説明

電界放出型電子源

【課題】 電界放出型電子源の寿命を延長するために、拡散補給源であるジルコニアの容積あるいは、重量を増すと、拡散補給源自体やタングステン針にダメージを与えやすくなるという課題がある。更なる課題として、上記課題を避けるために拡散補給源を薄膜で形成することも考えられるが、8,000時間を越える実用的な寿命を安定して得ることは困難である。
【解決手段】 拡散補給源の欠けや割れがなく、少量の拡散補給源の増量で寿命を延長可能な電界放出型電子源を提供し、8,000時間を越える実用的な寿命を安定して得ることを明らかにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡、半導体検査装置、オージェ電子分光装置、電子描画装置等に用いられる電子源係り、特に電界放出型電子源の寿命延長技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の走査型電子顕微鏡(canning lectronicroscope)や透過型電子顕微鏡(ransmissionlectronicroscope)は、冷陰極電界放出型もしくは、電界放出型の電子源により構成される電子銃から放出される電子線を加速し、電子レンズで細い電子ビームとし、これを一次電子ビームとして走査偏向器を用いて試料上に走査し、SEMであれば得られる二次電子あるいは反射電子を検出して像を得るものであり、TEMであれば、試料を透過した電子のイメージを撮像するものである。これら電子顕微鏡の電子源には、単結晶タングステン線材の先端を尖らせた針の側面にジルコニアを付着させ、加熱した状態で針先端に電場を与えて電子を放出させる場合がある。これを電界放出型電子源、あるいは、ショットキー電子源という。
【0003】
この電界放出型電子源は、タングステン結晶面(100)上にジルコニウム、酸素を熱拡散により供給し、仕事関数の低い領域を形成するものである。加熱温度は1600Kから1900K程度であり、通常は1700Kから1800Kで使用する。特許文献1では、結晶面(100)をタングステン針先端に設けて、強電場を印加することによりポテンシャル障壁を越える熱電子とトンネル効果によって透過する電子を取り出すことができる。
【0004】
電界放出型電子源の基本構成としては、加熱用タングステンヘアピンに単結晶タングステンの結晶方位(100)を先端にした針をスポット溶接して固定した一部に拡散補給源であるジルコニアを備えたものである。この拡散補給源は、針の先端側から見ると針の周囲に成形される。非特許文献1では、ジルコニアには加熱温度に伴う三種の同素体、すなわち単斜晶、正方晶および立法晶の構造をとることが知られている。特許文献2では、拡散補給源を薄膜で形成することが開示されている。特許文献3では、拡散補給源の成形に、水素化ジルコニウム微粒子を有機溶剤に混ぜた液をスポイトでタングステン針の側周部に付着させ、真空加熱して焼結する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−49065号公報
【特許文献2】特開2003−31170号公報
【特許文献3】特開平6−76731号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D.Steele and B.E.F.Fender, J.Phys. C: Solid State Phys., 7, 1 (1974)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、ヘアピンに通電することによりタングステン針を加熱すると拡散補給源であるジルコニアが消耗し、最終的に消失すると電子放出困難に陥り、寿命となる。電界放出型電子源の寿命を延長する場合、通常では拡散補給源であるジルコニアの容積あるいは、重量を増すことが行われる。しかしながら、次に説明するジルコニアに特徴的な現象により不具合が生じる。
【0008】
特に単斜晶から正方晶への偏移は1100℃(1400K程度)で生じるため、電界放出型電子源の通常加熱温度である1700Kから1800Kに昇温、あるいは加熱を停止して室温に戻す際に偏移温度領域をよぎることとなる。このため、拡散補給源(ジルコニア)の容積変動により、拡散補給源自体やタングステン針にダメージを与えやすくなるという課題がある。
【0009】
これらの電界放出型電子源では、8,000時間を越える実用的な寿命を安定して得ることは困難である。
【0010】
