説明

食品の品質改良材

【課題】 外来性の添加物を使用せず、簡便な工程で、冷凍パン生地を用いて香りが良くソフトで、自然な甘味、コク、旨味などを有するパンを製造することのできる技術を提供する。
【解決手段】 小麦粉に由来し、マルトース、ペプチドおよびアミノ酸、ならびに澱粉を含み、含有する澱粉の20%以上が糊化しているゾル状またはゲル状の製パン改良材を冷凍パン生地に添加することによる。当該製パン改良材は、小麦粉を多糖分解酵素で酵素分解し、さらに、加熱により糊化することにより調製される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の品質改良の技術分野に属し、特に、冷凍パン生地を用いる製パンに適用される改良材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より知られている冷凍パン生地では、冷凍障害を防止するため、凍結前に充分な発酵をとることができない。特に、冷凍パン生地製造法の一つであり単一回のミキシングでパン生地の調製を行うストレート法では、その短い発酵時間ゆえに風味や呈味性に乏しい。これを補う目的で複数回のミキシングでパン生地を調整する中種法や液種法が採用されることもある。しかし、中種法や液種法は、風味の問題が解消される反面、ストレート法と比較して製造時間が延長し、冷凍耐性が劣る欠点がある。
【0003】
従来、これらの問題の解決法として、香料や遊離アミノ酸などが利用されてきた。しかし、これらは消費者の間ではパンの成分に対して外来性の添加物として捉えられており、食品の天然志向や健康志向が強まる中、外来性の添加物を極力使用せず、かつ特殊な設備を導入することなく、簡便に品質改良するための手法が望まれている。
【0004】
これに対応した技術として、特許第3643068号記載の、乳酸発酵を活用した風味・呈味付与技術や、特開2001−231434号記載のタンパク質酵素分解物の添加による風味・呈味付与技術が知られている。
【0005】
特許第3643068号に記載の技術は、パン生地の製造時に、直接、乳酸発酵を行わせて、乳酸菌代謝物による風味付与と、乳酸菌の菌体外プロテアーゼを活用した呈味付与効果を得ようとするものである。しかし、このようにパン生地中での乳酸発酵を促すためには、ある程度の発酵時間が必要となり、冷凍パン生地に限定した場合の充分な効果は期待できない。
【0006】
一方、特開2001−231434号は、タンパク質分解酵素による小麦グルテンの酵素分解物を添加することで、香りが良く、旨味に富んだパンを作製する技術であり、冷凍パン生地においても効果が期待できる。しかし、通常のパン生地の発酵中にはペプチドや遊離アミノ酸のみならずオリゴ糖類が生成されて呈味に寄与しており、糖成分を含めた、総合的な呈味改良という観点から見ると、充分とは言えない。
【特許文献1】特許第3643068号公報
【特許文献2】特開2001−231434号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、外来性の添加物を使用することなく、しかも簡便な工程で、冷凍パン生地を用いても香りが良くソフトで、自然な甘味、コク、旨味などを有するパンを製造することのできる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、多糖分解酵素による酵素処理と加熱による糊化処理を含む特定の処理を施した小麦粉由来の製パン改良材をパン生地に添加することによって、如上の目的が達成されることを見出した。
【0009】
かくして、本発明は、小麦粉に由来し、マルトース、ペプチドおよびアミノ酸、ならびに澱粉を含み、含有する澱粉の20%以上(重量%)が糊化していることを特徴とするゾル状またはゲル状の製パン改良材を提供するものである。本発明の製パン改良材の好ましい態様においては、製パン改良材100gに対して、マルトースを0.9g〜20.0g、ペプチドおよびアミノ酸を0.5g〜15.0g含有する。
また、本発明に従えば、上記の製パン改良材を製造する方法であって、小麦粉を多糖分解酵素で酵素分解処理する工程、および酵素分解処理工程後に、生成物を加熱により糊化処理する工程を含むことを特徴とする方法が提供される。
さらに、本発明は、上記の製パン改良材を含む食品、特にパンまたは菓子を対象とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明に従う製パン改良材を、パンや菓子の生地、特に、冷凍生地の作製工程で添加することにより、外来性の食品添加物を使用することなく、従来の冷凍パン生地を用いる場合に比べて焼成後の風味が豊かで自然な甘味とコク、旨味を有し、且つソフトで保水性のあるベーカリー製品が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、少なくとも多糖分解酵素による酵素分解処理し、且つ、加熱による糊化処理を施した小麦粉を原材料とした製パン改良材とその調製方法である。
【0012】
