説明

高分子水電解用セル製造方法及び高分子水電解用セル

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は固体高分子膜を用いた高分子水電解用セル製造方法及び高分子水電解用セルに関する。
【0002】
【従来の技術】高分子イオン交換膜を用いた水電解は効率が高いことや生産した水素の純度が高いことから水素製造法として注目されている技術である。この高分子イオン交換膜を用いた水電解用のセルの製造方法として大阪工業技術研究所の開発したいわゆる吸着・還元・成長法が一般に広く知られている(特公昭58−47471号公報参照)。
【0003】この方法は、高分子イオン交換膜の表面を粗化する工程と、触媒を担持するための吸着・還元・成長の三つの工程から構成されている。図4を参照して、この工程の概略を以下に説明する。先ず、高分子イオン交換膜はガラスビーズを用いたいわゆるマイルドサンドブラストによって、表面の粗化を行う(図4(a)参照)。そして、汚れを落とすために洗浄をし(図4(b)参照)、次の触媒担持工程に移る。吸着工程では白金族のアンミン錯イオンを含む溶液に浸漬する等して膜のイオン交換基へ白金族アンミン錯イオンを吸着させる(図4(c)参照)。次に、還元剤である水素化硼素塩(NaBH4 )水溶液で処理することにより膜内表層部に白金族金属を析出させる。これを還元工程と称している(図4(d)参照)。さらに、良好な触媒性能と通電性を得るために成長工程に移る(図4(e)参照)。この成長工程では白金族塩とジアルキルアミンボランを含む還元剤からなるメッキ液に膜を浸漬し、還元工程で析出していた金属粒子を核として更に、白金族金属を膜表面に担持するものである。その後、洗浄工程により、洗浄する(図4(e)参照)。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来の吸着・還元・成長法における課題として、吸着工程で膜の内部のイオン交換基に白金族アンミン錯イオンが吸着してしまうため、還元工程で表面側から還元剤を作用させる際、どのような条件を選定しようとも膜内部に白金族金属が析出してしまう現象がみられた。この膜の内部に金属が析出すると、その後の成長工程でも更に金属が成長し易く、電気的通路として電子伝導性を持ってしまうので、従来の方法によれば電流効率の低下を招いていた。
【0005】
【課題を解決するための手段】前記課題を解決する本発明の[請求項1]の発明は、触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーから薄膜を成形し、高分子イオン交換膜の両面に前記薄膜を接合し、その後、酸洗浄しメッキ処理を施すことを特徴とする。
【0006】[請求項2]の発明は、触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーからなる薄膜を、高分子イオン交換膜の両面に接合してなると共に、該薄膜を両面に接合してなる高分子イオン交換膜を酸洗浄し、前記酸に可溶な金属粒子を除いてなり、膜表面を多孔質化すると共に膜表面に触媒微粒子を含んでなることを特徴とする。
【0007】すなわち、従来技術のような吸着工程で膜内部全体に白金族アンミン錯イオンを吸着するような方法を用いずに、触媒微粒子と高分子イオン交換樹脂溶液と酸に可溶な金属粒子で構成される薄膜を構成し、該薄膜を高分子イオン交換膜の両面に接合し、該接合後に酸により可溶な金属粒子を溶出させ、膜表面を多孔質化させると共に、膜表面にのみ触媒微粒子を担持させるようにしたものである。その後、従来と同様な工程により成長工程を行うことができる。
【0008】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0009】従来技術においては、吸着・還元工程において白金族金属の微粒子が膜内部に存在するものであった。そこで、本発明では、高分子イオン交換膜の薄膜を用意し、それに触媒微粒子を担持しておき、その薄膜を高分子イオン交換膜に接合することによって膜の内部には触媒微粒子が全く存在しないようにしたものである。但し、そのままでは成長工程にて白金族金属が成長しないような場合がある。そのため、さらに薄膜製造時に酸に可溶な金属粒子を混入しておき、それを酸により溶出させることにより、多孔質化を図り、十分な白金族金属の成長が得られるようにするものである。
