説明

音響信号処理装置と音響信号処理方法およびプログラム

【課題】設定した聴取領域を容易に高音質化できるようにする。
【解決手段】分割部15は、入力音響信号の帯域分割を行う。制御部20は、複数のスピーカを通じて入力音響信号に基づきスピーカ30-1〜30-5から音響出力を行う際に、分割部15で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置することで、焦点の合う領域サイズを周波数成分に係らず揃えることができるので、設定した聴取領域で高域信号成分が低下する領域等が生じてしまうことを防止することが可能となり、設定した聴取領域を容易に高音質化できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この技術は、音響信号処理装置と音響信号処理方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数のスピーカを用いて視聴領域の制御を行う方法が提案されている。例えば特許文献1では、一対のスピーカを音響信号の周波数成分の8分の1波長から1波長の間隔となるように配置して、両スピーカに対する聴取空間内において、両スピーカから出力される音波同士を干渉によって打ち消すフィルタを設ける。ここで、両スピーカの前方に設けたマイクの検知出力に基づきフィルタ係数を調整することで、音波の打ち消しが達成される領域をセンサマイクの位置に応じて任意に制御することが行われている。
【0003】
また、特許文献2では、音響信号の中低音域成分については、放射音波の8分の1波長〜1波長の間隔をおいて並置した中低音用スピーカで音響出力を行う。また、高音域成分については、指向性高音用アレイスピーカで音響出力を行う。このように音響出力を行うことで、領域に応じて音を聴き取りにくくしたり別内容の音を聴取させることが行われている。
【0004】
さらに、特許文献3では、複数の音響出力素子にそれぞれが独立したフィルタを通じて音響信号を印加する。また、フィルタは、同一空間内に配置された複数の制御点での観測信号が予め設定された音再生方向では所望の平面波となり、予め設定された音遮断領域では観測信号が零となるフィルタ係数とする。このようにフィルタ係数を設定することで、広がりが抑えられた平面波の発生を実現することが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3422282号
【特許文献2】特許第3422296号
【特許文献3】特許第4027329号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1のように、一対のスピーカを音響信号の周波数成分の8分の1波長から1波長の間隔となるように配置する場合、作り出されるクロストーク低減領域の大きさはスピーカ間隔によって定まるため変更することができない。また、周波数ごとのクロストーク低減領域の大きさを揃えることを意図していないため、例えば高音域では領域が狭くなってしまう等の問題がある。
【0007】
また、特許文献2では高音域においては高指向性のスピーカやスピーカアレイによる指向性制御などを用いることから、設定できる聴取領域が限定されてしまい、聴取領域を増やすにはアレイの数を増やすなどの対応が必要となる。
【0008】
さらに特許文献3では、1つの聴取領域を作るために多数の制御点を使用するが、原理上作り出せる制御点の数はアレイ中のスピーカの数より1つ以上少なくなってしまうため、1つの聴取領域を作り出すために非常に大量のスピーカが必要となってしまう。
【0009】
そこで、この技術では、設定した聴取領域を容易に高音質化できる音響信号処理装置と音響信号処理方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この技術の第1の側面は、入力音響信号の帯域分割を行う分割部と、複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する制御部とを備える音響信号処理装置にある。
【0011】
この技術では、入力音響信号例えば1または複数コンテンツの音響信号の帯域分割が行われる。また、複数のスピーカを通じて入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、複数のスピーカの中心から信号成分の結ぶ焦点までの距離を用いて、各信号成分の位相とゲインの制御が行われて、予め設定した周波数成分よりも高い周波数成分の結ぶ焦点が、分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置される。また、予め設定した周波数成分の波長は、例えば聴取者の頭部のサイズに基づいて設定される。
【0012】
この技術の第2の側面は、複数コンテンツの入力音響信号の帯域分割を行う分割部と、複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記コンテンツごとに、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する制御部とを備える音響信号処理装置にある。
【0013】
この技術の第3の側面は、入力音響信号の帯域分割を行う工程と、複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する工程とを備える音響信号処理方法にある。
【0014】
この技術の第4の側面は、入力音響信号の処理をコンピュータで実行させるプログラムであって、前記入力音響信号の帯域分割を行う手順と、複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する手順とを前記コンピュータで実行させるプログラムにある。
【0015】
なお、本技術のプログラムは、例えば、様々なプログラム・コードを実行可能な汎用コンピュータに対して、コンピュータ可読な形式で提供する記憶媒体、通信媒体、例えば、光ディスクや磁気ディスク、半導体メモリなどの記憶媒体、あるいは、ネットワークなどの通信媒体によって提供可能なプログラムである。このようなプログラムをコンピュータ可読な形式で提供することにより、コンピュータ上でプログラムに応じた処理が実現される。
【発明の効果】
【0016】
