説明

高純度N−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法及び昇華精製装置

【課題】 2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸の製造時に副生するN−tert−ブチルアクリルアミドは、結晶化の後、分離して洗浄しても、洗浄後の該結晶が、保管中に青〜緑味や褐色に着色して、使用分野が制限されるという問題があった。
【解決手段】 N−tert−ブチルアクリルアミドを粗結晶として回収した後に、当該粗結晶を昇華によって捕集することを特徴とするN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
当該製造方法によれば、得られたN−tert−ブチルアクリルアミドの結晶は高純度であり、褐色や淡黄色あるいは青緑色に着色せず、高級化粧品や印刷材料など、微細な色相や品質安定性が要求され、かつ人体に対する毒性が少ないことが要求される分野に使用することができる。
さらに、有機溶媒等の再結晶溶媒を必要としないため、廃液を低減でき、環境負荷の削減および経済的にも有利である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度のN−tert−ブチルアクリルアミド(一般式1)の製造方法に関し、更に詳述すれば、アクリロニトリル、硫酸及びイソブチレンを反応させて2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(以下、ATBSという)を製造するに際し、同時に生成する副生物より、高純度で低着色のN−tert−ブチルアクリルアミドを得ることができる製造方法及び当該製造方法に使用する昇華精製装置に関する。
すなわち、ATBSの結晶が分散してなる反応液から、ATBSを除いた後に、N−tert−ブチルアクリルアミドを粗結晶として回収し、当該粗結晶を溶融し、昇華精製することを特徴とするN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法及び当該製造方法に使用する昇華精製装置に関するものである。
【化1】

【背景技術】
【0002】
従来、N−tert−ブチルアクリルアミドは、アクリロニトリル、アクリル酸エステル等のモノマーと共重合させて、ゴム薬品、塗料製品等の原料として使用されてきた。さらに近年では、化粧品、医療用材料や印刷材料の原料としても有用性が認められ、その用途は拡大しつつある。
化粧品の用途では、原料成分に含まれる不純物による皮膚刺激や炎症が問題となり、印刷材料の分野ではインクの発色低下や安定性低下が問題となってきた。
また、着色が原因で製品の色相が変わってしまうと、著しく商品価値を落とすことになるため、着色のない原料が求められるようになってきた。
【0003】
N−tert−ブチルアクリルアミドは、一般的にはアクリロニトリルとtert−ブチルアルコールとの反応、精製により得られる。
具体的なN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法としては、アクリロニトリルとtert−ブチルアルコールとを硫酸等の強酸下で反応させるという方法が知られている。
この方法においては、得られる反応液中に種々の不純物が含まれており、反応後の精製プロセスが要点になっている。N−tert−ブチルアクリルアミドを蒸留することは容易でなく、その精製法としては晶析等の固体の精製に用いる方法が使用されている。
例えば、上記の反応により得られる反応液に水もしくは低級アルコールの水溶液を添加して、N−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を析出するにあたり、pHを0.1〜3に調整した水もしくは水溶液を前記反応液に添加するという方法(特許文献1)、あるいは、前記と同様な反応液をキレート剤であるアミノポリ燐酸又はアミノポリカルボン酸の存在下にアルカリ水溶液で中和してN−tert−ブチルアクリルアミドを析出させるという方法(特許文献2)などが知られている。
【0004】
一方、アクリロニトリル、硫酸及びイソブチレンの3者の付加反応によりATBSを製造する際に、N−tert−ブチルアクリルアミドが副生物として生成することが知られている。副生するN−tert−ブチルアクリルアミドはATBSに対しては不純物であり、従来はそれを含む廃液を産業廃棄物として処分していた。
かかる廃液の有効利用として、当該廃液からN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を回収し、その粗結晶をアクリロニトリルなどの溶媒により精製する方法(特許文献3)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−87587号公報
【特許文献2】特開平9−124568号公報
【特許文献3】特開2005−29476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に記載の方法は、N−tert−ブチルアクリルアミドを精製する際に、大過剰なメタノール水が必要であり、使用後のメタノール水は、廃液として処分されるため、環境に対する負荷の増大を招き、経済的にも不利であった。
