説明

音響構造体、プログラムおよび設計装置

【課題】音響部材の大型化を抑制しつつ、広い周波数帯で吸音させ、音を散乱させる。
【解決手段】吸音効果は、開口部14に入射する入射波と、その入射波に応じて中空部材10内で共鳴して開口部14から放射する反射波との干渉により奏するもので、例えば開口部14の正面方向に吸音領域が形成される。音を散乱させる効果は、上記干渉と、上記入射波と開口部14から放射される音波との干渉との相互作用によって奏するもので、例えば、吸音領域近傍に散乱領域が形成される。かかる散乱効果は、開口部14及び反射面200のそれぞれから放射される音波の位相が異なることで、それらに直交しない斜め方向に気体分子の運動エネルギーの流れが発生することで奏すると考えられる。音響構造体1の厚さ方向(z方向)の大きさは、共鳴周波数の波長に比べて十分に小さく、設置空間を大幅に狭めることがない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸音及び音を散乱する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ホールや劇場等の音響空間においてフラッタエコー等の音響障害を除去するために、音を散乱させるための音響構造体が設置される。例えば特許文献1には、1方向に延在する空洞が形成され、その空洞と外部空間とを連通させる開口部を有する部材が複数並べられた音響構造体が開示されており、その空洞に音波が入射すると、開口部から音響再放射されて散乱効果を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−30744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
住宅の居室や会議室、音楽室等の比較的小さい空間では、適度な散乱効果とともに吸音効果を得ることが求められる。しかし、散乱効果を得るための音響構造体と、吸音効果を得るための音響構造体とを別々に空間に設けようとするとスペースを取ってしまうし、また、フェルト等の多孔質吸音材を用いて低周波数帯域に対する吸音効果を高めようとすると、厚み方向へのサイズが大型化してしまい、空間をさらに狭めてしまう。
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、音響構造体のサイズの大型化を抑制しつつ、音を効果的に散乱させるとともに広い周波数帯で吸音効果を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した目的を達成するために、本発明に係る音響構造体は、一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、前記開口部に近接し、外部空間に面する反射面とを備え、前記開口部及び前記反射面に前記外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて前記反射面が反射波を放射するときに、前記共鳴体は、前記入射した音波に応じて共鳴して、前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射し、且つ前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部がほぼ0であることを特徴とする。
【0006】
本発明の好ましい態様において、前記入射した音波に応じた反射波を前記反射面が放射し、前記共鳴体が前記共鳴による反射波を放射するときに、前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の絶対値が1未満であることを特徴とする。
【0007】
本発明の好ましい態様において、本発明に係る別の音響構造体は、一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、前記開口部に近接し、外部空間に面する反射面とを備え、前記開口部及び前記反射面に前記外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて前記反射面が反射波を放射するときに、前記共鳴体は、前記入射した音波に応じて共鳴して、前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射し、且つ前記共鳴体の中空領域と前記開口部との間に音圧が一様に分布する気体層が構成され、前記開口部における媒質粒子の運動速度の絶対値は、当該中空領域と前記気体層との境界面における媒質粒子の運動速度の絶対値よりも大きいことを特徴とする。
【0008】
本発明に係るプログラムは、コンピュータに、一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、外部空間に面し、前記開口部に近接する反射面とを備える音響構造体の設計条件を算出させるためのプログラムであって、前記開口部及び前記反射面に外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて、前記反射面が反射波を放射し、前記共鳴体が前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射する条件の下で、前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部を0に近づけさせるように、当該共鳴体、及び前記開口部の設計条件を算出するステップを実行させるためのものである。
【0009】
本発明に係る設計装置は、一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、外部空間に面し、前記開口部に近接する反射面とを備える音響構造体の設計条件を算出する算出手段であって、前記開口部及び前記反射面に外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて、前記反射面が反射波を放射し、前記共鳴体が前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射する条件の下で、前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部を0に近づけさせるように、当該共鳴体、及び前記開口部の設計条件を算出する算出手段を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、音響部材の大型化を抑制しつつ、広い周波数帯で吸音させ、音を散乱させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】音響構造体の外観を示す斜視図である。
【図2】音響構造体を図1の矢印II方向から見た図である。
【図3】図2の切断線III−IIIで切断したときの中空部材の断面を表す図である。
【図4】共鳴体が共鳴したときの中間層の挙動を説明する図である。
【図5】共鳴時における中間層の挙動を説明する図である。
【図6】比音響インピーダンス比ζと、位相変化量φとの関係を表したグラフである。
【図7】比音響インピーダンス比ζと、複素音圧反射係数の振幅|R|との関係を示すグラフである。
【図8】比音響インピーダンス比ζの虚数部の絶対値の周波数特性を示したグラフである。
【図9】|Im(ζ)|が或る値未満になる周波数割合と面積比rsとの関係を示したグラフである。
【図10】中空部材の開口部から放射する共鳴によって生じる反射波と、反射面が放射する反射波とを説明する図である。
【図11】共鳴時における中空部材の開口部周辺の反射波の挙動を説明する図である。
【図12】変形例1の音響構造体を示す図である。
【図13】変形例1の音響構造体を示す図である。
【図14】変形例2の音響構造体を示す図である。
【図15】変形例3の音響構造体を示す図である。
【図16】変形例4の音響構造体を示す図である。
【図17】変形例5の音響構造体を示す図である。
【図18】変形例6の音響構造体を示す図である。
【図19】変形例7の音響構造体を示す図である。
【図20】変形例8の音響構造体を示す図である。
【図21】音響構造体の設計条件を算出する設計装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施形態]
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
図1は、音響構造体1の外観を示す図である。図2は、音響構造体1を、図1に示す矢印II方向に見た様子を表した図である。
音響構造体1は、中空部材10と反射面200とを備える。
