説明

食塩電解用酸素還元ガス拡散陰極及び食塩電解方法

【課題】酸素還元ガス拡散陰極を用いる食塩電解において、陰極にて生成し電極性能を低下させる過酸化水素の対策を講じた酸素還元ガス拡散陰極及び酸素還元ガス拡散陰極を用いた食塩電解方法の提供。
【解決手段】陰極ガス室14に、銀含有金属とマンガン酸化物を含む電極触媒層を有するガス拡散陰極16を収容した電解槽11で食塩電解を行い、陰極ガス室14で生成する過酸化水素を前記マンガン酸化物で分解して無害化する。これにより電極材料の消耗による触媒の脱落、導電性の低下、疎水性の低下等の電極性能の劣化を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食塩電解工業に用いる酸素ガス拡散陰極とこの陰極を使用する食塩電解方法に関し、特に特定の電極触媒を使用して食塩電解を行う際に生成する過酸化水素等の活性酸素種を分解しながら電解を行うことにより、陰極性能の劣化を抑制できる酸素ガス拡散陰極と食塩電解方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガス拡散電極は、反応物質としてのガスを電極表面に供給し、該電極上でガスの酸化ないし還元反応を進行させることを特徴とし、燃料電池用として開発されてきたが、近年、工業電解に利用することが検討され始めている。例えば、酸素還元反応を行うための疎水性陰極が過酸化水素の電解製造装置に利用されている。又、アルカリ製造や酸、アルカリ回収プロセスでは、陽極での酸素発生の代替として水素酸化反応(水素陽極)、或いは陰極での水素発生の代替として酸素還元反応(酸素陰極)を、ガス拡散電極を用いて行い、消費電力の低減を図っている。亜鉛採取等の金属回収、亜鉛メッキの対極としても水素陽極による減極が可能であることが報告されている。
工業用原料として重要である水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)及び塩素は主として食塩電解法により製造されている。この電解プロセスは、水銀陰極を使用する水銀法、及びアスベスト隔膜と軟鉄陰極を使用する隔膜法を経て、イオン交換膜を隔膜とし、過電圧の小さい活性陰極を使用するイオン交換膜法に移行してきた。この間、水酸化ナトリウム1トンの製造に要する電力原単位は2000kWhまで減少した。しかしながら、水酸化ナトリウム製造は電力多消費産業であるため、更なる電力原単位の削減が求められている。
【0003】
従来の電解方法における陽極、陰極反応はそれぞれ式(1)及び(2)の通りであり、理論分解電圧は2.19Vとなる。
2Cl → Cl + 2e(1.36V) (1)
+ 2HO + 2e → 2OH + H (-0.83V) (2)
陰極で水素発生反応を行わせる代わりに酸素陰極を用いれば、反応は式(3)の通りになり、理論的には1.23V、実用的電流密度範囲でも0.8V程度の槽電圧を低減することができ、水酸化ナトリウム1トン当たり700kWhの電力原単位の低減が期待できる。
+ 2HO + 4e → 4OH (0.40V) (3)
【0004】
このため、1980年代からガス拡散電極を利用する食塩電解プロセスの実用化が検討されているが、このプロセスを実現させるためには高性能かつ該電解系における充分な安定性を要する酸素陰極の開発が不可欠である。
食塩電解での酸素ガス陰極の経緯については、「食塩電解酸素陰極に関する国内外の状況」、ソーダと塩素、第45巻、85(1994)に詳しい。
【0005】
現在、最も一般的に行われている酸素陰極を用いた食塩電解法の電解槽は、カチオン交換膜の陰極側に陰極室(苛性室)を介して酸素陰極が配置され、原料となる酸素を陰極背面のガス室から供給するタイプのもので、陽極室、陰極液室、および陰極ガス室の3室から構成されるため、3室型電解槽と称される。ガス室に供給された酸素は電極内を拡散し触媒層で水と反応して水酸化ナトリウムを生成する。従ってこの電解法に用いられる陰極は、酸素のみを充分に透過し、なおかつ水酸化ナトリウム溶液がガス室へ漏洩しない、いわゆる気液分離型のガス拡散電極でなければならない。このような要求を満たすものとして、カーボン粉末とPTFEを混合させシ−ト状に成形した電極基体に銀、白金等の触媒を担持させたガス拡散電極が提案されている。
