説明

高勾配磁気分離用フィルター

【課題】超伝導磁石を用いた高勾配磁気分離技術によって、微量含有タンパク質等の有用物質を高速各高効率で、しかも連続的に大量分離し、捕捉した磁性ビーズを高効率で回収する。
【解決手段】捕捉する磁性ビーズの径の数倍より大きな間隔で、互いに平行な磁性細線を備えた第1単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせて第1単位フィルター組立体を構成する。第1単位フィルターと同一構成からなる第2単位フィルターを同一態様で重ね合わせると共に、第1単位フィルターの平行な磁性細線とは直角をなすように配置して第2単位フィルター組立体を構成する。第1単位フィルター組立体と第2単位フィルター組立体とを重ね合わせて単位フィルター組立重合体を構成し、単位フィルター組立重合体を1個または複数用いることによりフィルターを構成する。このとき、互いに重ね合って上下に位置する第1及び第2単位フィルターの磁性細線の間隔を、磁性細線の2倍より小さく設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は溶液中において周囲に特定の抗体に特異的に結合する結合部位を備えた微細な磁性ビーズを混合し、溶液中の所望の抗体を結合させた状態で、高勾配で磁化した細線からなるフィルターを通して磁性ビーズを細線に吸着して分離する高勾配磁気分離用フィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
近年は特にバイオや創薬の分野において、マイクロビーズや更に微細なナノビーズを用いた細胞・分子のタンパク質を分離するスクリーニング技術が国際的に研究されており、その一つの手法として、多くの細胞・分子のタンパク質をビーズを用いて分離する技術が確立してきている。この技術では例えば図7(a)に示すように、直径がマイクロメータ或いはナノメータ単位の微細な磁性体からなる磁性ビーズ51の周囲に固定化用機能性膜52を形成し、それにより選択官能基53を固定できるようにしている。
【0003】
このような磁性ビーズを用いると、同図(b)に一部を拡大して示すように、選択官能基53の先端における特定の抗体に特異的に結合する結合部位54に所望の抗体55を結合させ、その状態でこの磁性ビーズ51に磁気を帯びさせて磁気ビーズとし、この磁気ビーズを、周囲に配置した永久磁石や電磁石により吸着し収集することによって、特定の抗体55を液体中から分離し精製することができる。
【0004】
ビーズを用いた分離技術はビーズと目的物質との反応効率を向上させることが重要で、反応表面積を増大させることが、分離効率向上および作業時間短縮になるため、サイズを小さくすることが課題である。ビーズのサイズを1/10に出来れば、表面積は1/102になり、同じ質量のビーズであれば、個数は103倍になり、全反応面積は(1/102×103=10)10倍になり、微量含有の目的物と結合する確率を飛躍的に大きくし、捕捉反応時間を大幅に短縮することが出来る。現在開発されているアフィニティー(Affinity :分子間親和性)ビーズは、磁性ビーズと非磁性ビーズに大別される。非磁性ビーズはポリマービーズなどの有機系と多孔質シリカビーズなどの無機系に分けられ、サイズを小さくすることは比較的容易であり、すでにナノサイズのアフィニティービーズが開発されている。しかし、これらの非磁性ビーズはターゲットを希釈してカラムに導入し、アフィニティークロマトグラフィーによる分離・精製が必要になり、検査・分析用のバッチ処理には適するが、産業応用に必要な高濃度化や高速・大量・連続分離精製には向かない。これに対し、磁性ビーズは磁気力により分離・精製するので高濃度化が容易であり、高速・大量・連続分離精製には向いているため、産業用には磁性ナノビーズによる分離精製技術が嘱望される。しかし、現在開発されているものは、永久磁石による高勾配磁気分離で分離・検出するシステムであるため、磁気力に限界があり、磁気ビーズを溶液中の粘性抵抗に逆らって引き寄せ磁気回収するためにはある程度以上の磁気量を体積で稼ぐ必要があり、ナノサイズの磁性ビーズは使用されていない。現在は小さいものでも直径約1.5〜1.0ミクロン程度が使用限界である。磁気分離以外の利用では、直径数十ナノメートルの磁性ビーズのリゾヒスト(SPIO:Super Paramagnetic Iron Oxide)がMRI造影剤として臨床用に使用されている。そこで、本技術では、超伝導磁石を用いた高勾配磁気分離を採用することにより、磁性ナノビーズによる分離精製技術を確立しようとするものである。今や磁性ビーズは医療・メディカルエンジニアリングの発展にとって不可欠なツールとなっている。