【0010】本発明では、先ず、触媒微粒子及び酸に可溶な金属粒子を用意する。触媒種としては白金族金属もしくは白金族金属酸化物を含む微粒子を用いる。
【0011】また、酸に可溶な金属粒子としては、例えば鉄、ニッケル、アルミニウム等を挙げるこができるが、酸に可溶な金属粒子であれば本発明はこれに限定されるものではない。
【0012】前記触媒微粒子と酸に可溶な金属粒子とを陽イオン交換樹脂溶液に混合し、必要であれば溶媒として純水やアルコール類、有機溶剤等を溶媒として用い、さらに必要であれば界面活性剤を添加して、スラリーを製作する。陽イオン交換樹脂の溶液としては、スルホン酸基を有するフッ化炭化水素樹脂の溶液、例えばデュポン社製のナフィオン(デュポン社の登録商標)「SE5112」やアルドリッチ社製のナフィオン(デュポン社の登録商標)溶液等を挙げることができるが、イオン交換膜を製膜するものであれば本発明はこれに限定されるものではない。また、カルボン酸基を有するもの等、イオン交換樹脂溶液で乾燥や加熱、キャスティング等の方法によって製膜できるもの全てに本発明は適用することができる。
【0013】スラリーは平滑面に薄くのばして溶媒を乾燥や加熱等の方法によって除去して、薄膜とするが、この薄膜において、イオン交換樹脂溶液の占める体積は、触媒微粒子と酸に可溶な金属の合計すなわち固定粒子成分の占める体積を100として5以上の領域にて製膜が可能となった。これはイオン交換樹脂溶液の占める体積が5以下となると、触媒微粒子および金属粒子の欠落が発生し、膜とならないからである。一方イオン交換樹脂溶液の占める割合が多い分については何等問題がなく製膜できるので、5以上の領域で任意に比率を変えることによってでき上がりの表面粗度を制御するこが可能となる。すなわち、スラリーの調合比率によって表面粗度を任意に変えることができる。また、触媒微粒子の配合割合は薄膜としたときに1cm2 当たり0.02mg以上とするのが好ましい。これは、成長工程で十分な白金族金属の成長を得るために必要な核を本工程で用意するため(分布させるため)には、最低でもこの程度の触媒量を必要とするためである。
【0014】スラリーはテフロン(デュポン社の登録商標),アルミ箔等の板の上に拡げ、薄くのばし、乾燥することによって数μmから数10μmの膜を得るようにしている。スラリーの溶媒として、室温では乾燥しにくいものを加えた場合や、乾燥の時間の短縮を図る場合には、加熱したり、真空乾燥等を行うようにして、適宜乾燥手段を選択すればよい。
【0015】別に用意した数10μmから数100μm厚みの高分子イオン交換膜の両面に前述したように製膜された薄膜を配し、加熱・加圧することにより、高分子イオン交換膜の両面に薄膜を一体に接合する。前記接合温度は110℃から220℃の間で可能であるが、約130℃〜150℃の間で行うと良好な接合体を得ることができ、より望ましい。前記加熱方法としては、ホットプレス法に限らず、加熱した2本のロールの間を通し、接合するロールプレス方法等も適用することができる。
【0016】接合後は、薄膜内に存在する酸に可溶な金属粒子の酸溶解による洗浄を行う。酸洗浄に用いる酸としては薄膜に混入した金属を溶かすものであれば何等限定されるものではなく、どのような酸であっても使用することができる。前記浸漬する酸溶液としては、例えば0.01mol/l 以上の硫酸水溶液や、0.005mol/l 以上の塩酸水溶液が用いられる。また、酸溶液は加熱することにより、溶解速度を向上させることができる。なお、洗浄時間の短縮には酸溶液を加熱することが有効であるが、加圧する必要があるため、100℃を超える温度は好ましくない。一般的な開放系、すなわち、ビーカー等を用いるときは水分の蒸発を考慮し、約80℃程度で密閉しないフタをして、約15分から4時間程度加熱することが望ましい。なお、温度及び酸溶液の濃度により前記加熱時間は前後する場合もある。一例として、薄膜厚みが10μm程度であれば、1mol/l 以上の塩酸水溶液を用いることによって、約80℃で30分以内で膜内に存在する純鉄粒子を溶解除去することが可能である。
