説明

高い重金属吸着能力を有する新規な光合成細菌株、及びかかる細菌株を使用した環境浄化方法

【課題】 放射性核種を含む広い範囲の重金属に対して高い吸着能力を示す光合成細菌株、及びかかる細菌株を使用した環境浄化方法を提供する。
【解決手段】 重金属吸着能力を有するロドバクター・スファエロイデス(Rhodobacter sphaeroides)SSI株(FERM P−21462)。かかる細菌株に環境中の重金属を吸着させ、重金属を吸着した細菌株を環境中から回収することを特徴とする環境浄化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性核種を含む広い範囲の重金属に対して高い吸着能力を示す光合成細菌株に関する。本発明はまた、かかる細菌株を使用した環境浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工場排水や核実験などによるヘドロや土壌などの重金属汚染は近年、世界各地で問題となっている。これに対する対策として、重金属を吸着する性質を有する光合成細菌を利用してヘドロや土壌から重金属を回収することが従来知られている。例えば、特許文献1には、多孔質セラミックに磁性体及び光合成細菌を固定化した表面改質多孔質セラミックをヘドロ中に分散させてヘドロ中の重金属を光合成細菌に吸着させ、吸着後に光合成細菌を固定化したセラミックごと磁石でヘドロ中から回収する方法が開示されている。
【0003】
特許文献1の方法では、Cu,Ag,Hgなどの一般的な重金属を吸着させるために使用する光合成細菌として、ロドバクター・スファエロイデスS株、ロドヴルム(Rhodovulum)sp PS88株、ロドプセウドモナス・パルスツリス(Rhodopseudomonas palustris)、及びロドバクター・カプスラータ(Rhodobacter capsulata)等が挙げられている。これらの光合成細菌は一定の重金属吸着能力を有することが知られているが、重金属を回収するには能力的になお不十分である。
【0004】
また、前述のような種類の重金属の回収だけでなく、核施設や核実験などによる核汚染に対処するため、Sr,U,Coなどの放射性核種を環境から効果的に回収することも強く求められている。従って、放射性核種を含む広い範囲の重金属を効果的に吸着することができる光合成細菌株が求められている。
【特許文献1】特開2001−25786号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、放射性核種を含む広い範囲の重金属に対して高い吸着能力を示す光合成細菌株、及びかかる細菌株を使用した環境浄化方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、光合成細菌株の中でも比較的高い重金属吸着能力を有することが知られるロドバクター・スファエロイデスS株(寄託番号:NBRC100038(NITE((独)製品評価技術基盤機構)のバイオテクノロジー分野 生物遺伝資源部門への寄託))を継代培養する間に、菌体同士が集合(凝集)する性質を示す自然変異体を見出した。そこで、本発明者らは、この自然変異株を単離してさらに調査したところ、この自然変異株の凝集性は多量の細胞表面タンパク質やRNAの生産によってもたらされること、そしてこれらのタンパク質やRNAを利用して重金属を電気的に強く吸着することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明によれば、重金属(例えばCu,Ag,Hgなどの一般的な重金属及びSr,U,Coなどの放射性核種に属する重金属)の吸着能力を有するロドバクター・スファエロイデスSSI株(FERM AP−21462)が提供される。また、本発明によれば、上述のような重金属で汚染された環境(例えばヘドロ、堆積砂、土壌、又は砂漠の砂など)を浄化する方法であって、前記ロドバクター・スファエロイデスSSI株(FERM AP−21462)に環境中の重金属を吸着させ、重金属を吸着した細菌株を環境中から回収することを特徴とする方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の細菌株は、細胞表面タンパク質やRNAを多量に生産するため、高い重金属吸着能力を示す。特に、本発明の細菌株は、Cu,Ag,Hgなどの一般的な重金属だけでなく、Sr,U,Coなどの放射性核種に対しても高い吸着能力を示す。従って、本発明の細菌株を利用すれば、工場排水などによる重金属で汚染された環境だけでなく、核施設や核実験などによる放射性核種で汚染された環境も効果的に浄化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、まず本発明の細菌株について説明し、次にこの細菌株を使用した環境浄化方法について説明する。
