説明

駆動力制御装置

【課題】車輪スリップ発生の可能性が高い状況下において車輪スリップを発生し易くさせないこと。
【解決手段】目標車両駆動力を設定する目標車両駆動力設定手段と、実車両駆動力が前記目標車両駆動力となるよう車両を制御する車両駆動力制御手段と、車輪スリップ発生の可能性について判断する車輪スリップ判断手段と、を電子制御装置1に備える。そして、目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップ発生の可能性が高い場合に、その可能性が低い場合と比べて目標車両駆動力の設定値を小さく補正するよう構成する。例えば、その目標車両駆動力設定手段は、車体加速度又は実車輪速度に基づいて前記目標車両駆動力の設定を行い、その車体加速度又は実車輪速度に基づき設定した目標車両駆動力を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正して目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に発生させる駆動力の制御を行う駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、検出した駆動輪の実車輪速度に基づいて車体加速度の推定を行い、その推定された車体加速度を利用して目標車両駆動力を設定する駆動力制御装置が知られている。この種の駆動力制御装置は、その目標車両駆動力の設定値に基づいて内燃機関の目標機関出力トルクを求め、その内燃機関の出力制御を行うことによって車両に発生させる駆動力を制御する。例えば、かかる駆動力制御装置としては、下記の特許文献1に開示されたものがある。
【0003】
【特許文献1】特開平1−215658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両においては、駆動輪の駆動力の変化の大きさや走行路面の摩擦係数の大きさなどが原因となって、駆動輪が車輪スリップを引き起こし易くなることがある。また、低摩擦係数の路面上で変速機をアップシフトした際には、高摩擦係数の路面を走行しているときよりも駆動輪が車輪スリップを引き起こし易くなる。例えば、上記特許文献1においては、かかる低摩擦係数の路面を走行しているときの車輪スリップを防ぐべく、アップシフトから所定時間の間、機関出力トルクの低下を禁止させる一方、制動力を加えている。
【0005】
ここで、目標機関出力トルクは、上述したように、実車輪速度に基づいて推定された車体加速度を利用して目標車両駆動力を設定し、その目標車両駆動力の設定値に基づいて求めている。つまり、その目標機関出力トルクは、検出した実車輪速度に基づいて設定されたものと言える。しかしながら、車輪スリップが発生し易いときの実車輪速度は車輪スリップの発生し難い車輪グリップ状態のときよりも大きな値が検出されるので、この実車輪速度に基づき推定される車体加速度は、車輪グリップ状態のときよりも大きくなってしまう。従って、この場合には、車輪グリップ状態のときと比べて、目標車両駆動力の設定値が大きくなり、大きな値の目標機関出力トルクを用いて出力制御が実行されるので、より車輪スリップが発生し易くなってしまうという事態を招く可能性がある。
【0006】
そこで、本発明は、かかる従来例の有する不都合を改善し、車輪スリップ発生の可能性が高い状況下において車輪スリップを発生し易くさせることのない駆動力制御装置を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する為、請求項1記載の発明では、目標車両駆動力を設定する目標車両駆動力設定手段と、実車両駆動力が前記目標車両駆動力となるよう車両を制御する車両駆動力制御手段と、車輪スリップ発生の可能性について判断する車輪スリップ判断手段と、を備えている。そして、その目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップ発生の可能性が高い場合に、その可能性が低い場合と比べて目標車両駆動力の設定値を小さく補正するよう構成している。
【0008】
この請求項1記載の駆動力制御装置は、車輪スリップ発生の可能性が高い場合に目標車両駆動力の設定値を小さくするので、その目標車両駆動力に基づく原動機の出力トルクについても小さな値を定める。これが為、駆動輪においては、車輪スリップ発生の可能性が高いときの更なる車輪スリップ量の増加を防ぐことができる。
【0009】
ここで、その目標車両駆動力設定手段は、請求項2記載の発明の如く、車体加速度又は実車輪速度に基づいて目標車両駆動力の設定を行い、その車体加速度又は実車輪速度に基づき設定した目標車両駆動力を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正して目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成すればよい。