この技術では、入力音響信号の帯域分割が行われて、複数のスピーカを通じて入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、分割された高域信号成分の結ぶ焦点が、この分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置される。このため、焦点の合う領域を周波数成分に係らず揃えることが可能となり、設定した聴取領域を容易に高音質化できる
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】音響信号処理装置の原理を説明するための図である。
【図2】全ての周波数帯において同じ位置に制御点を置いた場合の聴取領域を説明するための図である。
【図3】高域信号成分以下の信号成分の聴取領域内に高域信号成分の制御点を複数設けた場合の聴取領域を説明するための図である。
【図4】制御点を複数設けた場合の周波数と焦点サイズの関係を模式的に示した図である。
【図5】聴取領域の外径を揃える場合の制御点の位置を説明するための図である。
【図6】音響信号処理装置の構成を例示した図である。
【図7】各部位の働きの模式図である。
【図8】スピーカと聴取領域の配置例を示す図である。
【図9】制御点でのエリア径の拡大を説明するための図である。
【図10】音圧分布のシミュレーション結果(1kHz)を示す図である。
【図11】音圧分布のシミュレーション結果(4kHz)を示す図である。
【図12】音圧分布のシミュレーション結果(8kHz)を示す図である。
【図13】聴取領域に設ける制御点の配置処理を示すフローチャートである。
【図14】音響信号処理装置の他の構成(1台の機器で1つの聴取領域を生成する場合)を例示した図である。
【図15】音響信号処理装置の他の構成(1台の機器で複数の聴取領域を生成する場合)を例示した図である。
【図16】音響信号処理装置の他の構成(複数台の機器で複数の聴取領域を生成する場合)を例示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本技術を実施するための形態について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.本技術の原理
2.音響信号処理装置の構成
3.音響信号処理装置の動作
4.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(1台の機器で1つの聴取領域を生成する場合)
5.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(1台の機器で複数の聴取領域を生成する場合)
6.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(複数台の機器で複数の聴取領域を生成する場合)
【0019】
<1.本技術の原理>
本技術では、1つもしくは複数の信号源からの音響信号を音響信号処理装置に入力する。音響信号処理装置は、分割部と制御部を有している。分割部は音響信号を複数の周波数帯域に分割する。制御部は複数の周波数帯域に分割された音響信号に対して位相や振幅の調整を行い、複数のスピーカを通じて音響出力を行う際に、分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置させる。
【0020】
以下、音響信号処理装置の原理について説明する。本原理では、多チャンネルのクロストークキャンセルを基本としており、音響信号に含まれる周波数成分「ω」について考える。図1に示すように、音響信号処理装置10に入力される音響信号の数を「L」、音響信号処理装置10に接続されて音響出力を行うスピーカの数を「M」、空間中に分布する制御点の数を「N」とする。なお、制御点の数Nはスピーカの数Mより少ないものとする(N<M)。
【0021】
音響信号処理装置に入力される音響信号は、式(1)に示すように「s(ω)」とする。また、各スピーカの入力信号は、式(2)に示すように「x(ω)」とする。さらに、制御点において観測される音響信号は、式(3)に示すように「y(ω)」とする。なお、式においてTは転置であることを示している。
【数1】

【0022】
ここで、各スピーカから各制御点までの関数をN×M行列である「G(ω)」、入力された音響信号からスピーカに出力する音響信号を生成するフィルタをM×L行列である「W(ω)」とする。このように関数を定義すると、制御点において観測される音響信号y(ω)とスピーカの入力信号x(ω)の関係は式(4)となる。また、スピーカの入力信号x(ω)と入力される音響信号s(ω)の関係は式(5)となる。
【数2】

【0023】
さらに、各制御点において提示したい音(以下「目的音」という)の音響信号を式(6)に示すように「y’(ω)」として、目的音と入力音との対応関係を示す関数をN×L行列である「A(ω)」とする。この場合、目的音の音響信号y’(ω)と入力される音響信号s(ω)の関係は式(7)となる。
【数3】

【0024】
ここで、観測音を目的音と等しくする、すなわちy(ω)=y’(ω)とするためには式(8)が満たされればよい。
【数4】

【0025】
式(8)を満たすフィルタW(ω)を求める方法として、式(9)に示すように擬似逆行列を用いる方法が考えられる。
【数5】


なお式(9)において、G(ω)は、G(ω)の共役転置行列を表す。
【0026】
このようにして設計したフィルタW(ω)を適用することで、制御点において目的音を聴取させることが可能となる。また、このようにフィルタW(ω)を設計した場合、得られる聴取領域は波長に比例した大きさとなり、特に高周波領域では十分な大きさを得ることが難しくなる。そのため、制御点から少し離れると高域が減少して音質の変化や聴感上の違和感を生じる問題を生じる。
【0027】
例えば、全ての周波数帯において同じ位置に制御点を置いた場合、図2の(A)に示すように、周波数による焦点サイズの違いによって低音域では頭全体を覆うサイズが聴取領域として確保できている。これに対して高音域では焦点サイズが小さくなることから、片耳あるいは両耳ともに焦点内に入らず聴取領域で低音域のみが聞こえたり逆に高音域のみが聞こえてしまったりする恐れがある。なお、図2の(B)は、制御点が1つである場合の周波数と焦点のサイズの関係を模式的に示している。
【0028】