そこで、本発明の目的は、拡散補給源の欠けや割れがなく、少量の拡散補給源の増量で寿命を延長可能な電界放出型電子源を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、拡散補給源の成形形状(厚さ、長さ)を所定の領域に入れた電界放出型電子源を備える。さらに望ましくは,使用する温度ごとに所定の領域を定めた電界放出型電子源を備えることで達成される。
【0012】
所定の領域を決める物理化学的なメカニズムについて説明する。
【0013】
単結晶タングステン針側周面にジルコニアを成形した電界放出型電子源を真空中に配置する。この状態でタングステン針を1800K程度に加熱して酸素あるいは、空気を導入すると、ジルコニア中に酸素原子が取り込まれると同時にタングステン表面に拡散が始まる。この表面拡散は最上面にジルコニウム単原子層があり、その下面に多くの酸素原子とタングステンの共存領域がある。一定量の酸素を取り込むとジルコニアに酸素原子が入り込めなくなると共に、タングステン表面に拡散しているジルコニウムを酸化して取り去っていく反応が顕著になり、逆に拡散を阻害するようになる。この時点で酸素、あるいは空気の導入を停止する。この後しばらく加熱を続けてタングステン針先端の(100)面まで拡散が十分に進むのを待ち、タングステン針先端に電界をかけると電子放出が始まる。これが通常の使用状態であり、この後、安定な電子放出状態が拡散補給源の尽きるまで続くことになる。表面拡散したジルコニウムは蒸発あるいは、周囲にあるガス分子などと酸化還元反応して消失し、ジルコニウムの欠損した穴から酸素が放出されて消費される。消失したジルコニウムの穴は表面拡散してくる新たなジルコニウムによって自立的に修復されるので、大きな欠陥を与えることにはならない。このような現象が断続的に継続して発生するので、ジルコニウムは徐々に消費されていくことになる。このため、寿命を延長するにはジルコニアの容積を大きく取ればよい。
【0014】
そこで本発明は、(1)棒状単結晶タングステンの先端の一端を尖らせ、先端の一端を結晶面(100)とし、その側周部には拡散補給源として所定の厚さおよび長さにジルコニアを成形した針と、針の加熱手段と、サプレッサ電極とを備え、針を加熱して針の先端に電場を与えて電子を放出させる電界放出型電子源において、拡散補給源の長さをLとし、最大厚さをtとしたときにt/L<3/50、且つ最小厚さを10μm以上としたことを特徴とする。
【0015】
(2)拡散補給源の長さLを500μm以上とした拡散補給原を1つまたは複数備えることを特徴とする。
【0016】
(3)拡散補給源の厚さtを40μm以下とすることを特徴とする。
【0017】
(4)拡散補給源を前記針先端から300μm離れた位置から針の他端に向かう方向に成形することを特徴とする。
【0018】
(5)拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状であり、かつ長さが500μm未満である複数の拡散補給源を連結し、連結した拡散補給源の間の隙間を50μm以下としたことを特徴とする。
【0019】
(6)拡散補給源の断面形状最大厚さtが40μm以下の凸状である複数の拡散補給源を連結し、連結部の拡散補給源の最小厚さを10μm以上としたことを特徴とする。
【0020】
(7)拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状である複数の拡散補給源を針側周部に螺旋状に巻きつけ、巻きつけた拡散補給源の隣り合う隙間を50μm以下としたことを特徴とする。
【0021】
(8)拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状で、長さ500μm以上の直線形状であり、針の側周部に複数配置しており、隣り合う拡散補給源の隙間を50μm以下としたことを特徴とする。
【0022】
(9)拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状で、長さ500μm以上の直線形状であり、針の側周部に複数配置しており、隣り合う拡散補給源の最小厚さを10μmとしたことを特徴とする。
【0023】
