説明

飛行時間型質量分析装置

【課題】 恒温槽内の微小な温度変化による真空チャンバを介したイオン光学系への輻射熱を軽減し、真空内の温度を安定させて質量分析の再現性を向上させることのできる飛行時間型質量分析装置を提供する。
【解決手段】 恒温槽16に収容された真空チャンバ10の内部に、低熱伝導率材料から成る保持部材21によりフライトチューブ20を保持し、このフライトチューブ20にイオン加速器12及びイオン検出器13(往復型の場合は、リフレクトロン14も)を固定すると共に、真空チャンバ10の飛行分離部10bの外壁を断熱材27で被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の飛行時間型質量分析装置の構造及び作用を図3により説明する。真空チャンバ30内の一方の端にイオン源31、イオン加速器32とイオン検出器33が、他方の端にリフレクトロン(イオン反射器)34が設けられている。イオン源としては、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)等の試料イオン化部又はLCMSなどのイオン導入部が使用される。真空チャンバ30には、高真空を達成可能なターボ分子ポンプ等の真空ポンプ35が接続されている。
【0003】
イオン源31で生成されたイオンは、イオン加速器32において所定の加速電圧により運動エネルギが与えられ、リフレクトロン34に向けて飛行空間37を飛行する。イオンはリフレクトロン34における傾斜電界により反射され、飛行空間37を戻って、イオン検出器33において検出される。イオンが飛行空間37を往復するのに要する時間はイオンの質量数(m/z、ただしzは電荷)に依存するため、イオン検出器33におけるイオン検出量を連続的に測定することにより、イオン源31において生成されたイオンの質量スペクトルが得られる。なお、イオン加速器とイオン検出器とを両端に配置し、イオンが飛行空間を一方向にのみ飛行した後に検出を行う一方向型のものもある。
【0004】
このような装置では、同じエネルギを与えられても、イオンの飛行時間は当然飛行距離に応じて変化する。従って、イオン加速器32、飛行空間37、リフレクトロン34、イオン検出器33等を含むイオン光学系の位置関係、特に飛行空間37の長さが変化すると、同一質量数のイオンであってもイオン検出器33に到達する時間がシフトし、測定されるスペクトルの質量数軸がずれる。そこで、真空チャンバ30の全体を断熱材38で被覆された恒温槽36に収容し、測定時にイオン光学系の温度が一定となるように制御が行われる。
【0005】
高性能の飛行時間型質量分析装置に要求される時間安定性は、通常、20ppm程度であるが、飛行空間37の長さの変化による飛行時間のズレをこれ以下にしようとすると、真空チャンバ30を低熱膨張率の材料(通常、ステンレス鋼が使用される)で作製しても、その温度変化の幅を1℃程度としなければならない。一方、市販されている飛行時間型質量分析装置には、イオン飛行空間37が約1mになるものもあるため、それを内包する真空チャンバ30の全体を収容する恒温槽36は相当大きなものとならざるをえない。そのような大きな恒温槽36を1℃以下の許容幅で制御するためには、恒温槽36の熱容量を相当大きいものにし、更に、高精度の温度制御装置を設けなければならない。
【0006】
そこで、このような問題を解決するために。図4に示すように、真空チャンバ30内に飛行空間37を構成する管状部品(フライトチューブ)40を設け、該フライトチューブ40の一端にリフレクトロン34を、他端にイオン加速器32とイオン検出器33を固定し、該フライトチューブ40を熱伝導率の低い材料41で真空チャンバ30内に保持することによって、イオン光学系の熱膨張による質量スペクトルの変化を低減することのできる飛行時間型質量分析装置が開発されている(特許文献1)。イオン加速器32とイオン検出器33とは共にフライトチューブ40に固定されているため、両者間のイオン飛行空間37の長さ(イオンの飛行距離)はフライトチューブ40の長さに依存する。このフライトチューブ40は、上記のように低熱伝導率材料から成る保持部材41を介して真空チャンバ30の内部に保持されているため、真空チャンバ30からの空気による伝熱の影響を殆ど受けず、保持部材41を介しての熱伝導の影響も殆ど受けないため、真空チャンバ30を囲う恒温槽36の温度変動幅が多少大きくても、真空チャンバ30の内部のフライトチューブ40の温度変動を抑えることができる。
【0007】