したがって、本技術では、周波数帯ごとに制御点の数や配置を変えることによって周波数帯によって異なる聴取領域の大きさの変化を補償することで、所望の聴取領域内での音質の変化や聴感上の違和感を軽減させる。具体的には、高域信号成分の結ぶ焦点を、高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する、すなわち高域信号成分以下の信号成分の焦点内に高域信号成分の制御点を複数設けることで、高域信号成分の焦点サイズの変化を補償する。例えば低周波数帯の焦点領域を聴取領域に対応させたとき、図3に示すように、低周波数帯の焦点内に3つの制御点を設けることで、周波数が高く焦点サイズの幅が狭くなっても、高域信号成分が高音質である領域を広げることができる。また、周波数ごとに制御点の位置を変化させることにより、各信号成分が高音質である領域を聴取領域に揃えることが可能である。
【0029】
図4は、制御点を複数設けた場合の周波数と焦点サイズの関係を模式的に示している。焦点サイズが所望の聴取領域のサイズに対して無視できないほど小さくなる場合には制御点を増加させる。例えば、周波数f1で焦点サイズが所望の聴取領域のサイズに対して無視できないほど小さくなる場合には、周波数f1以上の周波数で焦点数を3つすなわち制御点を3つとする。また、周波数f2で焦点サイズが所望の聴取領域のサイズに対して無視できないほど小さくなる場合には、周波数f2以上の周波数で焦点数を5つすなわち制御点を5つとする。このように制御点を増やすことで領域を広げることができる。さらに、制御点の数が同じ周波数帯においても高音域に近づくほどに徐々に制御点の位置を離すことによって、制御点全体での焦点の外径を揃えることが可能となる。例えば図5の(A)に示すように3つの制御点を設けて周波数faに対して聴取領域を設定する。ここで、3つの制御点の位置が固定である場合、周波数が周波数faよりも高い周波数fbであると焦点サイズが狭くなることから、図5の(B)に示すように、焦点の外径は、位置Paから中央部に移動した位置Pbとなってしまう。したがって、図5の(C)に示すように、例えば中央の制御点の位置を基準として他の2つの制御点の位置を離すことによって、焦点の外径を周波数が周波数faの場合の位置Paである聴取領域に揃えることができる。
【0030】
<2.音響信号処理装置の構成>
図6は、音響信号処理装置の構成を例示している。音響信号処理装置10は、分割部15と制御部20を備えている。なお、図6の音響信号処理装置では、3つの音響信号のそれぞれを3つの周波数帯に分割して位相やゲインの調整等の信号処理を行い、信号処理後の音響信号を用いて5つのスピーカから音響出力を行う場合を例示している。
【0031】
図6に示す音響信号処理装置10の分割部15は、3つの帯域分割フィルタ16-1〜16-3を用いて構成されている。制御部20は、音響信号の位相やゲイン調整を行う位相・ゲイン調整フィルタ21-high,21-mid,21-lowとフィルタ処理後の信号を加算する加算部22-1〜22-5を備えている。また、音響信号処理装置10には複数のスピーカ30-1〜30-5が接続される。さらに、制御部20で生成された音響出力信号に基づきスピーカ30-1を駆動する駆動部35-1、同様にスピーカ30-2〜30-5を駆動する駆動部35-2〜35-5が設けられている。なお、駆動部35-1〜35-5は、音響信号処理装置10に内蔵する構成であってもよく、音響信号処理装置10と別個に設けられる構成であってもよい。
【0032】
帯域分割フィルタ16-1は、入力された音響信号S1を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16-1は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0033】
帯域分割フィルタ16-2は、入力された音響信号S2を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16-2は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0034】
帯域分割フィルタ16-3は、入力された音響信号S3を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16-1は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0035】
位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、帯域分割フィルタ16-1〜16-3から供給された最も高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0036】
位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、帯域分割フィルタ16-1〜16-3から供給された2番目に高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0037】
位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、帯域分割フィルタ16-1〜16-3から供給された最も低い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0038】
加算部22-1は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-1に出力する。同様に、加算部22-2〜22-5は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-2〜35-5に出力する。
【0039】
駆動部35-1は、音響信号処理装置10の加算部22-1から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する。さらに、ユーザによって設定された利得あるいは予め設定されている利得で音響信号を増幅してスピーカ30-1に供給して音響出力を行う。同様に、駆動部35-2〜35-5は、音響信号処理装置10の加算部22-2〜22-5から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する処理や増幅する処理を行いスピーカ30-2〜30-5に供給して音響出力を行う。