【0010】
また、その目標車両駆動力設定手段は、請求項3記載の発明の如く、車体加速度に基づいて目標車両駆動力の設定を行うように構成し、且つ、その車体加速度を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正することによって目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成ればよい。
【0011】
また、その目標車両駆動力設定手段は、請求項4記載の発明の如く、実車輪速度に基づいて目標車両駆動力の設定を行うように構成し、且つ、その実車輪速度を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正することによって目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成すればよい。
【0012】
更に、車輪スリップ判断手段は、請求項5記載の発明の如く、実車輪速度が所定速度よりも大きく変化したときに車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させるように構成すればよい。
【0013】
また、その車輪スリップ判断手段は、請求項6記載の発明の如く、変速機が変速動作中又は変速動作終了後所定時間以内ならば車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させるように構成すればよい。
【0014】
その変速機は、請求項7記載の発明の如く、原動機からの出力トルクを伝達させ又は当該出力トルクの伝達を解除させるクラッチ機構付きである。従って、運転者が変速機を手動操作した際には、自動で変速動作が行われているときよりもクラッチ機構の動作が荒く、車輪スリップ量が増加し易くなるので、その増加を防ぐという利益を効果的に感じ取ることができる。
【0015】
また、車輪スリップ判断手段は、請求項8記載の発明の如く、駆動輪が最適な駆動力となるように制御するトラクション制御手段を車両に備えているならば、そのトラクション制御手段による制御が終了してから所定時間の間を車輪スリップの発生の可能性が高いときと判断させるように構成すればよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る駆動力制御装置は、車輪スリップ発生の可能性が高い場合に、目標車両駆動力の設定値を小さくして車輪スリップ量の更なる増加を防ぐことができるので、その車輪スリップが更に発生し易くなってしまうという事態を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明に係る駆動力制御装置の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
本発明に係る駆動力制御装置の実施例を図1から図6に基づいて説明する。
【0019】
本実施例の駆動力制御装置は、車両に搭載した電子制御装置(ECU)1の制御機能の1つとして用意され、その車両の駆動力(以下、「車両駆動力」という。)の制御を行うものである。その電子制御装置1は、図示しないCPU(中央演算処理装置),所定の駆動力制御プログラム等を予め記憶しているROM(Read Only Memory),そのCPUの演算結果を一時記憶するRAM(Random Access Memory),予め用意された情報等を記憶するバックアップRAM等で構成されている。この電子制御装置1には、駆動力制御を実行する上で必要な演算や設定等を行う後述する各種手段が用意されている。
【0020】
最初に、この駆動力制御装置が適用される車両について説明する。その車両としては、例えば、前輪WFL,WFR、後輪WRL,WRR又は全ての車輪WFL,WFR,WRL,WRRに駆動力を働かせることによって車両駆動力を発生させるものが考えられる。本実施例においては、その一例として図1に示すFR(フロントエンジン・リアドライブ)車を挙げる。
【0021】
この図1に示す車両には、駆動輪たる後輪WRL,WRRに駆動力を働かせて車両駆動力を発生させる駆動力発生装置と、この駆動力発生装置を制御する駆動力制御装置と、が搭載されている。
【0022】
その駆動力発生装置は、車両前側に搭載された動力源としての内燃機関10と、この内燃機関10の回転数(出力トルク)を所定又は所望の変速比で変えて出力する変速機11と、この変速機11の出力トルクが伝達されるプロペラシャフト12と、このプロペラシャフト12から入力されたトルクを車両後側の車軸13RL,13RRに伝える差動装置14と、で構成する。この駆動力発生装置においては、差動装置14によって分配されたプロペラシャフト12からの入力トルクが後輪WRL,WRRの駆動トルクとして左右夫々の車軸13RL,13RRに伝達され、これによって後輪WRL,WRRに駆動力が働く。
