることができる。さらに、ホウ酸をpH緩衝剤として用いる場合に比して、電気ニッケルめっき浴の均一電着性に優れるため、膜厚が均一で平坦なニッケル電気被膜を形成することができる。
【0041】
ここで、本件発明に係る電気ニッケルめっき方法では、上記電気ニッケルめっき浴を用いて電気めっきを行う際に、電流密度を20A/dm〜500A/dmとすることが好ましい。当該範囲内の電流密度でニッケルを電析させることにより、ニッケル被膜の成膜速度を従来に比して、格段に速くすることができる。ここで、現在、高速めっきに求められている成膜速度は、0.1μm/sec程度であるため、電流密度が30A/dm未満である場合、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いた場合でも、上記成膜速度に達することが困難になり好ましくない。また、電流密度が500A/dmを超える場合、電流密度が高くなり過ぎて、ニッケルを電析させる際に焼けめっきとなる恐れが高くなり、安定した膜質のニッケル被膜を形成することが困難になる。
【0042】
また、本件発明に係る電気ニッケルめっき方法では、浴温が15℃〜100℃の電気ニッケルめっき浴を用いることが好ましい。従来、電気ニッケルめっきでは、浴温が30℃〜60℃程度の電気ニッケルめっき浴が用いられてきたが、上記組成の電気ニッケルめっき浴を用いて、浴温を60℃〜100℃と従来よりも高温とすることにより、ニッケル塩をより高濃度で含む浴を用いた場合にもニッケル塩の沈殿を防止し、より高い電流密度を使用して電析を行うことが可能になり、成膜速度の高速化を図ることができる。例えば、浴温が65℃の場合、150A/dm程度までの電流密度で電析することができ、浴温が85℃の場合には、500A/dm程度までの電流密度で電析することができる。
【0043】
また、本件発明に係る電気ニッケルめっき方法により、電気めっきを行う際には、電解槽の中で電気ニッケルめっき液を流動させたり、電解槽の中で被めっき物を揺動させるなど、電気ニッケルめっき液が、被めっき物に対して相対的に流動させることが好ましい。これにより、ニッケル被膜の成膜速度の高速化を図ることができるとともに、より膜厚が均一で平坦なニッケル被膜を被めっき物の表面に形成することができる。
【0044】
さらに、当該電気ニッケルめっき浴を用いて形成したニッケル被膜の中央部の膜厚と外縁部の膜厚との比(膜厚比(U))を下記式(1)により求め、当該電気ニッケルめっき浴の均一電着性を当該膜厚比(U)により表した場合、本件発明に係る電気めっき方法では、10μm〜50μmの膜厚のニッケル被膜について、当該膜厚比(U)は1.0〜1.5とすることができる。
【0045】
【数1】

【0046】
3. 電気ニッケルめっき製品
次に、本件発明に係る電気ニッケルめっき製品について説明する。本件発明に係る電気ニッケルめっき製品は、上述した本件発明に係る電気ニッケルめっき方法により形成されたニッケル被膜を備えることを特徴とする。当該電気ニッケルめっき製品は、ニッケル被膜が上述した本件発明に係る電気ニッケルめっき方法に形成されたものであればよく、具体的な製品については特に限定はない。例えば、金めっきの下地めっきとして、当該ニッケル被膜を備える製品であってもよいし、装飾めっきとして当該ニッケル被膜を備える製品であってもよいし、電鋳製品であってもよいし、電磁波シールド、コネクターとして当該ニッケル被膜を備えた各種電子部品、電子機器等であってもよいし、MEMSデバイス等であってもよく、特に限定はない。
【0047】
以上説明したように上記実施の形態によれば、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供することができる。また、モノカルボン酸をpH緩衝剤として用いることにより、pH緩衝性の高いめっき浴とすることができる。また、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いることにより、ニッケル被膜をより高速に形成することができる。特にモノカルボン酸の中でも酢酸をpH緩衝剤として用いることにより、より高速にニッケル被膜を形成することができる。
【0048】
