説明

食品廃棄物からの乳酸の製造方法

【課題】従来廃棄されていた植物性食品廃棄物から生分解性プラスチックの原料である乳酸を低コストで製造する技術を確立すること。
【解決手段】食品廃棄物を乳酸発酵させることにより、乳酸を製造する方法において、食品廃棄物を爆砕処理により可溶化する第一の工程と、前記第一の工程で得られる可溶化液を糖化酵素および乳酸菌を用いて乳酸発酵させる第二の工程を含むことを特徴とする食品廃棄物から乳酸を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、食品廃棄物から乳酸を製造する方法に関する。より詳細には、食品廃棄物を爆砕処理することにより可溶化し、得られた可溶化液を糖化酵素と乳酸菌を用いて乳酸発酵させて乳酸を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
米や麦、そば、大豆などの多くの農産物は、その加工において該穀物の殻、種皮、果皮やおからなど多くの植物性食品廃棄物が排出されている。これらのほとんどは、焼却または埋め立てにより廃棄されており、環境に対する負荷がかなり大きい。
一方、環境保全の観点から生分解性プラスチックが開発され、一部で利用されているが、その原料である乳酸の価格が高いために、広く使用されるには至っていない。
仮に食品廃棄物から低コストで乳酸を生産することが可能になれば、生分解性プラスチックの広範囲にわたる実用化が期待される。例えば、農業を主体とする地域では、農業用のビニルフィルムが大量に使用されているが、廃棄される該フィルムは、近年のダイオキシン問題で焼却処分ができないため、その処理が大きな問題となっている。従って、この方面への生分解性プラスチックフィルムの応用が期待されている。
【0003】
ところで、家庭やレストラン等から排出される生ゴミを原料として乳酸を作るシステムに関する報告がある(特許文献1参照)が、これは生ゴミ中の米飯や麺類などのでんぷん質原料をグルコアミラーゼを用いて糖化したのち乳酸発酵を行うものであり、生ゴミの利用効率はきわめて低い。また、でんぷん質以外の植物性廃棄物はほとんど利用されず、廃棄物のまま残るという問題がある。
【0004】
【特許文献1】
特開2002−51793号公報
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
現実には、食品廃棄物の多くはでんぷん質以外の植物性廃棄物であるため、該食品廃棄物を原料として乳酸を生産させるには、廃棄物の利用効率が低い。
本発明は、食品工場等から排出される植物性廃棄物を効率よく分解して、乳酸を製造する方法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者は、上記の問題を解決して、食品廃棄物から効率よく乳酸を生産させるための条件について検討した。
その結果、主として植物性成分からなる食品廃棄物を爆砕処理により物理的に可溶化し、さらにセルラーゼ、グルコアミラーゼ等の糖化酵素でセルロースやでんぷん質原料を単糖化した溶液を乳酸発酵させることにより、効率よく乳酸を製造できることを見いだした。この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0007】
請求項1に記載の本発明は、食品廃棄物を乳酸発酵させることにより、乳酸を製造する方法において、食品廃棄物を爆砕処理により可溶化する第一の工程と、前記第一の工程で得られる可溶化液を糖化酵素および乳酸菌を用いて乳酸発酵させる第二の工程を含むことを特徴とする食品廃棄物から乳酸を製造する方法である。
請求項2に記載の本発明は、爆砕処理を、圧力10〜30kg/cm で1〜60分間の加圧処理後、0.1〜1秒間で大気圧に戻すことにより行う請求項1記載の方法である。
【0008】
【発明の実施の形態】
以下、食品廃棄物から乳酸を製造する本発明の方法について詳細に説明する。
【0009】
請求項1に記載の本発明は、食品廃棄物を爆砕処理により可溶化する第一の工程と前記第一の工程で得られる可溶化液を糖化酵素および乳酸菌を用いて乳酸発酵させる第二の工程を含む方法である。