中空部材10は、例えばアクリル樹脂等の材料からなる外観が直方体状の筐体である。中空部材10は、その側面の1つが表面が平坦である反射面200に接触するように、反射面200の一部に取り付けられている。中空部材10は、例えば接着や固定具等により、反射面200に対して固定されている。中空部材10の内部には、一方向に延在する中空領域20が形成されている。中空部材10の側面のうち、反射面200に垂直な側面のひとつに開口部14が設けられている。開口部14は、反射面200に近接した位置にあり、ここでは、開口部14は反射面200に平行でない。開口部14は、中空部材10内の音が伝搬する中空領域20を、外部空間に通じさせる空間領域である。反射面200は、剛性率が比較的高い材質の反射性の材料からなり、外部空間に面している。反射面200は、例えば、劇場やオフィスビル、家屋等の音響室を構成する天井、壁面又は床面であり、音響空間に面するものである。
なお、中空部材10の数をここでは「1」としているが、この数は一例に過ぎず、さらに多くの数の中空部材10が設けられてもよい。また、開口部14の形状は、多角形状でもよいし、円形等でもよく、どのような形状でもよい。また、説明の便宜のために、以下では、中空部材10の延在方向を「y方向」とし、y方向に直交する方向のうち、反射面200に平行な方向を「x方向」とする。また、反射面200から見た法線方向であって、x方向及びy方向に直交する方向を「z方向」とする。
【0013】
中空部材10の構成についてより具体的に説明する。
図3は、図1の切断線III−IIIで切断したときの中空部材10の断面を表している。図2、3に示すように、中空領域20は略直方体状の空間領域である。中空部材10の両端(端部112、端部122)は、ここでは閉口端である。
中空部材10は、共鳴体11,12と、中間層13と、開口部14とを備える。
共鳴体11は、中空領域20のうち、中空部材10の一端である端部112から、中間層13との境界である境界面111までの間に構成される。共鳴体12は、中空領域20のうち、中空部材10の他端である端部122から、中間層13との境界面121までの間に構成される。共鳴体11,12は、共鳴周波数の音波が入射すると共鳴し、開口部14を介して反射波を外部空間に放射する。共鳴体11のy方向の長さはl1で、共鳴体12のy方向の長さはl2である。そして、共鳴体11,12は、それぞれの中心軸が中心軸y0を共有するように構成されている。また、共鳴体11と、中間層13との境界である境界面111の面積はSpであり、共鳴体12と、中間層13との境界である境界面121の面積もSpである。そして、共鳴体11,12は、中空領域20の延在方向に垂直なxz平面で切断したときの断面積がSpである。つまり、その断面の寸法は、共鳴体11,12のそれぞれの共鳴周波数に対する波長λ1,λ2に対して十分に短く、この方向に共鳴周波数の音圧分布のばらつきは生じないとみなせる。また、開口部14の面積はSoであり、Sp>Soという関係を満たす。すなわち、境界面111,121の面積Spは、開口部14の面積Soよりも大きい。
【0014】
中間層13は、開口部14と、共鳴体11,12のそれぞれとの間に形成される空間領域であり、開口部14に直接連なる近傍の領域である。中間層13は、振動することにより音波を伝搬させる媒質粒子(つまり、気体分子)からなる気体層である。すなわち、共鳴体11,12と開口部14との間の空間領域が、中間層13である。中間層13は、境界面111を介して共鳴体11と面しており、境界面121を介して共鳴体12と面している。よって、境界面111,121は、矩形状の面とみなすことができる。
なお、ここでは、中間層13において音波を伝搬する媒質は空気であり、中空領域20及び外部空間において音波を伝搬する媒質も空気である。
【0015】
開口部14は、一辺の長さがdの正方形であり、中空領域20を外部空間に通じさせる。長さdは、共鳴体11,12の共鳴周波数に対応する波長λ1,λ2よりも十分に小さく、例えば、d<λ1/6、d<λ2/6である。この条件を満たすことにより、共鳴周波数に対応する波長λ1,λ2の音波が、中間層13を伝搬するときには(すなわち、共鳴体11,12が共鳴するときには)、中間層13に音圧分布のばらつきが生じないとみなすことができる。換言すると、共鳴周波数の音波が中間層13を伝搬するときには、その全体で音圧が一様に分布するとみなすことができる。このようになるのは、中空領域20のxz平面に平行な断面の寸法、及び開口部14の寸法がそれぞれ波長λ1,λ2に対して十分に小さく、中間層13全体で位相のずれがほとんど生じないからである。よって、本実施形態で“中間層13に音圧分布がない”ということは、例えば、音圧分布のばらつきが“ゼロ”であることを意味する。また、“中間層13に音圧分布がない”ということは、例えば、中間層13の寸法が共鳴周波数の音波の波長よりも十分に短く、中間層13に実質的に音圧分布のばらつきがない場合も含んでいる。中間層13に音圧分布のばらつきが生じなければ、共鳴体11が共鳴したときには、境界面111における反射波の位相と、開口部14における反射波に位相とは等しくなるし、共鳴体12が共鳴したときには、境界面121における反射波の位相と、開口部14における反射波の位相とが等しくなる。
なお、開口部14が正方形状でない場合には、以下の説明において「長さd」については、その開口部14の面積Soと同じ面積である正方形の一辺の長さdという解釈をしてよいし、また、開口部14の形状を表す図形の外接矩形或いは内接矩形の一辺の長さdと解釈してもよい。
【0016】
以上説明したような構成を有する音響構造体1に、外部空間から音波(入射波)が入射したとき、その入射波には、反射面200に入射するものと、開口部14に入射するものとが含まれる。そのうちの開口部14に入射する入射波は、開口部14及び中間層13を介して、共鳴体11,12に入射する。入射波の周波数帯に、共鳴体11,12の共鳴周波数の音波が含まれるときには、共鳴体11,12はその入射波に応じて共鳴し、中空領域20の延在方向(つまり、y方向)に対して音圧分布を発生させる。共鳴体11,12のそれぞれの共鳴周波数に対する波長λ1,λ2は、共鳴体11,12の長さl1、l2を用いて、式(1)の関係を満たす。
なお、式(1)において、nは1以上の整数であり、ここでは開口端補正を無視する。
i=(2n−1)λi/4 (i=1,2) ・・・(1)
【0017】
式(1)に示すように、一端が閉じ、他端が開いた構成(いわゆる、閉管)の共鳴体11,12の長さl1、l2は、共鳴周波数に対応する波長λ1,λ2の1/4の奇数倍の長さとなるから、共鳴周波数に応じてその長さが定められる。
【0018】
図4は、共鳴体11及び12の共鳴周波数を含む所定周波数帯の入射波が中空部材10に入射し、これに応じて共鳴体11,12が共鳴したときの、開口部14付近の中空領域の挙動を説明する図である。
図4に示すように、境界面111における音圧はp0であり、境界面111においてその法線方向に作用する気体分子の粒子速度(つまり、媒質粒子の運動速度)はu1である。また、境界面121における音圧はp0であり、境界面121においてその法線方向に作用する気体分子の粒子速度はu2である。ただし、以下では、境界面111における粒子速度u1を、共鳴体11から中間層13の方向に作用する場合には正の値で表し、中間層13から共鳴体11の方向に作用する場合には負の値で表す。また、境界面121における粒子速度u2は、共鳴体12から中間層13の方向に作用する場合は正の値で表し、中間層13から共鳴体12の方向に作用する場合は負の値で表す。すなわち、中間層13の方向に作用する粒子速度を正の値で表している。例えば、l1=l2となるように共鳴体11,12が構成されていると、それらの共鳴時において、粒子速度u1が正のときには、粒子速度u2は正となるし、粒子速度u1が負のときには、粒子速度u2は負となる。すなわち、共鳴体11,12から中間層13に対して作用する粒子速度は、同位相の関係で変化する。
【0019】
また、中間層13と外部空間との境界面である開口部14における音圧はp0であり、開口部14で法線方向に作用する気体分子の粒子速度はu0である。ただし、粒子速度u0は、開口部14から外部空間の方向に作用する粒子速度を正の値で表し、外部空間から開口部14の方向に作用する粒子速度を負の値で表す。ここで、境界面111,121及び開口部14における音圧がp0で一致しているのは、上述したように、共鳴体11,12が共鳴したときに、中間層13全体で音圧分布のばらつきがほとんど生じないよう中空部材10が構成されているからである。
【0020】
外部空間から入射する入射波により発生する開口部14の音圧p0を、p0(t)=P0・exp(jωt)という式で定義すると、境界面111,121における粒子速度u1,u2は、式(2)の関係を満たす。