しかし、このタイプの電解法はいくつかの課題を有している。電極材料として用いられているカーボン粉末は高温で水酸化ナトリウムおよび酸素の共存下では容易に劣化し、電極性能を著しく低下させ、また、液圧の上昇及び電極の劣化に伴い発生する水酸化ナトリウム溶液のガス室側への漏洩は、特に大型セルにおいて防止することが困難である。
【0006】
これらの問題点を解決するために新規な電解槽が提案されている。この電解槽では酸素陰極をイオン交換膜と密着させて配置し(ゼロギャップ構造体)、原料である酸素及び水は電極背面より供給し、また生成物である水酸化ナトリウムは電極背面あるいは下部から回収することを特徴としている。この電解槽を用いた場合、上記水酸化ナトリウムの漏洩問題が解決され、陰極室(苛性室)とガス室の分離も不要となる。ガス室と陰極室(苛性室)を兼ねる1室と陽極室の2室から構成されるため2室型電解槽と称される。
この電解槽を使用する電解プロセスに適した酸素陰極に要求される性能は従来型のものとは大きく異なり、電極背面に漏洩してきた水酸化ナトリウム溶液を回収するため、電極による苛性室とガス室を分離する機能が不要となり、電極は一体構造である必要がなく、大型化も比較的容易になる。
該ガス拡散電極を使用した場合であっても、生成した水酸化ナトリウムは裏側に移動するのみならず、高さ方向に重力により移動するため、生成する水酸化ナトリウムが過剰である場合には、電極内部に水酸化ナトリウム溶液が滞留し、ガスの供給が阻害されるという課題がある。充分なガス透過性と水酸化ナトリウム溶液による湿潤を避けるための充分な疎水性、及び水酸化ナトリウム溶液が電極内を容易に透過できるための親水性を同時に保有する必要があり、これを解決するためにイオン交換膜と電極の間に親水層を配置する方法が特許3553775号において提案されている。
【0007】
これらの電解槽の中間的な電解槽として、気液透過性を有するガス電極を膜とわずかに離して配置し、上部よりその隙間にアルカリ溶液を流す、液落下型の電解セルも開発されている(米国特許明細書第4,486,276号)。
しかしながらこれらの工業電解系は燃料電池の場合と比較して、操業条件が過酷であるために、ガス拡散電極の寿命や性能が十分に得られないという問題点がある。特に過酸化水素等の活性酸素種の生成に起因する劣化の問題が解決されていない。
【特許文献1】特開2003−151567号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
つまり、電気化学的に酸素還元を行うと、過酸化水素を含む活性な酸素化学種が発生することが知られている。これらの量は微量であっても、触媒、導電性担体やフッ素樹脂、イオン交換膜の劣化を加速し、最終的には電池、電解性能の劣化(電極材料の消耗による触媒の脱落、導電性の低下、疎水性の低下)を促進する。白金触媒では4電子還元が進行するため、このような問題は起きにくいが、高価な触媒であるため、通常担体(カーボン微粒子)上に形成させる際に下地層が露出しやすく、活性が劣るカーボンとはいえ、その露出面が増加し一部の酸素を還元しうるため、上記活性酸素種を生じ、問題となっている(参考文献:Electrochemical and Solid State Lett., 7, A474-A476(2004)、Phys. Chem. Chem. Phys., 6, 2891-2894(2004))。
【0009】
白金に替わる安価な触媒の検討は以前から行われており、アルカリ領域では、スピネル型、ペロブスカイト型、パイロクロア型の酸化物や二酸化マンガン(特にγ-MnOOHが最良)などが優れている。金属キレート錯体も高活性であり、Ni、Co、Feイオンを中心金属とするポルフィリン、フタロシアニンなどの配位錯体は特に検討が進んでいる。これらを熱処理した触媒も活性が向上することが報告されている(参考文献: Electrochemical Hydrogen Technologies, ELSEVIER, (1990))。
しかしながら、これらの酸化物、有機配位子触媒では2電子還元が主に進行し易いため、上記課題が解決されていない。銀触媒成分は耐久性があり汎用されているが、2電子還元が一部進行し、上記劣化を完全には防止できない。
【0010】