【0010】
本発明の細菌株であるロドバクター・スファエロイデスSSI株(以下、単にSSI株と称する)は、光合成細菌ロドバクター・スファエロイデスS株(以下、単にS株と称する)を継代培養する間に得られた自然変異株である。本発明のSSI株は、茨城県つくば市東1−1−1中央第6の独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されており、そこから容易に入手することができる。本発明のSSI株の受領番号はFERM AP−21462である(平成19年12月7日受領)。
【0011】
従来の光合成細菌株は、親株であるS株を含め、凝集性を全く示さないが、本発明のSSI株は、培養中に多量の細胞表面タンパク質やRNAを生産するため、これらのタンパク質やRNAによって菌体細胞同士が凝集する。これらのタンパク質やRNAの存在により、本発明のSSI株は、重金属を電気的に吸着するため、従来の光合成細菌株と比べて顕著に高い重金属吸着能力を有する。従って、本発明のSSI株は、従来の光合成細菌株と比べて吸着が困難な重金属も効果的に吸着することができる。なお、本発明のSSI株の菌学的性質は、多量の細胞表面タンパク質やRNAの生産による凝集性を示す点を除き親のS株と全く同じである。
【0012】
本発明のSSI株は、水溶液中でイオン化されるいかなる種類の重金属も効果的に吸着し、例えばCu,Ag,Hgなどの一般的な重金属、及び吸着が困難と思われるSr,U,Coなどの放射性核種に属する重金属を吸着することができる。
【0013】
本発明のSSI株の増殖は、菌株が効果的に増殖できる限りいかなる培養条件でも行うことができるが、例えば実施例の表1に記載される培地(グルタメート−マレート培地)を使用して30℃〜35℃の温度で、好気暗条件又は静置明条件(5klux〜10kluxのタングステン光照射下)で培養することによって容易に行うことができる。
【0014】
本発明の環境浄化方法は、本発明のSSI株に環境中の重金属を吸着させ、重金属を吸着した細菌株を環境中から回収することによって行う。本発明の方法で浄化することができる環境は、本発明のSSI株が生存できる限り特に限定されず、例えば海、河川、湖沼などの底質のヘドロや堆積砂、地上の土壌(田畑)や砂漠の砂であることができる。
【0015】
本発明の環境浄化方法では、まず重金属で汚染された環境中で本発明のSSI株を生存させるか又は培養してこの細菌株に環境中の重金属を吸着させる。例えばこの環境がヘドロや堆積砂である場合は、これらのヘドロや堆積砂の上の水に本発明のSSI株を添加する。また、この環境が地上の土壌(田畑)や砂漠の砂である場合は、これらの土壌や砂に本発明のSSI株を直接添加する。この際、本発明のSSI株を適当な担体に予め固定化して担体とともに添加することが好ましい。これは、重金属吸着後の菌株の回収を容易にするためである。かかる担体としては、菌株を固定化できる表面構造を有する限りいかなるものも使用できるが、例えば多孔質セラミック担体が好ましい。多孔質セラミック担体は、磁石による容易な回収のため、磁性体を含ませることが好ましい。
【0016】
本発明のSSI株が重金属吸着能力を発揮するためには、細菌株が回収されるまで生きた状態であることが必要であり、環境中で細菌株が死んでしまうと、せっかく細菌株の細胞表面に吸着された重金属が再び放出されてしまうことがある。従って、環境中に本発明のSSI株の栄養源が不足していると考えられる場合は栄養源を添加して細菌株が死なないようにすることが好ましい。この栄養源としては、例えば下水や農業排水などを使用することができる。同様に、温度条件や通気条件などが本発明のSSI株にとって好適な条件でないと考えられる場合は、これらの条件を人工的に調節することが好ましい。
【0017】
環境中に存在する重金属は、水に溶けてイオン化状態にあり、正に帯電している。一方、本発明のSSI株は、環境中で多量の細胞表面タンパク質やRNAを生産し、これらのタンパク質やRNAは負に帯電している。従って、本発明のSSI株の細胞表面タンパク質やRNAと環境中の重金属は互いに電気的に吸引する。本発明の方法は、従来の光合成細菌の持つ重金属の吸着力だけでなく、これらの表面タンパク質やRNAの電気的吸引力も利用する。従って、本発明の方法によれば、Cu,As,Hgなどの一般的な重金属の汚染だけでなく、従来吸着が困難であると考えられていたSr,U,Coなどの放射性核種の汚染にも対処することができる。
【0018】