【0040】
<3.音響信号処理装置の動作>
音響信号処理装置10の制御部20は、制御点で目的音が聴取できるようにフィルタ処理を行う。
【0041】
上述したように、制御点において目的音を聴取させることが可能となるフィルタW(ω)の設計は、式(9)のように擬似逆行列を用いるのが最も簡便ではあるが、必ずしも擬似逆行列を用いる必要はない。ここで、仮に使用する環境が理想的であり、床面や壁等による反射がなく、制御点とスピーカの間の伝達関数は距離による減衰と同じく距離による位相遅れのみによって記述できる場合について考える。このとき、伝達関数G(ω)のn行m列目の成分、すなわちn番目の制御点とm番目のスピーカの間の伝達関数Gn,m(ω)は音速cと制御点とスピーカの間の距離rn,m、虚数単位jを用いて式(10)のように表すことができる。
【数6】

【0042】
このとき、共役転置行列G(ω)は、各スピーカから各制御点までの距離による位相遅れを補償し、制御点において各スピーカからの信号が強めあう焦点を形成するたの超指向性ビームフォーミングフィルタとして働く。また、残った項(G(ω)G(ω)−1は、G(ω)によって各制御点に向けて放たれた指向性ビームの信号が他の制御点に対して漏れ出した成分を打ち消すためのクロストークキャンセラとして働く。
【0043】
そこで、M×N行列である関数B(ω)を用いて、フィルタW(ω)を式(11)に基づき算出する。
【数7】

【0044】
なお、式(11)の各部位の働きの模式図を図7に示す。このビームフォーミングフィルタB(ω)の設計法について考えるため、B(ω)=G(ω)とした場合の制御点付近の音圧分布について考える。ここで、図8に示したようなスピーカと聴取領域の配置例において、アレイスピーカの中心から距離rの位置に制御点があるものとする。このとき、制御点周辺の音圧分布は、距離rがスピーカアレイの径より十分大きい場合、フラウンホーファ回折の原理によりスピーカアレイ面での音圧分布と制御点を含む面での音圧分布が空間的なフーリエ変換対の関係になることが知られている。そのため、アレイ外側のスピーカを弱く、内側のスピーカを強くする等の処理によって、制御点面の空間高周波成分を抑えることで制御点でのエリア径を拡大する。例えば図9に示すように、アレイ外側のスピーカを弱く、内側のスピーカを強くする処理を行うと、制御点周辺の位置の音圧分布は破線(処理を行っていない場合)から実線(処理を行った場合)で示す特性となり、音圧レベルが高い領域を広げることができる。また、アレイ外側のスピーカを弱く、内側のスピーカを強くする処理を行う場合、外側のスピーカを弱く内側のスピーカを強くなるように対角成分を設定した対角行列Dを用いて、B(ω)=DG(ω)としてフィルタ設計を行えばよい。この処理を高周波ほど強く、低周波ほど弱くかけることによって周波数ごとのエリア径の差異を緩和することができる。
【0045】
対応関係を示す行列A(ω)を例えば式(12)に設定すると、s1(ω)にいては異なる位置に存在する2つの制御点において、同時に同じ強さの音を提示するという条件となる。同様に、s2(ω)にいても異なる位置に存在する2つの制御点において、同時に同じ強さの音を提示するという条件となる。このような条件下では、制御点の数を増やした際にW(ω)の解が不安定になりやすい。したがって、アレイの中心から制御点までの距離rnを用いて行列A(ω)の下記成分を式(13)を用いて設定することで、このような影響を低減することが可能となる。
【数8】

【0046】
伝達関数G(ω)の取得については、上述の式(10)に示したように理想的な伝達関数を仮定して使用する他に、直接マイクを用いて伝達関数を計測して用いることが考えられる。その際に用いるマイクは、全指向性のマイクを用いることが考えられる。しかし、精密な伝達関数を必要とするような場合においては、マイクがその場所にある時の伝達関数と人間の体がそこにあるときの伝達関数の間の差異や人の頭部伝達関数による影響をも考慮しなければならない。そのため、ダミーヘッドを用いて計測する、あるいはマイクによって測定された伝達関数に方向別の頭部伝達関数を重畳することによって影響を考慮した伝達関数を取得することで分離性能を向上させることが可能になる。
【0047】
また、スピーカアレイを構成するスピーカの間隔は、必ずしも一定である必要はない。特表平9−512159号公報にみられるように、スピーカ間隔を対数分布に従うように配置するなどスピーカ間隔を不均等とすることにより、フィルタB(ω)によって作り出される指向特性のサイドローブを低減することが可能である。
【0048】
ここで、図8に示した配置例において、聴取領域内に制御点を設けた場合の音圧分布のシミュレーション結果を図10〜図12に例示している。なお、図8における距離は単位を「mm」としている。また、図10〜図12において、黒色の点線で示す聴取領域Uaは、音が聞こえるように設定した領域、白色の点線で示す聴取領域Ubは、音が聞こえないように設定した領域を示している。
【0049】
図10は、1kHzの信号成分について聴取領域の中央に1つの制御点を設けた場合の音圧レベルの分布を例示している。聴取領域Uaでは音圧レベルの変化が少なく高い音圧レベルが得られている。聴取領域Ubでは音圧レベルの変化が少なく低い音圧レベルとされている。すなわち、聴取領域Ua内では1kHzの信号成分の音が聞こえて、聴取領域Ub内では1kHzの信号成分の音が聞こえないように制御することができる。
【0050】
図11は、4kHzの信号成分についての音圧レベルの分布を例示している。また、図11の(A)は聴取領域の中央に1つの制御点を設けた場合、図11の(B)は聴取領域の中央の制御点の両側にも制御点を設けた場合を示している。図11の(A)のように、制御点が1つの場合、聴取領域Ua内で音圧レベルの変化が生じて音圧レベルが低い領域が生じている。同様に、聴取領域Ub内で音圧レベルの変化が生じて音圧レベルの高い領域が生じている。すなわち、聴取領域Ua内で4kHzの信号成分の音が聞こえ難い領域や、聴取領域Ub内で4kHzの信号成分の音が聞こえてしまう領域が生じてしまう。
【0051】
