説明

飛行時間型質量分析装置

【課題】広い濃度範囲において信号成分とノイズ成分の比が高い飛行時間型質量分析装置を実現する。
【解決手段】判定部5はADC機能部4からの信号に基づいて、サンプルが数え落としの無い濃度範囲の場合には、スイッチ7、8をTDC機能部3側に設定し、TDC方式により信号処理を行う。判定部5は条件1(真の信号カウント数と計測カウント数との比が一定値以下となる場合)が成立する場合、若しくは条件2(リアルタイムに入射するイオン強度が大である場合)が成立する場合には、スイッチ7、8をADC機能部4側に切り替えて、ADC方式により信号処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン化された試料を加速し、検出器への到達時間により質量分析を行う飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(Time Of Flight Mass Spectrometer:TOFMS)におけるTOFデータを収集する方式には、タイム・トゥー・デジタル(Time to Digital Converter)方式(TDC方式)と、アナログ・トゥー・デジタル(Analogue to Digital Converter)方式(ADC方式)との2つの方式がある。
ADC方式は、測定試料を加速電極により加速し、その加速開始時間から、検出器に到達した時間より得られた質量スペクトル信号を一定クロックでA/D変換する方式である。
また、TDC方式は、測定試料を加速電極により加速し、その加速開始時間から、到達時間を一定間隔でのサンプリング結果により記録する方式である。
ADC方式は、時間情報とイオン強度情報が得られ、検出器のパルス領域から電流領域までA/D変換できるため、扱えるイオン量が多いという利点がある。その一方、ADC方式は、質量スペクトル信号の信号量が少ない場合、ノイズと信号レベルとの区別が難しくなるため、TDC方式に比べノイズの影響を受けやすいという欠点がある。
これに対して、TDC方式は、ある閾値レベル以下のパルスを計数しないように設定できるため、ノイズに強く、また、イオンが検出器に到着した時間のみ記録するので、必要とするメモリが少なくてすむという利点がある。しかし、パルスが連続してきた時にストップウォッチ動作が間に合わず数え落とし(不感時間:Dead Time)がある。また、一定の閾値で0または1の信号成分を見分けるため、同時にパルスが検出器に入った場合に、数え落としをする可能性もある。
この結果、計測できるイオン量が少なく、試料導入量を絞っておかなければならないという欠点がある。そして、TOFMSにおいては、TOFデータを収集するため、ADC方式あるいはTDC方式のどちらか一方を標準として搭載しているのが通常である。
ところで、TDC方式には、リーディングエッジ方式と称される方式と、レベル検出方式と称される2つの方式がある。リーディングエッジ方式は、検出器から出力されるパルスが正極性とした場合、パルスの立ち上がりをコンパレータにより検出して、スタートパルスから当該パルスを検出した時点までの時間を記録する方式である。
レベル検出方式は、検出器出力をコンパレータにより閾値レベルと比較して、検出器出力が閾値レベル以上である場合に“1”、閾値レベル未満の場合には“0”として2値化し、その時間を記録する。
TDC方式でありながら時間情報ばかりでなく強度情報も併せて得ることのできるTOFデータの収集方法及び装置が、特許文献1に記載されている。この特許文献1には、異なる閾値レベルを設定した複数のコンパレータを用い、各コンパレータによる比較結果を合成することにより、時間情報と強度情報を併せて得ることが開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2002―343300号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の技術において、複数濃度の成分が混在しない純粋な成分測定に対して、濃度に対するダイナミックレンジを得る際には、十分に性能を発揮するが、複数の濃度成分が混在し、出現するピーク強度が変化する際には、低濃度成分についてTDCの特性である数え落としが顕著になってくる。
また、広範囲の濃度域をカバーするためには、搭載するコンパレータの数および設定信号レベルを複数持つことになり、時間情報と強度情報を併せて得ることができるものの、複数のコンパレータを設けて同時に動作させるため、装置構成が大がかりとなる問題がある。
本発明の目的は、広い濃度範囲において信号成分とノイズ成分の比が高い飛行時間型質量分析装置を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の飛行時間型質量分析装置は、測定試料をイオン化し、イオン化された試料を加速して、イオン検出器への到達時間により、測定試料の質量分析を行う。そして、測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間により測定試料の質量スペクトルを算出し、算出した質量スペクトルを一定のクロック信号でA/D変換するADC処理部と、測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間を、一定時間間隔でサンプリングするTDC処理部と、測定試料が複数の濃度成分が混在しない場合は、上記TDC処理部による信号処理を選択し、測定試料が複数の濃度成分が混在する場合は、上記TDC処理部又はADC処理部による信号処理を選択する判定部とを備え、上記判定部により選択された信号処理に基づいて、測定試料の質量分析を行う。