(10)拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状かつ山型の拡散補給源を針側周部に複数配置しており、複数の密集した拡散補給源の各々の隙間を50μm以下としたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、従来になく少ない拡散補給源の容量で寿命を1800K加熱における連続使用条件で8,000時間以上、かつ拡散補給源(ジルコニア)の欠けや割れが少なく、タングステン針へのダメージの少ない電解放出型電子源(ショットキー電子源)を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の代表的な電子源構成を説明する図である。
【図2】本発明の代表的な構成例の上面から見た構成と形状を説明する図である。
【図3】電界放出型電子源の構成を説明する図である。
【図4】電界放出型電子源のタングステン針の先端部を説明する図である。
【図5】拡散補給源の標準的な断面形状を説明する図である。
【図6】本発明の一実施例を説明する図である。
【図7】本発明のその他の実施例を説明する図である。
【図8】本発明のその他の実施例を説明する図である。
【図9】本発明のその他の実施例を説明する図である。
【図10】ジルコニア拡散補給源の消費特性を説明する図である。
【図11A】ジルコニア拡散補給源の2000K加熱時間と長さ方向の消費特性の関係を示す図である。
【図11B】ジルコニア拡散補給源の2000K加熱時間と容積の関係を説明する図である。
【図12】ジルコニア拡散補給源の厚さと消費長さ、及び容積の関係を説明する図である。
【図13】本発明のジルコニア拡散補給源の形状範囲を説明する図である。
【図14A】本発明のタングステン針とジルコニア拡散補給源とサプレッサ電極の位置関係を説明する平面図である。
【図14B】本発明のタングステン針とジルコニア拡散補給源とサプレッサ電極の位置関係を説明する立面図である。
【図15】本発明のジルコニア拡散補給源の厚さと長さを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明では、ジルコニアの消費される過程から寿命を効率よく延長する手段を明らかにした。
【0027】
2000Kと通常よりも200K程度高い温度に加熱してジルコニアの消費状況を実験的に加速評価した。この評価では、加熱時間hと消耗容積ΔV(全容積V)、1800Kおよび、2000K加熱時に放出するガス量の比Rをそれぞれ測定することで、1800K加熱時の寿命LをL=V/ΔV×h×Rにより推定する。
【0028】
2000K加熱を5時間毎、25時間まで繰り返し、その際の拡散補給源1の形状を記録した結果、図10に示すように拡散補給源1からタングステン表面への供給は主として拡散補給源1であるジルコニアの端部から始まり、その他の部分のジルコニアの厚さはほとんど変化しないことがわかった。さらに、実用的な加熱温度である1800Kで電界をかけて電子放出する条件においても、同様であることを別に実験で確認している。このことから、ジルコニア自体からの蒸発などの消費は少なく、むしろ、ジルコニウムのタングステン表面への拡散のようなジルコニアの端部からの消費が支配的である。
【0029】
以下の3種類のサンプルを用いてジルコニア形状についての検討を行った。基準となる参照サンプルと、ジルコニアの厚さを増してジルコニア容積を2倍としたサンプルをAタイプ、ジルコニアの長さを増して容積を2倍としたサンプルをBタイプと呼ぶ。これら3種類の消費特性を評価した。
【0030】
その結果、図11Aに示すように2000K加熱時間に対する長さ方向の消失は、厚みによらない傾向を示し、2000K加熱時間に対する容積の消失は図11Bに示すように厚い方がより速く消失する傾向があることがわかった。
【0031】
さらに、厚みと消費速度の関係を詳しく検討するために次のような実験を行った。評価したサンプルの加熱前のジルコニア断面はエッジが薄く、中央ほど厚くなっている。そこで、これらのデータを厚みごとの消失量として整理し直したものが図12である。このグラフから、単位時間当たりの消費長さは、厚みが10μmより薄いと増加してしまうが、厚みが10μmを越えると一定値に収束する傾向にあることが明らかになった。一方、単位時間当たりの消費容積は厚みに比例して増加する。したがって、2000K加熱の条件では最低厚さ10μmとすると効率が良く、長寿命な電界放出型電子源となる。この最低厚さは、加熱温度に依存して決まる値であり、1800Kでは6〜8μm、1700Kでは4〜6μmとなることが別に実験で明らかになっている。これは、タングステンとジルコニアの界面では酸化還元反応が発生しているが、ジルコニアが十分厚い場合にはここでの蒸発は顕著でないことを示している。この現象は、ジルコニア中のジルコニウムもしくは、タングステン原子の拡散距離もしくは拡散速度の物理量が温度に依存しており、これに対してジルコニア厚さが十分であればバルクとして振る舞い、ある一定の厚さよりも薄ければここからの蒸発も顕著になってくるものと説明される。
