説明

飲料製造ラインの異臭検出システム

【課題】飲料製造ラインの洗浄水中の異臭物質の検出のためのシステムを提供する。
【解決手段】表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance:SPR)検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサを用いる、検体中の標的物質の解析システムにおいて:検体が飲料製造ラインの洗浄水であって検出障害性物質を含み、標的物質が飲料由来のフレーバー成分であり;検体を前処理して検出障害性物質を除去する前処理部、検出障害性物質を除去した検体を、標的物質又は標的物質に対する抗体が固定されたセンサ表面に供給する供給部、及びセンサ表面上での標的物質と抗体との反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定する測定部を有し;測定した変化量に基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を解析する、システムを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的物質の高感度検出方法に関する。より詳細には、抗体と表面プラズモン共鳴センサとを用い、飲料製造ラインにおける残香のような、極微量の低分子標的物質を、短時間で特異的に検出する方法に関する。本発明は、飲料を含む食品、医薬品、及び化粧品等の製造分野で有用である。
【従来の技術】
【0002】
近年、サプライチェーンマネージメントの普及に伴い、飲料工場では同じ製造ラインを使用して、多種類の製品を生産する機会が増している。
【0003】
仮に、ある製品特有のフレーバー成分が製造ラインに残存(着香)した状態のまま次製品の生産に移行した場合、次製品に前製品のフレーバー成分が移行し、異臭として問題となる可能性がある。飲料ラインの着香は、官能検査により検出しうるが、官能検査は、熟練の検査官を必要とし、また体調、気分等にも影響を受けやすいと考えられる。従って、官能検査による客観的かつ高精度な品質管理は困難であり、現状として、着香は薬品を用いたCIP(定置洗浄、Claining In Place)や加熱した熱水による過度の洗浄により対処することとなり、飲料の生産コストを大きく押し上げる一因となっている。
【0004】
一方、抗原抗体反応を利用した免疫測定法は、低分子から高分子まで多岐にわたる抗原物質の超微量分析において、主要な手段の一つとなっている。免疫測定法のうち、現在最も汎用されているのはEnzyme-Linked Immunosorbent Assay (ELISA)法による測定である。しかしながら、ELISA法では反応を受動拡散に依存しており、また抗原−抗体の結合反応が平衡に達した状態を解析するため、測定には時間を要する。また、検出のために、アイソトープや酵素等で抗体をラベルする必要がある。
【0005】
そのため、近年、表面プラズモン共鳴 (Surface Plasmon Resonance : SPR) 検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサが注目を集めている。SPR免疫センサは、センサチップ表面に標的物質又はそれに対する抗体のいずれか一方を固定し、他方を含む溶液を供給して接触させ、結合による質量変化に基づいて発せられる共鳴角の変動をとらえることにより標的物質を検出する。SPR免疫センサに拠れば、センサチップ上で生じた結合反応を即時に検出することが可能であり、かつ抗体をラベルする必要もない。
【0006】
これまで、SPR免疫センサにより、ベンゾ(a)ピレン、ビスフェノールA、2,4-ジクロロフェノール、トリニトロトルエン(TNT)等の高感度測定が検討され(非特許文献1〜4、特許文献1)、また、本発明者らにより飲料に用いられるフレーバー成分の高感度測定への応用も検討されてきた(非特許文献5〜7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-058176号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Sakai, A. Torimaru, K. Shinahara, N. Miura, T. Imato, K. Toko and K. Matsumoto; Preparation of a Polyclonal Antibody and a Bioassay for Nitroaromatic Compounds by an Enzyme-linked Immunosorbent Assay Technique and a Surface Plasmon Resonance Biosensor; Sensors and Materials, 15, 439 (2003)
