説明

音響用シートおよび音響用シートの製造方法

【課題】打楽器のヘッド材や弦楽器の胴貼り材として用いることができる音響用シートであって、それを用いた楽器の音響特性が木材や革のような天然材料を用いた場合の音響特性に近い優れた音響特性である音響用シートを提供する。
【解決手段】結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体1に、基体1と結晶配向性の異なる変化領域2が、複数分散して形成されている音響用シート10とする。音響用シート10は、合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離3を備えているものとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、楽器や、スピーカー、室内の音響調整材等の材料に用いられる音響用シートおよび音響用シートの製造方法に関し、特に、タンバリンやドラムなどの打楽器のヘッド材や、三味線やバンジョーなどの弦楽器の胴貼り材などに好適に用いられ、木材や革のような天然材料の音響特性に近い優れた音響特性が得られる音響用シートおよび音響用シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、タンバリンやドラムなどの打楽器のヘッド材として用いられる音響用シートとして、樹脂シートなどの合成材料がある。例えば、特許文献1には、複数の凹陥領域を有する合成樹脂シートと、樹脂コーティングとを備えている楽器ヘッドが記載されている。
また、従来から、合成樹脂製フィルム等により形成された膜体に金属からなる薄膜層を積層したドラム用ヘッドが記載されている。(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−301560号公報
【特許文献2】特開昭58−194093号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の合成樹脂シートは、これを用いた楽器と、木材や革のような天然材料を用いた楽器との音響特性の差が大きいという問題があった。具体的には、例えば、打楽器のヘッド材として従来の合成樹脂シートを用いた場合、ヘッド材として天然材料を用いた打楽器と比較して、高音が耳に残るなどの音響特性の差があった。
このため、合成材料からなる音響用シートを用いた楽器の音響特性を、天然材料を用いた楽器の音響特性に近づけることが要求されていた。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、打楽器のヘッド材や弦楽器の胴貼り材として好適に用いることができる音響用シートであって、それを用いた楽器の音響特性が木材や革のような天然材料を用いた場合の音響特性に近い優れた音響特性である音響用シートを提供することを目的とする。
また、本発明は、本発明の音響用シートを製造する音響用シートの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、鋭意検討を重ねた。その結果、音響用シートとして、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されているものを用いることにより、それを用いた楽器の音響特性が天然材料を用いた場合の音響特性に近いものとなることを見出し、本発明を想到した。本発明は以下の構成を採用した。
【0007】
本発明の音響用シートは、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されていることを特徴とする。
また、本発明の音響用シートは、前記合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離を備えているものとすることできる。
【0008】
また、本発明の音響用シートの製造方法は、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に部分的に衝撃を与えることにより、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域を複数分散して形成する衝撃付与工程を備えることを特徴とする。
また、本発明の音響用シートの製造方法においては、前記衝撃付与工程において、前記合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離を形成する方法とすることができる。
また、本発明の音響用シートの製造方法においては、前記衝撃付与工程において、ショットブラストを用いて前記基体に部分的に衝撃を与える方法とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の音響用シートは、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されているものであるので、それを用いた楽器の音響特性が木材や革のような天然材料を用いた場合の音響特性に近い優れたものとなる。したがって、打楽器のヘッド材や弦楽器の胴貼り材として好適に用いることができる。
