説明

食肉の加工方法並びに加工食品

【課題】食肉を柔らかく且つ美味しくする食肉の加工方法、並びにこの加工方法で加工した加工食肉を使用した加工食品を提供すること。
【解決手段】生の食肉に対し、0.1〜0.5M(mol/l)濃度の重曹溶液中に30〜60分間浸漬する重曹処理と、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理と、100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理とを施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉を柔らかく且つ美味しくする食肉の加工方法、並びにこの加工方法で加工した加工食肉を使用した加工食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
豚肉をはじめとする食肉は、人体に必要な必須アミノ酸をバランスよく含む良質なタンパク質の供給源であるが、食用とする部位によってタンパク質,脂肪,コラーゲンなどの成分組成や筋原線維の含量が異なり、特にスジ肉などの筋原線維が多い部位は硬く咀嚼しにくい。
【0003】
また、食肉の調理は加熱を伴うものが一般的であり、加熱によって肉の収縮が起こり、組織内の水分が組織外に滲出し、重量が減少するとともに物性が硬くなる現象を避けることが難しい調理食品でもある。
【0004】
そのため、特に咀嚼能力が低下している高齢者は、やわらかく咀嚼が容易な食品に偏りがちとなり、低栄養状態に陥り易い危険性を有している。
【0005】
霜降り肉やバラ肉のように軟らかく食べ易い部位もあるが、これらは筋肉組織内に軟らかい物性の脂肪が細かく入り込んでいたり層状に混在しているから軟らかいのであって、脂肪が多い故に高カロリーであり、食べ易いからといってこの部位だけを食していると、カロリーの過剰摂取の原因となってしまう場合もあるため、好ましくない。
【0006】
一方、近年、食品の物性に対する嗜好は健常者を含めソフト化の方向が益々強まる傾向にある。このことは食肉においても例外ではなく、このニーズに応えようと肉を軟らかくして食べ易くするための研究が多くなされている。
【0007】
例えば、下記特許文献1,2には、各種のタンパク質分解酵素並びにこれらを含有する食品素材に食肉を浸漬して酵素処理することによって食肉が軟らかくなることが開示されており、下記特許文献3,4には、重炭酸ナトリウム、カルシウム塩、乳化剤等を混合した「食肉軟化剤」と称する製剤で処理することで食肉が軟らかくなることが開示されている。
【0008】
また、下記非特許文献1では、100MPa以上の静水圧で所定の時間加圧する高圧処理を行うことによって食肉が柔らかくなるという研究報告がされており、下記非特許文献2では、牛肉、豚肉を重曹溶液に浸漬することにより肉質が軟らかく飲み込み易くなるという研究報告がされており、さらに下記非特許文献3では、重曹浸漬処理と高圧処理を併用することで重曹浸漬処理単独に比べさらに軟らかく飲み込み易くなるという研究報告がされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−209号公報
【特許文献2】特公平7−40900号公報
【特許文献3】特開2001−37474号公報
【特許文献4】特開2008−271793号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】池内義秀ほか,食肉加工分野への高圧利用をめぐる最近の情勢,高圧力の科学と技術,Vol.16 No.1 (2006)
【非特許文献2】高橋智子ほか,牛肉、豚肉の硬さおよび官能評価におよぼす重曹浸漬の影響,日本家政学会誌Vol.53 No.4 (2002)
【非特許文献3】金娟廷ほか,豚肉の物性及び嗜好性に及ぼす高圧処理の影響,日本調理科学会誌、Vol.39 No.1 (2006年2月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明者は、上記非特許文献3を報告後も、この非特許文献3の技術をベースに更なる食肉の軟化について追求を続けている。
【0012】
そして、加熱後においても軟らかく且つ軟らかさのばらつきが少なく、ジューシーで美味しい食肉を得ようと試行錯誤するうちに、加熱調理の前処理として調味液に浸漬、またはまぶす作業に着目した。
【0013】
即ち、これまでは肉の表面付近にしか浸透させることができなかった調味液を、肉の内部にまで短時間で浸透させることができれば、更なる食肉の軟化が実現すると共に、調味液の浸透により美味しさも向上するのではないかと着眼したのである。
【0014】
そして、この着眼点に基づいてさらに研究を重ねた末に、本発明の食肉の加工方法、並びにこの加工方法で加工した加工食肉を使用した加工食品を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0016】
