説明

電解用電極

【課題】低過電圧で、塩素ガス中の酸素ガス濃度が低く、優れた長期耐久性を有する塩素発生用電極を提供すること。
【解決手段】本発明の塩素発生用電極は、導電性基材上に、酸化パラジウム(PdO)および白金からなる電極触媒被覆層を最表面に有する電極であって、該酸化パラジウムが白金を固溶していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解用電極に関するものであり、特にイオン交換膜法食塩電解に好適に使用され、長期間にわたって低い過電圧及び電解電圧を示す塩素発生用電極及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜法食塩電解プロセスにおいては、消費電力量削減のため、低い電解電圧を長期間にわたって維持できる技術が求められている。電解電圧の内訳を詳細に解析すると、理論的に必要な電圧以外に、イオン交換膜の抵抗や電解槽の構造抵抗に起因する電圧、陽極及び陰極の過電圧、陽極と陰極の間の距離に起因する電圧などが挙げられる。さらに、長期電解を継続すると、塩水中の不純物や種々の原因に基づく電圧上昇なども起こるのが実情である。
その中で、塩素発生用の陽極に関しては、いわゆるDSA(Dimension Stable Anode:寸法安定性陽極)と呼ばれるルテニウム等の白金族酸化物の被覆をチタン基材上に設けた不溶性電極が広く使用されている。
【0003】
白金族酸化物のうち、特に酸化パラジウム(PdO)は塩素過電圧が低く、酸素過電圧が高い特性を有し、塩素発生用電極には理想的な触媒として知られている。この酸化パラジウムを使用した電極は、DSAよりも低過電圧を示し、塩素ガス中の酸素ガス濃度が低いなどの優れた電解性能を有するが、耐久性が低いため、種々の検討が重ねられてきた。
【0004】
特許文献1(特公昭45−11014公報)では、パラジウムの低い塩素過電圧と高い酸素過電圧に着目し、白金と合金化した塩素発生用電極が報告されているが、その性能はまだまだ低いものであった。
【0005】
特許文献2(特公昭45−11015公報)、特許文献3(特公昭48−3954公報)では、白金−パラジウム合金の表面を酸化処理して、表面に酸化パラジウムを形成させた電極が報告され、優れた電解性能が発現された。しかしながら、これらの電極には耐久性が不足していた。さらに、基材自体に合金を用いたり、熱分解で基材上に酸化物を形成した後、還元により合金化、さらに電解酸化で酸化パラジウム化するなど、実用上また製法的にも大きな改善が必要であった。
【0006】
特許文献4(特公昭54−39276公報)では、酸化パラジウムと白金金属、又は酸化パラジウムと白金−パラジウム合金からなる被覆をチタン基材上に熱分解により形成した電極が提案されている。パラジウム化合物の溶液をチタン基材に直接塗布した後、熱分解して酸化パラジウムを形成すると、基材表面に酸化チタンが生じるため、被覆と基材の密着性が低下する。さらに、酸素が酸化チタン形成に優先的に消費されるため、パラジウム化合物の酸化パラジウムへの熱分解が不十分になり、金属パラジウムの生成が避けられない。この電極では、白金をパラジウムに対して多めに添加し、熱分解時に酸化パラジウムとならないパラジウムを白金と完全に合金化させて、耐久性改善を図っている。しかしながら、パラジウムは金属または合金の状態で塩素発生電解を継続すると、塩水中の塩化物イオン(Cl-)と反応し、PdCl42-となって溶出していくため、この電極でも、長期耐久性は十分ではなかった。
【0007】
特許文献5(特公昭56−39400公報)では、予め熱分解により調製した酸化パラジウム粉末を白金化合物の塩とともに分散させた溶液を塗布した後、熱分解して電極を作製する方法が提案された。この方法には、上記被覆の形成前にチタン基材を白金金属で被覆する工程と、被覆形成後に白金金属でもう一度被覆する工程が含まれる。また、特許文献6(特公昭53−25838公報)では、基材上に白金等からなる第1の被覆層を設けた後に、酸化パラジウムと酸化スズからなる第2の被覆層を熱分解によって形成した電極が提案されている。これらの電極では、被覆内部での酸化パラジウム粒子のバインダー成分として、白金金属及び酸化スズがそれぞれ用いられている。しかし、これらの電極でも、塗布液に粉末を分散したり、熱分解時に飛散しやすいスズを用いるなど、形成される被覆層の機械的強度すなわち耐久性と、工業的な生産性について課題が残されている。
【0008】