【0010】
第一の工程における食品廃棄物の爆砕処理とは、食品廃棄物を耐圧容器に投入し、高温高圧下で処理したのち、一気に圧力を開放する(大気圧にさらす)ことにより、廃棄物中のでんぷん、セルロース、ヘミセルロースなどの多糖類を可溶化させるものである。
【0011】
本発明の方法において用いられる食品廃棄物としては、上記の多糖類を含むものであればよく、例えば籾殻、麦殻、モルト粕等のセルロースやヘミセルロースで構成され、あるいはでんぷん質原料で構成されていて、食品加工後に通常廃棄される成分を含む廃棄物があり、これらは粉砕などの前処理は一切不要である。
【0012】
次に、本発明における爆砕処理では、前記したように、一定時間加圧下においた食品廃棄物を、瞬時に常圧に戻すことにより、食品廃棄物を可溶化する操作を意味する。ここで、加圧圧力は通常ゲージ圧で10〜30kg/cmが適当である。圧力が10kg/cm 未満であると、可溶化が十分に行われない上に、可溶化により生成する糖類の収率が減少する。一方、30kg/cm は、爆砕処理に用いる装置の限界圧力である。仮に、30kg/cmを越える圧力を適用しても、それに見合う効果が得られない。
加圧時間については、通常1〜60分間、好ましくは1〜30分間である。加圧時間が1分未満であると、可溶化が十分に行われず、しかも可溶化により生成する糖類の収率が低下する。また、上限を越える加圧時間を設定しても、十分な効果が得られない。なお、加圧時の温度に関しては、特に制限はないが、通常は158〜225℃である。
【0013】
本発明における爆砕処理は、食品廃棄物を耐圧容器に入れて、水蒸気の存在下に、上記した所定時間、所定圧力に保持した後、直ちに大気圧に開放することにより行う。加圧方法としては、コンプレッサーにより容器内を加圧する方法、密閉容器を加熱することにより加圧する方法、高温高圧蒸気を容器内に導入して加圧する方法などが挙げられる。好ましい方法は、高温高圧蒸気を導入することにより加圧する方法である。
【0014】
また、直ちに大気圧に開放するとは、加圧状態から可及的速やかに大気圧に戻すことを意味し、通常は0.1〜1秒間で大気圧に開放する。時間がかかりすぎると、食品廃棄物の可溶化を効率よく行えない。なお、大気圧に開放する操作とは、容器内の爆砕処理物を瞬時に消音器付の受槽に排出することを意味する。
【0015】
食品廃棄物を爆砕処理したものは通常スラリーとして得られる。このスラリーを固−液分離する。固−液分離は、圧搾分離、遠心分離、濾過等公知の分離方法のいずれを用いても差し支えない。また、バッチ式または連続式のどちらでもよい。
このようにして食品廃棄物から可溶化糖類を容易に、かつ高収率で回収することができる。
【0016】
次に、本発明の第二の工程は、乳酸を生産させる工程である。この工程では、乳酸を生産させるための溶液を作成するために、上記の爆砕処理で得られた可溶化液を糖化酵素、すなわち糖を分解する酵素で処理する。グルコースなどの単糖を含む可溶化液をそのまま乳酸発酵用として用いても良いが、必要に応じて濃縮しても良い。この場合の濃縮方法としては、蒸留濃縮、膜濃縮、凍結濃縮など公知の方法を用いることができる。
【0017】
爆砕処理で得られた可溶化液を糖化酵素処理によって単糖化可溶化液を得る技術について具体的に説明する。糖を分解する酵素としては、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、グルコアミラーゼがあり、これらを単独で、あるいは組み合わせて用いる。これら酵素は、精製した酵素剤のみならずセルラーゼ、ヘミセルラーゼ、グルコアミラーゼなどの酵素を含有する菌体培養液を用いても良い。また、市販のセルラーゼ、ヘミセルラーゼ、グルコアミラーゼを用いても良い。
【0018】
第二の工程における乳酸の製造方法を実施するために、前記で得られた単糖を含む可溶化液をpH5.0〜7.0、好ましくはpH6.5〜7.0に調整した後、乳酸生産能を有する微生物を作用させて、高濃度、高選択的に乳酸を生成させる。
