説明

電磁波放射装置

【課題】S波及びP波の両方に共鳴を生じさせスペクトル幅の狭い電磁波を放射する電磁波放射装置を提供する。
【解決手段】電磁波放射体が加熱機構に加熱され、電磁波放射体の放射面から電磁波が放射される。放射面には周期構造が露出する。周期構造においては、単位構造が周期方向に周期的に配列される。単位構造の各々は、負誘電率部及び正誘電率部を備える。負誘電率部の複素比誘電率の実部は負である。正誘電率部の複素比誘電率の実部は正である。負誘電率部及び正誘電率部は周期方向に交互に配列される。放射面における実効的な波長λeが周期構造の周期Pに一致する電磁波を考え負誘電率部の表皮厚Δを当該電磁波の電界の法線方向振動成分の強度が表面の1/10に低下するまでの厚さと定義した場合に正誘電率部の幅Tがλe/2≦T≦P−Δを満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波放射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属等からなる構造物が加熱された場合は、黒体放射により構造物の表面から電磁波が放射される。放射される電磁波の波長は、プランクの法則に従って広範囲に分布する。この電磁波の放射は、赤外線ランプ、白熱電球等において利用される。
【0003】
しかし、特許文献1及び2に示すように、周期構造が構造物の表面に露出する場合は、周期構造により電磁波の共振器が形成され、周期構造の周期の自然数分の1の波長を持つ電磁波が共振器に共鳴する。このため、周期構造が表面に露出する構造物が加熱された場合は、周期構造に共鳴する波長のスペクトル幅が狭い電磁波が構造物の表面から放射される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−324126号公報
【特許文献2】国際公開第2007/139022号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の技術においては、S波及びP波の両方に共鳴を生じさせることが困難である。
【0006】
本発明は、この問題を解決するためになされる。本発明の目的は、S波及びP波の両方に共鳴を生じさせスペクトル幅の狭い電磁波を放射する電磁波放射装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、電磁波放射装置に向けられる。
【0008】
本発明の第1の局面においては、電磁波放射体が加熱機構に加熱され、電磁波放射体の放射面から電磁波が放射される。放射面には周期構造が露出する。周期構造においては、単位構造が周期方向に周期的に配列される。単位構造の各々は、正誘電率部及び負誘電率部を備える。正誘電率部の複素比誘電率の実部は正である。負誘電率部の複素比誘電率の実部は負である。負誘電率部及び正誘電率部は周期方向に交互に配列される。放射面における実効的な波長λeが周期構造の周期Pに一致する電磁波が考えられ、負誘電率部の表皮厚Δが当該電磁波の電界の法線方向振動成分の強度が表面の1/10に低下するまでの厚さと定義される。この場合は、正誘電率部の幅Tがλe/2≦T≦P−Δを満たす。
【0009】
本発明の第2の局面は、本発明の第1の局面にさらなる事項を付加する。本発明の第2の局面においては、正誘電率部の各々により共振器が形成される。周期構造の周期は、共振器の共鳴周波数の電磁波の放射面における実効的な波長に一致する。
【0010】
本発明の第3の局面は、本発明の第2の局面にさらなる事項を付加する。本発明の第3の局面においては、電磁波放射体が基体部をさらに備える。基体部の複素比誘電率の実部は負である。負誘電率部は、基体部から突出し周期方向に垂直な方向へ延在する線状突起である。正誘電率部は、周期方向に垂直な方向に延在する線状溝である。線状溝は、共鳴周波数の電磁波が共鳴する幅及び深さを持つ。2個の負誘電率部及び基体部により囲まれた正誘電率部の各々により共振器が形成される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、S波及びP波の両方が正誘電率部に侵入し、S波及びP波の両方に共鳴が生じ、スペクトル幅が狭い電磁波が放射される。
【0012】
本発明の第2及び第3の局面によれば、周期構造及び正誘電率部の各々により形成される共振器の両方に電磁波が共鳴し、スペクトル幅が狭い電磁波が放射される。
【0013】