本発明に従う酵素分解処理工程は、一般に粉状の小麦(小麦粉)を原料とし、この小麦粉に40〜120重量%加水し、多糖分解酵素で処理するか、または多糖分解酵素およびタンパク質分解酵素で同時に処理することによって実施される。原料となる小麦は、特に制限されるものではなく、よく知られた薄力粉や強力粉などが使用される。また、使用する多糖分解酵素は、例えば、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、のうち少なくとも1種類である。タンパク質分解酵素は、例えば、ペプシン、トリプシン、パパイン、ブロメライン、コラゲナーゼ、グルタミナーゼ、この他の中性または酸性プロテアーゼのうち少なくとも1種類である。
【0013】
本発明に従えば、上述の酵素分解処理工程の生成物(後述するように、必要に応じてその後に如上の乳酸発酵処理を経たものを含む)は、加熱による糊化処理に供される。酵素分解処理に使用された酵素の残存活性が強いと、改良材をパン生地に加えた場合のパンの性状が低下することが認められるが、この処理を行うことにより、そのような傾向を回避できる。すなわち、製パン改良材に用いられる酵素は、適度な添加によってパンクラムのキメを細やかにするなどの好ましい効果を与えるが、過剰な酵素作用は生地の物性がダレるなどの悪影響を及ぼし、その結果、焼成時の窯伸びが悪く、比容積の低いパンになる傾向がある。製パン改良材の調製工程で加熱を施すと製パン改良材中の酵素が失活するため、過剰な酵素作用がなく、焼き上がりの比容積が従来の製法のものと遜色ないパンが得られる。加熱による糊化処理は、さらに、製パンに際して、水分の配合量を増大させることができるという効果もある。すなわち、加熱によって製パン改良材中の澱粉が糊化すると、製パン改良材に含まれる水分の多くが結合水となっているため、加水量を増大させても生地がべたつくことがなく、従来のパン生地の作製と全く同じミキシング操作で加水量を増大させることが出来る(後述の実施例7参照)。
【0014】
加熱による糊化処理は、既述したような酵素の活性をなくすような条件で行われ、一般に、ゾル状の生成物を得る場合には、90℃の温度下に少なくとも15秒間供することによって行われ、ゲル状の生成物を得る場合には、耐熱性パックに1〜5kg程度を充填して90〜98℃の温度下に少なくとも30分間供することによって行われる。具体的な操作は、一般に、前者は、掻き取り式サーモシリンダーとして知られる高粘度殺菌装置を用いて実施され、後者は、耐熱性パックを熱水中に浸漬することによって実施される。
【0015】
如上の酵素分解処理工程および加熱糊化処理後の生成物に由来するフラワーペーストは、そのままでも製パン改良材として使用されることができ、一般に、2〜20%程度の割合で冷凍パン生地等に添加することによって、焼成後において好ましい香りと自然な甘味、コク、旨味、ソフト感を簡便に付与することができる。また、本発明に従う酵素分解処理および加熱糊化処理の生成物に含有されているペプチドおよび遊離アミノ酸、オリゴ糖類などは、いずれも小麦由来であり、従来の製パン法の発酵過程において、パン生地中に自然に生成していた物質に近い組成のものであり、従来用いられていた外来性の添加物とは趣を異にする。
【0016】
本発明の好ましい態様に従えば、上述したような酵素分解処理工程の生成物またはその後の加熱処理工程の生成物をさらに乳酸発酵させることによって製パン改良材を得ることができる。
この乳酸発酵工程は、上記生成物に乳酸菌を接種し、一般に、30〜35℃にて16〜20時間発酵してpH4.5以下(好ましくはpH3.4〜4.5)の乳酸発酵物を得ることによって行われる。乳酸発酵に際して限外ろ過濃縮脱脂乳を使用すると乳酸発酵が促進される。この乳酸発酵物も、製パン改良材として2〜20%程度の割合で冷凍パン生地に添加することによって、好ましい香りを付与することができる。
【0017】
乳酸発酵のスターターとして使用する乳酸菌種は、特に限定されるものではなく、ラクトバチルス属、ストレプトコッカス属、ロイコノストック属をはじめとした様々な乳酸菌から、単独または複合して選択することが出来る。例えば、発明者は、Lactobacillus acidphilus,Streptococcus
thermophilusの混合スターター(商品名:ABT、クリスチャン・ハンセン社製)で、特に好ましい風味が得られることを見出している。
【0018】
従来の技術では、酵素処理を施さない小麦粉を栄養源として使用する場合が多かった。しかし、本発明においては予め酵素分解処理を施すことによって、小麦中の窒素源および炭素源が、いずれも乳酸菌に資化されやすい形態となるため、効率のよい乳酸発酵が可能となる。また、本発明では酵素処理や加熱処理を経ていることから、原料由来の雑菌による汚染リスクが少なく、安定した発酵種の生産も可能となる。本発明に従い乳酸発酵処理を経た製パン改良材は、パンに好ましい風味を付与するばかりでなく、発酵によって生成される乳酸や酢酸などの有機酸による制菌効果があり、パンの長期保存を可能にする。
【0019】
酵素分解処理後に如上の乳酸発酵処理および加熱処理を行う場合は、酵素分解処理、加熱処理、および乳酸発酵処理の順序で行うか、または、酵素分解処理、乳酸発酵処理、および加熱処理の順序で行う。原料の小麦に加える水量に応じて、先に加熱処理を行うと生成物が固まってしまうような場合は、先に乳酸発酵処理を行い、その後に加熱処理を行うとよい。
【0020】
以上のようにして調製される本発明の小麦粉由来の製パン改良材は、従来のもののように粉状ではなく、ゾル状(例えば、小麦バッター)またはゲル状(例えば、フラワーペースト)の形態を呈するものとして得られる。ゾル状の製パン改良材は、凍結乾燥などの乾燥処理を施して使用に供することもできる。
