説明

非プロトン性有機溶媒中でのリパーゼによるエステル化物の製造方法

【課題】糖類やヌクレオシドが可溶な溶媒中での酵素によるエステル化物の製造方法が提供すること。
【解決手段】カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAの存在下、非プロトン性有機溶媒中で、水酸基を有する化合物と脂肪酸又はその誘導体とをエステル化させるエステル化物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素によるエステル化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エステル化合物の製造に適用し得る酵素的エステル化反応は、原料が疎水性のアルコールと脂肪酸の場合には、食品工業で既に実用化されている技術である(非特許文献1)。しかし、親水性で、疎水性の有機溶媒には溶けにくい化合物を原料に用いる場合、収量が低く、実際の製造には使用しにくい反応であった。例えば、有機溶媒に対して可溶性の酵素を用いて、オクタンやヘキサン等の有機溶媒中で、ショ糖エステルを製造する方法が報告されている(特許文献1)。しかし、それらの溶媒にはショ糖が溶けにくいため、収率は高くない。一方、糖質やプリンヌクレオシドなどが高い溶解性を示す溶媒としては、DMSOやDMFがある。例えばショ糖は、DMSOに対しては約40%の濃度で溶解する(非特許文献2)。また、プリンヌクレオシド、例えばグアノシンは、DMSOを50%以上含むDMF中で溶ける。しかし、DMFやDMSOのような非プロトン性有機溶媒を用いると、一般的に加水分解酵素は失活しやすくなり、反応が困難になると考えられていた(特許文献2及び特許文献3参照)。従って、親水性の化合物が高い溶解性を有する溶媒中でも高い活性を有する酵素が求められていた。これまでにDMFなどの溶媒で活性を有するものとして、バチルス属由来やストレプトマイセス属由来のプロテアーゼは見出されている(非特許文献3)。しかし、糖類やヌクレオシドが可溶な溶媒中で高い活性を保持する他の酵素は、これまでに知られていなかった。
【特許文献1】特開平8−245680号公報
【特許文献2】特開平9−271387号公報
【特許文献3】特開平8−9987号公報
【非特許文献1】バイオインダストリー、19、p.62−71(2002)
【非特許文献2】アドバンス オブ カーボハイドレート ケミストリー アンド バイオケミストリー、27、p.85−125(1972)
【非特許文献3】ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサイエティ、110、p.584−589(1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、糖類やヌクレオシドが可溶な溶媒中での酵素によるエステル化物の製造方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAが非プロトン性有機溶媒中で高い活性を有することを見出した。更に、反応基質としてショ糖を用いた場合には、特に選択性の高い反応が行われることも見出し、これらの知見に基づき、鋭意検討を重ねた。
【0005】
即ち、本発明には、以下のエステル化物の製造方法が含まれる。
【0006】
1. カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAの存在下、非プロトン性有機溶媒中で、水酸基を有する化合物と脂肪酸又はその誘導体とをエステル化させるエステル化物の製造方法。
【0007】
2.非プロトン性有機溶媒が、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、及びジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシドとの混合溶媒からなる群から選ばれるいずれかである項1に記載のエステル化物の製造方法。
【0008】
3.水酸基を有する化合物が糖類、ヌクレオシド類、糖アルコール類、又は水酸基を有するアミノ酸からなる群から選ばれる1種又は2種以上である項1又は2に記載のエステル化物の製造方法。
【0009】
4.水酸基を有する化合物が糖類である項3に記載のエステル化物の製造方法。
【0010】
5.水酸基を有する化合物がショ糖であって、エステル化物が下記一般式(21)で表される化合物である項1に記載のエステル化物の製造方法。
【0011】
【化1】

【0012】
(式中、Rcは炭素数1〜24の脂肪酸残基を示す。)
以下、本発明の実施形態について更に詳しく説明する。
【0013】
本発明のエステル化物の製造方法は、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAの存在下、非プロトン性有機溶媒中で、水酸基を有する化合物と脂肪酸又はその誘導体とをエステル化させることを特徴とする。
【0014】
ここで、エステル化とは、エステルを合成することを意味し、エステル化反応及びエステル交換反応が含まれる。具体的には、カルボン酸とアルコールとの反応(R′-COOH+R″-OH →R′-COO-R″)、エステルとアルコールとの反応(R′-COO-R″+R’’’-OH → R′-COO-R’’’)などが含まれる。
【0015】
リパーゼ
該エステル化物の製造方法では、酵素触媒として、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAを用いる。
【0016】
カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼには、タイプAとタイプBが存在する。本発明者らは、このうち、リパーゼタイプAが、非プロトン性有機溶媒中で高い活性を有する、優れた酵素触媒であることを見出した。
【0017】
本発明を適用すれば、有機溶媒に溶けにくい、水酸基を有する化合物を基質とする反応についても、高い収率で生成物を得ることが可能になる。
【0018】
リパーゼAは、発酵後のリパーゼから、例えば、ゲルろ過により調製して得ることができる。また、リパーゼAをコードする遺伝子により、組み換えDNA技術を用いて産生することもできる。リパーゼタイプAの使用割合は、溶媒に対して、0.1〜20重量%程度、好ましくは0.1〜10重量%程度である。
【0019】
リパーゼタイプAを用いる反応の反応温度は適宜設定し得るが、通常10〜100℃程度、好ましくは30〜50℃程度である。
【0020】
非プロトン性有機溶媒
本発明の方法は、非プロトン性有機溶媒中で行う。
【0021】
非プロトン性有機溶媒の種類は、特に限定されないが、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルイソプロピルアミド、ホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ピリジン、N−メチルピロリドン、N−メチル−2−ピロリジノンジプロピルスルホキシドあるいはそれらの混合溶媒等が挙げられる。
【0022】
このうち、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、又はジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシドとの混合溶媒が、生成収率が高い点で好ましい。特にジメチルスルホキシドが好ましい。混合溶媒の割合は適宜設定できるが、ジメチルスルホキシドの割合が60%以上、好ましくは80%以上であるものが好ましい。
【0023】
水酸基を有する化合物
本発明における水酸基を有する化合物としては、水酸基を一個以上有している化合物であれば、特に限定されない。例えば、糖類、ヌクレオシド類、糖アルコール類、水酸基を有するアミノ酸などを適用することができる。
【0024】
糖類としては、単糖、少糖、多糖およびそれらの加水分解生成物等の天然糖ならびに合成糖が挙げられる。また、これらの置換体や誘導体、例えば、アミノ糖、硫黄糖、ウロン酸等が挙げられる。また、これらの溶媒和物等が挙げられる。
【0025】
単糖としては、例えば、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、又はアスコルビン酸等の炭素数2〜8個の化合物、好ましくは5〜7個の化合物が挙げられる。
【0026】
少糖としては、例えば、トレハロース又はその二水和物、スクロース(ショ糖)、マルトース、セロビオース、ラクトース等の二糖、ラフィノース等の三糖、マンノオリゴ糖、マルトオリゴ糖等のオリゴ糖が挙げられる。
【0027】
多糖としては、例えば、セルロース、デンプン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、マンナン、キシラン、プルラン等が挙げられる。
【0028】
なかでも、コストや反応溶媒に対する溶解性の点から、単糖および少糖が好ましく、少糖としては特に二糖が好ましい。具体的には、グルコース、トレハロースおよびスクロースが好ましく、特にスクロースが好ましい。
【0029】
ヌクレオシド類としては、例えば、アデノシン、グアノシン、シトシン、チミン及びウラシルの各塩基にデオキシリボース又はリボースが結合した化合物又はその誘導体等が挙げられる。
【0030】
糖アルコール類としては、例えば、グリセロール、エリスリトール、アラビトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、イノシトールが挙げられる。
【0031】
また、水酸基を有するアミノ酸としては、セリン、スレオニン、チロシンが挙げられる。
【0032】
これらの化合物は、1種を単独で用いてもよく、また2種以上を併用して用いてもよい。
【0033】
反応溶媒中の水酸基を有する化合物の濃度は、0.01〜1M、好ましくは0.1〜0.5M程度である。
【0034】
脂肪酸又はその誘導体
本発明において用いられる脂肪酸又はその誘導体の種類は所望に応じて適宜設定し得る。
【0035】
脂肪酸としては、飽和または不飽和の脂肪族モノカルボン酸、ジカルボン酸、およびカルボン酸を分子内に3個以上有するポリカルボン酸等が挙げられる。脂肪酸の炭素数は、通常1〜24、好ましくは、6〜18である。
【0036】
脂肪族モノカルボン酸としては、例えば、カプロン酸,ソルビン酸,カプリル酸,カプリン酸,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミトレイン酸,パルミチン酸,ステアリン酸,イソステアリン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレン酸,ペンタデカン酸,エイコサン酸,ドコサン酸,ドコセン酸,アラキドン酸,リシノレイン酸,ジヒドロキシステアリン酸等が挙げられる。中でも、パルミチン酸,ステアリン酸、カプロン酸、カプリル酸、ラウリル酸が好ましい。
【0037】
また、ジカルボン酸としては、例えば、アジピン酸、セバチン酸等が挙げられる。
なかでも、ジビニルエステルとした場合に重合性モノマーが得られることから、飽和 または不飽和の脂肪族ジカルボン酸、特にアジピン酸が好ましい。
【0038】