【0023】
駆動力制御装置(電子制御装置1)には、実際の車両駆動力(以下、「実車両駆動力」という。)が目標車両駆動力となるよう車両を制御する車両駆動力制御手段が設けられている。その車両駆動力制御手段は、駆動輪たる後輪WRL,WRRの駆動力を調整して車両駆動力の制御を行うものであり、この技術分野における周知の制御手法によって車両駆動力制御を実行する。以下、車両駆動力制御の基本動作の一例について図2のフローチャートを用いて説明する。
【0024】
例えば、車両駆動力制御手段は、目標車両駆動力に従った内燃機関10の出力制御を行うことによって後輪WRL,WRRの駆動力が調整されるように構成する。その際、この車両駆動力制御手段は、内燃機関10が目標車両駆動力に応じた目標機関出力トルクとなるように制御を行う。従って、駆動力制御装置(電子制御装置1)には、目標車両駆動力の設定を行う目標車両駆動力設定手段と、その目標車両駆動力を車両に働かせる後輪WRL,WRRの目標駆動輪駆動力の設定を行う駆動輪駆動力設定手段と、その目標駆動輪駆動力を後輪WRL,WRRに働かせる目標機関出力トルクの設定を行う目標機関出力トルク設定手段と、を用意する。つまり、車両駆動力制御手段は、実際の機関出力トルク(以下、「実機関出力トルク」という。)が目標機関出力トルクとなるように内燃機関10の出力制御を行う。これにより、車両においては、後輪WRL,WRRの駆動力が目標駆動輪駆動力に調整されるので、目標車両駆動力が働くようになる。
【0025】
ここで、目標車両駆動力については、車両の車体加速度の情報に基づいて設定することができる。そして、その車体加速度は、例えば、駆動輪たる後輪WRL,WRRの実際の車輪速度(以下、「実車輪速度」という。)に基づいて推定することができる。これが為、駆動力制御装置(電子制御装置1)には、後輪WRL,WRRの実車輪速度に基づいて車両の車体加速度の情報を取得する車体加速度取得手段と、その後輪WRL,WRRの実車輪速度の情報を取得する車輪速度取得手段と、を設ける。その車輪速度取得手段は、例えば、後輪WRL,WRRに設けた夫々の車輪速度検出手段(具体的には車輪速度センサ)21RL,21RRの検出信号に基づいて実車輪速度の検出を行う。本実施例においては、前輪WFL,WFRにも車輪速度検出手段(具体的には車輪速度センサ)21FL,21FRが配設されており、その夫々の検出信号に基づいて車輪速度取得手段が前輪WFL,WFRの実車輪速度を検出する。
【0026】
先ず、駆動力制御装置(電子制御装置1)は、図2のフローチャートに示す如く、その車輪速度取得手段に車輪速度検出手段21RL,21RRの検出信号を利用して駆動輪たる後輪WRL,WRRの実車輪速度の情報を取得させる(ステップST1)。そして、この駆動力制御装置は、その後輪WRL,WRRの実車輪速度に基づいて車体加速度取得手段に車両の車体加速度の情報を取得させ(ステップST2)、その車体加速度の情報に基づいて目標車両駆動力設定手段に目標車両駆動力を設定させる(ステップST3)。尚、車両に車体前後加速度センサ(図示略)が搭載されている場合には、その車体前後加速度センサの検出信号に基づいて車体加速度の情報を取得してもよい。
【0027】
続いて、本実施例の駆動力制御装置は、駆動輪駆動力設定手段に上記ステップST3の目標車両駆動力に応じた後輪WRL,WRRの目標駆動輪駆動力を設定させ(ステップST4)、その後輪WRL,WRRの目標駆動輪駆動力に応じた内燃機関10の目標機関出力トルクを目標機関出力トルク設定手段に設定させる(ステップST5)。尚、その目標機関出力トルクは、目標車両駆動力から直接設定させるようにしてもよい。
【0028】
車両駆動力制御手段は、実機関出力トルクがその目標機関出力トルクとなるように内燃機関10の出力制御を行う(ステップST6)。例えば、この車両駆動力制御手段には、内燃機関10が目標機関出力トルクを発生するように燃料噴射量を調整させる。
【0029】
これにより、内燃機関10が目標機関出力トルクを発生するので、後輪WRL,WRRには、その目標機関出力トルクに対応した駆動力(目標駆動輪駆動力)が働く。従って、車両には、その後輪WRL,WRRの駆動力に対応した車両駆動力(目標車両駆動力)が働くようになる。
【0030】