また、当該電気ニッケルめっき浴を用いることにより、膜厚が均一で、平坦性の高いニッケル被膜を形成することができる。例えば、導体パターンの下地めっきを形成する際に、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いれば、膜厚が均一で平坦な下地めっき層を形成することができる。このため、平坦性に優れた導体パターンを形成することが可能であり、当該導体パターンに対する電子部品の搭載効率を向上すると共に、電子部品の端子との電気的接続の信頼性をも向上することができる。
【0049】
但し、上記実施の形態は、本件発明の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能であるのは勿論である。また、以下、実施例及び比較例を挙げて、本件発明をより具体的に説明するが、本件発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0050】
実施例1では、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴を調製した。当該電気ニッケルめっき浴は、ニッケル塩としてスルファミン酸ニッケル4水和物及び塩化ニッケル6水和物を含み、pH緩衝剤として酢酸を含むものである。具体的な組成を下記に示す。以下、下記組成を有する電気ニッケルめっき浴をTS1浴と称する。
【0051】
スルファミン酸ニッケル4水和物:700g/L
塩化ニッケル6水和物: 5.0g/L
酢酸: 20g/L
pH: 4.0
浴温: 65℃
【実施例2】
【0052】
実施例2では、酢酸の添加量を40g/Lとした以外は、実施例1で調製したTS1浴と同様にして、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であるTS2浴を調製した。
【実施例3】
【0053】
実施例3では、酢酸の含有量を100g/Lとした以外は、実施例1で調製したTS1浴と同様にして、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であるTS3浴を調製した。
【実施例4】
【0054】
実施例4では、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であって、SiC微粒子を添加したSiCコンポジットめっき浴を調製した。当該SiCコンポジットめっき浴は、ニッケル塩としてスルファミン酸ニッケル4水和物及び塩化ニッケル6水和物を含み、pH緩衝剤として酢酸を含むと共に、コンポジット微粒子としてSiC微粒子を含むものである。具体的な組成を下記に示す。以下、下記組成を有する電気ニッケルめっき浴をTS4浴と称する。
【0055】
スルファミン酸ニッケル4水和物:400g/L
塩化ニッケル6水和物: 5.0g/L
酢酸: 20g/L
SiC微粒子: 10g/L
pH: 4.0
浴温: 50℃
【実施例5】
【0056】
実施例5では、上記実施例4で調製したTS4浴において、コンポジット微粒子として、SiC微粒子10g/Lに代えて、PTFE微粒子を10g/L用いた以外は、TS4浴と同様にしてスルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であって、且つ、PTFEコンポジットめっき浴であるTS5浴を調製した。
【比較例】
【0057】
[比較例1]
比較例1では、pH緩衝剤を添加しなかった以外は、実施例1で調製したTS1浴と同様にして、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケル浴であるCS1浴を調製した。
【0058】
[比較例2]
比較例2では、pH緩衝剤として酢酸20g/Lの代わりにホウ酸30g/Lを用いた以外は、実施例1で調製したTS1浴と同様にして、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であるCS2浴を調製した。
【0059】
[比較例3]
比較例3では、pH緩衝剤として酢酸20g/Lの代わりにクエン酸25g/Lを用いた以外は、実施例1で調製したTS1浴と同様にして、スルファミン酸ニッケル浴系の電気ニッケルめっき浴であるCS3浴を調製した。
【0060】
[比較例4]
比較例4では、pH緩衝剤として酢酸20g/Lの代わりに、ホウ酸30g/Lを用いた以外は、実施例4で調製したTS4浴と同様にしてCS4浴を調製した。
【0061】
[比較例5]
比較例5では、pH緩衝剤として酢酸20g/Lの代わりに、ホウ酸30g/Lを用いた以外は、実施例5で調製したTS5浴と同様にしてCS5浴を調製した。