【非特許文献2】R. Shankaran, K. Matsumoto, K. Toko and N. Miura; Development and comparison of two immunoassays for the detection of 2,4,6-trinitrotoluene (TNT) based on surface plasmon resonance; Sensors and Actuators B, 114, 71 (2006)
【非特許文献3】R. Shankaran, K. V. Gobi, T. Sakai, K. Matsumoto, K. Toko and N. Miura; Surface Plasmon Resonance Immunosensor for Highly Sensitive Detection of 2,4,6-trinitrotoluene; Biosensors and Bioelectronics, 20, 1750 (2005)
【非特許文献4】R. Shankaran, K. V. Gobi, K. Matsumoto, T. Imato, K. Toko and N. Miura; Highly Sensitive Surface Plasmon Resonance Immunosensor for Parts-per-trillion Level Detection of 2, 4, 6-trinitrophenol; Sensors and Actuators, B 100, 450 (2004)
【非特許文献5】K. V. Gobi, K. Matsumoto, K. Toko, H. Ikezaki, N. Miura; Enhanced Sensitivity of Self-assembled Monolayer based Surface Plasmon Resonance (SPR) Immunosensor for Detection of Benzaldehyde using Single-step Multi-sandwich Immunoassay; Anal. & Bioanal. Chem., 387, 2727-2735 (2007)
【非特許文献6】K. V. Gobi, K. Matsumoto, K. Toko, N. Miura; Highly Regenerable and Storageable All-chamical Based PEG-immunosensor Chip for SPR Detection of ppt Levels of Fragrant Compounds from Beverage Samples; Sens. & Instrumen. Food Qual, 2(4),225-233 (2008)
【非特許文献7】大橋 信太郎, 石川 洋哉, 都甲 潔, 三浦 則雄, 松本 清; 着香センサ用抗アントラニル酸メチル抗体の作製と評価、第45回化学関連支部合同九州大会要旨(2008)
【発明の概要】
【0009】
本発明は、飲料製造ラインの洗浄水中の異臭物質の検出のためのシステムを提供することを目的とする。
【0010】
飲料製造ラインの洗浄水中の異臭物質の検出のためには、飲料のフレーバー成分はppbオーダーの濃度で存在する場合であっても人間には匂いとして知覚されて問題となり得るため、そのような極低濃度においても検出可能な高感度の測定システムの構築が必要である。また、飲料製造ラインの過度の洗浄を避けるという観点からは、洗浄の終点を適格に判断すべく迅速な測定が必要となる。したがって、この目的の異臭物質の検出のためには、高感度でありかつ迅速検出が可能なSPR免疫センサの応用が期待される。
【0011】
しかしながら、本発明者らの検討によると、飲料製造ライン中のフレーバー成分のSPR免疫センサによる検出には、次のような困難があった:
すなわち、一般に、免疫測定法を用いる場合、抗体の抗原に対する特異性が高いために、抗原として認識される物質とは化学構造が全く異なる物質が検出の障害となることはない。この点は、SPRと組み合わせて用いられる場合においても同じである。ところが予想に反し、飲料製造ラインの洗浄水においては、フレーバー成分のほか、飲料に由来する苦味・渋味成分も含まれており、これらの成分がフレーバー成分とは化学構造が全く異なるにもかかわらず、驚くべきことに免疫測定法において障害となることが分かった。
【0012】
また、通常苦味・渋味成分は、飲料製造ラインの洗浄水に含まれる程度の低い濃度(ppmオーダー)では人間に味覚として感じられることはない。そのため、苦味・渋味成分はこれまで飲料製造ラインにおいて一切問題とはならなかった。一方で、フレーバー成分は、先述の通り、苦味・渋味成分よりも極めて低い濃度(ppbオーダー)で存在する場合であっても異臭として知覚される。このようなppmオーダーで存在する物質と、ppbオーダーで存在する物質との双方に配慮したような検出システムは、現在のところ存在しない。
【0013】
