説明

高剛性金属板およびその製造方法

【課題】従来よりTiB2粉体の分散割合を上げているが、曲げによる割れの発生を抑制した、より高剛性でヤング率の高い金属板を提供する。
【解決手段】金属板の圧延方向に垂直な断面において、金属間化合物としてTiB2を網の目の「目」に相当するように分布させる。製造方法は従来のような焼結法によらず、内部にTiB2粉体を充填した金属パイプの複数本を束ね、次いでカリバー圧延入側の金属パイプの表面温度を800℃以上1300℃未満に加熱してカリバー圧延し、さらに平圧延を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い剛性を有する金属板およびその製造方法に関するものである。
ここで、剛性とはヤング率を指し、弾性変形において、物体に応力(σ)を加えたときの歪(ε)と該応力(σ)との比弾性率σ/εで定義される。なお、ヤング率の測定方法には、古典的なユーイングの方法、サールの方法、引張試験(例えばJIS Z2201に準拠した試験片による引張試験)による方法などがあるが、最近では超音波法により弾性率(ヤング率やポアソン比)を測定する方法もある。超音波法では材料を破壊すること無く、短時間かつ高精度で測定ができる。
【背景技術】
【0002】
さて、等方的な物質の剛性はほぼ決まっており、その剛性を変化させるのは容易でない。この剛性を高める試みとして、非特許文献1には、ヤング率が約300GPaと通常の鋼に比べて約30%以上高い鋼について、ホウ化チタン(TiB2)が約40体積%分散した焼結鋼(Ultra High Modulus Steel=UHMS)が報告されている。かような高剛性を生かす用途としては、ピストンピンなど自動車部品や工具部品などへの適用が期待されている。
【0003】
通常の鋼のヤング率は、210GPa前後および密度当たりの比ヤング率は約26GPa・cm3/gであるのに対して、非特許文献1に記載の開発鋼はヤング率が300GPaおよび比ヤング率が約43GPa・cm3/gと、特に比ヤング率が優れている。TiB2の密度が4.5g/cm3と、鉄の7.8g/cm3に比べて小さい点が有効である。
【0004】
実用鋼で多く利用される炭化物はヤング率が低い一方、ヤング率が700GPaと高いタングステン(W)化合物は密度が大きく、ヤング率と比ヤング率をともに高める分散強化が困難である。これは高温での焼結時にWCと鋼との間で炭化物からなる脆化相を生成するからである。ホウ化物の一つであるTiB2はヤング率が高くて密度が小さく、鋼母相に固溶しにくいことから、有効にヤング率を高めることができる。ホウ化物の多くは、鉄母相に混合すると鉄と反応しヤング率の小さい三元系化合物をつくるために、ホウ化物のうちTiB2だけが、鉄母相中で熱力学的に安定しており、分散強化材料として使える利点がある。
【非特許文献1】豊田中央研究所R&Dレビュー Vo.35 No.4(2000.12)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
かように、金属間化合物であるTiB2粉体は、鉄母相で比較的安定して存在することができるため、鉄粉とTiB2粉体とを混合した後、冷間のプレスまたはCIPにより仮成型し、その後低温度で仮焼結してから、HIP成型により高温度で所定時間焼結することにより高剛性の材料を製造することができる。しかしながら、TiB2は鉄母相で安定して存在できる範囲が約40vol%未満であり、焼結後の材料のヤング率は約300GPaが限界であった。
【0006】
また、上述の非特許文献1の記載にしたがって製造された高剛性金属板は焼結材であり、例えば板のように曲げ応力が作用しやすい形態の場合には、容易に破断することが問題であった。
【0007】
そこで、本発明は、TiB2を用いて高剛性の金属板とする際の上記問題を解消し、曲げによる割れの発生を抑制した、より高剛性の金属板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記問題点を解決するためになされた技術であり、その要旨は次の通りである。
(1)金属板の圧延方向に垂直な断面において、金属間化合物としてTiB2が網の目状に分布してなることを特徴とする高剛性金属板。
【0009】
(2)内部にTiB2粉体を充填した金属パイプの複数本を束ね、次いで加熱後にカリバー圧延し、さらに平圧延を施すことを特徴とする高剛性金属板の製造方法。
【0010】