【0021】
本発明に従えば、以上のような処理により、小麦粉に由来し、マルトース、ペプチドおよびアミノ酸、ならびに澱粉を含み、含有する澱粉の20%以上が糊化している製パン改良材が得られ、特に、製パン改良材100gに対して、マルトース0.9g〜20.0g、ペプチドおよびアミノ酸を0.5g〜15.0g含有する製パン改良材が得られる。以下、本発明の製パン改良材におけるこれらの構成要素の意義について説明する。なお、各成分の含有量等の測定法については、後述の実施例中に記載している。
【0022】
<糊化度>
上述した酵素分解処理後の生成物は、多糖分解物としてのマルトース等、タンパク質分解物としてのペプチドおよびアミノ酸の他、小麦粉に由来する澱粉(一般に固形分として30〜80重量%)を含有している。本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、既述の加熱による糊化処理により、20%以上(重量%)の糊化澱粉を含有する製パン改良材を対粉(対象とするベーカリー製品を製造するための小麦粉)5〜20%(重量%)程度添加した場合に、製パン性に優れ、ソフト感や甘味のあるベーカリー製品が得られることを見出している。これは、以下のような理由に因るものと考えられる:
一般に、パンにソフト感を与える一つの手段として、パン生地の水分の一部を結合水として配合し、総加水量を高めることが有効とされている。本発明の製パン改良材中の膨潤した糊化澱粉は水分を結合水として含有しており、焼成後のパンにソフト感と保水性を与える。生澱粉では結合水が極めて少ないためにこのような効果が期待できず、老化澱粉では膨潤した澱粉粒が収縮する過程で結合水が減少するが、本発明の改良材では、小麦粉澱粉を糊化することにより、これらの問題を解消する。また、澱粉が老化すると、ゾルの場合では粘性低下と離水が、ゲルの場合では物性硬化と離水が起こり、離水した過剰な自由水は製パン時のミキシングでベタつきの原因となって、製パン性に著しい影響を与え、部分的に凝集した老化澱粉自体がパン生地になじみにくく、悪影響を及ぼすこともある等の問題もあるが、澱粉を糊化した本発明の改良材を用いれば、これらの問題もなくなる。
【0023】
さらに発明者らは、糊化状態の澱粉を直接添加することによって仕上がりのパンクラムの糊化度が上昇し、よりソフト感と甘味のあるパンが得られることを見出している。これは、パン生地の焼成過程で起こる内相の糊化が、生澱粉や老化澱粉を添加する場合と比較して効率良く進むためと考えられる。
【0024】
糊化度は高い程効果的であるが、澱粉自体の粘性が製パン時のミキシング工程で捏ね上げのクリアランスを狭くする傾向があり、その場合は一定期間の冷却によって部分的に老化したものの方が広いクリアランスで安定的に捏ね上げることが出来る。従って、使用するベーカリー製品に応じて適切な糊化度に調製して使用するのが好ましい。実用上は、製パン改良材の調製に際して、一般に60〜90%の糊化度を有するようにする。低温保存すると製パン改良材の糊化度は低下するが、20%以上の糊化度を保持している間に使用に供する。
【0025】
<マルトース>
本発明の製パン改良材の特徴の一つは、多糖分解物であるマルトースの含有量がきわめて高いことにあり、製パン改良材100g当り、0.9g以上20.0g以下含有している。
マルトースの添加効果は、得られるベーカリー製品に甘味を付与すること以外に、(1)イーストによる発酵促進効果や(2)アミノカルボニル反応による加熱香気の生成や着色促進効果、(3)老化防止効果などである。即ち、パン中に残存した糖自体が優れた甘味を発揮するばかりでなく、イーストの発酵促進によって発酵分解物が多くなる結果、味や香りが高まり、焼成過程でのフレーバー生成も高まる。ベーカリー製品の焼き色は、焼成時間や温度によって調整できるものであるが、アミノカルボニル反応などによる褐変が起こりやすい生地の場合、比較的低温、短時間で焼成できるため、仕上がりの水分量を高く保つことも出来る。
【0026】
発明者らは鋭意検討を重ねた結果、小麦澱粉の分解物として0.9g/100g以上のマルトースを含有する製パン改良材を対粉2〜20%添加することで、前述の効果が得られることを確認している。他方、パン生地中に過剰な糖類が存在すると、パン生地のミキシング工程において生地にベタつきを生じやすく、仕上がりの比容積(膨らみ)が低くなるので、使用するベーカリー製品に応じて適切な添加量に調製して使用するのが好ましく、一般に、製パン改良材中のマルトース含有量は20.0g/100g以下とする。
【0027】
<ペプチドおよびアミノ酸>
本発明の製パン改良材の更なる特徴は、ペプチドおよびアミノ酸含有量も高いことにあり、製パン改良材100g当り、0.5g以上15.0g以下含有している。
ペプチドおよびアミノ酸の添加は、パン生地中に含まれるアミノ基を増大させることで(1)アミノカルボニル反応による加熱香気の生成や着色促進効果をもたらす他、(2)イーストによる発酵促進効果も期待できる。発明者らは検討を重ねた結果、0.5g/100g以上のタンパク質分解物を含む製パン改良材を対粉2〜20%添加することで、前述の効果が得られることを確認している。しかし、過剰なアミノ基の存在は、時として味噌や醤油フレーバーに似た、ベーカリー製品として好ましくない加熱香気を生成する原因ともなる。そのため、使用するベーカリー製品に応じて適切な添加量に調製して使用するのが好ましく、一般に、製パン改良材中のペプチドおよびアミノ酸の含有量は15.0g/100g以下とする。
