説明

香料の評価方法

【課題】測定時における被験者のストレスを最小限に抑え、日常生活と同等の条件において人間の精神状態に対する香料の影響を評価することができる香料の評価方法を提供する。
【解決手段】被験者に香料を施与することによる香料の評価方法であって、被験者は、稼動状態にある携帯型の長時間心電図記録装置を備えた状態で香料噴霧装置を備えた香料滞留性の部屋に滞在し、評価は、上記香料滞留性の部屋に対して香料を噴霧し、香料の噴霧と上記長時間心電図記録装置心電図の測定データとの関係を解析することによって行う香料の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香料の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香料成分は、種類によって精神の鎮静作用や亢進作用を有することが知られている。このため、肉体的・精神的なストレスにより精神の亢進状態が引き起こされたときには、香料によって精神を鎮静させることができる。また、精神の亢進状態が望まれる場合に、亢進作用を有する香料を使用することもできる。
【0003】
特に、近年のストレスの増大によって、鎮静効果を有する香料成分によってストレスを解消する方法が提唱されている。例えば、有効成分を人に対し経口的又は経皮的に投与する方法や、香料組成物を気化させてその蒸気を吸気させるアロマテラピー等は、古くから行われている。より具体的には、ビターオレンジ精油(特許文献1)やジャスミンラクトン(特許文献2)を鼻粘膜、口腔粘膜あるいは肺組織から吸収させることにより誘眠を促進させることが提案されている。また、セダーウッド油の低沸点成分(α−ピネン、α−セドレン、β−セドレン、カリオフィレン等)を鎮静用精油として使用することも提案されている(特許文献3)。
【0004】
しかし、これらの成分の鎮静効果は、学術的な評価結果によって判定されたものではなく、経験的な知識又は官能試験によって判定されたものである。今後香料の精神状態への影響を研究する上では、客観的で再現性のある評価方法が必要とされる。
【0005】
特許文献4及び非特許文献1においては、マスクを使用して評価対象化合物を施与し、入眠時及び睡眠時における心電図測定によって自律神経のバランスを測定する方法が記載されている。しかし、このような方法においてはマスクを使用するため、日常生活と離れた状況での試験であり、マスクを使用していることによるストレスが試験結果に影響を与える可能性が高い。
【0006】
【特許文献1】特開平4−128234号公報
【特許文献2】特開平6−40911号公報
【特許文献3】特開平5−255688号公報
【特許文献4】国際公開第01/058435号パンフレット
【非特許文献1】Automatic Neuroscuence: Basic and Clinical 108(2003) 第79−86頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記現状に鑑み、測定時における被験者のストレスを最小限に抑え、日常生活と同等の条件において人間の精神状態に対する香料の影響を評価することができる香料の評価方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、被験者に香料を施与することによる香料の評価方法であって、被験者は、稼動状態にある携帯型の長時間心電図記録装置を備えた状態で香料噴霧装置を備えた香料滞留性の部屋に滞在し、評価は、上記香料滞留性の部屋に対して香料を噴霧し、香料の噴霧と上記長時間心電図記録装置心電図の測定データとの関係を解析することによって行うことを特徴とする香料の評価方法である。
【0009】
上記香料噴霧装置は、室外からの操作による噴霧制御手段を有するか、又は、タイマーを備えるものであることが好ましい。
上記タイマーを備える香料噴霧装置は、パワーリレーとタイマーを使用したシーケンス制御により電磁弁の開閉を行い、圧搾空気を断続することにより香料の噴霧を制御するものであることが好ましい。
上記香料の噴霧は、噴霧時間及び滞留時間を設けて、複数回にわたって行われることが好ましい。