【0010】
また、本発明の音響用シートの製造方法は、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に部分的に衝撃を与えることにより、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域を複数分散して形成する衝撃付与工程を備えているので、木材や革のような天然材料の音響特性に近い優れた音響特性が得られる音響用シートを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は本発明の実施形態である音響用シートの一例を示す斜視模式図である。
【図2】図2(a)〜図2(c)は本発明の実施形態である音響用シートの製造方法を説明するための断面模式図である。
【図3】図3は、本発明の原理を説明するための模式図であって、図3(a)は低周波数の音響振動が付与されたときの本発明の音響用シートの断面模式図であり、図3(b)は高周波数の音響振動が付与されたときの本発明の音響用シートの断面模式図である。
【図4】図4は、本発明の原理を説明するための模式図であって、図4(a)は、本発明の基体となる延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シートの低周波数の音響振動が付与されたときの、断面模式図であり、図4(b)は高周波数の音響振動が付与されたときの本発明の基体となる延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シートの断面模式図である。
【図5】図5(a)は、本発明の基体となる延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シートの偏光顕微鏡写真であり、図5(b)は本発明の実施形態である音響用シートの偏光顕微鏡写真である。
【図6】図6(a)および図6(b)は本発明の実施形態である音響用シートの一部を示した写真である。
【図7】図7(a)および図7(b)は本発明の実施形態である音響用シートの一部を示した写真である。
【図8】図8(a)および図8(b)は本発明の実施形態である音響用シートの一部を示した写真である。
【図9】図9は本発明の実施形態である音響用シートの断面の顕微鏡写真である。
【図10】図10は本発明の実施形態である音響用シートの断面の顕微鏡写真である。
【図11】図11は本発明の実施形態である音響用シートの断面の顕微鏡写真である。
【図12】図12は本発明の実施形態である音響用シートの音響特性を説明するためのグラフであって、図12(a)はヘッド材として本発明の音響用シートを用いた打楽器の周波数と時間との関係を示したグラフであり、図12(b)はヘッド材として従来技術である、本発明の基体となる延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シートを用いた打楽器の周波数と時間との関係を示したグラフであり、図12(c)はヘッド材として天然皮革を用いた打楽器の周波数と時間との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、本発明の実施形態の構成を説明するためのものであり、図示される各部の大きさや厚さや寸法等は、実際の寸法関係とは異なる場合がある。
図1は本発明の実施形態である音響用シートの一例を示す斜視模式図である。本実施形態の音響用シート10は、図1に示すように、基体1に変化領域2と層間剥離3とが、複数分散して形成されているものである。
【0013】
基体1は、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなるものである。基体1に用いられる合成樹脂シートとしては、結晶配向性の均一なものであればよく、特に限定されないが、例えば、PET(ポリエチレンテレフタラート)、PEN(ポリエチレンナフタレート)、PPE(ポリフェイニレンエーテル)、PBN(ポリブチレンナフタレート)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、PSU(ポリサルフォン)、PI(熱可塑ポリイミド))、PC(ポリカーボネート)、PA(ポリアミド)、PMP(ポリメチルペンテン)、POM(ポリオキシメチレン)、PEEK(ポリエーテル・エーテル・ケトン)、PEI(ポリエーテルイミド)などからなるものを用いることができる。これらの合成樹脂シートの中でも特に、延伸成形されたPETを用いることが好ましい。
