説明

香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法

【課題】本発明は、香りの発生源からの遠近感を付与することにより、臨場感のある香り発生方法を提供することを目的とする。
【解決手段】香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法は、流動する空気中に、香料を微小時間で短い時間間隔のパルスで射出すると共に、上記パルスで射出する香料の量を増減することにより、香りの発生源からの遠近感を付与する。
前記パルスで射出する香料の量の増減は、段階的な増加又は段階的な減少であり、前記香料の量の段階的な増加割合は2倍であり、段階的な減少割合は、二分の一の減少であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香りの発生方法に関し、とりわけ、香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りは、古来から日常生活の中で香料などの形で広く用いられている。また、近年は、花や薬草の香り成分(香料)を用いて、神経の鎮静やストレスの軽減を図り心身の健康を維持改善させるアロマテラピと呼ばれる療法が広く知られるようになってきた。
【0003】
これまで、香りの提示は、連続的に行われることが多く、人に対して、香りを連続的に発生させて感受させる場合、嗅覚細胞(神経)の活動が低下して香りを感じなくなる、嗅覚順応の問題が生じる。また、連続的に行われる香料の提示の場合、一旦、提示を中断しても、通常、直ちに香りが消滅することはなく、しばらくの間、空間に香料が残留する残り香の影響の問題が生じる。
【0004】
また、最近では、三次元音響や立体映像技術の発達と共に、臨場感を与える環境提供のニーズが高まっている中で、より一層の臨場感を提供する手段として、音響や映像の変化に対応する嗅覚情報の提示が注目されている。
【特許文献1】特開2008−061937号公報
【特許文献2】特開2005−089505号公報
【非特許文献1】大津香織・門脇亜美・佐藤淳太・坂内祐一・岡田謙一、「呼吸に同期させた香りのパルス射出提示手法」、情報処理学会研究報告、Vol.2008、No.7、pp.77-84、(2008.1.24)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
臨場感のある香りの提示として、香りを連続的あるいは断続的に提示するこれまでの方法では、上述した嗅覚順応の問題や残り香の問題があることから、時間に伴って変化する映像や音声の動きに併せて香りを提示することはできなかった。また、流動する空気流に、香料をパルス状で射出することにより、嗅覚順応の問題が解決しうることは、特許文献1あるいは非特許文献1により知られている。しかしながら、この方法によっても、視聴者に単に香りを感じさせるだけであり、「近づく」あるいは「遠ざかる」といった臨場感のある香りの提示は実現されていない。
【0006】
本発明はこのような課題を解決して、香りの発生源からの遠近感を付与することにより、臨場感のある香り発生方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法は、流動する空気中に、香料を微小時間で短い時間間隔のパルスで射出すると共に、前記パルスで射出する香料の量を増減することにより、香りの発生源からの遠近感を付与することを特徴とする。
【0008】
また、前記パルスで射出する香料の量の増減は、段階的な増加又は段階的な減少であることが好ましく、また、前記段階的な増加又は段階的な減少は、それぞれ3段階であることが好ましい。
【0009】
また、前記香料の量の段階的な増加割合は2倍であり、段階的な減少割合は、二分の一の減少であることが好ましい。
【0010】
また、前記短い時間間隔は、1.2〜1.4秒であり、前記微小時間は、0.1〜0.5秒であることが好ましい。
【0011】
また、前記香料は、異なる2種類であり、それぞれの香料のパルス射出時期が異なるものでもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、遠近感を与える香りを提供することができる。
【0013】
また、本発明によれば、香りの提示で、「遠ざかる」「近づく」という遠近感を提供することができる。