上記評価は、被験者が覚醒した状態で試験を行うものであることが好ましい。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明は、人間の精神に対する香料の影響を測定時における被験者のストレスのない状態で評価するためのものである。従来の方法として、例えば、特許文献4や非特許文献1において記載されている方法等を挙げることができる。しかし、これらの方法は、被験者に対してマスクを使用するものであることから、マスクをしていることによるストレスが結果に影響を与えるという欠点がある。人間の精神状態は、ストレスによる影響を極めて敏感に反映するものであるから、マスクをした状態であると、マスクをしていること自体がストレスとなり、試験結果に対する影響を与えてしまうのである。また、マスクをした状態は、日常生活における通常の状態ではないから、通常の日常生活と同等の状態での精神状態を完全に評価する方法とはいえない。また、マスクをしている状態とマスクを外した状態とを単純に比較することはできないため、香料を与えることによる精神状態への影響を正確に比較することはできない。また、本発明の方法は、香料の噴霧を、噴霧時間及び滞留時間を設けて複数回にわたって行うこともできることから、より高い精度で香料と人間の精神との関係を知ることができる。これに対してマスクによる香料の評価では、香料の施与をこのような形式で制御することはできないので、高い精度で香料と人間の精神との関係を知ることができない。
【0011】
本発明の方法においては、携帯型の長時間心電図記録装置を使用するものである。すなわち、携帯型の心電図記録装置を使用することによって、被験者が自由に動き回れる状態となり、日常生活とほぼ同等の状態での心電図の連続的な測定が可能となるものである。更に、携帯型の長時間心電図記録装置は小型かつ軽量であることから、これを装着していることによる被験者のストレスは極めて小さい。更に、被験者がどのような姿勢であっても測定をすることができることから、例えば、読書、テレビ観賞、作業労働等の任意の条件における精神状態を測定することができる。なお、稼働状態にあるとは、電力により、装置が通常の態様で作動している状態をいう。
【0012】
上述したような携帯型の長時間心電図記録装置としては特に限定されず、例えば、日本光電工業社製RACシリーズ等を使用することができる。
【0013】
上記長時間心電図記録装置によって得られた心電図の解析は、公知の種々の要素に基づいて解析を行うことができるが、なかでもR−R間隔変動、心拍変動のHF成分(高周波(0.15−0.45Hz))の振幅及び周波数、LF成分(低周波(0.04−0.15Hz)の振幅等に基づいて解析を行うことが好ましい。検討の結果、香料の精神状態への影響は、これらの成分において特に顕著に現れることが明らかになった。なお、心拍変動のHF成分は心臓迷走神経活動の指標であり、呼吸性洞性不整脈を定量的に反映する。呼吸性洞性不整脈は心肺系の休息機能と考えられることから,その大きさを反映するHF成分は、生体の休息度を反映し、ストレスなどによる生体の負担度と反比例すると言われている。
【0014】
なお、解析は、公知の任意の方法によって行うことができ、例えば、コンピュータプログラムによる解析等を挙げることができる。
【0015】
本発明の評価方法は、香料噴霧装置を備えた香料滞留性の部屋において心電図測定を行うことを特徴とするものである。香料滞留性は、香料噴霧装置によって噴霧した香料が一定時間滞留する条件下を意味するものである。上記条件下での測定は、被験者に過度のストレスがかかることがなく、日常的な条件において測定を行うことができる。
【0016】
上記香料滞留性の部屋は、完全に密閉されたものである必要はなく、上記香料噴霧装置によって噴霧された香料が短時間のうちに部屋の外に放出されない程度であればよく、通常の家屋、マンション、ビル等において部屋の窓やドアをほぼ閉じた状態であれば充分である。また、一定時間で香料の匂いが消失するものとすることによって、香りが消失していく際の精神状態をも確認することができる点で好ましい。このため、通常の室内と同程度に空気が換気される程度の空気の流れが存在することが好ましく、適度な換気設備を備えるものであってもよい。
【0017】
更に、測定における定性性、定量性を確保し、再現性のある試験を行うために、測定中の室内環境を一定に保つため、温度、湿度等の条件をコントロールできる空調設備等を備えるものであることがより好ましい。