【0014】
また、基体1の厚みは、音響用シート10の用途や基体1の強度などに応じて適宜決定することができ、特に限定されないが、音響用シート10を打楽器のヘッド材や弦楽器の胴貼り材として用いるために、100μm〜500μmの範囲であることが好ましく、250μm程度であることがより好ましい。また、十分な強度を有するものとするためには基体1の厚みは、200μm以上であることがより好ましい。
【0015】
変化領域2は、基体1と結晶配向性の異なる領域である。変化領域2の平面形状は、特に限定されるものではなく、図1に示すように、略円形や、中心の異なる複数の円形が平面視で重なり合ってできた形状とすることができる。
なお、変化領域2は、図1に示すように凹部であってもよいが、基体1の表面に沿う平坦面であってもよいし、凸部であってもよい。また、変化領域2の断面方向の深さは特に限定されるものではなく、基体1の厚みの一部であっても全部であってもよい。また、変化領域2は、図1に示すように、音響用シート10の一方の面にのみ形成されていてもよいし、音響用シート10の両面に形成されていてもよい。
なお、基体1と結晶配向性の異なる変化領域2が生じていることは、光路上に2つの偏光プリズム(偏光板)を90°回して直列に配置したクロスニコルの状態で、偏光板を回転させて偏光顕微鏡で観察した場合に、様々な方向の結晶領域が見えることにより確認できる。
【0016】
層間剥離3は、基体1を構成する合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなるものである。層間剥離3は、基体1内に密閉されており、略真空状態となっているものであることが好ましい。なお、音響用シート10の厚み方向における層間剥離3の配置や平面形状および断面形状は、特に限定されるものではない。
また、本実施形態においては、本発明の音響用シートの一例として、変化領域2および層間剥離3が設けられている音響用シート10を例に挙げて説明したが、本発明の音響用シートは、変化領域2が形成されているものであればよく、層間剥離3は形成されていてもよいし、形成されていなくてもよい。
【0017】
次に、本発明の音響用シートの製造方法の一例として、図2(a)〜図2(c)を用いて図1に示す音響用シート10の製造方法を説明する。
図1に示す音響用シート10を製造するには、まず、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体1を用意する。次いで、図2(a)に示すように、バックアップ材5を基体1の一方の面(図2(a)における下面)に接して配置する。その後、ショットブラストを用いて、基体1の他方の面(図2(a)における上面)側から基体1の表面全体に、複数の衝撃粒子7を均等に分散して衝突させて、基体1に部分的に衝撃を与える(衝撃付与工程)。
【0018】
図2(a)に示すように、基体1に衝撃粒子7を衝突させると、基体1に衝撃粒子7が食い込んで凹部1aが形成されるとともに、基体1の厚み方向中心部にせん断変形の歪が集中する部分が形成される。そして、図2(b)に示すように、衝撃粒子7が基体1から離れると、基体1の復元力により凹部1aが浅くなるとともに、せん断変形の歪が開放される。
【0019】
図2(a)に示すように、衝撃粒子7の衝突によって凹部1aの形成された領域およびその周辺領域では、基体1に衝撃粒子7が衝突することにより結晶配向性が変化され、図2(b)に示すように、基体1の復元力により凹部1aが浅くなっても、結晶配向性が、基体1の結晶配向性とは異なるものとなる。したがって、凹部1aの形成された領域は、図2(c)に示すように、基体1と結晶配向性の異なる変化領域2となる。
【0020】
また、基体1に衝撃粒子7が衝突することにより形成された基体1の厚み方向中心部のせん断変形の歪が集中する部分では、一旦集中したせん断変形の歪が開放されることにより、図2(c)に示すように、合成樹脂シートの最もせん断変形の歪が集中した部分において厚み方向に剥離が生じ、層間剥離3が形成される。
【0021】
なお、基体1に部分的に衝撃を与える方法は、上記の方法に限定されるものではなく、例えば、超音波ショットピーニング法などを用いることができ、特に限定されないが、上述したように、ショットブラストを用いて、基体1の表面全体に複数の衝撃粒子7を均等に分散して衝突させて、基体1に部分的に衝撃を与えることが好ましい。
【0022】
ショットブラストを用いて、基体1の表面全体に複数の衝撃粒子7を均等に分散して衝突させる場合、基体1の全体に変化領域2および層間剥離3を容易に均等に満遍なく形成でき、ばらつきのない高品質な音響用シート10が得られる。また、この場合、衝突させる衝撃粒子7の圧力や数(衝撃粒子7を基体1に衝突させる時間)、ショットブラストの衝撃粒子7を放出する放出部と基体1との間の距離などを適宜調整することにより、層間剥離3を設けるか否かや、変化領域2および層間剥離3の形状、数、密度などを調節することができ、容易に所望の音響特性に対応する音響用シート10が得られる。