以上、述べてきたように、これまでの検討では、酸化パラジウムの優れた触媒特性を生かした低過電圧に、長期耐久性を付与し、工業的生産性をも満足できる、塩素発生用電極およびその製造方法は得られていない。
【0009】
【特許文献1】特公昭45−11014公報
【特許文献2】特公昭45−11015公報
【特許文献3】特公昭48−3954公報
【特許文献4】特公昭54−39276公報
【特許文献5】特公昭56−39400公報
【特許文献6】特公昭53−25838公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、大量生産に向いた熱分解法により、低過電圧で、塩素ガス中の酸素ガス濃度が低く、優れた長期耐久性を有する塩素発生用電極を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、以下のような実験結果を得た。
(a)白金を固溶した酸化パラジウムの被覆が、熱分解法により形成でき、塩素発生用電極の活物質として有効であること。
(b)前記の被覆を形成する基材に、ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層を予め形成しておくと、白金を固溶した酸化パラジウムの均一な被覆が形成できること。
【0012】
(c)前記の被覆を有する塩素発生用電極が優れた長期耐久性を有すること。
(d)前記の被覆を有する塩素発生用電極は、いわゆるDSAに比べて、低過電圧で塩素ガス中の酸素ガス濃度が低いこと。
(e)前記の被覆を有する塩素発生用電極は、塩水への有機物添加による電解電圧の上昇がほとんどなく、塩水中のTOC(Total Organic Carbon:全有機体炭素)に由来する電解性能低下を抑制できること。
【0013】
本発明者らは、上記のような知見に基づいて、前記課題を達成できる電極を作製するために検討した結果、白金を固溶した酸化パラジウムの均一な被覆を有する電極が塩素発生反応に対する優れた触媒特性および耐久性を併せ持つことを見出して、本発明をなすに至った。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0014】
(1)導電性基材上に、酸化パラジウム(PdO)および白金からなる電極触媒被覆層を最表面に有する電極であって、該酸化パラジウムが白金を固溶していることを特徴とする電解用電極。
(2)導電性基材に接して、ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層をさらに有することを特徴とする上記(1)に記載の電解用電極。
【0015】
(3)導電性基材上の最表面にパラジウム化合物及び白金化合物を含む溶液をコーティングした後、酸素の存在下で熱分解し、電極触媒被覆層を形成することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の電解用電極の製造方法。
(4)導電性基材上に直接、ルテニウム化合物、イリジウム化合物、チタン化合物のうち少なくとも1種類の化合物を含む溶液をコーティングした後、酸素の存在下で熱分解し、導電性基材に接する被覆層を予め形成することを特徴とする上記(3)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、長期間に渡って、低い過電圧を保持すると同時に優れた耐久性を有する塩素発生用電極、特にイオン交換膜法食塩電解に好適な塩素発生用電極を工業的に生産性の高い方法で製造することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。
導電性基材は、飽和に近い高濃度の食塩水中で、塩素ガス発生雰囲気で用いられるため、耐食性のあるチタンが好ましい。
基材形状は特に限定はなく、目的によって適切な形状を選択することができる。エキスパンド形状、多孔板、金網などが好適に用いられる。
これらの基材は、被覆と基材表面とを密着させるために、カットワイヤ、スチールグリッド、アルミナグリッド等を用いたブラスト処理により、表面に凹凸を形成した後、硫酸または塩酸を用いた酸処理等による表面積増大化処理を行うことが好ましい。
【0018】
前記処理を施した基材に、白金を固溶した酸化パラジウムの被覆層を形成して、本発明の塩素発生用電極を製造する。被覆層の形成は熱分解法により行なうことが好ましい。ここで熱分解とは、前駆体となる金属塩を加熱して、金属又は金属酸化物とガス状物質に分解することを意味する。用いる金属種、塩の種類、熱分解を行う雰囲気により、分解生成物は異なるが、酸化性雰囲気では多くの金属は酸化物を形成しやすい傾向がある。電解用電極の工業的な製造プロセスにおいて、熱分解は通常空気中で行われ、多くの場合、金属酸化物が形成される。