以上の実施例及び比較例において調製しためっき浴の組成を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
[評価]
上記実施例と比較例とにおいて調製しためっき浴について、(1)pH緩衝性、(2)カソード分極特性、(3)使用可能電流密度、(4)均一電着性、(5)めっき被膜の物性、(6)めっき被膜のピット数、(7)コンポジット微粒子の共析量についてそれぞれ評価を行った。以下、1.評価方法、2.評価結果の順に説明する。
【0064】
1.評価方法
【0065】
(1)pH緩衝性の評価
当該評価では、実施例と比較例とにおいて調製しためっき浴のpH緩衝性を評価するために、i)電析中のpH変動と、ii)滴定試験を行ったときのpH変動とを測定した。
【0066】
i) 電析中のpH変動
当該評価では、TS1浴(実施例1)、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)をそれぞれ50mlずつ用いて、65℃で電析中の各浴のpHの変動を測定した。具体的には、各めっき浴にそれぞれ、陰極としての10mm四方の銅板と、陽極としての硫黄入りニッケル板とを浸漬し、両極間に電圧を印加し、陰極電流密度50A/dmでニッケルの電析を行った。当該条件の下、ニッケル被膜の膜厚が500μmになるまでニッケルを電析し、その間の各浴のpHの変動を測定した。
【0067】
ii) 滴定試験を行ったときのpH変動
当該評価では、TS1浴(実施例1)、TS2浴(実施例2)、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)をそれぞれ50mlずつ用いて、各めっき浴に1Mの濃度の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を1mlずつ添加し、水酸化ナトリウム水溶液を添加する度に各浴のpHを測定した。
【0068】
(2)カソード分極特性
当該評価では、実施例1で調製したTS1浴と、比較例1〜比較例3で調製したCS1浴〜CS3浴のカソード分極測定を行い、各めっき浴の電析挙動を評価した。具体的には、各めっき浴に、作用電極には10mm×10mm×0.3mm(t)の銅板、対向電極には20mm×40mm×1.0mm(t)の硫黄入りニッケル板(住友金属鉱山株式会社製)、参照電極には飽和KClを含むAg/AgCl電極を用いた。作用電極の前処理として、アルカリ脱脂、酸活性を行った。各電極を各めっき浴に浸漬し、自動分極測定装置(北斗電工株式会社製、HZ−3000)を用いて、カソード電位走査により、自然電位から掃引速度−2.0mV/sec.で電流−電位を測定した。
【0069】
(3)使用可能電流密度の評価
i) pH緩衝剤の相違における比較
当該評価では、まず、TS1浴(実施例1)、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)を用いて、各浴における使用可能電流密度を評価した。具体的には、陰極として10mm四方の銅板を用い、陽極として20mm×40mm×1.0mm(t)の硫黄入りニッケル板用い、初期の陰極電流密度を50A/dm、ニッケルめっき被膜の膜厚が20μmとなるようにクーロン量を調整した。また、めっき槽にはマイクロセル(0.3L、株式会社山本鍍金試験器製)を使用し、浴温は65℃とした。各浴において、上記電析条件の下、各温度条件で、それぞれ電流密度を増加させながら電気めっきを行った。得られたニッケル被膜の外観を観察し、めっき表面に焼けが生じたか否かを観察した。
【0070】
ii) 酢酸含有量の相違における比較
次に、TS1浴〜TS3浴(実施例1〜実施例3)と、CS1浴(比較例1)とを用いて、上記と同じ電析条件で、各めっき浴における使用可能電流密度を評価した。
【0071】
(4)均一電着性の評価
当該評価では、pH緩衝剤の有無と、pH緩衝剤の種類とによって、各浴の均一電着性が異なるか否かを評価した。当該評価は、TS1浴(実施例1)及びCS2浴(比較例2)を用いて行った。各浴を用いて、電流密度50A/dm、浴温65℃でニッケルを電析したときの、ニッケル被膜の外観を観察すると共に、下記式(1)に基づいて、均一電着性の指標となる膜厚比(U)を求めた。基板としては、10mm四方の銅板と、厚さ0.1mmのカンチレバー型構造体(図8参照)とを用いた。
【0072】
【数2】

【0073】
(5)めっき被膜の物性評価
