説明

電解法によるD−グルコサミン酸の製造方法

【課題】
種々アミノ酸の不斉合成の出発物質であり、白金イオンのキレート剤になりうることから抗がん剤としての用途も期待されているD-グルコサミン酸の製造方法には化学法および微生物を用いる生化学法がある。しかし、化学法には、収率の低さ、工程の煩雑さなどの問題、また、生化学法には、条件制御、大量生産の難しさなど解決すべき課題が多い。
【解決手法】
本発明で、上記課題解決のために、金属固体電極を用い、その金属固体電極の電位制御により、従来法の粉末状の金属触媒または微生物などを用いることなく、安全で安価にD-グルコサミンからD-グルコサミン酸を副生成物なく高収率で容易に製造する方法を提案する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はD−グルコサミン酸の製造法に関する。さらに詳しくは金原子を表面に有する電極を用い、定電位電解法によりD−グルコサミンからD−グルコサミン酸を製造する方法に関する。D−グルコサミン酸は体内吸収に優れたキレート型亜鉛サプリメントに有用な物質として用いられている。またアミノ酸分析の内部標準物質に用いられているほか、代謝拮抗剤および酵素阻害剤としても貴重な物質である。さらには、種々のアミノ酸の不斉合成の出発物質として用いられるほか、白金イオンのキレート剤に成り得ることから抗ガン剤としての用途も期待されている。
【背景技術】
【0002】
現在のD−グルコサミン酸製造方法の概要は次のとおりである。カーボン粉末にパラジウム系触媒を担持させたものを、D−グルコサミンと溶液中において接触させることにより化学的にD−グルコサミン酸を得る。その後得られたD−グルコサミン酸を触媒と分離精製させる(例えば、非特許文献2,3,4参照)。
【0003】
また、その他の製造方法として、生化学的な製造法がある。例えばアシネトバクター(Acinetobacter)属やエアロモナス(Aeromonas)属に属する微生物によりD−グルコサミンからD−グルコサミン酸を生産する方法がある(例えば、特許文献1、非特許文献5参照)。また、その他グルコースオキシダーゼ(GOD)を用いた製造方法がある(例えば、非特許文献6参照)。
【0004】
【特許文献1】特開昭59−11188, 特開昭59−14787
【非特許文献1】O. Varela, A. P. Nin, R. M. Lederkremer, Tetrahedron Lett. 1994年, 35巻, pp.93599362.
【非特許文献2】E. Hardegger, F. Lohse, Helvetica Chimica Acta 1957年, 40巻, pp.2382-2389
【非特許文献3】G. Wen-Xiu, X. Wen-Shi, Journal of Carbohydrate Chemistry, 2006年, 25巻, pp.297-301.
【非特許文献4】滝口泰之 日本農芸化学会誌, 2003年, 77巻, No. 6, pp.576-578.
【非特許文献5】F. Pezzotti, H. Therisod, M. Therisod, Carbohydrate Research, 2005年, 340巻, No. 1, pp.139-141.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような粉末状の金属担持触媒を用いる化学的方法では一般に収率が低く、また金属触媒担持粉末とグルコサミン酸、さらには反応の際に生成する副生成物との分離精製の必要性があり、純度の高いグルコサミン酸を得るためには煩雑な工程になるなどの問題があった。
【0006】
微生物を用いる生化学的な製造法は、細胞の培養およびD−グルコサミン酸の生成に長時間を有する他、製造過程における温度、湿度、などの条件を厳密に制御する必要がある。また、製造したD−グルコサミン酸は微生物と分離精製する必要があり、高収率で大量に製造するという点では問題があった。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その第1の目的は高収率でD−グルコサミン酸を提供することにある。また発明の第2の目的は、粉末状の金属触媒または微生物などの分離精製が困難であるものを用いず、容易でかつ大量にD−グルコサミン酸を製造する方法を提供することにある。
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意研究を行った。その結果、本発明者らによって金原子を表面に有する電極を用い、定電位電解を行うことでD−グルコサミンからD−グルコサミン酸を高収率で容易に製造可能であることが見出された。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前述の課題解決のために、金属固体電極を用い、その金属固体電極の電位制御により、粉末状の金属触媒または微生物などを用いることなくかつ安全で安価にD−グルコサミンからD−グルコサミン酸を高収率で容易に製造する方法を提案する。
【0010】
ここで、前記金属固体電極は金原子を表面に有する電極を用いることが好ましい。また、前記金属固体電極が白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、銀、ビスマス、銅、ニッケル、コバルト、鉄から選択した1種または2種以上の原子の組合せからなる電極を用いることが好ましい。
【0011】
D−グルコサミン酸の製造のための触媒電解物質としてはD−グルコサミンが好ましい。また、D−グルコサミンを誘導する原料物質が好ましい。
【0012】
また、本発明による手法は、D−グルコサミンに限定されないアミノ糖に含まれるアルデヒド基をカルボキシル基に変換する手法として用いることが好ましい。
【0013】
具体的には、前記金属固体電極を作用電極とし、作用電極の電位を所定の電位に制御した状態で、前記反応対象物質を作用電極と接触させて反応させることにより、アルデヒド基をカルボキシル基に触媒的に酸化する方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のD−グルコサミン酸の製造方法は、副生成物なくD−グルコサミン酸を製造可能なものであり、D−グルコサミン酸を効率よく、安全で安価に製造することが可能となる。また従来のような粉末状の金属触媒または微生物などを用いないため、分離精製の必要はなく容易な工程で製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る定電位電解の概略図であり、図2はその一部である電解セルを拡大して示したものである。