生の食肉を重曹溶液中に浸漬する重曹処理を施し、続いて、この食肉を醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理を施した後、この食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理を施すことを特徴とする食肉の加工方法に係るものである。
【0017】
また、生の食肉を重曹溶液中に浸漬する重曹処理を施し、続いて、この食肉を醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理を施しながら、この調味液浸漬処理中の食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理を施すことを特徴とする食肉の加工方法に係るものである。
【0018】
また、前記重曹処理を施した食肉と、前記浸漬用調味液とを包装体で包装し、この包装体に前記高圧処理を施すことで、前記調味液処理を施しながら、高圧処理を施すことを特徴とする請求項2記載の食肉の加工方法に係るものである。
【0019】
また、生の食肉に対し、重曹溶液中に浸漬する重曹処理と、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理と、100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理とを同時に施すことを特徴とする食肉の加工方法に係るものである。
【0020】
また、前記生の食肉と、前記重曹溶液と、前記浸漬用調味液とを包装体で包装し、この包装体に前記高圧処理を施すことで、前記重曹処理と前記調味液処理と前記高圧処置を同時に施すことを特徴とする請求項4記載の食肉の加工方法に係るものである。
【0021】
また、前記高圧処理は、食肉に400MPaの圧力を約10分間加えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の食肉の加工方法に係るものである。
【0022】
また、前記高圧処理は、食肉に100MPa〜200MPaの圧力を約1分間加えることとすると共に、この高圧処理を複数回施すことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の食肉の加工方法に係るものである。
【0023】
また、前記請求項1〜7のいずれか1項に記載の食肉の加工方法で加工した加工食肉に、所定の調理加工を施して成ることを特徴とする加工食品に係るものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明は上述のように、従来食肉の軟化に効果があるとされていた重曹処理と高圧処理とに加えて、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液に浸漬する調味液処理を施すから、重曹処理だけを施した食肉や、高圧処理だけを施した食肉や、重曹処理と高圧処理とを併用して施した食肉に比べて、加熱後でも非常に軟らかく食べ易いものとなる上、浸漬用調味液が内部にまで浸透していることで、非常に美味しい食肉に加工することができ、しかも、本発明で加工した食肉には、加熱後に肌荒れや空洞(ス入り)が発生することがない上、高圧処理による白色化も目立たないために生の食肉と略同等の外観品質を有するものに加工できるなど、極めて実用性に優れた画期的な食肉の加工方法となる。
【0025】
また、請求項3記載の発明においては、重曹処理を施した食肉に対して、簡単に且つ確実に調味液処理を施しながら、高圧処理を施すことができる一層実用性に優れた食肉の加工方法となる。
【0026】
また、請求項5記載の発明においては、生の食肉に対して、簡単に且つ確実に重曹処理と調味液処理と高圧処理とを同時に施すことができる一層実用性に優れた食肉の加工方法となる。
【0027】
また、請求項6記載の発明においては、食肉に対して確実に組織の軟化,浸漬用調味液の内部浸透を促進することができる一層実用性に優れた食肉の加工方法となる。
【0028】
また、請求項7記載の発明においては、生肉に近い色調を保持しながら組織の軟化,浸漬用調味液の内部浸透を促進することができるので、一層外観品質に優れた食肉に加工できる極めて実用性に優れた食肉の加工方法となる。
【0029】
また、請求項8記載の発明においては、非常に軟らかくて食べ易く且つ非常に美味しい加工食品となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】試料肉の調製方法を示す説明図である。
【図2】本実施例の加工方法を示す説明図である。
【図3】各条件の処理肉の加熱後を示す比較写真である。