これらの及びこれら以外の本発明の目的、特徴、局面及び利点は、添付図面とともに考慮されたときに下記の本発明の詳細な説明によってより明白となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】電磁波放射装置の斜視図である。
【図2】電磁波放射装置の断面図である。
【図3】電磁波放射体の断面図である。
【図4】電磁波放射体の断面図である。
【図5】電磁波の進行方向、電界方向及び磁界方向を示す断面図である。
【図6】電磁波の進行方向、電界の分布及び電界の節を示す断面図である。
【図7】共鳴の形を示す模式図である。
【図8】電磁波放射体の断面図である。
【図9】電磁波放射体の設計の手順を示すフローチャートである。
【図10】共鳴スペクトルを示すグラフである。
【図11】共鳴スペクトルを示すグラフである。
【図12】共鳴周波数の深さ依存性を示すグラフである。
【図13】共鳴スペクトルを示すグラフである。
【図14】共鳴スペクトルを示すグラフである。
【図15】スペクトル幅の深さ依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(電磁波放射装置の概略)
図1及び図2の模式図は、電磁波放射装置の望ましい実施形態を示す。図1は斜視図である。図2は断面図である。図3の模式図は、電磁波放射体の断面を示す。
【0016】
図1及び図2に示すように、電磁波放射装置1000は、電磁波放射体1002及び加熱機構1004を備える。電磁波放射装置1000は「輻射光源」「波長選択エミッター」等とも呼ばれる。
【0017】
(電磁波放射体)
電磁波放射体1002は、電磁波を放射する構造物である。図1から図3までに示すように、電磁波放射体1002の放射面1006には、周期構造1008が露出する。周期構造1008においては、単位構造1010が周期方向D1に周期的に配列され、1次元格子が形成される。単位構造1010の各々は、負誘電率部1012及び正誘電率部1014を備える。負誘電率部1012は負の誘電率を持つ。正誘電率部1014は正の誘電率を持つ。負誘電率部1012の各々の内部における誘電率は、典型的には均一であるが、不均一であってもよい。正誘電率部1014の各々の内部における誘電率は、典型的には均一であるが、不均一であってもよい。周期構造1008は、典型的には平面に形成されるが、円周面等の非平面に形成されてもよい。例えば、白熱電球のフィラメントの表面に周期構造1008が形成されてもよい。
【0018】
負誘電率部1012は、基体部1016から突出し周期方向D1に垂直な方向D2に延在する線状突起である。正誘電率部1014は、方向D2に延在する線状溝である。基体部1016は、負の誘電率を持つ。負誘電率部1012の材質及び基体部1016の材質は、典型的には同じであるが、異なってもよい。基体部1016は、周期方向D1及び方向D2に平行に面状に広がる。
【0019】
負誘電率部1012及び正誘電率部1014は、周期方向D1に交互に配列される。正誘電率部1014は、隣接する2個の負誘電率部1012の間隙である。間隙が誘電体で満たされ、誘電体で満たされた間隙が正誘電率部1014とされてもよい。誘電体は、気体、液体及び固体のいずれでもよい。2個以上の負誘電率部が単位構造の各々に設けられてもよい。2個以上の正誘電率部が単位構造の各々に設けられてもよい。
【0020】
(負の誘電率及び正の誘電率)
複素比誘電率εcは、屈折率n及び消衰定数κを用いて、式(1)であらわされる。
【0021】
【数1】

【0022】
物が負の誘電率を持つとは、その物の複素比誘電率εcの実部n2−κ2が負であることを意味する。消衰係数κが屈折率nより大きい場合に複素比誘電率εcの実部は負になる。
【0023】
負の誘電率を持つ物質は、金属、合金等の導電体である。望ましくは、負の誘電率を持つ金属として金(Au)が用いられる。金には、酸化されにくいという利点がある。金に代えて、アルミニウム(Al)、銅(Cu)又は銀(Ag)が用いられてもよい。これらの金属には、導電性が良好であり、理想金属に近いという利点がある。金に代えて、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)又はオスミウム(Os)が用いられてもよい。これらの金属には、熱的性質及び化学的性質が良好であり、高温でも酸化されにくく、接触する物と反応しにくいという利点がある。
【0024】
物が正の誘電率を持つとは、その物の複素比誘電率εcの実部n2−κ2が正であることを意味する。消衰係数κが屈折率nより小さい場合に複素比誘電率εcの実部は正になる。
【0025】