【0005】
このような微細な磁性ビーズを実際に用いるときには、種々の抗体や各種物質が含まれている液体中に存在する所望の抗体を前記のような官能基に固定し、液体中に設けた金属細線を磁化して磁石化したところに、前記磁気を帯びた磁気ビーズを吸着させ、その後金属細線の磁化を取り除くことによって、吸着していた磁気ビーズを金属細線から分離することによって、所望の抗体を収集している。この技術については既に、例えば2ないし4種類のスクリーニングを自動ロボット化した分析装置が市販されるようにもなって確立している。しかしながら未だ溶液中の抗体のほとんどを分離するところまでは至らず、効率的な分離・精製が行われているとはいえない。また、できる限り多くの分離を行おうとすると分離・精製に要する時間が長くなる。更に装置は大型であり、取り扱い性に未だ難がある。
【0006】
したがって、より効率的な分離精製を行うと共に装置を小型化するには、ナノサイズの微細なビーズを用いるとともにそのビーズを高磁性化し、またこのビーズを吸着して捕捉する金属細線についてもより高磁性化、細線化し、更に多くの抗体を液体中から分離できるようにすることが望まれている。
【0007】
本件発明者等は前記課題を解決するため、磁性ビーズ及びこれを吸着する金属細線を磁化するために、超伝導マグネットを用いて高勾配磁場を形成し、その磁場の中で前記のような所望の抗体の精製・分離を行い、微量含有タンパク質等の有用物質を高速・高効率で連続的に大量に分離精製するシステムを開発している。
【0008】
この技術のシステム原理図を図9に示す。このシステムに基づく実験においては、小型冷凍機を採用した伝導冷却式である卓上型の小型超伝導電磁石71を用いて、永久磁石の数十〜数百倍もの強力な磁場である、最大5Tの磁場を発生させる。小型超伝導電磁石71の中心部分72には直径約26mmの円筒状の室温の空間を持たせ、この空間に内径20mm、外形24mmのガラス管73を通し、この管73の中に直径数〜数十ミクロン程度の磁性細線のステンレスウール74からなるフィルター75を挿入する。この直径数ミクロン程度のステンレス細線の周辺に高勾配磁場を作り出す。
【0009】
このような装置において、所望の抗体のほか種々のタンパク質や他の物質が混入した溶液中に更に前記磁性ビーズを混合し、前記図7(a)〜(c)のように磁性ビーズに所望の抗体を結合した状態となっている溶液76を、管73の上方から注ぎ込む。この溶液76は前記のような高勾配磁場を周囲に作り出すステンレスウール74からなるフィルター75内を通過するとき、磁性ビーズは超伝導電磁石により得られる高磁界により磁気を帯びて磁気ビーズとなり、且つ4T程度の高磁界により局所的に磁化した磁性細線であるフィルター75の周りに作られた非常に大きな磁場勾配によって所望の抗体を結合した磁気ビーズをフィルター75に吸着する。
【0010】
その後磁場を4Tから0Tに下げた後、磁性微粒子を含まないエタノールを前記と同様にフィルター75に流し、それを更に濾紙で濾過して、濾紙上に磁性微粒子を捕捉することによって分離する。このように、固定したい目的物質を含む原液に磁性ナノビーズを混合し、この管に流すだけで、大容量の溶液から短時間に高効率で微量含有の貴重な目的物質を捕獲・分離できるようになった。
【0011】
上記のような装置を用いて実際に免疫グロブリンを分離・精製する実験を行いその性能を確かめた。免疫グロフリンは糖を2%含むポリペプチドで、約10〜15nmのY字形の分子で、図8(a)に示すようにY端部のL鎖(Light Chain)先端には抗体に特異的に結合する部位をもつ。したがってこの部位と特異的に結合する物質を磁性ナノ粒子の表面に付けることにより、免疫グロブリンの連続・高速の分離・精製が可能となる。このときに用いる表面活性剤は、既に酸化鉄等に対して開発されており、直径数ミクロンの磁性マイクロビーズは市販されている。
【0012】
実験においては約150ccのエタノールに、平均粒径約100nmのナノ磁性微粒子を0.05g加え、良く攪拌した後、強加工されて磁性を持った磁気分離用のSUS304細線フィルターとほぼ同一のフィルターで濾過した。次に濾過した磁性微粒子を含むエタノールを、4Tの磁場中にセットしたフィルターの中を約7〜25cc/minの速度で流し、それを更に濾紙で濾過して磁性微粒子を捕捉した。その結果は、濾過後の液体について微粒子は検出できなかったのに対して、磁場をゼロにして同様の処理を行ったところ、0.04gの微粒子が検出された。このことからこのシステムは極めて効率よく平均粒径約100nmの磁性微粒子を捕捉できることがわかった。このことから、医療用タンパク質のうち特に血清中に微量存在する免疫グロブリンの分離/精製に超伝導マグネットを用いた高勾配磁気分離システムが有効であることを確認した。