当該評価では、TS1浴(実施例1)、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)を用いて、電流密度50A/dm、浴温65℃で電析を行った。そして、得られたニッケル被膜のビッカーズ硬度(Hv)と、残留応力(MPa)とをビッカーズ硬度計、テストストリップ式電着応力試験機を用いてそれぞれ測定した。
【0074】
(6)めっき被膜のピット数
当該評価では、TS1浴、CS1浴、CS2浴及びCS3浴を基本組成とし、スルファミン酸ニッケル4水和物の濃度を100g/L、400g/L、600g/L、1000g/Lに変化させためっき浴を調製した。本評価に限って、TS1浴系の電気ニッケルめっき浴を酢酸浴、CS1浴系の電気ニッケルめっき浴を無添加浴、CS2浴系の電気ニッケルめっき浴をホウ酸浴、CS3浴系の電気ニッケルめっき浴をクエン酸浴と称する。そして、各めっき浴を用いて、電流密度50A/dm、浴温65℃でそれぞれ電析を行った。そして、得られたニッケル被膜を金属顕微鏡を用いて観察し、当該ニッケル被膜に形成されたピットの数を数えた。
【0075】
(7)コンポジット微粒子の共析量
ここでは、TS4浴(実施例4)及びCS4浴(比較例4)と、TS5浴(実施例5)及びCS5浴を評価の対象とした。これら各めっき浴を用いて、ニッケルと、コンポジット微粒子とを共析させたコンポジットニッケル層を形成した。そして、得られたコンポジットニッケル層の断面を金属顕微鏡により観察し、当該コンポジットニッケル層におけるコンポジット微粒子の共析量を評価した。
【0076】
ここで、図1を参照して、コンポジットニッケル層(31,32,33)の形成方法について更に説明する。本評価では、ハルセル試験用の銅板10上にまず第一ニッケル下地層21を形成した。この第一ニッケル下地層21の表面に、本評価対象の各めっき浴を用いて、それぞれ電流密度1.0A/dmで電析し、第一コンポジットニッケル層31を得た。次に、この第一コンポジットニッケル層31の表面に、第二ニッケル下地層22を形成した。そして、第二ニッケル下地層22の表面に、本評価対象の各めっき浴を用いて、それぞれ電流密度5.0A/dmで電析し、第二コンポジットニッケル層32を得た。次に、この第二コンポジットニッケル層32の表面に、第三ニッケル下地層23を形成した。そして、この第三ニッケル下地層23の表面に、本評価対象の各めっき浴を用いて電流密度10A/dmで電析し、第三コンポジットニッケル層33を形成した。なお、第三コンポジットニッケル層33の表面には、当該第三コンポジットニッケル層33を保護するための保護ニッケル層24を設けた。銅板10上に形成した各層21〜24、31〜33の厚みはいずれも20μmとした。
【0077】
2.評価結果
(1)pH緩衝性の評価
i) 電析中のpH変動
図2に、TS1浴(実施例1)、CS1浴(比較例1)〜CS3浴(比較例3)の電析中のpH変動を示す。図2に示すように、TS1浴及びCS2浴は、いずれもニッケル被膜の膜厚が増加してもpHは4.0前後を示し、酢酸又はホウ酸をpH緩衝剤として用いることにより、電気ニッケルめっき浴の電析中のpHの変動を抑制可能であることが分かる。一方、pH緩衝剤を添加していないCS1浴はニッケル被膜の膜厚が増加するにつれて、pHが著しく変化していることが分かる。また、pH緩衝剤としてクエン酸を使用したCS3浴は、CS1浴と比較するとpHの変動は少ないものの変化していることが分かる。
【0078】
ii) 滴定試験を行ったときのpH変動
図3に、TS1浴(実施例1)、TS2浴(実施例2)、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)の各浴に、水酸化ナトリウム水溶液を1mlずつ添加したときの、各浴のpH変動を示す。図3に示すように、pH緩衝剤が添加されていないCS1浴では、水酸化ナトリウム水溶液を2ml添加した時点でpH値が大きく変動した。また、ホウ酸30g/LをpH緩衝剤として用いたCS2浴及びクエン酸25g/LをpH緩衝剤として用いたCS3浴では、CS1浴と比較すると、pHの変動は抑制されているが、水酸化ナトリウム水溶液の添加量の増加と共にpH値も増加していることが分かる。これに対して、酢酸をpH緩衝剤として用いたTS1浴及びTS2浴では、水酸化ナトリウム水溶液の添加量が増加しても浴のpHの変動が少なく、pH緩衝性が高いことが分かる。また、酢酸の含有量が多いTS2浴の方が、TS1浴と比較すると、pHの変動がより抑制されており緩衝性が高いことが確認された。