【0019】
本発明においては、パラジウム化合物及び白金化合物を含む溶液を導電性基材に塗布した後、酸素の存在下で熱分解して、白金を固溶した酸化パラジウムの均一な被覆層を形成する。
【0020】
塗布液に溶解、分散させて、触媒前駆体として用いるパラジウム化合物及び白金化合物としては、硝酸塩、塩化物塩、その他のいずれの形態でも構わないが、酸素を含む化合物であって、熱分解時に酸化物を形成しやすい硝酸系の塩を用いることがより好ましい。パラジウム及び白金の硝酸系の塩としては、硝酸パラジウム、テトラアンミンパラジウム(II)硝酸塩、ジニトロジアミン白金硝酸塩、硝酸テトラアンミン白金(II)などが挙げられる。塗布液に用いる溶媒は、金属塩の種類に応じて選択するが、水、ブタノール等のアルコール類を用いることができる。
【0021】
パラジウム化合物及び白金化合物を溶解させた塗布液中の総メタル濃度は、特に限定しないが、1回当たりの被覆の形成厚みとの兼ね合いから、10〜150g/Lの範囲が好ましい。
パラジウムと白金の組成比は、酸化パラジウム中に固溶する白金量に影響し、触媒活性と耐久性を左右する。ここでいう固溶とは、ある金属酸化物の結晶構造の中に他の原子が入り込んでも、もとの結晶構造を保持して、混じりあっている状態を指す。具体的には、酸化パラジウムの結晶構造の中に、白金原子が入り込んでも、酸化パラジウムの結晶構造を保持して、パラジウムと白金が混じりあっている状態を指す。本発明では白金の固溶によって、酸化パラジウムの耐久性が大幅に向上できた。また、固溶によって、結晶構造の格子の大きさがわずかに変化するが、これは例えば、粉末X線回折の測定において、結晶構造に起因する回折パターンは変化せず、格子の大きさに起因するピーク位置のみが変化することなどから確認することができる。
【0022】
本発明における、パラジウムと白金の組成比は、塗布液中において、パラジウム1モルに対し、白金の量が1/20〜4モルの範囲であり、より好ましくは、1/10〜1モルの範囲である。白金の量が、1/20モルより少ないと、均一な固溶体が形成しにくいため、被覆の物理的な安定性が低下する。例えば、白金無添加では、酸化パラジウムは粒子状で電極表面に固定されるので、電解時の発生気泡及び塩水の対流によるエロージョンで物理的脱落が起こり、電解性能がごく短期間で失われる。一方、白金が4モルより多いと、被覆内部に白金金属および白金―パラジウム合金が生成しやすくなり、酸化パラジウム固溶体の触媒利用率が低下するため、過電圧及び電解電圧の低減効果が小さくなる。また、高価な白金を多量に使用することになり、経済的にも好ましくない。被覆層の組成は塗布液組成に概ね等しい。
【0023】
パラジウム化合物と白金化合物とを含む混合水溶液を導電性基材上に塗布する方法としては、基材を塗布液に浸漬するディップ法、塗布液を刷毛で塗る方法、塗布液を含浸させたスポンジ状のロールを用いるロール法、基材と塗布液を反対荷電に帯電させてスプレー等を用いて噴霧を行う静電塗布法などが用いられるが、その中でも工業的な生産性に優れた、ロール法や静電塗布法が好適に用いられる。
【0024】
基材に塗布液を塗布した後、10〜90℃の温度で乾燥し、400〜650℃に加熱した焼成炉で熱分解を行う。白金を固溶した酸化パラジウムの被覆を形成させるためには、酸素を含む雰囲気下で熱分解する必要がある。電解用電極の工業的な製造プロセスにおいて、熱分解は通常空気中で行われており、本発明においても、酸素濃度の範囲は特に限定せず、空気中で行うことで十分であるが、必要に応じて、焼成炉内に空気を流通して、酸素を補給してもよい。
【0025】
熱分解の温度としては、400〜650℃が好ましい。400℃未満では、パラジウム化合物及び白金化合物の分解が不十分になり、酸化パラジウムが得られない。また、650℃を超えると、チタン基材が酸化を受けるため、被覆層と基材の界面の密着性が低下する。
【0026】
熱分解の時間は、長い方が好ましいが、電極の生産性の点から1回当たりの熱分解時間は、5〜60分、さらに好ましくは10〜30分の範囲である。塗布、乾燥および熱分解焼成のサイクルを繰り返して、白金を固溶した酸化パラジウムの被覆を所定の厚みに形成する。被覆の厚みは、厚ければ厚い方が電解性能を維持できる期間が長くなるが、経済性の観点から、被覆厚みは0.05〜1μmが好ましい。
【0027】
さらに、被覆層を形成した後に、必要に応じて、長時間焼成を行い、被覆の安定化を施すこともできる。長時間焼成の条件としては、400〜650℃、熱分解の時間としては30分から4時間程度である。