一方、特許文献3に記載の方法は、着色していても良い用途や分野への適用は可能であるが、N−tert−ブチルアクリルアミドが褐色や淡黄色あるいは青緑に着色する問題があった。
このため、従来技術では、近年、高まった環境に対する負荷を低減すると同時に、高純度や着色防止に対する要求を満たすには不十分であり、使用分野を制限せざるを得ないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、アクリロニトリル、硫酸及びイソブチレンの付加反応で得られる反応液(後記するようにATBSの結晶がアクリロニトリル中に分散した分散液)からATBSを回収した後に、その反応液から取り出したN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を昇華することで、メタノールのような有機溶剤を使用することなく、褐色や淡黄色あるいは青緑色の着色がないN−tert−ブチルアクリルアミドを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の第一発明は、アクリロニトリル、硫酸およびイソブチレンを反応させて得られる2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸を反応液から分離し、その後の反応液中に含まれるN−tert−ブチルアクリルアミドを精製するに際し、N−tert−ブチルアクリルアミドを粗結晶として回収した後に、当該粗結晶を昇華によって捕集することを特徴とするN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0009】
本発明の第二発明は、N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を溶融し、当該溶融液に含まれる水により及び/又は水を添加することにより水蒸気を発生させ、当該水蒸気をN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスと同伴させることを特徴とする第一発明に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0010】
本発明の第三発明は、N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶の溶融液の温度が100℃〜140℃であることを特徴とする第一発明又は第二発明に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0011】
本発明の第四発明は、N−tert−ブチルアクリルアミド粗結晶の含水率が10〜50質量%であって、当該含水粗結晶100質量部に対し、水を0.01〜1.0質量部/分の割合で連続的に添加することを特徴とする第二発明又は第三発明に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0012】
本発明の第五発明は、水蒸気と同伴させたN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを、水と接触させることで冷却し、N−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を昇華捕集することを特徴とする第二発明〜第四発明のいずれかに記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0013】
本発明の第六発明は、昇華ガスと接触させる水を、昇華捕集する容器の頂部よりスプレーすることを特徴とする第五発明に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0014】
本発明の第七発明は、N−tert−ブチルアクリルアミドの液体クロマトグラフィーによる純度が99.5%以上であり、当該N−tert−ブチルアクリルアミドを10質量%メチルアルコール溶液にしたときの色相が、a*が0〜+0.20、b*が0〜+1.50、かつAPHAが15以下であることを特徴とする第一発明〜第六発明のいずれかに記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法である。
【0015】
本発明の第八発明は、第一発明〜第七発明のいずれかに使用する溶融槽と昇華捕集塔を少なくとも備えたN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華精製装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の製造方法によれば、ATBSの廃液から、着色がなく純度の良いN−tert−ブチルアクリルアミドを製造することができる。
すなわち、得られた結晶は少なくとも98.5%以上、更には99.5%以上といった高純度になり、褐色や淡黄色あるいは青緑色に着色しないため、高級化粧品や印刷材料など、微細な色相や品質安定性が要求され、かつ人体に対する毒性が少ないことが要求される分野で、好適に使用することができる。