特許文献1には、銀を含む金属、炭素材料、金属酸化物、金属錯体から成る群から選択され、酸素の2電子還元反応を触媒する電気化学触媒Aと、過酸化水素分解酵素又はマンガン酸化物等の金属酸化物から成る電気化学触媒Bを有する酸素還元複合電極を使用する空気電池、燃料電池など電気化学デバイスが開示されている。この電池では、電気化学触媒Aにより酸素を積極的に還元し生成した過酸化水素を、電気化学触媒Bで分解して酸素を再生する。従って前記酸素還元複合電極は酸素→過酸化水素→酸素の酸化還元反応を積極的に生じさせてこの酸化還元反応を利用して電気エネルギーを取り出すことを目的とする電気化学的なデバイスである。つまり過酸化水素は前記酸化還元反応における必須化合物であり、電気化学触媒Bによるその分解も再度過酸化水素に変換してエネルギーを取り出すことを目的として、当然過酸化水素などの活性種の電極や電解槽への悪影響についての開示はない。
【0011】
本発明は、食塩電解に使用され、副生する過酸化水素等の活性酸素種に由来する劣化を最小限に抑制して長期使用を可能にした食塩電解用酸素還元ガス拡散陰極とこの陰極を使用する食塩電解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の陰極は、多孔性導電性基材、及び当該多孔性導電性基材上に形成させた銀含有金属とマンガン酸化物を含む電極触媒層を含んで成ることを特徴とする食塩電解用酸素還元ガス拡散陰極であり、本発明方法は、イオン交換膜で区画した電解槽の陰極室に、多孔性導電性基材上に電極触媒層を形成させた食塩電解用酸素還元ガス陰極を、かつ前記電解槽の陽極室に、白金族金属酸化物被覆陽極をそれぞれ収容し、陽極室に食塩水を、陰極室に酸素含有ガスを供給しながら電解を行って陰極室で水酸化ナトリウムを製造する食塩電解方法において、前記陰極の電極触媒層が、銀含有金属とマンガン酸化物を含み、陰極室で生成する活性酸素種を前記マンガン酸化物により分解し無害化することを特徴とする方法である。
【0013】
以下本発明を詳細に説明する。
前述した通り、電気化学的に酸素還元を行うと過酸化水素、酸素ラジカル等の活性酸素種が生成することが知られている。従来は例えば特許文献1に開示の通り、この酸素還元反応を利用して積極的に過酸化水素を生成させている。従って過酸化水素生成に起因する不都合は指摘されていない。
しかしながらガス拡散電極は金属電極と比較して耐食性が劣り、微量の過酸化水素等の活性酸素種でも前述の電解性能の劣化に繋がる。本発明者らは、この生成活性酸素種による電解性能の劣化を防止する手法を各種検討した結果、本発明に到達したものである。なお本発明の活性酸素種は、過酸化水素、酸素ラジカル、スーパーオキシド等を含む。
【0014】
本発明に係る陰極は、カーボン粉末やカーボン繊維等の多孔性導電性基材に、銀含有金属とマンガン酸化物を含む電極触媒層を形成した食塩電解用酸素還元ガス拡散陰極である。この銀含有金属が食塩電解の陰極主反応である酸素還元による水酸イオン生成を担い、マンガン酸化物は微量生成する活性酸素種を分解して無害化する役割のみを有するため、電極触媒層内の銀或いは銀含有金属とマンガン酸化物のモル比は前者が過剰になるようにする。
【0015】
本発明方法では、前記陰極をイオン交換膜電解槽の陰極室に、当該イオン交換膜に密着させ又は離間させて設置し、陽極室に食塩水を、陰極室に酸素含有ガスを供給しながら電解を行って陰極室で水酸化ナトリウムを製造する際に、酸素ガス還元により生成する活性酸素種を前記マンガン酸化物により分解し無害化する。これにより生成活性酸素種に起因する性能の劣化(カーボンやフッ素樹脂材料等の電極材料の消耗による触媒の脱落、導電性の低下、疎水性の低下)を防止して、電解運転の安定化や電極寿命の長期化等を達成できる。
【0016】
[反応式]
酸素の電気化学的還元では、式(3)’のように、4電子還元により水酸化物イオンのみを合成することが好ましいが、触媒材料、運転条件によっては、式(4)により過酸化水素が合成される。
+ 2HO + 4e → 4OH (0.40V) (3)’
+ HO + 2e → HO + OH (−0.08V) (4)
【0017】
この素過程としては、触媒(CAT)上における式(5)〜(7)などが提案されている。
CAT + O + e → CAT−O・− (5)
CAT−O・− + HO → CAT−O+OH (6)
CAT−O+ e → HO + CAT (7)
また、後続反応として、過酸化水素イオンが電極上で式(8)に従って還元分解される過程も知られている。
HO + HO + 2e → 3OH (8)
【0018】
このようにして生成した過酸化水素は電極表面から離脱し、溶液内に拡散するため触媒的に分解が進行し易く、金属Mが存在すると、式(9)〜(11)に従って過酸化水素以外の活性酸素種を発生する。