【0028】
ところで、チタン基材表面上に、直接、白金を固溶した酸化パラジウムの被覆を形成しようとすると、熱分解時にチタン基材表面に酸化チタンが生じ、被覆と基材の密着性低下が起こる場合がある。さらに、酸素が酸化チタン生成に消費されるために、酸化パラジウムの形成が不十分になって、白金の固溶率が低下し、白金−パラジウム合金を多く含む、不均一な被覆となる場合もある。
ところが、ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層は、化学的、物理的及び熱的にきわめて安定で、熱分解法による被覆形成工程において、塗布液による侵食や溶出、加熱による酸化や分解反応を起こすことがほとんど無い。そのため、その表面では、下地からの影響を何ら受けることなく、理想的な熱分解反応が進行できる。従って、白金を固溶した酸化パラジウムの均一な被覆を形成するためには、チタン基材表面にルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層を予め設けておくことが好ましい。
【0029】
ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層は、これらの金属塩を溶解した塗布液を基材に塗布後、酸素の存在下で熱分解して得られる。金属塩としては、塩化物塩、硝酸塩、硫酸塩、金属アルコキシド、その他のいずれの形態でも構わない。塗布液に用いる溶媒としては、金属塩の種類に応じて選択するが、水、ブタノール等のアルコール類などを用いることができる。金属塩を溶解させた塗布液中の総メタル濃度は、特に限定しないが、1回当たりの被覆の形成厚みとの兼ね合いから、10〜150g/Lの範囲が好ましい。
【0030】
塗布液を基材上に塗布する方法としては、基材を塗布液に浸漬するディップ法、塗布液を刷毛で塗る方法、塗布液を含浸させたスポンジ状のロールを用いるロール法、基材と塗布液とを反対荷電に帯電させてスプレー噴霧を行う静電塗布法などが用いられるが、その中でも工業的な生産性に優れた、ロール法や静電塗布法が好適に用いられる。
【0031】
基材に塗布液を塗布した後、10〜90℃の温度で乾燥し、300〜650℃に加熱した焼成炉で熱分解を行う。乾燥および熱分解温度は、塗布液の組成や溶媒種により、適宜選択することが出来る。
熱分解の時間は、長い方が好ましいが、電極の生産性の点から1回当たりの熱分解時間は、5〜60分、さらに好ましくは10〜30分の範囲である。塗布・乾燥・熱分解焼成のサイクルを繰り返して、被覆を所定の厚みに形成する。さらに、被覆を形成した後に、必要に応じて、長時間焼成を行い、被覆の安定化を施すこともできる。
【0032】
このようにして得られる、ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層として、次のような構成、厚みのものを用いることができる。例として、ルテニウム、イリジウム及びチタンの3種の酸化物から成る場合に金属の総モル量を1とすると、それぞれ1/10〜1/2モル、1/10〜1/3モル及び1/6〜4/5モルが好ましい。また、ルテニウム及びチタンの2種の酸化物から成る場合には、金属の総モル数を1とすると、それぞれ1/10〜1/2モル及び1/2〜9/10モルが好ましい。前記の組成の他にも、種々の組成のものを用いることができる。いわゆるDSAと呼ばれる、ルテニウム、イリジウム、タンタル、ニオブ、チタン、スズ、コバルト、マンガン、白金等を含む酸化物コーティングをこの被覆層として用いることも可能である。また、被覆層の厚みとしては、0.1〜5μmが好ましく、より好ましくは0.5〜3μmである。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
実施例及び比較例の各評価方法について、以下に示す。
<X線回折による結晶構造解析>