正の誘電率を持つ物質は、空気等の透明な誘電体である。真空の誘電率は1であり、真空は正の誘電率を持つ。空気の誘電率は、ほぼ1とみなしてよい。空気及び真空は、全ての波長帯において、正の誘電率を持つ望ましい物質である。望ましくは、正の誘電率を持つ物質として、赤外域においてはSi(屈折率3.48)、SiOx(屈折率1.4〜3.48)又はAl23(屈折率1.8)が用いられ、波長400〜800nmの可視域においてはGaAs(屈折率3.3)、Si(屈折率3.7)、Ta25(屈折率2.5)又はSiOx(屈折率1.4〜3.7)が用いられる。これらに代えて、ダイヤモンド、III-V族半導体、II-VI族半導体、炭化シリコン(SiC)、フッ化カルシウム(CaF)、窒化シリコン(Si34)又は酸化チタン(TiO2)が用いられてもよい。ダイヤモンドは、可視域の全体において用いられる。III-V族半導体には、AlGaAS、GaN、GaAsP、GaP、InGaN、AlGaInP等がある。AlGaASは、近赤外域及び赤色域において用いられる。GaNは、緑色域及び青色域において用いられる。GaAsPは、赤色域、橙色域及び青色域において用いられる。GaPは、赤色域、黄色域及び緑色域において用いられる。InGaNは、青緑色域及び青色域において用いられる。AlGaInPは、橙色域、黄緑色域、黄色域及び緑色域において用いられる。II-VI族半導体には、ZnSe等がある。ZnSeは、青色域において用いられる。屈折率の選択の範囲を広げるために、TiO2、SiN、ZnS等の複数の物質が組み合わされて用いられてもよく、フォトニック結晶構造を持つ材料が用いられてもよい。間隙も正誘電率部1014となりうる。間隙は、真空であってもよく、外部に開放されて空気(大気)に満たされてもよく、空気以外の物質で満たされてもよい。
【0026】
(実効的な波長)
電磁波の実効的な波長λeは、電磁波が存在する場所の屈折率により決まる。また、電磁波が周期構造1008に共鳴する場合は、正誘電率部1014及び放射面1006の近傍に共鳴する電磁波の大部分が存在する。このため、実効的な波長λeは、正誘電率部1014の屈折率、放射面1006の近傍の屈折率及び正誘電率部1014が周期構造1008に占める割合に依存する。
【0027】
例えば、電磁波放射体1002が真空中に設置され、正誘電率部1014が真空の間隙であり、放射面1006の近傍が真空である場合は、実効的な波長λeは、真空中の波長λ0に一致する。
【0028】
電磁波放射体1002が空気中に設置され、正誘電率部1014が空気で満たされた間隙であり、放射面1006の近傍が空気で満たされる場合は、実効的な波長λeは、真空中の波長λ0に一致するとみなしてよい。
【0029】
図4の模式図(断面図)に示すように放射面1006が屈折率nの被覆物1018で被覆され、正誘電率部1014が屈折率nの被覆物1018で満たされた間隙であり、放射面1006の近傍が屈折率nの被覆物1018で満たされる場合は、実効的な波長λeは、真空中の波長λ0を屈折率nで除する(λ0/n)ことにより得られる。電磁波放射体1002が屈折率nの気体中又は液体中に設置される場合も同じである。
【0030】
フォトニック結晶構造等の微細構造が放射面1006に設けられ、実効的な波長λeが真空中の波長λ0からずれる場合もある。この場合は、放射面1006における実効的な屈折率nが数値計算等により求められる。実効的な波長λeは、真空中の波長λ0を実効的な屈折率nで除する(λ0/n)ことにより得られる。
【0031】
(周期構造の周期)
周期構造1008は、特定の波長の電磁波と共鳴する共振器となる。周期構造1008の周期Pは、目標とする発光ピーク周波数Fの電磁波の放射面における実効的な波長λeに一致させられる。これにより、電磁波放射体1002が加熱された場合は、発光ピーク周波数Fにおいて分光放射輝度が極大になるスペクトル幅が狭い電磁波が放射面1006から放射される。
【0032】
(微小共振器)
正誘電率部1014の各々は、放射面1006に向けて開かれた開口1020と基体部1016により閉鎖された底1022とを有し、2個の負誘電率部1012に挟まれる。基体部1016とは称しがたい構造物により底1022が閉塞されてもよい。2個の負誘電率部1012及び基体部1016に三方を囲まれ負の誘電率を持つ壁体に囲まれる正誘電率部1014の各々は、特定の周波数の電磁波を閉じ込め特定の周波数の電磁波と共鳴する共振器(以下では「微小共振器」という。)となる。望ましくは、微小共振器の共鳴周波数Fresは発光ピーク周波数Fに一致させられる。これにより、発光ピーク周波数Fの電磁波が周期構造1008及び微小共振器の両方に共鳴し、スペクトル幅が狭い電磁波が放射される。ただし、微小共振器の共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致しない場合もスペクトル幅が狭い電磁波を放射するという電磁波放射装置1000の効用が完全に失われるわけではない。