また脂肪酸の誘導体としては、上記脂肪酸とアルコールとの反応から得られる脂肪酸エステルや脂肪酸の酸無水物などが挙げられる。脂肪酸エステルとしては、例えば、脂肪酸のビニルエステル、低級アルキルエステル、ハロゲン化低級アルキルエステル等が挙げられる。なかでも、エステル交換反応の脱離基として優れていることから、ビニルエステルが好ましい。
【0039】
なお、ここでいう「低級アルキル」とは、炭素数1〜6個の直鎖状または分枝鎖状のアルキル基を意味し、「ハロゲン化低級アルキル」とは、少なくとも1個のハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子等)で置換された前記低級アルキルを意味する。
脂肪酸の誘導体の具体例としては、上記脂肪酸のビニルエステル、メチルエステル、エチルエステル、トリフルオロエチルエステルおよびトリクロロエチルエステル、アジピン酸およびセバチン酸のジビニルエステルが挙げられる。
【0040】
なかでも、反応性の点から、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ミリスチン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、ウンデシレン酸ビニル、オレイン酸ビニル、およびアジピン酸ジビニルが好ましい。
【0041】
これらの脂肪酸又はその誘導体は、1種単独で用いてもよく、また2種以上を併用して用いてもよい。また、これらの脂肪酸又はその誘導体は、水酸基,カルボニル基,フェニル基、ハロゲン基等の置換基で適宜置換されたものでも良い。
【0042】
上記脂肪酸又はその誘導体の濃度は適宜設定し得るが、通常、水酸基を有する化合物1モルに対して、1〜10モル、好ましくは1.2〜4モル程度である。
【0043】
ショ糖エステル
該エステル化物の製造方法において、水酸基を有する化合物として、スクロース(ショ糖)を用いた場合には、スクロースの2位の二級水酸基が特異的にエステル化された化合物が得られる。
【0044】
具体的には、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAの存在下、非プロトン性有機溶媒中で、スクロースと脂肪酸又はその誘導体とをエステル化させた場合、下記一般式で表される化合物が得られる。
【0045】
【化2】

【0046】
(式中、Rcは炭素数1〜24の脂肪酸残基を示す。)
非プロトン性有機溶媒としては、前記した溶媒を適宜使用し得るが、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、及び、ジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシドとの混合溶媒が好ましく用いられる。特にジメチルスルホキシドが好ましい。
【0047】
脂肪酸又はその誘導体としては、前記脂肪酸又はその誘導体として例示した化合物などを所望に応じて適宜使用し得るが、特に、アジピン酸ジビニル、カプロン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニルが反応性の点で好適に用いられる。
【0048】
従来実用化されているショ糖エステルは化学触媒法で製造されたもので、モノ、ジ、トリエステルの混合物である。しかもスクロ−スの1’位、6位、6’位の一級水酸基に脂肪酸エステルが置換している。このため、親水性が低く、可溶化や乳化における水溶性が不十分である。これに対し、本発明を用いれば、2位の水酸基が選択的にエステル化されたモノエステル化合物が高収率で取得できる。また、本発明を用いれば、2位の二級水酸基のみが特異的にエステル化されたショ糖エステルを、高純度含有物の形で、複雑な工程を要さずに取得することができる
本発明の方法により得られる2位の水酸基が選択的にエステル化されたショ糖エステルは、食品、化粧品、シャンプー、リンス、医薬、農薬、洗浄剤などの分野における乳化剤や界面活性剤等として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0049】
本発明のエステル化物の製造方法によれば、水溶性が高い化合物を原料とする場合でも、エステル化物を効率よく取得することができる。特に本発明に係るエステル化物の製造方法は、化学合成が難しく、酵素による選択的な反応が求められるエステル化物の製造に、好適に用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、本発明をより詳しく説明するため実施例及び比較例を挙げるが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【実施例1】
【0051】
スクロース0.25M、アジピン酸ジビニル1Mを溶かしたジメチルホルムアミド(DMF)あるいはジメチルスルホキシド(DMSO)に、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)を10mg/mlの濃度になるように添加し、40℃で24時間反応後のエステル体への変換率を調べた。反応液のHPLC分析よりほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。
HPLCの分析条件を以下に示す。
カラム:TSKgel Amide-80
溶離液:アセトニトリル/水(3/1)
検出 :示差屈折
【比較例1】
【0052】