また、本発明の飛行時間型質量分析装置は、測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間信号が供給され、供給された時間信号により測定試料の質量スペクトルを算出し、算出した質量スペクトルを一定のクロック信号でA/D変換するADC処理部と、上記ADC処理部に供給されるイオン強度信号を増幅する増幅部とを備える。
【発明の効果】
【0006】
広い濃度範囲において信号成分とノイズ成分の比が高い飛行時間型質量分析装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の実施形態について、添付図面を参照して説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態である飛行時間型質量分析装置の要部機能ブロック図である。
【0008】
図1において、イオン化飛行時間計測部1からの信号(イオンの加速開始時間からイオン検出器までの到達時間)は、前置増幅器2に供給され、この前置増幅器2で増幅された信号は、スイッチ7及び8の設定状態により、ADC機能部4に直接供給されるか、TDC機能部3を介してADC機能部4に供給されるかが切り替えられる。
【0009】
ADC機能部4からの出力信号は、判定部5に供給される。判定部5は、後述する判定基準に基づいて、ADC機能部4からの出力信号を判定し、スイッチ7及び8に切り替え信号を供給する。判定部5は、ADC機能部4から供給された信号をデータ格納部6に供給する。そして、データ格納部6は供給された信号を格納する。
【0010】
次に、判定部5の判定動作について説明する。判定部5は、測定試料が複数の濃度成分が混在しない純粋な成分測定では、スイッチ7及び8はTDC機能部3側に設定される。
そして、測定試料が複数の濃度成分が混在する成分測定では、スイッチ7及び8は、初期状態(サンプルの数え落としの無い濃度範囲)において、TDC機能部3側に設定されており、以下の条件(1)若しくは(2)が成立する場合、又は条件(1)及び(2)が同時に成立する場合、前置増幅器2からの信号が、直接、ADC機能部4に供給されるように切り替えられる。
【0011】
(1)条件1(真の信号カウント数と計測カウント数との比が一定値以下となる場合)
判定部5は、ASC機能(補正機能)を有し、同時に入射するイオンのカウント数(統計誤差を含むASCが効きはじめるカウント数)は、統計処理で補正のかかるカウントとする。
実際の統計処理としては、次式(1)が適用される。
【0012】
【数1】

【0013】
ただし、上記(1)において、nはサンプル数、uはサンプル数毎の平均イオン数である。
上記(1)式を本発明に適用して、次式(2)により、カウント数が補正される。つまり、通常簡略化され測定されたカウントPoは、1からトータルの測定回数Sample Rateに対して一つ前からN番前までの測定回数の和を割った計数率により補正が行われる。
【0014】
【数2】

【0015】
ただし、上記式(2)において、Sample Rateは、測定の際の繰り返し回数、Ptrueは、真のカウント数、Pobservedは、観測カウント数(データ取得前のBINへの入射イオン個数の積算値)である。
判定部5は、上記(2)式により補正されるPtrueとPobservedとの比が一定以上になった場合、例えば、0.8以下となった場合には、条件1が成立したと判定する。なお、上記比の一定値は、0.8に限らず、ユーザーにより任意値に設定可能である。
【0016】
(2)条件2(リアルタイムに入射するイオン強度が大である場合)
一個のイオンの入射した際の出力頻度特性、つまり、マイクロチャンネルプレート(MCP)の出力頻度は、K・x・exp(−ax)で表すことができる。
ただし、xは出力電圧であり、K、aは入射個数に対するMCPの出力頻度計数である。
質量分析装置の動作制御部(図示せず)は、MCPの検出器電圧を変化させ、同時に入射するイオンの個数が、1個とみなされる最大出力によりヒストグラムを作成し、作成されたヒストグラムをもとに、出力の大きいイオンの出力レンジを決定する。判定部5は、決定された出力レンジのイオンが観測され始めたら、条件2が成立したと判定する。
以上のように、本発明の第1の実施形態によれば、初期状態として、TDC方式を採用し、条件1(真の信号カウント数と計測カウント数との比が一定値以下となる場合)が成立する場合、若しくは条件2(リアルタイムに入射するイオン強度が大である場合)が成立する場合、又は条件1、2が同時に成立する場合には、ADC方式に切り替えて信号処理を行うように構成される。
【0017】
したがって、広い濃度範囲において信号成分とノイズ成分の比が高い飛行時間型質量分析装置を実現することができる。
【0018】
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
図2は、本発明の第2の実施形態である飛行時間型質量分析装置の要部機能ブロック図である。
【0019】
図2において、イオン化飛行時間計測部1からの信号は、前置増幅器2に供給され、この前置増幅器2で増幅された信号は、ゲイン切り替え部9を介して、ADC機能部4に供給される。そして、ADC機能部4からの出力信号は、判定部5に供給される。
判定部5は、ADC機能部5から供給された信号をデータ格納部6に供給する。そして、データ格納部6は供給された信号を格納する。
【0020】
ゲイン切り替え部9は、ADC機能部4に供給する信号のゲインを最大にして、ADC機能部4の入力電圧以上に設定する。これにより、信号成分のみをフルオーバーレンジを起こさせることにより動作させる。
レベル検出法を用いたDiscriminatorとして使用する場合には、フルオーバーレンジの場合、オーバーレンジを始めた点のみのデータを読み出す選択機能が必要となる。