さらに、有機溶媒等の再結晶溶媒を必要としないため、廃液を低減でき、環境負荷の削減および経済的にも有利である。
また、本発明の製造方法によれば、高純度のN−tert−ブチルアクリルアミドを高収率で生産性よく製造することができるので、コストの削減にも効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
本発明においては、まず、アクリロニトリル、硫酸及びイソブチレンの3成分を付加反応してATBSを製造する。
硫酸及びイソブチレンに対するアクリロニトリルの具体的な使用量としては、それらの10〜20倍モルが好ましい。3成分の反応に際しては、−20℃〜−10℃に冷却したアクリロニトリル中に硫酸を混合した後、得られる混合液の撹拌下に、イソブチレンガスを吹き込む。該イソブチレンガスの吹き込みにより反応が開始する。反応は、常圧下で30〜70℃の温度において30分以上おこなうことが好ましい。
反応により生成するATBSは、アクリロニトリルに不溶であるため、反応液はアクリロニトリル中にATBSの結晶が析出したスラリーとして得られる。
該スラリーにおける固形分濃度は、通常10〜25質量%である。
【0018】
上記スラリーを濾過または遠心分離などの操作で、固液分離することにより、ATBSの結晶を得る。
上記固液分離によって得られる濾液、すなわちアクリロニトリル溶液には、通常、N−tert−ブチルアクリルアミドが1質量%以上の濃度で含まれているので、濾液からN−tert−ブチルアクリルアミドを分離する目的で、該濾液からアクリロニトリルを蒸発させて濃縮する必要がある。
しかしながら、該濾液中には前記の反応で用いた硫酸が一部未反応で残っているため、製造直後及び保存中に着色しない製品を得るためには、濾液の濃縮前にアルカリ洗浄によりかかる硫酸の除去をおこなうことが望ましい。
【0019】
アクリロニトリル中の硫酸の除去方法としては、上記濾液と、例えば酸化カルシウム等の固体塩基とを接触させてもよいが、より好ましくは、濾液とアルカリ水溶液とを液−液同士で混合した上、液−液分離する方法が採用される。
さらに、酸性物質が除去された濾液を加熱し、アクリロニトリルを蒸発させ、固形分濃度50〜70質量%のアクリロニトリル溶液を得る。この操作は通常単蒸留等によりなされ、これによって留出するアクリロニトリルは必要によりさらに精製された後、再び、ATBS製造用の原料として使用される。
本発明の目的物であるN−tert−ブチルアクリルアミドは、蒸留後の缶液(一般には釜残と称される)中に濃縮する。
【0020】
蒸留に際しては、ラジカル重合性を有するアクリロニトリル及びN−tert−ブチルアクリルアミド等の重合を防止するために、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガスを蒸留缶液中に吹き込んだり、また、コンデンサー塔頂より重合禁止剤を噴霧したりする手段を採用することが好ましい。
かかる場合に使用される重合禁止剤としては、フェノール化合物が好ましい。
フェノール化合物としては、ハイドロキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル、ハイドロキノンジメチルエーテル、ジ−tert−ブチルハイドロキノン、tert−ブチルカテコール、ビス−tert−ブチル−トルエン等が例示される。この中で適度な重合防止能を有するハイドロキノンモノメチルエーテルが好ましい。
その他の重合禁止剤、例えば、塩化銅(2価)、フェノチアジン、ジフェニルピクリンヒドラジル、ニトロベンゼン、ジチオベンゾイルスルフィド等を使用しても良い。
必要により、2種類以上を併用しても良い。
【0021】
本発明において、当該濃縮液からN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を得る方法とし、特に限定されるものではないが、次の二つの方法がある。一つ目の方法は、上記濃縮液を徐々に冷却して10℃以下にする方法である。二つ目の方法は、水などのようにN−tert−ブチルアクリルアミドの溶解性が低い溶媒に注ぐことで、N−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を析出させ、濾過により粗結晶を得る方法である。
上記以外にも 当該濃縮液を水の代わりにアルカリ水溶液に注ぐ方法や、一度得られた粗結晶を再度アクリロニトリル中に加えて加熱溶解し、10℃以下まで冷却又は水に注ぎ、再び結晶を析出させる方法もある。
【0022】
上記の操作により得られたN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を溶融させ、昇華をおこなう。
昇華方法は、バッチ法、セミバッチ法及び連続式のいずれでも良く、処理量、コストや処理時間から適宜選択すればよい。
本発明に使用する昇華精製装置の例を図1に示すが、これに限定されるものではない。
当該昇華精製装置は、N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を溶融させN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを発生させる溶融槽と、N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを冷却し、N−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を生成させる昇華捕集塔で構成される。
