説明

電線被覆材

【課題】薄肉状態でも生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性に優れた電線被覆材を提供すること。
【解決手段】極細電線に被覆される電線被覆材13,32は、フッ素樹脂でなる母材に対し、母材よりも動摩擦係数が小さい充填材が配合されている。この電線被覆材によれば、母材がフッ素樹脂であるため、薄肉であっても、生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性に優れているが、更に充填材自体の摩擦係数が低く潤滑性に優れているので、耐摩耗性を更に向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電線被覆材に関し、例えば医療分野においてインプラントに使用され、あるいは小型ロボット分野において狭小のスペースで使用される極細電線の電線被覆材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療分野や小型ロボット分野において使用される装置を小型化するために、この装置に用いられる電線の電線被覆材の薄肉化が図られているが、電線被覆材の薄肉化によって可動部に配線される電線が周囲の部材との摩耗により容易に絶縁破壊しないように、耐摩耗性に優れた電線被覆材が求められている。例えば、特許文献1には、ポリ塩化ビニルに四フッ化エチレンを添加した電線被覆材が開示されている。この電線被覆材によれば、四フッ化エチレンが摩擦係数が低く潤滑性に優れているため、柔軟性を保持した状態で耐摩耗性を向上させることができるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−223631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、心臓に周期的な電気刺激を与えて心拍動を起こさせるペースメーカに用いられる電線や、手足の動きを補助する小型ロボットに用いられる電線の電線被覆材は、例えば50μm以下の薄肉であって、生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性等を有することが要求される。一方、生体適合性等に優れた材料として、フッ素樹脂が知られているが、上述した特許文献1に記載の電線被覆材は、ポリ塩化ビニルを用いたものであるため、これらの分野で要求されている生体適合性等を満たすことが難しかった。
【0005】
一方、耐薬品性および耐油性に優れたフッ素樹脂の母材にカーボンフィラーの充填材を充填して耐摩耗性を向上させた電線被覆材があるが、カーボンフィラーのサイズが数十μmと大きいため、薄肉にすると母材を突き抜けて絶縁破壊を起こすという問題がある。
【0006】
本発明は、上記のような課題に鑑みなされたものであり、その目的は、薄肉状態でも生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性に優れた電線被覆材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的達成のため、本発明の電線被覆材では、極細電線に被覆される電線被覆材において、フッ素樹脂でなる母材に対し前記母材よりも動摩擦係数が小さい充填材を配合したことを特徴としている。この電線被覆材によれば、母材がフッ素樹脂であるため、薄肉であっても、生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性に優れているが、更に充填材自体の摩擦係数が低く潤滑性に優れているので、耐摩耗性を更に向上させることができる。母材としては、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)が好適であり、充填材としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、鱗状黒鉛、アラミド樹脂が好適である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施形態に係る電線被覆材を外被として被覆したコイル状電線を電線軸と直交する方向から見た平面図である。
【図2】図1のコイル状電線の基線を電線軸方向から見た拡大図である。
【図3】基線の外被の耐摩耗性を試験するための耐摩耗性試験電線を電線軸方向から見た拡大図である。
【図4】基線の外被の耐摩耗性を試験する耐摩耗性試験装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に説明する実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが本発明の成立に必須であるとは限らない。
【0010】
図1は、本発明の実施形態に係る電線被覆材を外被として被覆したコイル状電線を電線軸と直交する方向から見た平面図、図2は、図1のコイル状電線の基線を電線軸方向から見た拡大図である。このコイル状電線1は、4本の基線21〜24を並べたものを、更に螺旋状(コイル状)に巻いた構成となっている。コイル状電線1は、医療分野においてインプラントに使用され、あるいは小型ロボット分野において狭小のスペースで使用される。インプラント分野では、電線が細径であり(例えば0.28mmの外径)、柔軟性が求められる。