【0079】
(2)カソード分極特性
次に、図4に、TS1浴と、CS1浴〜CS3浴の分極測定により得られたカソード分極曲線を示す。各めっき浴のカソード分極曲線に基づくと、限界電流密度を示す水素発生時の電流密度は、TS1浴が130A/dm、CS1浴が30A/dm、CS2浴が80A/dm、CS3浴が50A/dmであった。このように、pH緩衝剤として酢酸を使用したTS1浴が最も高い限界電流密度を示した。また、電流密度50A/dmで電析したときの作用電極の電位は、TS1浴が−1.06V、CS1浴が−1.14V、CS2浴が−1.18V、CS3浴が−1.32Vであった。従って、同じ電流密度で電析を行った場合、pH緩衝剤を添加していないCS1浴と比較すると、pH緩衝剤としてホウ酸又はクエン酸を用いたCS2浴又はCS3浴では、電析反応が抑制されているのに対して、pH緩衝剤として酢酸を用いたTS1浴では電析反応が促進していることが分かる。
【0080】
pH緩衝剤としてホウ酸やクエン酸を使用した場合は、めっき浴中でニッケル錯体が形成され、電極反応が抑制し、カソード電位が分極するものと考えられる。このため、pH緩衝剤を添加していないCS1浴と比較すると、CS2浴及びCS3浴では電析反応が抑制されると考えられる。一方、pH緩衝剤として酢酸を用いた場合にも、カソード電位は分極するが、その後復極した。従って、酢酸をpH緩衝剤として用いることにより、酢酸は電析時にニッケルイオンの供給を促進し、めっき界面近傍で電析反応を促進していると考えられる。このため、pH緩衝剤として酢酸を用いることにより、高電流密度でのめっきが可能であると考えられる。
【0081】
(3)使用可能電流密度の評価
i) pH緩衝剤の相違における比較
まず、図5に、CS1浴(比較例1)、CS2浴(比較例2)及びCS3浴(比較例3)及びTS1浴(実施例1)を用いて、上述の電析条件により形成したニッケル被膜の外観を示す。図5に示すように、pH緩衝剤を含有しないCS1浴では、50A/dmで電析を行った場合に、ニッケル被膜の表面の縁部(特に、コーナー部)に焼けが観察された。一方、pH緩衝剤を含有しないCS1浴では、50A/dmでは安定した膜質のニッケル被膜を形成することができたが、電流密度を70A/dmに増加して電析を行った場合、ニッケル被膜の表面の縁部に焼けが観察された。また、電流密度が増加するにつれ、ニッケル被膜の表面において焼けが生じる領域が増加した。さらに、pH緩衝剤として酢酸を含有するTS1浴では、150A/dmで電析を行ったときに初めてニッケル被膜の表面の縁部に焼けが観察された。以上より、pH緩衝剤として酢酸を用いることにより、pH緩衝剤を含有しない浴やクエン酸を用いる場合に比して、より高い電流密度を使用しても焼けめっきとなりにくく、安定した膜質のニッケル被膜を形成可能であることが確認された。また、TS1浴を85℃にして電析を行った場合には、500A/dmにおいても、焼けは観察されなかった。
【0082】
ii) 酢酸含有量の相違における比較
次に、図6に、CS1浴(比較例1)及びTS1浴(実施例1)〜TS3浴(実施例3)を用いて、上述の電析条件により形成したニッケル被膜の外観を示す。図6に示すように、pH緩衝剤としての酢酸を含有しないCS1浴では、50A/dmで電析を行った場合にも、上述した通りニッケル被膜の表面の縁部に焼けが観察された。これに対して、図6に示すようにTS1浴〜TS3浴では、150A/dmまでは、電析を行っても焼けめっきとはならず、良好なニッケル被膜を形成することが可能であった。また、TS1浴、TS2浴、TS3浴の順にpH緩衝剤としての酢酸の含有量が多くなるが、浴中の酢酸の含有量が増加するほど、より高い電流密度を使用して電析を行った場合にもニッケル被膜の表面において焼けの生じる領域が減少することが確認された。従って、pH緩衝剤としての酢酸含有量を調整することにより、より高い電流密度を使用して電析することが可能であった。
【0083】
(3)均一電着性の評価
i) 10mm四方の銅板の表面にニッケル被膜を形成した場合