ところで、車両の駆動輪(後輪WRL,WRR)は、駆動輪駆動力の変化の大きさや走行路面の摩擦係数の大きさなどによって空転状態(所謂車輪スリップ状態)になることがある。そして、車輪スリップが起こったときには、車輪速度検出手段21RL,21RRの検出した駆動輪の実車輪速度が車輪グリップ状態のときよりも大きくなるので、車両が車体前後加速度センサを備えていなければ、その実車輪速度に基づいて取得される車体加速度についても車輪グリップ状態のときより大きな値が推定される虞がある。また、車輪スリップの開始後所定時間の間は、加速不良を避ける為に、目標車両駆動力の設定に使う車体加速度を所定の最大値に保持して、車輪グリップ状態のときよりも大きな値の車体加速度となるように構成された車両もある。これが為、車体加速度が大きな値になったときには、目標車両駆動力の設定値が車輪グリップ状態のときよりも大きくなり、その目標車両駆動力の設定値に依存する目標機関出力トルクについても大きな値が設定されてしまう。従って、車輪スリップの発生し易い状況下においては、その大きな目標機関出力トルクに基づく内燃機関10の出力制御が実行されてしまい、車輪スリップ発生の可能性が高いにも拘わらず駆動輪に更に大きな駆動力が働くので、より車輪スリップの発生し易くなる状況を作り出してしまう可能性がある。
【0031】
そこで、本実施例の駆動力制御装置においては、車輪スリップが発生する可能性が高い場合に、その可能性が低い場合(換言するならば車輪グリップ状態である通常の場合)と比べて目標車両駆動力の設定値を小さく補正させるように構成する。
【0032】
本実施例においては、その目標車両駆動力の設定値の補正機能を目標車両駆動力設定手段に設けておく。つまり、本実施例の目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップの発生の可能性が低いと判断された場合に、上記の基本動作と同様の方法で目標車両駆動力の設定を行う一方、車輪スリップの発生の可能性が高いと判断された場合に、その基本動作と同様の方法で設定された値よりも目標車両駆動力を小さくする。更に、この目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップの発生の可能性が高いと判断された場合に車輪スリップ量が大きいほど目標車両駆動力を小さくしていくよう構成する。尚、以下においては、その基本動作と同様の方法で設定された通常時の目標車両駆動力のことを「通常目標車両駆動力」ともいう。
【0033】
ここで、その目標車両駆動力(つまり通常目標車両駆動力)の設定値の補正については、次のような手法が考えられる。
【0034】
例えば、目標車両駆動力設定手段は、設定した通常目標車両駆動力の設定値自体を所定の減少フィルタ又は減少ゲインで通常時(車輪スリップの発生の可能性が低い通常時)よりも小さな値へと補正させるように構成する。この場合の減少フィルタとは、通常目標車両駆動力の設定値を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正するフィルタ回路のことである。また、この場合の減少ゲインとは、通常目標車両駆動力の設定値を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正する「1」よりも小さい値からなるゲインのことである。一方、この場合の目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップの発生の可能性が低い通常時ならば、その減少フィルタ又は減少ゲインを通常フィルタ又は通常ゲインに切り替える。その通常フィルタや通常ゲインとは、通常目標車両駆動力の設定値を最終的な設定値とする為のフィルタ回路やゲインのことである。本実施例においては、便宜上、通常時にその通常フィルタ又は通常ゲインを使用して最終的な目標車両駆動力(=通常目標車両駆動力)の設定を行うものとしているが、それを使用することなく、通常目標車両駆動力の設定値そのものが最終的な設定値となるように構成してもよい。
【0035】
更に、目標車両駆動力設定手段は、取得した駆動輪(後輪WRL,WRR)の実車輪速度の情報(つまり検出信号)を所定の減少フィルタ又は減少ゲインで小さな値へと補正し、その実車輪速度の補正値を利用して車体加速度の推定を行わせることによって、目標車両駆動力の設定値が通常時の通常目標車両駆動力よりも小さな値となるように構成してもよい。この場合の減少フィルタとは、実車輪速度を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正するフィルタ回路のことである。また、この場合の減少ゲインとは、実車輪速度を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正する「1」よりも小さい値からなるゲインのことである。一方、この場合の目標車両駆動力設定手段は、通常時であるならば、その減少フィルタ又は減少ゲインを通常フィルタ又は通常ゲインに切り替える。この場合の通常フィルタや通常ゲインとは、取得した駆動輪の実車輪速度をそのまま車体加速度の推定に使用させる為のフィルタ回路やゲインのことである。本実施例においては、便宜上、通常時にその通常フィルタ又は通常ゲインを使用して実車輪速度を定めるものとしているが、それを使用することなく、取得した駆動輪の実車輪速度そのものが車体加速度の推定に利用されるように構成してもよい。