【0033】
(正誘電率部の幅)
図5の模式図は、電磁波の進行方向、電界の方向及び磁界の方向を示す。図6の模式図は、電磁波の進行方向、電界の分布及び電界の節となる波面を示す。図5及び図6は、断面図である。
【0034】
放射面1006から放射される電磁波は、S波及びP波に分類される。周期構造1008への電磁波の共鳴を強くするためには、S波及びP波の両方を正誘電率部1014へ侵入させることが望まれる。
【0035】
図5には、放射面1006となす角がθである方向D3へ電磁波が進行する場合のS波及びP波の電界E及び磁界Hの方向が示される。図5に示すように、S波の電界E及びP波の電界Eは、いずれも、放射面1006に平行な接線方向振動成分を含みうる。
【0036】
一方、負誘電率部1002の内部においては電子が容易に振動するので、電磁波が周期構造1008に安定して共鳴するためには、負誘電率部1006の表面において電磁波の電界が接線方向振動成分を含まないことが求められる。
【0037】
このため、放射面1006の近傍に電磁波が存在するためには、放射面1006の近傍の誘電率の振動の位相と電界の振動の位相とが整合しなければならず、電界の節となる波面1100の位置が図6に示すように微小共振器の表面の位置(負の誘電率を持つ壁体の内面の位置)に一致しなければならない。
【0038】
電界の振動の周期は、放射面1006における実効的な波長λeに一致し、波面1100が放射面1006となす角は0〜90°の範囲内にある。したがって、電界Eの節となる波面1100の位置が微小共振器の表面の位置に一致する条件は、0以上の整数mを用いて、式(2)であらわされる。
【0039】
【数2】

【0040】
式(3)の条件が満たされる場合は、特定のなす角θで放射面1006の近傍の誘電率の振動の位相と電界の振動の位相とが整合し、S波及びP波の両方が正誘電率部1004へ侵入しやすくなり、電磁波の周期構造1008及び微小共振器への共鳴が強くなる。
【0041】
【数3】

【0042】
また、正誘電率部1014に電界が閉じ込められるためには、正誘電率部1014を挟む負誘電率部1012の幅P−Tが表皮厚Δ以上でなければならない。表皮厚Δは、光学分野において慣用されているように、電磁波の電界の法線方向振動成分の強度が負誘電率部1012の表面の1/10に低下するまでの厚さと定義される。
【0043】
表皮厚Δは、負誘電率部1012の消衰係数κを用いて、式(4)であらわされる。
【0044】
【数4】

【0045】
発光ピーク周波数F及び負誘電率部1012の材質が決定された場合は、式(4)から表皮厚Δが求められる。例えば、発光ピーク周波数Fが60THzであり、負誘電率部1012が金からなる場合を考える。この場合は、真空中の波長λ0が5μmであり、金の複素比誘電率εcが−1284+i252であることため、式(4)から表皮厚Δは25nmであると求められる。
【0046】
式(3)及び負誘電率部1012の幅W=P−Tが表皮厚Δ以上でなければならないことから、S波及びP波の両方が正誘電率部1014に侵入する条件は、式(5)であらわされる。
【0047】
【数5】

【0048】
式(5)の条件が満たされる場合は、S波及びP波の両方が正誘電率部1014へ侵入し、S波及びP波の両方のスペクトル幅が狭くなる。
【0049】
(微小共振器への共鳴)
方向D2に垂直な断面における正誘電率部1014の断面形状(以下では単に「断面形状」という。)が矩形である場合は、正誘電率部1014の幅T及び深さD、光速c、正誘電率部1014の屈折率n、幅方向の共鳴次数m、深さ方向の共鳴次数l並びに開放端の補正項Δφを用いて、微小共振器の共鳴周波数Fresは、式(6)であらわされる。正誘電率部1014の幅Dは、周期方向D1についての正誘電率部1014の寸法である。正誘電率部1014の深さDは、周期方向D1及び方向D2に垂直な方向についての正誘電率部1014の寸法である。正誘電率部1014の深さDは、開口1020から底1022までの距離である。
【0050】
【数6】

【0051】
式(6)は、負誘電率部1012及び基体部1016の表面において電界の接線方向成分が零になること及び開口1020の近傍に電界の腹が位置するという共鳴条件から導かれる。共鳴次数m及びlによって共鳴の形は定義される。補正項Δφは、開口1020からの電界の腹の実効的なずれを反映し、数値計算により求められる。