(3)上記(2)において、カリバー圧延入側の金属パイプの表面温度を800℃以上1300℃未満とすることを特徴とする高剛性金属板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、TiB2粉体を用いて高剛性化した金属板を焼結法によらずに製造できるため、曲げ割れに強い特性を有する高剛性金属板の提供が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の高剛性金属板は、金属間化合物としてTiB2が、圧延方向に垂直な断面において網の目状に分布してなることを特徴とするものであり、内部にTiB2粉体を充填した金属パイプの複数本を束ね、次いで加熱後にパイプの長手方向(軸方向)にカリバー圧延、そして平圧延を施すことによって得られる。
【0013】
ここで網の目状に分布しているとは、後述する図4に模式的に示すように、母相となる金属に対してTiB2の占める部分が「網の目」の「目」に相当するように分布している状態を意味するが、必ずしも完全な網の目状である必要はない。すなわち、金属板の圧延方向に垂直な断面において、「網の目」の「目」に相当するTiB2の占める部分の断面積が全て均等である必要はなく、また、隣り合うTiB2の占める部分が一部連結したような形態であってもよい。ほぼ均一な網の目状に分布した状態とすることがより好ましい。
【0014】
以下、本発明の製造方法について、図面を参照して詳しく説明する。
まず、TiB2粉体を充填する中空の金属パイプの材質は、特に限定する必要はないが、金属の中でも比較的ヤング率が高い鋼を用いることが好ましい。なぜなら、鋼を使用すると効率良くヤング率を高めることができるからである。用いる金属パイプとしては、0.1〜3.0mm程度の厚さ(肉厚)の金属丸パイプまたは金属角パイプが適している。また、その太さは、丸パイプの場合で直径1〜10mm程度および角パイプの場合で辺長1〜10mm程度である。なお、パイプの表面は、脱脂を行った後に、ワイヤーブラシやサンドペーパー等でスケールを除去して活性化することが好ましい。
【0015】
TiB2粉体としては、平均粒径5μm以下のものが好ましい。平均粒径が5μmよりも大きいと、圧延時に金属間化合物TiB2の充填率が十分に上昇しない場合がある。
【0016】
次に、内部にTiB2粉体を充填した金属パイプの複数本を束ねる。具体的には、図1(a)に角パイプの場合および同図(b)に丸パイプの場合をそれぞれ示すように、4ないし100本を並べた列、図示例では8本のパイプ1aまたは1bを並べた列を、2ないし4段、図示例では2段に重ねた束1に対して、加熱後にまずカリバー圧延を施す。このカリバー圧延する際に使用する圧延設備について、図2を参照して説明する。
【0017】
図2において、符号2はカリバー圧延機であり、2aおよび2bは圧延ロールである。この圧延ロールには、例えば直径が300〜1000mm程度のものが用いられ、その材質は高温強度の高い高速度鋼が好ましい。圧延荷重は300kgf/mm以上、さらに望ましくは1ton/mm以上が作用するように設定することが好ましい。また、符号3は圧延機2入側でTiB2が充填された金属パイプの束1を加熱する誘導加熱装置である。
【0018】
以上の構成の圧延設備において、金属パイプ束4は、まず誘導加熱装置3において加熱され、好ましくは表面温度を800℃以上1300℃未満としてから、カリバー圧延機2の圧延ロール2aおよび2b間にて圧延を行う。ここで、カリバー圧延機2の上下圧延ロール2aおよび2bは図2(b)に示すように、両端面に拡径したフランジを有するため、これらロール間に通される金属パイプ束1は幅方向に確実に拘束される結果、図1に示したパイプ配列を維持したまま圧延され、パイプ内のTiB2がパイプと一体化するとともに、パイプ相互も一体化した金属板4が得られる。
【0019】
さらに、金属板4は、図3に示す平圧延機5の圧延ロール5aおよび5b間において所定の厚みまで減厚されることによって、図4に示すように、金属板の圧延方向に垂直な断面において、金属間化合物としてTiB2が網の目状に存在する高剛性の金属板6を製造できる。
【0020】
かくして得られる金属板6は、ヤング率が高い金属間化合物TiB2が各金属パイプ内で一体化されるために、剛性は格段に上昇する。これは、剛性の高い金属粉体を網の目状に分布させることにより、その体積分率に比例してヤング率が向上するためである。
【0021】
一方、一体化された金属板の表面は延性のある金属で覆われているため、曲げ変形の際にも割れの起点になるクラックの発生がなく、表面で割れが発生しがたく、この構造が曲げ変形時に有利に作用する。
【0022】
ここで、TiB2粉体と金属パイプ、さらに金属パイプ相互を一体化するためには、適切な温度が必要である。そのためには、圧延機の入側にて、好ましくは金属板表面温度を800℃以上1300℃未満とすることが好ましい。すなわち、加熱温度が800℃未満ではTiB2粉体と金属パイプとを一体化することが困難になり、一方1300℃以上になると金属パイプの酸化が著しく一体化が難しくなる。