【0017】酸洗浄後は、多孔質となった表面に残る酸を取り除くために、純水で洗浄し、不純物のない表面多孔質化された高分子イオン交換膜を得る。
【0018】このような可溶金属の溶解除去を行わない場合、すなわち、触媒微粒子を混入した薄膜を単に接合するのみでは、次の工程となる成長工程で良好なメッキを得ることができない。
【0019】以上の工程にて従来の工程で表面粗化と吸着と還元の三工程が終了したものと同等の膜が得られるが、本発明では、全く内部には触媒微粒子が存在しないものである点が従来とは異なるものである。
【0020】次に、成長工程を行うが、得られた高分子イオン交換膜のハンドリング上は全く同等であるため、従来の成長工程を何等変更することなく行うことができる。すなわち、白金族金属塩をアルカリ性水溶液中に溶かし、ジアルキルアミンボランを還元剤に用いて無電解メッキする方法(特公昭58−47471号参照)を適用することができる。無電解メッキ後は、再び酸溶液にて洗浄し、高分子水電解用セルを完成する。
【0021】本発明によるセルの断面を観察すると、触媒微粒子は薄膜部分にのみ存在し、膜の内部には全く存在しない。そのため、膜内部に電流が直接漏れ流れるような電路の形成がなく、高い電流効率を示すセルを得ることができる。また、従来の吸着・還元工程では金属以外は担持することができなかったが、本発明によれば、触媒微粒子を混入するため、例えば酸化物(一例として酸化イリジウム等)、多元触媒(一例として白金族金属合金)等のスラリー中に混合できるものであれば、担持することが可能である。
【0022】前述したように、酸可溶金属粒子の溶解除去は、成長工程を良好に行うために、本発明では必須であるが、この可溶金属の溶解除去を行わなくても成長可能な触媒微粒子・成長金属種の組み合わせとして下記「表1」のものを挙げるとができるが、その接合状態は良好なものとはいえず、その電解性能(電流効率・電圧効率)は、本発明のように可溶金属の溶解除去を行ったものに比較して非常に低い。
【表1】


【0023】また、下記「表2」に示す触媒微粒子・成長金属種の組み合わせでは、成長が良好ではなく、ほとんど成長金属種は担持されない。
【表2】


【0024】
【実施例】以下、本発明の好適な一実施例について図1及び図2を参照して説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0025】(1) 「工程1(スラリーの形成)」
触媒微粒子11として、イリジウム酸化物(粒径:0.5μm)を10g、酸に可溶な金属粒子12として純鉄(粒径:0.3μm)を10g、陽イオン交換樹脂液13としてアルドリッチ社製の5wt%ナフィオン(デュポン社の登録商標)溶液を25mlを用意し、50mlビーカにいれてガラス棒にてよく攪拌した。その後、ボールミルに入れ約1時間ほど攪拌してスラリーとした。
【0026】(2) 「工程2(薄膜化)」
次に、表面にヤスリ掛けをしたテフロン(デュポン社の登録商標)シートを用意し、前記スラリーを約5ml滴下し、ガラス棒にて薄くのばした。このスラリーを薄くのばしたテフロンシートを数60℃に設定した温風乾燥機に入れ、4時間乾燥して厚さ10μmの薄膜14を得た。
【0027】(3) 「工程3(接合)」
高分子イオン交換膜15として、ナフィオン(デュポン社の登録商標)「112」を用意し(約50μm)、この高分子イオン交換膜15の両面に前記乾燥の終了した薄膜14,14を配して、ホットプレス機を用いて接合を行った。ホットプレスの条件は、140℃で30kgf/cm2 で約1分間、加圧・加熱して接合体16を得た(図2R>2(a)参照)。
【0028】(4) 「工程4(酸洗浄:金属粒子の溶解除去)」
このホットプレス後に、前記接合体80℃の1mol/l の濃度の塩酸水溶液に浸漬して、純鉄粒子を除去した。得られこの酸洗浄後の接合体17は、膜の表面のみが多孔質化18されていると共に、膜の表面のみに触媒微粒子11が担持されていた(図2(b)参照)。
【0029】その後、純水で1回洗浄してから、次の成長工程に移った。
【0030】(5) 「工程5(成長)」