ここで、図11の(B)に示すように、制御点が3つの場合、聴取領域Ua内では音圧レベルの変化が少なく高い音圧レベルが得られる。同様に、聴取領域Ub内では音圧レベルの変化が少なく低い音圧レベルが得られる。すなわち、聴取領域Ua内では4kHzの信号成分の音が聞こえて、聴取領域Ub内では4kHzの信号成分の音が聞こえないように制御することができる。
【0052】
図12は、8kHzの信号成分についての音圧レベルの分布を例示している。また、図12の(A)は聴取領域の中央に1つの制御点を設けた場合、図12の(B)は聴取領域の中央の制御点の両側にも制御点を設けた場合、図12の(C)はさらに両側に制御点を設けた場合を示している。図12の(A)のように、制御点が1つの場合、聴取領域Ua内で音圧レベルの変化が生じて音圧レベルが低い領域が生じている。同様に、聴取領域Ub内で音圧レベルの変化が生じて音圧レベルの高い領域が生じている。すなわち、聴取領域Ua内で8kHzの信号成分の音が聞こえ難い領域や、聴取領域Ub内で8kHzの信号成分の音が聞こえてしまう領域が生じてしまう。
【0053】
また、図12の(B)に示すように、制御点が3つの場合、聴取領域Ua内では制御点が1つの場合に比べて音圧レベルが低下している領域は少ないが、音圧レベルの低下する領域が生じている。同様に、聴取領域Ub内では制御点が1つの場合に比べて音圧レベルが高くなっている領域は少ないが、音圧レベルの高い領域が生じている。すなわち、聴取領域Ua内で8kHzの信号成分の音が聞こえ難い領域や、聴取領域Ub内で8kHzの信号成分の音が聞こえてしまう領域を少なくすることはできる。しかし、聴取領域Ua内で8kHzの信号成分の音が聞こえ難い領域や、聴取領域Ub内で8kHzの信号成分の音が聞こえてしまう領域を無くすことはできない。
【0054】
ここで、図12の(C)に示すように、制御点が5つの場合、聴取領域Ua内では音圧レベルの変化が少なく高い音圧レベルが得られる。同様に、聴取領域Ub内では音圧レベルの変化が少なく低い音圧レベルが得られる。すなわち、聴取領域Ua内では8kHzの信号成分の音が聞こえて、聴取領域Ub内では8kHzの信号成分の音が聞こえないように制御することができる。
【0055】
このように、高域信号に対しては制御点を増加させることで、高域信号についての聴取領域を拡大できる。したがって、生成される聴取領域の大きさが周波数帯ごとにばらつくことを抑え、より広い周波数帯において所望の聴取領域を生成できることから、提示される音響信号の高音質化が実現される。また、聴取領域の拡大により、聴者が多少聴く位置から動いてしまっても十分な効果が得られるという利便性が実現される。
【0056】
聴取領域に設ける制御点の配置処理は、図13に示すフローチャートに示す処理を行えばよい。また、制御点の変更は、予め設定した周波数成分よりも高い周波数成分について、高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置するようにする。例えば聴取領域の大きさを人間の頭の大きさを基準に定めた場合、波長が約34cmとなる周波数1kHz付近の値を境として聴取領域ごとの制御点の数が1か1より多くするかを決定する。
【0057】
本技術で提示できる周波数帯は、スピーカアレイの条件や聴取領域の位置関係等によって制限を受ける。例えば、上限となる周波数は、制御点の最大数(すなわちアレイ中のスピーカの個数)と聴取領域の大きさによって定まる。制御点によってカバーできる範囲が聴取領域に比べ無視できないほど小さくなるような周波数成分に関しては、ローパスフィルタ等によって再生を制限することが好ましい。また、下限となる周波数については、聴取領域間の距離によって定まる。例えば聴取領域が、中心間の距離を1mとして3つ配置されており、それぞれについて全く別の音を提示する場合、波長が1mを大きく超えるような周波数成分に関しては原理上分離が困難である。このため、逆行列(G(ω)B(ω))−1が存在しなくなるなどフィルタを不安定にする。したがって、ハイパスフィルタ等によって再生を制限することが好ましい。
【0058】
ステップST1で音響信号処理装置10は、初期設定を行う。音響信号処理装置10は、フィルタ設計の初期値として例えば周波数成分「ω」を下限周波数「ωL」に設定する。また、制御点の数「N」を目的聴取領域の数「Ns」に設定してステップST2に進む。
【0059】
ステップST2で音響信号処理装置10は、N個の制御点を目的聴取領域内に均等配置する。音響信号処理装置10は、例えば制御点が1つである場合、目的聴取領域内の中央に配置する。また、制御点が3つである場合、目的聴取領域内を3等分して、各領域の中央に制御点を配置してステップST3に進む。
【0060】
ステップST3で音響信号処理装置10は、フィルタWを求める。音響信号処理装置10は、式(11)に基づきフィルタW(ω)を算出してステップST4に進む。
【0061】
ステップST4で音響信号処理装置10は、シミュレーションを行う。音響信号処理装置10は、ステップST3で算出したフィルタW(ω)で音響出力を行ったときの聴取領域内の音圧レベルの数値シミュレーションを行いステップST5に進む。
【0062】
ステップST5で音響信号処理装置10は、目的聴取領域が所定以上充足されたか判別する。音響信号処理装置10は、目的聴取領域内において、許容可能な音圧レベル範囲がどの程度の割合であるか判別して、所定割合以下である場合はステップST6に進み、所定割合よりも高い場合にはステップST8に進む。
【0063】
ステップST6で音響信号処理装置10は、スピーカの数「M」から1を減算した値「M−1」よりも制御点の数Nが少ないか判別する。音響信号処理装置10は、「N<M−1」の条件を満たす場合、ステップST7に進み、条件を満たさない場合ステップST11に進む。
【0064】
ステップST7で音響信号処理装置10は、制御点の数Nを1増加してステップST2に戻る。
【0065】
ステップST8で音響信号処理装置10は、目的聴取領域に対して生成した領域が大きすぎないか判別する。音響信号処理装置10は、周波数成分「ω」において制御点の数を「N」とした場合に生成される聴取領域と、目的聴取領域のサイズを比較する。音響信号処理装置10は、目的聴取領域に比べて生成した聴取領域が大きすぎる場合、例えば生成される聴取領域が目的聴取領域よりも大きく、所定の割合を超えている場合はステップST9に進む。また、音響信号処理装置10は、生成した聴取領域が大きすぎない場合にステップST11に進む。