【0032】
ジルコニアをタングステン針の側周部に成形する方法はいくつか知られているが、多くの場合、ジルコニアあるいは、ジルコニウム微粒子、あるいは水素化ジルコニウムを有機溶剤等に混ぜたスラリー状のゼリーを毛筆やスポイトあるいは、シリンジのようなものでタングステン針側周部に付着させ、これを真空状態にて加熱して焼結する。ジルコニウムや水素化ジルコニウムの場合は、この後に酸素ガス中で加熱するなどして酸化する工程がはいる。このような方法では、ジルコニア厚さのばらつきは20〜30μm程度生じうるので、実用的なジルコニア厚さは、1800K加熱では8〜40μm、1700K加熱では6〜40μmといえる。さらに望ましくは、1800K加熱では8〜30μm、1700K加熱では6〜30μmである。この厚さ範囲は、従来の1800Kで寿命8000時間以上の電界放出型電子源に形成されるジルコニア厚さ(60μm程度)よりも薄く、欠けや割れを生じるリスクを格段に下げられるという効果もある。実用的にはジルコニア厚さの最小値を10μmとすると、1700Kから1800Kのいずれの温度でも十分な寿命を確保した上で効率の良いジルコニア容積を有する形状にできる。且つタングステン針へのダメージ低減が可能となる。
【0033】
次に、寿命延長に効果的なジルコニアの長さについて説明する。この長さについて関連する要因は二点挙げられる。一点目はジルコニアに蓄える酸素原子量、二点目は加熱されたタングステン針の温度分布である。
【0034】
一点目の吸収可能な酸素原子の量においては、ジルコニアを焼結のために加熱すると酸素を放出し格子中に欠損が生じる性質があり、酸素が減りすぎると金属ジルコニウムが現れてくる。このため、酸素ガスを導入してジルコニアに戻す必要がある。拡散補給源の周囲に酸素原子を導入してジルコニウムをジルコニアに酸化するのであるが、この効率は表面積が広く薄いほど有利である。ジルコニアの成形形状は薄く長くして表面積を広く取ると寿命延長に有利であるともいえる。このことは、上述の3種類のサンプルを用いた実験のガス比Rをみれば明らかになる。つまり、ガス比Rは1800K加熱時(通常使用温度)に電子源が放出するガスによる圧力増加分と2000K加熱時のものとの比である。2000K加熱時にはタングステン表面に拡散層を形成することは困難となりジルコニアの端から拡散直後にガスとなって消失するので、その時点でジルコニアが供給できる物質の全量を代表する数値となっている。この圧力と実際に使用する温度である1800K加熱時のガス放出による圧力増分との比であるガス比Rは、電子源が保有している酸素原子の数の代表値であるといっても良い。参照サンプルに対して、Aタイプは5倍、Bタイプは6倍ほど高い値が得られている。焼結ジルコニアは多孔質であるためAタイプは厚みが増した分だけ表面積が増大したものと思われる。Bタイプは参照サンプルに対して長さが2倍であり、表面積は2倍になるはずであるがガス比は6倍と大きい。これは先に説明したジルコニウムの酸素ガス導入による酸化でジルコニア化したことに加え、次に説明する現象の現われと考えられる。つまり、参考文献2にあるようにタングステン表面、特にジルコニウムが存在する場合、その界面付近に多量の酸素があることが見出されている。このことから拡散補給源であるジルコニアとタングステンの界面にも酸素が存在するはずで、この領域を広く取ることにより溜め込める単位面積あたりの酸素原子の量は、参照サンプルに対して3倍ほど増加したと思われる。この要因からもタングステンを被う面積を増加することは、寿命延長において極めて有利なジルコニアの成形形状といえる。具体的にはBタイプの場合、ガス比Rが6倍で、拡散補給源長さLが2倍なので、総合的には参照サンプルの6×2倍で12倍もの長寿命を得ることができる。
【0035】