本発明者らは、飲料製造管理用の、SPR免疫センサの開発を目的とし、フレーバー成分特異的な抗体の作製、及び間接競合法に基づいたELISA法、実際にSPR免疫センサによるフレーバー成分の測定評価を試みてきた。また、標的物質の適切な前処理について検討した結果、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、以下のものを提供する:
1) 表面プラズモン共鳴 (Surface Plasmon Resonance : SPR)検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサを用いる、検体中の標的物質の解析システムにおいて:
検体が飲料製造ラインの洗浄水であって検出障害性物質を含み、標的物質が飲料由来のフレーバー成分であり;
検体を前処理して検出障害性物質を除去する前処理部、
検出障害性物質を除去した検体を、標的物質又は標的物質に対する抗体が固定化されたセンサ表面に供給する供給部、及び
センサ表面上での標的物質と抗体と反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定する測定部
を有し;
測定した変化量に基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を解析する、システム。
2) SPR検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサを用いる、検体中の標的物質の解析方法において:
検体が飲料製造ラインの洗浄水であって検出障害性物質を含み、標的物質が飲料由来のフレーバー成分であり;
検体を前処理して検出障害性物質を除去し、
検出障害性物質を除去した検体を、標的物質又は標的物質に対する抗体が固定化されたセンサ表面に供給し、そして
センサ表面上での標的物質と抗体と反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定する
工程を含み、
測定した変化量に基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を解析する、方法。
3) 検出障害性物質が、飲料由来の苦味又は渋味成分から選択される一以上である、2)に記載の方法。
4) 前処理が、
(a)検出障害性物質を捕捉する工程;及び/又は
(b)標的物質を気化させて捕集する工程
である、2)又は3)に記載の方法。
5) センサ表面が、標的物質−キャリアタンパク質複合体が予め固定化された金属薄膜である、2)〜4)のいずれか1)に記載の方法。
6) 複合体の金属薄膜表面への固定化が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成させることにより配向された官能基に、共有結合することによって固定化されている、5)記載の方法。
7) 2)に記載の方法を実施するための、SPR測定装置であって:
標的物質−キャリアタンパク質複合体が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成することにより配向された官能基に、共有結合することによって固定化されたセンサ部を有する、装置。
8) 請求項2に記載の方法を実施するためのSPR測定装置に用いる、センサチップであって:
標的物質−キャリアタンパク質複合体が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成させることにより配向された官能基に、共有結合によって固定化されている、センサチップ。
9) 飲料1の製造方法であって:
(1)フレーバー成分Xを含む飲料2を製造した飲料製造ラインの洗浄中に、洗浄水をサンプリングし;
(2)サンプリングした洗浄水を検体として、2)に記載の方法によりフレーバー成分Xの解析を実施し;
(3)解析結果に基づき、洗浄を終了し;そして
(4)洗浄が終了した飲料製造ラインを用いて、フレーバー成分Xを含まない飲料1を製造する
工程を含む、製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明においては、表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance: SPR)法を利用する。このための装置は、通常、光を照射する光源、プリズム、光学系検出器、測定対象物の流路を備え、金属薄膜を有するセンサチップを装着して用いる。この方法においては、金属薄膜とプリズムとの界面で光が全反射するとき、エバネッセント波の波数と表面プラズモンの波数が一致すると、入射光のエネルギーが表面プラズモンの励起に使われ共鳴し、反射光の強度が減少する。そのような減光が見られる角度は、金属薄膜の外側に接している溶液などの媒質の屈折率に依存している。そこで、反射光の強度が低下するような入射角を測定すれば、溶液の屈折率が分かり、その変化量はセンサに接する溶液中の物質量の変動を反映することになる。
【0016】
本発明においては、免疫測定法を用いる。免疫測定法とは、抗原−抗体反応を利用し、微量の抗原物質を検出する方法をいう。
【0017】