【0023】
○溶融槽
当該溶融槽は、加熱装置が付いた箱形、球形、円筒形の容器等である。槽形状は、加熱効率の点から円筒形が好ましい。加熱には、マントルヒーターやバンドヒーターなど電熱により溶融槽を直接温める方法があるが、水、スチーム、オイル等の熱媒体を使用してジャケットや温浴で加熱する方法が好ましい。
N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの発生を促進するため、攪拌機で攪拌することが望ましい。さらに、N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの発生効率を高めるためには、N−tert−ブチルアクリルアミドの溶融液の表面積を大きくする装置が望ましい。
具体的には、ロータリーエバポレーター、関西化学機械製造製ウォールウエッター、神鋼環境ソリューション製ワイプレンに代表される薄膜蒸発器等が挙げられる。
溶融槽の材質は、ステンレス、チタン等の金属、ほう珪酸ガラス等の耐熱ガラス、グラスライニング、フッ素樹脂コーティング、フッ素樹脂ライニング等が挙げられる。
溶融槽内へはN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの爆発防止、酸化防止の目的で、窒素を流すことが望ましい。
【0024】
N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶の含水率に特に限定はないが、N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの発生量を増加させる目的で、N−tert−ブチルアクリルアミドの溶融液中から水蒸気を発生させ、N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを水蒸気に同伴させることが好ましい。そのため、N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶の含水率として、10〜50質量%が好ましく、20〜40質量%がより好ましい。
含水率10%未満まで乾燥させたN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を使用することもでき、また、溶融槽に水を滴下することもできる。
【0025】
溶融槽内のN−tert−ブチルアクリルアミド溶融液中の含水率を一定に維持できるように、水を連続的に定量供給することが好ましい。
かかる水の供給は、N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶の仕込み量が100質量部当たり、水が0.01〜1.0質量部/分の割合で供給するのが好ましく、0.05〜0.5質量部/分で供給するのがより好ましい。
この水の連続的な供給をおこなうことにより、昇華捕集物の生成速度(単位時間当たりの生成量)を、おこなわない場合の1.5倍以上に高めることができる。
N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶には、重合防止のために、ハイドロキノンモノメチルエーテルやフェノチアジン等の重合禁止剤を添加することができる。
【0026】
○昇華捕集塔
昇華捕集塔は、昇華ガスを冷却し、精製された結晶を昇華捕集する装置であり、どのような形状でも良いが、円筒状のものが効率よく結晶化できるので好ましい。
昇華捕集塔の設置方向は、水平、垂直のいずれでも良く、傾斜させても良い。昇華捕集したN−tert−ブチルアクリルアミドを製品貯蔵槽に落下させやすくするため、垂直方向が望ましい。
N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスより、N−tert−ブチルアクリルアミドの精製された結晶を効率よく昇華捕集するために、昇華捕集塔の内外において冷却することが好ましい。
冷却方法は、空冷、水冷のいずれでも良い。ジャケットに冷水を通水することで冷却しても良いし、昇華捕集塔内部にスプレーノズルを設置し、冷水を噴霧することでN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを直接冷却することもできる。
昇華捕集塔の内部に冷却管を設置しても良い。冷却管の形状は、直管、蛇管、円筒状、板状等が考えられる。
【0027】
昇華捕集塔の内壁に冷水をスプレー(噴霧)、あるいは水を流すことで、昇華捕集塔の内壁に付着したN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華捕集された結晶を洗い流し、下部に設置した製品貯蔵槽へ昇華捕集された結晶を移送することができるので、かかる方法が好ましい。
冷却効率と過剰な水を使用しないという点から、スプレーをする方法が好ましい。スプレーの噴霧口の位置は、昇華捕集塔の塔頂、塔底、側面のいずれでもよいが、重力を利用できる点で塔頂が好ましい。