【0028】
<食塩>
本発明の製パン改良材は、好ましい態様として、含有する澱粉に対して食塩を2〜15%含有してもよい。
食塩は添加量が多いほど、糊化澱粉の老化を遅延するといわれているが、添加量が多すぎると味に影響するため、大量には添加できない。発明者らは、製パン素材に含まれる澱粉に対して2〜15%の食塩を添加することで、低温条件においてもゾルやゲルの離水などを抑制し、なおかつ低温でのエージングによって非連続的に硬化した可塑性のゲルが、製パン時のミキシングで安定的な好ましい物性を示すことを確認している。
【0029】
なお、本発明の説明に関連して製パンという語は、パンのみならず洋菓子等を含むベーカリー製品一般を調製する意味で用いており、したがって、本発明の製パン改良材とは、パンのみならずベーカリー製品一般を対象とするものである。
以下、本発明の特徴をさらに明らかにするため、実施例に沿って本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
酵素分解処理
小麦粉(薄力粉)に対粉60重量%加水し、40℃にて保温後、多糖分解酵素セルラーゼ(商品名:セルラーゼT「アマノ」4、天野エンザイム(株))およびタンパク質分解酵素プロテアーゼ(商品名:アクチナーゼA、科研ファルマ(株))を添加して、攪拌しながら40℃にて5時間加水分解してバッター状の分解物を得た。
比較例として、酵素を添加せずに他試験区と同様の加水および保温処理を施したもの(自己分解小麦)を作製した。
【0031】
分子量分布
得られた酵素分解処理小麦バッターの分子量分布を、ゲルろ過HPLCによって測定した(図1)。カラムはTSK-gel G2000SWXL(東ソー社製)を使用し、分析条件は、温度25℃、移動相0.1%トリフルオロ酢酸/45%アセトニトリル、流速0.5ml/min、検出は210nmにおける紫外吸光度とした。
前述の酵素分解によって得られた各種小麦バッター(50mg)を移動相(1ml)で室温抽出後、遠心分離(10,000×g,10min)し、得られた遠心上清(20μl)を注入試料とした。分析した小麦バッターは、以下の2種類である。
A:セルラーゼおよびアクチナーゼ処理小麦バッター、
自己分解小麦:酵素を添加せずに、他試験区と同様の加水および保温処理を施したもの
図1の結果から、アクチナーゼを含む酵素処理を経た小麦ではタンパク質の大部分が分解されていた(A)。これに対して、自己分解小麦の分解度は極めて低いものであった。
【0032】
ペプチド・アミノ酸量
試料(3g)に蒸留水(3ml)を加えて均一に分散・懸濁し、12.5%トリクロロ酢酸(4ml)を加えて除蛋白した。これを10,000×gで遠心分離した上清を10〜800倍希釈し、希釈液(20μl)を注入試料として微量全窒素分析装置(三菱化学(株))にて全窒素量を定量した。得られた全窒素量に窒素−タンパク質換算係数(5.83)を乗じてペプチド・アミノ酸量を算出した。
この結果、自己分解小麦粉のペプチド・アミノ酸量は0.3g/100gであった。一方、アクチナーゼ処理を含む酵素を経た小麦(A)のペプチド・アミノ酸量は6.8g/100gであった。
【0033】
遊離アミノ酸分析
遊離アミノ酸量はPico-TagTM法(Waters)によって測定した。
前述の酵素分解によって得られた各種小麦バッター(100mg)を70%エタノール(1ml)によって室温抽出した後、遠心分離(10,000×g,10min)し、上清(20μl)をフェニルイソチアネートによって誘導体化したものを分析試料とした。
この結果、自己分解小麦の総遊離アミノ酸量は低く、741mg/kgであった。一方、アクチナーゼ処理を含む酵素分解を経た小麦(A)の総遊離アミノ酸量は3828mg/kgと高く、検出された構成比の高い遊離アミノ酸量としては、グルタミン2747mg/kg、プロリン1083mg/kgが検出された。
一般に、グルタミンは旨味をもつアミノ酸として、プロリンは甘味をもつアミノ酸として知られている。分子量分布およびアミノ酸分析の結果から、タンパク質分解酵素によって呈味に寄与するペプチドおよび遊離アミノ酸が効率よく生産されることを確認した。
【0034】
糖分析
単糖およびオリゴ糖量は、順相HPLCによって測定した。カラムはTSK-gel Amide-80(東ソー社製)を使用した。分析条件は、温度25℃、移動相55%アセトニトリル、流速1.0ml/min、とし、示差屈折計により検出した。
前述の酵素分解によって得られた小麦バッター(100mg)を移動相(1ml)にて抽出後、遠心分離(10,000×g,10min)し、得られた遠心上清(20μl)を注入試料とした。
表1の分析結果から、セルラーゼとアクチナーゼを併用する処理によって、マルトースの生成が促進されることが確認できた。
マルトース生成を促進した要因は明らかではないものの、元来、小麦粉はβ−およびα−アミラーゼ活性を有していることから、セルラーゼなどの酵素による液化作用などによって、原料小麦粉由来のアミラーゼが物理的にはたらきやすい状態となり、マルトース生成を促進したものと推測できる。また、本実施例で使用した食品用セルラーゼや食品用プロテアーゼの一種であるアクチナーゼが粗酵素であり、複数の酵素活性を有している可能性も考えられる。
【0035】
【表1】