【0036】
また更に、目標車両駆動力設定手段は、取得した車体加速度の情報(つまり検出信号)を所定の減少フィルタ又は減少ゲインで小さな値へと補正し、これにより目標車両駆動力の設定値が通常目標車両駆動力よりも小さな値となるように構成してもよい。この場合の減少フィルタとは、車体加速度を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正するフィルタ回路のことである。また、この場合の減少ゲインとは、車体加速度を車輪スリップ量が大きいほど小さな値に補正する「1」よりも小さい値からなるゲインのことである。一方、この場合の目標車両駆動力設定手段についても、通常時には、その減少フィルタ又は減少ゲインを通常フィルタ又は通常ゲインに切り替える。この場合の通常フィルタや通常ゲインとは、取得した車体加速度をそのまま目標車両駆動力の設定に使用させる為のフィルタ回路やゲインである。本実施例においては、便宜上、通常時にその通常フィルタ又は通常ゲインを使用して車体加速度を定めるものとしているが、それを使用することなく、取得した車体加速度そのものが目標車両駆動力(=通常目標車両駆動力)の設定に利用されるように構成してもよい。
【0037】
また、本実施例の駆動力制御装置(電子制御装置1)には、車輪スリップの発生の可能性について判断する車輪スリップ判断手段を設ける。この車輪スリップ判断手段には、次の条件の内の何れか1つに合致したときに車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させる。その条件に合致したときとは、例えば、駆動輪(後輪WRL,WRR)の実車輪速度が所定速度よりも大きく変化したとき、変速機11が変速動作中若しくは変速動作終了後所定時間以内のとき又は後述するトラクション制御手段による制御が終了してから所定時間以内のときである。
【0038】
つまり、車輪スリップが発生するときには実車輪速度が所定速度よりも大きく変化するので、ここでは、その変化を車輪速度検出手段21RL,21RRの検出結果に基づき観察することで車輪スリップの発生の可能性を判断することができる。この車輪速度検出手段21RL,21RRの検出結果を用いた判断は、車両に車輪速度検出手段21RL,21RRが用意されており、且つ、下記の変速動作検知手段を有していないときに有用である。
【0039】
また、変速動作中(主にアップシフト中でクラッチ機構の締結動作中)又は変速動作(主にアップシフト)終了後所定時間以内には、特に低摩擦係数の路面を走行しているならば、伝わってきた機関出力トルクによって結果的に駆動輪に対して高摩擦係数の路面よりも大きな駆動力が働いたことと同じ状態になり、その駆動輪が車輪スリップを引き起こす可能性がある。これが為、電子制御装置1の変速動作検知手段が変速機11の変速動作を検知したときに、車輪スリップ判断手段には、変速機11が変速動作中又は変速動作終了後所定時間以内であれば、車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させる。ここで、その変速動作検知手段は、例えば、変速機11が手動変速機であればクラッチペダルスイッチ(図示略)からのON/OFF信号に基づいて、また、変速機11のシフトポジションセンサの信号に基づいて変速動作の有無を検知することができる。また、この変速動作検知手段には、機関回転数と駆動輪の車輪速度との比が当該車両の設定歯車比から所定の値だけ掛け離れているときに、変速動作の可能性が高いと判断させてもよい。その設定歯車比とは、この車両においては変速機11の変速比、差動装置14の歯車比や駆動輪の外径等から求めたものである。この変速動作検知手段による検知結果を用いた判断は、車両に車輪速度検出手段21RL,21RRや下記のトラクション制御装置が用意されていないときに有用である。尚、そのクラッチ機構とは、変速機11に対して、内燃機関10の機関出力トルクを伝達させ又は当該機関出力トルクの伝達を解除させるものであって、手動変速機の所謂乾式クラッチに加えて、自動変速機における湿式クラッチや電磁クラッチ等も含む。
【0040】
また、トラクション制御手段による制御が終了してから所定時間以内には、これまで抑えられてきた駆動力が駆動輪に働くので、その駆動力による影響が収まるまでの間その駆動輪が車輪スリップを引き起こす可能性がある。これが為、電子制御装置1のトラクション制御手段がその制御を終えたときに、車輪スリップ判断手段には、そこから所定時間の間車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させる。この場合の判断は、車両に車輪速度検出手段21RL,21RRや変速動作検知手段が用意されていないときに有用である。