前述した溶融槽への水の連続的な添加と、かかるスプレーとを併用することにより、両者とも使用しない場合よりも、昇華捕集物の生成速度を2〜6倍高めることができる。
【0028】
昇華捕集塔及び冷却管の材質は、ステンレス、チタン等の金属、ほう珪酸ガラス等の耐熱ガラス、グラスライニング、フッ素樹脂コーティング、フッ素樹脂ライニング等が挙げられる。
昇華捕集塔内の圧力は限定されるものではなく、大気圧、減圧、加圧のいずれでも良いが、設備費用の面から大気圧であることが好ましい。
【0029】
昇華捕集塔内には、常にN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの流通を確保する目的で、綿菓子状に発生したN−tert−ブチルアクリルアミド結晶を機械的に掻き落とすための攪拌機を設置することもできる。
昇華捕集塔内に、窒素ガスのパルスを発生させたり、機械的衝撃や超音波によりN−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を製品貯蔵槽へ落下させることも可能である。
【0030】
昇華捕集塔の替わりに伝導伝熱型溝型攪拌冷却機を利用してN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華捕集された結晶を得ることもできる。かかる伝導伝熱型溝型攪拌冷却機としては、例えば、奈良機械製作所製ブーノクーラーが挙げられる。
【0031】
溶融槽と昇華捕集塔を接続する配管中でN−tert−ブチルアクリルアミドが結晶化することを防止するために、溶融槽と昇華捕集塔の間を接続する配管についても、100℃以上に保温することが望ましい。保温方法は、断熱材による方法、ジャケットによる方法、防爆型ヒーター等による方法が考えられる。
【0032】
溶融槽でのN−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を溶融する温度は、100〜140℃が好ましい。
N−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの発生量を高めるため、120〜135℃がさらに好ましい。
溶融槽の温度が、100℃未満では、昇華ガスの発生が少なくなりすぎ、140℃を超えると、粗結晶が着色し、昇華捕集後のN−tert−ブチルアクリルアミドの品質が低下する。
【0033】
溶融槽出口のN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスの温度は、120℃から140℃が好ましく、125〜135℃がさらに好ましい。
【0034】
昇華捕集塔で昇華捕集したN−tert−ブチルアクリルアミドは、製品貯蔵槽で、製品である昇華捕集物と水を含む液から昇華捕集された結晶として分離回収される。
かかる製品の回収方法としては、ヌッチェ式濾過器、単板式濾過器、水平濾板型濾過器、ベルト式濾過器、遠心分離機等が適用でき、開放式、密閉式のどちらでも良い。
濾過雰囲気は大気圧、加圧、減圧のいずれでも良いが、窒素含有気体による加圧濾過が好ましい。
【0035】
得られた製品は、そのままでも使用しても良いが、水あるいは水を含む有機溶媒で洗浄すると、さらに、高純度になり着色も低減できる。
しかし、かかる洗浄は、廃液が発生し、時間も費用もかかるので、特に必要な場合だけでよい。この場合、N−tert−ブチルアクリルアミドは有機溶媒に対する溶解度が大きいので、有機溶媒単独で洗浄すると取得量が低下する。したがって、水あるいは水を含む有機溶媒で洗浄することが好ましく、水で洗浄することがより好ましい。
【0036】
昇華捕集した製品は、そのまま使用しても良いが、乾燥することで微粉末状になり、さらに使いやすくなる。
かかる乾燥方法としては、静置棚段乾燥器、回転乾燥機、パドルドライヤー等の攪拌式乾燥機、濾過乾燥機、振動乾燥機、流動乾燥機等が適用できる。
乾燥雰囲気については、特に限定するものではないが、製品が有機物であることから、熱による変質を低減すべく、低温で減圧乾燥するのが好ましい。
【0037】
本発明におけるN−tert−ブチルアクリルアミドの色相の変化は、もっぱら青味、緑味といった寒色系の色目が大きくなることと、黄色から褐色に変化することの、二種類の態様がある。
色相の微細な変化でも商品価値を大きく左右する化粧品や印刷材料の分野でも特に色目の変化を気にする用途(高級化粧品や高品位インク)においては、いずれの色相の微妙な変化も好ましくない。
色相はa*、b*、APHAと目視で評価される。
a*及びb*は、クロマネティックス指数と呼ばれるものでCIELAB色度図から求められる。a*は、+が大きいと赤方向に、−が大きいと緑方向に着色する。b*は、+が大きいと黄方向に、−が大きいと青方向に変化する。
目視の官能評価で青味または緑味がなく、黄色味も感じないのは、a*が−0.20〜+0.20、b*が0〜+3.00の範囲であり好ましい。
APHAは、ハーゼンナンバーとも呼ばれ、黄色から褐色まで段階を付けた比色管(ハーゼン標準液)と測定物を比較することにより、着色度合を測定する。値が大きくなるほど、黄色から薄褐色、さらには濃褐色になる。