【0014】
また、本発明を立体映像技術や三次元音響技術と組み合わせることにより、より臨場感のある環境を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法について、図面を参照しながら、詳細に説明する。
【0016】
図1は、香料を微小時間でかつ短い時間間隔でパルス射出する方法を示す概要図である。図1において、10は香り発生デバイス(装置)、11は香り発生デバイスからユーザーに提供される香り、12は香料が微小時間、流動する空気中に射出される幅(パルス幅)を示し、13はパルス間隔、14は香料のパルス射出を示す。
【0017】
本発明においては、香料を空気中にパルス状に射出する場合、空気を流動させる必要がある。空気が静止している状態の中に香料をパルス状に射出すると、香料の空気中での拡散速度は遅く、また通常の使用状態では、層流状態で拡散することはなく、何らかの原因で空気が攪乱され乱流となるので、嗅覚器官に達するときは、香りを連続的に発生させて感受させる方法と実質同じ結果となってしまうためである。空気の流動速度に特に制約は無いが、香りは嗅覚器官で感じるから、通常、肌に心地よいと言われるそよ風(0.8m/秒)程度から2.0m/秒程度が好ましい。風速を大きくしすぎると、香りが攪乱され、空気中に混合されるために、パルス状に射出する効果は失われてしまう。
【0018】
空気としては自然状態の大気が用いられるが、本発明を用いる状況などによっては、例えば、酸素濃度を高めた空気でも良い。また、空気の湿度や温度を調整しても良い。
【0019】
パルス幅(射出時間)は、流動空気の流速及びパルス間隔とも関係するが、0.1〜0.5秒が好ましい。0.1秒未満だと、香料の射出量が少なく、香りを感じない場合もある。また、0.5秒を超えても香りの感受に与える影響は少ないので、香料が無駄になる可能性がある。
【0020】
パルス間隔(射出間隔)は、人間の呼吸に依存する。
【0021】
人間の呼吸において、香りを嗅覚で感じるのは、空気を吸い込む時(吸気時)である。吸気時に香りを嗅覚で感じさせるためには、吸気時に香りのパルスを発生させるようにする必要があるが、そのようなパルスの間隔を設定する方法として、二つの方法があげられる。
【0022】
一つは、図2に示すように、呼吸をセンシングするためのセンサ15を用いて息を吸う吸気のタイミングを検知し、吸気時に香りパルス14を発生させて香りを感受させる方法である。
【0023】
この方法では、呼吸をセンシングするための呼吸センサを用いて、吸気のタイミングを検知して香りを発生させるので、香料を効果的に用いることが可能となる。但し、呼吸センサ15やコンピュータ60等の吸気のタイミングを検知する手段が必要となるために、装置の大型化、複雑化を伴い、高価となる。
【0024】
もう一つの方法は、このような吸気のタイミングを検知する手段を用いずに、吸気のタイミングに香りのパルス射出を行う方法である。
【0025】
人間の呼吸は、健常者の安静時の平均呼吸サイクルは5秒である。呼吸における吸気と呼気の比率は1:1.5であるから、呼吸に占める吸気の平均時間は2秒となる。吸気において、香りを感じる区間は、吸気の開始から終わりの内の開始から三分の二の区間であるから、その時間は1.33秒となる。即ち、約1.3秒のサイクルで香りを射出すると、健常者の安静時における平均呼吸サイクルにおいて、香りを感受することができることになる。また、このパルス射出方法により、嗅覚順応の問題が解決されるかあるいは軽減されることが確認されている(非特許文献1)。
【0026】
なお、健常者の安静時における単位時間当たりの呼吸の回数にも、多少の個人差があるので、その場合、パルス間隔を、1.2〜1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
【0027】
更に、本方法は、健常者の安静時以外にも利用することができ、その場合は、例えば早い呼吸でも対応可能なように、0.6〜1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
【0028】
本発明を実施する装置としては、空気を流動させる手段と香料をパルス射出できるものであればどのようなタイプのデバイスでも実施可能である。
【0029】