電極の結晶構造解析は、所定のサイズに切り出した試験電極を試料台に装着し、X線回折測定を行った。粉末X線回折を、装置としてUltraX18(株式会社リガク製)を用い、線源としては銅Kα線(λ=1.54184Å)を用いて行なった。加速電圧50kV、加速電流200mA、走査軸は2θ/θ、ステップ間隔0.02°、スキャンスピード2.0°/minにて、2θ=25〜50°の範囲を測定した。酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)は33.89°であり、PdOへの白金の固溶はこの回折ピーク位置の変化から判断した。また、金属パラジウムの回折線に対応する回折角(2θ)は、40.11°及び46.66°、金属白金の回折線に対応する回折角(2θ)は、39.76°及び46.24°であり、これらの強度とピーク位置の変化から、金属パラジウム、金属白金、及びパラジウムと白金との合金の有無を判断した。その際、電極基材に用いた金属チタンの回折線に対応する回折角(2θ)は、40.17°であり、金属パラジウム及び金属白金の低角側の回折線と重なる点に注意が必要である。本評価方法では、切り出した試験電極をそのままX線回折測定に用いているため、基材の金属チタンに由来する回折線が比較的高い強度で検出された。そこで、金属パラジウムでは46.66°、金属白金では46.24°のそれぞれ広角側の回折線の強度とピーク位置の変化から、金属パラジウム、金属白金、及びパラジウムと白金の合金の有無を判断した。
【0034】
<イオン交換膜法食塩電解試験>
試験電極を電解セル(95×110mm=1.045dm2)のサイズに切り出し、溶接によって陽極セルに装着した。陰極は、ニッケル製の金網基材の上に酸化ルテニウムの触媒被覆を行ったものを用い、陰極リブ上にコーティングを施していないニッケル製のエキスパンド基材を溶接した後、ニッケル製ワイヤーを編んだクッションマットを乗せ、その上に陰極を配置して陰極セルとした。EPDM(エチレンプロピレンジエン)製のゴムガスケットを用い、陽極セルと陰極セルの間にイオン交換膜をはさんだ状態で電気分解を行った。イオン交換膜としては、旭化成ケミカルズ製の食塩電解用の陽イオン交換膜「Aciplex」(登録商標)F6801を用いた。
【0035】
塩素過電圧を測定するために、PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)被覆白金線の白金部分を約1mm露出させたものを、試験電極のイオン交換膜の無い側の面に、テフロン(登録商標)糸で結びつけて固定し、基準電極として用いた。電解試験中には、基準電極は発生した塩素ガスで飽和雰囲気になるため、電位が塩素発生電位となる。試験電極の電位から基準電極の電位を差し引いたものを、陽極過電圧とした。一方、対間電圧は、陰極と陽極(試験電極)との間の電位差である。
【0036】
電解条件は、電流密度6kA/m2、陽極セル内の塩水濃度205g/L、陰極セル内のNaOH濃度32重量%、温度90℃である。電解性能の安定性を確認するために、電解開始30日後の塩素過電圧、対間電圧の測定を行う。電解用の整流器には、菊水電子工業株式会社製のPAD36−100LAを用いた。
【0037】
<塩素ガス中酸素ガス濃度の測定>
前記のイオン交換膜食塩電解電解試験において、電流密度6kA/m2、陽極セル内の塩水濃度205g/L、陰極セル内のNaOH濃度32重量%、温度90℃で運転中に、試験電極側で発生した塩素ガスを、1時間、17%NaOH水溶液3.5リットルに通して吸収させ、以下に示す化学滴定法から求められた塩素ガス量と、残存ガスのガスクロマトグラフ法による分析から求められた酸素ガス量とを比較して、塩素ガス中酸素ガス濃度を算出した。
【0038】
塩素ガスをNaOH水溶液に通すと、NaClOが生成する。これに、KIおよび相当量の酸を加えることで液を酸性にして、I2を遊離させる。さらにデキストリン等の指示薬を加えた後、濃度を規定したNa223の水溶液で遊離したI2を滴定することで、塩素ガス発生量を定量する。
【0039】
一方、塩素ガスが吸収された後の残存ガスの一部を、マイクロシリンジにサンプリングして、ガスクロマトグラフに打ち込み、酸素、窒素および水素の組成比を求めた後、塩素ガス発生量と残存ガスの体積比から、塩素ガス中酸素ガス濃度を求めることができる。ガスクロマトグラフには、株式会社島津製作所製のGC−8A(熱伝導度検出器付き)を用い、カラムにはモレキュラーシーブ5A、キャリアガスにはヘリウムを用いた。
電解中の陽極側への供給塩水について、塩酸無添加の場合と、セル内のpHが2になるように塩酸を添加した場合とで、測定を実施した。
【0040】
<有機物耐性試験>
前記のイオン交換膜食塩電解試験において、陽極室に供給する塩水中に有機物を添加して、試験電極における陽極過電圧、電解電圧への影響をみた。有機物としては酢酸ナトリウムを用い、TOC(全有機体炭素)として20ppmになるように調整した塩水を陽極室に供給し、電流密度6kA/m2、陽極セル内の塩水濃度205g/L、陰極セル内のNaOH濃度32重量%、温度90℃で、24時間電解して安定した後の陽極過電圧、電解電圧を測定した。なお、前記のイオン交換膜法食塩電解試験においては、塩水中のTOC濃度は5ppm以下であった。