可溶化液のpHを調整するには、水酸化ナトリウム溶液やアンモニア水などのアルカリ性の試薬を用いることができる。
【0019】
乳酸発酵に用いる微生物については特に制限はなく、L−乳酸を生産し得るものであれば良い。このような微生物の一例としては、乳酸菌、例えばラクトバチルス(Lactobacillus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属などの微生物を挙げることができる。これらのうち乳酸のみを生産することができるホモ型乳酸菌が工業生産の観点から好ましく用いることができる。
【0020】
乳酸発酵の条件は、食品廃棄物の種類、可溶化液の組成、用いる微生物の種類、その至適pH、至適温度、乳酸生成速度、用いる発酵槽のタイプや大きさ等に応じて適宜設定することができる。
【0021】
具体的には、発酵槽内の発酵温度は、20〜80℃の範囲、好ましくは30〜50℃の範囲に設定することができる。pH値は、4.0〜9.0の範囲、好ましくは5.0〜7.0の範囲に設定できる。発酵槽のタイプは、攪拌式発酵槽や固定化菌体によるバイオリアクター等を用いることができる。また、発酵時間については、通常1〜10日間、好ましくは3〜5日間である。
【0022】
得られた発酵液は、L−乳酸を主成分とする溶液である。この溶液は種々の不純物を含んでいるので、L−乳酸を高純度で得るためには、精製処理を行うのがよい。その1例として、前記爆砕処理によって生成した分解物や無機塩類、着色物質など、さらには酵素等をイオン交換樹脂または合成吸着剤を用いて除去する方法があり、イオン交換樹脂の代わりに電気透析膜を用いることもできる。
【0023】
【実施例】
以下に、実施例などを示すことにより本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらにより何等限定されろものではない。
【0024】
比較例1
モルト粕をモデル植物性食品廃棄物として用い、水洗いによって溶出される糖分を調べた。すなわち、蒸留水100mlにモルト粕を湿重量で10g入れ、洗い出される糖分の分析を行った。全糖濃度は、フェノール硫酸法を用いて分析した。その結果、乾燥モルト粕100gあたり0.5gの糖しか得られなかった。
【0025】
実施例1
爆砕装置(月島機械製)を用いて、モルト粕の爆砕を行った。圧力容器(耐圧40kg/cm 、容量2L)にモルト粕を湿重量で1kg封入した。次に、高温高圧の蒸気を圧力容器に導入し、処理圧力10、20または30kg/cmで所定の時間保持した。
その後、0.5秒間で大気圧の消音器付受槽に放出した。得られたスラリーを7000rpmで30分間遠心分離を行い、上清を得た。上清中の糖濃度はフェノール硫酸法(Dubios et. al. Anal. Chem. Vol.28, p.350, 1956)により測定した。また、可溶化液の回収量をスラリー状の液量として求めた。所定の圧力で10分間保持したときの結果を図1に示す。図中,白棒は可溶化液の回収量を、黒棒は糖濃度を示す。
図1の結果から、処理圧力が大きい程、可溶化液の回収量が多く、糖濃度は処理圧力が大きい程、低くなることがわかる。
【0026】
次に、処理圧力を30kg/cm に固定し、処理時間を1〜10分とした爆砕処理を行ったときの可溶化液の回収量、糖濃度および全糖量を測定し、結果を図2に示した。図中,白棒は可溶化液の回収量を、黒棒は糖濃度を、折れ線は全糖量を示す
図から明らかなように、可溶化液の回収量は、処理時間が長くなる程、多くなり、糖濃度は、処理時間が長くなる程、低くなった。また、全糖量は、処理時間が短い程、多くなった。
以上の結果をまとめて、表1に各処理圧力および処理時間における分析値を示した。表から明らかなように、処理圧力30kg/cm 、処理時間1分のときに得られた可溶化液中の糖濃度が最も高く、得られた全糖量は60gであった。この条件で、乾燥モルト粕100gから28gの糖が生成したことになる。
【0027】
【表1】
第1表 モルト粕の爆砕試験