【0066】
ステップST9で音響信号処理装置10は、制御点の数「N」が目的聴取領域の数「Ns」よりも大きいか判別する。音響信号処理装置10は、制御点の数「N」が目的聴取領域の数「Ns」よりも大きい場合、ステップST10に進み、大きくない場合にステップST11に進む。
【0067】
ステップST10で音響信号処理装置10は、制御点の間隔を狭めて配置する。音響信号処理装置10は、制御点の数「N」とした場合に生成される聴取領域が広く、制御点の数が聴取領域の数よりも多いことから、生成される聴取領域が狭くなるように制御点の間隔を狭めてステップST3に戻る。
【0068】
ステップST11で音響信号処理装置10は、周波数成分「ω」が上限周波数「ωH」を超えているか判別する。音響信号処理装置10は、周波数成分「ω」が上限周波数「ωH」を超えていない場合にステップST12に進み、周波数成分「ω」が上限周波数「ωH」を超えた場合に処理を終了する。
【0069】
ステップST12で音響信号処理装置10は、周波数成分「ω」を更新する。音響信号処理装置10は、ステップST2からステップST9の処理を行うことにより、周波数成分「ω」に対して目的の聴取領域を生成できる制御点の数や配置を決定できる。したがって、周波数成分「ω」を所定周波数分だけ高い周波数に変更してステップST2に戻り、新たな周波数成分に対して目的の聴取領域を生成できる制御点の数や配置を決定する処理を行う。
【0070】
このような処理を行うと、例えば、図11の(A)のように、聴取領域Uaにおいて音圧レベルが低下していない領域や聴取領域Ubにおいて音圧レベルが高くなっていない領域の割合が所定割合以下の場合には制御点の数を増やして、図11の(B)のように、目的の聴取領域を生成できる。また、図11の周波数に対する処理が完了すると、その後図12に示す周波数の処理が行われて、図12の(C)のように、目的の聴取領域を生成できる。
【0071】
<4.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(単一の音響信号処理装置によって作り出した単一の聴取領域に対して単一のコンテンツを提示する場合)>
図14は、音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成として、1台の機器で1つの聴取領域に対して単一のコンテンツを提示する場合を例示している。音響信号処理装置10は、入力される音響信号が1つであることから、分割部15は、1つの帯域分割フィルタ16を用いて構成されている。制御部20は、上述のように音響信号の位相やゲイン調整を行う位相・ゲイン調整フィルタ21-high,21-mid,21-lowとフィルタ処理後の信号を加算する加算部22-1〜22-5を備えている。また、音響信号処理装置10には複数のスピーカ30-1〜30-5が接続される。さらに、制御部20で生成された音響出力信号に基づきスピーカ30-5を駆動する駆動部35-1、同様にスピーカ30-2〜30-5を駆動する駆動部35-2〜35-5が設けられている。
【0072】
帯域分割フィルタ16は、入力された音響信号S1を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0073】
位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、帯域分割フィルタ16から供給された最も高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0074】
位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、帯域分割フィルタ16から供給された2番目に高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0075】
位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、帯域分割フィルタ16から供給された最も低い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0076】
加算部22-1は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-1に出力する。同様に、加算部22-2〜22-5は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-2〜35-5に出力する。
【0077】
駆動部35-1は、音響信号処理装置10の加算部22-1から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する。さらに、ユーザによって設定された利得あるいは予め設定されている利得で音響信号を増幅してスピーカ30-1に供給して音響出力を行う。同様に、駆動部35-2〜35-5は、音響信号処理装置10の加算部22-2〜22-5から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する処理や増幅する処理を行いスピーカ30-2〜30-5に供給して音響出力を行う。
【0078】
このように構成された音響信号処理装置10は、周波数帯ごとに制御点の数や配置を制御することで、1つの聴取領域においてのみ高音質な音響を聴取できるようになる。
【0079】
<5.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(単一の音響信号処理装置によって作り出した複数の聴取領域に対して複数のコンテンツを提示する場合)>
図15は、音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成として、1台の音響信号処理装置で例えば2つの聴取領域で別々のコンテンツを提示する場合を例示している。音響信号処理装置10の分割部15は、2つの帯域分割フィルタ16-1,16-2を用いて構成されている。制御部20は、音響信号の位相やゲイン調整を行う位相・ゲイン調整フィルタ21-high,21-mid,21-lowとフィルタ処理後の信号を加算する加算部22-1〜22-5を備えている。また、音響信号処理装置10には複数のスピーカ30-1〜30-5が接続される。さらに、制御部20で生成された音響出力信号に基づきスピーカ30-1を駆動する駆動部35-1、同様にスピーカ30-2〜30-5を駆動する駆動部35-2〜35-5が設けられている。
