説明

高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管およびその鋼管を用いる曲げ加工方法

【課題】原子力発電用の軽水炉等で使用される高Cr、高Niステンレス鋼製の曲げ管の製造に用いられる高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管、およびそれを素管として用いるオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法を提供する。
【解決手段】質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つ下記(i)式(式中の元素記号は、各元素の含有量を表す)を満足し、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となるように偏肉加工が施されているステンレス鋼管、および、この鋼管を用い、曲げ半径を(1.5〜2.0)×(管の外径)として高周波曲げ加工する加工方法。加工時における微小割れの発生を防止できる。
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波誘導加熱により高温に加熱した直管に曲げ加工を施すことにより、原子力発電用の軽水炉等で用いられるステンレス鋼製曲げ管を製造する際に用いられる高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管、およびそのステンレス鋼管を素管として用いる曲げ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電用の軽水炉等における高温純水環境下では、通常、ステンレス鋼製の配管が使用されている。配管を構成する際には、ステンレス鋼管を溶接により接続すると溶接時の熱影響により溶接部に応力腐食割れが発生する可能性があるため、溶接継手に代えてエルボ等や、曲げ部の両端に曲げ部と一体となった直管部を有する曲げ管が使用されている。
【0003】
しかし、ステンレス鋼管に曲げ加工を施してこのような曲げ部と直管部が一体に組み込まれた曲げ管とする場合、例えば、SUS304ステンレス鋼管を高周波誘導加熱により高温に加熱して熱間曲げ加工(この曲げ加工を、以下、「高周波曲げ加工」という)する際に、配管のためのスペース削減などの必要性から、外径の1.5倍程度の小さな曲げ半径で曲げ加工すると、曲げ外側の内部結晶粒界に微小な割れ(マイクロクラック)が発生することが知られている(特許文献1)。
【0004】
そのため、特許文献1では、SUS304ステンレス鋼管に圧縮力を付与しながら曲げ外側を1000〜1050℃の加工温度範囲で加熱すると共に加工速度を0.5mm/sec以上とし且つ曲げ外側の伸び率が20%以下となるように高周波曲げ加工するステンレス鋼管の曲げ加工法が提案されている。すなわち、この方法では、管全体に軸方向の圧縮力をかける装置を使用して曲げ加工時の引張応力をできるだけ少なくし、伸びを抑えて、マイクロクラックの発生を防止している。
【0005】
このように、曲げ部と直管部が一体となった曲げ管やエルボ等は、管の材質が従来多用されているSUS304、SUS316等に相当するステンレス鋼であれば、前掲の特許文献1に記載される曲げ加工方法により製造することが可能である。
【0006】
しかし、マイクロクラックの発生を防止するため、曲げ加工温度、加工速度および曲げ外側の伸び率を20%以下と加工条件を厳しく制限する必要があると共に、曲げ加工時に管に圧縮力を付与する装置を設ける必要がある。さらに、より高い耐食性を必要とする環境下で使用されるCrやNiの含有量が高いステンレス鋼は、従来のSUS304やSUS316Lのステンレス鋼と比べて加工性が劣るため、曲率半径が小さい曲げ加工を行った場合、微小割れの発生が懸念される。そのため、高Cr、高Niステンレス鋼の高周波曲げ加工に適した材料設計および曲げ加工方法が求められている。
【0007】
また、曲げ加工後の偏肉を防止する技術として、特許文献2には、Cr:20.37%、Ni:8.83%、Si:1.21%を含有するステンレス鋼の直管を素管とし、これを管外径の2倍の曲げ半径で高周波曲げ加工して曲げ部と直管部が一体に組み込まれた曲げ管を製作するに当たり、予め曲げ管の背側となる側は曲げ加工による減肉分だけ増肉し、曲げ管の腹側となる側は曲げ加工による増肉分だけ減肉する偏肉加工を施して曲げ加工する方法が開示されており、これによって、曲げ部においてもほぼ均一な肉厚の曲げ管を得ることができるとしている。
【0008】
曲げ加工前に予め偏肉加工を施しておく方法は、特許文献3にも記載されている。すなわち、大径厚肉のエルボのような曲管を曲げ加工により製造する方法で、曲げ加工すべき素管を、機械加工により予め曲げ外側に当たる側を曲げ内側に当たる側より厚肉肉厚に形成しておく方法である。
【0009】
【特許文献1】特開昭61−111724号公報
【特許文献2】特開昭55−48426号公報
【特許文献3】特開昭55−10329号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、原子力発電用の軽水炉等における高温純水環境下で使用されるCrやNiの含有量が高いステンレス鋼製の曲げ管を、直管に高周波曲げ加工を施すことにより製造する際に、微小割れが発生しない高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管、およびそのステンレス鋼管を素管として用いるオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述のように、曲げ部と直管部が一体となった曲げ管を製造するに際しては、例えば、ステンレス鋼管に圧縮力を加えて曲げ加工時の背側(曲げ外側)の伸びを抑制しつつ高周波曲げ加工を行い、曲げ管の背側における微小割れの発生を防止する方法が知られている(前掲の特許文献1)。