【0036】
フラワーペーストの調製
前述の酵素分解小麦バッター(30g)に蒸留水(70g)を加え、50℃に昇温して30分間温水処理した後、掻き取り式サーモシリンダーにて90℃、15秒間加熱処理した。この加熱処理物を、圧力100kg/cm2で均質化し、フラワーペーストを作製した。
【0037】
乳酸発酵処理
各種フラワーペーストにラクトバチルス属菌を含む乳酸菌スターター(商品名:ABT、クリスチャン・ハンセン社製)を0.01重量%接種し、35℃にて20時間保温した。発酵物の酸度を測定したところ、実施例1Aの酵素分解小麦を含むフラワーペーストでは、自己分解小麦を使用したフラワーペーストと比較して乳酸発酵が促進されていた(表2)。
このように、多糖分解酵素とプロテアーゼを併用することによって、乳酸発酵の培養基として優れた特性をもつ素材が作製できた。得られた乳酸発酵フラワーペーストのpH、酸度および糊化度を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
なお、糊化度は、β−アミラーゼ・プルラナーゼ法によって測定した:被測定サンプルをエタノールで3回洗浄した後アセトン置換し、脱水したものを粉砕して測定用試料とした。β−アミラーゼ・プルラナーゼ法による酵素処理溶液中の還元糖量はSOMOGYI-Nelson法で、全糖量はフェノール硫酸法によって測定した。
【実施例2】
【0040】
フラワーペーストの調製
実施例1(A)の酵素分解小麦バッター(30g)に限外ろ過濃縮脱脂乳(70g)を混合し、50℃に昇温して30分間温水処理した後、掻き取り式サーモシリンダーにて90℃、15秒間加熱処理した。この加熱処理物を、圧力100kg/cm2で均質化して酵素分解フラワーペーストを調製した。
【0041】
乳酸発酵処理
この酵素分解フラワーペーストに、ラクトバチルス属を主体とした乳酸菌スターター(実施例1と同じもの)を0.01重量%接種して乳酸発酵フラワーペーストを作製した。
得られた乳酸発酵フラワーペーストのpH、酸度および糊化度を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
表3の結果から、限外ろ過濃縮脱脂乳を使用することによって、不使用の場合の3〜4倍に乳酸発酵が促進した。これは、乳タンパク質を高濃度に含み、且つ糖濃度の低い限外ろ過濃縮脱脂乳(濃縮乳)を添加することで、乳酸発酵可能な水分活性を維持しながら適度なpH緩衝能が付与された結果であると考えられた。これにより、発酵風味がさらに高い乳酸発酵フラワーペーストが作製できた。
表4にpH、酸度、糊化度、マルトース含量、ペプチドおよびアミノ酸含量を示す。いずれも多量のマルトースとペプチドおよびアミノ酸を含有していることが理解される。
【0044】
【表4】