【0041】
ここで、トラクション制御についての説明をしておく。本実施例の車両には、車輪スリップ状態となる駆動輪の駆動力や制動力を調整して、その駆動輪に対して車輪スリップを抑える最適な駆動力を働かせるようにするトラクション制御装置(所謂トラクションコントロールシステム)が搭載されている。本実施例のトラクション制御装置は、上述した駆動力発生装置と以下に示す制動力発生装置とで構成されて、電子制御装置1のトラクション制御手段によって制御される。即ち、そのトラクション制御手段は、駆動力発生装置や制動力発生装置を制御することで駆動輪の駆動力を抑えてトラクション制御を実行する。
【0042】
例えば、本実施例の制動力発生装置は、運転者が操作するブレーキペダル31と、このブレーキペダル31に入力されたペダル踏力を倍化させる制動倍力手段(ブレーキブースタ)32と、この制動倍力手段32により倍化されたペダル踏力をブレーキ液の液圧(油圧)へと変換するマスタシリンダ33と、その変換された油圧を各車輪WFL,WFR,WRL,WRR毎に調節可能な油圧調節手段(以下、「ブレーキアクチュエータ」という。)34と、このブレーキアクチュエータ34を経た油圧が伝えられる各車輪WFL,WFR,WRL,WRRの油圧配管35FL,35FR,35RL,35RRと、この各油圧配管35FL,35FR,35RL,35RRの油圧が各々供給されて夫々の車輪WFL,WFR,WRL,WRRに制動力を発生させる油圧制動手段36FL,36FR,36RL,36RRと、を備えている。つまり、ここで例示する制動力発生装置は、夫々の車輪WFL,WFR,WRL,WRRに対して個別の大きさの制動力を発生させることができるように構成されている。
【0043】
そのブレーキアクチュエータ34は、例えば、図示しないオイルリザーバ,オイルポンプ,夫々の油圧配管35FL,35FR,35RL,35RRの油圧を各々に増減する為の増減圧制御弁の如き種々の弁装置等を含んでいる。
【0044】
このブレーキアクチュエータ34においては、増減圧制御弁がマスタシリンダ33により制御されて各油圧配管35FL,35FR,35RL,35RRの油圧が夫々調節され、各車輪WFL,WFR,WRL,WRRに対する通常の制動力制御が実行される。
【0045】
一方、このブレーキアクチュエータ34においては、増減圧制御弁をデューティ比制御することによって、各油圧配管35FL,35FR,35RL,35RRの油圧を適切な大きさへと個別に増減することができる。これが為、電子制御装置1のトラクション制御手段は、トラクション制御を行う際、その増減圧制御弁を例えば駆動輪の車輪スリップ量に応じてデューティ比制御し、駆動輪たる後輪WRL,WRRの油圧配管35RL,35RRの油圧をトラクション制御に対応した適切な大きさへと個別に増減させる。これにより、車両においては、その際の制動力によって駆動輪が車輪スリップの発生を抑える駆動力にまで低下する。
【0046】
また、そのトラクション制御手段は、トラクション制御を行う際に、例えば駆動輪の車輪スリップ量に応じて内燃機関10の機関出力トルクを増減させる。これにより、車両においては、駆動輪の駆動力が車輪スリップの発生を抑える大きさにまで低下する。
【0047】
以下に、本実施例の駆動力制御における目標車両駆動力の設定動作(図2のステップST3の動作)について図3のフローチャートに基づき具体的に説明する。
【0048】
先ず、駆動力制御装置(電子制御装置1)は、その車輪スリップ判断手段に車輪スリップ発生の可能性が高いのか否かについて判断させる(ステップST11)。このステップST11においては、上述したように、車輪速度検出手段21RL,21RRで検出した駆動輪(後輪WRL,WRR)の実車輪速度が所定速度よりも大きく変化したとき、変速動作検知手段の検知結果に基づいて変速機11が変速動作中若しくは変速動作終了後所定時間以内と判断されたとき又はトラクション制御手段による制御が終了してから所定時間以内と判断されたときの内の何れか1つに該当した場合に、車輪スリップ発生の可能性が高いと判断する。
【0049】
ここで、車輪スリップ発生の可能性が高いと判断された場合、目標車両駆動力設定手段は、上述した減少フィルタ(又は減少ゲイン)の選択を行う(ステップST12)。このステップST12においては、その選択の前に通常フィルタ(又は通常ゲイン)が選ばれているならば、その通常フィルタ(又は通常ゲイン)から減少フィルタ(又は減少ゲイン)へと目標車両駆動力設定手段がフィルタ回路(又はゲイン)を切り替える。そして、この目標車両駆動力設定手段は、その減少フィルタ(又は減少ゲイン)を利用して目標車両駆動力の設定を行う(ステップST13)。
【0050】