本発明において、「解析」というときは、検体中の標的物質の有無(存在)確認及び/又は標的物質の濃度を特定することをいう。本発明のシステム又は方法においては、測定されたSPR発生条件の変化量は、必要に応じ、予め求めておいた基準データと比較することにより、あるいは予め求めておいた濃度への換算式へ算入するか又は検量線と照合することにより処理されて、標的物質の有無又は濃度として特定される。
【0018】
本発明における標的物質は、飲料に由来するフレーバー成分である。本発明で「フレーバー成分」というときは、特別な場合を除き、飲料を含む食品のフレーバーを形成する成分を指す。フレーバーには、ピーチフレーバー、グレープフレーバー、アップルフレーバー、ブルーベリーフレーバー、カシスフレーバー、グレープフルーツフレーバー、いちごフレーバー、さくらんぼフレーバー、ライチフレーバー、マンゴーフレーバー、甘夏フレーバー、シークヮサーフレーバー、ラ・フランスフレーバー、和梨フレーバー、巨峰フレーバー、パインフレーバー、甘栗フレーバー、バニラフレーバー、キャラメルフレーバー、シャンパンフレーバー、ラムレーズンフレーバー、メープルシロップフレーバー、アーモンドフレーバー、アールグレイフレーバーが含まれる。ピーチフレーバー、グレープフレーバー、アップルフレーバーは、本発明に適用するのに特に好ましい例である。
【0019】
フレーバー成分は、通常、分子量5,000以下の比較的低分子の物質であり、分子量2,500以下であってもよく、1,000以下であってもよい。「フレーバー成分」には、ベンズアルデヒド、フルフラール、γ−ウンデカラクトン、アントラニル酸メチル、クロトン酸エチル、酢酸ヘキシル、及びヘキシルアルコールが含まれる。ベンズアルデヒド、フルフラール及びアントラニル酸メチルは、本発明を適用するのに特に好ましい成分の例である
本発明においては、フレーバー成分を含む検体は検出障害性物質を含んでいる。そのため、本発明は、SPR免疫センサに供する前に、検体から検出障害性物質を除去する前処理工程を含む。
【0020】
本発明において、検出障害性物質とは、SPR免疫センサによるフレーバー成分の検出を阻害する物質をいい、例えばタンパク質に吸着される性質を有する疎水性部分を有する物質である。典型的な例は、飲料に由来する、苦味若しくは渋味成分、又は色素成分であるポリフェノール類である。検出阻害性物質の具体例は、茶に含まれるタンニン(カテキン)類、より具体的には、カテキン、ガロカテキン、カテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート及びエピガロカテキンガレート;ぶどうに含まれるアントシアニンである。
【0021】
検出障害性物質を除去するための前処理は、標的となる極微量のフレーバー成分濃度に影響を与えることがあってはならないという制約がある。除去は(a)検出障害性物質を捕捉するか、及び/又は(b)検出障害性物質は気化させず、標的物質のみを気化させて捕集することにより、達成しうる。
【0022】
検出障害性物質の捕捉による前処理に関しては、タンニンを吸着除去する方法としては、ポリビニルピロリドン(PVPP)処理、タンナーゼによる処理(遊離の、又は固定化された)、タンパク質の1種又は2種以上の組み合わせを固定化したカラムによる吸着除去が考えられる。標的物質濃度に対する影響が少ないという観点からは、OVA又はリゾチーム、好ましくはOVA及びリゾチームを固定化したカラムによる吸着除去がよい。例えば、反応基を有するゲル濾過用担体(例えば、ホルミルセルロファイン)に、OVA及び/又はリゾチーム等のタンパク質を担持させたもの充填したカラムを用いることができる。このためのより詳細な条件は、本明細書の実施例を参照することができる。
【0023】
検出障害性物質の気化捕集による前処理は、より詳細には、標的物質検出の障害となる物質は気化しないが、標的物質のみを強制的に気化させ、気化した標的物質を適切な溶媒に溶解して検出に供するためのものである。気化手段としては、加熱器(例えば、電熱器、バーナー等)によって検査対象サンプル液を加熱処理すること、無臭の気体(例えば、窒素、空気等)によって検査対象サンプル液をエアレーション(バブリングともいう。)すること、若しくは検査対象サンプル液を収容している容器を減圧処理すること、又はこれらの任意の組合せによって実施することができる。捕集は、気化された標的物質を冷却すること、気化された標的物質により適切な溶媒をエアレーションすること、若しくは気化された標的物質を加圧すること、又はこれらの組合せによって実施することができる。特開2004-93145(匂い検査法及び匂い検査装置)等の手法を応用することができる。
【0024】
本発明においては、センサチップ表面には、標的物質又は標的物質に対する抗体のいずれか一方が固定される。
【0025】