【実施例3】
【0045】
実施例2の酵素分解フラワーペーストおよび乳酸発酵フラワーペーストを、表5に示す割合で冷凍パン生地用配合物に添加し、表6の工程(ストレート法)によって食パンを作製してブランク(無添加区)と比較した。
【0046】
【表5】

【0047】
【表6】

【0048】
表6においてミキシング時間として示されている表記は、製パン業界で一般的に使用されている方法に準じてミキサーの攪拌スピードと時間を示し、また、「↓」は油脂を添加するタイミングを示している。例えば、L3M5H3↓L3M5H2は、「低速3分、中速5分、高速3分混捏→油脂添加→低速3分、中速5分、高速2分混捏」を意味している。
【0049】
遊離アミノ酸
各試験区のパンクラム中の遊離アミノ酸をPico-Tag法にて測定した。サンプルは食パンクラム(1g)を70%エタノール抽出した後遠心分離し、得られた遠心上清を、さらに微量UF膜にて除タンパクしたものを実施例1と同様に誘導体化して測定に供した。各食パン試料の総遊離アミノ酸量を図2に示す。
図2の結果から、乳酸発酵の有無に関わらず、フラワーペースト添加区の食パンでは無添加区と比較して総遊離アミノ酸含量が明らかに多く、酵素分解フラワーペースト添加区で2.3倍、乳酸発酵フラワーペーストで1.8倍であった。この増加量は、実施例2の発酵フラワーペースト中の遊離アミノ酸当量を上回るものであり、酵素分解フラワーペーストを添加することにより、パン生地の発酵過程で遊離アミノ酸が生産されやすい可能性が考えられた。
【0050】
糖分析
各試験区のパンクラム(1g)を37℃にて水抽出し、水溶性画分の単糖およびオリゴ糖量を順相HPLCにて測定した。その結果を図3に示す。
この結果、各試験区ともに小麦澱粉由来と推測されるマルトースが多く検出され、次いでスクロース(グラニュー糖として添加したものと推測される)、グルコースが検出された。マルトース量は、発酵なしフラワーペースト添加区で無添加区の1.2倍、発酵フラワーペースト添加区で1.4倍に増加していた。増加量は、添加したフラワーペースト中のマルトース当量ではなかったことから、フラワーペーストを添加することによって、パン生地の発酵過程でマルトースが生産されやすい可能性が考えられた。
遊離アミノ酸分析および糖分析の結果から、酵素分解フラワーペーストまたは乳酸発酵フラワーペーストを添加することによって呈味成分が増加することが確認できた。これにより、以下に示すように、官能的にも優れた特性をもつ食パンの作製ができた。
【0051】
官能評価
10名のパネルによる官能評価結果を表6に示す。評価はブランク(無添加区)の食パンを標準(4点)とし、各項目(ソフト感、口どけ、香り、こく、甘味、旨味、味の濃さ、総合評価)について7段階で相対評価した。酵素分解フラワーペースト添加区と乳酸発酵フラワーペースト添加区では、ソフト感、口どけ、香り、コク、甘味、旨味、味の濃さの項目で無添加区より評点が高く、総合的にも美味しいと評価された。
【0052】
【表7】