【0023】
具体的には、例えば、ショットブラストを用いて、基体1の表面全体に複数の衝撃粒子7を均等に分散して衝突させる場合、衝撃粒子7を基体1に衝突させる圧力は、例えば、基体1が2軸延伸成形された厚み250μm程度のPETからなるものである場合、0.05MPa〜0.7MPaの範囲とすることが好ましい。圧力が上記範囲を超えると基体1に損傷を与える恐れがある。また、圧力が上記範囲未満であると、衝撃粒子7を衝突させることによって基体1に付与される衝撃が不十分となり、変化領域2および層間剥離3が形成されにくくなる。
また、ショットブラストの衝撃粒子7を放出する放出部と基体1との間の距離は、50mm〜400mmとすることが好ましい。
【0024】
また、基体1に部分的に衝撃を与える際に用いられる衝撃粒子7としては、金属、ジルコニウムのケイ酸塩鉱物であるジルコン、重曹、高純度のアルミナからなるホワイトアランダムなどからなる粒子を用いることができるが、効率よく基体1に衝撃を与えることができるため、ジルコンからなる粒子を用いることが好ましい。
【0025】
また、衝撃粒子7の形状は、球状であっても多面体であってもよいが、基体1の表面が傷つくことを防止できるように、球状であることが好ましい。
衝撃粒子7の形状が球状である場合、衝撃粒子7の粒径は、50μm〜2000μmの範囲であることが好ましく、100μm〜600μmの範囲であることがより好ましい。衝撃粒子7の粒径が上記範囲を超えると、衝撃粒子7を衝突させることによって生じる基体1の変形の曲率が大きくなるため、基体1の結晶配向性が変化しにくくなり、変化領域2が形成されにくくなるとともに、基体1の厚み方向中心部にせん断変形の歪が集中しにくくなり、層間剥離3も形成されにくくなる。また、衝撃粒子7の粒径が上記範囲未満になると、衝撃粒子7を衝突させることによって基体1に付与される衝撃が不十分となり、変化領域2および層間剥離3が形成されにくくなる。
【0026】
また、上述したように、基体1に部分的に衝撃を与える際にバックアップ材5を用いると、バックアップ材5により基体1全体が支持されるため、基体1上の位置に関わらず衝撃粒子7から基体1へ安定して衝撃を付与することができ、基体1の全体に変化領域2および層間剥離3を容易に均等に満遍なく形成することができ好ましいが、バックアップ材5を用いなくてもよい。バックアップ材5を用いない場合には、例えば、基体1の一部を支持部材によって支持することにより、基体1の衝撃を与えられる面と反対側の面を空間とすることができる。
【0027】
バックアップ材5の材料としては、発泡ゴムやシリコンゴムなどの弾性を有する材料や、アルミニウムなどの金属などを用いることができ、音響用シート10の材料や必要とされる音響特性に応じて適宜決定することができ、特に限定されない。
例えば、層間剥離3の形成を抑制する場合には、バックアップ材5の材料として、基体1に衝撃を与えても変形しない金属など硬度が基体1以上に高いものを用いることが好ましい。また、変化領域2および層間剥離3の形成を妨げないようにする場合には、バックアップ材5の材料として、図2(a)〜図2(c)に示すように、基体1に衝撃を与えることによって生じる基体1の変形に追従して容易に変形する発泡ゴムやシリコンゴムなどの硬度が基体1以下であるものを用いることが好ましい。
【0028】
本実施形態の音響用シート10は、結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体1に、基体1と結晶配向性の異なる変化領域2および合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離3が、複数分散して形成されているものであるので、それを用いた楽器の音響特性が木材や革のような天然材料を用いた場合の音響特性に近い優れたものとなる。
ここで、図3および図4を用いて、本発明の原理を説明する。
【0029】
図3(a)は低周波数の音響振動が付与されたときの本発明の音響用シートの断面模式図であり、図3(b)は高周波数の音響振動が付与されたときの本発明の音響用シートの断面模式図である。また、図4(a)は本発明の基体である延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シート11に低周波数の音響振動が付与されたときの断面模式図であり、図4(b)は当該合成樹脂シート11に高周波数の音響振動が付与されたときの断面模式図である。
【0030】