【0028】
実施例2
爆砕可溶化液10mlに市販のセルラーゼ(商品名:「YN−C」、株式会社ヤクルト製)、ヘミセルラーゼ(商品名:「R−10」、株式会社ヤクルト製)、α―アミラーゼ(商品名:「TC−3」、大和化成株式会社製)、グルコアミラーゼ(商品名:「アマノ」、天野エンザイム株式会社製)をそれぞれ80μgづつ加えて、37℃で反応させ、生成した糖の分析をDX500糖分析システム(Dionex製)を用いて行った。
その結果、表2に示したように、酵素で処理することによりグルコース、キシロース、アラビノースなどの単糖が増加した。特に、セルラーゼとグルコアミラーゼによる処理が単糖生成に最も効果があった。
【0029】
【表2】
第2表 モルト粕爆砕可溶化液の糖組成に及ぼす酵素処理の影響



【0030】
実施例3
爆砕処理により得た可溶化液を、糸状菌(Aspergillus oryzae) SS1026(J. Inst. Brew ,vol.104,p.277−281,1998、 J. Biosci. Bioeng., vol.93, p.256−263, 2001) によって生産された糖化酵素を用いて処理を行い、生成した糖の分析を行った。
すなわち、糸状菌による糖化酵素の生産は、爆砕処理で得た可溶化液と糸状菌の胞子をウレタンフォームに懸濁し、37℃で増殖させた固定化糸状菌により実施し、該固定化糸状菌から抽出した酵素溶液を用いて可溶化液を処理した。生成した糖の分析は、実施例2の方法で行った。結果を表3に示した。
表3からわかるように、単糖の生成量はコントロールより多かった。
【0031】
【表3】
第3表 固定化Aspergillus oryzae SS1026によるモルト粕可溶化液の糖化試験



【0032】
実施例4
実施例3に記載した爆砕処理により得た可溶化液を、セルラーゼ(商品名:「YN−C」、株式会社ヤクルト製)、グルコアミラーゼ(商品名:「アマノ」、天野エンザイム株式会社製)で糖化処理を行い、得られた単糖を含む可溶化液に乳酸菌を作用させて乳酸発酵を行った。
すなわち、糖濃度を4.2%に調整した可溶化液100mlに、上記セルラーゼ800μgと上記グルコアミラーゼ800μgを添加し、乳酸菌、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus) NBRC14710を植菌して、37℃で静置培養を行い、生成した乳酸量を酵素法(F−キットD/L乳酸、J.K.インターナショナル)にて測定した。その結果、培養5日目で、14.1g/LのL−乳酸を得ることができた。
【0033】
【発明の効果】
本発明によれば、従来廃棄されていた植物性食品廃棄物を爆砕処理し、得られた処理液(可溶化液)に糖化酵素および乳酸菌を作用させることにより、高効率で乳酸を生産させることができる。そのため、廃棄物の減量と環境負荷の低減を期待できる。さらに、生分解性プラスチックの原料である乳酸を低コストで製造することができ、乳酸の広範な利用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】所定圧力で10分間爆砕処理して得た実施例1の可溶化液の回収量と糖濃度を示す。
【図2】圧力30kg/cm で所定時間爆砕処理して得た実施例1の可溶化液の回収量、糖濃度および全糖量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品廃棄物を乳酸発酵させることにより、乳酸を製造する方法において、食品廃棄物を爆砕処理により可溶化する第一の工程と、前記第一の工程で得られる可溶化液を糖化酵素および乳酸菌を用いて乳酸発酵させる第二の工程を含むことを特徴とする食品廃棄物から乳酸を製造する方法。
【請求項2】
爆砕処理を、圧力10〜30kg/cm で1〜60分間の加圧処理後、0.1〜1秒間で大気圧に戻すことにより行う請求項1記載の方法。

【図1】
image rotate



【図2】
image rotate


【公開番号】特開2004−254542(P2004−254542A)
【公開日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−46796(P2003−46796)
【出願日】平成15年2月25日(2003.2.25)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】