【0053】
食パンの保存試験
上記の冷生地食パンを、焼成後に室温にまで放冷した後スライスし、一枚ずつビニール袋に密封して室温保存した。3〜7日後のカビの発生を目視にて観察したところ、表8に示すように、ブランクおよび酵素分解フラワーペースト添加区ではカビが発生したが、乳酸発酵フラワーペースト添加区ではカビの発生が抑えられていた。
【0054】
【表8】

【実施例4】
【0055】
酵素分解処理
小麦粉(薄力粉)に対粉60重量%加水し、50℃にて保温後、多糖分解酵素セルラーゼ(商品名:セルラーゼT「アマノ」4、天野エンザイム(株))またはα−アミラーゼ(商品名:アミラーゼAD「アマノ」1、天野エンザイム(株))またはβ−アミラーゼ(商品名:ビオザイムM、天野エンザイム(株))を添加し、それぞれ攪拌しながら50℃にて5時間加水分解してバッター状の分解物を得た(B〜D)
B:セルラーゼ処理小麦バッター
C:α−アミラーゼ処理小麦バッター
D:β−アミラーゼ処理小麦バッター
また、比較例として、酵素を添加せずに他試験区と同様の加水および保温処理を施したもの(自己分解小麦)を作製した。
【0056】
フラワーペーストの調製
前述の各種酵素分解小麦バッター(30g)に蒸留水(70g)を加え、50℃に昇温して30分間温水処理した後、掻き取り式サーモシリンダーにて90℃、15秒間加熱処理した。この加熱処理物を、圧力100kg/cm2で均質化し、フラワーペーストを作製した。
【0057】
乳酸発酵処理
前述の各種フラワーペーストにラクトバチルス属を主体とした乳酸菌スターター(実施例1と同じもの)を0.01重量%接種し、35℃にて20時間保温した。得られた乳酸発酵フラワーペーストのpH、酸度、糊化度、マルトース含量、ペプチドおよびアミノ酸含量を表9に示す。
【0058】
【表9】

【実施例5】
【0059】
実施例4の乳酸発酵フラワーペーストを、表10の配合で冷凍パン生地に配合し、実施例3と同様の工程(ストレート法)によって食パンを作製して比較した。
【0060】
【表10】

【0061】
食パンの保存試験
焼成した食パンは室温にて放冷後、ビニール袋で個包装して7℃保存し、パンクラムの物性測定によってパンの老化度を比較した。
【0062】
物性測定
テクスチャーアナライザーTA-XT2(英弘精機(株))を用いて、パンの硬さ変化を測定した。保存後の食パンクラムを25mm×25mm×25mmに切断し、物性測定用サンプルとした。直径25mmのアルミニウムプローブを用い、圧縮スピード1mm/sで70%圧縮した場合の最大応力を硬さとした。この結果を図4に示す。酵素分解処理を施すことによって、低温保存においても硬くなりにくい食パンが作製でき、マルトース含量が多いほど高い効果が得られた。
【実施例6】
【0063】
酵素分解処理
小麦粉(薄力粉)に対粉120重量%加水し、多糖分解酵素ヘミセルラーゼ(商品名:ヘミセルラーゼ「アマノ」90、天野エンザイム(株))を添加し、攪拌しながら50℃にて1時間加水分解してバッター状の分解物を得た(E)。
【0064】
乳酸発酵処理
前述の酵素分解小麦バッターにラクトバチルス属を主体とした乳酸菌スターター(実施例1と同じもの)を0.01重量%接種し、35℃にて20時間保温した。
【0065】
加熱処理
前述の乳酸発酵小麦バッターを耐熱性パックに分注し、密閉して90℃で1時間加熱処理してゲル状の固形物を得た。
以上のようにして得られた乳酸発酵加熱ゲルの糊化度は85.3%、マルトース含量は5.9g/100g、ペプチドおよびアミノ酸含量は1.5g/100gであった。
【0066】
冷却処理
前述の加熱糊化ゲルを4℃にて2ヶ月間保存して低糊化度加熱ゲルを作製し、比較対照とした。
【実施例7】
【0067】
実施例6の高糊化度加熱ゲルを、表11に示す割合で冷凍パン生地用配合物に添加し、表12の工程(ストレート法)によってコッペパンを作製してブランク(無添加区)および対照区(低糊化度加熱ゲル添加区)と比較した。
【0068】
【表11】