空気を流動させる手段としては、構造が簡単で操作が容易な送風機(ファン)が好ましいが、吸引装置など他の手段で空気を流動させてもよい。静寂な環境での使用が求められる場合は、送風機から発生する音はできるだけ小さいものが好ましい。
【0030】
香料をパルス射出させる手段としては、インクジェットプリンタで用いられているオンデマンド方式のバブルジェット(登録商標)方式のヘッドが好ましい。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは図3に示すように、香料をヘッドユニット20a内の香料室21に導き、ヘッド壁面のヒータ22を加熱して(23はヒータ加熱動作を表す)ヘッド内の香料を沸騰させて気泡(バブル)24を発生させ、気泡の生成により生じるヘッド内の圧力の急上昇を利用して、香料を液滴25の状態で空気中に吐出(射出)するものである。吐出される香料の液滴は極めて微細なため、100%気化する。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは、吐出される香料の量を数ピコリットル単位で制御することができるので、吐出される香料の量を調整することにより、容易に香りの濃度を調節することができる。また、パルス間隔も0.1秒の単位で調整できるので、制御が容易となる。
【0031】
なお、香料を吐出させる手段としては、加熱手段に代えて、圧電素子を用いたインクジェットヘッドを用いても良い。
【0032】
また、インクジェット手段以外の香料を流動する空気中に噴霧する手段であって、本発明のパルス射出が可能であれば、どのような手段でも本発明を実施することができる。
【0033】
図4は、本発明を実施するのに好適な香りパルス射出用ヘッド20の一例を示す(なお、図4において、一番右側の液路は、液路を構成している仕切りが外されてヒータ22が露出している状態を示している)。28は香料タンクで香料は液路27を通る際にヒータ22に加熱されて、吐出口26から液滴25となって外部に射出される。吐出ヘッド20bの内部にある液路27は複数設けられており、また、各液路27にそれぞれヒータ22が設けられ、各液路毎にパルス射出のためのオンオフ制御をすることが可能となっている。各吐出口26は同じ大きさの口径を有している。ヒータ22の電気を供給するスイッチ(図示せず)がオンされると、香料は吐出口より吐出されるので、例えば、2つの液路のヒータを同時にオンすると、2つの吐出口から香料が吐出する。また、4つの液路のヒータを同時にオンすると、4つの吐出口から香料が吐出する。このように、各液路のヒータのうちいくつのヒータをオンするかにより、流動する空気中への香料の射出量を調整することができる。即ち、同時にオンにするヒータの数を調整することにより、1回のパルスで流動する空気中に射出する香料の量を増加あるいは減少させること可能となる。
【0034】
図5は、本発明を実施する装置50の一例を示し、20は香り射出用ヘッド、40は送風機(ファン)で、風速は0.8〜2.0m/秒の範囲で0.1m/秒の単位で調整可能であり、42は香り吐出口である。43は風洞で、送風機40から送風された流動空気中に、香りパルス射出用ヘッド20より香料がパルス射出されて微細な液滴となって(噴霧されて)混入され、香り吐出口42より吐出される。60は制御装置で、香り射出用ヘッドから射出される香料(香り)の射出パルス幅、パルス間隔及び送風機の回転数などを制御する。70は香り測定面で、本実施例においては、香り吐出口42と、香り測定面との距離Bは10cmとした。香り測定面とは、香りを感受する鼻(嗅覚器官)が位置する場所である。
【0035】
図6は、図5の射出ヘッド20及び風洞43を含むA―A断面を、図7は図6のB−B断面から見た射出ヘッド20の吐出口の配列を示している。図6、7に示す装置は、2種類の香料が、同時又は異なる射出時期に、風洞中に吐出可能な例である。なお、図7の矢印Cは、空気の流れを示す。
香料タンク28は、28aと28bの二つを備えている。
【0036】
また、吐出口は、2つのブロック201及び202に分かれている。各吐出ブロックは、それぞれ異なる香料に対応して吐出可能となっている。各吐出ブロックは、128個の吐出口を有している。例えば、吐出ブロック201は、吐出口201−1、201−2、・・・201−127、201−128の吐出口を備えている。同様に吐出ブロック202も、128個の吐出口を備えている。これら128個の吐出口を有する吐出ブロックにおいて、各吐出口に対応するヒータを同時にオンする数を調整することにより、各香料の種類につき、1から128までの段階で香料吐出量を調節することが可能となる。