本発明の環境浄化方法では、本発明のSSI株に環境中の重金属を吸着させた後、重金属を吸着した細菌株を環境中から回収する。この回収方法は、特に限定されず、例えば、本発明のSSI株を担体に固定化して使用した場合は、この担体を吸引することにより、本発明のSSI株を担体とともに環境中から容易に回収することができる。また、担体を利用しない場合は、本発明のSSI株が生存する液体をポンプで吸引して分離することにより本発明のSSI株を環境中から回収することができる。
【0019】
本発明のSSI株の環境中からの回収は、本発明のSSI株が重金属を十分に吸着したと思われる時期に行えばよい。回収時期は、細菌株の濃度や重金属の種類や培養条件によって変動するが、一般に細菌株の添加から約3日〜約1週間後である。
【0020】
環境中から回収した菌体は、重金属を吸着しているので、必要により菌体からその重金属を分離することができるが、重金属の分離が必要でない場合は、そのまま焼却処分してもよい。重金属を分離する場合、その分離は、回収した菌体を酸洗浄することにより容易に行うことができる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明のSSI株の高い重金属吸着能力を実施例によって具体的に実証する。なお、実施例の記載は純粋に発明の理解のためのみに挙げるものであり、本発明はこれによって何ら限定されるものではない。
【0022】
使用した細菌株
本発明例の細菌株として、ロドバクター・スファエロイデスSSI株(以下、単にSSI株と称する)を使用した。また、比較例の細菌株として、ロドバクター・スファエロイデスS株(以下、単にS株と称する)、ロドバクター・スファエロイデスIFO12203株(以下、単にIFO12203株と称する)、及びロドプセウドモナス・パルスツリス(以下、単にR.palustrisと称する)の3種の細菌株を使用した。なお、比較例の3種の細菌株のうち、S株は本発明例のSSI株の親株であり、IFO 12203株は本発明例のSSI株と同じ種に属する光合成細菌の株であり、R.palustrisは、本発明例のSSI株と異なる種に属する光合成細菌である。
【0023】
調査した重金属
本実施例では、Sr,U,Co,Cu,As及びHgの6種類の重金属に対する吸着能力を調査した。このうち、Sr,U及びCoは放射性核種に属する重金属であり、Cu,As及びHgは一般的な重金属である。
【0024】
細菌株の増殖及び菌体の固定化
各細菌株を、以下の表1に示す組成の培養液中で、30℃、10kluxのタングステン光の照射下で4日間静置培養して増殖させた。
【0025】

【0026】
増殖後、それぞれの細菌株の菌体を遠心分離によって回収し、OD660≒50(25g/l)になるように濃度を調整し、そこに3.6重量%のアルギン酸ナトリウムを等量添加して混合液を調製した。この混合液を多孔質セラミック担体(ナガオ(株)製、空隙率80%、細孔径約1mm)に浸漬させた。混合液が多孔質セラミック担体中の細孔に十分浸透した後、多孔質セラミック担体を1.8重量%の塩化カルシウム溶液に浸漬し、ナトリウムイオンとカルシウムイオンを交換させた後、室温で乾燥して、菌体が担体中の細孔及び担体表面に固定化された多孔質セラミック担体(以下、菌体固定化担体と称する)を得た。
【0027】
人工下水の調製
重金属汚染環境中での細菌株の栄養源として、以下の表2に示す組成の人工下水を調製した。
【0028】

【0029】
実施例1.本発明の細菌株のSr吸着能力の検討
上述のようにして調製した人工下水にSrを硝酸化物の形で添加して、Srを溶解させた培養液を調製し、この培養液を容積1.5lの蓋付きのプラスチック容器に入れた。この際、Srの元素としての初発濃度が20mg/lになるように調節した。
【0030】
この培養液に、各細菌株の菌体固定化担体を入れたもの、菌体を固定化していない担体を入れたもの、及び菌体も担体も入れていないものを準備し、それぞれ開放系で6日間好気暗培養した。培養条件は、通気が1vvm、pHが6.5〜7.5、温度が約30℃になるように制御した。培養中、1日目、2日目、4日目及び6日目にサンプル溶液を採集してICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光分析法によりサンプル溶液中のSrの濃度を測定した。各実験は、培養液中に入れた担体の個数を4個又は8個にして3連で行い、3回の測定値の平均値を各時点での培養液中のSr濃度とした。担体の個数を4個、8個にして実験した場合の結果をそれぞれ図1及び図2に示す。
【0031】
図1及び図2から明らかな通り、本発明例のSSI株を使用した系では、比較例のS株、IFO12203株及びR.palustrisを使用した系より培養液中のSr濃度が有意に低下し、本発明例のSSI株が従来公知の細菌株より顕著に高いSr吸着能力を有することが示された。また、図1と図2の対比から、使用する菌体の量が多いほどSrがよく吸着されることが示された。