【0018】
上記香料噴霧装置は、上記香料滞留性の部屋中に香料を噴霧することができるものであればよい。本発明においては、上記香料滞留性の部屋に上記香料噴霧装置によって香料を噴霧することによって、被験者に香料成分を施与するものである。上記方法は、被験者へのストレスがほとんど存在しない条件下で試験を行うことができる点で優れたものである。更に、入眠時、睡眠時等の非覚醒状態、起床時、作業労働条件下等の覚醒状態のような、日常生活において存在する任意の状態における試験を行うことができ、被験者が種々の心理状態にある場合に対応して、香料の幅広い性質を測定することができる。作業労働条件は、例えば、キーボードタイピングが挙げられる。本発明の香料の評価方法は、被験者が覚醒した状態で試験を行うことができる点で好ましいものである。
【0019】
香料の噴霧は、噴霧時間及び滞留時間を設けて、複数回にわたって行うものであってもよい。香料の噴霧時間は、香料の質や濃度にもよるが、1〜30秒であることが好ましい。これ以上長時間香料の噴霧を行っても、心理的効果は飽和すると思われる。滞留時間は、前の噴霧の終了時点から次の噴霧の開始時点までの時間であり、上記香料滞留性の部屋に滞留している香料の匂いが消失し同時に被験者の匂いへの慣れを無くす程度であることが好ましく、空気が換気される程度にもよるが、通常5〜60分であることが好ましい。被験者は、前に噴霧した香料の匂いが消失し、匂いへの慣れを無くすことにより、続く香料の噴霧に対して敏感な反応を示す。複数回の噴霧によって、香料と人間の精神状態との関係をより詳細に検討することができる。
【0020】
上記香料噴霧装置は、室外からの操作による噴霧制御手段を有するか、又は、タイマー等を備えるものであることが好ましい。すなわち、上記香料滞留性の部屋内から作業者の操作によって噴霧した場合には、作業者が香料を噴霧するところが被験者に見えてしまう。このことが被験者の心理状態に影響を与えるおそれがあるため、室外からの操作による噴霧制御手段を有するか、又は、タイマー等を備える香料噴霧装置によって行うことが好ましい。なお、室外からの操作による噴霧制御手段を有する噴霧装置としては特に限定されず、リモコンによるものや、香料噴霧用の配管を室外まで設けることによって室外から操作する手段を有する香料噴霧装置等を挙げることができる。上記室外からの操作による噴霧制御手段を有する香料噴霧装置による試験方法は、例えば、図1に模式的に示したような態様のものである。室外にある香料噴霧装置操作手段4を操作することによって香料噴霧装置3から香料を噴霧させることができ、香料が噴霧されたことを被験者1に見られることなく、香料滞留性の部屋2中に香料を噴霧することができる。
【0021】
また、上記香料噴霧装置は、タイマー等を備えた香料噴霧装置によって、香料の噴霧を、噴霧間隔を空けて、複数回にわたって自動的に行うものであってもよい。上記タイマー等を備えた香料噴霧装置の一例を図2に示す。図2に示したような香料噴霧装置5の一例は、パワーリレー(図示せず)とタイマー(図示せず)を使用したシーケンス制御により電磁弁8の開閉を行い、圧搾空気を断続することによって香料の噴霧を制御するものである。上記圧搾空気は、例えば、圧搾空気取入口7に繋がれたエアーコンプレッサー(図示せず)から取り入れることができる。上記圧搾空気の空気圧は、好ましくは0.5〜1.5kg/cmに調節される。図2に示すタイマー等を備えた香料噴霧装置5は、例えば、上記圧搾空気を噴射ノズル9から噴出させることによって、香料瓶6由来の香料を、噴射ノズル9から勢い良く噴霧することができる。上記タイマー等を備えた香料噴霧装置5は、2つ以上のタイマーを備えるものであってもよく、この場合、1つのタイマーにより噴霧時間を設定することができ、その他の1つのタイマーにより噴霧間隔を設定することができる。上記タイマー等を備えた香料噴霧装置5は、タイマーの設定を行うことにより、噴霧時間、噴霧間隔をコントロールすることができる。
【0022】
上記タイマー等を備えた香料噴霧装置による試験方法は、例えば、図3に模式的に示したような態様のものである。上記タイマー等を備えた香料噴霧装置5を操作することにより、香料が噴霧されたことを被験者1に見られることなく、上記タイマー等を備えた香料噴霧装置5から香料滞留性の部屋2中に、香料の噴霧を、噴霧間隔を空けて、複数回にわたって自動的に行うことができる。