【0012】
しかし、曲げ管の背側の伸びを抑える方法は、従来多用されているSUS304、SUS316などのステンレス鋼管に対してはそれだけで有効であるが、CrやNiの含有量がより高いステンレス鋼管では、後述する実施例で示すように、曲げ加工時に割れが発生する。
【0013】
そこで、本発明者らは、曲げ加工時の背側の伸びを抑制するために曲げ加工される部分に偏肉加工を施すことに加え、管自体の熱間加工性の改善を試みた。熱間加工性を向上させることができれば、割れが生じにくくなると考えられるからで、具体的には、粒界に偏析して熱間加工性を低下させる鋼中のSを、Caを添加することによりCaSとして固定して熱間加工性を改善する方法である。
【0014】
その結果、供試材として高Cr、高Niのオーステナイト系ステンレス鋼からなる素管を高周波曲げ加工するに際し、素管の曲げ加工される部分に偏肉加工を施し、さらに、鋼中にCaを所定量含有させることにより、微小割れの発生を防止できることが判明した。
【0015】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、その要旨は、下記(1)の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管、およびそのステンレス鋼管を素管として用いる(2)のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法にある。
【0016】
(1)質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足するオーステナイト系ステンレス鋼管であって、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となるように偏肉加工が施されていることを特徴とする高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管。
【0017】
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
【0018】
前記の「曲げ管の背側になる部分の肉厚」とは、直管を曲げ加工したときに背側、つまり曲げ部の外側になる部分の肉厚を指し、「曲げ管の腹側になる部分の肉厚」とは、曲げ加工したときに曲げ部の内側になる部分の肉厚をいう。
【0019】
図1は、外径D、肉厚tの直管に、曲げ半径をR、曲げ角度を90°として曲げ加工を施して得られた曲げ管の外観を示す図(部分図)で、(a)は平面図、(b)は(a)に例示した曲げ管の端部の正面図である。曲げ管は、曲げ加工により形成された曲げ部の両端に直管部を有している。図示するように、曲げ管の背側になる部分とは、曲げ部の外側にあたる部分であり(図中に「背側」と表示)、曲げ管の腹側になる部分とは、曲げ部の内側にあたる部分である(図中に「腹側」と表示)。
【0020】
実際に「曲げ管の腹側になる部分の肉厚」に対する「曲げ管の背側になる部分の肉厚」の比を求めるに際しては、曲げ管の背側になる部分のうちで外側に最も張り出す部位(図1において、管の中心軸(図中に一点鎖線で表示)を含む平面が曲げ部の外側の管壁と交わる部位)に相当する素管の肉厚を「曲げ管の背側になる部分の肉厚」とし、曲げ管の腹側になる部分のうちで最も内側に位置する部位(図1において、管の中心軸を含む平面が曲げ部の内側の管壁と交わる部位)に相当する素管の肉厚を「曲げ管の腹側になる部分の肉厚」として、それらの比を求めればよい。
【0021】
前記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管が、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが前記の(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下の組成をもつものであれば、熱間加工性さらには耐食性が良好に維持されるので望ましい。
【0022】
(2)質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足し、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となる偏肉加工が施されているオーステナイト系ステンレス鋼管を用い、曲げ半径を(1.5〜2.0)×(管の外径)として高周波曲げ加工することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法。
【0023】
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
【0024】