なお、この音圧p0は、入射波の音圧と、共鳴体11,12の共鳴によって中間層13に生じた反射波の音圧とを合成した音圧である。式(2)において、jは虚数単位を表し、P0は音圧の振幅値を表し、ωは角速度を表し、ρcは外部空間の媒質である空気の特性インピーダンス(ρ:空気の密度、c:空気中での音速)を表し、k(=ω/c)は波数を表し、tは時刻を表す。
【数1】

【0021】
また、中間層13は、気体分子からなる気体層であるから、その体積が不変である「非圧縮性」を有する。すなわち、中間層13は、共鳴に伴う弾性変形はするものの、内部の圧力を一定に保つように働き、その体積は一定となる。このような性質を有する中間層13は、共鳴体11,12から境界面111及び121を介して作用した音圧を、そのまま開口部14、すなわち中間層13と外部空間との境界面に作用させる。このとき、中間層13に対して境界面111,121から作用させられる体積速度の和は、中間層13から開口部14を介して外部空間に作用させられる体積速度と一致する。
【0022】
図5は、粒子速度u1及び粒子速度u2が共に正であるときの、共鳴時における中間層13の挙動を説明する図である。
図5(a)に示すように、入射波が入射しないときの中間層13は、体積Vであり、図5(a)に示すような寸法及び形状となっている。これに対し、共鳴時において、粒子速度u1及び粒子速度u2が正の方向に作用するときには、中間層13は図5(b)に示すような状態となる。すなわち、中間層13は、その粒子速度の作用によりy方向に対してΔyだけ小さくなり、z方向にΔzだけ大きくなる。このとき、中間層13が非圧縮性を有しているが故に、その体積Vは維持される。つまり、中間層13は、共鳴時において、粒子速度u1及び粒子速度u2が共に正のときには、開口部14から外部空間に作用する粒子速度u0は正となり、開口部14を介して中空部材10の外部空間に突出したようになる。このようにして共鳴時には、共鳴体11,12から中間層13へ作用する体積速度が合算されて、中間層13から中空部材10の外部空間にその体積速度の作用が加わる。一方で、粒子速度u1及び粒子速度u2が共に負のときには、粒子速度u0は負の値で表され、開口部14から中空領域20に向かう方向へと作用する。よって、中間層13は、y方向に対して大きくなり、z方向に対して小さくなる。このとき、開口部14から外部空間に作用するu0は負となり、中間層13は、開口部14に対して中空領域20に引っ込んだようになる。
【0023】
式(2)に示した粒子速度u1,u2を用いると、中間層13の作用によって、開口部14に垂直な方向(つまり、z方向、反射面200の法線方向)に作用する気体分子の粒子速度u0は、式(3)の関係を満たす。
【数2】

【0024】
式(3)に示すように、粒子速度u0は、境界面111,121の面積Spと、開口部14の面積Soとの面積比により定まる。ここで、共鳴体11,12の共鳴周波数が同じで、且つxz平面に平行な断面の寸法が互いに同一であるとすると、u1=u2である。よって、2Sp/So>1という関係を満たし、共鳴体11,12の断面積Spが、開口部14の面積積Soの1/2以上であれば、式(3)の関係からも分かるように、粒子速度u1とu2との和よりもさらに大きい粒子速度u0が、開口部14において生じ得る。
【0025】
また、式(3)を用いると、中空部材10の開口部14に対して、反射面200に外部空間から入射波が入射したときの開口部14の比音響インピーダンス比ζは、式(4)の関係を満たす。
【数3】

【0026】
式(4)に示すように、比音響インピーダンス比ζは、開口部14の比音響インピーダンスp0/u0を、外部空間の媒質であって開口部14の媒質(空気)の特性インピーダンスρc(固有音響抵抗)で除した値である。要するに、比音響インピーダンス比ζは、音場内の或る点の比音響インピーダンスと、その点の媒質の特性インピーダンスとの比を表す量である。開口部14に対して垂直方向に共鳴周波数の音波が入射すると、式(4)の関係を満たすように、比音響インピーダンス比ζに応じた反射波が、共鳴体11,12の共鳴により開口部14から外部空間に放射される。ここで、比音響インピーダンス比ζ=r+jxと定める。rは、比音響インピーダンス比ζの実数部(つまり、Re(ζ))であり、比音響抵抗比と呼ばれることがある値である。xは、比音響インピーダンス比ζの虚数部(つまり、Im(ζ))であり、比音響リアクタンス比と呼ばれることがある値である。
次に、比音響インピーダンス比ζと音響構造体1からの反射波との関係について説明する。
【0027】
(I)ζ=0、すなわちr=0かつx=0の場合
ζ=0(r=0かつx=0)を満たす領域に音波が入射すると、共鳴によって生じる反射波として、その入射波と振幅が同じで、位相が180度変位した反射波がその領域から放射される。これにより、入射波と反射波とが干渉により、互いの振幅を完全に打ち消しあうように作用する。このような共鳴を「完全共鳴」と呼ぶこととする。
(II)ζ=1、すなわちr=1かつx=0の場合
ζ=1(r=1かつx=0)を満たす領域に対して音波が入射すると、その領域からは反射波は放射されない。この現象を「完全吸音」と呼ぶこととする。
(III)ζ=∞、すなわちr=∞かつx=0の場合
ζ=∞(r=∞かつx=0)を満たす領域(すなわち、剛体)に音波が入射すると、反射によって生じる反射波として、その入射波と振幅が同じで、位相の変位がない(位相の変位が0度の)反射波が放射される。この場合、入射波と反射波とが干渉して定在波が生じる。この現象を「完全反射」と呼ぶこととする。
【0028】
上記(I)ではr=0であり、中空部材10が抵抗成分を有しない場合を表すが、中空部材10が抵抗成分を有している場合もある。この場合に、共鳴体11,12の共鳴周波数の音波が開口部14に入射すると、開口部14の比音響インピーダンス比ζの実数部rが0でない値をとることがある。このとき、開口部14から放射される反射波にあっては、その振幅は中空部材10が有する抵抗成分に応じて減衰する。このように、開口部14の比音響インピーダンス比ζが0となる完全共鳴の場合のほかに、0≦ζ<1という条件を満たす場合も、共鳴体が共鳴による反射波を放射する「共鳴現象」が発生しているとみなすことができる。
【0029】
ところで、或る部材上の領域の点における比音響インピーダンス比ζ=r+jxと、複素音圧反射係数R=|R|exp(jφ)とは、R=(ζ―1)/(ζ+1)という関係を満たす。複素音圧反射係数は、空間のある1点における反射波と入射波の複素数比を表す物理量である。|R|は、入射波に対する反射波の相対的な振幅の大きさを表す値であり、その値が大きいほど、反射波の振幅が大きいことを意味する。φは、入射波に対する反射波の位相の変化の大きさを表す値(以下、「位相変化量」という。)である。この関係式からも明らかなように、比音響インピーダンス比ζ、及び複素音圧反射係数Rのうちの一方が定まれば、他方は一義的に定まる。例えば、ζ=0(つまり、完全共鳴)の場合にはR=−1となり、このときの反射波は、入射波に対して逆位相となり、それらの振幅は互いに同一である。ζ=1(つまり、完全吸音)の場合にはR=0となり、このときは反射波は放射されず、その振幅は0である。ζ=∞(つまり、完全反射)の場合には、R=1となり、このときの反射波は、入射波に対して同位相となり、振幅は互いに同一である。
【0030】
続いて、上記共鳴現象によって奏する吸音・散乱効果について、位相からの観点と、振幅からの観点とに分けてそれぞれ説明する。
まず、位相の観点から説明する。
図6は、比音響インピーダンス比ζと、位相変化量φとの関係を表すグラフである。このグラフにおいて、横軸は、比音響インピーダンス比ζの実数部であるr=Re(ζ)を表し、縦軸は、比音響インピーダンス比ζの虚数部であるx=Im(ζ)を表す。図6において、ζ=∞となる点では、原点からの距離が∞である。このときは、上記完全反射が生じて位相変化量φは0°となる。
【0031】
図6にハッチングで示した領域では|ζ|<1となり、位相変化量φは90°よりも大きい。この条件を満たす場合、|ζ|の値が小さくなるほど位相変化量φは±180°に近づく。より具体的には、x=Im(ζ)>0であれば位相変化量φは180°に近づいていき、x=Im(ζ)<0であれば位相変化量φは−180°に近づいていく。また、横軸上の点であり、0≦Re(ζ)<1、且つIm(ζ)=0となる場合は、上記完全共鳴が生じて位相変化量φは±180°となる。このように、図6に示すグラフにおいてハッチングで示した領域であり、原点を中心とした半径が「1」の円の内側の領域(ただし、線上の領域を含まない。)で表されるζの値の場合には、入射波と反射波との位相干渉による吸音効果を、特に効果的に奏する。一方、例えば図6に破線で図示した領域のように、|ζ|の値が1以上となる場合には、位相変化量φが90°よりも小さい。この領域においては、吸音効果を奏するが、|ζ|の値が1未満となる場合よりは位相干渉による吸音効果は低くなる。一方、上記散乱効果については、開口部14から放射する反射波と、反射面200から放射する反射波とに同位相でない位相差があり、特に逆位相の関係に近いほど、より顕著にその効果を奏すると考えられる。よって、この音の散乱においては、|ζ|の値が1以上となる場合にもその効果を奏するが、|ζ|<1となることが好ましく、更に好ましくは、|ζ|が0に近く、すなわち位相変化量φが±180°に近い条件が実現されるとよい。