標的物質に対する抗体は、一般に分子量が5,000以下の低分子物質は単独では免疫原性を示さないため、標的物質とキャリアタンパク質との複合体を調製し、これを動物(例えば、マウス、ウサギ、ラット)に免疫することにより獲得することができる。キャリアタンパク質としては、BSA(ウシ血清アルブミン)、OVA(卵白アルブミン)、KLH(Keyhole limpet (スカシ貝)ヘモシアニン)、CCH(Concholehaps concholehaps ヘモシアニン)を用いることができる。本発明には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、いずれをも用いることができる。ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の調製は、当業者であれば適宜行うことができる。詳細な条件は、本明細書の実施例を参照することができる。
【0026】
本発明においては、標的物質−キャリアタンパク質複合体が表面プラズモン共鳴測定のためのセンサ表面に固定化され、標的物質を含む検体と標的物質に対する抗体とを測定部に供与し、固定化された標的物質と抗体との反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定すること(間接競合法)が好ましい。標的物質は分子量が小さいため、センサ表面へ結合しても大きなSPR応答が期待できないからである。
【0027】
ここでのキャリアタンパク質としては、上述のBSA、OVA、KLH、CCHを用いることができるが、免疫原として使用したものとは別のものを用いることにより、良好な結果が得られることがある。
【0028】
センサ金属薄膜表面への複合体の固定は、自己組織化膜(Self-Assembled Monolayer: SAM)を用いる方法が適している。SAMとは、有機分子が自発的に集合して形成される有機薄膜をいう。適当な基板材料と反応性有機分子の組み合わせを選択し、有機分子の溶液又は蒸気中にその基板を置くと、有機分子が基板表面に吸着されるが、ある条件の下では、有機分子同士の相互作用によって吸着分子が密に集合し、分子の配向性のそろった有機単分子膜が基板表面上に形成される。SAMが形成されると、吸着した官能基とは反対側の官能基によって、基板表面が覆われ、この末端官能基を利用することにより、表面の物理・化学的性質を設計・制御することが可能となる。例えば、カルボキシル基、アミノ基、エポキシ基、ビニル基等の反応性のある官能基で表面を被覆し、共有結合により種々の物質を固定することができる。カルボキシル基を配向させたものは、アミド結合により標的物質−キャリアタンパク質複合体を固定するのに特に適している。このような方法は、抗体を直接固定化する方法よりも、安定性の点で優れている。
【0029】
本発明者らの検討によると、ベンズアルデヒドを対象とした場合、マウスで調製したポリクローナル抗体(BZ pAb)と、Au薄膜上にSAM法で形成したアルカンチオール誘導体に、さらにベンズアルデヒドとOVAとの複合体をアミド結合によって固定化した(SAM-BZ-OVA、アミンカップリング)センサチップとを用いて、測定下限50pptの高感度測定が達成されており;またウサギで調製したポリクローナル抗体(BZ pAb)と、SAM法によりベンズアルデヒドとOVAとの複合体を固定化した(SAM-BZ-OVA、アミンカップリング)センサチップとを用いて、測定下限100pptの高感度測定が達成されており;さらにモノクローナル抗体(BZ mAb)と、SAM法で配向させた官能基に、ベンズアルデヒドとOVAとの複合体を固定化した上で、SPRでの増幅の際、アビジン(Av)とビオチン(Bio)を用いてシグナル増強を行う(具体的には、抗体(1次抗体:標的化合物に対する抗体)と標的化合物の混合物を流し、競合阻害を起こさせ、遊離の抗体がセンサ表面の固相化抗原に結合した後、ビオチン化抗体(ビオチン化抗IgG抗体:2次抗体)とストレプトアビジン(Av)及びビオチン化BSAの三者混合物を流す。三者の複合体が形成され、ビオチン化抗体を介してセンサ表面に結合している1次抗体に結合すると、質量が大幅に増大されシグナルが増強される。)センサチップとを用いて(SAM-BZ-OVA、Av/Bio増幅)、測定下限10pptの高感度測定が達成されている。また、フルフラールを対象とした場合、ラットで調製したポリクローナル抗体(FF pAb)と、フルフラールとBSAとの複合体を物理吸着によって固定化した(FF-BSA、物理吸着)センサチップとを用いて、測定下限100pptの高感度測定が達成されている。このようなセンサチップにより、5分以内の測定が可能であり、また一つのセンサチップが、再生工程(標的物質と抗体を強制的に乖離させ、センサ表面を標的物質測定可能な初期の状態に再生する工程)を施すことにより約30回まで繰り返し使用することができる。
【0030】
また標的物質の固定化は、ポリエチレングリコール(PEG)単分子層を用いて、より直接的にも行いうる。アミン末端を有するチオール誘導体(PEG-NH2)と鎖長のより短いPEG-OHの混合物をSAM法によって単層化し、標的物質(例えば、ベンズアルデヒド)を固定化したセンサは、表面の再生工程に対して高い耐久性が期待される。
【0031】
本発明においては、標的物質に対する抗体に対する抗体をさらに用いることにより、センサ表面での質量変化を増大せしめて、標的物質の濃度依存的なシグナルの増幅による感度の向上が可能である。