前記(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法において、オーステナイト系ステンレス鋼管が、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが前記の(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下の組成をもつものであれば、熱間加工性さらには耐食性が良好に維持されたステンレス鋼管が得られるので望ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管を素管として使用すれば、微小割れを発生させることなく曲げ加工を行うことができる。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法は、このオーステナイト系ステンレス鋼管を素管として用い高周波曲げ加工する方法で、曲率半径が小さいステンレス鋼製曲げ管を製造することができる。この曲げ管は、CrやNiの含有量が高く、耐食性に優れているので、原子力発電用の軽水炉等における高温純水環境下など、過酷な腐食環境下で用いられる曲げ管として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管(前記(1)に記載のステンレス鋼管)は、曲げ部と直管部が一体となった曲げ管を製造する際に素管として使用されるステンレス鋼管で、質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し(以下、鋼の化学組成を表す「%」は「質量%」を意味する)、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足するオーステナイト系ステンレス鋼管であって、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となるように偏肉加工が施されているステンレス鋼管である。
【0027】
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(%)を表す。
【0028】
本発明のステンレス鋼管が、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%を含有する高Cr、高Niのオーステナイト系ステンレス鋼管であることとするのは、SUS304やSUS316Lのステンレス鋼製曲げ管よりも高い耐食性が要求される過酷な環境下で使用される曲げ管の素材(素管)を提供することが本発明の目的だからである。さらに、Ca:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量が前記の(i)式を満足することとするのは、管自体の熱間加工性を向上させるためである。なお、これらの合金成分の作用および含有量の限定理由については、後に詳述する。
【0029】
また、本発明のステンレス鋼管は、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となるように偏肉加工が施されたものとする。これは、曲げ加工の際に背側の伸びを抑制して微小割れの発生を抑えるためで、前記の比を1.2以上と規定するのは、この比が1.2未満では曲げ加工時に割れ発生のおそれがあるからである。この曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比の上限は特に定めない。この比が過度に大きいと、得られる曲げ管の背側の肉厚が厚くなりすぎて寸法公差を満足することができない等の支障が生じるので、前記肉厚比の適正範囲は、曲げ管の素管として用いるステンレス鋼管の外径や肉厚、曲げ半径等に応じて自ずと定まるからである。
【0030】
前記の偏肉加工時の加工形状は、特定の形状に限定されることはない。素管が曲げ加工されて曲げ管の背側となる部分を増肉させることにより偏肉させてもよいし、曲げ管の腹側となる部分を減肉させて、その肉厚に対する背側となる部分の肉厚の比を増大させてもよい。また、曲げ管の背側となる部分を増肉させると共に、腹側となる部分を減肉させてもよい。なお、曲げ加工時には背側の肉厚が減少するので、曲げ管の背側になる部分の肉厚を大きくすることにより偏肉させるのが望ましい。
【0031】
図2は、本発明のステンレス鋼管の曲げ加工される部分に予め施されている偏肉加工の形状を例示する縦断面図で、(a)と(b)は曲げ加工されて曲げ管の背側となる部分を増肉した場合、(c)は曲げ加工されて腹側となる部分を減肉した場合である。
【0032】
図2(a)に示したステンレス鋼管では、曲げ加工したときに背側になる部分が管の外側方向に増肉され、曲げ管の背側になる部分の肉厚t1が曲げ管の腹側になる部分の肉厚t2よりも厚くなっている。また、同図(b)に示したステンレス鋼管では、曲げ加工したときに背側になる部分が管内方向に増肉されている。一方、同図(c)に示したステンレス鋼管では、曲げ加工したときに腹側になる部分が管内面側で減肉され、曲げ管の背側になる部分の肉厚t1が曲げ管の腹側になる部分の肉厚t2よりも厚くなっている。
【0033】
偏肉加工は、機械加工により行うことができる。なお、その際、管周方向に肉厚差をつけた偏心加工により偏肉させるのが望ましい。すなわち、曲げ管の背側になる部分のうちで外側に最も張り出している部位における増肉厚さを最大とし、その部位から管周方向に進むと共に増肉厚さを徐々に減少させる。
【0034】
このように素管に偏肉加工を施して、曲げ加工時に管の背側に生じる引張応力を小さくし、管の腹側から降伏しやすくすることにより、背側の伸びを抑えて微小割れの発生を抑制することができる。
【0035】