【0023】
本発明の香料の評価方法においては、香料を噴霧したときとしないとき(コントロール実験)とを同一の被験者に対して行い、これらの結果を対比することによって行うものであってもよい。上記コントロール実験を行うことによって、香料の噴霧と精神状態との関係をより明確にすることができる。
【0024】
上記コントロール実験を行う場合は、香料を噴霧した試験とコントロール実験において種々の条件をできる限り一致させることによって、その他の要因による影響を低減させることが重要となる。
【0025】
すなわち、測定開始時間,測定曜日,室温,湿度等の環境要因;食物摂取状況、起床時間、睡眠時間、被験者が女性である場合は生理周期等の被験者の体調に関する要因等を一定のものとすることによって、より純粋に香料がもたらす心理的効果を精密に判断することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の方法によって、測定時における被験者のストレスを最小限に抑え、日常生活と同等の条件において人間の精神状態に対する香料の影響を簡便に評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明する。
実験は、健康な女性9名(年齢29±5歳、25歳〜34歳)を被験者として行った。香料滞留性の部屋は、室温と湿度を制御できる空調設備と、香りの遺残を避けるための換気設備を備え、かつ快適に長時間過ごすことができる内装、調度及び照明を有する実験室を使用した。更に、携帯型の長時間心電図記録装置としては、2チャンネルの携帯型デジタル長時間心電図記録装置(Cardiomemory RAC−2102、日本光電、東京)を使用した。
【0028】
実験に際しては、香料を実験室内に設置した自動制御噴霧装置により10分間隔で3秒間ずつ噴霧した。なお、実験のサンプルとしては、香料としてベルガモット(bergamot)を使用した。ベルガモットは伝承的に鏡静効果があると言われている香料成分である。実験においては、bergamot(高砂香料社製)の2%エタノール溶液を使用して行った。また、同様の実験条件で香り無し(コントロール実験)の測定を行った。上記コントロール実験では、エタノール(Vehicle)のみを同装置により同様のスケジュールで噴霧した。噴霧に際しては、実験室内に設置した自動制御噴霧装置により10分間隔で3秒間ずつ噴霧した。実験は、午前の場合は9時から、午後の場合は3時から開始した。
【0029】
実験に際して、香料を噴霧した実験とコントロール実験とでは、香料の噴霧以外の実験条件は可能な限り同一の条件となるようにした。具体的には、
(1)曜日及び時刻が結果に与える影響を統計的に除去するために、香り有りと香り無し(対照)の測定は1週間の間隔をおいて同じ曜日の同じ時刻に行った。
(2)香りの有無と時刻との間の相互作用を除去できるように被験者ごとに香りの有無による測定の順序をランダマイズした。
(3)測定前日の就寝時間、当日の起床時間は、香り有無による各測定においてほぼ同じになるようにした。
(4)性周期の影響を最小化するために、個々の被験者で2回の測定が黄体期か卵胞期かどちらか一方になるように配慮した。
(5)被験者には、測定日の前日から激しい運動を避けさせた。
(6)測定開始の2時間前までに軽い食事を取らせ、その後の食物摂取、喫煙、アルコール又はカフェインを含む飲料の摂取を禁止した。
(7)各測定において、被験者には同一のタイムスケジュールで標準化された作業を行わせた。ビデオ鑑賞では、室内に設置したビデオディスプレー(VT−25DV30、シャープ社製)を用いてビデオを上映した。質問紙としては、気分、不安、緊張、快適性に関する103項目の形容詞のそれぞれに、その時の心理状態がどの程度当てはまるかをvisual analog(VA)scaleを用い、それに回答させる作業を行わせた。読書は、一般的な女性誌を10冊用意し、自由に閲覧させた。キーボードタイピングでは、パーソナルコンピュータ(PCG−6C2N、ソニー社製)によって、タイピングの練習用のソフトウェア(MAZ TYPING、Zefai製)を使用させた。