このため、判定部5は、ゲイン切り替え部9により、オーバーレンジを始めた点を選択し、そのデータのみ読み出し、データ格納部6に供給する。
【0021】
また、判定部5がゲイン切り替えを行う際に、図3に示すように、信号レベルが一定の閾値より低い、ある時間t〜tについてのみのデータのゲインを切り替えることにより、ノイズ成分の除去、目的成分の選択が可能となる。
また、ゲイン切り替えを行う際に、時間だけでなく、図4に示すように、時間差(質量数差)を判定基準に入れることにより、多価イオンのみの選択も行うことが可能となる。
以上のように、本発明の第2の実施形態によれば、ADC機能部4の入力信号のゲインを選択的に切り替えてオーバーレンジとなるように制御するので、ノイズと検出信号との区別が容易となり、広い濃度範囲において信号成分とノイズ成分の比が高い飛行時間型質量分析装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の第1の実施形態である飛行時間型質量分析装置の要部機能ブロック図である。
【図2】本発明の第2の実施形態である飛行時間型質量分析装置の要部機能ブロック図である。
【図3】本発明の第2の実施形態において、ある時間のみゲインの切り替えを行う場合の説明図である。
【図4】本発明の第2の実施形態において、質量数差を考慮してゲイン切り替えを行う場合の説明図である。
【符号の説明】
【0023】
1 イオン化飛行時間計測部
2 前置増幅器
3 TDC機能部
4 ADC機能部
5 判定部
6 データ格納部
7、8 切り替えスイッチ
9 ゲイン切り替え部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定試料をイオン化し、イオン化された試料を加速して、イオン検出器への到達時間により、測定試料の質量分析を行う飛行時間型質量分析装置において、
測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間により測定試料の質量スペクトルを算出し、算出した質量スペクトルを一定のクロック信号でA/D変換するADC処理部と、
測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間を、一定時間間隔でサンプリングするTDC処理部と、
測定試料が複数の濃度成分が混在しない場合は、上記TDC処理部による信号処理を選択し、測定試料が複数の濃度成分が混在する場合は、上記TDC処理部又はADC処理部による信号処理を選択する判定部と、
を備え、上記判定部により選択された信号処理に基づいて、測定試料の質量分析を行うことを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の飛行時間型質量分析装置において、上記判定部は、上記TDC処理部の上記イオン検出器到達時間のサンプリング数から、上記イオン検出器の真のイオン到達数を算出し、上記サンプリング数の上記真のイオン到達数に対する比が所定値以上の場合は、上記TDC処理部及びADC処理部による信号処理を選択し、上記サンプリング数の上記真のイオン到達数に対する比が所定値未満の場合は、上記ADC処理部のみによる信号処理を選択することを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
請求項1記載の飛行時間型質量分析装置において、上記判定部は、上記イオン検出器の出力値に基づいて、上記TDC処理部及ADC処理部による処理からADC処理部のみによる信号処理に切り替えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
請求項1記載の飛行時間型質量分析装置において、上記判定部は、上記TDC処理部の上記イオン検出器到達時間のサンプリング数から、上記イオン検出器の真のイオン到達数を算出し、上記サンプリング数の上記真のイオン到達数に対する比が所定値以上であって、上記イオン検出器の出力値が所定値以上の場合は、上記TDC処理部及びADC処理部による信号処理を選択し、上記サンプリング数の上記真のイオン到達数に対する比が所定値未満の場合は、上記ADC処理部のみによる信号処理を選択することを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
測定試料をイオン化し、イオン化された試料を加速して、イオン検出器への到達時間により、測定試料の質量分析を行う飛行時間型質量分析装置において、
測定試料イオンの加速開始時からイオン検出器到達までの時間信号が供給され、供給された時間信号により測定試料の質量スペクトルを算出し、算出した質量スペクトルを一定のクロック信号でA/D変換するADC処理部と、
上記ADC処理部に供給されるイオン強度信号を増幅する増幅部と、
を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
請求項5記載の飛行時間型質量分析装置において、上記ADC処理部に供給されるイオン強度信号の値が所定値未満の場合にのみ、上記増幅部により増幅させる判定部を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
請求項5記載の飛行時間型質量分析装置において、上記ADC処理部に供給されるイオン強度信号どうしの差が所定値未満の場合に、上記増幅部により増幅させる判定部を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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