【図4】各条件の処理肉の加熱後の水分含有率を示すグラフである。
【図5】各条件の処理肉の見かけのかたさを示すグラフである。
【図6】各条件の処理肉の重量減少率を示すグラフである。
【図7】各条件の処理肉の官能評価表である。
【図8】各条件の処理肉の加圧・加熱後の遊離アミノ酸含有量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
好適と考える本発明の実施形態(発明をどのように実施するか)を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0032】
先ず、生の食肉を重曹(炭酸水素ナトリウム)溶液中に浸漬する(重曹処理)。
【0033】
すると、この重曹処理前の食肉のpHが上昇し(例えば、出願人の実験では、処理前の食肉のpHは5.7程度であったが、処理後は6.5前後にまで上昇した。)、これにより食肉のタンパク質の水和が促進されて食肉中の水分含有量が上昇し、加熱後の食肉の軟化に第1次的な効果がもたらされる。
【0034】
続いて、この食肉を醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬(調味液処理)した後、この食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える(高圧処理)。
【0035】
すると、高圧処理によって食肉の保水性が増加すると共に食肉の筋原線維が断片化し易くなるので、軟らかく切れ易くなると共に、高圧処理によって短時間で食肉の内部に浸漬用調味液が浸透し、この浸漬用調味液の浸透効果によって食肉中の水分含有量は、重曹処理と高圧処理とを併用した場合よりも更に上昇することになる。
【0036】
このようにして得た加工食肉は、重曹処理だけを施した食肉や、高圧処理だけを施した食肉や、重曹処理と高圧処理とを併用して施した食肉に比べて、加熱後でも非常に軟らかく食べ易いものとなる上、浸漬用調味液が内部にまで浸透していることで、非常に美味しいものとなる。このことは出願人の官能評価でも実証された。
【0037】
また、食肉に対して重曹処理を単体で行った場合は、加熱後の肉表面に肌荒れが目立つと共に、内部に空洞(ス入り)が発生して外観品質を損ねる現象がみられたが、本発明で加工した食肉には、加熱後肌荒れはみられなかった。
【0038】
また、食肉に対して高圧処理を行うと、表面が白色化してしまって外観品質を損ねてしまうが、本発明で加工した食肉は、浸漬用調味液の浸透により調味液色が表出して白色が目立たなくなった。
【0039】
従って、本発明によれば、生の食肉と略同等の外観品質の食肉に加工できた。
【0040】
また、請求項2記載の発明のように、重曹処理を施した食肉を、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理を施しながら、この調味液浸漬処理中の食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理を施すこととしたり、請求項4記載の発明のように、生の食肉に対し、重曹溶液中に浸漬する重曹処理と、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理と、100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理とを同時に施すようにすることでも、前記作用・効果を発揮する優れた食肉に加工できることが、出願人の実験により確認されている。
【0041】
また、例えば、前記高圧処理は、食肉に100MPa〜200MPaの圧力を約1分間加えることとすると共に、この高圧処理を複数回施すこととすれば、比較的低い圧力を短時間で数回にわけて施すことによって高圧処理による食肉表面の白色化が生じにくくなり、生肉に近い色調を保持しながら組織の軟化,浸漬用調味液の内部浸透を促進することができるので、一層外観品質に優れた食肉に加工できる。
【実施例】
【0042】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0043】
≪試験用試料肉の調製≫
生の豚ロース肉の塊を用い、表面の脂肪分を取り除いてボックス状に成形し、筋原線維と平行に切断し、縦3〜4cm×横15〜16cm×高さ1cmの大きさ(約70g)に切断したものを試験用試料とした(図1参照。)。
【0044】
≪実施例1(重曹処理、調味液処理、高圧処理を組合せた肉の調製)≫