【0030】
(心拍変動の測定)
心電図は長時間心電図再生システム(DSC−3100、日本光電社製)にて再生し、全QRS波のラベリング(洞調律、心室性期外収縮、上室性期外収縮)を行い、8msの精度で全R−R間隔を測定した。QRS波のラベリングの結果は、著者の1名(m)が同システム上で編集し、全てのラべリングの誤りを修正した。なお、全ての測定データにおいて雑音等によるデータの損失は無く、いずれの測定においても期外収縮は記録された全心拍の0.1%以下であった。
【0031】
得られたR−R間隔データより、パーソナルコンピュータ(Pentium(登録商標)4、2.8GHz、工房 Terra)上で心拍変動解析をおこなった。R−R間隔時系列をステップ関数で補間した後、2Hzで再標本化し、complex demodulation(CDM)により、HF及びLF成分の振幅と周波数を連続測定した。CDMによる心拍変動解析には、FORTRAN95による自作のソフトウェアを使用した。CDMの原理やソフトウェアの性能の詳細は他に報告した。CDMは非線形の時間領域の分析法で、予め設定した周波数帯に含まれる変動の瞬時振幅と瞬時周波数を時間の変数として連続的に測定する。本研究では、LF成分の測定には0.04−0.15Hz、HF成分の測定には0.15−0.45Hzの周波数帯を分析した。CDMによる心拍変動のLF成分振幅測定の実質的な時間分解能は15秒であり、HF成分ではさらに短い。2Hzで再標本化したR−R間隔データのCDMからは、0.5秒ごとに両成分の振幅と周波数が計算されるが、上記の時間分解能と本研究の目的を考慮し、測定値を1分ごとに平均した。
【0032】
HF成分の振幅は、心臓迷走神経活動とは独立に、除呼吸に伴う呼吸数の減少や一回換気量の増加によって増加する。本研究では、香りが呼吸への影響を介して、HF成分の振幅に影響する可能性を考慮するために、呼吸数を反映するHF成分の周波数を同時に測定した。
【0033】
(質問紙データの処理)
質問紙の103項目のVA scaleに対する応答は、0(全く当てはまらない)から100(完全に当てはまる)までの範囲の連続変量として測定した。香り成分がHF成分の振幅に与える影響に関連する心理的因子を検討する目的で、香りの有無によるHF振幅の変化量とVA scaleの変化との関係を分析した。
【0034】
(統計処理)
統計処理にはSAS統計パッケージ(SAS institute,carry、NC、USA)を使用した。香りの有無が心拍変動指標に与える影響は、ビデオ鑑賞、質問紙、読書、タイピングの作業内容の影響、香りの有無と作業内容の相互作用、及び被験者の個体差の影響を含めた3元配置分散分析(香りの有無×作業×被験者)によって評価した。香りの有無によるHF振幅の変化量と質問紙のVAscaleの変化との関係の分析には、質問紙回答作業中のHF成分振幅の香りによる変化量を従属変数、103項目の各VAscaleの変化量を従属変数とする重回帰分析を用い、変数選択法により、HF成分振幅の変化を最も良く説明するVAscaleの抽出とモデルの作成を行った。変数選択の基準は、P<0.15とした。統計的有意性の判定には、P<0.05を採用し、多重比較ではBonferroni法によりタイプ1過誤水準αが<0.05になるように補正した。
【0035】
図4に代表的な一人の被験者から得られたR−R間隔、LF及びHF成分の振幅、並びに、HF成分の周波数の経時的変化を示す。ベルガモット噴霧を行った測定では、コントロール実験に比べ、いずれの作業下においても、R−R間隔が長く(後脈)、HF成分振幅が大きかったが、LF成分の振幅には一定の傾向が見られなかった。HF成分の周波数はタイピング時に増加した。なお、図中、Vはビデオ鑑賞、Qは質問紙、Rは読書、Tはタイピングを表す。
【0036】
図5に9例の被験者の最小二乗平均値を示す。ベルガモットの噴霧時は、コントロール試験に比べ、タイピングの時のR−R間隔の延長とHF成分の周波数の増加、ビデオ鑑賞時のLF成分振幅の増加をもたらし、全ての作業下でHF成分の振幅を増加させた。
【0037】