図3(a)および図4(a)に示すように、低周波数の音響振動(波長の長い低周波域の音響振動)が付与された場合、音響用シート10においても延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シート11においても同様に、撓んだ曲面の内側に圧縮応力P1が発生し、曲面の外側に引っ張り応力P2が発生し、曲げ変形する。また、そのとき中立軸に最大の剪断応力P3が発生する。周波数が低い場合は曲げ変形の極率が大きいので、その剪断変形はもともと少なく、そのため剪断変形による音響振動の損失は少ない。したがって、音響用シート10においても延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シート11においても同様に、低周波域の音響振動は減衰されにくい。
【0031】
これに対し、高周波数の音響振動(波長の短い高周波域の音響振動)が付与された場合、延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シート11においては、図4(b)に示すように、低周波数の音響振動の場合と同様に、撓んだ曲面の内側に圧縮応力P1が発生し、曲面の外側に引っ張り応力P2が発生して、曲げ変形する。また、そのとき中立軸に最大の剪断応力P3が発生する。周波数が高い場合は曲げ変形の極率が小さいので、剪断応力は大きくなる。しかし、基体は結晶が均一状態であるので、剪断応力によるずれは少なく音響振動の損失は少ない。したがって延伸成形されただけの結晶配向性の均一な合成樹脂シート11は、高周波域の音響振動も減衰されにくいものである。
【0032】
しかし、図3(b)に示すように、本発明の音響用シート10においては、変化領域2及び層間剥離3が複数分散して形成されているので、剪断応力が大きい高周波数の音響振動が付与された場合、剪断応力により、変化領域2での異方性の結晶間および層間剥離3でずれが生じ、音響振動が熱に変換されて音響用シート10に吸収され、減衰される。したがって、本発明の音響用シート10は、音響用シート10となる基体とは異なり、高周波域の音響振動の損失が大きく、高周波域の音響振動が速やかに減衰されるものである。
【0033】
なお、本発明者らの実験によれば、木材や革のような天然材料は、音響用シート10と同様に、低音域の音響振動は減衰されにくく、高音域の音響振動は速やかに減衰されるものであることが分かった。したがって、本実施形態の音響用シート10によれば、それを用いた楽器の音響特性が、木材や革のような天然材料を用いた場合の音響特性に近い低音が伸びて高音が抑えられたものとなる。よって、本実施形態の音響用シート10を打楽器のヘッド材や弦楽器の胴貼り材として用いた場合、聴き心地のよい優れた楽器が得られる。
【0034】
なお、上述した実施形態においては、基体1の一方の面に衝撃を与えることにより製造した音響用シート10を例に挙げて説明したが、本発明の音響用シートは、基体の両面に衝撃を与えることにより製造したものであってもよい。
【0035】
「実施例1」
以下に示す方法により、実験例1の音響用シート10を製造した。
まず、2軸延伸PET(ポリエチレンテレフタラート)(ルミラー:商品名、東レ株式会社製)からなる厚み250μmの結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体1を用意した。次いで、発泡ゴム(硬度Hs65°)からなるバックアップ材5を基体1の一方の面に接して配置した。その後、ショットブラスト(不二精機株式会社製)を用いて、基体1の他方の面側から基体1の表面全体に、複数の衝撃粒子7を均等に分散して衝突させて、基体1に部分的に衝撃を与えた。
【0036】
なお、衝撃粒子7としては、粒径425μmのジルコン粒子(FZS−425:商品名、不二製作所)を用いた。また、衝撃粒子7を基体1に衝突させる圧力は0.4MPaとし、衝撃粒子7を基体1に衝突させる時間は10秒/100cmとした。また、ショットブラストの衝撃粒子7を放出する放出部と基体1との間の距離は150mmであった。
以上の工程により、実施例1の音響用シート10を得た。
【0037】
このようにして得られた実施例1の音響用シート10と、実施例1の音響用シート10を製造する際に用いた基体1とを、光路上に2つの偏光プリズム(偏光板)を90°回して直列に配置したクロスニコルの状態で、偏光顕微鏡(ニコン社製)を用いて撮影した。その結果を図5(a)および図5(b)に示す。
図5(a)は音響用シートとなる結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体の偏光顕微鏡写真であり、図5(b)は本発明の実施例に係る音響用シートの偏光顕微鏡写真である。
【0038】