M + H = M(+)+ OH+OH(9)
OH+ H = HO + HO (10)
HO + M(+)= HO + M (11)
【0019】
[触媒]
本食塩電解での触媒は、高温アルカリ中で安定であり、安価であることが好ましく、主反応である酸素還元による水酸イオン生成の触媒として銀含有金属(銅、白金、パラジウム、水銀を原子比として50%未満の範囲で含有していても良い)を選択する。つまり本発明の銀含有金属は、銀単体と銀合金を含む。これらは市販されている粉末を使用できるが、電極触媒を作製する方法としては、銀触媒、合金触媒は既存の方法に従って合成でき、例えば硝酸銀、あるいは硝酸銀と硝酸パラジウムなどの水溶液に、還元剤を混合して合成する湿式法が好ましい。また、蒸着、スパッターなどの乾式法により合成することが好ましい。
本触媒を形成する金属表面は、作製工程や稼動時において、水や酸素、或いは種々の存在元素と反応し、内部とは異なる組成を形成することが容易に想定されるが、これら表面を含め本発明の触媒に包含されるものである。
【0020】
過酸化水素を分解する触媒としては、高温アルカリ中で安定な成分が好ましく、マンガン酸化物(MnO)が好適である。
マンガン酸化物の合成方法も公知の製法に従えばよい。通常マンガン塩水溶液を過酸化水素などで化学酸化し、加熱酸化、還元することで、容易にMnO、Mn(OH)、Mn、MnOOH、Mn、Mnなどのマンガン酸化物(MnO)が得られる。例えば、γ-MnOOHは、1〜4Mの硫酸マンガンに少量の過酸化水素を添加混合後、0.2〜1MのNHOH水溶液を添加し、攪拌する。溶液を沸騰させ、茶色の析出物を得、これを真空乾燥後粉砕し、粉末を得る。マンガン酸化物であればいずれでも好ましいが、銀と共存し、高温かつ高アルカリ酸化雰囲気で使用される環境における熱力学的な安定性を踏まえて、選択される。
【0021】
このようにして得た銀含有金属とマンガン酸化物触媒は混合して使用できる。
また、銀或いは銀塩と二酸化マンガン粉の混合溶液を調製し、これに還元剤を混合することで、銀とのMnO(x<2)の複合微粒子を製造してもよい。銀含有金属及びマンガン酸化物触媒微粒子は、小さければ小さいほど活性表面積が増加し、具体的には1〜100nmの粒径が好ましい。
本発明の触媒組成において、導電性担体粒子は必ずしも必要とはしないが、カーボン粒子に展開することにより、触媒表面積を有効に拡大することができる、通常、微粒子状の炭素微粒子が用いられる。ファーネスブラック、アセチレンブラックなどと称されるものを使用することができる。炭素粒子の粒径は0.01〜1μmが好ましい。
炭素微粒子粉末を用いる場合にも、既存の方法に従って合成できる。例えば硝酸銀と硝酸マンガン水溶液とこの水溶液に懸濁させた炭素微粒子を熱分解することで、触媒粒子が高分散したカーボン粉末を得ることができる。
本発明の電極触媒を作製する方法としては、炭素微粒子粉末に銀微粒子を担持した後、マンガン酸化物の微粒子を形成させることも好ましい。
【0022】
本発明の電極触媒に含まれる銀含有金属の微粒子とマンガン酸化物の微粒子との組成比は、それらの機能から前述の通り前者が過剰になるようにし、モル比で1:(0.005〜0.5)であることが好ましく、1:(0.01〜0.1)であることがより好ましい。モル比が0.005より小さいとマンガン酸化物の分解効果が小さくなり、0.5より大きいと伝導性が低下し、また、銀の有効電極表面積が低下し過電圧及びセル電圧が増加する。なお銀合金の場合のモル比は、合金中の銀及び他の合金構成金属の合計を対象として算出する。
電極触媒物質の存在量は、銀含有金属とマンガン酸化物の組成の場合、それぞれ10〜1000g/m及び0.25〜250g/mの範囲が好ましい。カーボンを担体として利用する場合は、銀含有金属が1〜100g/m、マンガン酸化物が0.0025〜25g/mの範囲が好適である。
【0023】
酸素還元反応により生成した過酸化水素、又はこの過酸化水素が式(9)〜(11)に従って分解して生成する過酸化水素以外の活性酸素種は、カーボン粒子表面、多孔性担持体であるカーボン繊維表面、フッ素樹脂、イオン交換膜などの表面と反応し、疎水性を低下させ、カーボンを酸化消耗させ、イオン交換膜を破壊し、結果として、ガス拡散陰極の機能の低下ひいては電解性能の劣化を招くことになる。