【0069】
【表12】

【0070】
官能評価
10名のパネルによる官能評価結果を表13に示す。評価はブランク(無添加区)のパンを標準(4点)とし、各項目(ソフト感、香り、甘味、総合評価)について7段階で相対評価したところ、高糊化度乳酸発酵加熱ゲルを添加することによって他の試験区と比較してソフト感に優れ、香り、甘味が強く、総合的にも美味しいパンが作製できた。
【0071】
【表13】

【0072】
パンの保存試験
焼成したパンは室温にて放冷後、ビニール袋で個包装して25℃保存し、クラムの老化度を比較した。老化度はパンクラムの硬さ測定と糊化度の測定によって評価した。
【0073】
糊化度
既述のβ−アミラーゼ・プルラナーゼ法によって測定した。測定結果を表14に示す。高糊化度乳酸発酵加熱ゲルを添加することによって、焼成1日後から3日保存後においてもブランクと比較して老化の少ない食パンを作製できた。
【0074】
【表14】

【0075】
製パン改良材の保存試験
上述した実施例6の製パン改良材について、乳酸発酵処理をしないものを作製し、35度のインキュベーターにて虐待試験を実施した。保存4日後および90日後の一般生菌数を測定したところ、表15に示すように、乳酸発酵処理することによって細菌の増殖が著しく抑制された。
【0076】
【表15】

【0077】
製パン改良材の低温保存試験
上述した実施例6の製パン改良材について、含有する澱粉に対して2.5、5、10、15、20%で食塩を添加した乳酸発酵加熱ゲルを作製し、4℃にて保存して離水の有無と物性変化をみた。
【0078】
冷蔵保存後の乳酸発酵加熱ゲルを、実施例6の表11および表12に従って対粉10%で配合したパンを作製し、製パン特性を評価した。表16に低温保存後のゲルの離水とミキシング特性の評価を示す。食塩を添加することで低温保存後に離水することなく、保存前より安定なミキシング特性が得られた。また、ミキシング特性の優れたパン生地は、焼成時の腰持ちが良く、高い比容積のパンが得られた。
【0079】
【表16】

【実施例8】
【0080】
実施例6(E)の乳酸発酵加熱ゲルを表17の配合でパイ生地に添加し、ブランク(無添加区)と比較した。
【0081】
【表17】

【0082】
官能評価
10名のパネルによる官能評価結果を表18に示す。評価はブランク(無添加区)のパイ生地を標準(4点)とし、各項目(香り、こく、旨味、味の濃さ、総合評価)について7段階で相対評価した。実施例6(E)の加熱ゲル添加区では、香り、コク、旨味、味の濃さの項目で無添加区より評点が高く、総合的にも美味しいと評価された。
【0083】
【表18】

【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、パンをはじめとするベーカリー製品を製造する産業分野において、冷凍パン生地を用いても需要者の志向に適合し風味等に優れたベーカリー製品を製造することのできる簡便な技術として広く利用され得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】酵素分解処理された小麦および比較のための自己分解小麦の分子量分布をゲルろ過HPLCによって測定した結果を示す。
【図2】本発明に従う製パン改良材を添加して調製した食パン中の遊離アミノ酸含有量を無添加の場合と比較して示す。
【図3】本発明に従う製パン改良材を添加して調製した食パン中の糖類含有量を無添加の場合と比較して示す。
【図4】本発明に従う製パン改良材を添加して調製した食パンの老化抑制効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦粉に由来し、マルトース、ペプチドおよびアミノ酸、ならびに澱粉を含み、含有する澱粉の20%以上が糊化していることを特徴とするゾル状またはゲル状の製パン改良材。
【請求項2】
製パン改良材100gに対して、マルトースを0.9g以上20.0g以下、ペプチドおよびアミノ酸を0.5g以上15.0g以下含有することを特徴とする請求項1に記載の製パン改良材。
【請求項3】
含有する澱粉に対して、食塩を2〜15%含むことを特徴とする請求項1または2に記載の製パン改良材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製パン改良材を含む食品。
【請求項5】
食品がパンまたは菓子である請求項4に記載の食品。
【請求項6】
請求項1または2に記載の製パン改良材を製造する方法であって、小麦粉を多糖分解酵素で酵素分解処理する工程、および、前記酵素分解処理工程後に、生成物を加熱により糊化処理する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
前記加熱による糊化処理工程の前または後に、乳酸発酵工程を付加することを特徴とする請求項6に記載の製パン改良材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−133(P2008−133A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−132367(P2007−132367)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(593131611)オーム乳業株式会社 (10)
【出願人】(000005913)三井物産株式会社 (37)
【Fターム(参考)】