本発明のステンレス鋼管は、高周波曲げ加工用の素管で、曲げ加工時に、高周波誘導加熱により熱間曲げ加工されることを前提としている。高周波誘導加熱によれば限定された狭い範囲を高温加熱することが可能であり、従来から熱間曲げ加工による曲げ管の製造に常用されているからである。
【0036】
本発明のステンレス鋼管は、前述のように、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%を含有する高Cr、高Niのオーステナイト系ステンレス鋼管である。
【0037】
Crは耐食性を改善する元素であり、特に、高温純水環境下において、加工や熱歪により硬化した領域で発生する応力腐食割れを抑制するために重要な元素である。Cr含有量が22%未満ではこの効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が28%を超えると熱間加工性や延性が低下する。したがって、本発明のステンレス鋼管が含有するCr量は、22〜28%と規定した。望ましくは、24〜26%である。
【0038】
Niはオーステナイト相を安定させ、良好な耐食性や耐応力腐食割れ性の確保に重要な元素である。Ni含有量が18%未満では、特に、高温純水環境下において、加工や熱歪により硬化した領域で発生する耐応力腐食割れを抑制するには不十分である。一方、Ni含有量が25%を超えても、前記の耐食性や耐応力腐食割れ性を良好ならしめる効果はそれほど変わらず、製造コストの上昇を招くだけである。したがって、Ni含有量は、18〜25%とした。望ましくは、19〜22%である。
【0039】
本発明のステンレス鋼管は、さらに、Ca:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量が前記の(i)式を満足するものである。
【0040】
Caを含有させるのは、前述のように、高Cr、高Niオーステナイト系ステンレス鋼は従来多用されているSUS304やSUS316Lステンレス鋼に比べて変形抵抗が高く、小さい曲げ半径で高周波曲げ加工したときの引張応力により微小割れが発生する危険性があるので、管自体の熱間加工性を改善して割れを生じにくくするためである。
【0041】
Caは、鋼中に不純物として含まれ、粒界に偏析して熱間加工性を低下させるSをCaSとして固定することにより熱間加工性を改善する作用効果を有している。しかし、同じく不純物として含まれ、Caとの結合力がSよりも強いO(酸素)をCaOとして固定するので、Sと結合する有効Caが消費される。
【0042】
そこで、Ca−1.25×S−2.5×O(ただし、Ca、SおよびOは、それぞれの元素の含有量(%)を表す)を有効Caと定義し、有効Caが異なる鋼を溶製して試験を行い、高周波曲げ加工時における割れの発生に及ぼす有効Caの影響を調査した。なお、前記の定義式における第2項(−1.25×S)はSと結合するCa(%)に、第3項(−2.5×O)はOと結合するCa(%)に相当する。
【0043】
調査においては、前記溶製した有効Caが異なる鋼をそれぞれ熱間加工した後、機械加工により直径10mmの丸棒試験片を作製し、この丸棒試験片に、サーモレスタ試験機を用いて、加熱温度1000℃で0.005s-1の歪速度で40%の伸びを与えた時の割れ発生によって高周波曲げ加工時の割れ発生を模擬し、サーモレスタ試験における割れ発生の有無により、有効Caが割れ発生に及ぼす影響を評価した。その結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示した結果から、有効Ca(Ca−1.25×S−2.5×O)が−0.01以上であれば(材質9〜11)、割れが発生しないことが確認された。そこで、Ca含有量と、鋼中に不純物として含まれるSおよびOの含有量とが前記の(i)式(この式の左辺は、有効Caを表す)を満たすこととした。
【0046】
なお、前記(i)式を満たすか否かにかかわらず、Ca含有量が0.0003%未満では割れ発生防止効果が得られない。また、Ca含有量が0.01%を超えると、JIS G0571に規定される10%しゅう酸エッチング試験で粒界に顕著な溝状腐食が認められ、亀裂が粒界に沿って進展する可能性がある。そのため、Ca含有量は、0.0003〜0.01%であることが必要である。望ましくは0.0005〜0.005%である。
【0047】
したがって、本発明のステンレス鋼管は、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%を含み、さらに、Ca:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量が前記の(i)式を満足することとした。
【0048】
本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管は、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが前記の(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下の組成をもつものであるとする実施形態をとることができる。
【0049】
このステンレス鋼管において、Cr、NiおよびCa以外の成分の作用効果と含有量を上記のように限定した理由は、次のとおりである。
【0050】
C:0.08%以下
Cはオーステナイト相の安定に寄与する。しかし、Cを過剰に含有させると、炭化物が形成されて鋼の耐食性が劣化するだけでなく、熱間加工性も低下する。したがって、C含有量の上限を0.08%とした。望ましくは、0.05%、より望ましくは、0.03%である。なお、C含有量の下限は精錬における技術的または経済的制約により自ずと定まるので、特に限定しない。