【0013】
なお、粒子状物質の表面に特定の抗体に特異的結合性を有する性状を持たせ、液体中から所望の抗体等を分離する技術は特開2002−1163号公報(特許文献1)に開示されている。
【特許文献1】特開2002−1163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者等が開発した上記のような装置において、ほぼ確実にフィルターに磁性微粒子を捕捉することができることがわかったが、ここで最も重要な点は、前記のように磁性ビーズを吸着したフィルターから、この磁性ビーズを確実に回収できることである。即ち、このフィルターに求められる性能は、磁場の印可時には効率よく磁気ビーズを捕捉・分離し、磁場を減少させた時にはほとんど全ての磁気ビーズをフィルターから回収できることである。現在一般的に採用しているステンレス細線のウールからなるフィルターは製造が容易であり、比較的捕捉率も良いという利点があるが、フィルターを通過しようとする各種物質が物理的に捕捉されて目詰まりを起こしやすく、また磁場を取り除いたときに、フィルターに電磁的に捕捉されていた磁気ビーズを効率よく回収するのは難しい。
【0015】
その理由は、フィルターの細線の一部が交差接触する部分に一度捕捉されたビーズは、付近の他の磁化したビーズを引き付けて凝集してしまうため、磁場が全くなくなってもステンレスウールに物理的に挟まれた状態でフィルターに捕捉されたままとなり、回収され難いからである。高価で取り扱いに十分な注意を要する前記のような磁性ビーズを、医用タンパク質の高勾配磁気分離装置の分離・精製に利用するためには、捕捉後に付加価値の極めて高い目的物質(タンパク質)を捕捉しているビーズを回収する効率が極めて高いフィルターを用いることが必須である。
【0016】
したがって本発明は、超伝導磁石を用いた高勾配磁気分離技術によって、微量含有タンパク質等の有用物質を高速且つ高効率で、しかも連続的に大量分離することができ、更に捕捉した高価な磁性ビーズを磁場を取り除くだけで高速・高効率で回収することができる、高勾配磁気分離用フィルターを提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は前記課題を解決するため、更に研究を重ねた結果以下の手法を採用するに至ったものである。即ち、磁性細線を1)補足したい磁気ビーズのサイズに合わせて、数十ミクロンから数百ミクロンの間隔で平行に磁性細線を並べた構造のフィルターAを作製する。このときフィルターの磁性細線の左右の間隔を小さくし過ぎると、細線間の空間では隣の細線の磁化の影響を受けて、磁性ビーズは細線から反発力を受け、捕捉効率が悪くなることが判明した。また、フィルターの磁性細線の平行な上下の間隔は、ある程度小さいほうが磁性ビーズに働く捕捉引力が増すことが分かった。また、このときフィルターの磁性細線を上下に平行に配置する場合は、下の平行磁性細線の配置を上の磁性細線間の中心の真下にくるように配置すると捕捉効率が大幅に向上することが分かった。そこで、(1)フィルターAの細線の左右間隔を細線径の数倍より大きくし、フィルターAを同位相で上下に積層する時は、上下の細線間隔を、細線径の2倍以下程度にして、捕捉効率を改善する。
(2)フィルターAを同位相で、上述した間隔で積層したフィルター群Bと、これに直交するようにもうひとつのフィルター群Bを重ねてフィルター群Cをつくる。このフィルター群Cをさらに積層したものをフィルターとする。
(3)フィルターC群を積層するにあたり、下の平行磁性細線の配置を上の磁性細線間の中心の真下にくるように配置し、格子状の流路の中心に次の積層するフィルター群Cの格子点が来るように平面内で細線間隔の2分の一だけ細線方向および直角方向に平行移動した形状にする。この2つのフィルター群Cを積層しフィルターをつくる。
(4)フィルターC群を積層するにあたり、フィルターC群の格子状の流路の中心につぎの積層するフィルター群C’の格子点が来るように平面内で位相を45度回転させたものを作製する。このとき、積層しフィルターC’群の平行細線間隔はC群のそれの√2分の一になる。このフィルターC群とC’群を積層した構造のフィルターをつくる。