【特許文献1】特開2003-151488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記のような飛行時間型質量分析装置においては、熱伝導及び対流による熱の伝播を抑えられるものの、恒温槽36内に設けられた温度調節用ヒータ42のon/offの切り替えなどによる恒温槽36内の微小な温度変化が真空チャンバ30を介して輻射熱としてイオン光学系に伝わり、安定した質量スペクトルが得られない場合があった。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、恒温槽内の微小な温度変化による真空チャンバを介したイオン光学系への輻射熱を軽減し、真空内の温度を安定させて質量分析の再現性を向上させることのできる飛行時間型質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る飛行時間型質量分析装置は、ヒータを有する温度調節手段を備えた恒温槽と、該恒温槽内に保持され、内包するイオン飛行空間を挟んで少なくともイオン加速器とイオン検出器とが設けられた真空チャンバとを備えた飛行時間型質量分析装置において、前記真空チャンバの外壁を断熱材で被覆したことを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る質量分析装置は、ヒータを有する温度調節手段を備えた恒温槽と、該恒温槽内に保持される真空チャンバと、上記真空チャンバの内部に、低熱伝導率材料から成る保持部材を介して保持され、内包するイオン飛行空間を挟んで少なくともイオン加速器とイオン検出器とが固定されたフライトチューブとを備えた飛行時間型質量分析装置において、前記真空チャンバの外壁を断熱材で被覆したことを特徴とするものであってもよい。
【0011】
なお、上記断熱材で真空チャンバ外壁の全体を覆うと、温度の安定性を高くすることができる反面、質量分析開始前に本発明の飛行時間型質量分析装置を所定の操業温度(質量分析を行うときの温度)まで加熱する際に多くの時間が必要となる。そのため、ヒータのon/offによる恒温槽内の微小な温度変化が真空チャンバ内に伝達されることを抑えつつ、装置始動時に必要な加熱時間が長くなるのを防ぐため、上記断熱材は上記ヒータ近傍の真空チャンバ外壁の一部領域のみに設けることが望ましい。また、一般的に真空チャンバは、図3及び図4に示すように、イオン加速器32及びイオン検出器33が設けられる加速/検出部(但し、上述の一方向型の場合は、加速部と検出部は別個に設けられる)30aと、該イオン加速器32とイオン検出器33との間の飛行空間37を内包する飛行分離部30bとで構成されるが、一般的に恒温槽36内のスペースの関係から温度調節用のヒータ42は前記飛行分離部30bに近い領域に設けられることが多い。従って、この場合には上記断熱材を真空チャンバ30の飛行分離部30bの外壁のみに設けることが望ましい。
【0012】
なお、上記「イオン飛行空間を挟んで少なくともイオン加速器とイオン検出器とが固定された真空チャンバ(又はフライトチューブ)」には、真空チャンバ又はフライトチューブの一端にイオン加速器、他端にイオン検出器が設けられている一方向型のものの他、真空チャンバ又はフライトチューブの一端にイオン加速器とイオン検出器が設けられ、他端にイオン反射器が設けられている往復型のものを含む。更に、複数のイオン反射器を介してイオンが飛行空間を往復する多重往復型のものをも含む。
【発明の効果】
【0013】
上記のように、真空チャンバ外壁を断熱材で被覆することによって、恒温槽の微小な温度変化が真空チャンバに伝わるのを防止し、これにより真空チャンバからの輻射熱によるイオン光学系の温度変化を防ぐことができる。このため、イオン加速部とイオン検出器の間の距離は非常に安定したものとなり、質量分析の再現性の精度を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、実施例を用いて説明する。
【0015】
[実施例]
図1に本発明の一実施例である往復型飛行時間型質量分析装置の概略構成図を示す。本実施例においては、真空チャンバ10内に保持されたフライトチューブ20の一端にイオン加速器12及びイオン検出器13が、該フライトチューブ20の他端にリフレクトロン14が設けられている。フライトチューブ20を保持する保持部材21は、低熱伝導率材料(例えばセラミックや樹脂等)で作製されている。なお、イオン源(図示せず)はフライトチューブ20に固定してもよいし、フライトチューブ20とは独立に真空チャンバ10に固定してもよい。
【0016】
真空チャンバ10は断熱材18で覆われた恒温槽16に収容されており、恒温槽16にはヒータ22、ファン23及び温度センサ24等から成る温度調節装置が設けられている。該真空チャンバ10は飛行分離部10bの外壁部分を断熱材27によって被覆されている。真空チャンバ10に設けられた真空ポンプ15及び恒温槽16に設けられた上記温度調節装置は、コンピュータを備えた操作制御部25により制御されている。また、これとは別に、イオン加速器12及びイオン検出器13(それに、図示しないイオン源)に接続され、試料の質量分析を行うための測定制御部26も設けられている。
【0017】
本実施例の飛行時間型質量分析装置は上記のように、外部温度の変化がフライトチューブ20に伝わりにくい構成となっているため、装置始動時にフライトチューブ20の温度を上げようとする際には、これが逆に昇温時間を長引かせる原因となる。そこで、本実施例の質量分析装置では、操作制御部25によって始動時にはまず恒温槽16の加熱を開始し、所定時間が経過した後に真空チャンバ10内の真空引きを開始するように制御を行うことが望ましい。これにより、装置始動時には恒温槽16の熱は真空チャンバ10から空気の対流を伴う伝導によりフライトチューブ20に与えられ、フライトチューブ20は比較的速やかに所定温度まで上昇することができるようになる。この「所定時間」としては、真空チャンバ10の真空引きが完了する時点とフライトチューブ20が所定の操業温度(通常、室温よりも5〜10℃高い値に設定しておく)に到達する時点がほぼ同時となるような時間に設定しておくことが望ましいが、フライトチューブ20が操業温度に到達したと考えられる時間の後でもよい。或いは、時間で決定するのではなく、恒温槽16、真空チャンバ10又はフライトチューブ20が、それぞれ所定の温度(前記操業温度又はそれに近い温度)になった時点で真空引きを開始するようにしてもよい。