【0052】
正誘電率部1014の幅T及び深さDは、共鳴次数m及びlの組み合わせのいずれかにおいて共鳴周波数Fresが目標とする発光ピーク周波数Fに一致するように決定される。
【0053】
(共鳴の形)
図7の模式図は、共鳴次数mが0又は1であり、共鳴次数lが1又は2である場合の共鳴の形を示す。図7には、電界の腹が明るい部分になり電界の節が暗い部分になるように正誘電率部1014の内部における電界の分布が描かれる。
【0054】
(正誘電率部の幅及び深さ)
図8の模式図(断面図)に示すように正誘電率部1014の断面形状が台形であってもよい。正誘電率部1014の断面形状が台形である場合は、正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の深さDが定義される。正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の深さDは、共鳴次数m及びlの組み合わせのいずれかにおいて共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致するように決定される。
【0055】
より一般的には、正誘電率部1014の幅が一定でない場合は正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の深さDが定義される。正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の深さDは、共鳴次数m及びlの組み合わせのいずれかにおいて共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致するように決定される。
【0056】
正誘電率部1014の深さが一定でない場合は正誘電率部1014の幅T及び正誘電率部1014の平均的な深さDが定義される。正誘電率部1014の幅T及び正誘電率部1014の平均的な深さDは、共鳴次数m及びlの組み合わせのいずれかにおいて共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致するように決定される。
【0057】
正誘電率部1014の幅及び深さが一定でない場合は正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の平均的な深さDが定義される。正誘電率部1014の平均的な幅T及び正誘電率部1014の平均的な深さDは、共鳴次数m及びlの組み合わせのいずれかにおいて共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致するように決定される。
【0058】
正誘電率部1014の断面形状が与えられた場合の微小共振器の共鳴周波数Fresは、例えば、有限差分時間領域法(FDTD)法等により計算される。
【0059】
(加熱機構)
加熱機構1004は、電磁波放射体1002に熱エネルギーを与え、電磁波放射体1002を加熱する。加熱機構1004は、セラミックヒーター、加熱コイル、レーザー加熱機構、マイクロ波加熱機構等である。加熱機構1004が、電磁波放射体1002に電流を流し電磁波放射体1002を発熱させる機構であってもよい。電磁波放射体1002は、望ましくは、プランクの法則から導かれる分光放射輝度が極大になる周波数が発光ピーク周波数Fに近づく温度にまで加熱され、さらに望ましくは、プランクの法則から導かれる分光放射輝度が極大になる周波数が発光ピーク周波数Fに一致する温度にまで加熱される。
【0060】
(電磁波放射体の設計の手順)
図9のフローチャートは、電磁波放射体の設計の手順を示す。
【0061】
(発光ピーク周波数の設定)
電磁波放射体1002の設計においては、目標とする発光ピーク周波数Fが設定される(ステップS101)。発光ピーク周波数Fは、望ましくは、電磁波放射体1002から放射される電磁波が赤外光又は可視光となるように設定される。
【0062】
(実効的な波長の決定)
発光ピーク周波数Fが設定された後に、放射面1006における発光ピーク周波数Fの光の実効的な波長λeが決定される(ステップS102)。
【0063】
(周期の決定)
実効的な波長λeが決定された後に、周期Pが決定される(ステップS103)。周期Pは、実効的な波長λeに一致させられる。これにより、発光ピーク周波数Fの光が周期構造1008に共鳴する。
【0064】
(表皮厚の決定)