【0032】
実施例2.本発明の細菌株のU及びCo吸着能力の検討
重金属としてSrの代わりにU又はCoを使用し、比較例の細菌株としてR.palustrisのみを使用したことを除いては、実施例1と同様にして実験を行った。なお、Uは硝酸化物の形ではなく、酢酸ウランの形で人工下水に添加した。また、担体の個数は8個にして実験した。その結果を、Uについて図3に、Coについて図4に示す。
【0033】
図3及び図4から明らかな通り、本発明例のSSI株を使用した系では、比較例のR.palustrisを使用した系より培養液中のU又はCo濃度が有意に低下し、本発明例のSSI株が従来公知の細菌株より顕著に高いU及びCo吸着能力を有することが示された。なお、Uについてコントロールでもかなりの濃度減少が見られるが、これは、時間が経過するにつれてUが一部酸化して沈殿物となり、ICP法では濃度測定できなくなったためであると考えられる。
【0034】
以上の実施例1及び2の結果から、本発明のSSI株はSr,U,Coの放射性核種の重金属に対して高い吸着能力を有することが明らかである。
【0035】
実施例3.本発明の細菌株のCu,As及びHg吸着能力の検討
実施例1及び2から本発明のSSI株が放射性核種に対して高い吸着能力を有することが明らかになったので、それ以外の一般的な重金属に対しても本発明のSSI株が高い吸着能力を有するかどうかを調査した。具体的には、重金属としてSrの代わりにCu,As又はHgを使用したことを除いては、実施例1と同様にして実験を行った。担体の個数は、Cu及びAsについては2個、Hgについては8個にして実験した。また、比較例の細菌株は使用しなかった。Cu,As,Hgについての実験結果をそれぞれ図5〜7に示す。
【0036】
図5〜7から明らかな通り、Cu,As,Hgのいずれについても本発明例のSSI株は顕著に高い吸着能力を有する。以上の結果から、本発明のSSI株は、放射性核種のみならず、その他の一般的な重金属に対しても高い吸着能力を有することが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の新規細菌株ロドバクター・スファエロイデスSSI株は、放射性核種を含む様々な重金属に対して従来公知の光合成細菌より顕著に高い吸着能力を有する。従って、本発明の新規細菌株は、核施設や核実験などの放射性核種で汚染された環境や工場排水の重金属で汚染された環境を浄化するのに極めて有効に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】菌体固定化担体4個投入時の培養液中のSr濃度変化を示す。
【図2】菌体固定化担体8個投入時の培養液中のSr濃度変化を示す。
【図3】菌体固定化担体8個投入時の培養液中のU濃度変化を示す。
【図4】菌体固定化担体8個投入時の培養液中のCo濃度変化を示す。
【図5】菌体固定化担体2個投入時の培養液中のCu濃度変化を示す。
【図6】菌体固定化担体2個投入時の培養液中のAs濃度変化を示す。
【図7】菌体固定化担体8個投入時の培養液中のHg濃度変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属吸着能力を有するロドバクター・スファエロイデス(Rhodobacter sphaeroides)SSI株(FERM AP−21462)。
【請求項2】
重金属が放射性核種であることを特徴とする請求項1に記載のロドバクター・スファエロイデスSSI株(FERM AP−21462)。
【請求項3】
重金属で汚染された環境を浄化する方法であって、請求項1又は2に記載のロドバクター・スファエロイデスSSI株(FERM AP−21462)に環境中の重金属を吸着させ、重金属を吸着した細菌株を環境中から回収することを特徴とする方法。
【請求項4】
環境がヘドロ、堆積砂、土壌、又は砂漠の砂であることを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
重金属が放射性核種であることを特徴とする請求項3又は4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−178074(P2009−178074A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18906(P2008−18906)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年8月2日 社団法人 日本生物工学会発行の「第59回日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(593112137)
【Fターム(参考)】