【0032】
以上のとおり、吸音・散乱効果を奏するための共鳴現象においては、φ=±180°となるように、Im(ζ)=0となることが理想的であるが、90°≦φ≦180°又は−180°≦φ≦−90°という関係を満たしており、すなわち|ζ|の値が1未満となっていれば、吸音・散乱効果を効果的に奏する。また、|ζ|の値が1未満となる条件下において、より好ましくは、135°≦φ≦180°又は−180°≦φ≦−135°という条件を満たし、更に好ましくは160°≦φ≦180°又は−180°≦φ≦−160°という条件を満たしているとよい。
【0033】
続いて、振幅の観点から説明する。
図7は、比音響インピーダンス比ζと、複素音圧反射係数の振幅|R|との関係を示すグラフである。図7には、|R|=0.0,0.1,0.3,0.5,0.7,0.8,0.9,1.0という各値をとるときのRe(ζ)及びIm(ζ)の値を示す。図7に示すように、Re(ζ)=1で、且つIm(ζ)=0の場合、|R|=0となり、振幅が0で極小となる。つまり、上記完全吸音が生じており、反射波は生じない。
図7に破線で示した領域は、図6を用いて説明した|ζ|=1となる領域を表す。この内側の領域(ただし、線上の領域を含まず。)においては、共鳴現象より、入射波と反射波との間に90°〜180°の位相差が生じている。また、この領域では、|R|>0であるから反射波の振幅が0を超えている。
【0034】
続いて、縦軸上の位置であり、Re(ζ)=0となる場合、Im(ζ)の値とは無関係に|R|は1.0となる。このとき、入射波と同じ振幅の反射波が放射されるので、振幅の観点からは、入射波と反射波との位相が異なる条件下において、吸音・散乱効果を奏するためには最も好ましい。図7から分かるように、Re(ζ)<1である条件では、Im(ζ)を仮に一定とした場合に、Re(ζ)の値が小さいほど|R|の値が大きくなっている。つまり、比音響インピーダンス比ζの実数部Re(ζ)の値が小さく、特に、その値がほぼ0である場合には、Im(ζ)の値に関係なく反射波の振幅が大きいから、位相干渉によって効果的に吸音・散乱効果を奏する。
【0035】
中空部材10において、開口部14は,中間層13を介して共鳴体11,12と接続されているので、開口部14の位置における、共鳴体11,12の各々の共鳴周波数付近では、|Im(ζ)|<1となる。よって、この場合、開口部14からの反射波の位相は入射波に対して90°以上変位する。そして、例えばRe(ζ)=0.30である場合、反射波の振幅|R|=0.54であるから、入射波の振幅に対して1/2以上の振幅の反射波が放射される。このように、開口部14のRe(ζ)及びIm(ζ)がともに十分に小さい場合には、開口部14に近接する反射面200からの反射波に対して、開口部14からは振幅が十分に大きく、且つ位相変化の大きな反射波が得られる。理想的には、Re(ζ)=0、且つIm(ζ)=0となれば、|R|=1.0となり、入射波と反射波との振幅が同じになる上記完全共鳴が実現されるとよいと言えるが、|R|が1.0未満である場合について詳述すると、以下のとおりである。
【0036】
例えば|R|=0.5の場合、およそ1/4のエネルギーが開口部14から放射されて、この場合も、吸音・散乱効果をさらに良好に奏する。例えば、Im(ζ)=0である場合には、Re(ζ)≒0.335であり、比音響インピーダンスの実数部の値は、およそ139.025Kg/m2・sec以下となる。より好ましくは、|R|=0.7という条件を満たしているとよく、この場合、およそ1/2のエネルギーが開口部14から放射され、上述の効果をより一層強く奏する。例えばIm(ζ)=0であれば、Re(ζ)≒0.175であり、比音響インピーダンスの実数部の値は、およそ72.625Kg/m2・sec以下となる。さらに好ましくは、|R|=0.9という条件を満たしているとよく、この場合、およそ4/5のエネルギーが開口部14から放射され、吸音・散乱効果をより顕著に奏する。例えばIm(ζ)=0であれば、Re(ζ)≒0.055であり、比音響インピーダンスの実数部の値は、およそ22.825Kg/m2・sec以下となる。
例えば、好ましい態様である|R|≧0.7の場合には、図7に示したように、Re(ζ)はおよそ0.175以下となるし、さらに好ましい態様である|R|≧0.9である場合には、Re(ζ)はおよそ0.055以下となるから、これらの結果にかんがみても、Re(ζ)の値をほぼ0とするように本発明の音響構造体を構成することが、良好な吸音・散乱効果を奏するために好適であることが分かる。
【0037】
ところで、上述した式(4)の関係からも分かるように、境界面111及び121の面積Spと開口部14の面積Soとの面積比So/Sp(面積比=rs)を変化させることにより、比音響インピーダンス比ζの絶対値|ζ|は変化する。
図8は、l1=300mm,l2=485mmとした場合の、比音響インピーダンス比ζの虚数部の絶対値|Im(ζ)|の周波数特性を示したグラフである。図8は、rs=0.25,1.0,4.0とした場合の、それぞれの|Im(ζ)|の計算値を示している。
ここで|Im(ζ)|を示した理由は、図6に示したように、|Im(ζ)|<1となる範囲では、90°≦φ≦180°又は−180°≦φ≦−90°という値をとるから、図8中でこの範囲を視覚的に分かるようにするためである。なお、|Im(ζ)|=∞となるのは、反共鳴(反共振)が生じるときであり、この周波数を境界として、その周波数の両側でIm(ζ)の符号が反転する。
【0038】
図8から分かるように、境界面111,121の面積Spが、開口部14の面積Soに対して大きく、すなわち面積比rsが小さいほど、0≦|Im(ζ)|<1となる周波数帯域が広くなる。また、面積比rsが小さいほど、Im(ζ)=1.0の直線と、Im(ζ)を表すグラフとによって囲まれる領域の面積が大きい。つまり、開口部14に入射する入射波に応じて、共鳴現象が生じるとみなせる周波数帯域が広くなり、且つ完全共鳴(ζ=0)に近い共鳴現象がより広い周波数帯域で発現する。
【0039】
また、面積比rs<1.0とすれば、例えば面積比rs=1.0となる従来構成の音響管に対して上記作用効果の度合いが大きくなる。好ましくは、面積比rs≦0.5とすれば、上記領域面積が従来の音響管のおよそ1.2倍もの大きさに広がり、|Im(ζ)|の値が、従来のおよそ半分以下になっていることを、発明者らは確認した。更に好ましくは、面積比rs≦0.25とすれば、上記領域面積が従来の音響管のおよそ1.5倍もの大きさに広がっており、|Im(ζ)|の値が、従来のおよそ1/4以下となる。
以上のように、音響構造体1にあっては、例えば面積比rsの設定により、開口部14における比音響インピーダンス比の絶対値|ζ|が|ζ|<1となるようにし、ζの実数部rがほぼ0となるようにすれば、共鳴現象によって効果的に吸音・散乱効果を奏する。
【0040】
さて、中空部材10にあっては、中間層13や開口部14に抵抗材などの気体(媒質)粒子の運動を阻害する部材が設けられていない。また、面積比rsの設定によって、共鳴体11,12の共鳴により境界面111,112において生じる粒子速度の和よりも大きな粒子速度を、開口部14において生じさせることができる。例えばこれらの作用によって、開口部14において、比音響インピーダンス比ζの実数部rがほぼ0とされる。上述のように、理想的にはζの実数部rは0であることが好ましいが、厳密に0でない場合であっても、開口部14の位置付近の吸音領域で位相干渉による吸音が発現するとともに、その吸音領域の近傍では大きな粒子速度が発生し、音が散乱する。
なお、ここで説明する比音響インピーダンス比ζの実数部rをほぼ0とするための条件は、あくまで一例である。
【0041】
図9は、0Hzから1000Hzまでの周波数帯域において、|Im(ζ)|が或る値未満になる周波数割合と面積比rsとの関係を示したグラフである。図9(a)は、横軸を|Im(ζ)|とし、縦軸を周波数割合[%]及び位相変化量[°]としたグラフであり、図9(b)は横軸を面積比rsとし、縦軸を周波数割合[%]としたグラフである。なお、図9(a)には、|Im(ζ)|ごとの反射波の位相変化量の下限を点線グラフで表している。この周波数割合とは、0Hzから1000Hzという周波数帯域の帯域幅に対する、|Im(ζ)|が上記或る値となる帯域幅の占める割合をいう。ここで、|Im(ζ)|の上記或る値を、それぞれ0.1,0.2,0.4,0.6,0.8,1.0とする。