図5(a)および図5(b)に示すように、図5(b)に示す音響用シートでは、図5(a)に示す結晶配向性の均一な基体に対し、結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されていることが確認できた。また、実施例1の音響用シート10の断面を偏光顕微鏡で観察した結果、合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離が、複数分散して形成されていることが確認できた。
【0039】
「実施例2」
バックアップ材5を配置せず、基体1の一部を支持部材によって支持することにより、基体1の衝撃を与えられる面と反対側の面を空間とし、衝撃粒子7として、粒径850μmのジルコン粒子(FZS−850:商品名、不二製作所)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2の音響用シート10を得た。
【0040】
「実施例3」
衝撃粒子7として、粒径600μmのジルコン粒子(FZS−600:商品名、不二製作所)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例3の音響用シート10を得た。
「実施例4」
実施例3の音響用シート10の衝撃粒子7を衝突させた面と反対側の面に、実施例3と同様にして、衝撃粒子7を衝突させて実施例4の音響用シート10を得た。
【0041】
「実施例5」
衝撃粒子7を基体1に衝突させる圧力を0.2MPaとしたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例5の音響用シート10を得た。
「実施例6」
実施例5の音響用シート10の衝撃粒子7を衝突させた面と反対側の面に、実施例5と同様にして、衝撃粒子7を衝突させて実施例6の音響用シート10を得た。
【0042】
「比較例1」
実施例1〜実施例6で用いた基体1を比較例1の音響用シートとした。
【0043】
このようにして得られた実施例2〜実施例6、比較例1の音響用シートの内部損失(tanσ)として、せん断方向の粘弾性を以下に示す方法により測定した。
すなわち、測定装置としてARES−G2(商品名;TAインスツルメント社製)を用い、サンプル長さ(クランプ間距離)を20mm、サンプル幅を10mmとし、テンション10g±5g、周波数1Hz(2π=6.28rad/s)で、変位0.14rad(≒8.0°)を付与し、せん断方向の粘弾性を測定した。
【0044】
その結果、音響用シートの内部損失(tanδ)は常温(25℃)で、実施例2では0.0143、実施例3では0.0102、実施例4では0.0190、実施例5では0.0107、実施例6では0.0222、比較例1では0.0062であった。このことより、実施例2〜実施例6の音響用シートは、比較例1の音響用シートと比較して、内部損失が大きく、音響振動が減衰されやすいものであることが分かった。
【0045】
また、実施例2、実施例3、実施例5の音響用シートを以下に示す方法により撮影した。なお、図6(a)、図7(a)、図8(a)は、デジタルカメラ(キヤノン社製)を用いて撮影した。図6(a)、図7(a)、図8(a)に示された目盛りの最小値は0.5mmである。また、図6(b)、図7(b)、図8(b)は、図5(a)および図5(b)と同様にして撮影した。
【0046】
図6(a)および図6(b)は実施例2の音響用シートの一部を示した写真であり、図6(a)は表面外観の写真、図6(b)は偏光顕微鏡の写真である。図7(a)および図7(b)は実施例3の音響用シートの一部を示した写真であり、図7(a)は表面外観の写真、図7(b)は偏光顕微鏡の写真である。図8(a)および図8(b)は実施例5の音響用シートの一部を示した写真であり、図8(a)は表面外観の写真、図8(b)は偏光顕微鏡の写真である。
【0047】
図6〜図8に示すように、実施例2、実施例3、実施例5の音響用シートは、基体と結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されているものであることが確認できた。
また、実施例2〜実施例6の音響用シート10を実施例1と同様にして観察した結果、合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離が、複数分散して形成されていることが確認できた。
【0048】
「実施例7」
衝撃粒子7を基体1に衝突させる圧力を0.2MPa、時間を4秒/100cmとしたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例7の音響用シート10を得た。
「実施例8」
衝撃粒子7を基体1に衝突させる時間を4秒/100cmとしたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例8の音響用シート10を得た。
【0049】
「実施例9」
衝撃粒子7を基体1に衝突させる時間を14秒/100cmとしたこと以外は、実施例8と同様にして基体1の一方の面に衝撃粒子7を衝突させ、その後、基体1の衝撃粒子7を衝突させた面と反対側の面に、衝撃粒子7を衝突させた面と同様にして、衝撃粒子7を衝突させて実施例9の音響用シート10を得た。