真空調理用包材袋に試料肉とともに濃度0.1〜0.5M(より好ましくは濃度0.4M)に調整した重曹溶液200mlを加えて真空包装(脱気包装)し、20℃の恒温水槽中で30〜60分間(より好ましくは40分間)浸漬した。次いで、試料肉を取り出し、重量比で醤油2部、みりん1部、日本酒1部、砂糖1部、すりおろした生姜0.03部を使用した浸漬用調味液を調合し、その35gをカット肉とともに包装体としての真空調理用包材袋に入れて真空包装し、400MPaの静水圧(20℃)で10分間処理(高圧処理)した。処理後直ちに80℃に調整した恒温水槽に入れて30分間加熱を行い、中心温度が20℃になるまで冷却して加工肉(Pt)を得た(図2参照。)。尚、上記のようにして調合した浸漬用調味液を使用すると、食肉に対して非常に美味しい味付けがなされることが出願人の実験により確認されている。
【0045】
≪比較例1(重曹処理、高圧処理を組合せた肉の調製)≫
比較対照として、
・純水に浸漬(純水処理)した後、高圧処理を施さないもの(Co)。
・純水に浸漬した後、100MPaの高圧処理を施したもの。
・純水に浸漬した後、200MPaの高圧処理を施したもの。
・純水に浸漬した後、400MPaの高圧処理を施したもの(Po)。
・重曹処理した後、高圧処理を施さないもの(Ct)。
・重曹処理した後、100MPaの高圧処理を施したもの。
・重曹処理した後、200MPaの高圧処理を施したもの。
・重曹処理した後、400MPaの高圧処理を施したもの(Pt)。
の8試験区を用意した。
【0046】
≪比較例2(重曹処理、調味液処理、高圧処理を組合せた肉の調製)≫
比較対照として、
・純水に浸漬した後、調味液処理し、高圧処理を施さないもの(Co)。
・純水に浸漬した後、調味液処理し、400MPaの高圧処理を施したもの(Po)。
・重曹処理した後、調味液処理し、高圧処理を施さないもの(Ct)。
の3試験区を用意した。
【0047】
≪各種処理を行った豚肉の品質評価≫
1)処理肉の外観評価
各試験区の最終的に加熱処理を行った試料肉について、表面の色調、肌荒れ状態、切断面のス入り状態等について肉眼での評価を行った。
2)水分含有量
各試験区の最終的に加熱処理を行った試料肉について、表面の付着水を軽く拭きとり、包丁で2〜3mmの大きさに裁断し、その5gをメトラー・トレド株式会社製ハロゲン水分計HG63型の試料皿に載せて測定した。
3)重量減少率
各試験区の最終的に加熱処理を行った試料肉について、表面の付着水を軽く拭きとってその重量を測定し、処理前の重量に対して減少した比率(%)を求めた。
4)見かけの硬さ
株式会社山電製クリープメータを用い、いずれの試料も加熱した試料肉は線維と平行に幅3cm、長さ2cmにカットし、測定用試料とした。加熱後の試料肉の厚さは0.98±0.11cmである。クリアランスは試料厚の20%に設定した。プランジャーは圧縮面積が0.1cm2のくさび型を用い、圧縮速度10mm/secで試料食塊のテクスチャー特性の測定を行った。試料の温度は20℃である。
5)官能評価
官能評価方法は、順位法(ISO 8587:2006, Sensory analysis- Methodology- Ranking)を用いた。順位法は、4種類の試料肉を一度にパネルに提示し、かたさ、飲み込み易さ、残留感、美味しさの4項目について順位付けする方法で行った。パネルは新潟大学農学部応用生物化学科食品・栄養科学コースの学生男女各12名、計24名とした。
6)遊離アミノ酸含有量の測定
分析対象は実施例3で行った4試験区とし、日本電子株式会社製全自動アミノ酸分析装置JLC-500/V型を用い、遊離のアミノ酸を測定した。
【0048】
≪処理肉の品質評価結果≫
1)外観評価
A.調味液処理を行わない(調味液無処理)比較例1の外観評価
純水処理・高圧無処理区の処理肉(Co),純水処理・高圧処理区の処理肉(Po),重曹処理・高圧無処理区の処理肉(Ct),重曹処理・高圧処理区の処理肉(Pt)の4試験区を比較対照とした。Co並びにCtの加熱後は、表皮の肌荒れが大きく、Ctは切断面にス入りが見られ、また両者とも収縮が大きいことが観察された。400MPaの高圧処理を行った場合の処理肉Po,Ptは、いずれも表皮の肌荒れや収縮が少なく、高圧無処理に比べ大幅な改善効果が認められたが、重曹浸漬の有無の比較では重曹処理しないもの(Po)は切断面に僅かなス入りが認められたのに対し、重曹処理・高圧処理区の処理肉(Pt)はち密でなめらかな状態を保持し、重曹処理の効果が認められた(図3参照。)。
B.調味液処理を行った比較例2の各試験区及び本実施例の処理肉の外観評価
表皮の肌荒れはいずれの試験区もほとんど見られず、なめらかで光沢のある僅かに赤みを帯びた茶色を呈していた。また、切断面のス入りは重曹処理・調味液浸漬・高圧無処理区の処理肉(Ct)で発生したが、高圧処理を併用した本実施例の処理肉(Pt)はち密でなめらかな状態を保持していた(図3参照。)。これにより、本実施例の加工方法は、調味液浸漬を行わない前記Aの試験区に比べ外観品質を大幅に向上させる効果が明確に認められたものといえる。
2)処理肉の水分含有量