実効的な波長λeが決定された後に、表皮厚Δが決定される(ステップS104)。表皮厚は、式(4)から求められる。
【0065】
(正誘電率部の幅の範囲の決定)
表皮厚Δが決定された後に、正誘電率部1014の幅Tの範囲が決定される(ステップS105)。正誘電率部1014の幅Tの範囲は、式(5)から求められる。
【0066】
(正誘電率部の幅及び深さの決定)
正誘電率部1014の幅Tの範囲が決定された後に、微小共振器の共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致し正誘電率部1014の幅Tが決定された範囲内になるように正誘電率部1014の幅T及び深さDが決定される(ステップS106)。微小共振器の共鳴周波数Fresを発光ピーク周波数Fに一致させることが省略されてもよい。
【0067】
正誘電率部1014の幅T及び深さDが与えられた場合の共鳴周波数Fresは、式(6)から求められる。より正確な共鳴周波数Fresを求めるために、数値計算が併用されてもよい。数値計算のみから共鳴周波数Fresが求められてもよい。
【0068】
数値計算が併用される場合は、様々な周波数の光を含む広帯域光で1個の微小共振器が励振される数値計算モデルが作成され、共鳴が発生する周波数が特定される。数値計算法には、FDTD法、厳密結合波解析法(RCWA)法、有限要素法等がある。また、式(6)から求められた結果を数値計算により求められた結果にフィッティングすることにより、補正項Δφが決定される。例えば、補正項Δφの候補値を変化させながら式(6)から求められた結果と数値計算により求められた結果とが比較され、式(6)から求められた結果と数値計算により求められた結果とが最も近づく候補値が補正項Δφの値として採用される。
【0069】
望ましくは、正誘電率部1014の深さDは、実効的な波長λeの1/2倍以上に決定される。これにより、正誘電率部1014に電磁波がさらに侵入しやすくなる。
【0070】
この設計の手順により、S波及びP波の両方が正誘電率部1014に侵入し、S波及びP波の両方に共鳴が生じ、スペクトル幅の狭い電磁波が放射される。
【0071】
(電磁波放射体の設計の変更の手順)
負誘電率部1012及び正誘電率部1014の材質が同一のまま正誘電率部1014の幅T及び深さDがγ倍になった場合は共鳴周波数Fresが1/γ倍になる。このことは、式(6)から導かれる。また、共鳴周波数Fresが1/γ倍になった場合は、実効的な波長λeはγ倍になる。したがって、発光ピーク周波数Fにおける設計が既に存在する場合は、正誘電率部1014の幅TをT/γへ置き換え、正誘電率部1014の深さDをD/γへ置き換え、周期PをP/γへ置き換えることにより、発光ピーク周波数γFにおける設計が完了する。より一般的には、発光ピーク周波数Fにおける設計が既に存在する場合は、周期構造1008の断面形状を相似拡大又は相似縮小することにより、発光ピーク周波数γFにおける設計が完了する。したがって、第1の発光ピーク周波数における設計が存在する場合は、第2の発光ピーク周波数における設計が第1の発光ピーク周波数における設計から容易に得られる。
【0072】
より一般的に説明すると、負誘電率部1012及び正誘電率部1014の材質が決定された場合は、発光ピーク周波数Fと共鳴周波数Fresとが一致する正誘電率部1014の幅T及び深さDの比率が式(2)により決定される。設計の変更においては、当該比率が維持され、正誘電率部1014の幅T及び深さDが倍率γで除される。また、周期Pも倍率γで除される。これにより、発光ピーク周波数Fがγ倍になる。
【0073】
(設計例1)
設計例1は、上記の電磁波放射体の設計の手順に従った設計に関する。設計例1においては、共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致していない。
【0074】
設計例1においては、発光ピーク周波数Fが60THzに設定される。設計例1においては、負誘電率部1012及び基体部1016が金からなり、電磁波放射体1002が空気中に設置され、正誘電率部1014が空気で満たされた間隙であり、放射面1006の近傍が空気で満たされる場合が検討される。
【0075】
金の複素比誘電率εcは、60THzにおいて、−1284+i252である。金の複素比誘電率εcの虚部から理解されるように、金の導電率は60THzにおいて1×106S/mであり、金は60THzにおいて理想金属であるとみなしてよい。
【0076】
60THzの光の真空中の波長λ0は5μmである。
【0077】