【0041】
(実施例1)
電極基材として、目開きの大きい方の寸法LWが6mm、目開きの小さい方の寸法SWが3mm、板厚1.0mmのチタン製のエキスパンド基材を大気中550℃で3時間焼成し、表面に酸化被膜を形成した。その後、平均粒径1mm以下のスチールグリッドを用いてブラストして、基材表面に凹凸を設けた。次に、基材を25重量%硫酸中において85℃で4時間酸処理を行い、基材表面に細かい凹凸を設けて、前処理を施した。
【0042】
次に、モル比でルテニウムとイリジウムとチタンが、25:25:50になるように、塩化ルテニウム溶液(田中貴金属株式会社製、ルテニウム濃度100g/L)をドライアイスで5℃以下に冷却しながら、四塩化チタン(キシダ化学株式会社製)を少量づつ攪拌しながら加えた後、さらに塩化イリジウム溶液(田中貴金属株式会社製、イリジウム濃度100g/L)を少量ずつ加えて、総メタル濃度が100g/Lの塗布液Aを得た。
【0043】
この塗布液Aをローラーに装着し、EPDM製スポンジロールを回転させて塗布液を吸い上げ、スポンジロールの上部に接するように配置したPVC製ロールとの間に、前処理を施した電極基材を通して、ロール塗布を行った。その後直ちに、布を巻いた2本のEPDM製スポンジロールの間にこの基材を通し、過剰な塗布液をふき取った。その後75℃で2分間乾燥した後、大気中にて470℃で10分間焼成を行った。このロール塗布、乾燥、焼成を合計6回繰り返し行い、最後に500℃で1時間の焼成を行って、電極基材上に、厚み約2μmの黒褐色の被覆層を形成した。
【0044】
次に、塗布液中において、パラジウムと白金のモル比が1:0.5になるように、硝酸パラジウム水溶液(田中貴金属株式会社製、パラジウム濃度100g/L)とジニトロジアミン白金硝酸塩水溶液(田中貴金属株式会社製、白金濃度100g/L)を混合して、総メタル濃度が100g/Lの混合水溶液を調整し、塗布液Bとした。
【0045】
前記の被覆層を形成した電極基材に、この塗布液Bを、塗布液Aと同様の要領で、ロール塗布を行った。その後直ちに、布を巻いた2本のEPDM製スポンジロールの間にこの基材を通し、過剰な塗布液をふき取った。その後75℃で2分間乾燥した後、大気中にて600℃で10分間焼成を行った。このロール塗布、乾燥、焼成を合計3回繰り返し行った。このようにして、前記の黒褐色被覆層の上に、さらに厚み0.1〜0.2μmの灰色の被覆を有する電極を得た。
【0046】
これらの電極について、前述の方法により、粉末X線回折測定を行った結果を図1に示す。さらに、これらの電極を試験極として、前述の方法により、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定、有機物耐性試験を行った結果を表1〜3に示した。
【0047】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)は33.89°であるが、そのピーク位置は低角度側にシフトしていることが判明した。また、金属パラジウム、金属白金に帰属される回折ピークは、ほとんど検出されなかった。これらのことから、酸化パラジウムに白金が固溶していることがわかった。さらに、食塩電解試験30日後においても回折パターンに変化が認められなかった。
【0048】
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、2.93V、塩素過電圧は0.034Vと良好な値が得られており、これは電解初期の24時間後から変化せず、安定して確認された。塩素ガス中の酸素ガス濃度は、塩酸無添加時に0.35%、塩酸添加時に0.04%と低い値が確認された。また、有機物耐性試験では、電解電圧の変化がほとんど認められなかった。
【0049】
(実施例2)
塗布液Bを、パラジウムと白金のモル比が1:1になるように調整した以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0050】
(実施例3)
塗布液Bを、パラジウムと白金のモル比が1:0.2になるように調整した以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0051】
(実施例4)
塗布液Bの塗布焼成を大気中にて500℃で10分間焼成とした以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0052】