これを抑制するために、本発明では上述の通り、電極触媒層中にマンガン酸化物を含有させておき、このマンガン酸化物により過酸化水素等の活性酸素種を迅速に酸素等に分解(過酸化水素の分解は式(12)の通り)し無害化してガス拡散陰極を保護する。
2HO → O + 2OH (12)
【0024】
[触媒スラリー]
前記のような組成を有するは通常触媒スラリーとして多孔性導電性基材に塗布し、固着する。つまり各触媒の粉末を、疎水性バインダー及び水、ナフサ等の溶剤と混合しペーストとし、前記基体に塗布、固着する。疎水性バインダー材料としては、フッ化ピッチ、フッ化黒鉛、フッ素樹脂が好ましく、特に耐久性のあるフッ素樹脂を200℃から400℃の温度において焼成して使用することは均一かつ良好な性能を得るために好ましい方法である。フッ素成分の粉末の粒径は0.005〜1μmが好ましい。塗布、乾燥、焼成は数回に分けて実施すると、均質な触媒層が得られるので特に好ましい。
【0025】
[電極基材]
多孔性導電性基材としてカーボンから成るクロスや、粒子、繊維焼結体等の多孔性材料を用いる。基体はガス、液の供給、除去のため、適度の多孔性を有しかつ十分な電導性を保つことが好ましい。厚さ0.01〜5mm、空隙率が30〜95%、代表的孔径が0.001〜1mmが好ましい。カーボンクロスは数μmの細いカーボン繊維を数百本の束とし、これを織布としたものであるが、気液透過性に優れた材料であり好ましい。カーボンペーパーはカーボン原料繊維を製紙法にて薄膜の前駆体とし、これを焼結したものであるが、これも使用に適する材料である。多孔性材料にカーボン原料液を塗布し、焼成した基材〔多孔質ガラス状カーボン(Reticulated vitreous carbon)〕なども好適である。上記基体材料の表面は一般的に疎水性であり、酸素ガスの供給の観点からは好ましい材料であるが、生成した水酸化ナトリウムの排出の目的からは不適当な材料である。また、該材料の疎水性は運転とともに低下するため、長期的に十分なガス供給能を維持するために、疎水性バインダーを添加することが知られている。しかしながらあまりに疎水性が高い場合、生成する水酸化ナトリウム溶液の供給、除去が停滞し、かえって性能が低下するため、適切に使用することが望ましい。
【0026】
電極基体は高導電性材料であることが好ましい。前記カーボン材料は導電性ではあるが、金属に比較すれば劣っており、1mΩcm以下にすることは困難である。性能を改善する目的で、プレス加工を施すことが好ましい。プレス加工は、カーボン材料を圧縮することによって全体の導電性を高めるとともに、圧力を加えて使用した際の導電性変化を低減させ、かつ、触媒と基体の接合度が向上することによる導電性向上に寄与する。また、基体および電極触媒層の圧縮、及び電極触媒層と基体の接合度の向上によって、原料酸素ガスの供給能力も向上する。プレス加工装置としては、ホットプレス、ホットローラーなどの公知の装置を利用できる。プレス条件としては、室温〜360℃にて、圧力1〜50kgf/cmが望ましい。
【0027】
[親水層]
前述のとおり、高電流密度かつ大型の食塩電解槽に2室型ガス拡散電極を適用する場合、親水層をイオン交換膜と電極の間に配置すると、電解液の維持及び反応場からの除去に効果があり、本発明でも使用可能である。
親水層としては、耐食性を有する金属や樹脂からなる多孔性構造体が好ましい。電極反応に寄与しない部品であることが必要で、導電性は無くても良い。例としてカーボン、酸化ジルコニウム、酸化セリウム、炭化珪素などのセラミックス、親水性化したPTFE、FEPなどの樹脂、金属例として銀などがある。形状としては厚さが0.01〜5mmのシートが好ましい。活性な化学種がイオン交換膜を破損することを防止するために、マンガン酸化物などを塗布することも可能である。
【0028】
イオン交換膜と陰極の間に配置されるために弾力性があり、圧力の不均一な分布が生じる場合に変形しこれを吸収する材料が好ましい。また陰極液を常に保持する材料、構造であることが好ましく、必要に応じて親水性材料を表面に形成させておくことができる。構造としては、網、織物、不織物、発泡体、粉末を原料とし孔形成剤と各種バインダーでシート状に成形した後、溶剤により孔形成粒子を除去させた焼結板、それらを重ねたものなどが良い。代表的孔径は0.005〜5mmである。
以上により、充分なガス透過性と水酸化ナトリウム溶液による湿潤を避けるための充分な疎水性、及び水酸化ナトリウム溶液が電極内を容易に透過できるための親水性を同時に保有し、且つ、高導電性を有するガス拡散電極系が構築される。