【0050】
このようにして得られた実施例7〜実施例9の音響用シート10の断面を、以下に示す方法により観察した。
すなわち、実施例7〜実施例9の音響用シート10をそれぞれ熱硬化性樹脂に埋め込み、研磨により剥き出しにした断面を観察した。
より詳細には、実施例7〜実施例9の音響用シート10をそれぞれ1cm角程度の大きさに切り出して、直径25mm、深さ20mmの円筒形埋め込み型の底面に対して、音響用シート10の表面が垂直になるように(埋め込み型の底面と音響用シート10の断面とが平行になるように)配置し、エポキシ樹脂を埋め込み硬化させた。次いで、研磨機により、音響用シート10の断面が剥き出しになるまで埋め込み型の底面を研磨した。研磨面の最終表面粗さは1/100μmオーダーとなるようにした。研磨により露出された音響用シート10の断面は、金属顕微鏡を用いて倍率50〜600倍で観察した。
【0051】
その結果を図9〜図11に示す。図9は実施例7の音響用シートの断面の顕微鏡写真であり、図10は実施例8の音響用シートの断面の顕微鏡写真であり、図11は実施例9の音響用シートの断面の顕微鏡写真である。
また、実施例7〜実施例9の音響用シート10を観察した結果、いずれにおいても変化領域が、複数分散して形成されていた。
【0052】
図9に示すように、実施例7の音響用シート10では、層間剥離は形成されなかった。また、図10に示すように、実施例8の音響用シート10では、厚み方向に1層の層間剥離が面方向に複数分散して形成されていた。また、図11に示すように、実施例9の音響用シート10では、厚み方向に2層の層間剥離が面方向に複数分散して形成されていた。これは、一方の面から衝撃粒子7を衝突させることによって形成される層間剥離と、他方の面から衝撃粒子7を衝突させることによって形成される層間剥離とでは、厚み方向での位置が異なるためと推定される。
【0053】
「打楽器」
実施例9の音響用シート10をヘッド材として用いて、直径14インチのスネアドラムを作製した。また、実施例9の音響用シートに代えて実施例9の音響用シートで用いた基体1をヘッド材として用いたスネアドラムと、革をヘッド材として用いたスネアドラムとを、実施例9の音響用シート10をヘッド材として用いたスネアドラムと同様にして作製した。
【0054】
このようにして得られたスネアドラムの音響特性を調べた。その結果を図12に示す。図12(a)はヘッド材として実施例9の音響用シートを用いたスネアドラムの周波数と時間との関係を示したグラフであり、図12(b)は比較例として、ヘッド材として実施例9の音響用シートとなる前の結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体1を用いたスネアドラムの周波数と時間との関係を示したグラフであり、図12(c)はヘッド材として天然皮革を用いたスネアドラムの周波数と時間との関係を示したグラフである。
【0055】
図12(a)に示す実施例9の音響用シートを用いたスネアドラムの音響特性は、図12(b)に示す基体を用いたスネアドラムと比較して、図12(c)に示す革を用いたスネアドラムに近く、高音域(特に1kHz以上)の音響振動の損失が大きく、高音域の音響振動が速やかに減衰されていることがわかる。
【符号の説明】
【0056】
1…基体、2…変化領域、3…層間剥離、5…バックアップ材、7…衝撃粒子、10…音響用シート。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域が、複数分散して形成されているものであることを特徴とする音響用シート。
【請求項2】
前記合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離を備えていることを特徴とする請求項1に記載の音響用シート。
【請求項3】
結晶配向性の均一な合成樹脂シートからなる基体に部分的に衝撃を与えることにより、前記基体と結晶配向性の異なる変化領域を複数分散して形成する衝撃付与工程を備えることを特徴とする音響用シートの製造方法。
【請求項4】
前記衝撃付与工程において、前記合成樹脂シートが厚み方向に剥離されてなる層間剥離を形成することを特徴とする請求項3に記載の音響用シートの製造方法。
【請求項5】
前記衝撃付与工程において、ショットブラストを用いて前記基体に部分的に衝撃を与えることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の音響用シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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