【0018】
その後、温度センサ24によって検出される恒温槽16内の温度が上記操業温度に達すると共に、真空計(図示略)によって検出される真空チャンバ10内の真空度が所定の値に達した時点で、測定制御部26の制御による試料の質量分析が開始される。分析中は操作制御部25によって恒温槽16内の温度制御が行われるが、このときには低熱伝達率材料から成る保持部材21及び真空によって伝導及び対流による真空チャンバ10からフライトチューブ20への熱の伝達が抑えられるのに加えて、真空チャンバ10外壁に設けられた断熱材27によって恒温槽16内の微小な温度変化による真空チャンバ10の熱変動が抑制され、輻射熱による真空チャンバ10からフライトチューブ20への熱の伝達を抑えることもできる。従って恒温槽16の温度変動は非常に長い時定数でしかフライトチューブ20の温度変動に影響を及ぼさない。これにより、フライトチューブ20の温度変動幅を従来よりも抑えることができ、安定した質量スペクトルを得ることができるようになる。
【0019】
以上、本発明の一実施例である往復型飛行時間型質量分析装置を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変更が許容される。例えば、上記実施例では真空チャンバの内部にフライトチューブを設けた飛行時間型質量分析装置に本発明を適用した例について説明したが、図2に示すように、フライトチューブを設けず、真空チャンバ10にイオン加速器12、イオン検出器13、及びリフレクトロン14を固定したタイプの飛行時間型質量分析装置に本発明を適用してもよい。また、上記実施例では往復型のもので説明を行ったが、もちろん、リフレクトロンの位置にイオン検出器を置いた一方向型でも、本発明は全く同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例である往復型飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【図2】本発明の飛行時間型質量分析装置の別の例を示す概略構成図。
【図3】従来の往復型飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【図4】フライトチューブを備えた従来の往復型飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0021】
10、30…真空チャンバ
10b、30b…飛行分離部
11…イオン源
12、32…イオン加速器
13、33…イオン検出器
14、34…リフレクトロン
15、35…真空ポンプ
16、36…恒温槽
17、37…イオン飛行空間
18、38、27…断熱材
20、40…フライトチューブ
21、41…保持部材
22、42…ヒータ
23、43…ファン
24、44…温度センサ
25、45…操作制御部
26、46…測定制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒータを有する温度調節手段を備えた恒温槽と、該恒温槽内に保持され、内包するイオン飛行空間を挟んで少なくともイオン加速器とイオン検出器とが設けられた真空チャンバとを備えた飛行時間型質量分析装置において、
前記真空チャンバの外壁を断熱材で被覆したことを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
ヒータを有する温度調節手段を備えた恒温槽と、該恒温槽内に保持される真空チャンバと、上記真空チャンバの内部に、低熱伝導率材料から成る保持部材を介して保持され、内包するイオン飛行空間を挟んで少なくともイオン加速器とイオン検出器とが固定されたフライトチューブとを備えた飛行時間型質量分析装置において、
前記真空チャンバの外壁を断熱材で被覆したことを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
上記断熱材を上記ヒータ近傍の真空チャンバ外壁の一部領域のみに設けたことを特徴とする請求項1又は2に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
上記断熱材を真空チャンバの飛行分離部の外壁のみに設けたことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
上記イオン加速器とイオン検出器とが装置内の一方の端に設けられ、他方の端にイオン反射器が設けられた往復型の飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の飛行時間型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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