表1に3元配置ANOVAによるベルガモットの噴霧及び作業内容のR−R間隔及び心拍変動成分への影響の分析結果を示す。表の相互作用は、R−R間隔及び心拍変動成分の相互作用を表す。ベルガモットの噴霧は、作業内容及び個体差の影響を調整しても、HF成分の振幅と周波数を増加させた。作業内容の影響は全ての指標に見られたが、多重比較では、R−R間隔とHF成分の振幅はビデオ鑑賞と読書時が、質問紙及びタイピング時よりも大きかった(α<0.05)。LF成分の振幅はタイピング時が他の作業時よりも有意に低かった(α<0.05)。HF成分の周波数はタイピング時に他の作業時よりも有意に増加した(α<0.05)。香りと作業内容との相互作用は、LF成分の振幅とHF成分の周波数に認められ、ベルガモット噴霧のHF成分振幅の低下作用、及びHF成分周波数の増加作用は、タイピング時が他の作業時よりも大きかった(α<0.05)。
【0038】
【表1】

【0039】
ベルガモットは作業内容に関わらずHF成分の振幅を増加させたので、この増加に関連する心理的因子を質問紙への反応との関連から分析した。重回帰分析により、質問紙回答時のHF成分のベルガモット噴霧による増加量を説明するモデルとして、5つの項目のVAscaleのベルガモット噴霧による増加量からなるモデルが抽出された(表2)。このモデルにより9例のHF成分の増加がほぼ完全に説明され(model R=1.0)、「気分がのっている」、「落ち着いた」の2項目のVAscaleの増加量によってHF成分振幅の増加量の分散の75%以上が説明された。
【0040】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の香料の評価方法は、アロマテラピー等による香料による心理的影響を利用する場合における香料の評価をする方法であり、これによって種々の香料を評価し、より高い心理的影響を得るための助けとなるものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の香料の評価方法を行う場合の、試験方法を示す図の一例である。
【図2】本発明の香料の評価方法を行う場合の、香料噴霧装置の斜視図の一例である。
【図3】本発明の香料の評価方法を行う場合の、試験方法を示す図の他の一例である。
【図4】本発明の香料の評価方法を行った被験者の心電図から得られたR−R間隔、LF及びHF成分の振幅、並びに、HF成分の周波数の経時的変化を示す図である。
【図5】実施例における9人の被験者の心電図から得られた結果の最小二乗平均値を示す図である。
【符号の説明】
【0043】
1 被験者
2 香料滞留性の部屋
3 香料噴霧装置
4 香料噴霧装置操作手段
5 タイマー等を備えた香料噴霧装置
6 香料瓶
7 圧搾空気取入口
8 電磁弁
9 噴射ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に香料を施与することによる香料の評価方法であって、
被験者は、稼動状態にある携帯型の長時間心電図記録装置を備えた状態で香料噴霧装置を備えた香料滞留性の部屋に滞在し、
評価は、前記香料滞留性の部屋に対して香料を噴霧し、香料の噴霧と前記長時間心電図記録装置心電図の測定データとの関係を解析することによって行うことを特徴とする香料の評価方法。
【請求項2】
前記香料噴霧装置は、室外からの操作による噴霧制御手段を有するか、又は、タイマーを備えるものである請求項1記載の香料の評価方法。
【請求項3】
前記タイマーを備える香料噴霧装置は、パワーリレーとタイマーを使用したシーケンス制御により電磁弁の開閉を行い、圧搾空気を断続することにより香料の噴霧を制御するものである請求項2記載の香料の評価方法。
【請求項4】
前記香料の噴霧は、噴霧時間及び滞留時間を設けて、複数回にわたって行われる請求項1、2又は3記載の香料の評価方法。
【請求項5】
被験者が覚醒した状態で試験を行うものである請求項1、2、3又は4記載の香料の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−159919(P2007−159919A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−361990(P2005−361990)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(306018365)カネボウホームプロダクツ株式会社 (188)
【Fターム(参考)】