成長工程では、イリジウムを担持した。成浴には塩化イリジウム0.25g、28%アンモニア水28ml、5%ジメチルアミンボラン8mlと純水170mlとを混合攪拌したものを用いた。浴槽温度は、60℃に保ち、8時間メッキを行った。
【0031】(6) 「工程6(洗浄)」
メッキ後に、酸洗浄と水洗いを実施した。
【0032】得られた電解セルの電流密度と電流効率の関係を図2に示す。なお、比較として従来技術にかかる方法のセルの電流密度と電流効率の関係を図3に示す。図3に示すように、従来の方法によれば93〜96%であった電流効率が今日新しく発明した方法によれば96〜99%と改善された。なお、図3中に、電流効率及び電流から計算される理論水素量の計算式を示す。
【0033】
【発明の効果】以上説明したように、[請求項1]の発明によれば、触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーから薄膜を成形し、高分子イオン交換膜の両面に前記薄膜を接合し、その後、酸洗浄しメッキ処理を施すことにより、前記酸に可溶な金属粒子を除き、表面を多孔質化すると共に該表面に触媒微粒子を含む高分子イオン交換膜を製造することにより、触媒微粒子は薄膜部分にのみ存在し、膜の内部には全く存在せず、しかも、表面を粗化することができる。
【0034】[請求項2]の発明によれば、触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーからなる薄膜を、高分子イオン交換膜の両面に接合してなると共に、該薄膜を両面に接合してなる高分子イオン交換膜を酸洗浄し、前記酸に可溶な金属粒子を除いてなり、膜表面を多孔質化すると共に膜表面に触媒微粒子を含んでなるので、触媒微粒子は薄膜部分にのみ存在して膜の内部には全く存在せず、しかも、表面を粗化し、メッキの付きが良好となり、膜内部に電流が直接漏れ流れるような電路の形成がなく、高い電流効率を示すセルを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の工程の概略図である。
【図2】図2(a)は本実施例にかかる接合体の構成図であり、図2(b)は高分子水電解用セル用高分子イオン交換膜の断面図である。
【図3】電流密度と電流効率の関係を示す図である。
【図4】従来技術にかかる吸着・還元・成長方法の概略工程図である。
【符号の説明】
11 触媒微粒子
12 酸に可溶な金属粒子
13 陽イオン交換樹脂液
14 薄膜
15 高分子イオン交換膜(数10μm〜数100μm)
16 接合体
17 酸洗浄後の接合体
18 多孔質化

【特許請求の範囲】
【請求項1】 触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーから薄膜を成形し、高分子イオン交換膜の両面に前記薄膜を接合し、その後、酸洗浄しメッキ処理を施すことを特徴とする高分子水電解用セル製造方法。
【請求項2】 触媒微粒子と、イオン交換樹脂溶液と、酸に可溶な金属粒子とを含むスラリーからなる薄膜を、高分子イオン交換膜の両面に接合してなると共に、該薄膜を両面に接合してなる高分子イオン交換膜を酸洗浄し、前記酸に可溶な金属粒子を除いてなり、膜表面を多孔質化すると共に膜表面に触媒微粒子を含んでなることを特徴とする高分子水電解用セル。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【特許番号】特許第3422667号(P3422667)
【登録日】平成15年4月25日(2003.4.25)
【発行日】平成15年6月30日(2003.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平9−299952
【出願日】平成9年10月31日(1997.10.31)
【公開番号】特開平11−131279
【公開日】平成11年5月18日(1999.5.18)
【審査請求日】平成13年9月7日(2001.9.7)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【参考文献】
【文献】特開 平11−131278(JP,A)
【文献】特開 平5−109419(JP,A)
【文献】特開 昭57−16181(JP,A)