ジルコニア成形長さに関する二点目の観点は、タングステン針2の温度分布である。電界放出型電子源の構造は図3に示したとおり加熱用ヘアピン4にタングステン針2がスポット溶接された構造である。ヘアピン4に一定電流を流し、タングステン針2を加熱するものであるので、針の根元の温度が高く、針先端に向かうほど低くなる。通常は針先端の温度を1700〜1800Kに設定して使用するがその際の根元の温度は、1750〜1880Kであり、根元から先端までの温度分布はほぼ線形に分布する。このため、先端に近づくほど低温になる特徴がある。つまり、図14Bに示すように電界放出型電子源のタングステン針2の先端はサプレッサ電極から250μm程度突き出して固定されるので、ジルコニアはサプレッサ電極3との接触を避けるために、サプレッサ電極3の位置よりもヘアピン側に設けることになる。その位置はタングステン針2の先端から300μm以上とするとよい。
【0036】
ここで、ジルコニアの拡散は温度の影響を大きく受け、高温ほど促進される。高温ほど消費速度が上がるともいえる。したがって、ヘアピン近くに拡散補給源(ジルコニア)を成形すると寿命は短縮され、針先端近くに成形すると寿命を延長できる。
【0037】
ここまでの検討からBタイプがより寿命を延長可能であることが明確になった。具体的な推定寿命は、参照サンプル(拡散補給源長さ350μm)が1800K加熱条件で0.5年、Bタイプ(拡散補給源長さ700μm)は6年、Aタイプ(拡散補給源長さ350μm)は1年であった。さらに、加熱温度を1700Kとした場合の参照サンプルの寿命は3.5年、Bタイプは10年以上、Aタイプは7年であった。
【0038】
長寿命の電界放出型電子源を得るための拡散補給源の形状を規格化した表現であらわすと次のように言える。つまり、図1に示すように拡散補給源1の長さをL、最大厚さをtとすると、t/L<3/50を満たす、薄く長い領域内に拡散補給源を成形すればよい。つまり、図13に示すように、横軸をジルコニア長さL、縦軸をジルコニア最大厚さtとしたときに、ハッチングで示した領域130、つまり、t<3/50×L、且つtの下限値10μmと上限値40μmで囲まれる領域の条件に合うようなジルコニア形状とすればよい。
【0039】
さらに、ジルコニア長さの下限値を500μmとすると、1800K加熱の条件でも8000時間を超える寿命を得ることができるので、より望ましい。この形状をより理解しやすく図示したのが図15である。ジルコニア最小厚さ10μm以上の範囲のジルコニアの長さがL、且つ最大厚さがtである。
【0040】
以下、本発明の実施例について、図面を参照して詳述する。
【実施例1】
【0041】
本実施例では,本発明を用いた電界放出型電子源について詳しく説明する。
【0042】
図1に電界放出型電子源の全体構成を示す。絶縁碍子7に2本固定されたステム6に加熱用ヘアピン4(タングステン)の両端部付近がスポット溶接されている。湾曲させたヘアピン4中央部には単結晶タングステン棒の先端を鋭く尖らせた針2部とは反対側の端がスポット溶接される。この針の先端は、図2に示すように(100)面が開口しており、図3に示すように側周部には、拡散補給源1が成形される。この拡散補給源の詳細については後述する。絶縁碍子7、ステム6、加熱用ヘアピン4、タングステン針2はサプレッサ電極3により覆われる。サプレッサ電極3は、逆向きのカップ型構造でカップ底の中央部分に円形の開口部5がある。この開口部5からタングステン針2の先端部分が突き出すように固定される。
【0043】
拡散補給源1の望ましい形状は図3に示すようにタングステン針2の側周部に厚さのそろった円筒形状に密着させ、その厚みを使用する加熱温度により調整したものである。例えば、1800Kで用いるのであれば8μm、1700Kで使うのであれば6μm。その長さは400μm、望ましくは500μm以上あればよい。実際には成形方法により拡散補給源の厚さにはばらつきが生じるので、そのための工夫が必要である。
【0044】
そこで、拡散補給源1の成形には、ジルコニア微粒子を有機溶媒に混ぜた液をスポイトでタングステン針2の側周部に付着させ、真空加熱して焼結する方法を用いた場合について説明する。このほかの方法である水素化ジルコニウム微粒子を有機溶剤に混ぜた液を同様の方法で付着させてもよい。
【0045】
このような成形方法では、拡散補給源1はタングステン針2の側周部に腹巻状に成形され、その断面形状は図4に示すような山状になる。このため、厚みと長さをある範囲内に入れるために次のような方法を用いた。最大厚さを30μmとして、この際の焼結後の長さを求める。今回の実験では1付着あたりの拡散補給原1の長さは330μmであった。 そこで、長さ600μmを成形するため、図5に示すようにタングステン針側周部に2付着を直列に一部重ねて焼結した。このような方法を取ることにより、所望の領域に最小厚さ10μm、最大厚さ30μmのジルコニアの拡散補給源51を成形することができた。この断面は図5のようになっており、厚さ10〜30μmの間を振幅20μmで2周期持つ。