【0029】
[電解槽構造・運転方法]
ガス拡散陰極を電解槽に配置する際に、陰極を支え、また電気的導通を補助する目的として導電性支持材を用いることができる。支持材としては、適切な均一性かつクッション性を有することが好ましい。ニッケル、ステンレスなどの金属メッシュ、スプリング、板ばね、ウェブ状などの公知材料を使用すればよい。銀以外の材料を使用する場合には銀めっきを施すことが耐食性の観点から好ましい。
陰極を電解槽に配置する方法としては、0.05〜30kgf/cmの圧力でイオン交換膜、親水層、ガス拡散陰極及び支持体とを一体化することが好ましい。陰極支持体とイオン交換膜の間に挟んだ親水層及びガス拡散陰極は、支持体の弾性及び陽極液の液高さによる水圧差により固定されることになる。これらの部材は電解槽組み立ての前に、先に一体化しておき、膜と同様に電解槽ガスケットに挟み込むか、支持体に固定させておいてもよい。
【0030】
食塩電解で本発明の陰極を使用する場合、イオン交換膜としてはフッ素樹脂系の膜が耐食性の面から最適である。陽極はDSE、DSAと呼ばれるチタン製の不溶性電極であり、膜と密着して用いることができるよう多孔性であることが好ましい。本発明のガス拡散陰極とイオン交換膜を密着させる必要がある場合には前もってそれらを機械的に結合させておくか、或いは電解時に圧力を与えれば十分である。圧力としては0.05〜30kgf/cmが好ましい。
電解条件は、温度は60〜95℃が好ましく、電流密度は10〜100A/dmが好ましい。酸素供給量は4電子還元において理論的に消費される量の1.05〜2倍が好適である。必要に応じて酸素ガスは加湿する。加湿方法としてはセル入口に70〜95℃に加温された加湿装置を設け、酸素ガスを通すことで自由に制御できる。現在市販されているイオン交換膜の性能では、陽極水の濃度を150〜200g/Lに保つと加湿する必要がない。一方新規に開発された膜では加湿する必要がない。水酸化ナトリウム濃度は25〜40wt%が適当であり、基本的にはイオン交換膜の特性によって決まる。
【発明の効果】
【0031】
本発明のガス拡散陰極は、主電極触媒である銀含有金属以外に補助触媒としてマンガン酸化物を有し、食塩電解の陰極副反応で生成する過酸化水素等の活性酸素種を前記マンガン酸化物により分解して無害化できるようにしている。
従って主電極触媒のみを有する陰極で食塩電解を行うと副生する活性酸素種により電極が劣化するのに対し、本発明の陰極では生成する活性酸素種が前記補助触媒により分解して実質的に陰極中に存在しなくなるため、或いは存在量が極小になるため、電極の劣化が防止され、電解の安定化と電極寿命の長期化を達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
図1は、本発明のガス拡散陰極を装着した3室型食塩電解槽を例示する概略図である。
3室法電解槽1は、パーフルオロスルホン酸系の陽イオン交換膜2により、陽極室3と陰極室4と区画されている。陽イオン交換膜2の陽極室3側には、多孔性の寸法安定性陽極5が密着し、陽イオン交換膜2の陰極室側には間隔を空けて、ガス拡散陰極6が設置され、このガス拡散陰極6により前記陰極室4が陽イオン交換膜2側の陰極液室7と反対側の陰極ガス室8に区画されている。前記ガス拡散陰極6は、カーボン粉末とPTFEを混合させシ−ト状に成形した多孔性導電性基材表面に、銀含有金属とマンガン酸化物を含む電極触媒層を形成して成っている。
【0033】
この電解槽1の陽極室3に食塩水を、陰極液室7に希釈水酸化ナトリウム水溶液を、陰極ガス室8に酸素含有ガスをそれぞれ供給しながら両極間に通電すると、陽極室3で生成するナトリウムイオンが陽イオン交換膜2を透過して陰極液室7に到達する。一方陰極ガス室8に供給される酸素含有ガス中の酸素は、ガス拡散陰極6内を拡散し電極触媒層中の銀含有金属により水と反応して水酸イオンに還元されて陰極液室7に移行し、前記ナトリウムイオンと結合して水酸化ナトリウムを生成する。この際、酸素の水酸イオンへの還元と同時に、同じく酸素の還元により、過酸化水素や他の活性酸素種が生成する。この過酸化水素等は触媒、導電性担体やフッ素樹脂、イオン交換膜の劣化を加速して、種々の電解性能の劣化を生じさせるが、前記電極触媒層中のマンガン酸化物が前記過酸化水素等を分解する機能を有し、生成する過酸化水素等のガス拡散陰極6などに接触することを抑制して、長期間安定して食塩電解を継続できる。