【0080】
帯域分割フィルタ16-1は、入力された音響信号S1を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16-1は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0081】
帯域分割フィルタ16-2は、入力された音響信号S2を3つの周波数帯に分割する。帯域分割フィルタ16-2は、最も高い周波数帯の信号を制御部20の位相・ゲイン調整フィルタ21-high、次に高い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-mid、最も低い周波数帯の信号を位相・ゲイン調整フィルタ21-lowに出力する。
【0082】
位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、帯域分割フィルタ16-1,16-2から供給された最も高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-highは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0083】
位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、帯域分割フィルタ16-1,16-2から供給された2番目に高い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0084】
位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、帯域分割フィルタ16-1,16-2から供給された最も低い周波数帯の信号に対して、制御点で目的音が得られるように位相やゲインの調整を行い、スピーカごとの音響信号を生成する。位相・ゲイン調整フィルタ21-midは、スピーカ30-1で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-1に出力する。同様に、位相・ゲイン調整フィルタ21-lowは、スピーカ30-2〜30-5で音響出力を行うために生成した音響信号を加算部22-2〜22-5に出力する。
【0085】
加算部22-1は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-1に出力する。同様に、加算部22-2〜22-5は、位相・ゲイン調整フィルタ21-higt,21-mid,21-lowから供給された音響信号を加算して駆動部35-2〜35-5に出力する。
【0086】
駆動部35-1は、音響信号処理装置10の加算部22-1から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する。さらに、ユーザによって設定された利得あるいは予め設定されている利得で音響信号を増幅してスピーカ30-1に供給して音響出力を行う。同様に、駆動部35-2〜35-5は、音響信号処理装置10の加算部22-2〜22-5から出力されたディジタルの音響信号をアナログの音響信号に変換する処理や増幅する処理を行いスピーカ30-2〜30-5に供給して音響出力を行う。
【0087】
このように構成された音響信号処理装置10は、周波数帯ごとに制御点の数や配置を制御することで、2つの聴取領域において別々のコンテンツの高音質な音響を聴取できるようになる。したがって、例えば一人の人間の右耳と左耳に別々の音声を提示することによるステレオ再生を高音質で実現できる。また、映画等のコンテンツを再生する際に、映像は単一画面として表示しながら、第1の聴取領域では元の言語の音声、第2の聴取領域では吹き替えの音声を高音質で提示できるようになる。また、第1の聴取領域では映画の音声、第2の聴取領域では別のコンテンツ例えば映画の解説等の音声を高音質で提示できるようになる。すなわち、音響を提示する場所や聴取者に応じて提示するコンテンツを分離することが可能となる。
【0088】
<6.音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成(複数の音響信号処理装置で複数コンテンツを再生場合)>
図16は、音響信号処理装置を用いた音響システムの他の構成として、2台の音響信号処理装置を用いて例えば2つの聴取領域で別々のコンテンツを提示する場合を例示している。
【0089】
第1の音響信号処理装置10aと第2の音響信号処理装置10bは、それぞれ図15に示す音響信号処理装置10と同様に構成されている。第1の音響信号処理装置10aと第2の音響信号処理装置10bは、それぞれ音響信号S1,S2に対する第1の聴取領域と第2の聴取領域を設定する。
【0090】
このように構成された音響信号処理装置10a,10bは、周波数帯ごとに制御点の数や配置を制御することで、2つの聴取領域において別々のコンテンツの高音質な音響を聴取できるようになる。したがって、音響を提示する場所や聴取者に応じて提示する複数コンテンツをコンテンツごとに分離して提示することが可能となる。例えば美術館で複数の絵が並んで展示されている場合や、複数の広告やディジタルサイネージなどが並んでいる場合において、それぞれの場所でそれぞれの解説音声や案内のみが聴取できるように聴取領域を設定することが可能となる。
【0091】
さらに、複数コンテンツの音響を提示する場合、1つのコンテンツの聴取領域では、他のコンテンツの音が聞こえないように制御点の数や配置を制御すれば、コンテンツをより確実に分離することができる。
【0092】
明細書中において説明した一連の処理はハードウェア、またはソフトウェア、あるいは両者の複合構成によって実行することが可能である。ソフトウェアによる処理を実行する場合は、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させる。または、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることが可能である。
【0093】