例えば、通常目標車両駆動力の設定値そのものを補正して最終的な目標車両駆動力の設定を行う場合、目標車両駆動力設定手段は、先ず上述した図2のステップST2の車体加速度に基づいて通常目標車両駆動力を求める。その際には、車輪スリップ状態であるが故に、図4に示す如く、上記ステップST1において車輪スリップ発生の可能性が高いと判断される前よりも大幅に大きくなった駆動輪の実車輪速度の情報が取得され、そして、その実車輪速度に基づいて推定するので上記ステップST2で大きな値の車体加速度が取得される。これが為、その車体加速度に基づいて設定される目標車両駆動力(=通常目標車両駆動力)は、図4に示すように、車輪スリップ発生の可能性が高いと判断される前よりも大幅に大きな値となる。尚、この目標車両駆動力の補正を行う際の基準となる通常目標車両駆動力は、ステップST2で取得した車体加速度に基づき設定したものであり、図4に示す如く、最大値に保持した車体加速度に基づき設定を行う従前の車輪スリップの発生の可能性が高いときのものとは異なる。目標車両駆動力設定手段は、その大きな値の通常目標車両駆動力を減少フィルタ(又は減少ゲイン)で補正して図4に示すように低下させる。従って、この場合には、上記ステップST6で求める駆動輪の目標機関出力トルクについても、図4に示す如く補正前の状態よりも小さくなる。
【0051】
また、駆動輪の実車輪速度を補正して目標車両駆動力の設定を行う場合、目標車両駆動力設定手段は、先ず駆動輪の実車輪速度の情報を取得する。車輪スリップ状態であることから、その駆動輪の実車輪速度は、図5に示す如く、上記ステップST11において車輪スリップ発生の可能性が高いと判断される前よりも大幅に大きな値になっている。目標車両駆動力設定手段は、その大きな値の駆動輪の実車輪速度を減少フィルタ(又は減少ゲイン)で補正して図5に示すように小さくする。そして、この目標車両駆動力設定手段は、その補正後の実車輪速度に基づいて車体加速度の推定を行う。これが為、その車体加速度は、図5に示す如く、実車輪速度を補正せずに推定した場合と比して小さくなる。従って、ここでは、図5に示すように、その車体加速度に基づいて設定した目標車両駆動力も従前の車輪スリップの発生の可能性が高いときよりも小さくなり、それ故に、上記ステップST5で求める目標機関出力トルクについても小さくなる。
【0052】
また、車体加速度を補正して目標車両駆動力の設定を行う場合、目標車両駆動力設定手段は、先ず駆動輪の実車輪速度の情報を取得し、その実車輪速度に基づいて車体加速度の推定を行う。その際、車輪スリップ状態と判断されているので、その実車輪速度と車体加速度は、上記の通常目標車両駆動力の設定値を補正する場合と同様に大きな値となる。目標車両駆動力設定手段は、その大きな値の車体加速度を減少フィルタ(又は減少ゲイン)で補正して図6に示すように小さくする。これが為、その際には、図6に示すように、その車体加速度に基づいて設定した目標車両駆動力も従前の車輪スリップの発生の可能性が高いときよりも小さくなるので、上記ステップST5で求める目標機関出力トルクについても小さくなる。
【0053】
車輪スリップ発生の可能性が高い場合には、そのようにして駆動輪の目標機関出力トルクを小さくし、駆動輪の車輪スリップ量の更なる増加を防いでいる。
【0054】
一方、上記ステップST11で車輪スリップ発生の可能性が低いと判断された場合、目標車両駆動力設定手段は、上述した通常フィルタ(又は通常ゲイン)を選択する(ステップST14)。このステップST14においては、その選択の前に減少フィルタ(又は減少ゲイン)が選ばれているならば、その減少フィルタ(又は減少ゲイン)から通常フィルタ(又は通常ゲイン)へと目標車両駆動力設定手段がフィルタ回路(又はゲイン)を切り替える。そして、この目標車両駆動力設定手段は、ステップST13に進み、その通常フィルタ(又は通常ゲイン)を利用して通常時の目標車両駆動力の設定を行う。
【0055】
以上示した如く、本実施例の駆動力制御装置は、駆動輪が車輪スリップを発生し易いときに、従前よりも目標車両駆動力を小さくして駆動輪の目標機関出力トルクを低く抑えるので、その駆動輪の車輪スリップ量の増加を防いで車輪スリップの増長を抑えることができる。従って、この駆動力制御装置は、駆動輪において車輪スリップ発生の可能性が高いときに、その車輪スリップが更に発生し易くなってしまうという事態を回避することができる。例えば、変速機11が手動変速機であり、運転者が変速操作を行ったときには、自動変速機が自動変速モードで変速動作を行うときよりもクラッチ機構の動作が荒く、車輪スリップ量が増加し易く車輪スリップ発生の可能性がより高くなるので、車輪スリップが発生し難くなるという恩恵を運転者がより効果的に感じ取ることができる。また、変速機11が自動変速機であったとしても、運転者が手動変速モードで変速操作を行ったならば同様の事象が考えられるので、運転者は、このときにも手動変速機のときと同様の効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