【実施例】
【0023】
内部に平均粒径3μmのTiB2粉体を充填した、Fe−0.1mass%C−0.7mass%Mn鋼からなる角パイプ(厚さ:1mm(発明例1)および0.5mm(発明例2)、一辺長:5mm、全長:2m)を用意し、これらを幅方向に20本並べた列を厚み方向に2段に重ねて配置したパイプ束(図1(a)参照、図示は幅方向に8本)とし、図2および図3に示した圧延設備に供した。すなわち、3.5KHzの高周波タイプの誘導加熱装置を用いて85kWの出力でパイプ束を1000℃に加熱した後、圧延荷重50tonでのカリバー圧延を施し、厚さを10mmから3mmまで減厚し、さらに図3に示した平圧延機により1mm厚に仕上げた。
【0024】
ここで、TiB2粉体の平均粒径は、レーザー回折散乱法により求め正規分布した粒径分布の平均値である。なお、角パイプを用いたのは、Fe自体のヤング率が高く、安価に入手できるからである。勿論、丸パイプを用いても同様に高剛性の金属板を得ることができる。
【0025】
(従来例)
従来例としては、純鉄粉に上記のTiB2粉体を30体積%(17.4mass%)で混合し、CIPで予成型した後、HIPで0.01MPa(10kgf/cm2)の圧力を作用させ、1200℃で20時間加熱した後冷却して、厚さ1mm、幅30mmおよび長さ300mmの板状のFe−TiB2焼結材を製造した。
【0026】
(比較例)
比較のために、金属板としてFe−0.1mass%C−0.7mass%Mnの成分組成のインゴットを溶製し、熱間圧延および冷間圧延を行って、厚さ1mmの鋼板に仕上げた。
この比較例および上記従来例について、発明例1と同様にして厚さ1mm、幅30mm、長さ300mmの板状試験片を作製した。
【0027】
発明例1および2、従来例、そして比較例から、JIS Z2201に準じて圧延方向を引張方向とする引張試験片を切り出して引張試験を行い、それらのヤング率を測定した。その結果を、図5に示す。発明例の場合は、発明例1でTiB2の体積分率は30体積%(17.4mass%)、そして発明例2では60体積%(34.8mass%)であった。TiB2の充填率を増大させることにより、ヤング率は280 MPaから330MPaまで向上した。従来例では295MPaであり、TiB2の体積分率を高めることにより、従来法で製造された板よりも高いヤング率を得ることができる。ちなみに、比較例は210MPaのヤング率であった。
【0028】
一方、本発明および従来法で作製した板厚1mm、幅30mmおよび長さ300mmの金属板(発明例1、2及び従来例)について、曲げ試験を行った。曲げ試験では、図6に示すところに従って、曲げ工具のRを変化させて試験し、試験後の金属板の表面の割れを評価した。図6において、L:150mmとして、荷重500Nで表1に示すRの半径を有する曲げ工具を10mm/minの速度の条件で負荷した。この曲げ試験の結果を表1に示す。従来方法によって製造された金属板(従来例)はいずれの曲げ条件でも割れを発生したが、本発明の発明例1ではR:50mm、発明例2ではR:40mmという極めて厳しい曲げ条件においても割れは発生しなかった。
【0029】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】金属パイプ束を示す図である。
【図2】本発明の製造方法に使用する圧延設備の模式図である。
【図3】本発明の製造方法に使用する圧延設備の模式図である。
【図4】本発明の一体化された金属板を示す断面図である。
【図5】ヤング率の測定結果を示す図である。
【図6】曲げ試験方法を示す模式図である。
【符号の説明】
【0031】
1 金属パイプ束
1a,1b 金属パイプ
2 圧延機
2a,2b 圧延ロール
3 誘導加熱装置
4 金属厚板
5 平圧延機
5a,5b 圧延ロール
6 金属板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の圧延方向に垂直な断面において、金属間化合物としてTiB2が網の目状に分布してなることを特徴とする高剛性金属板。
【請求項2】
内部にTiB2粉体を充填した金属パイプの複数本を束ね、次いで加熱後にカリバー圧延し、さらに平圧延を施すことを特徴とする高剛性金属板の製造方法。
【請求項3】
請求項2において、カリバー圧延入側の金属パイプの表面温度を800℃以上1300℃未満とすることを特徴とする高剛性金属板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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