【0034】
図2は、本発明のガス拡散陰極を装着した2室型(ゼロギャップタイプ)食塩電解槽を例示する概略図である。
2室法電解槽11は、パーフルオロスルホン酸系の陽イオン交換膜12により、陽極室13と陰極ガス室14と区画されている。陽イオン交換膜12の陽極室13側には、多孔性の寸法安定性陽極15が密着し、陽イオン交換膜12の陰極室側にはガス拡散陰極16が密着して設置されている。前記ガス拡散陰極16は、カーボン粉末とPTFEを混合させシ−ト状に成形した多孔性導電性基材表面に、銀含有金属とマンガン酸化物を含む電極触媒層を形成して成っている。
この電解槽11の陽極室13に食塩水を、陰極ガス室14に湿潤酸素含有ガスをそれぞれ供給しながら両極間に通電すると、陽極室13で生成するナトリウムイオンが陽イオン交換膜12を透過して陰極ガス室14内のガス拡散陰極16に到達する。一方陰極ガス室14に供給される酸素含有ガス中の酸素は、ガス拡散陰極16の電極触媒層中の銀含有金属により水酸イオンに還元されて前記ナトリウムイオンと結合して水酸化ナトリウムを生成し、酸素含有ガスとともに供給される水分に溶解して水酸化ナトリウム水溶液が生成する。この際、3室型食塩電解槽の場合と同様に、過酸化水素や他の活性酸素種が生成するが、電極触媒層中のマンガン酸化物が前記過酸化水素等を分解し、長期間安定して食塩電解を継続することを可能にする。なお図2の電解槽11で、陽イオン交換膜12とガス拡散陰極16間に親水層を配置しても良い。
【0035】
図3は、本発明のガス拡散陰極を装着した電解槽であって、2室型と3室型の中間的な電解槽を例示する概略図であり、図1と同一部材には同一符号を付して説明を省略する。
この電解槽21は、実質的に図1の電解槽と同一構成を有し、陽イオン交換膜2とガス拡散陰極6間の距離を極小にしてセル電圧の上昇を最小に抑えるともに、陽イオン交換膜2とガス拡散陰極6間に希釈水酸化ナトリウム水溶液を供給することを可能にしている。
【0036】
次に本発明に係るガス拡散陰極を装着した食塩電解槽を使用する食塩電解方法の実施例及び比較例を記載するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
[実施例1]
銀粉末(福田金属箔工業株式会社製AgC−H、0.1μm)とγ-MnOOH粉末のマンガン酸化物(0.1μm平均寸法)をモル比で1:0.1とし均一に混合した粉末と、PTFE水懸濁液(三井フロロケミカル株式会社製30J)を体積比1:1で混合し十分攪拌後、該混合懸濁液を、銀として投影面積当り500g/mとなるように厚さ0.4mmのカーボンクロス基体に塗布し、電気炉中310℃で15分焼成後、プレス機にて、圧力2kgf/cmでプレス加工を行い、ガス拡散陰極を作製した。
【0038】
陽極として酸化ルテニウムを主成分とするDSE、イオン交換膜としてフレミオンF8020(旭硝子社製)を用い、厚さ0.4mmの親水化処理を行ったカーボンクロスを親水層とし、この親水層をガス拡散陰極と前記イオン交換膜間に挟み、前記陽極及びガス拡散陰極を内向きに押圧し、イオン交換膜が鉛直方向に位置するように、各部材を密着固定して電解槽を構成した。
陰極室水酸化ナトリウム濃度が32wt%となるように陽極室食塩濃度を調整し、又陰極には酸素ガスを理論量の約1.2倍の割合で供給、陽極液の液温を90℃、電流密度60A/dmで電解を行ったところ、初期の槽電圧は2.15Vであった。50日間電解を継続したところ、初期からの槽電圧、過電圧の上昇は無く、電流効率は約95%に維持された。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0039】
[実施例2]
γ-MnOOHの代わりにMnを用いたこと以外は実施例1と同様の電解槽を組み立て稼動させたところ、槽電圧は初期から50日間で2.16Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0040】
[実施例3]
銀とγ-MnOOHをモル比で1:0.05とし、0.02〜0.05μmのファーネスブラック粉末上に付着させた触媒粉末(銀が50g/m)を用いたこと以外は、実施例1と同様の電解槽を組み立て稼動させたところ、セル電圧は初期から50日間で2.16Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0041】
[実施例4]