実施例1において、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)に代えて、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプB(Chirazyme,L2,lyo:CAL-B)を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行って、エステル体の変換率を調べた。
【0053】
実施例1と比較例1におけるエステル体の変換率の結果を図1に示す。図1に示されるように、リパーゼタイプAは、DMFやDMSO中においてリパーゼタイプBに比べて高い活性を示すことが明らかとなった。特にDMSO中において、その効果は顕著であった。
【実施例2】
【0054】
スクロース0.125Mとアジピン酸ジビニル0.5Mを含んだDMFとDMSOの混合溶液中にカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo)(10mg/ml)を添加し、DMFとDMSOの混合割合を適宜変えて、30℃で24時間撹拌したときのスクロースエステルへの変換率を調べた。反応液のHPLC分析よりほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。
HPLCの分析条件を以下に示す。
カラム:TSKgel Amide-80
溶離液:アセトニトリル/水(3/1)
検出 :示差屈折
【比較例2】
【0055】
スクロース0.125Mとアジピン酸ジビニル0.5Mを含んだDMFとDMSOの混合溶液中にカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプB(Chirazyme,L2,lyo)(10mg/ml)を添加し、DMFとDMSOの混合割合を適宜変えて、30℃で7日間撹拌したときの、スクロースのエステル体への変換率を調べた。反応液のHPLC分析よりほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。HPLCの分析条件は、実施例2と同様とした。
【0056】
実施例2と比較例2におけるエステル体の変換率の結果を図2に示す。図2に示されるように、リパーゼタイプA(CAL-A)は、DMFとDMSOの混合溶媒中においてリパーゼタイプB(CAL-B)に比べて高い活性を示すことが明らかとなった。特にリパーゼタイプAはDMSOの混合割合が多いほど、その効果は顕著であった。
【実施例3】
【0057】
マルトース0.25M、アジピン酸ジビニル1Mを、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン(NMP)の各溶媒に溶かし、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)を10mg/ml添加し、40℃で24時間攪拌後のエステル体への変換率を調べた。反応液のHPLC分析よりほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。
HPLCの分析条件を以下に示す。
カラム:TSKgel Amide-80
溶離液:アセトニトリル/水(3/1)
検出 :示差屈折
【比較例3】
【0058】
実施例3において、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)に代えて、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプB(Chirazyme,L2,lyo:CAL-B)を用いる以外は同様の操作を行ってエステル体の変換率を調べた。
【0059】
実施例3と比較例3におけるエステル体の変換率を調べた結果を図3に示す。図3に示されるように、マルトースの場合においても、リパーゼタイプAはタイプBと異なり、各非プロトン性有機溶媒中において顕著な反応性を示した。
【実施例4】
【0060】
スクロース6.42g(0.125M)およびカプロン酸ビニル10.7g(0.5M)を溶かしたジメチルホルムアミド150mlにカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)500mgを加えて懸濁した。この酵素反応液を30℃にて130rpmで24時間撹拌した。反応液について、実施例1と同様の分析条件でHPLC分析を行い、ほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。
【0061】
また反応液のTLC分析から生成物は一つであることを確認した。反応液中の不溶物を濾過で除去し、エバポレーターで減圧濃縮後、シリカゲルカラム(クロロホルム:メタノール=12:1)でエステル体を単離精製し、白色結晶として6.5g(収率79%)を得た。13C NMR分析から、スクロースの2位にカプロン酸残基が導入されたスクロース 2−カプロン酸エステルの生成が確認された。
13C NMR (DMSOd6):d 88.70(C1)、72.99(C2)、70.05(C3)、69.83(C4)、72.56(C5)、60.31(C6)、61.14(C1’)、104.23(C2’)、75.3(C3’)、82.63(C4’)、73.75(C5’)、62.32(C6’)。
【実施例5】
【0062】
