説明

骨再生材料

【課題】良好な物理的強度を有し、かつ欠損する前の骨の形状と同じ形状を有し、新生骨と十分に置換し得る骨再生材料を提供すること。
【解決手段】本発明の骨再生材料は、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物の熱脱水架橋体を含む。本発明の骨再生材料の製造方法は、例えば、ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液に、カルシウム水溶液を滴下または注加して、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物を得る工程、および該共沈物を加熱して熱脱水架橋体を得る工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨再生材料に関する。
【背景技術】
【0002】
骨腫瘍の手術、唇顎口蓋裂、粉砕骨折などに伴う骨欠損を有する患者に対しては、通常、骨移植が行われる。骨移植は、脳外科、整形外科、歯科などの領域における手術に伴って生じる骨欠損を修復するために行われる場合もある。
【0003】
骨移植には、自家骨を用いることが好ましい。しかし、自家骨を用いるには量的な制限があり、自家骨を取り出した後に残る障害などの問題もある。このため、骨移植に用いる骨として、自家骨に代わり得る人工骨の開発が行われている。
【0004】
人工骨材としては、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH):以下、「HA」と記載する場合がある)セラミックス、β−第3リン酸カルシウム(β−TCP)などが提案されている。
【0005】
HAの前駆体である第8リン酸カルシウム(Ca(PO・5HO:以下、「OCP」と記載する場合がある)は、HAよりも優れた多くの機能を有する(特許文献1)。例えば、骨伝導能(非特許文献1)、破骨細胞による吸収性(非特許文献2)、用量依存的な骨芽細胞の分化促進(非特許文献3)に優れている。また、HAの前駆体である非晶質リン酸カルシウム(Ca(PO・nHO)(非特許文献4)や第2リン酸カルシウム(第2リン酸カルシウム無水物(CaHPO)あるいは第2リン酸カルシウム2水和物(CaHPO・2HO))(特許文献1および非特許文献5)についてもOCPと同様の性質を有することが報告されている。したがって、人工骨材としては、HAよりはむしろ、OCPなどのHA前駆体に対する期待が大きい。
【0006】
しかし、OCPは人工骨材として用いるには非常に脆く、また賦形性が低い。OCPの賦形性の低さを補う観点から、OCPと高分子材料との複合体が検討されている。例えば、OCPの顆粒とコラーゲンとの複合体(以下、「OCP/Col」と記載する場合がある)が知られている(特許文献2)。OCP/Colは、OCPの優れた骨伝導能を促進するが、人工骨材として用いた場合、人工骨成分が周辺の組織に吸収されて人工骨が消失し、これに置き換わりながら骨が再生する過程において、人工骨の消失速度が骨の再生速度よりも遅くなる。これは、生体内でOCPの顆粒が完全には吸収されにくいために生じる性質である。再生骨が人工骨と十分に置換し、骨の欠損が完全に新生骨で満たされることは、この分野で求められているきわめて重要な課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2788721号公報
【特許文献2】特開2006−167445号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Suzuki O.ら、Tohoku J. Eng. Med.、1991年、第164巻、p.37-50
【非特許文献2】Imaizumi H.ら、Calcif. Tissue Int.、2006年、第78巻、p.45-54
【非特許文献3】Anada T.ら、Tissue Eng.、2008年、第14巻、p.965-978
【非特許文献4】Meyer J.L.ら、Calcif. Tissue Int.、1978年、第25巻、p.59-68
【非特許文献5】Eidelman N.ら、Calcif. Tissue Int.、1987年、第41巻、p.18-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、欠損する前の骨の形状と同じ形状を有し、新生骨と十分に置換し得る骨再生材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、OCPの粒径を可能な限り小さくすることが重要であり、このために化学的に析出し、合成条件下で規定される最小の結晶径を有する化学析出OCPとゼラチンとの共沈物(以下、「OCP/Gel」と記載する場合がある)が有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物の熱脱水架橋体を含む骨再生材料を提供する。