なお、図9においては、Re(ζ)=0とした計算結果を表し、ここでもl1=300mm,l2=485mmとしている。
【0042】
図9(a)から明らかなように、面積比rsが小さいほど(つまり、開口部14の面積が小さいほど)、反射波の位相変化量が或る一定値以上大きくなる割合が増している。例えば、rs=0.25の場合には、|Im(ζ)|<0.2となる周波数割合はおよそ70%である。一方、従来方式であるrs=1.0の場合の同周波数割合はおよそ27%であり、例えば位相変化量が157.4度以上である周波数帯域は約3倍もあることが分かる。また、例えば|Im(ζ)|が或る値未満となる周波数割合は、面積比rsが小さいほど増加している。
以上の図9の結果からも、面積比rsが小さいほど反射波の位相変化量が大きくなる周波数帯域が増していることが分かる。
続いて、吸音・散乱効果を奏するための作用について説明する。
【0043】
図10は、中空部材10の開口部14から放射する反射波と、反射面200が放射する反射波とを説明する図である。共鳴体11,12の共鳴周波数の入射波が入射したときには、開口部14は入射波と位相が異なる反射波を放射する。ここで、ζ=0とみなせば、入射波と逆位相の反射波(逆相反射波)が開口部14から放射する。一方、反射面200が剛体(ζ=∞)であると仮定すれば、反射面200は入射波と同位相の反射波(正相反射波)を放射する。また、開口部14と反射面200とは平行でない関係にあるから、開口部14及び反射面200の近傍の空間において、これらの面からの反射波は互いに交差するように進行し、互いに干渉する。
【0044】
音響構造体1の吸音、及び音の散乱に係る作用についてより具体的に説明する。
図11は、共鳴時における中空部材10の開口部14周辺の反射波の挙動を説明する図である。ここでは、説明を簡単にするために、反射面200及び開口部14からの反射波の進行方向が同じものとして図示しているが、互いの反射波が交差するように進行した場合もこれと同質の現象が生じる。ここでは、入射波の音圧が極大となる「山」が反射面200及び開口部14に到達し、それに応じた反射波が生成される様子を示している。また、ここでは、開口部14の比音響インピーダンス比ζ=0であり、上述した“完全共鳴”が生じるものとする。また、同図には、反射波を実線と破線とで示しているが、実線は、反射波の音圧が極大となる「山」の位置を表しており、破線は、音圧が極小(「山」とは逆位相)となる「谷」の位置を表している。
【0045】
中空部材10の中空領域20に対し、共鳴周波数の入射波が開口部14に入射すると、共鳴によって生じる反射波として、入射波に対して位相が180度変位した反射波が、開口部14からz方向に向かって放射される。よって、このとき、開口部14での反射波は「谷」となり、そこでの音圧は極小となる。一方で、中空部材10は、上述したように剛性率の高い材質のもので形成されているから、その比音響インピーダンス比はかなり大きい。よって、反射面200から放射される反射波の位相は、入射波の位相に対してほとんど変位しない(図11の領域C3,C4)。反射面200を剛体とみなすと、上述した“完全反射”が生じ、反射面200から放射される反射波の位相は、入射波p0の位相に対する変位がゼロで、入射波と同位相の反射波となる。すなわち、開口部14の比音響インピーダンス比ζがゼロで完全共鳴し、反射面200の比音響インピーダンス比が∞で完全反射した場合には、開口部14からの反射波と反射面200からの反射波とは、振幅が互いに同一で、互いの位相が180度異なる関係となる。この現象により、開口部14及び反射面200付近の外部空間では、図11に楕円で示したように、反射面200からの反射波と開口部14からの反射波とが互いに隣接し、領域C1,C2では、両者の反射波の位相が不連続となる現象が発生する。
【0046】
以上の現象が発生することにより、吸音効果は、開口部14付近の領域で共鳴現象により形成された吸音領域で主に奏する。一方、散乱効果は、反射面200に入射する入射波と反射波との位相干渉と、開口部14付近に入射する入射波と共鳴により生じる反射波との位相干渉との相互作用によって、吸音領域の周辺で主に奏するものである。より具体的には、この相互作用により、開口部14付近では気体分子の流れが生じることで、散乱効果を奏すると考えられる。このように、開口部14からの反射波と反射面200からの反射波とは、それらの位相角度が異なり、その位相差に応じて異なる現象が領域C1〜C4という近接した空間で発現するので、音響構造体1によれば、吸音・散乱効果を奏するための音響現象が同時に発現すると考えられる。
【0047】
さらに、上記式(3)に示す関係から分かるように、境界面111,121の面積Spが、開口部14の面積Soに対して大きい(すなわち、面積比rsが小さい)ほど、開口部14での粒子速度u0は大きくなる。よって、2Sp/So>1という関係を満たすことにより、開口部14付近で気体分子の振動が更に増大して、その付近の外部空間での吸音・散乱効果がより一層高まる。
また、式(4)から分かるように、比音響インピーダンス比ζは、中間層13の寸法に依存するから、反射面200における反射波と、開口部14における反射波との位相差の関係も、面積比rsに依存する。反射面200が完全反射して、共鳴体11,12が完全共鳴する場合に、中間層13に音圧分布のばらつきが生じない理想的な状態であれば、反射面200における反射波と開口部14における反射波とは逆位相の関係となる。また、中間層13に微小な音圧分布のばらつきが生じていたとしても、両者の反射波がほぼ逆位相の関係になるように中間層13が構成されていれば、吸音・散乱効果を奏する。
このようにして、反射面200に近接して開口部14が位置するように中空部材10が配置されることで、音響構造体1は構成される。
【0048】
以上の説明から、この実施形態において、開口部14と反射面200とが「近接」したときの距離は、反射面200が外部空間からの入射波に応じて反射波を放射するときに、開口部14にもその入射波が入射して共鳴体(ここでは、共鳴体11,12)が共鳴する反射面200と開口部14との距離であって、反射面200に入射する入射波と反射波との干渉と、開口部14に入射する入射波と共鳴により生じる反射波との干渉が相互作用する距離である。つまり、以上の音響現象が発現するような反射面200からの距離の範囲内に開口部14が位置するよう、中空部材10の配置が決定されるとよい。
【0049】
以上説明した音響構造体1によれば、反射面200に入射する入射波と反射波との位相干渉と、開口部14付近に入射する入射波と共鳴により生じる反射波との位相干渉との相互作用によって、反射面200及び開口部14に直交しない斜め方向に気体分子の運動エネルギーの流れが発生して散乱効果を奏する。更に、共鳴現象により開口部14付近の外部空間において、開口部14からの反射波が、開口部14への入射波を位相差により振幅を打ち消すことによる吸音効果も奏する。これにより、広い周波数帯域で、開口部14付近の広い領域で吸音効果を奏し、音を散乱させる効果を奏する。特に、Sp>Soという関係を満たしていると、開口部14での比音響インピーダンス比ζがさらに小さくなり、吸音効果を奏する周波数帯がさらに広くなるので、吸音・散乱効果をより一層高めることができる。
【0050】
また、音響構造体1の厚さ方向(z方向)の大きさは、共鳴周波数の波長に比べてかなり小さく、音響構造体1の設置空間を大幅に狭めてしまうことはない。また、音響室の天井や壁面、床面等の既存の反射面200に細長い管状の中空部材10を取り付ければ音響構造体1が構成されるので、その設置が容易であるとともに、取り付け位置の制約を受けにくい。また、反射面200は反射性の材料で成っていればよく、中空部材10自体が反射性を有していなくてもよいから、中空部材10の材料の選択の幅も広い。また、音響構造体1には、抵抗材等の気体分子の振動を抑制する部材を用いず、高い粒子速度を生じさせることで吸音・散乱効果が得られるようにしており、開口部14から離れた位置での吸音効果にも優れている。
【0051】
[変形例]
本発明は、上述した実施形態と異なる形態で実施することが可能である。また、以下に示す変形例は、各々を適宜に組み合わせてもよい。
なお、以下の説明において、上述した第1実施形態と同じ構成については同一の符号を付して表すとともに、対応する構成には末尾に「a」〜「h」というアルファベットの符号を付して表し、その説明を省略することがある。また、音響室を構成する天井や壁面、床面は、本発明の反射面に相当し、いずれも反射性の材料で構成されている。すなわち、これらは実施形態の反射面200と同等の機能を実現するものである。