【0016】
本実施の形態に係る定電位電解には作用極、対極、参照電極の三電極を用いる。
【0017】
製造したD−グルコサミン酸の検出には、標準品のD−グルコサミン酸を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により行うことができるほか、質量分析装置によっても分析可能である。
【0018】
表面に金原子を有する電極は、金電極の他、様々な形態のものが適用でき、例えば導電性基板上に金薄膜を蒸着させた蒸着金、その他反応表面積を増大させる目的でスポンジ状の金電極なども利用可能であり、金原子が表面にありかつ導電性のものであればその形態は問わない。
【0019】
電解質溶液には中性溶液もしくはアルカリ性溶液が適用可能である。例えばリン酸緩衝溶液、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液などが利用可能である。
【0020】
電解セルの形状は問わず、図1に示すようなバッチ式の反応セル中やフロー式の反応セル中などで電解を行うことが可能である。
【0021】
副生成物なしに電流効率100%の電解を行うために、反応電極に特定の電位を印加する(定電位電解法)。反応電極の電位の基準のために参照電極を用いるが、反応電極に特定の電位を印加することが可能であれば必ずしも参照電極は必要としない。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の具体的な実施例について詳細に説明する。
【0023】
(実施例1)
実施例1では、定電位電解法に用いる電極の洗浄を行った。
【0024】
金原子を表面に有する電極には表面積が約10cm2の板状の金電極を用い、これを水素炎で加熱処理することにより、電極表面の有機物等を除去したのち、純粋でリンスした後、純粋中で10分間ソニケーションを行うことにより電極の洗浄を行った。
【0025】
参照電極には銀/塩化銀電極を用い、対極には板状の白金を用いた。白金は使用前に水素炎で加熱処理することにより、電極表面の有機物等を除去することで洗浄を行い、硝子フィルターを有する硝子セルに入れた。
【0026】
(実施例2)
実施例2では、表面積が約10cm2の板状の金電極を用い、アルカリ溶液中において定電位電解法によりD−グルコサミンからD−グルコサミン酸の生成を行った(図1および2)。また、電解合成の電流効率の評価および生成物の同定を行った。
【0027】
10mMのD−グルコサミンを含む0.1M 水酸化ナトリウム水溶液を電解質溶液とし、−0.2V(vs.銀/塩化銀電極)で定電位電解を行ったところ、電流効率100%でD−グルコサミン酸を生成した。また電解後のD−グルコサミン酸の濃度は9.6mMであった。
【0028】
生成したグルコサミン酸はHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により検出した(図3)。HPLCの以下の条件で使用した。
[HPLC条件]
カラム:Shodex SUGAR SC1011
移動相:0.01M 硫酸カルシウム水溶液
流速:0.7ml/分
カラム温度:25℃
検出:RI
【0029】
グルコサミン酸であることの同定をさらに電子スプレーイオン化法質量分析装置で測定し、グルコサミン酸であることを同定した(図4)。
【0030】
(実施例3)
実施例3では、表面積が約10cm2の板状の金電極を用い、中性溶液中において定電位電解法によりD−グルコサミンからD−グルコサミン酸の生成を行った。また、電解合成の電流効率の評価を行った。
【0031】
10mMのD−グルコサミンを含む0.1M リン酸緩衝水溶液を電解質溶液とし、0.4V(vs.銀/塩化銀電極)で定電位電解を行った。HPLCから評価された電流効率は70%であったものの中性溶液中でも高効率でD−グルコサミン酸を生成した。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施の形態に係わる実験装置の概略構成およびその条件を模式的に示した図である。作用極は直径2nmの金ナノ粒子を修飾した金電極。対極は白金板、参照極は銀/塩化銀電極、サンプル溶液は10mMのグルコサミンを含む0.1M NaOH水溶液である。
【図2】図1に示した電解セルの概略構成を詳細に記した図である。
【図3】HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で検出された電解生成物であるグルコサミン酸のピークを示した図である。
【図4】電解生成物であるグルコサミン酸を電子スプレーイオン化法質量分析装置で同定した結果を示す。
【符号の説明】
【0033】
1 攪拌子
2 0.1 M NaOH水溶液
3 窒素注入口
4 対極
5 参照極
6 作用極
7 攪拌器
8 ポテンショスタット
9 作用極(金電極)
10 0.1 M NaOH水溶液
11 参照極(銀/銀塩化銀電極)
12 対極(白金板)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解法を用いることを特徴とするD−グルコサミンからのD−グルコサミン酸(2−アミノ−2−デオキシ−D−グルコサミックアシッド)の製造方法。
【請求項2】
前記電解法において、金原子を表面に有する電極を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記電解法において、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、銀、ビスマス、銅、ニッケル、コバルト、鉄から選択した1種または2種以上の原子の組合せからなる電極を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記電解法において、電位を制御することによりD−グルコサミン酸以外の副生成物を生成しないことを特徴とする請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−69392(P2008−69392A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−248033(P2006−248033)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【出願人】(306036358)
【Fターム(参考)】