空気の複素比誘電率εcは、任意の周波数において、1であるとみなしてよい。また、電磁波放射体1002が空気中に設置され、正誘電率部1014が空気で満たされた間隙であり、放射面1006の近傍が空気で満たされる場合が検討されているので、放射面1006における60THzの光の実効的な波長λeは5μmに決定される。したがって、周期Pは5μmに決定される。
【0078】
表皮厚Δは、0.025μmに決定され、正誘電率部の幅Tの範囲は2.5μm≦T≦5−0.025μmに決定される。
【0079】
正誘電率部の幅Tは、2.5μm≦T≦5−0.025μmの範囲内から選択され、2.6μmに決定される。また、正誘電率部の深さDは、正誘電率部1014に電磁波を侵入しやすくするため、実効的な波長λeの1/2倍以上である5.2μmに決定される。
【0080】
図10のグラフは、設計例1及び比較例のS波の共鳴スペクトルを示す。図11は、設計例1のP波の共鳴スペクトルを示す。図10及び図11のグラフには、電磁波の強度(縦軸)の波長(横軸)への依存性が示される。比較例1においては、正誘電率部の幅Tが2.5μm≦T≦5−0.025μmの範囲外の1.0μmに変更されている。電磁波の強度は、RCWA法により計算される。電磁波の強度がFDTD法、有限要素法等により求められた場合もほぼ同じ結果が得られる。
【0081】
図10に示すように、比較例においてはS波に共鳴が生じないが、設計例1においてはS波に共鳴が生じる。また、図11に示すように、設計例1においてはP波にも明確な共鳴が生じる。すなわち、設計例1においてはS波及びP波の両方に共鳴が生じる。
【0082】
(設計例2)
設計例2は、上記の電磁波放射体の設計の手順に従った設計に関する。設計例2は、正誘電率部1004の深さDが2.7μmに変更され共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fに一致する点が設計例1と異なる。
【0083】
設計例2においては、設計例1と同じように、発光ピーク周波数Fが60THzに設定される。また、光の実効的な波長λeが5μmに決定され、周期Pが5μmに決定される。さらに、表皮厚Δが0.025μmに決定され、正誘電率部の幅Tの範囲が2.5μm≦T≦5−0.025μmに決定される。
【0084】
図12のグラフは、共鳴周波数Fres(縦軸)の正誘電率部1014の深さD(横軸)への依存性を示す。図12のグラフには、正誘電率部1014の幅Tが2.6μmに固定され正誘電率部1014の深さDが変化させられた場合の共鳴周波数Fresの変化が示される。図12のグラフには、FDTD法により計算された共鳴周波数Fresが点で示され、式(6)から計算された共鳴周波数Fresが線で示される。式(6)から求められた共鳴周波数Fresは、FDTD法により求められた共鳴周波数Fresにフィッティングされ、補正項Δφは−150°に設定される。
【0085】
図12のグラフからは、正誘電率部1014の深さDにより共鳴周波数Fresが制御されることが理解される。また、図12のグラフからは、正誘電率部1014の幅Tが2.6μmである場合は、共鳴周波数Fresを発光ピーク周波数の60THzに一致させることができる共鳴モードのひとつは、共鳴次数mが0であり共鳴次数lが2であるFres[0,2]であることが理解される。さらに、図12のグラフからは、正誘電率部1014の幅Tが2.6μmである場合は、共鳴周波数Fresが発光ピーク周波数Fの60THzに一致するのは、正誘電率部1014の深さDが2.7μmである場合であることが理解される。したがって、正誘電率部1014の幅Tは2.6μmに決定され、正誘電率部1014の深さDは2.7μmに決定される。
【0086】
図13及び図14のグラフは、設計例2の共鳴スペクトルを示す。図13はS波の共鳴スペクトルを示す。図14はP波の共鳴スペクトルを示す。図13及び図14のグラフには、吸収率(縦軸)の波長(横軸)への依存性が示される。吸収率は、RCWA法により計算される。RCWA法による吸収率の計算においては、無限個の単位構造1010が周期的に配列された電磁波放射体1002の放射面1006に垂直に様々な周波数の光を含む広帯域光が照射される数値計算モデルが作成され、方向D2に偏光する光の吸収率が計算される。
【0087】
図13に示すように、設計例2のS波の共鳴スペクトルにおいては、スペクトル波長幅(半値全幅)は1.85μmとなり、発光ピーク波長は5μmとなった。図14に示すように、設計例2のP波の共鳴スペクトルにおいては、スペクトル波長幅(半値全幅)は0.005μmとなり、発光ピーク波長は5μmになった。