まず、図7に、CS1浴〜CS3浴と、TS1浴とを用いて、10mm四方の銅板を基板として、上述の電析条件によりそれぞれ形成したニッケル被膜を形成した場合の各浴の均一電着性の値を示す。縦軸は上記(1)式により求めた膜厚比(U)を示す。図7に示すように、pH緩衝剤を含まないCS1浴では、膜厚比(U)は1.32であった。pH緩衝剤としてホウ酸を含むCS2浴では、膜厚比(U)は1.56であった。また、pH緩衝剤としてクエン酸を含むCS3浴では、膜厚比(U)は1.30であった。これに対して、pH緩衝剤として酢酸20g/Lを含むTS1浴では、Uは1.26であった。膜厚比(U)は、「1」に近いほど基板上に均一な厚みでニッケル被膜を形成可能であることを示し、浴の均一電着性の指標となる。従って、膜厚比(U)の小さいTS1浴は、均一電着性が高い浴であるのに対して、膜厚比(U)の大きいCS2浴は、均一電着性が低い浴であることが分かる。
【0084】
ii) カンチレバー型構造体の表面にニッケル被膜を形成した場合
次に、図8に、カンチレバー型構造体の表面に上記電析条件により形成したニッケル被膜の外観及び断面を写した写真を示す。ここで、CS2浴を用いて形成したニッケル被膜の上記膜厚比(U)は、1.10であった。これに対して、TS1浴を用いて形成したニッケル被膜の上記膜厚比(U)は1.01であった。このように、本件発明に係るTS1浴を用いることにより、微小なカンチレバー型構造体の表面に、極めて平坦なニッケル被膜を形成可能であることが分かる。
【0085】
(4)めっき被膜の物性評価
i) ビッカーズ硬度(Hv)
図9に、CS1浴〜CS3浴と、TS1浴とを用いてそれぞれ形成したニッケル被膜のビッカーズ硬度を示す。図9に示すように、各浴とも同様の値を示し、大きな差は見られなかった。次に、図10に、TS1浴を用いて、電流密度を変化させたときのニッケル被膜のビッカーズ硬度を示す。図10に示すように、使用電流密度が50A/dm〜100A/dmまでの間は、被膜の硬度に大きな差は見られなかった。一方、使用電流密度が150A/dm〜250A/dmと増加するにつれて、ニッケル被膜のビッカーズ硬度は高くなった。また、これらの被膜のX線回析を行ったところ、使用電流密度が150A/dmを超えると、ミラー指数(220)で表される結晶面に起因する回折光が観察されるようになり、被膜の結晶構造に変化が現れることが分かった。
【0086】
ii) 残留応力(MPa)
図11に、CS1浴〜CS3浴と、TS1浴とを用いてそれぞれ形成したニッケル被膜の残留応力を示す。図11に示すように、TS1浴を用いて形成したニッケル被膜では残留応力の値が大きいのに対して、CS2浴を用いて形成したニッケル被膜では残留応力の値が小さかった。従って、酢酸をpH緩衝剤として用いた場合は、焼き鈍し等により残留応力処理を適切に行う必要がある。
【0087】
(6)めっき被膜のピット数
図12の横軸は、各浴を調製したときの浴中のスルファミン酸ニッケル4水和物濃度を示し、縦軸はニッケル被膜に形成されたピットの数を示している。図12に示すように、めっき浴中のスルファミン酸ニッケル4水和物濃度によらず、pH緩衝剤として酢酸を含む酢酸浴を用いてニッケル被膜を形成することにより、他のpH緩衝剤を用いた場合に比して、ピットの形成が抑制されていることが確認された。また、pH緩衝剤を含まない無添加浴については、浴中のスルファミン酸ニッケル4水和物濃度が800g/L以下の場合、めっき焼けが生じてピット数を数えることができなかった。しかしながら、浴中のスルファミン酸ニッケル4水和物濃度が1000g/Lの場合についてみても、無添加浴を使用してニッケル被膜を形成した場合、ピット数が他の浴と比較すると最も多く、良好な膜質のニッケル被膜を形成することが困難であった。陽極表面に水素ガスの泡が滞留するとその部分にはニッケルは電着せず、ピットが形成される。pH緩衝剤として酢酸を用いることにより、限界電流密度が高くなるため、50A/dmにおける水素の発生を抑制し、ピットの少ない良質なニッケル被膜を形成可能であることが確認された。また、pH緩衝剤として酢酸を用いることにより、ピットの発生を抑制するために界面活性剤を添加する必要がなく、めっき浴を調製する際のコストを低減することができる。
【0088】
(7)コンポジット微粒子の共析量
図13(a)に、TS4浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す。また、図13(b)に、CS4浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す。図13(a)と、図13(b)とを参照すると、TS4浴を用いてコンポジットニッケル層を形成した場合の方が、CS4浴を用いてコンポジットニッケル層を形成した場合と比較すると、コンポジット微粒子としてのSiC微粒子の共析量が多いことが確認された。なお、各層(31、32、33)中に観察される粒状の析出物がSiC微粒子である。また、コンポジット共析を行う場合、低い電流密度で電析を行った方がコンポジット微粒子の共析量が増加することが確認された。