【0018】
本発明については、より具体的には次のような構成とする。即ち、本発明に係る高勾配磁気分離用フィルターは、前記課題を解決するため、捕捉する磁性ビーズの径の数倍より大きな所定の間隔で、互いに平行な磁性細線を備えた第1単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせることにより第1単位フィルター組立体を構成し、前記第1単位フィルターと同一構成からなる第2単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせると共に、前記第1単位フィルターの平行な磁性細線とは直角をなすように配置して第2単位フィルター組立体を構成し、前記第1単位フィルター組立体と第2単位フィルター組立体とを重ね合わせて単位フィルター組立重合体を構成し、前記単位フィルター組立重合体を1個または複数用いることによりフィルターを構成すると共に、前記互いに重ね合わされて上下に位置する第1単位フィルターの磁性細線と第2単位フィルターの磁性細線との間隔を、磁性細線の2倍より小さく設定したことを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係る他の高勾配磁気分離用フィルターは、前記高勾配磁気分離用フィルターにおいて、前記単位フィルター組立重合体を複数用いて互いに重ね合わせることによりフィルターを構成し、前記互いに重ね合わせる上下の単位フィルター組立重合体の磁性細線を互いに平行で同一ピッチとし、且つ位相をずらすことにより、上方の単位フィルター組立重合体の磁性細線の間隔の中間に、下方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が位置するように設定したことを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る他の高勾配磁気分離用フィルターは、前記高勾配磁気分離用フィルターにおいて、前記単位フィルター組立重合体を複数用いて互いに重ね合わせることによりフィルターを構成し、前記互いに重ね合わせる上下の単位フィルター組立重合体の磁性細線を互いに45度回転させるとともに、下方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が形成する平面視格子状の磁性細線の交点が、上方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が形成する平面視格子状の磁性細線の格子の中心に位置するように、磁性細線のピッチを設定したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明は上記のように構成したので、超伝導磁石を用いた高勾配磁気分離技術によって、微量含有タンパク質等の有用物質を高速且つ高効率で、しかも連続的に大量分離することができ、特に捕捉した高価な磁性ビーズを高効率で回収することができる、高勾配磁気分離用フィルターとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明は、超伝導磁石を用いた高勾配磁気分離技術によって、微量含有タンパク質等の有用物質を高速且つ高効率で、しかも連続的に大量分離することができ、特に捕捉した高価な磁性ビーズを高効率で回収するという課題を、捕捉する磁性ビーズの径の数倍より大きな所定の間隔で、互いに平行な磁性細線を備えた第1単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせることにより第1単位フィルター組立体を構成し、前記第1単位フィルターと同一構成からなる第2単位フィルターを同一態様で重ね合わせると共に、前記第1単位フィルターの平行な磁性細線とは直角をなすように配置して第2単位フィルター組立体を構成し、前記第1単位フィルター組立体と第2単位フィルター組立体とを重ね合わせて単位フィルター組立重合体を構成し、前記単位フィルター組立重合体を1個または複数用いることによりフィルターを構成すると共に、前記互いに重ね合わされて上下に位置する第1単位フィルターの磁性細線と第2単位フィルターの磁性細線との間隔を、磁性細線の2倍より小さく設定することにより実現した。
【実施例1】
【0023】