【0012】
本発明はまた、骨再生材料の製造方法を提供し、該方法は、ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液に、カルシウム水溶液を滴下または注加して、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物を得る工程、および該共沈物を加熱して熱脱水架橋体を得る工程を含む。
【0013】
本発明はさらに、骨再生材料の製造方法を提供し、該方法は、ゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液に、リン酸水溶液を滴下または注加して、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物を得る工程、および該共沈物を加熱して熱脱水架橋体を得る工程を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、良好な物理的強度を有し、かつ欠損する前の骨の形状と同じ形状を有し、新生骨と十分に置換し得る骨再生材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1におけるラットの再生した頭蓋骨の断面を示すヘマトキシリン・エオシン(HE)染色の写真である。
【図2】比較例1におけるラットの再生した頭蓋骨の断面を示すヘマトキシリン・エオシン(HE)染色の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の骨再生材料は、第8リン酸カルシウム(OCP)とゼラチンとの共沈物(OCP/Gel)の熱脱水架橋体を含む。
【0017】
OCP/Gelは、変性コラーゲンであるゼラチンに、OCPの結晶を直接析出させた複合体であり、OCPの結晶が均一に分散していると考えられる。
【0018】
OCP/Gelは共沈法によって得られる。例えば、ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液にカルシウム水溶液を滴下または注加する方法、ゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液にリン酸水溶液を滴下または注加する方法によって得られる。
【0019】
ゼラチンとしては、特に限定されない。通常、コラーゲンを熱処理して得られる。市販のゼラチンであってもよい。
【0020】
コラーゲンとしては、特に限定されない。例えば、豚、牛の皮膚、骨、腱に由来するコラーゲンが挙げられる。好ましくは、蛋白分解酵素(例えば、ペプシン、プロナーゼ)により可溶化され、テロペプチドが除去された酵素可溶化コラーゲンである。コラーゲンのタイプとしては、例えば、タイプI、タイプI+タイプIIIが好ましい。コラーゲンは生体由来成分であるので、安全性が高く、特に酵素可溶化コラーゲンがアレルゲン性も低く好ましい。市販のコラーゲンであってもよい。
【0021】
リン酸としては、水溶液中でPO3−を生じる化合物であれば、特に限定されない。このような化合物としては、例えば、リン酸水素ナトリウム、リン酸アンモニウムおよび正リン酸が挙げられる。
【0022】
カルシウムとしては、水溶液中でCa2+を生じる化合物であれば、特に限定されない。このような化合物としては、例えば、酢酸カルシウム、塩化カルシウムおよび硝酸カルシウムが挙げられる。
【0023】
リン酸とカルシウムとの割合は、特に限定されないが、好ましくは、モル比で、カルシウム1に対してリン酸が0.71〜1.10、より好ましくは0.73〜1.00である。
【0024】
OCPとゼラチンとの割合は、特に限定されないが、好ましくは、質量比で、ゼラチン1に対してOCPが0.1〜9、より好ましくは0.67〜4である。ゼラチン1に対してOCPが0.1未満であると、得られる骨再生材料の骨再生能が劣り、9を超えると、形状付与性が低下する。
【0025】
ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液ならびにゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液は、好ましくはpHが4.5〜7.5である。カルシウム水溶液またはリン酸水溶液を混合することによってpHを変動させないために、緩衝成分を含んでもよい。
【0026】
ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液へのカルシウム水溶液の滴下または注加、あるいはゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液へのリン酸水溶液の滴下または注加は、好ましくは50℃〜80℃、より好ましくは約60℃〜75℃で行われる。50℃未満または80℃を超えると、OCPが生成しにくい。