【0089】
次に、図14(a)に、TS5浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す。また、図14(b)に、CS5浴を用いて形成したコンポジットニッケル被膜の断面を示す。各層(31、32、33)中に観察される粒状の析出物がPTFE微粒子である。コンポジット微粒子として、PTFE微粒子を用いた場合にも、SiC微粒子を用いた場合と同様に、PTFE微粒子の共析量が多いことが確認された。
【0090】
以上の評価結果より、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴(TS1浴〜TS3浴)を用いてニッケル被膜を形成することにより、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供すると共に、従来の電気ニッケルめっき浴(CS2浴)と比較して、より高い電流密度で電析を行うことが可能であることが分かった。すなわち、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、高速めっきに適した電気ニッケルめっき浴であることが分かった。また、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は均一電着性が高く、被めっき物の表面に平坦なニッケル被膜を形成可能であることが分かった。また、pH緩衝剤として、酢酸を用いることによりニッケル被膜に形成されるピットを従来に比して低減可能であることが分かった。
【0091】
また、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴にコンポジット微粒子を添加することにより、ホウ酸をpH緩衝剤として用いる場合に比較して、コンポジット微粒子の共析量を増加させることが可能であることが分かった。
【0092】
また、上記では特に説明しなかったが、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴(TS1浴〜TS3浴)では、従来のスルファミン酸ニッケル浴に比して、スルファミン酸ニッケル4水和物を2倍程度の濃度で含んでいる。また、従来においては、50℃程度の浴を用いて電析を行うが、上記実施例では浴温を65℃にして電析を行っている。このように、スルファミン酸ニッケル濃度を高濃度にすると共に、浴温を従来に比して高温にして電析を行うことにより、従来よりもより高い電流密度を使用した場合でも、焼けめっき等を起こさず安定した膜質のニッケル被膜の形成が可能であったことを確認した。また、ニッケル塩として、硫酸ニッケル6水和物及び塩化ニッケル6水和物を用いるいわゆるワット浴系の浴組成としてもよい。本件発明に係る電気ニッケルめっき浴の具体的な組成をワット浴の浴組成とした場合においても、酢酸をpH緩衝剤として用いることにより、当該電気ニッケルめっき浴のpH変動を抑制し、高い電流密度で電析を行った場合においても安定した膜質のニッケル被膜を形成することができる。この場合も、実験結果から、従来の浴組成に比して、より高濃度に硫酸ニッケル6水和物を含む浴とすることが有効であり、浴温を65℃程度の高温とすることが好ましい。また、本件発明者等の鋭意研究により、酢酸をpH緩衝剤として用いる場合、よりスルファミン酸ニッケル系の浴組成とした方が、より高い電流密度を使用して電析を行うことができるという観点から好ましい。例えば、ワット浴系の浴組成では、100A/dm程度で焼けめっきとなったのに対して、スルファミン酸ニッケル浴系の浴組成とした場合には、上述の通り、150A/dm程度では焼けめっきとはならなかった。しかしながら、浴の具体的な組成は、目的とするニッケル被膜に求められる特性等に応じて適宜選択してよいのは勿論である。
【0093】