【0032】
本発明で「システム」というときは、複数の機能(装置)が、各構成の機能(装置)が同一筐体中に存在するか否かに拘わらず、論理的に集合した有体物をいう。本発明のシステムは、少なくとも検体を前処理して検出障害性物質を除去する前処理装置と、検出障害性物質を除去した検体をSPR装置に供給する供給装置と、SPR検出装置とを含み、またSPR装置から得られたデータに基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を演算し、必要に応じ演算結果に基づいて飲料製造ラインにおける洗浄を制御する、演算・制御部を含んでもよい。
【0033】
本発明のシステムは、さらに、食品製造ラインにおける洗浄水のサンプリング装置を含んでもよい。サンプリング装置は、検体と抗体とをそれぞれ供給するための2つのシリンジポンプと2つのバルブとを装備してもよく、それにより両者を混合注入することができ、自動で上述の間接競合測定が可能となる。
【実施例1】
【0034】
抗Benzaldehydeポリクローナル抗体の作製
以下に清涼飲料の香料として汎用されており、本発明者らが標的としたにおい成分を示す。まず、分子の抗原性の観点から、分子内にベンゼン環を有する芳香族アルデヒドであるBenzaldehyde(BZ)を標的におい成分とした。
【0035】
【化1】

【0036】
免疫原として、以下の方法によりBZ-BSA、BZ-KLHを調製した。
【0037】
4-Carboxybenzaldehyde を出発物質とし、N-hydroxysuccinimide(NHS)及びcarbodimide試薬(EDC)により活性化した後、bovine serum albumin(BSA)及びkeyhol limpet hemocyanin(KLH)と反応させ、複合体BZ-BSA、BZ-KLHを得た。BZ-BSAを用いて、BALB/cマウス(5weeks ♀)及び日本白色種ウサギ(13weeks)に対して免疫を行った。
【0038】
[マウス抗体] 調製した複合体BZ-BSAをマウスに対して免疫し、得られたポリクローナル抗体を用いて間接競合ELISA法によりBZに対する親和性の評価を行った。
【0039】
【化2】

【0040】
これより、本抗体では50ppb以上の濃度でBZの検出が可能であることが示された。
【0041】
[ウサギ抗体] 調製した複合体BZ-BSAをウサギに対して免疫し、得られたポリクローナル抗体を用いて間接競合ELISA法によりBZに対する親和性の評価を行った。
【0042】
【化3】

【0043】
これより、本抗体では1 ppb以上の濃度でBZの検出が可能であることが示された。
【実施例2】
【0044】
セルロファイン-OVA-Lysozymeカラム処理
本発明者らの検討によると、紅茶中に含まれるタンニンはタンパク質と結合するため、未処理サンプルを測定に用いるのは容易ではないと考えられた。そこで、実サンプルの測定に先駆けて、サンプル中のタンニンを除去するため、セルロファイン-OVA-Lysozymeカラムを作製した。
【0045】
Formylcellulofineを洗浄後、ovalbumin(OVA)とLysozymeをFormylcellulofineに加え、超音波処理にて混合した後、室温で1.5時間撹拌した。撹拌後、還元処理し、エタノールアミン塩酸塩溶液によりブロッキングを行った。反応後、還元処理・洗浄し、セルロファイン-OVA-Lysozymeカラムを作製した。
【0046】
セルロファイン-OVA-Lysozymeカラムを用いてまず始めに紅茶サンプル中のタンニンの除去操作を行った。BZを添加したPBS溶液、紅茶溶液(紅茶は市販品を用い、煮出した後に室温に戻し、PBSで5倍に希釈したものを用いた)をそれぞれ5mLセルロファイン-OVA-Lysozymeカラムに供し、最後の1mLを捕集した。さらにこれらの溶液を5倍希釈してBZ濃度を2×10-5g/mLに調製し、それぞれをサンプル溶液とした。続いて、間接競合ELISA法によりBZの測定を行った。なお、測定対象物には上記の2種類のカラム処理サンプル、及び上記と同じ濃度に調製したカラム未処理のPBS、紅茶サンプルの2種類を用いた。
【0047】
ウサギ由来抗BZポリクローナル抗体を用いて間接競合ELISA法によりBZを添加したカラム未処理(A)、処理(B)のPBSサンプル、及びカラム未処理(C)、処理(D)の紅茶サンプルのBZに対する親和性の評価を行った。なお、親和性の評価は、10-5g/mLの濃度のBZを用いて阻害挙動を検討し、その結果をGC分析の結果とともに示す。
【0048】
【化4】

【0049】
これよりBZ未添加のPBS溶液より得られた吸光度(B0)を100%として上記の(A)、(B)、(C)、(D)の吸光度から結合率(% bound)を算出したところ、カラム未処理の紅茶サンプルを除いて他のサンプルは同様の阻害挙動を示しており、カラム処理の前後でBZの濃度がほぼ変化しないことが示された。以上から、タンニンを除去することにより、が低濃度のBZの検出が可能になることが明らかとなった。