[変形例1]
上述した実施形態では、音響構造体1において、中空部材10の内部に中空領域20が形成されていたが、図12に示す音響構造体1aのように、筐体の一例としてコ字状部材10aを用いてもよい。コ字状部材10aは、延在方向に直交する平面で切断した場合の断面形状が「コ」字状で、その内部に空間を有する部材である。コ字状部材10aは、開放する側方が反射面200により塞がれるようにして、反射面200に取り付けられている。これにより、コ字状部材10a及び反射面200により囲まれた空間には、中空領域20aが形成される。また、コ字状部材10aの反射面200に対して平行でない側面(ここでは、垂直な側面)には、開口部14aが設けられている。開口部14aは、中空領域20aを外部空間に通じさせる。このように、中空領域が、筐体及び反射面により囲まれた空間に形成される場合でも、実施形態と同等の作用により、吸音・散乱効果を奏する。また、中空領域の延在方向に沿って、中空部材の側方が開放している部材であれば、断面形状が「コ」字状以外であっても構わない。
【0052】
また、中空領域20aを延在方向に直交する平面で切断した場合の断面形状は矩形でなくてもよく、例えば図13(a)に示すように三角形であってもよいし、図13(b)に示すように略円形であってもよい。中空領域の断面形状はその他の形状であってもよいが、いずれの場合であっても、開口部14aが反射面200と平行でないようにされている。
また、図13(c)に示すように、音響室の入隅部を利用して、音響構造体を構成してもよい。ここでは直方体(或いは立方体)の音響室において、天井Cと壁面Wとによって、xz平面で切断したときの断面形状が「L」字型の入隅部が構成されているとする。筐体たる板状部材10bは、y方向に延在しており、板状部材10bの内部の空間であって、天井C、壁面W及び板状部材10bにより囲まれる空間(中空領域20b)の断面形状が三角形となるように、板状部材10bは天井C及び壁面Wに取り付けられている。また、中空領域20bは、開口部14bを介して外部空間に通じており、ここでも開口部14bが反射面200に平行とならないようされている。このような構成の音響構造体1bにおいても、天井C及び壁面Wがそれぞれ反射面200となって、そこからの反射波と開口部14bからの反射波との関係により、吸音・散乱効果を奏する。
【0053】
[変形例2]
音響室の壁面には利用者が出入りするためのドア(建具)が設置されるから、このドアのドア枠(建具枠)を利用して本発明の音響構造体を構成してもよい。
図14は、この変形例に係る音響構造体1cを表した図である。図14(a)はドア枠300が設けられた壁面Wの周囲(天井、壁面及び床面)の様子を表した図であり、ここではドアDが閉じられたときの様子を表している。図14(b)〜(d)は、それぞれ図14(a)に示す矢印IV、V、VIの各方向にドア枠300を見たときの様子を表した図である。
壁面Wには矩形状のドア開口部が設けられている。そして、図14(a)に示すように、ドア開口部の内周に沿って3つの中空部材10が設置されており、これらが床面側が開口側となるように「コ」字状に配置されることにより、ドア枠300は構成されている。図14(b)〜(d)に示す点線は、中空領域20の位置を表す。
このように、ドア枠により本発明の音響構造体を構成すれば、音響室において音響構造体をさらに目立たなくすることができ、建造物の美観を保つためにも好適である。また、ドア枠以外にも、引き戸やふすま等を設置するための開口部に設ける枠や、窓枠(サッシ枠)、絵画や写真等を収める額(枠)等を、上記中空部材を用いて構成してもよい。つまり、開口部等の所定の領域を囲う枠(枠組み)として木や金属等の部材を用いることがあるが、この部材に代えて、上記の中空部材10を用いて音響構造体1cを構成することができる。
【0054】
[変形例3]
また、音響室の入隅部を利用して、図15に示すようにして音響構造体を構成してもよい。ここでは、直方体(又は、立方体)の音響室に音響構造体1dが構成されるものとする。この音響室では、天井Cと壁面W1,W2という3つ面が交点Pにおいて接し、且つ、これら各面が互いに直交するように入隅部が構成されている。音響構造体1dは、断面形状が三角形の角筒状の3つの中空部材10dを有する。中空部材10dは、一端側が閉じて他端側が開口した中空領域20dを有し、いわゆる一端開口の管状部材である。ここでは中空部材10dの側面は開口しておらず、一方の底面のみに開口部14dが設けられている。3つの中空部材10dはそれぞれ、天井C、壁面W1及びW2どうしの境界線(すなわち、稜線l1〜l3)に接するように配置されている。また、各中空部材10dの開口部14dは、稜線l1〜l3が互いに交わる交点Pの方向に向くように配置されている。このような構成の音響構造体1dにおいて、3つの中空部材10dの開口部14d間にはハッチングで示した位置に空間領域が構成され、この空間領域が、上述した実施形態の中間層13に相当する。これにより、実施形態と同等の作用により、音響構造体1dによる吸音・散乱効果を奏する。
なお、音響構造体1dにおいて、3つの中空部材10dが一体成形された部材であってもよいし、天井及び壁面が交差する角度によっては、これらが互いに直交するように配置されていなくてもよい。また、床面及び壁面からなる入隅部に音響構造体1dが構成されてもよい。
【0055】
[変形例4]
本発明の音響構造体は、音響室に設置される照明装置により構成されてもよい。図16は、この変形例に係る照明装置400を示した図である。図16(a)は、照明装置400を水平方向に見た図であり、図16(b)は、図16(a)の照明装置400を切断線VII-VIIで切断したときの断面を表した図である。
図16に示すように、照明装置400は、直管形蛍光器具であり、点灯装置410、反射板420、2対のソケット430、及び2つの蛍光灯440、及び中空部材10を備える。点灯装置410は、例えばインバータ装置等の点灯用部品を有し、天井Cに固定されている。点灯装置410は、商用電力を用いて図示せぬ電力線を介してソケット430に給電して蛍光灯440を点灯させたり、給電を停止して蛍光灯440を消灯させたりする。反射板420は、断面形状が略「V」字型に構成されており、例えばアルミ基材に表面処理を施した反射性に優れた部材であり、蛍光灯440が放射する光を音響空間に向けて反射するものである。ソケット430は、各対について、対向面に蛍光灯440を着脱自在に支持するとともに、蛍光灯440に電圧を負荷する図示せぬピン受けが設けられている。蛍光灯440は直管形蛍光灯であり、照明装置400に対して着脱自在である。中空部材10は、照明装置400の内部の空間であって、反射板420及び天井Cにより囲まれた空間に設けられている。中空部材10は、その延在方向と、蛍光灯440の長手方向とが平行となるように配置されている。中空部材10の開口部14は、天井Cと反射板420との間において、反射板420に開けられた開口孔421を介して外部空間に通じている。
このように、この変形例の音響構造体1hは、照明装置400に設けられた中空部材10を備え、開口部14が天井Cに近接するように配置される。この構成により、外部から中空部材10がほとんど目視されないので、音響室の美観を損なうこともないし、音響空間を狭めることもほとんどない。また、照明装置400に中空部材10が一体化されるように構成しておけば、特殊な建築技法を用いなくとも、音響構造体1hを容易に建造物に構成することができる。
また、換気扇等の天井に設置する他の器具に中空部材10を組み込んで、本発明の音響構造体を構成してもよい。
【0056】
[変形例5]
図17に示すように、中空部材10をアップライトピアノ500内に収容して、音響構造体を構成してもよい。音響室にアップライトピアノ500を設置する場合、アップライトピアノ500の筐体を音響室の壁面に接触させたり、それに近接して設置したりすることが多い。この場合、アップライトピアノ500を演奏したときに発生する演奏音(特に、低音)が壁面を伝搬して、騒音問題となることがある。そこで、図17に示すように、アップライトピアノ500の内部に中空部材10を収容しておく。アップライトピアノ500の筐体には、音響室に設置されたときに、壁面や床面に近接する位置に孔510が開けられる。孔510は、中空部材10の開口部14を外部空間に通じさせるもので、孔510及び開口部14を介して、外部音は中空部材10の中空領域20に進入する。このような構成の音響構造体では、壁面や床面、アップライトピアノ500の筐体が本発明の反射面となり得る。この構成の音響構造体によれば、音響室の美観を損なうこともないし、音響構造体の設置により音響空間を狭めることなく、低音を含む演奏音に対して吸音・散乱効果が得られる。