実施例2〜4において、粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウムに相当するピーク位置は低角度側にシフトしており、金属パラジウム、金属白金に帰属される回折ピークは、ほとんど検出されないことから、実施例1と同様に、酸化パラジウムに白金が固溶していることがわかった。さらに、食塩電解試験30日後においても回折パターンに変化が認められなかった。
【0053】
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、2.92〜2.94V、塩素過電圧は0.033〜0.035Vと低い値が得られており、これは電解初期から変化せず、安定して確認された。
【0054】
後述する比較例との差は、特に電解電圧において顕著に現れており、塩素過電圧の差以上に、電解電圧が低くなっている点が本発明の電極の大きな特徴である。これは、その理由がまだ明確にはなっていないが、例えば、電極表面の親疎水性や表面張力などの物性変化によって、発生気泡の付着、ガス及び塩水の物質移動などが改善された効果ではないかと考えている。また、塩水に有機物を添加すると、気泡の安定化が見られるが、有機物耐性試験において、本発明の電極では電解電圧、塩素過電圧の上昇がほとんど起こらないことは、気泡が付着しにくい、あるいは有機物が電極表面に付着しにくいなど、電極表面の改質による効果を反映していると推察される。
【0055】
(比較例1)
塗布液Bの塗布焼成を行わないこと以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定、有機物耐性試験を行った結果を表1〜3に示した。
【0056】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化ルテニウム(RuO2)、酸化イリジウム(IrO2)、酸化チタン(TiO2)に直接一致するものは確認できなかったが、それらの回折線を跨いだ形でピークが確認されており、ルテニウム、イリジウム、チタンの酸化物が形成され、これらが固溶体または混合酸化物として形成されていることがわかった。さらに、食塩電解試験30日後においても回折パターンに変化が認められなかった。
【0057】
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、2.99V、塩素過電圧は0.045Vで、電解初期からほとんど変化せず、安定して確認された。塩素ガス中酸素ガス濃度は、塩酸無添加時に0.75%、塩酸添加時に0.35%であった。また、有機物耐性試験では、有機物無添加時に対して、0.03Vの電解電圧の上昇が認められた。
【0058】
(比較例2)
塗布液Bとして、硝酸パラジウム水溶液(田中貴金属株式会社製、パラジウム濃度100g/L)を用いること以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1〜2に示した。
【0059】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)の33.89°の位置にピークが認められた。しかし、食塩電解試験30日後には、回折ピーク強度の大きな低下が認められた。
【0060】
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、初期は2.94V、塩素過電圧は0.036Vと低い値を示していたが、10日運転後に上昇し始め、30日運転後には、電解電圧は3.08V、塩素過電圧は0.061Vに上昇した。塩素ガス中の酸素ガス濃度も、初期は塩酸無添加時に0.35%、塩酸添加時に0.04%と低い値が得られていたが、30日運転後には、塩酸無添加時に0.80%、塩酸添加時に0.40%へとそれぞれ上昇が認められた。
【0061】
(比較例3)
塗布液Aの塗布焼成による被覆層形成を行わずに、前処理を施した電極基材に直接、塗布液Bを塗布焼成を行った以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0062】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)の33.89°の位置にピークが観測され、固溶体形成は認められなかった。さらに、また、金属白金に対応する回折角(2θ)の46.24°と金属パラジウムに対応する回折角(2θ)の46.66°との間にピークが認められ、白金−パラジウム合金が形成されていることがわかった。同時に、酸化チタン(TiO2)の存在も確認された。また、食塩電解試験30日後には、これらの回折パターンにはいずれも強度低下が認められた。