【0051】
Si:1.5%以下
Siは脱酸剤として利用される。しかし、Siを過剰に含有させると金属間化合物が形成され、靭性や熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量の上限を1.5%とした。熱間加工性の観点からは、上限を1.0%とするのが望ましい。脱酸剤としての作用効果を得るために、Si含有量の下限は0.1%とするのが望ましい。
【0052】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは脱酸剤として利用され、熱間加工性やオーステナイト相の安定にも寄与するので、含有量の下限を0.1%とした。しかし、Mnを過剰に含有させると鋼の清浄度が低下し、熱間加工性が低下する場合がある。したがって、Mn含有量の上限を2.0%とした。望ましくは、1.5%である。
【0053】
このステンレス鋼管は、上述した成分以外、残部がFeと不純物からなるものである。不純物としては、P、SおよびOの上限を抑えることが必要である。
【0054】
P:0.045%以下
Pは、多量に存在すると鋼の耐粒界腐食性を劣化させる。したがって、P含有量を0.045%以下とした。
【0055】
S:0.030%以下
Sは硫化物を形成して鋼の耐食性を劣化させる。したがって、S含有量を0.030%以下とした。
【0056】
O:0.010%以下
Oは酸化物を形成して鋼の熱間加工性を低下させる。したがって、O含有量を0.010%以下とした。
【0057】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼管が上述したような組成を有するものであれば、熱間加工性さらには耐食性が良好に維持されるので、望ましい。
【0058】
以上述べたように、本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管は、高Cr、高Niのステンレス鋼で、従来多用されているSUS304やSUS316Lステンレス鋼に比べて変形抵抗が高いが、曲げ加工される部分に偏肉加工が施され、さらに、熱間加工性を向上させるCaが含まれているので、例えば、曲げ半径が(1.5〜2.0)D(ここで、Dは管の外径である)のような、曲率の小さい曲げ半径で高周波曲げ加工を行っても微小割れが発生することがない。曲げ半径が2.0Dよりも大きい曲げ加工用の素管としても、もちろん使用することができる。
【0059】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法(前記(2)に記載の曲げ加工方法)は、前記のように、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足し、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となる偏肉加工が施されているオーステナイト系ステンレス鋼管を用い、曲げ半径を(1.5〜2.0)Dとして高周波曲げ加工する方法である。
【0060】
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(%)を表す。
【0061】
曲げ加工に供する素管として、前述の本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管を用いるので、(1.5〜2.0)Dの小さい曲げ半径で高周波曲げ加工しても、微小割れが発生することはない。
【0062】
本発明のステンレス鋼管の曲げ加工方法においては、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが前記の(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下の組成をもつステンレス鋼管を素管として用いる実施形態を採ることができる。
【0063】
この素管は、前述のように、高周波曲げ加工用として望ましい本発明のオーステナイト系ステンレス鋼管である。したがって、この素管に曲げ加工を施して得られるステンレス鋼管は、曲率の小さい曲げ半径で高周波曲げ加工を行っても微小割れの発生がなく、熱間加工性さらには耐食性が良好に維持されているので、望ましい。
【実施例】
【0064】
表2に示す化学組成を有する鋼を溶製し、熱間加工により曲げ加工素管となる種々の寸法の継目無管を製造した。材質AはSUS304、材質BはSUS316Lであり、材質CとDが高Cr、高Niのステンレス鋼で、そのうちの材質Dが、Caが規定量含まれ、且つ、有効Caが−0.01以上で前記の(i)式を満足する、本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管が有している材質である。これらの素管の一部については、切削により曲げ加工部の曲げの背側が腹側よりも厚肉となるように偏肉加工を施した。
【0065】
【表2】

【0066】
その後、これらの素管に、曲げ半径を1.5Dとして高周波曲げ加工を施し、微小割れの発生の有無を管断面の顕微鏡観察により確認した。管寸法、肉厚比(曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比)、曲げ加工による背側の伸び率および割れの観察結果を表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