【0037】
例えば、ある香料の吐出ヘッドのヒータを10個同時にオンとして吐出口から吐出させる場合と、同じ香料につき、吐出ヘッドのヒータを20個同時にオンさせる場合とでは、前者に対して後者は、2倍の吐出量となる。なお、ある香料が供給される液路のどのヒータもオンにしない場合は、その香料の吐出量は0“ゼロ”となる。
【0038】
勿論、香料タンクの数、大きさ、吐出ブロックの数、あるいは、各吐出ブロックが備える吐出口の数は、必要に応じて増減できることは、当業者ならば、自明のことである。
【0039】
例えば、複数の香料のうち、ある香料は大きなタンクに貯蔵し、対応する吐出ヘッドの吐出口の数も256個とし、他の香料は小さなタンクに貯蔵して、対応する吐出ヘッドの吐出口を128個あるいは64個とすることができる。
【0040】
また、3種類の香料を吐出する場合は、香料タンク及び吐出ブロックを3個以上設ければよく、更に多くの香料を吐出する場合は、吐出する香料の数と同じか、それ以上の個数の香料タンク及び吐出ブロックを設ければよい。
【0041】
勿論、図6、7に示す例において、一つの香料タンクと一つの吐出ブロックのみを用いて、1種類の香料のみを吐出させることも可能である。
【0042】
射出される香料の液滴の量及び射出間隔の制御装置60は、パーソナルコンピュータ(PC)、マイクロコンピュータなどの汎用のものが利用可能である。
【0043】
本発明に用いられる香料は、ラベンダー、レモン、メロン、ローズマリー、ジャスミン、コーヒー、バナナなどの天然香料、人工香料のいずれでも、バブルジェット(登録商標)方式等のヘッドでパルス射出できるものであれば、あらゆる種類の香料が使用可能である。
【0044】
また、一つの香料を単独で、あるいは複数の香料を混合しても使用可能である。更に、(天然)香料エキスそのものを用いても良いし、水やエタノールを加えた香料水として用いても良い。
【0045】
ところで、人の感覚強度は、物理的刺激の対数に比例することが知られている(川崎通昭、中島基貴、外池光雄:におい物質の特性と分析評価、フレグランスジャーナル社、2003年)。このことは嗅覚においても同様であると考えられるので、このことを確認するために、次の予備実験を行った。
【0046】
<予備実験>
被験者6名(21〜24才:男性4名、女性2名)を対象に、図5〜7に示す装置を用いて、まず、香りの種類を認知することができる認知閾値を求めた。パルス幅は、0.1秒とし、風速は、1.8m/秒とした。香料は、ラベンダーとレモンの2種類の天然香料エキスを用いた。なお、パルス射出する各香料は、天然香料エキスに水及びエタノールを加えた香料水とした。香料水中の天然香料エキスの割合は5容積%である。
【0047】
香料水のパルス射出は、図2に示す呼吸センサ15を用いてタイミングを合わせてパルス射出する方法を採用した。また、実験は、図4、7に示す吐出ヘッド20bにおいて、同時に吐出させるヒータのオンする数が多い状態(多い射出量)から、次第に少なくする状態(少ない射出量)にする、下降法を採用した。
【0048】
測定に際し、先入観が入るのを回避するために、レモンとラベンダーの吐出はランダムに行った。
【0049】
測定の結果、ラベンダーの平均認知閾値は24/128(即ち、図7に示す吐出口128のうちの24の吐出口から同時にラベンダーの香料水が射出される量で、17028ピコリットル;天然香料エキスとしては、851ピコリットルに相当)であった。即ち、ラベンダーの香りは、24の吐出口から香料水を同時に射出する場合は、ラベンダーの香りを認知することができるが、23の吐出口からの同時射出では、認知することができないので、認知閾値は24となる。
【0050】
同様に、レモンは19/128(即ち、図7に示す吐出口128のうちの19の吐出口から同時にレモンの香料水が射出された量で、10545ピコリットル、天然レモンエキス量として、527ピコリットルに相当)であった。
【0051】