【実施例3】
【0050】
抗Benzaldehydeモノクローナル抗体の作製
BZに対して高い反応性を有するモノクローナル抗体産生株の樹立を行った。
【0051】
BZ-KLH複合体を免疫原とし、ラットリンパ節法を用いてモノクローナル抗体を作製した。ラットリンパ節細胞とミエローマ細胞(SP2/0)を融合させ、HAT選択、スクリーニング、クローニングを繰り返し、抗BZモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ株を樹立した。
【0052】
獲得したモノクローナル抗体のBZに対する結合性を、間接競合ELISA法により測定した。
【0053】
【化5】

【0054】
この結果、30ppb程度のBZの検出が可能と考えられた。
【実施例4】
【0055】
Benzaldehydeの高感度測定に対するSPR免疫センサの適用
SPR免疫センサによるBZの測定は、間接競合阻害法により行った。測定に用いるセンサチップをMilli-Q : 28% アンモニア水 : 30% 過酸化水素水 = 5 : 1 : 1の混合溶液洗浄し、16-Mercaptohexadecanoic acidを用いてカルボキシル基を導入した。SAMセンサチップを装填し、NHSとEDCで活性化した後、BZ-OVAを注入しセンサ表面に固相化抗原を導入した。表面のブロッキングを行った後、得られたBZ-OVA固定化センサに対して、所定濃度の抗BZポリクローナル抗体と、各濃度のBzの等量混合溶液をインジェクションし、抗体の結合に起因するΔθを測定した。さらに、抗ウサギIgG抗体をインジェクションしBZ濃度依存的な信号の増幅を行った。測定後は、0.1Mグリシン-塩酸緩衝液(pH2.4)をインジェクションすることにより、センサ表面の再生を行った。
【0056】
抗ウサギIgG抗体によるシグナルの増幅を行ったセンサグラムを下に示す。
【0057】
【化6】

【0058】
さらにシグナルから算出した各濃度のBenzaldehydeを添加した際に得られたΔθをBenzaldehydeを添加していない場合に得られたΔθ0に対する%で示した結果を示す。
【0059】
【化7】

【0060】
その結果、Benzaldehyde濃度依存的なシグナルの減少が確認され、通常のシグナル増幅を行わない場合と比較して大幅な感度の向上が示された。この結果から実用上の感度としては0.1 ppb程度と考えられた。
【実施例5】
【0061】
抗Furfuralポリクローナル抗体の作製
Furfural(FF)の迅速、特異的かつ高感度な測定を目的として、FFとキャリアタンパク質との複合体を調製し、また、これを動物に免疫することにより、FFに対する抗体の獲得を行った。免疫原として、FF-BSAを調製した。
【0062】
5-formyl-2-furancarboxylic acidを出発物質とし、NHSとEDCで活性化した後、BSAと反応させた。反応後、透析・遠心処理し、凍結乾燥することにより複合体FF-BSAを得た。同様にして、FF-KLH及びFF-C8-BSAを調製した。調製したFF-BSA、FF-KLH、FF-C8-BSAを用いて、WKYラット(9weeks ♀)に対して免疫を行った。得られたポリクローナル抗体を用いて間接競合ELISA法によりFFに対する親和性の評価を行った。
【0063】
【化8】

【0064】
これより、FF-BSA由来の抗体では10ppm、 FF-KLH由来の抗体では10ppb、FF-C8-BSA由来の抗体では1ppb以上の濃度でFFの検出が可能であることが示された。
【実施例6】
【0065】
抗Furfuralモノクローナル抗体の作製
FFに対して高い反応性を有するモノクローナル抗体産生株の樹立を行った。
【0066】
FF-KLH複合体を免疫原とし、ラットリンパ節法を用いてモノクローナル抗体を作製した。ラットリンパ節細胞とミエローマ細胞(SP2/0)を融合させ、HAT選択、スクリーニング、クローニングを繰り返し、抗FFモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ株を樹立した。
【0067】
獲得したモノクローナル抗体のFFに対する結合性を、間接競合ELISA法により測定した結果を下に示す。
【0068】
【化9】

【0069】
この結果より、本モノクローナル抗体では100ppb以上の濃度でFFの検出が可能であることが示された。
【実施例7】
【0070】
抗Methyl anthranilateポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体の作製