本発明において、高効率のフィルターを得るために、磁性ビーズがどのように抗体に結合するかを詳細に検討し、それにより必要とされる磁性ビーズの態様、更にそのような磁性ビーズを捕捉するために必要とされるフィルターの特性と、そのフィルターのあるべき構造を検討し、本発明による高勾配磁気分離用フィルターを開発するに至ったので、これらを順に説明する。
【0024】
抗体の模式構造は図8(a)に示すようにY字型の二股になっており、この二股部分の先は抗体結合部位と呼ばれ、ここに磁性ビーズを結合させることになる。捕捉・分離したい目的物質の抗体の溶液中の密度(濃度)は極めて小さいので、ビーズの個数を大幅に増やし、反応確立を高くする必要がある。このため、ビーズのサイズを小さくする必要がある。図8(b)に径100nmの磁気ビーズによる免疫グロブリンの捕捉の概念図を示す。
【0025】
したがって磁性ビーズを拡散させると、磁性ビーズの直径が小さいほど、多数のビーズが分散して含まれることになり、結合する確率は高くなって有利である。具体的には、同じ質量のビーズを使用すると仮定すると、直径が1/nになると表面積は1/nになり、個数はn倍になり、反応活性面積はn倍(1/n×n=n)になり(したがって攪拌反応時間は約1/nになり、時間を短縮出来、高速化になり)、コストはn倍にはならず、同じ程度かもしくはそれ以下で可能である。したがって、可能な限り直径は小さい方がよい。しかしながら、磁性ビーズの直径が小さいと、磁気ビーズになったときの磁気力が小さくなり、磁気ビーズに働く電磁力も小さくなる為、補足が難しくなる。また、フィルターが密すぎるとフィルターの洗浄が必要になり、またビーズの回収効率が悪くなる。したがって、フィルターを構成する磁性細線の断面形状・寸法、配置間隔の検討が必要になる。
【0026】
ここで磁性ビーズが受ける磁気力を検討すると、超伝導磁石を用いた高磁界・高勾配磁気分離装置により、磁気を帯びた磁性ビーズである磁気ビーズが受ける磁気力(magnetic force)Fは、外部磁場が充分大きい場合、次式で表される。
=V▽H (1)
但し、Vは磁気ビーズの体積、Mは磁気ビーズの飽和磁化、Hは磁気ビーズが置かれている磁場の大きさである。
【0027】
一方、流体が磁気ビーズを押し流そうとする力(drag force)Fは、
=6πbην (2)
ここで、νは粒子の速度、ηは流体の粘性率、bは磁性ビーズの半径である。
【0028】
ここで、一本のSUS丸細線の周囲に働く磁気力を計算すると、SUS細線の直径を8、20μmとし、磁場を4.0Tとして径100nmの磁性ビーズ1個に作用する磁気力を、Mは0.1T、νは0.5mm/s、ηは1.1×10−3Pasとして計算するとき、その磁気力分布の計算結果は磁気力はSUS細線の直径が8μの時、直径と2倍程度、20μmの時直径の1.5倍程度まではたらくことがわかる。これらの結果から、径100nmの磁気ビーズに対して、20μmの細線でも磁気分離が十分可能であることがわかった。
【0029】
このような事実を背景に、効率的に磁性ビーズをフィルター細線に吸着させる手法を検討した結果、図2(a)に示すような原理のフィルターを提案するものである。即ち図1(b)図2(a)(b)及び図3に示すフィルターは、互いに線間隔dとして平行に配置している直径dの細線a、a・・・から第1単位フィルターAを構成する。このときの線間隔dは細線の径d0の数倍より大きく設定する。それにより、磁性細線の隣接する左右の間隔を小さくし過ぎることによって、細線間の空間で隣の細線の磁化の影響を受けて、磁性ビーズが細線から反発力を受けることのより、捕捉効率が悪くなることを防止することができる。
【0030】
この第1単位フィルターAと全く同一構成からなる他の第1単位フィルターAを互いの細線aが平行に重なるように、且つ互いの平行な細線aの上下の線間隔dは、あまり広げすぎないように、細線径dの2倍以下とする。即ち、この上下の線間隔については、ある程度小さいほうが磁性ビーズに働く捕捉引力が増すことが分かり、また狭すぎるとその線の間隙に磁気ビーズが引っかかって磁気ビーズ収集時に洗い流すことができなくなるためである。このようにして、全く同一構成で細線を互いに平行に配置した第1単位フィルターAを重ね合わせることにより、第1単位フィルター組立体Bが得られる。
【0031】
上記のような第1単位フィルター組立体Bを構成する第1単位フィルターAと同一構成からなり、第1単位フィルターAの細線とは直角をなすように回転して配置した構成をなす第2単位フィルターAを2個用い、互いの細線が平行に重なり合うように配置して第2単位フィルター組立体Bとする。したがってこの第2単位フィルター組立体Bを構成する各第2単位フィルターAについても、互いに隣接する左右の細線の間隔dは、細線の径dの数倍より大きく設定し、また、第2単位フィルターを重ね合わせたときの上下の線間隔dは細線径dの2倍以下とすると共に、磁気ビーズの固まりが引っかからない程度とする。