スクロース6.42g(0.125M)およびカプリル酸ビニル12.8g(0.5M)を溶かしたジメチルホルムアミド150mlにカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)500mgを加えて懸濁した。この酵素反応液を30℃にて130rpmで24時間撹拌した。反応液について、実施例1と同様の分析条件でHPLC分析を行い、ほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。反応液から不溶物を濾過により除去後、濃縮しシリカゲル100gを詰めたカラムを用いて、クロロホルム:メタノール(12:1,v/v)で溶出した。白色結晶として6.8g(収率68%)を得た。13C NMR分析から、スクロースの2位にカプリル酸残基が導入されたスクロース 2−カプリル酸エステルの生成が確認された。
13C NMR (DMSOd6):d 88.71(C1)、72.96(C2)、70.05(C3)、69.85(C4)、72.55(C5)、60.35(C6)、61.13(C1’)、104.25(C2’)、75.27(C3’)、82.62(C4’)、73.80(C5’)、62.39(C6’)。
【実施例6】
【0063】
スクロース6.42g(0.125M)およびカプリン酸ビニル15g(0.5M)を溶かしたジメチルホルムアミド150mlにカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)500mgを加えて懸濁した。この酵素反応液を30℃にて130rpmで3日間撹拌した。反応液について、実施例1と同様の分析条件でHPLC分析を行い、ほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。実施例5と同様の方法で生成物を単離し、白色結晶として6.0g(収率64%)を得た。13C NMR分析から、スクロースの2位にカプリン酸残基が導入されたスクロース 2−カプリン酸エステルの生成が確認された。
13C NMR (DMSOd6):d 88.72(C1)、72.94(C2)、70.07(C3)、69.86(C4)、72.53(C5)、60.34(C6)、61.21(C1’)、104.30(C2’)、75.27(C3’)、82.59(C4’)、73.78(C5’)、62.37(C6’)。
【実施例7】
【0064】
スクロース6.42g(0.125M)およびラウリン酸ビニル17g(0.5M)を溶かしたジメチルホルムアミド150mlにカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)500mgを加えて懸濁した。この酵素反応液を30℃にて130rpmで3日間撹拌した。反応液について、実施例1と同様の分析条件でHPLC分析を行い、ほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。実施例5と同様の方法で生成物を単離し、白色結晶として6.9g(収率70%)を得た。13C NMR分析から、スクロースの2位にラウリン酸残基が導入されたスクロース 2−ラウリン酸エステルの生成が確認された。
13C NMR (DMSOd6):d 88.80(C1)、72.95(C2)、70.10(C3)、69.88(C4)、72.55(C5)、60.33(C6)、61.19(C1’)、104.30(C2’)、75.31(C3’)、82.62(C4’)、73.83(C5’)、62.35(C6’)。
【実施例8】
【0065】
スクロース2.14g(0.25M)およびアジピン酸ジビニル5g(1M)を溶かしたジメチルスルホキシド25mlにカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(Chirazyme,L5,lyo:CAL-A)250mgを加えて懸濁した。この酵素反応液を30℃にて130rpmで2日間撹拌した。反応液について、実施例1と同様の分析条件でHPLC分析を行い、ほぼ定量的にスクロースがエステル体へ変換されていることを確認した。実施例5と同様の方法で生成物を単離し、白色結晶として2.6g(収率81%)を得た。13C NMR分析から、スクロースの2位にビニルアジピン酸残基が導入されたスクロース 2−ビニルアジピン酸エステルの生成が確認された。
13C NMR (DMSOd6):d 88.70(C1)、72.99(C2)、70.05(C3)、69.83(C4)、72.56(C5)、60.31(C6)、61.14(C1’)、104.28(C2’)、75.30(C3’)、82.63(C4’)、73.75(C5’)、62.32(C6’)、23.49,32.76,33.18(−CH−)、98.12,141.26(−C=C−)、170.33,172.62(−C=O)。
【比較例4】
【0066】
実施例8において、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来リパーゼタイプA(リパーゼA)に代えて、ムコールジャバニカス(Mucor javanicus)由来リパーゼ(リパーゼM)、アスペルギルスニガー(Aspergillus niger)由来リパーゼ(リパーゼA’)、及びカンジダシリンドラセ(Candida cylindracea)由来リパーゼ(リパーゼAY)を用いる以外は同様の操作を行って、スクロースのエステル体の変換率を調べた。
【0067】
実施例8と比較例4における各リパーゼを用いた場合のスクロース 2−ビニルアジピン酸エステルへの変換率を表1に示す。
【0068】
【表1】

【0069】
表1に示されるように、他の微生物由来のリパーゼとの比較においても、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプAが顕著な変換率を示すことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明においては、水酸基を有する化合物も原料に用いることができ、しかも収率の高い、エステル化物の酵素的製造方法が見出された。