【0027】
ここで、「滴下」とは、一方の溶液の液滴を他方の溶液に加えることをいい、「注加」とは、チューブなどの中空管を用いて、一方の溶液を他方の溶液に加えることをいう。
【0028】
滴下または注加は、ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液、あるいはゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液を攪拌しながら行う。攪拌しないと、均一な粒径のOCP/Gelが得られない。
【0029】
滴下または注加の速度(mL/分)は、好ましくは30〜120、より好ましくは35〜82である。30未満または120を超えると、OCPが生成しにくい。
【0030】
熱脱水架橋体は、OCP/Gelを形成するゼラチン分子同士が脱水縮合反応により架橋した構造体である。熱脱水架橋体は、架橋構造を有するため、物理的強度が高い。
【0031】
熱脱水架橋体は、OCP/Gelを加熱することにより得られる。この加熱処理は、50℃〜200℃、好ましくは100℃〜150℃の温度で、3時間〜240時間、好ましくは24時間〜100時間行われる。
【0032】
熱脱水架橋体は、好ましくは、OCP/Gelを減圧下で加熱することにより得られる。減圧条件としては、特に限定されないが、例えば、200Pa以下、好ましくは133Pa以下である。
【0033】
熱脱水架橋体は、より好ましくは、OCP/Gelを乾燥した後、減圧下で加熱することにより得られる。乾燥方法としては、特に限定されないが、例えば、凍結乾燥法および自然乾燥法(風乾)が挙げられる。乾燥前に、OCP/Gelを静置し、次いで上清を除去するなどして、適宜水分を少なくすることにより、乾燥工程を効率的にしてもよい。
【0034】
本発明の骨再生材料は、本発明の効果が阻害されない範囲内で、一般的に骨再生材料に含まれる成分を含んでいてもよい。このような成分としては、例えば、生体吸収性高分子(ポリ乳酸、ポリ乳酸−ポリエチレングリコール共重合体など)、生体吸収性リン酸カルシウム(β−TCPなど)、生体非吸収性材料(HAセラミックスなど)が挙げられる。
【0035】
本発明の骨再生材料は、骨欠損部の形状に応じて適宜成形され、電子線照射、高圧蒸気滅菌などにより滅菌処理後、骨欠損部に埋入される。ただし、高圧蒸気滅菌は、OCPの結晶相に影響を及ぼすので、その場合は骨欠損の適用部位を考慮する。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
(実施例1)
(OCP/Gelの熱脱水架橋体の調製)
ゼラチン(シグマ社製、Type A Gelatin(ブタ皮膚由来))をリン酸緩衝液(リン酸2水素ナトリウム)に溶解して、1%(w/v)のゼラチンを含む水溶液を調製した。このゼラチン溶液500mLを攪拌しながら70℃に維持した。この溶液に、0.08モル/Lの酢酸カルシウム水溶液500mLを7.5分間かけて滴下して混合した。滴下終了後、混合液をさらに70℃にて数分間静置することにより、沈殿(共沈物)を形成させた。上清を除去し、沈殿の懸濁液をポリプロピレン製の容器に移し、凍結乾燥を行った。凍結乾燥物を133Pa以下の減圧下、150℃にて24時間維持することにより、OCP/Gelの熱脱水架橋体を得た。得られたOCP/Gel中のOCP含有量は、化学分析の結果、約40質量%であった。
【0038】
(骨形成の検証)
ジエチルエーテルおよびネンブタールを用いて、ラット(Wistar、12週齢、雄性)に全身麻酔を施した。次いで、ラットの頭蓋部皮膚を剃毛し、露出した皮膚およびその下の骨膜をメスで切開した。頭蓋骨正中部に直径9mmの骨欠損部を形成した。次いで、電子線照射(5kGy)により滅菌したOCP/Gelの熱脱水架橋体を、ディスク状に成形し(直径9mm、厚さ1mm)、骨欠損部に埋入して骨膜および皮膚を縫合した。
【0039】
埋入から8週間後、ラットから摘出した頭蓋骨の脱灰標本を用いて、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色により組織学的分析を行った。結果を図1に示す。
【0040】
図1から明らかなように、OCP/Gelの熱脱水架橋体を埋入したラットでは、再生骨は、骨欠損部を形成する前の頭蓋骨と類似の形状を有し、かつ母床骨に近い組成構造を呈した。
【0041】
HE染色の結果から、組織形態計測により、骨形成量および残存OCP量を定量し、骨形成率=骨形成量/残存OCP量を算出した。OCP/Gelの熱脱水架橋体を埋入したラットでは、8週間の骨形成率は66%という比較的高い値を示した。
【0042】
(比較例1)
(OCP/Colの熱脱水架橋体の調製)