【0032】
前記のような第1単位フィルター組立体Bと第2単位フィルターBとを重ね合わせて、図1(b)、図2(a)、図3に示すような単位フィルター組立重合体Cを形成する。このようにして形成した単位フィルター組立重合体Cを図1(b)、図2(b)、図3のように重ね合わせ、必要に応じて更に多数積み重ねることにより最終的なフィルター5とする。図2(b)の例においては、単位フィルター組立重合体Cを積み重ねるに際して、全ての平行な細線が重なり合うように配置した例を示している。
【0033】
それに対して図2(c)の例においては、上方に位置する単位フィルター組立重合体Cの第1単位フィルター組立体Aの細線と、下方に位置する単位フィルター組立重合体Cの第1単位フィルター組立体Aの細線とは、それぞれが隣接する左右の細線の中間位置になるように、1/2ピッチずらして配置している。同様に上方に位置する単位フィルター組立重合体Cの第2単位フィルター組立体Aの細線と、下方に位置する単位フィルター組立重合体Cの第2単位フィルター組立体Aの細線についても、それぞれが隣接する左右の細線の中間位置になるように1/2ピッチずらして配置している。このように構成することにより、前記図2(b)の例よりも、磁気ビーズの捕捉効果が向上する。
【0034】
このようなフィルターについてより具体的には、上記細線の直径は8〜20ミクロンのステンレス細線とし、互いに平行な細線で形成される各層において、互いの線間隔は、捕捉したい磁性ビーズのサイズに合わせて、数十ミクロンから数百ミクロンとする。また、このような構造のフィルターは、例えば図1(b)、及び図3に示すように、ドーナツ状のフレーム11の上面12に互いに平行に細線13を固定することにより行われる。その際には例えば図4に示すような、従来から半導体等の電子部品のリード線を配線するボンディングマシン21を用い、X−Yテーブル22とZ方向に移動する超音波ホーン23を用いて、細線24をフレーム11の上面12に対して互いに平行にボンディングすることにより、容易に製作することができる。
【0035】
このようにして作成された1つの層としてフィルターの断面を図4(b)(c)に示す。同図に示す例においては、ドーナツ状に形成したフレーム11の上面に、ボンディング部24が突出しないように、上面12より窪んだ凹部としての細線固定部25を設け、この部分にボンディングマシン21で細線端部を固定することにより、フレームの上面12から突出しないフィルターの層が形成される。
【0036】
また、本発明において、互いに平行な上下の細線間の間隔dを細線の径dの2倍以下程度とするため、細線の径が例えば数十μmである時にはこの間隔dがその2倍程度でやはり数十μmでなければならないことと、細線を固定するフレーム11の厚さが十分に薄くできないことを考慮して、図5(b)のように同一構成の単位フィルターを互いに向き合わせて重ね合わせることにより、同図(a)の前記のような条件に従った同図(c)のような所定の間隔dとなる単位フィルター組立体とすることができる。
【0037】
本発明は更に図6に示すような構成のフィルターとすることもできる。即ち、図6に示すフィルターにおいては、同図(a)に示す前記の例と同様の第1単位フィルターAが2枚からなる第1単位フィルター組立体Bと、第2単位フィルターAが2枚からなる第2単位フィルター組立体Bとによって単位フィルタ組立重合体Cを構成しているのに対して、これを重ねる単位フィルター組立重合体C’を構成する単位フィルターA’、A’は同図(b)に示すように、前記単位フィルター組立重合体Cの各単位フィルターA、Aとは45度回転した状態に配置すると共に、単位フィルターAとAが形成する正方形の格子の中心部分に、単位フィルターA’とA’が形成する正方形の格子の交差部分が位置するように設定している。その結果、単位フィルター組立重合体Cの隣接する細線の間隔が図6(c)のようにdであるとき、単位フィルター組立重合体C’の細線の間隔は同図(d)のように1/√2×dとなる。
【0038】
上記のような単位フィルター組立重合体C’においても、第1単位フィルターA’とA’、及びA’とA’の、左右及び上下の細線配置並びに間隔は前記と同様に設定され、同様の作用をなす。したがって、前記のような単位フィルター組立重合体CとC’とを重合してなるフィルターは、図6(e)のような細線の配置構成となり、このフィルターを通過する溶液中のビーズをより確実に捕捉することが可能となる。