この実験で得られた平均認知閾値を射出レベル1として、図8に示すように、それぞれ、射出量が2倍となる射出レベル2の、射出量が射出レベル1の4倍となる射出レベル3のラベンダー及びレモンの香料水の量(香料を同時に射出させる吐出口の数)を、それぞれ、設定した。
【0052】
次に、2種類の香料について、図8に示す量で1つの吸気中に分けて射出し、2つの香料を感じる強度を測定した。測定は、射出レベルをランダムに選んで、それぞれ1吸気で感じる感覚強度を測定した。
【0053】
その結果、図8に示す各射出レベルにおいて、異なる2つの種類の香料は同じ感覚強度であるとの結果が得られた。すなわち、例えば、射出2のレベルでは、ラベンダー香料が127の吐出口のうち、48の吐出口から同時に射出される量で被験者が感じる感覚強度と、レモン香料が127の吐出口のうち、38の吐出口から同時に射出される量により被験者が感じる感覚強度とは同じであることが確認された。
【0054】
この結果は、人の嗅覚強度も、物理的刺激の対数に比例することを示し、嗅覚においても、香料の量を2倍系列(増加の場合は、1、2、4、8、・・・;減少の場合は、1、1/2、1/4、1/8、・・・)で射出すると、射出量が異なっても、2種類の香料の感覚強度はほぼ同じであることが、本予備実験により確認できた。
【実施例1】
【0055】
被験者20人(21〜24才:男性18名、女性2名)を対象に、図5〜7に示す装置50を用いて、射出レベルと遠近感との関係について実験を行った。パルス幅は0.1秒に、また、風速は1.8m/秒に設定した。
【0056】
実験は、予備実験と同じラベンダーとレモンのそれぞれの香料水を用いて、図8に示す3つのレベルの射出量で、ラベンダーとレモンの全ての射出レベルの組み合わせの香りを被験者に嗅いでもらった。そして、その香りの感じ方として、「遠い」「近い」のどちらを感じるか選択してもらった。香り提示は、図2に示す呼吸センサを用いて、図9に示すように、一呼吸に異なる香りのパルス射出14、14を、それぞれ1度ずつ、計2度行い、その感じ方を調べた。
【0057】
結果を図10及び図11に示す。
【0058】
実験の結果、香りの射出順序、射出レベルによらず、射出レベル1ではラベンダー、レモン共に、被験者全員が「遠い」を選択したことから、遠いという感覚が得られることが分かった。同様に,射出レベル3では2つの香料とも、「近い」と感じていたことが分かった。
【0059】
一方,射出レベル2に対しては、被験者の回答は「近い」と「遠い」の双方が含まれ、遠近に対する絶対的な感覚がないことを示している。
【0060】
以上より、香りを遠くに(香りの発生源から遠いと)感じさせるためには射出レベル1を、また、近くに(香りの発生源から近いと)感じさせるためには射出レベル3を使用すれば良いこと分かった。また、射出レベル2に関しては,「遠い」「近い」という概念の中間的な役割を果していることが確認された。
【0061】
なお、この結果は、図10及び11から分かるように、ラベンダーとレモンの射出順序を変えても、同じ結果が得られており、香料の種類に依存しない。
【0062】
この結果から、香料の射出量を段階的に増減させることにより、遠近を感知しうることが分かった。
【実施例2】
【0063】
次に「遠ざかる」「近づく」という動きのある動的な遠近感を演出する射出方法を次のようにして検討した。
【0064】
被験者22名(21〜27才:男性20名、女性2名)を対象に、図5〜7に示す装置50を用いて、射出レベルと遠近感との関係について実験を行った。パルス幅は0.1秒に、また、風速は1.8m/秒に設定した。
【0065】
実験は、予備実験と同じラベンダーとレモンのそれぞれの香料水を用いて、図8に示す3つの射出レベルの射出量で、被験者に香りを嗅いでもらった。図2の呼吸センサ15を用いて息の吸い始めを検出し、6呼吸の間毎吸気に1度パルス射出を提示した。このとき、図8に示す射出レベルのうち、射出レベル2の射出回数を0回、1回及び2回に変化させ、1つの香料につき、「遠ざかる」「近づく」の遠近感に対してそれぞれ3パターンずつ、合計6つの射出方法で行った。この射出方法を図12に示す。図中、14は、香りのパルス射出を示す。
【0066】
なお、射出レベル1と射出レベル3の射出回数は、全体の6回から、射出レベル2の回数を引いたものをなるべく均等になるよう割り振った。被験者には、各香料においてこのような6パターンの射出方法の香りを嗅いでもらい、その香りの感じ方に最適なものを図13に示す7つの評価項目の中から選択してもらった。