処理肉の水分含有量は、比較例2の各試験区との比較結果について記すこととする。比較対照となる純水処理・高圧無処理区の肉(Co)の水分含有率が61.0%であったのに対し、重曹処理・高圧無処理区の処理肉(Ct)及び純水処理・高圧処理区の処理肉(Po)が65.5%、重曹処理・高圧処理区の処理肉(Pt)が67.3%と、本実施例、即ち重曹処理,調味液処理,高圧処理の3種類の単独処理をすべて組合せた処理を施したものが最も高くなった(図4参照。)。即ち、本実施例で加工した処理肉は、加熱に伴う収縮を抑え、組織内に水分を多く保持する効果が最も高いことが証明された。
3)処理肉の硬さ
A.重曹処理の有無及び圧力との関係
圧力との関係では、圧力が高くなるほど軟かくなる傾向を示し、重曹処理の有無にかかわらず400MPaで処理したものが最も軟らかくなった。しかし、重曹処理との関係では重曹処理区に比べ純水処理区はいずれの圧力においても30%程度高く、肉の軟化の面では圧力よりも重曹溶液に浸漬する効果の方が優っていることが判明した。
B.重曹処理、調味液浸漬、高圧処理との関係
本実験での圧力処理は400MPaのみで行ったものである。調味液に浸漬したものは浸漬しないものに比べ重曹処理の有無にかかわらずいずれも軟らかい傾向を示した。特に、本実施例の処理肉(Pt)は、無処理の肉(Co)の硬さの1/2以下に低下し、試験区の中で最も軟らかく、同時に硬さのバラツキが最も少なく、均一な処理肉が得られている。本実験結果から、従来、重曹溶液浸漬を基本とした食肉の軟化処理に調味液で浸漬することを加えることで、食肉の軟化により高い効果が得られることが証明された(図5参照。)。
4)各種処理肉の重量減少率
本発明においては、豚肉のロース部分を用い、脂肪分を取り除いた赤肉の多い部位を用いたものであり、加熱による収縮、並びに水分の滲出を抑え肉のうま味を保持しながら軟らかく咀嚼性に優れた食肉を得ようとするものである。
【0049】
比較対照とした重曹処理・高圧無処理区の肉(Ct)は加熱後において25%、重曹処理・高圧処理区の処理肉(Pt)は加熱後において23%となり、圧力処理単独での効果は期待できない結果となった。一方、調味液浸漬を行ったものはいずれの処理区においても減少率は低く、中でも本実施例の処理肉(Pt)が15.2%と最も低く、保水性が向上し加熱調理時の肉汁の損失を抑える効果が高いことが証明された(図6参照。)。
5)各種処理肉の官能評価
本実施例と比較例2の各試験区とを官能評価した。その結果、各評価項目ともに比較対照の重曹及び高圧無処理区の肉(Co)が最も評価が低く、重曹処理・調味液浸漬・高圧処理を組合せた本実施例の処理肉(Pt)が最も高い評価を得るとともに、他の3試験区との差が大きく、本発明の優位性が立証された。また今回、評価項目のうち本実施例の処理肉は硬さや飲み込み易さの評価も非常に高かったことから、咀嚼困難者などへの利用適性も高いと判断された(図7参照。)。
6)各種処理肉の遊離アミノ酸含有量
本実施例と比較例2の各試験区の遊離アミノ酸含有量を測定した。本実施例の処理肉が測定した15種類の遊離アミノ酸のうち13種類で最も多く含まれていた。種類別では、うま味に寄与するグルタミン酸をはじめスレオニン、セリン、グリシン、アラニン、バリン、ロイシンの増加程度が大きかった(図8参照。)。これらの遊離アミノ酸の増加は、官能評価による「美味しさ」を高めることに貢献しているものと推察される。
【0050】
≪実施例2(繰返し加圧による肉の軟化)≫
重曹処理、調味液処理を行った試料肉を100MPa及び200MPaの圧力で1回〜5回連続して加圧した。なお、設定圧力に達する時間、圧力保持時間、脱圧時間はそれぞれ1分間に設定して行った。具体的には、100MPa及び200MPaの圧力処理を1分間行ったら脱圧してこの脱圧状態を1分間保持する操作を2回以上連続して繰返し処理する。加圧処理終了後は直ちに80℃に調整した恒温水槽に入れて30分間加熱を行い、中心温度が20℃になるまで冷却した。
【0051】
繰返し加圧を行った試料肉の状態を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
100MPaの繰返し加圧では、1回処理では内部のス入りの気泡が大きく、2回繰返し加圧で気泡が小さくなり、3〜5回繰返し加圧ではス入りが見られなくなり、ち密でなめらかな状態が観察された。重量減少率は、加圧回数が増すにつれて順次低下する傾向がみられ、硬さは変化は少なかったが、水分は、ス入りがなくなる加圧3回目から増加していることから、総合的にみて繰返し加圧の効果が認められると判断された。また、処理後の肉の色調(加熱前)は生肉と遜色のない鮮明な赤色を呈し、400MPaを超えると問題となる白色化はみられなかった。
【0054】