さらに、本件発明者等が確認を行ったところ、pH緩衝剤として、プロピオン酸を用いた場合、コンポジット微粒子の共析量は酢酸を用いた場合に比して、さらに増加した。安定した膜質のニッケル被膜を高速に形成するという観点からはpH緩衝剤としてモノカルボン酸の内、酢酸を用いることが好ましい。一方、コンポジット共析を行い、コンポジット共析量をより増加するという観点からはプロピオン酸を用いることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本件発明によれば、水質汚濁防止法の規制対象物質であるホウ酸を含まないホウ酸フリーの電気ニッケルめっき浴を提供することが可能になるため、めっき浴の後処理が容易であり、環境に対する負荷を軽減することができる。また、モノカルボン酸をpH緩衝剤として用いることにより、pH緩衝性の高いめっき浴とすることができる。さらに、pH緩衝剤としてモノカルボン酸を用いることにより、従来に比してニッケル塩濃度を高濃度にすることができ、且つ、高い電流密度で電気めっきを行うことができる。これにより、ニッケル被膜の成膜速度を高速にすることができる。従って、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴は、電鋳分野において好適に適用することができる。さらに、当該電気ニッケルめっき浴を用いることにより、膜厚の均一なニッケル被膜を形成することができる。従って、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を用いて、導体パターンの下地めっきを形成することにより、膜厚の均一な平坦性に優れた導体パターンを形成することができる。従って、本件発明に係る電気ニッケルめっき浴を、プリント配線板等の製造分野において好適に用いることができる。また、導体パターンの平坦性に優れるため、当該導体パターンに電子部品を搭載する際の効率を向上し、且つ、導体パターンと電子部品の端子との電気的接続の信頼性を向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する際に用いる電気ニッケルめっき浴であって、
当該電気ニッケルめっき浴のpHが1.0〜6.0であり、pH緩衝剤としてモノカルボン酸を含むこと、
を特徴とする電気ニッケルめっき浴。
【請求項2】
前記モノカルボン酸として酢酸を用いる請求項1に記載の電気ニッケルめっき浴。
【請求項3】
前記ニッケルめっき浴は、スルファミン酸ニッケル4水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量が以下に示す範囲である請求項1又は請求項2に記載の電気ニッケルめっき浴。
スルファミン酸ニッケル4水和物:10g/L〜1000g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【請求項4】
前記ニッケルめっき浴は、硫酸ニッケル6水和物及びモノカルボン酸を含み、これらの含有量が以下に示す範囲である請求項1又は請求項2に記載の電気ニッケルめっき浴。
硫酸ニッケル6水和物:10g/L〜500g/L
モノカルボン酸: 1g/L〜300g/L
【請求項5】
前記ニッケルめっき浴は、更に塩化ニッケル6水和物を100g/Lの範囲で含む請求項3又は請求項4に記載の電気ニッケルめっき浴。
【請求項6】
電気めっきにより被めっき物にニッケル被膜を形成する電気ニッケルめっき方法であって、
請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の電気ニッケルめっき浴を用いることを特徴とする電気ニッケルめっき方法。
【請求項7】
0.1A/dm〜500A/dmの電流密度で電気めっきを行う請求項6に記載の電気ニッケルめっき方法。
【請求項8】
浴温が15〜100℃の前記電気ニッケルめっき浴を用いる請求項6又は請求項7に記載の電気ニッケルめっき方法。
【請求項9】
請求項6〜請求項8のいずれか一項に記載の電気ニッケルめっき方法により形成された前記ニッケル被膜を備えることを特徴とする電気ニッケルめっき製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−162786(P2012−162786A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−25664(P2011−25664)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月6日〜7日の「表面技術協会第122回講演大会」において文書をもって発表
【出願人】(599141227)学校法人関東学院 (14)
【Fターム(参考)】