硝酸銀と電解二酸化マンガン粉(AgとMnOのモル比が1:0.05)の混合溶液を調製し、これにヒドラジンを添加攪拌し、銀とMn を主成分とする複合微粒子を製造した。実施例1の作製方法に従ってガス電極とし、γ-MnOOHを付着させ親水化処理を行ったカーボンクロスを親水層とし、電解評価を行ったところ、セル電圧は初期から50日間で2.14Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0042】
[実施例5]
AgとMnOのモル比を1:0.5としたこと以外は実施例4と同様の電解試験を実施したところ、槽電圧は初期から50日間で2.16Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0043】
[実施例6]
銀とパラジウムの原子比が1:0.2の粉末とγ-MnOOH粉末を、モル比で1:0.1とし、0.02〜0.05μmのファーネスブラック粉末上に触媒粉末50g/m付着させたこと以外は、実施例3と同様の電解槽を組み立て稼動させたところ、セル電圧は初期から50日間で2.16Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0044】
[実施例7]
銀と白金の原子比が1:0.2の粉末とγ-MnOOH粉末を、モル比で1:0.1としたこと以外は、実施例6と同様の電解槽を組み立て稼動させたところ、セル電圧は初期から50日間で2.15Vを示した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0045】
[比較例1]
銀粉末のみを500g/m用いたこと以外は実施例1の手順で評価を行ったところ、槽電圧は、50日間で2.16Vから2.18Vに増加した。0.1mg/L以上の過酸化水素濃度は検出されなかった。
【0046】
[比較例2]
0.02〜0.05μmのファーネスブラック粉末上に銀を50g/m付着させた触媒粉末を用いたこと以外は実施例1の手順で電極を作製、評価を行ったところ、槽電圧は、50日間で2.18Vから2.25Vに増加した。1mg/Lの過酸化水素濃度を検出した。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明のガス拡散陰極を装着した3室型食塩電解槽を例示する概略図。
【図2】本発明のガス拡散陰極を装着した2室型食塩電解槽を例示する概略図。
【図3】本発明のガス拡散陰極を装着した電解槽であって、2室型と3室型の中間的な電解槽を例示する概略図。
【符号の説明】
【0048】
1 電解槽
2 陽イオン交換膜
3 陽極室
4 陰極室
5 陽極
6 ガス拡散陰極
7 陰極液室
8 陰極ガス室
11 電解槽
12 陽イオン交換膜
13 陽極室
14 陰極ガス室
15 陽極
16 ガス拡散陰極
21 電解槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性導電性基材、及び当該多孔性導電性基材上に形成させた銀含有金属とマンガン酸化物を含み、該金属と該酸化物のモル比が1:(0.005〜0.5)である電極触媒層を含んで成ることを特徴とする食塩電解用酸素還元ガス拡散陰極。
【請求項2】
多孔性導電性基材が、カーボン粉末或いはカーボン繊維製である請求項1に記載の陰極。
【請求項3】
イオン交換膜で区画した電解槽の陰極室に、多孔性導電性基材及び当該多孔性導電性基材上に電極触媒層を形成させた食塩電解用酸素還元ガス陰極を、かつ前記電解槽の陽極室に、白金族金属酸化物被覆陽極をそれぞれ収容し、陽極室に食塩水を、陰極室に酸素含有ガスを供給しながら電解を行って陰極室で水酸化ナトリウムを製造する食塩電解方法において、前記陰極の電極触媒層が、銀含有金属とマンガン酸化物を含み、陰極室で生成する活性酸素種を前記マンガン酸化物により分解し無害化することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−119817(P2007−119817A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−311218(P2005−311218)
【出願日】平成17年10月26日(2005.10.26)
【出願人】(390014579)ペルメレック電極株式会社 (62)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】