Methyl anthranilate(MA)の迅速、特異的かつ高感度な測定を目的として、MAアナログとキャリアタンパク質との複合体を調製し、また、これを動物に免疫することにより、MAに対する抗体の獲得を行った。免疫原として、1-methyl-2-aminotelephthalate (MAT)をConcholehaps concholehapsHemocyanin (CCH)に結合させたMAT-CCH複合体を調製した。MATを出発物質とし、NHSとEDCで活性化した後、CCHと反応させた。反応後、透析・遠心処理し、凍結乾燥することにより複合体MAT-CCHを得た。調製したMAT-CCHを用いて、WKYラット(9weeks ♀)に対して免疫を行った。3週間後、十分な抗体価の上昇を確認したのち、ラットをと殺し、リンパ節を摘出すると同時に、全血採取した。全血からポリクローナル抗体を獲得した。一方、ラットリンパ節細胞とミエローマ細胞(SP2/0)を融合させ、HAT選択、スクリーニング、クローニングを繰り返し、抗MAモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ株を樹立した。
【0071】
獲得したポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体のMAに対する結合性を、間接競合ELISA法により測定した結果を下に示す。
【0072】
【化10】

【0073】
この結果より、ポリクローナル抗体では2ppm、モノクローナル抗体では200ppb以上のMAの検出が可能であることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面プラズモン共鳴 (Surface Plasmon Resonance : SPR)検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサを用いる、検体中の標的物質の解析システムにおいて:
検体が飲料製造ラインの洗浄水であって検出障害性物質を含み、標的物質が飲料由来のフレーバー成分であり;
検体を前処理して検出障害性物質を除去する前処理部、
検出障害性物質を除去した検体を、標的物質又は標的物質に対する抗体が固定されたセンサ表面に供給する供給部、及び
センサ表面上での標的物質と抗体との反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定する測定部
を有し;
測定した変化量に基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を解析する、システム。
【請求項2】
SPR検出技術と免疫測定法とを組み合わせたSPR免疫センサを用いる、検体中の標的物質の解析方法において:
検体が飲料製造ラインの洗浄水であって検出障害性物質を含み、標的物質が飲料由来のフレーバー成分であり;
検体を前処理して検出障害性物質を除去し、
検出障害性物質を除去した検体を、標的物質又は標的物質に対する抗体が固定されたセンサ表面に供給し、そして
センサ表面上での標的物質と抗体と反応に基づくSPR発生条件の変化量を測定する
工程を含み、
測定した変化量に基づいて検体中の標的物質の存在又はその濃度を解析する、方法。
【請求項3】
検出障害性物質が、飲料由来の苦味又は渋味成分から選択される一以上である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前処理が、
(a)検出障害性物質を捕捉する工程;及び/又は
(b)標的物質を気化させて捕集する工程
である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
センサ表面が、標的物質−キャリアタンパク質複合体が予め固定化された金属薄膜である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
複合体の金属薄膜表面への固定化が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成することにより配向された官能基に、複合体を共有結合によって固定化することによる、請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項2に記載の方法を実施するための、SPR測定装置であって:
標的物質−キャリアタンパク質複合体が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成させることにより配向された官能基に、共有結合することによって固定化されたセンサ部を有する、装置。
【請求項8】
請求項2に記載の方法を実施するためのSPR測定装置に用いる、センサチップであって:
標的物質−キャリアタンパク質複合体が、金属薄膜表面に自己組織化膜を形成させることにより配向された官能基に、共有結合することによって固定化されている、センサチップ。

【公開番号】特開2010−190778(P2010−190778A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−36466(P2009−36466)
【出願日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【出願人】(800000035)株式会社産学連携機構九州 (34)
【Fターム(参考)】