【0046】
さらに図6に示すように二つの拡散補給源61を50μm以下の隙間を空けて成形した。このような隙間を設けてもほぼ同等な寿命延長効果が得られる。さらに加えて、従来よりも厚さが薄いジルコニアを形成することにより加熱によるジルコニアの容積変動(熱膨張、結晶構造の変移)に起因する欠けや割れ、タングステン針2へのダメージなどが軽減される効果がある。
【0047】
拡散補給源51、61はタングステン針2の側周部に成形されるが、その位置はタングステン針2の先端から300μm離れた位置から600μmにわたる領域である。この位置は図1に示したサプレッサ電極の開口部5よりも下側であり、露出したタングステン針2の先端には至らない。図14A、14Bに拡大した図を示す。図14Aはタングステン針2先端側からサプレッサ電極3を見た平面図である。図14Bはタングステン針2の長手方向を望む立面図である。タングステン針2の露出部分まで含めた針側周部に拡散補給源51、61を配置することもできるが、サプレッサ電極3との接触が起こって拡散補給源51、61の欠けや異物発生が起こる確率が増すため、望ましくは拡散補給原51、61は開口部5から外側には露出させないほうがよい。したがって、拡散補給源51、61はタングステン針2の先端から300μm以上離れた位置になるように形成する。
【0048】
このように成形したタングステン針2にサプレッサ電極3を所定の位置に位置決め後に固定して電界放出型電子源を構成した。このように構成した電界放出型電子源を電子銃に設置して、1800Kに加熱して所定の引出し電圧をかけてタングステン針2の先端に所定の電場をかけたところ、正常に電子放出し、8,000時間を越えて安定した電子放出を継続した。また、拡散補給源51,61の割れや欠けを生じることはなかった。
【0049】
本実施例の拡散補給源の成形による電子源の加熱温度を1700Kで使用することが予め決められているのであれば、最小厚さは、6μmとすることができる上、10年間を越える極めて長い寿命を得ることが明らかになった。
【実施例2】
【0050】
本実施例においては、実施例1とは異なる拡散補給源の成形形状について説明する。
【0051】
実施例1と同様にジルコニア微粒子を有機溶媒に混ぜた液をスポイトでタングステン針側周部に付着させる際に、図7に示すようにタングステン針2を軸方向を中心に回転させると同時にスポイトをタングステン針2の軸方向に走査し、螺旋形状に成形させる。このときに隣り合う拡散補給源9の隙間をつくらずタングステン面が露出せずに最低厚さ10μmを維持するように走査しても良いし、隙間を50μm以下となるように走査してもよい。この後に真空焼結すればよい。
【0052】
さらに、図8に示すようにタングステン針の軸方向に倣って直線状に付着させ、その隣にさらに一列、さらに隣に一列と、タングステン針側周部を被うまで繰り返しても良い。このときに50μm以下で隙間を設けてもよいし、設けずに最低厚さ10μmとなるように重ね合わせても良い。
【0053】
その他、図9に示すように山形の凸形状を複数個成形しても良い。各拡散補給源間の隙間に関しては、今まで述べてきた実施例と同様に、50μm以下であれば隙間を空けても良いし、最低厚さが10μmになるように重ね合わせても良い。
【0054】
以上示した形状の他にも様々な成形例がありうるが、リング状、筋状等どのような形状であってもよく、本発明が示す領域内であれば同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0055】
1、51、61…拡散補給源、2…タングステン針、3…サプレッサ電極、4…ヘアピン、5…サプレッサ電極の開口部、6…ステム、7…絶縁碍子、8…拡散補給源、9…拡散補給源、10…拡散補給源,11…拡散補給源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
棒状単結晶タングステンの先端の一端を尖らせ、該先端の一端を結晶面(100)とし、その側周部には拡散補給源として所定の厚さおよび長さにジルコニアを成形した針と、該針の加熱手段と、サプレッサ電極とを備え、