【0067】
ここで、動的な遠近感とは、受け手に「香りが急に遠ざかっていく」あるいは「香りが急に近づいてくる」と感じさせるのではなく、「香りがだんだん遠ざかっていく」もしくは「香りがだんだん近づいてくる」とスムーズな感覚を得てもらうことであると考えられるので、上記の評価項目の内、(ii)と(iv)の回答数が最も多い射出方法を、「遠ざかる」「近づく」という遠近演出を行うものであるとした。
【0068】
射出レベル2の射出回数の違いによる感じ方を比較するため、「遠ざかる」の3つの射出方法に対する回答の内、(ii)のみに注目し,(ii)を選択した人数を比べた結果を図14に示す。同様に、図15は、「近づく」の3つの射出方法に対する回答の内、(iv)を選んだ人の数を比べたものである。
【0069】
図14及び図15を見ると、香りの種類にかかわらず、射出レベル2の射出回数が0回のとき半数以下の人が、「遠ざかる」あるいは「近づく」と感じると回答したのに対し、1回の時は約7割の人が、更に、射出レベル2の射出回数が2回のとき約9割の人が、「遠ざかる」あるいは「近づく」と感じると回答した。
【0070】
よって、射出量を段階的に変化させるこの香り提示手法を用いることで遠近演出を実現することができること、また、動的な遠近感を演出するには射出レベル2の射出回数は1回よりも2回が適していることが分かった。
【実施例3】
【0071】
本発明によれば、呼吸センサを使用しない場合でも、遠近演出が可能であることを、次の実験により確認した。
【0072】
上述したように、健常者の安静時においては、パルス射出間隔を1.3秒の長さに設定して香りをパルス射出すると、嗅覚順応することなく香りを感知する嗅覚特性を有することが知られている。
【0073】
そこで、予備実験と同じラベンダーとレモンのそれぞれの香料水を用いて、図5〜7に示す装置50を用いて、図8に示す3つのレベルの射出量で、被験者に香りを嗅いでもらった。
【0074】
香料水の提示は、6呼吸の間、香りを毎吸気で感じさせるよう提示するために、6呼吸に相当する30秒の間を3等分し、上記、実施例2の結果から、射出レベル2の射出回数は2回が適していることから、2回の呼吸に対応するように、30秒間の期間のうち、中間の10秒から20秒までの10秒間、射出レベル2のパルス射出行うこととした。そして、図16に示すように、「遠ざかる」場合は、最初の10秒間はレベル3のパルス射出を、最後の10秒間は、レベル1のパルス射出を行うこととし、「近づく」場合は、最初の10秒間はレベル1のパルス射出を、最後の10秒間は、レベル3のパルス射出を行うこととした。図16で、14は、パルス射出を示す。
【0075】
このような射出方法に対して、20名の被験者(21〜27才:男性17名、女性3名)にそれぞれの香りを嗅いでもらい、その香りの感じ方に最適なもの図13に示す評価項目の中から選択してもらった。
【0076】
ラベンダーとレモンのそれぞれに対して実験を行った結果,この射出方法により80〜95%の人が、図13に示す(ii)または(iv)の感覚を得られていたことが分かった。
【0077】
したがって,本発明によれば、呼吸センサを使用することなく、香りの遠近演出を行うことができることが確認された。
【0078】
本発明は、本発明を単独で実施しても、初期の効果を奏するのは明らかであるが、三次元音響や立体映像技術と組み合わせて実施すると、一層の効果を発揮することができる。
【0079】
特に、三次元音響や立体映像と組み合わせた香り提示の臨場感として望まれるのが、遠近感を伴う香りの提示である。例えば、ラベンダー畑を観光する状況を提示する場合、立体映像で、遠くのラベンダー畑を写し、ラベンダー畑に次第に近づく映像を提示する。このとき、まず、かすかに香りの発生源であるラベンダー畑からのラベンダーの香りを感じ、近づくに従って、香りが強く感じるような、遠近感を感じさせる香りを提示することにより、一層の臨場感を演出することができる。
【0080】
また、ラベンダー畑から、メロンを栽培している畑に向かう途中の立体映像と、小鳥のさえずりの三次元音響と共に、ラベンダーの香りの発生源であるラベンダー畑からのラベンダーの香りが次第に弱くなるにつれて、メロンの香りの発生源であるメロン畑からのメロンの香りが次第に強くなるような遠近感を演出する香りを提供することにより、臨場感溢れる演出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の香り発生方法を示す概念図。