このように、アップライトピアノ500は、筐体内の中空部材10の中空領域20を、外部空間に連通させる孔510を備えた筐体を有している。アップライトピアノ500は、入射する音波に応じた反射波を放射する反射面(壁面など)に対して、孔510が平行とならないように設置される。
この構成において、アップライトピアノに限らず、グランドピアノや電子ピアノ等の別のタイプのピアノに設けてもよいし、オルガンやエレクトーン等の設置型の鍵楽器に設けてもよい。また、これと同様の構成を採用すれば、例えば、テーブル、イス、ソファー、食器棚、什器、テレビやラジオ、洗濯器等の電気機器のキャビネット、パーテション等の音響空間に設置される家具や機器等の様々な物品を用いて音響構造体を構成することができる。
【0057】
[変形例6]
本発明の音響構造体において、吸音・散乱効果を奏する周波数域は、上述したように中空領域の寸法に依存する。そこで、その効果を奏する周波数帯域を調整可能とする構成を備えてもよい。
図18は、この変形例に係る伸縮可能な中空部材を例示する断面図である。
この中空部材は、第1部材101eと、第2部材102eと、第3部材103eにより構成されており、これらの各部材は円筒状に構成されている。また、中空部材の内部には中空領域20eが構成されている。第1部材101e及び第3部材103eは、例えば、螺子山を設けるなどして、第2部材102eに嵌め込まれるように構成されており、図中の矢印が示す方向にその位置を変えることができる。なお、第1部材101e及び第3部材103eは、第2部材102eの内部においてスライドするように移動する構成であってもよい。この移動により、中空領域20eの寸法が変わり、吸音・散乱効果を奏する周波数帯は変化する。
なお、この構成においては、第1部材101e及び第3部材103eが自然に移動することがないように構成されていることが望ましい。これ以外にも、中空領域20eの寸法を可変にする公知の構成を採ることができる。
【0058】
[変形例7]
上述した実施形態では、音響構造体1の中空部材10は、2つの共鳴体11,12を備える構成であったが、共鳴体を1つだけ備える構成としてもよい。図19は、本変形例の音響構造体を成す中空部材10fの断面(図1の切断線III−IIIと同じ方向の断面)を表した図である。
図19(a)に示すように、中空部材10fは、y方向に延在する中空領域20fを有し、閉口端である端部112fから中間層13fまでの間に共鳴体11fが構成されている。また、中空部材10fの他端の端部122fに接する側面部には、開口部14fが設けられる。このような音響構造体によれば、音響構造体のサイズをさらに小さくすることができるという利点がある。図19(b)は、共鳴体が共鳴したときの中間層の挙動を説明する図である。図19(b)に示すように、実施形態と同じ作用によって中間層13fは振る舞い、吸音・散乱効果を奏する。
【0059】
[変形例8]
また、中空部材の構成を以下のようにしてもよい。
図20は、この変形例の中空部材を、図1の切断線III−IIIと同じ方向に切断したときの断面を表している。
図20に示すように、中空部材10gは両端が閉じているとともに、その両端付近には開口部142g,143gがそれぞれ設けられている。さらに、y方向に対する中心付近の位置には開口部141gが設けられている。また、各開口部どうしの間に、中空領域をy方向に複数の中空領域に隔てるための隔壁151g,152gが設けられ、その中空領域20gの延在方向に対して、互いに隔絶された3つの中空領域が形成されている。ここで、隔壁151g,152gは、中空部材10gと一体成形されていてもよいし、別の部材であってもよい。このような構成の中空部材10gにおいて、その一方の端部側には、中空部材10gの端部161と共鳴体11gとの間に中間層131gが構成され、他端部側には、中空部材10gの端部162と共鳴体12gとの間に中間層132gが構成されている。また、中空部材10gの中央部であって、隔壁151gと隔壁152gとの間に形成された中空領域においては、隔壁151gと中間層133gとの間に共鳴体16gが構成され、隔壁152gと中間層133gとの間に共鳴体17gが構成されている。
このように、中空部材10gにおいては、隔壁により、中空領域がその延在方向に対して複数の中空領域に隔絶されて、中空部材の端部と中間層との間に共鳴体が構成され、隔壁と中間層との間に共鳴体が構成される。この構成によれば、例えば、中空部材10gには4つの共鳴体が存在するから、上述した実施形態で述べた構成よりも多い共鳴体を確保することができる。よって、このような音響構造体1gによれば、音響構造体1よりも、さらに広い周波数帯での吸音・散乱効果を得ることができる。また、中空部材10gにおいて、隔壁の数を更に多くして、中空部材が更に多くの数の中空領域を備えるようにしてもよい。
【0060】
[変形例9]
上述した実施形態の中空部材10は、2つの共鳴体11,12の中心軸が中心軸y0を共有する構成であったが、各共鳴体の中心軸が共通しなくてもよく、例えば、「L」字型や「V」字型をなすように所定の角度をなしてもよい。また、中空部材は、中間層13にさらに多くの共鳴体が面するように構成されていてもよい。また、各共鳴体が同一平面(xy平面)上に構成されていなくてもよく、各共鳴体の延在方向はxyz空間内においてどの方向であってもよい。
【0061】
[変形例10]
上述した実施形態では、中空部材10の端部112,122は共に閉じた構成となっているが、両端部の一方、或いは両方が開いた構成(いわゆる、開管)なっていてもよい。端部112,122が共に開口端である場合には、両端が開口した中空領域を有する構成の共鳴体11,12の共鳴周波数に対する波長λ1,λ2は、共鳴体11,12のy方向の長さl1、l2を用いると、式(5)の関係を満たす。なお、ここでも開口端補正を無視しており、nは1以上の整数である。
i=n・λi/2 (i=1,2) ・・・(5)
【0062】
端部112,122が開口端である場合、式(5)に示すように、共鳴体11,12の長さl1、l2は、共鳴周波数に対応する波長λ1,λ2の1/2の整数倍の長さとなるから、この場合も、意図する共鳴周波数となるよう中空部材10は設計される。
【0063】
[変形例11]
上述した実施形態では、中空部材10が2Sp/So>1という関係を満たすように構成されていたが、この関係を満たしていなくてもよい。これ以外の関係であっても、開口部14において比音響インピーダンス比ζの実数部がほぼ0であれば、上述した実施形態と同等の作用により、吸音・散乱効果を奏する。
また、開口部14は、音圧透過性及び通気性(粒子速度透過性)があって、抵抗成分が媒質(空気)の固有音響抵抗に対して十分小さい不織布状の布材や、ネット、メッシュ等によって覆われていてもよく、開口部14を介して外部空間及び中空領域20の間を音波が伝搬するように構成されていればよい。
上述した実施形態では、中空部材10は、音響室の内壁面や天井に設置されていたが、壁面内部や天井内部に埋め込まれることにより設置されていてもよい。また、平板状の支持パネル上に、中空部材10を配置するようにしてもよい。この構成において、支持パネルの表面が反射面200に相当する。また、支持パネルにキャスタ等の移動手段を取り付けて移動可能にしてもよい。
【0064】
[変形例12]
上述した実施形態では、中空部材10は角筒状の部材であったが、円柱状や底面が多角形の柱状に構成されていてもよく、その形状は前掲のものに限定されない。
また、中空領域を中心軸に対して垂直に切断したときの断面も、円状や多角形状であってもよく、その形状も実施形態で述べたものに限定されない。また、中空領域20をxz方向で切断したときの断面の形状も他の形状でもよいし、延在方向に対して一様の形状でなくてもよい。
また、上述した実施形態の音響構造体1では、開口部14が反射面200に対して平行とならないように構成されていたが、これらは平行であってもよい。この構成であっても、図11に示すような音響現象が発現して、上述した実施形態と同等の吸音・散乱効果を奏すると考えられる。
【0065】
[変形例13]
上述した実施形態では、共鳴体11,12の長さl1=l2としたときに、境界面111における粒子速度u1と、境界面121における粒子速度u2とは同位相の関係で変化すると述べた。これにより、或る周波数帯での開口部14の気体分子の粒子速度を大きくし、その周波数帯での吸音・散乱効果を増大させることには好適である。これに対し、共鳴体11,12の長さl1≠l2でとした場合には、比音響インピーダンス比の絶対値|ζ|<1となり、吸音・散乱効果を奏する周波数帯が広がる。この場合、式(4)に示す関係に基づいて、開口部14の比音響インピーダンス比ζが周波数の変化に対して不規則に変化する。これにより、ひとつひとつの比音響インピーダンス比の絶対値|ζ|<1となる周波数帯は、l1=l2の場合よりも狭くなることがあっても、その条件を満たす周波数帯を合算すると、l1≠l2である場合の方がその条件を満たす周波数帯が広くなる、ということである。このようになるのは、比音響インピーダンス比ζ=0の完全共鳴だけでなく、比音響インピーダンス比の絶対値|ζ|<1となって共鳴現象とみなせる現象を生じさせることで、音響構造体1が、吸音・散乱効果を奏するからこその効果ということもできる。また、この場合であっても、Sp>Soという条件をみなせば、u0>u1+u2という、粒子速度の増大の効果が得られる。