【0039】
本発明は上記のように種々の態様で実施することができるものであるが、そのほか単位フィルターを重ねて単位フィルター組立体を構成する際に、前記実施例のように2個重ねる以外に3個、4個と任意の個数重ねる等、前記と同様の技術思想によって、更に種々の態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の高勾配磁気分離用フィルターを用いる医療用抗体タンパク質分離・精製用高勾配磁気分離システムの構成概要図、及びフィルターの説明図である。
【図2】本発明のフィルターの基本的な説明図である。
【図3】本発明のフィルターの積層状態を示す斜視図である。
【図4】本発明のフィルターの細線部分の製造行程、及びそれにより製造されるフィルターの説明図である。
【図5】単位フィルターを重合するときの例を示す図である。
【図6】フィルターの他の態様を示す図である。
【図7】磁性ビーズを用いて所望の抗体を分離する原理を示す説明図である。
【図8】(a)は免疫グロブリンの模式構造図であり、(b)は直径100nmの磁気ビーズによる免疫グロブリンの捕捉の概念図である。
【図9】本発明者等が先に提案している、ステンレスウールからなるフィルターを用いた医療用抗体タンパク質分離・精製用高勾配磁気分離システムの構成概要、及び超伝導マグネットの作用を示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 超伝導電磁石
2 中心部分
3 管
4 冷凍システム
5 フィルター
6 システム制御装置
11 フレーム
12 上面
13 細線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
捕捉する磁性ビーズの径の数倍より大きな所定の間隔で、互いに平行な磁性細線を備えた第1単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせることにより第1単位フィルター組立体を構成し、
前記第1単位フィルターと同一構成からなる第2単位フィルターを同一態様で複数重ね合わせると共に、前記第1単位フィルターの平行な磁性細線とは直角をなすように配置して第2単位フィルター組立体を構成し、
前記第1単位フィルター組立体と第2単位フィルター組立体とを重ね合わせて単位フィルター組立重合体を構成し、
前記単位フィルター組立重合体を1個または複数用いることによりフィルターを構成すると共に、
前記互いに重ね合わされて上下に位置する第1単位フィルターの磁性細線と第2単位フィルターの磁性細線との間隔を、磁性細線の2倍より小さく設定したことを特徴とする高勾配磁気分離用フィルター。
【請求項2】
前記単位フィルター組立重合体を複数用いて互いに重ね合わせることによりフィルターを構成し、
前記互いに重ね合わせる上下の単位フィルター組立重合体の磁性細線を互いに平行で同一ピッチとし、且つ位相をずらすことにより、上方の単位フィルター組立重合体の磁性細線の間隔の中間に、下方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が位置するように設定したことを特徴とする請求項1記載の高勾配磁気分離用フィルター。
【請求項3】
前記単位フィルター組立重合体を複数用いて互いに重ね合わせることによりフィルターを構成し、
前記互いに重ね合わせる上下の単位フィルター組立重合体の磁性細線を互いに45度回転させるとともに、下方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が形成する平面視格子状の磁性細線の交点が、上方の単位フィルター組立重合体の磁性細線が形成する平面視格子状の磁性細線の格子の中心に位置するように、磁性細線のピッチを設定したことを特徴とする請求項1記載の高勾配磁気分離用フィルター。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−42349(P2010−42349A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−207789(P2008−207789)
【出願日】平成20年8月12日(2008.8.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】