【図2】呼吸センサを使用する香り提供方法を示す概念図。
【図3】本発明の香り発生方法を実施する際に用いられるバブルジェット(登録商標)方式のヘッドの動作概念図。
【図4】本発明の香り発生方法を実施するための香料をパルス射出するヘッドの概念図。
【図5】本発明の香り発生方法を実施する装置の一例を示す図(一部破断図)。
【図6】図5に示す装置の、射出ヘッド20及び風洞43を含むA−A断面図。
【図7】図6において、矢印B方向から見た射出ヘッドの吐出口配列の拡大図。
【図8】射出レベルに対する各香料の射出量。
【図9】2種類の香料について遠近を感知するパルス射出量の測定。
【図10】図9に示す測定の射出レベルに対する遠近の感じ方(ラベンダー先/レモン後)。
【図11】図9に示す測定の射出レベルに対する遠近の感じ方(レモン先/ラベンダー後)。
【図12】呼吸センサを用いた遠近感の演出を提示する射出方法の概要図。
【図13】香りの感じ方を示す評価項目。
【図14】図12の射出方法において、射出レベル2の射出回数の違いによる感じ方(遠ざかるように感じる)の結果を示すグラフ。
【図15】図12の射出方法において、射出レベル2の射出回数の違いの感じ方(近づくように感じる)の結果を示すグラフ。
【図16】嗅覚特性を利用した遠近感の演出を提示する射出方法の概要図。
【符号の説明】
【0082】
10 香り発生デバイス(装置)
11 香り(香料)
12 パルス射出幅
13 パルス間隔
14 香料のパルス射出
15 呼吸センサ
20 パルス射出用ヘッド(組立体)
20a ヘッドユニット
20b 吐出ヘッド
21 香料室
22 ヒータ
23 ヒータ加熱動作
24 泡(バブル)
25 香料の液滴
26 吐出口
28、28a、28b 香料タンク
40 送風機(ファン)
42 香り吐出口
43 風洞
60 PC(制御装置)
70 香り測定面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動する空気中に、香料を微小時間で短い時間間隔のパルスで射出すると共に、前記パルスで射出する香料の量を増減することにより、香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。
【請求項2】
前記パルスで射出する香料の量の増減は、段階的な増加又は段階的な減少である請求項1記載の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。
【請求項3】
前記香料の量の段階的な増加割合は2倍であり、段階的な減少割合は、二分の一の減少である請求項2記載の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。
【請求項4】
前記段階的な増加または減少は、それぞれ、3段階である請求項2又は3に記載の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。
【請求項5】
前記短い時間間隔は、1.2〜1.4秒であり、前記微小時間は、0.1〜0.5秒である請求項1乃至4のいずれか一項記載の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。
【請求項6】
前記香料は、異なる2種類であり、それぞれの香料のパルス射出時期が異なる請求項1乃至4のいずれか一項記載の香りの発生源からの遠近感を付与する香り発生方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−285098(P2009−285098A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−140168(P2008−140168)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、総務省、「香り発生デバイスの開発と嗅覚モデルに基づいた香り呈示手法の研究開発」委託研究、」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】