【0066】
[変形例14]
上述した実施形態又は変形例に係る音響構造体は、中空部材10と反射面とにより構成されていたが、これらは一体成形されていてもよい。特に、反射面を構成する部材と別体の筐体により共鳴体が構成されていなくてもよく、共鳴体の実現の方法は問わない。また、共鳴体を実現するための部材(例えば、実施形態の中空部材10)が反射面として機能してもよい。この場合、共鳴体を実現するための部材の側面であって開口部に近接する側面が、本発明の反射面として機能する。
また、上述した実施形態又は変形例に係る音響構造体は、音響特性を制御する各種の音響室に配置することが可能である。ここで各種音響室は、防音室、ホール、劇場、音響機器のリスニングルーム、会議室等の居室、各種輸送機器の空間、スピーカや楽器などの筐体等である。
【0067】
[変形例15]
本発明は、上記各構成の音響構造体の設計条件を算出する設計装置や、プログラム、当該プログラムを記録する記録媒体としても特定可能である。
図21は、この設計条件を算出する設計装置600のハードウェア構成を示すブロック図である。設計装置600は、CPU(Central Processing Unit)を含む演算装置やメモリを含む制御部601が、記憶媒体である記憶部602に記憶されている設計プログラムPRGを実行することにより、特定の機能を実現するコンピュータである。
表示部603は、例えば画像を表示する表示装置として液晶ディスプレイを備えており、制御部601の制御の下、設計装置600を操作するための画面や制御部601の演算結果などを表示する。
操作部604は、設計装置600を操作するためのキーボードやマウスを備えている。ユーザがキーボードを操作したり、マウスを操作したりすることにより、設計装置600に対する各種入力が行われる。
記憶部602はハードディスク装置を備え、音響構造体の設計条件を算出する機能を実現するための設計プログラムPRGを記憶している。
【0068】
制御部601は、ユーザによる操作部604の操作に応じて、記憶部602に記憶されている設計プログラムPRGを実行し、音響構造体の設計条件を算出するものである。例えば、実施形態の音響構造体1の構成を想定すると、制御部601は、開口部14及び反射面200に外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて、反射面200が反射波を放射し、共鳴体が反射面200からの反射波とは位相の異なる反射波を開口部14から放射する条件の下で、開口部14における比音響インピーダンス比ζの実数部を0に近づけさせるように、共鳴体11,12及び開口部14の設計条件をそれぞれ算出する。例えば、この設計条件には、開口部14の寸法や、共鳴体の寸法や形状、共鳴体の構成部材の材質(例えば、抵抗成分の大きさ)、音響構造体が構成される空間の媒質(通常は、空気)に関する条件が含まれる。上述のように、例えば、開口部14の寸法が大きく、共鳴体の断面が小さいほど面積比rsが小さくなり、開口部14における比音響インピーダンス比ζの実数部が0に近づくと考えられる、また、当該実数部の値は、開口部14に抵抗材を設けないことでも小さくなる。また、当該実数部の値は、共鳴体の構成部材にも左右されるものであり、その部材と当該実数部の値との対応関係については、予め実験的に求めたものが用いられるとよい。
また、設計装置600によって、比音響インピーダンス比ζの絶対値が1未満となるような設計条件が算出されるとより好適である。
また、反射面200の材質や形状を設計プログラムPRGの演算アルゴリズムに加えてもよく、要するに、上記吸音・散乱効果を奏する条件を実現するように、制御部601は演算を行うとよい。また、例えば、共鳴体の構成部材が決まっている場合もあるから、複数の設計条件のうちの一部がユーザにより指定されてもよい。
なお、上記音響構造体の設計条件を算出する設計装置や設計プログラムは、上述した各変形例の音響構造体の設計に用いられるものであってもよい。
【符号の説明】
【0069】
1…音響構造体、10…中空部材、11,12…共鳴体、111…境界面、121…境界面、13…中間層、14…開口部、20…中空領域、200…反射面、300…ドア枠、400…照明装置、500…アップライトピアノ、600…設計装置、601…制御部、602…記憶部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、
前記開口部に近接し、外部空間に面する反射面と
を備え、
前記開口部及び前記反射面に前記外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて前記反射面が反射波を放射するときに、
前記共鳴体は、前記入射した音波に応じて共鳴して、前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射し、且つ前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部がほぼ0である
ことを特徴とする音響構造体。
【請求項2】
前記入射した音波に応じた反射波を前記反射面が放射し、前記共鳴体が前記共鳴による反射波を放射するときに、
前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の絶対値が1未満である
ことを特徴とする請求項1に記載の音響構造体。
【請求項3】
一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、
前記開口部に近接し、外部空間に面する反射面と
を備え、
前記開口部及び前記反射面に前記外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて前記反射面が反射波を放射するときに、
前記共鳴体は、前記入射した音波に応じて共鳴して、前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射し、且つ
前記共鳴体の中空領域と前記開口部との間に音圧が一様に分布する気体層が構成され、前記開口部における媒質粒子の運動速度の絶対値は、当該中空領域と前記気体層との境界面における媒質粒子の運動速度の絶対値よりも大きい
ことを特徴とする音響構造体。
【請求項4】
コンピュータに、
一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、外部空間に面し、前記開口部に近接する反射面とを備える音響構造体の設計条件を算出させるためのプログラムであって、
前記開口部及び前記反射面に外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて、前記反射面が反射波を放射し、前記共鳴体が前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射する条件の下で、
前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部を0に近づけさせるように、当該共鳴体、及び前記開口部の設計条件を算出するステップを実行させるためのプログラム。
【請求項5】
一方向に延在する中空領域が開口部を介して外部空間に通じている共鳴体と、外部空間に面し、前記開口部に近接する反射面とを備える音響構造体の設計条件を算出する算出手段であって、
前記開口部及び前記反射面に外部空間からの音波が入射し、入射した音波に応じて、前記反射面が反射波を放射し、前記共鳴体が前記反射面からの反射波とは位相の異なる反射波を前記開口部から放射する条件の下で、
前記開口部の比音響インピーダンスを当該開口部の媒質の特性インピーダンスで除した値の実数部を0に近づけさせるように、当該共鳴体、及び前記開口部の設計条件を算出する算出手段を備えることを特徴とする設計装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2010−231199(P2010−231199A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47185(P2010−47185)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】