【0011】
各基線21〜24は、高張力バネ材で成る中心材11と、該中心材11の外周に撚り合わされた低電気抵抗率材で成る複数本の外部材12と、該外部材12の外周に設けられた外被(電線被覆材)13とを有する。中心材11としては、2000MPa以上の張力を有する高張力バネ材であれば良く、例えばマルテンサイト系のステンレス鋼(例えばSUS304)やピアノ線等の高炭素鋼が使用可能である。外部材12としては、2.1Ω・cm以下の電気抵抗率を有する低電気抵抗率材であれば良く、例えば銀メッキ銀入り銅合金や銅等が使用可能である。外被13としては、耐摩耗性材であれば良く、例えば母材としてエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等に、充填材として10μm以下の粒子径を有し、母材よりも動摩擦係数が小さい微小粒状のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、微小粒状の鱗状黒鉛、微小粒状のアラミド樹脂等を充填した複合材が使用可能である。
【0012】
このような構成のコイル状電線1は、従来のコイル状電線よりもはるかに低抵抗となる。さらに、コイル状電線1は、従来のコイル状電線のように中心材と外部材とが一体化されたクラッド構造体ではなく、外部材12は中心材11と分離された構造であり、更に複数本の外部材12が中心材11の外周に螺旋状に巻回されている。このため、基線21〜24の屈曲時や伸縮時には外部材12は中心材11に引っ張られることなく単独で屈曲および伸縮するので、外部材12の断線を防止することができる。即ち、コイル状電線1は、従来のコイル状電線よりもはるかに高耐久性となる。そして、中心材11と外部材12は個々に独立しているため、必要とする張力や電気抵抗率を有する最適な材料を選択することができ、材料選択肢の幅を広げることができる。
【0013】
また、外被13は母材がフッ素樹脂であるため、薄肉であっても、生体適合性、耐摩耗性、耐薬品性および耐油性に優れているが、更に、充填材自体の摩擦係数が低く潤滑性に優れているので、耐摩耗性を更に向上させることができる。また、母材の肉厚を50μm以下としても、充填材の粒子径は10μm以下であるため、充填材は母材を突き抜けることなく母材中に埋め込まれるので、ピンホールの発生を抑えて絶縁破壊を防止することができる。即ち、基線2同士の摩擦による摩耗によって絶縁破壊が発生することを防止することができる。
【0014】
次に、実施例として本実施形態のコイル状電線1を作製し、張力測定および電気抵抗率測定を行ったので該測定結果について説明する。
【0015】
ここで、張力測定および電気抵抗率測定に使用した実施例のコイル状電線1は、以下のようにして作製されている。中心材11として外径0.06mmのSUS304のステンレス線を用意し、この中心材11の外周に外部材12として外径0.03mmの銀メッキ銀入り銅合金の合金線を9本撚り合わせ、その外周に平均粒子径が0.1μm〜0.5μmのPTFEを3wt%充填したETFEを20μm押出し被覆して基線2とし、作成した基線2を4本並べて螺旋巻きし、最終的に外径Dが0.62mmのコイル状電線1とする。
【0016】
このコイル状電線1に使用される金属部分(中心材11に外部材12を巻いたもの)の電気抵抗率は室温20°Cで2.6μΩ・cm以下となり、引張り強さは1210MPa以上となる。これに対し従来のDFTワイヤでは、電気抵抗率が室温20°Cで4.2μΩ・cmとなり、引張り強さは1091MPaとなる。したがって、コイル状電線1の金属部分は、従来のDFTワイヤよりも電気抵抗率で38%以上低減し、引張り強さで10%以上向上する。よって、コイル状電線1は、従来のコイル状電線よりも低抵抗、高張力(高耐久性)となる。
【0017】
次に、実施例として本実施形態のコイル状電線1に使用可能な材料で成る外被13および比較例として従来のコイル状電線に使用された材料で成る外被の耐摩耗性試験を行ったので図3および図4を参照して耐摩耗性試験電線および耐摩耗性試験装置を説明してから試験結果について説明する。
【0018】
図3に示すように、耐摩耗性試験に使用した耐摩耗性試験電線30は、外径0.03mmの錫メッキ錫入り銅合金の合金線31を7本撚り合わせ、その電線を7本撚り合わせ、該電線束の外周に押出機により外被32を厚さ45μmで被覆した構成となっている。実施例の外被32の材料は、母材としてのETFEに、充填材として粒子径0.2μmのPTFE、粒子径3μmの鱗状黒鉛、粒子径5μmのアラミド樹脂のうちからいずれか1つを充填した複合材である。
【0019】