以上のように、本発明に係る駆動力制御装置は、車輪スリップ発生の可能性が高い状況下において、その状況が車輪スリップを増長させる方向へと変わらないようにする技術に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係る駆動力制御装置とその適用対象たる車両について説明する図である。
【図2】基本的な駆動力制御の一例を示すフローチャートである。
【図3】目標車両駆動力の設定動作について説明するフローチャートである。
【図4】通常目標車両駆動力の補正によって目標車両駆動力の設定を行う際のタイムチャートであって、駆動輪の実車輪速度、車体加速度、目標車両駆動力及び目標機関出力トルクについて示すものである。
【図5】駆動輪の実車輪速度の補正によって目標車両駆動力の設定を行う際のタイムチャートであって、駆動輪の実車輪速度、車体加速度、目標車両駆動力及び目標機関出力トルクについて示すものである。
【図6】車体加速度の補正によって目標車両駆動力の設定を行う際のタイムチャートであって、駆動輪の実車輪速度、車体加速度、目標車両駆動力及び目標機関出力トルクについて示すものである。
【符号の説明】
【0058】
1 電子制御装置(ECU)
10 内燃機関
11 変速機
21FL,21FR,21RL,21RR 車輪速度検出手段
34 ブレーキアクチュエータ
FL,WFR,WRL,WRR 車輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目標車両駆動力を設定する目標車両駆動力設定手段と、
実車両駆動力が前記目標車両駆動力となるよう車両を制御する車両駆動力制御手段と、
車輪スリップ発生の可能性について判断する車輪スリップ判断手段と、
を備え、
前記目標車両駆動力設定手段は、車輪スリップ発生の可能性が高い場合に、該可能性が低い場合と比べて目標車両駆動力の設定値を小さく補正するよう構成したことを特徴とする駆動力制御装置。
【請求項2】
前記目標車両駆動力設定手段は、車体加速度又は実車輪速度に基づいて前記目標車両駆動力の設定を行い、該車体加速度又は実車輪速度に基づき設定した目標車両駆動力を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正して目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成したことを特徴とする請求項1記載の駆動力制御装置。
【請求項3】
前記目標車両駆動力設定手段は、車体加速度に基づいて前記目標車両駆動力の設定を行うように構成し、且つ、該車体加速度を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正することによって目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成したことを特徴とする請求項1記載の駆動力制御装置。
【請求項4】
前記目標車両駆動力設定手段は、実車輪速度に基づいて前記目標車両駆動力の設定を行うように構成し、且つ、該実車輪速度を車輪スリップ発生の可能性が低い場合よりも小さい値に補正することによって目標車両駆動力の設定値が小さくなるように構成したことを特徴とする請求項1記載の駆動力制御装置。
【請求項5】
前記車輪スリップ判断手段は、実車輪速度が所定速度よりも大きく変化したときに車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させるように構成したことを特徴とする請求項1,2,3又は4に記載の駆動力制御装置。
【請求項6】
前記車輪スリップ判断手段は、変速機が変速動作中又は変速動作終了後所定時間以内ならば車輪スリップの発生の可能性が高いと判断させるように構成したことを特徴とする請求項1,2,3又は4に記載の駆動力制御装置。
【請求項7】
前記変速機は、原動機からの出力トルクを伝達させ又は当該出力トルクの伝達を解除させるクラッチ機構付きである請求項6記載の駆動力制御装置。
【請求項8】
前記車輪スリップ判断手段は、駆動輪が最適な駆動力となるように制御するトラクション制御手段を車両に備えているならば、該トラクション制御手段による制御が終了してから所定時間の間を車輪スリップの発生の可能性が高いときと判断させるように構成したことを特徴とする請求項1,2,3又は4に記載の駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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