例えば、プログラムは記録媒体としてのハードディスクやROM(Read Only Memory)に予め記録しておくことができる。あるいは、プログラムはフレキシブルディスク、CD−ROM(Compact Disc Read Only Memory),MO(Magneto optical)ディスク,DVD(Digital Versatile Disc)、磁気ディスク、半導体メモリカード等のリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。このようなリムーバブル記録媒体は、いわゆるパッケージソフトウェアとして提供することができる。
【0094】
また、プログラムは、リムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他、ダウンロードサイトからLAN(Local Area Network)やインターネット等のネットワークを介して、コンピュータに無線または有線で転送してもよい。コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスク等の記録媒体にインストールすることができる。
【0095】
なお、本技術は、上述した技術の実施の形態に限定して解釈されるべきではない。この技術の実施の形態は、例示という形態で本技術を開示しており、本技術の要旨を逸脱しない範囲で当業者が実施の形態の修正や代用をなし得ることは自明である。すなわち、本技術の要旨を判断するためには、特許請求の範囲を参酌すべきである。
【0096】
また、本技術の音響信号処理装置は以下のような構成も取ることができる。
(1) 入力音響信号の帯域分割を行う分割部と、
複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する制御部と
を備える音響信号処理装置。
(2) 前記制御部は、複数のスピーカの中心から前記焦点までの距離を用いて、前記分割された信号成分の位相とゲインの制御を行い、該高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する(1)に記載の音響信号処理装置。
(3) 前記制御部は、予め設定した周波数成分よりも高い周波数成分について、前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する(1)または(2)に記載の音響信号処理装置。
(4) 前記予め設定した周波数成分の波長は、聴取者の頭部のサイズに基づいて設定する(3)に記載の音響信号処理装置。
(5) 前記入力音響信号は、1または複数コンテンツの音響信号である(1)乃至(4)の何れかに記載の音響信号処理装置。
【産業上の利用可能性】
【0097】
この技術の音響信号処理装置と音響信号処理方法およびプログラムによれば、入力音響信号の帯域分割が行われて、複数のスピーカを通じて入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、分割された高域信号成分の結ぶ焦点が、この分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置される。このため、焦点の合う領域を周波数成分に係らず揃えることが可能となり、設定した聴取領域を容易に高音質化できる。したがって、複数のスピーカを用いて視聴領域の制御を行う音響提示システムに適している。
【符号の説明】
【0098】
10,10a,10b・・・音響信号処理装置、15・・・分割部、16,16-1,16-2,16-3・・・帯域分割フィルタ、20・・・制御部、21-high,21-mid,21-low・・・位相・ゲイン調整フィルタ、22-1〜22-5・・・加算部、30-1〜30-5・・・スピーカ、35-1〜35-5・・・駆動部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力音響信号の帯域分割を行う分割部と、
複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する制御部と
を備える音響信号処理装置。
【請求項2】
前記制御部は、複数のスピーカの中心から前記焦点までの距離を用いて、前記分割された信号成分の位相とゲインの制御を行い、該高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する請求項1記載の音響信号処理装置。
【請求項3】
前記制御部は、予め設定した周波数成分よりも高い周波数成分について、前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する請求項1記載の音響信号処理装置。
【請求項4】
前記予め設定した周波数成分の波長は、聴取者の頭部のサイズに基づいて設定する請求項3記載の音響信号処理装置。
【請求項5】
前記入力音響信号は、1または複数コンテンツの音響信号である請求項1記載の音響信号処理装置。
【請求項6】
複数コンテンツの入力音響信号の帯域分割を行う分割部と、
複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記コンテンツごとに、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する制御部と
を備える音響信号処理装置。
【請求項7】
入力音響信号の帯域分割を行う工程と、
複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割部で分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割部で分割された前記高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する工程と
を備える音響信号処理方法。
【請求項8】
入力音響信号の処理をコンピュータで実行させるプログラムであって、
前記入力音響信号の帯域分割を行う手順と、
複数のスピーカを通じて前記入力音響信号に基づき音響出力を行う際に、前記分割された高域信号成分の結ぶ焦点を、前記分割された高域信号成分以下の信号成分の結ぶ焦点内に複数配置する手順と
を前記コンピュータで実行させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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