ここで、母材に充填する充填材の充填量は、PTFEで3wt%以下、鱗状黒鉛で5wt%以下、アラミド樹脂で1wt%以下であればよい。この理由は、例えばピンホールの試験のために500Vのスパーク電圧をかけてスパークが発生しないときの充填量が、PTFEで3wt%以下、鱗状黒鉛で5wt%以下、アラミド樹脂で1wt%以下となったからである。なお、スパークの実験で用いた電線は、外径0.16mmの錫メッキ錫入り銅合金の合金線に、上記の充填材を充填したETFEで厚さ20μmの外被を形成したものである。
【0020】
図4に示すように、耐摩耗性試験に使用した耐摩耗性試験装置40(東洋精機製作所製)は、試験台41、ビーズ針42、可動部43および導通検出回路44を備えている。試験台41上には、耐摩耗性試験電線30が直線状態で載置されるようになっている。ビーズ針42は、導電性金属により円柱棒状に形成されている。可動部43は、導電性金属で作製されており、試験台41の上方にて垂直往復直線移動可能であって水平往復直線移動可能なように配置されている。そして、可動部43の下部には、ビーズ針42が軸を水平方向であって水平往復直線移動方向と直交する方向を向くようにして取り付けられている。導通検出回路44は、試験電線30の合金線31と可動部43とに電気的に接続されて両者の導通を検出するようになっている。
【0021】
このような構成の耐摩耗性試験装置40により耐摩耗性試験を行う際は、試験台41上に耐摩耗性試験電線30を載置固定する。即ち、耐摩耗性試験電線30の合金線31が外径1.0mmのビーズ針42の軸と直交する方向に延在するように、かつ耐摩耗性試験電線30の外被32がビーズ針42の中央部と当接可能なように固定する。そして、1Nの可動部43を下降させてビーズ針42の中央部を試験台41上の耐摩耗性試験電線30の外被32に当接させる。この状態で、可動部43を10mmのストロークで60回/分の速度で水平往復動させてビーズ針42の中央部を耐摩耗性試験電線30の外被32上で摺動させ、導通検出回路44で導通が検出されるまでの往復回数を測定する。なお、試験電線30のサンプル数は、各10本とした。
【0022】
試験結果としては、比較例のPFAのみの外被32の場合は平均34回、ETFEのみの外被32の場合は平均162回であったのに対し、実施例の3wt%のPTFEの外被32の場合は平均5948回、5wt%の鱗状黒鉛の外被32の場合は平均1233回、1wt%のアラミド樹脂の外被32の場合は平均2245回となった。PFAのみの外被32の場合およびETFEのみの外被32の場合と比較して、3wt%のPTFEの外被32の場合は174.9倍および36.7倍、5wt%の鱗状黒鉛の外被32の場合は36.3倍回および7.6倍、1wt%のアラミド樹脂の外被32の場合は66.0倍および13.8倍と耐摩耗性を向上させることができ、特に3wt%のPTFEの外被32の場合に大幅に向上させることができた。
【0023】
なお、充填材としてのPTFEに関しては、更に実験を行った結果、平均粒径が0.1μm〜0.5μm、充填量が2wt%〜5wt%において、耐摩耗性を大幅に向上させることができた。充填量が2wt%未満の場合は、耐摩耗性が不足するからであり、充填量が5wt%を超える場合は、絶縁破壊が発生し易くなるからである。また、母材としてのETFEに関しては、充填材を充填したときに、流動性(MFR(Melt Flow Rate))が5g/10min〜35g/10minあれば良い。
【0024】
上述した実施形態では、コイル状電線1の基線2は4本並設した構成としたが、基線2を2本〜10本並設、更には10本以上並設したコイル状電線としても良い。また、外部材12は9本撚り合わせたが、中心材11の周囲に撚り合わせ可能であれば外部材12の撚りあわせ本数は特に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の電線被覆材は、耐摩耗性に優れているため、特に可動部を有する機器に好適である。
【符号の説明】
【0026】
1 コイル状電線、2、21〜24 基線、11 中心材、12 外部材、13、32 外被、30 耐摩耗性試験電線、31 合金線、40 耐摩耗性試験装置、41 試験台、42 ビーズ針、43 可動部、44 導通検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極細電線に被覆される電線被覆材において、
フッ素樹脂でなる母材に対し前記母材よりも動摩擦係数が小さい充填材を配合したことを特徴とする電線被覆材。
【請求項2】
前記母材は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体でなり、前記充填材は、ポリテトラフルオロエチレン、鱗状黒鉛、アラミド樹脂のうちから選択される何れか1つであることを特徴とする請求項1に記載の電線被覆材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−257688(P2010−257688A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−105031(P2009−105031)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(000145530)株式会社潤工社 (71)
【Fターム(参考)】