200MPaの加圧では、2回繰返し加圧でス入りが抑えられ、重量減少率、並びに硬さは繰返し加圧回数が増すにつれて順次低下し、水分は、ス入りがなくなる加圧2回目から増加し、100MPaに比べ高い効果が得られた。即ち、200MPaでの2回以上の繰返し加圧は、400MPa10分間1回の加圧に匹敵する食肉の軟化効果を有することが証明された。また、加熱前の生肉の色調は、加圧回数が増すにつれて僅かに白色化がみられたが、赤みが残り生肉の色調を保持していた。
【0055】
以上の結果から、比較的低い圧力で食肉を軟化させる方法として100〜200MPaでの繰返し加圧は高い効果を有することが判明した。
【0056】
尚、高圧処理が所定の圧力に達した段階で直ちに脱圧を行う操作を、2回以上連続して繰返し処理するようにしても良い。
【0057】
≪食肉調理食品への応用例(重曹処理・調味液浸漬・高圧処理を組合せた食肉)≫
1)脂肪分が少なく比較的硬い豚肉を本実施例の加工方法で処理し、この加工肉を用いてチャーシューを製造したところ、軟らかくジューシーで、断面の肉色が鮮やかなチャーシューが得られた。
2)上記1)と同様の加工肉をスライスして生姜焼きを作った場合でも、軟らかく色のよい焼き肉が得られた。
3)赤身が多く比較的硬いオーストラリア産牛肉を本実施例の加工方法で処理し、この加工肉を薄くスライスし、牛丼用に調理したところ、軟らかくボリュームのある調理肉が得られた。
4)鶏肉のから揚げを調理する際、通常の鶏肉では肉汁が揚げ油に滲みだして油がはねることが多いが、本実施例の加工方法で処理(圧力は200MPaとした。)した鶏肉を用いた場合は、油がはねる回数が少なく、軟らかくジューシーなから揚げが得られた。
【0058】
尚、本発明は、本実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生の食肉を重曹溶液中に浸漬する重曹処理を施し、続いて、この食肉を醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理を施した後、この食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理を施すことを特徴とする食肉の加工方法。
【請求項2】
生の食肉を重曹溶液中に浸漬する重曹処理を施し、続いて、この食肉を醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理を施しながら、この調味液浸漬処理中の食肉に100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理を施すことを特徴とする食肉の加工方法。
【請求項3】
前記重曹処理を施した食肉と、前記浸漬用調味液とを包装体で包装し、この包装体に前記高圧処理を施すことで、前記調味液処理を施しながら、高圧処理を施すことを特徴とする請求項2記載の食肉の加工方法。
【請求項4】
生の食肉に対し、重曹溶液中に浸漬する重曹処理と、醤油及びみりんを中心とする浸漬用調味液中に浸漬する調味液処理と、100MPa〜400MPaの圧力を加える高圧処理とを同時に施すことを特徴とする食肉の加工方法。
【請求項5】
前記生の食肉と、前記重曹溶液と、前記浸漬用調味液とを包装体で包装し、この包装体に前記高圧処理を施すことで、前記重曹処理と前記調味液処理と前記高圧処置を同時に施すことを特徴とする請求項4記載の食肉の加工方法。
【請求項6】
前記高圧処理は、食肉に400MPaの圧力を約10分間加えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の食肉の加工方法。
【請求項7】
前記高圧処理は、食肉に100MPa〜200MPaの圧力を約1分間加えることとすると共に、この高圧処理を複数回施すことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の食肉の加工方法。
【請求項8】
前記請求項1〜7のいずれか1項に記載の食肉の加工方法で加工した加工食肉に、所定の調理加工を施して成ることを特徴とする加工食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−83228(P2011−83228A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238472(P2009−238472)
【出願日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本調理科学会発行の「平成21年度大会研究発表要旨集」の「豚肉加工品の物性及び嗜好性に及ぼす高圧処理の影響−その2」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、「食の高付加価値化に資する基盤技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(307010144)財団法人にいがた産業創造機構 (6)
【Fターム(参考)】