【0088】
共鳴の鋭さは、発光ピーク波長をスペクトル波長幅で除した値であるQ値で表される。設計例2のS波の場合は、Q値は2.7である。設計例2のP波の場合は、Q値は1000である。
【0089】
比較のために、国際公開第2007/139022号の図52から図54までのグラフに示された共鳴スペクトルから求められたQ値を表1に示す。
【0090】
【表1】

【0091】
国際公開第2007/139022号の電磁波放射体においては、S波の共鳴は生じない。また、表1に示すP波のQ値は、16〜31であり、設計例2より著しく小さい。すなわち、設計例2においては、S波及びP波の両方に共鳴が生じる。
【0092】
図15のグラフは、P波のスペクトル幅Δλ(縦軸)の正誘電率部1014の深さD(横軸)への依存性を示す。図15には、正誘電率部1014の深さDを上記の2.7μmからずらした場合のP波のスペクトル幅Δλが示される。
【0093】
図15に示すように、正誘電率部1014の深さDが上記の2.7μmからずらされた場合は、P波のスペクトル幅Δλが広くなる。
【0094】
(設計例3〜7)
設計例3〜7は、上記の電磁波放射体の設計の手順に従った設計に関する。
【0095】
表2は、発光ピーク周波数Fが30〜70THzに設定された設計例3〜7の設計結果を示す。共鳴次数mは0とし、共鳴次数lは2とした。
【0096】
【表2】

【0097】
設計例3〜7においても、S波及びP波の両方に共鳴が生じ、著しく大きいQ値が得られ、スペクトル幅が狭い電磁波を放射する電磁波放射体1002が得られる。
【0098】
(設計例8〜12)
設計例8〜12は、上記の電磁波放射体1002の設計の手順に従った設計の例に関する。
【0099】
表3は、発光ピーク周波数Fが30〜70THzに設定された設計例8〜12の設計結果を示す。共鳴次数mは0とし、共鳴次数lは4とした。フィッティングから、補正項Δφは−120°に設定される。
【0100】
【表3】

【0101】
共鳴モードがFres[0,4]へ変更された設計例8〜12においても、S波及びP波の両方に共鳴が生じ、著しく大きいQ値が得られ、スペクトル幅が狭い電磁波を放射する電磁波放射体1002が得られる。
【0102】
この発明は詳細に説明されたが、上記の説明は、すべての局面において例示であり、この発明は上記の説明に限定されない。例示されない無数の変形例が、この発明の範囲から外れることなく想定されうる。
【符号の説明】
【0103】
1000 電磁波放射装置
1002 電磁波放射体
1004 加熱機構
1006 放射面
1008 周期構造
1010 単位構造
1012 負誘電率部
1014 正誘電率部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁波放射装置であって、
電磁波を放射する放射面を有し、周期構造が前記放射面に露出し、前記周期構造において単位構造が周期方向に周期的に配列され、複素比誘電率の実部が負である負誘電率部及び複素比誘電率の実部が正である正誘電率部を前記単位構造の各々が備え、前記負誘電率部及び前記正誘電率部が前記周期方向に交互に配列され、前記放射面における実効的な波長λeが前記周期構造の周期Pに一致する電磁波を考え前記負誘電率部の表皮厚Δを前記電磁波の電界の法線方向振動成分の強度が表面の1/10に低下するまでの厚さと定義した場合に前記正誘電率部の幅Tがλe/2≦T≦P−Δを満たす電磁波放射体と、
前記電磁波放射体を加熱する加熱機構と、
を備える電磁波放射装置。
【請求項2】
請求項1の電磁波放射装置において、
前記正誘電率部の各々により共振器が形成され、前記周期構造の周期が前記共振器の共鳴周波数の電磁波の前記放射面における実効的な波長に一致する。
電磁波放射装置。
【請求項3】
請求項2の電磁波放射装置において、
前記電磁波放射体は、
複素比誘電率の実部が負である基体部、
をさらに備え、
前記負誘電率部は、前記基体部から突出し前記周期方向に垂直な方向へ延在する線状突起であり、
前記正誘電率部は、前記周期方向に垂直な方向に延在し、前記共鳴周波数の電磁波が共鳴する幅及び深さを持つ線状溝であり、
2個の前記負誘電率部及び前記基体部により囲まれた前記正誘電率部の各々により前記共振器が形成される
電磁波放射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図7】
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