表3に示したように、従来のSUS304(材質A)やSUS316L(材質B)からなる曲げ管では、偏肉加工を施さない素管を高周波曲げ加工した場合、割れが発生した(A−1、B−1)が、肉厚比1.2以上の偏肉加工した素管を用いることにより、割れの発生を防止できた(A−2,B−2)。
【0069】
しかし、高Cr−高Niオーステナイト系ステンレス鋼では、偏肉加工を施した素管を用いて高周波曲げ加工を行った場合でも、割れが発生した(C−1)。
【0070】
これに対し、本発明で規定する範囲のCaを含有させた高Cr−高Niオーステナイト系ステンレス鋼を素管として高周波曲げ加工を行った場合、偏肉加工を施さない素管では、管寸法に関係なく割れが発生したが(D−1、D−2)、肉厚比1.2以上の偏肉加工を施した素管を用いることにより、管寸法に関係なく、割れの発生を防止できた(D−3、D−4)。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管は、曲げ加工される部分に偏肉加工が施されると共に、熱間加工性を向上させるCaが所定量含まれているので、Cr、Niの含有量が従来多用されているSUS304、SUS316Lより高いにもかかわらず、微小割れを発生させることなく曲げ加工することができる。
【0072】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法は、このオーステナイト系ステンレス鋼管を素管として用いて高周波曲げ加工する方法で、曲率半径が小さいステンレス鋼製曲げ管を製造することができる。この曲げ管は、耐食性に優れているので、原子力発電用の軽水炉等における高温純水環境下など、過酷な腐食環境下で用いられる曲げ管として好適である。
【0073】
したがって、本発明の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管、およびこれを素管として用いる本発明の曲げ加工方法は、曲げ管の製造に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】外径D、肉厚tの直管に、曲げ半径をR、曲げ角度を90°として曲げ加工を施して得られた曲げ管の外観を示す図(部分図)で、(a)は平面図、(b)は(a)に例示した曲げ管の端部の正面図である。
【図2】本発明のステンレス鋼管の曲げ加工される部分に予め施されている偏肉加工の形状を例示する縦断面図で、(a)と(b)は曲げ加工されて曲げ管の背側となる部分を増肉した場合、(c)は曲げ加工されて腹側となる部分を減肉した場合である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足するオーステナイト系ステンレス鋼管であって、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となるように偏肉加工が施されていることを特徴とする高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管。
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼管が、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下であることを特徴とする請求項1に記載の高周波曲げ加工用オーステナイト系ステンレス鋼管。
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
【請求項3】
質量%で、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足し、曲げ加工される部分に、予め、曲げ管の背側になる部分の肉厚/曲げ管の腹側になる部分の肉厚の比が1.2以上となる偏肉加工が施されているオーステナイト系ステンレス鋼管を用い、曲げ半径を(1.5〜2.0)×(管の外径)として高周波曲げ加工することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法。
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
【請求項4】
前記オーステナイト系ステンレス鋼管が、質量%で、C:0.08%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.1〜2.0%、Cr:22〜28%、Ni:18〜25%およびCa:0.0003〜0.01%を含有し、且つCa含有量と不純物中のSおよびO含有量とが下記(i)式を満足し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.045%以下、Sが0.030%以下およびOが0.010%以下であることを特徴とする請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管の曲げ加工方法。
Ca−1.25×S−2.5×O≧−0.01 ・・・(i)
ただし、(i)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。

【図1】
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【図2】
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