該針を加熱して該針の先端に電場を与えて電子を放出させる電界放出型電子源において、前記拡散補給源の長さをLとし、前記拡散補給源の最大厚さをtとしたときに、t/L<3/50で、且つ前記拡散補給源の長さは、前記拡散補給源の厚さが10μm以上の範囲としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項2】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の長さLを500μm以上とした前記拡散補給源を1つまたは複数備えることを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項3】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の最大厚さtを40μm以下とすることを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項4】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源を前記針先端から300μm離れた位置から前記針の他端に向かう方向に成形することを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項5】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状の形状であり、かつ前記拡散補給源の長さが500μm未満である複数の前記拡散補給源を連結し、前記連結した拡散補給源の間の隙間を50μm以下としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項6】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状最大厚さtが40μm以下の凸状である複数の前記拡散補給源を連結し、前記連結部の拡散補給源の最小厚さを10μm以上としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項7】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状の最大厚さtが40μm以下の凸状である複数の前記拡散補給源を前記針側周部に螺旋状に巻きつけ、前記巻きつけた拡散補給源の隣り合う隙間を50μm以下としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項8】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状の最大厚さが40μm以下の凸状で、長さ500μm以上の直線形状であり、前記針の側周部に複数配置しており、隣り合う前記拡散補給源の隙間を50μm以下としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項9】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状の最大厚さが40μm以下の凸状で、長さ500μm以上の直線形状であり、前記針の側周部に複数配置しており、隣り合う前記拡散補給源の最小厚さを10μm以上としたことを特徴とする電界放出型電子源。
【請求項10】
請求項1に記載の電界放出型電子源において、前記拡散補給源の断面形状の最大厚さが40μm以下の凸状かつ山型の拡散補給源を前記針側周部に複数配置しており、複数の密集した前記拡散補給源の各々の隙間を50μm以下としたことを特徴とする電界放出型電子源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11A】
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【図11B】
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【図12】
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【図13】
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【図14A】
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【図14B】
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【図15】
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【図9】
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