ブタ皮膚由来ペプシン可溶化コラーゲン凍結乾燥粉末(タイプI+タイプIII、中性、架橋あり:NMPコラーゲンPS;日本ハム株式会社製)を酸性溶液に溶解して、1%(w/v)のコラーゲンを含む水溶液を調製した。このコラーゲン溶液に、O.Suzukiら、Tohoku J. Exp. Med.、1991年、第164巻、p.37に記載の手順で製造したOCP顆粒を、OCPとコラーゲンとの質量比が77:23(OCP77質量%)となるように分散させた。この分散液をポリプロピレン製の容器に移し、凍結乾燥を行った。凍結乾燥物を133Pa以下の減圧下、150℃にて24時間維持することにより、OCP/Colの熱脱水架橋体を得た。
【0043】
(骨形成の検証)
実施例1と同様にして、骨欠損部を形成した。次いで、電子線照射(5kGy)により滅菌したOCP/Colの熱脱水架橋体を、ディスク状に成形し(直径9mm、厚さ1mm)、骨欠損部に埋入して骨膜および皮膚を縫合した。
【0044】
埋入から12週間後、ラットから摘出した頭蓋骨について、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色により組織学的分析を行った。結果を図2に示す。
【0045】
図2から明らかなように、OCP/Colの熱脱水架橋体を埋入したラットでは、再生骨は、OCP/Gelによる再生骨と比べ、母床骨よりも膨隆し、OCP/Col中のOCP顆粒が残存し、またOCPの顆粒形状に依存した骨組織構造を呈した。
【0046】
このように、実施例1のOCP/Gelの熱脱水架橋体は、比較例1のOCP/Colの熱脱水架橋体と比べて、生体への吸収速度と新生骨の置換速度とのバランスがよいことがわかる。
【0047】
HE染色の結果から、組織形態計測により、骨形成量および残存OCP量を定量し、骨形成率=骨形成量/残存OCP量を算出した。OCP/Colの熱脱水架橋体を埋入したラットでは、12週間の骨形成率は53%であった。OCPの用量が大きいほど、骨芽細胞の賦活化能(Anada T.ら、Tissue Eng. Part A、2008年、第14巻、p.965-978)またはOCP/Colの骨形成能(Kawai T.ら、Tissue Eng. Part A、2009年、第15巻、p.23-32)が高いことがわかっている。このことから、OCP/Gel(OCP40質量%)の8週間で66%という骨再生能と、OCP/Col(OCP77質量%)の12週間で53%という骨再生能とを比較した場合、OCP/Gelの格段に優れた骨再生能が伺える。
【0048】
このように、実施例1のOCP/Gelの熱脱水架橋体は、比較例1のOCP/Colの熱脱水架橋体と比べて、埋入期間が4週間も短かったにもかかわらず、高い骨形成率を示した。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の骨再生材料は、良好な物理的強度を有し、かつ欠損する前の骨の形状と同じ形状を有し、新生骨と十分に置換し得る。したがって、本発明の骨再生材料は、機能障害を伴う骨欠損への適応のみならず、機能障害が顕在化せず看過されることが多かった手術に伴って形成される骨欠損の修復(脳外科、整形外科、歯科領域など)、骨吸収を伴う歯周病、義歯の保持を不安定化させる顎堤の低下などの障害にも適用され得、患者の生活の質(QOL)の向上に寄与し得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物の熱脱水架橋体を含む骨再生材料。
【請求項2】
骨再生材料の製造方法であって、
ゼラチンおよびリン酸を含む水溶液に、カルシウム水溶液を滴下または注加して、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物を得る工程、および
該共沈物を加熱して熱脱水架橋体を得る工程
を含む、方法。
【請求項3】
骨再生材料の製造方法であって、
ゼラチンおよびカルシウムを含む水溶液に、リン酸水溶液を滴下または注加して、第8リン酸カルシウムとゼラチンとの共沈物を得る工程、および
該共沈物を加熱して熱脱水架橋体を得る工程
を含む、方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−234799(P2011−234799A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106774(P2010−106774)
【出願日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2010年2月5日 日本再生医療学会発行の「再生医療vol.9 増刊号,2010 第9回日本再生医療学会総会 プログラム・抄録集」および2010年3月25日 日本歯科理学会発行の「日本歯科理工学会誌 vol.29,No.2, Apr. 2010平成22年度春期 第55回日本歯科理工学会学術講演会 プログラムおよび講演集」に発表
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】