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、2.99V、塩素過電圧は0.042Vであり、ともに初期からの経時上昇傾向が認められた。
【0063】
(比較例4)
塗布液Aとして、ジニトロジアミン白金硝酸塩水溶液(田中貴金属株式会社製、白金濃度100g/L)を用い、大気中での焼成を500℃で10分間にすること以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。
この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0064】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)の33.89°の位置にピークが認められ、固溶体の形成は認められなかった。また、白金−パラジウム合金が多く形成しており、酸化チタンの存在は少ないことが確認された。また、食塩電解試験30日後には、これらの回折パターンに強度低下が認められた。
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、3.13V、塩素過電圧は0.075Vであった。
【0065】
(比較例5)
塗布液Aとして、塩化白金酸(H2PtCl2・6H2O)10gと、ブチルアルコール75mlとを混合した溶液を用い、大気中での焼成を500℃で10分間にすることと、塗布液Bとして、塩化パラジウム(PdCl2)0.074g、塩化スズ(SnCl4・5H2O)2.822g、ブチルアルコール20ml、濃塩酸2mlとを混合した溶液を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で、電極を作製した。
この電極について、粉末X線回折測定を行った結果を図1に、イオン交換膜法食塩電解評価、塩素ガス中酸素ガス濃度測定を行った結果を表1に示した。
【0066】
粉末X線回折での観測ピークを同定したところ、酸化パラジウム(PdO)の主回折線に対応する回折角(2θ)の33.89°の位置にピークが認められ、固溶体形成は認められなかった。また、金属白金の存在が確認された。食塩電解試験30日後には、その回折パターンに強度低下が認められた。
イオン交換膜法食塩電解試験では、電流密度6kA/m2における電解電圧は、3.08V、塩素過電圧は0.07Vであった。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の電解用電極は、低過電圧で、塩素ガス中の酸素ガス濃度が低く、優れた長期耐久性を有するので、食塩電解用陽極、特にイオン交換膜法食塩電解用陽極として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】実施例1〜4および比較例1〜5で得られた塩素発生用電極のX線回折図であり、x軸は回折角(2θ)、y軸は回折強度である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材上に、酸化パラジウム(PdO)および白金からなる電極触媒被覆層を最表面に有する電極であって、該酸化パラジウムが該白金を固溶していることを特徴とする電解用電極。
【請求項2】
導電性基材に接して、ルテニウム、イリジウム、チタンのうち少なくとも1種類の酸化物を含む被覆層をさらに有することを特徴とする請求項1に記載の電解用電極。
【請求項3】
導電性基材上の最表面にパラジウム化合物及び白金化合物を含む溶液をコーティングした後、酸素の存在下で熱分解し、電極触媒被覆層を形成することを特徴とする請求項1または2に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項4】
導電性基材上に直接、ルテニウム化合物、イリジウム化合物、チタン化合物のうち少なくとも1種類の化合物を含む溶液をコーティングした後、酸素の存在下で熱分解し、導電性基材に接する被覆層を予め形成することを特徴とする請求項3に記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−59446(P2010−59446A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−223904(P2008−223904)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】