【0071】
従来の酵素的エステル交換反応は、主に疎水性有機溶媒中で行われていたが、本発明において、特定の酵素を用いることにより、DMSO等の非プロトン性有機溶媒中で酵素によるエステル化が可能になることが見出された。このため、水酸基を有する化合物を有する化合物が高い溶解性を有する溶媒中で、該化合物を原料に用いて、高い収率でエステル化物を得ることが可能になった。
【0072】
また、本発明のエステル化物の製造方法において、水酸基を有する化合物としてショ糖を用いることにより、ショ糖の2位の水酸基が特異的にエステル化されたエステル化物が得られることが明らかになった。
【0073】
従来、ショ糖脂肪酸エステルは、1’位、6位、6’位の一級水酸基がエステル化したモノ、ジ、トリエステル化合物の混合物として主に得られていたが、本発明を用いれば、2位の二級水酸基のみが特異的に選択されたショ糖モノエステル化合物を高純度で取得することが可能となる。
【0074】
本発明の製造方法を用いて得られるショ糖エステル化合物は、親水性が高く、可溶化性、乳化性、安定性等において優れた特性を有するものであり、食品、化粧品、シャンプー、リンス、医薬、農薬、洗浄剤などの分野における乳化剤や界面活性剤等として好適に用いることができる。
【0075】
本発明のエステル化物の製造方法は、疎水性有機溶媒には溶けにくい水酸基を有する化合物を原料に用いるエステル化物の製造、並びに、化学合成が難しく、酵素による選択的な反応が求められるエステル化物の製造において、特に優れた手段を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】ショ糖0.25M、アジピン酸ジビニル1Mを溶かしたDMFあるいはDMSOに、カンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(CAL-A)あるいはカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプB(CAL-B)を添加し、40℃で24時間反応した後のエステル体への変換率を示す図面である。○はリパーゼタイプAの変換率を、●はリパーゼタイプBの変換率を示す。
【図2】図2のAは、ショ糖(0.125M)とアジピン酸ジビニル(0.5M)を含んだDMFとDMSOの混合溶液中にカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプA(CAL-A)を添加し、DMFとDMSOの混合割合を変えて、30℃で24時間撹拌したときのスクロースエステルへの変換率を示す図面である。図2のBは、ショ糖(0.125M)とアジピン酸ジビニル(0.5M)を含んだDMFとDMSOの混合溶液中にカンジダアンタークティカ由来リパーゼタイプB(CAL-B)を添加し、DMFとDMSOの混合割合を変えて、30℃で7日間撹拌したときのスクロースエステルへの変換率を示す図面である。
【図3】マルトース0.25M、アジピン酸ジビニル1Mを、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N−メチルピロリドン(NMP)の各溶媒に溶かし、カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプA(CALA)及びタイプB(CALB)をそれぞれ10mg/ml添加し、40℃で24時間攪拌後のエステル体への変換率を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンジダアンタークティカ(Candida antarctica)由来のリパーゼタイプAの存在下、非プロトン性有機溶媒中で、水酸基を有する化合物と脂肪酸又はその誘導体とをエステル化させるエステル化物の製造方法。
【請求項2】
非プロトン性有機溶媒が、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、及びジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシドとの混合溶媒からなる群から選ばれるいずれかである請求項1に記載のエステル化物の製造方法。
【請求項3】
水酸基を有する化合物が糖類、ヌクレオシド類、糖アルコール類、及び水酸基を有するアミノ酸からなる群から選ばれる1種又は2種以上である請求項1に記載のエステル化物の製造方法。
【請求項4】
水酸基を有する化合物が糖類である請求項3に記載のエステル化物の製造方法。
【請求項5】
水酸基を有する化合物がショ糖であって、エステル化物が下記一般式(21)で表される化合物である請求項1に記載のエステル化物の製造方法。
【化1】

(式中、Rcは炭素数1〜24の脂肪酸残基を示す。)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−200054(P2008−200054A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−129915(P2008−129915)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【分割の表示】特願2005−501026(P2005−501026)の分割
【原出願日】平成15年10月10日(2003.10.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(391045392)甲南化工株式会社 (6)
【Fターム(参考)】