目視の官能評価で、ほとんど白色〜無色であるのは、APHAが20以下であり好ましい。
【0038】
本発明のN−tert−ブチルアクリルアミドは、保存後においてもこのような色目が着き難いものであり、具体的には、N−tert−ブチルアクリルアミドを製造直後及び25℃で1週間保存した後に、10質量%メチルアルコール溶液にしたときの色相が、a*が−0.20〜+0.25、b*が−0.15〜+3.00、かつAPHAが20以下であることが好ましい。
より好ましいN−tert−ブチルアクリルアミドの色相は、a*が0〜+0.20、b*が0〜+1.50、かつAPHAが15以下である。
【0039】
本発明の製造方法によれば、N−tert−ブチルアクリルアミドの液体クロマトグラフィーによる純度は98.5%以上である。化粧品の皮膚刺激性や炎症を防止し、高級インクの色彩を高め、製品の安定性を向上させるには、純度が99.5%以上であることが好ましく、99.9%以上がより好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び比較例により、本発明を具体的に説明する。
○参考例1 ATBSの製造
混合撹拌装置を備えた2基の反応器を連結し、次に示す反応条件下で、第1段目の反応器にアクリロニトリル及び発煙硫酸を導入して、アクリロニトリルと硫酸の混合工程を行い、第1段目の反応器の混合物を第2段目の反応器に導き、第2段目の反応器にはイソブチレンガスを導入し、反応を連続して行った。原料仕込み比は、発煙硫酸1モルに対し、アクリロニトリルを11モル、イソブチレンを0.9モルの割合で供給した。なお、発煙硫酸の濃度(硫酸中の三酸化イオウの濃度)は9質量%である。また、第1段目の反応器は−5〜−15℃に維持し、反応液の滞留時間を10分とし、第2段目の反応器は40〜60℃に維持し、反応液の滞留時間を40分とした。
第2段目の反応器から流出したATBSの分散液をグラスフィルターで濾過し、結晶ケークと濾液に分離した。グラスフィルター上のケークをその2質量倍のアクリロニトリルを流下させることにより洗浄し、洗浄濾液を分離した。洗浄後のケークを乾燥することにより、ATBSが得られた。
【0041】
○参考例2 N−tert−ブチルアクリルアミド粗結晶の製造
参考例1で得られた濾液と洗浄濾液を合わせたアクリロニトリル溶液110kgを25質量%の水酸化アンモニウム水溶液で中和処理した後、水層を分離除去してN−tert−ブチルアクリルアミド(以下、TBAMという)を約4質量%含有するアクリロニトリル溶液115kgを取得した。この溶液にハイドロキノンモノメチルエーテル(以下,MQという)を500質量ppmになるように加え、5%酸素を含有する窒素ガスを溶液に吹き込みながら減圧濃縮し、TBAMを約60質量%含有する溶液7.6kgを得た。この蒸留において約100kgのアクリロニトリルを分離した。得られた濃縮液7.6kgを氷浴下で徐々に冷却して、結晶を析出させた。得られた分散液を濾過し、TBAMの粗結晶のケーク2.5kgを取得した。
【0042】
○実施例1
フッ素樹脂製板状攪拌翼を設置した攪拌機付きの胴直径15cmの円筒形の3Lガラス製フラスコ(溶融槽)をオイルバス中に設置した。参考例2で得られたTBAMの粗ケーク(含水率26.2%)1300gを当該溶融槽に投入した。溶融槽に窒素を2.0L/分で流しながら、オイルの温度を160℃にして加温した。
溶融槽内のTBAMの溶融液の温度が、120〜135℃になるようにして、溶融槽へ純水を1.2g/分〜2.8g/分になるように連続して添加した。
溶解槽の出口ガス温度が128℃に達してから試験を開始し、当該温度を128〜132℃を維持しながら、昇華ガスと水蒸気を連続的に取り出し、昇華捕集塔に導入した。
このとき、溶融槽内の溶融液の表面積は176.6cmだった。
昇華捕集塔の塔頂に設置した、スプレーノズルから純水を128g/分で噴霧した。溶融槽の出口ガス温度が128℃に達してから2時間の試験を継続した。
ついで、製品貯蔵槽に捕集したTBAMの昇華捕集物(以下、捕集物という)を回収し、純水100gで洗浄し、ブフナー漏斗で濾過した。捕集物は白色であった。
風乾後の捕集物は47.3gであった。当該捕集物を10%メタノール溶液により測定したカールフィッシャーでの水分量は0.5質量%であった。
得られた捕集物は、以下のHPLC条件で分析した。TBAMの保持時間の確認は、東京化成工業株式会社製の試薬によるピーク位置との対比により行った。その結果、純度99.9%であった。
HPLC(株式会社 島津製作所製)
カラム:ODSカラム
溶離液:アセトニトリル:水=30:70
検出 :213nm
当該捕集物を10質量%メチルアルコール溶液になるように溶解して、色差計:日本電色工業株式会社製OME2000にて色相を測定したところ、a*は+0.12、b*は+1.15であり、APHAを測定したところ14であり、目視では白色を維持していた。その後に、シャーレに広げ、25℃で一週間保存して再度色相を測定した。
結果を表1に示した。
【0043】
○実施例2
実施例1において、フッ素樹脂製板状攪拌翼の替わりにステンレス製の関西化学機械製作製ウォールウエッターを設置した以外は実施例1と同様の操作をした。
攪拌翼であるウォールウエッターを攪拌することにより溶融槽内の溶融液がかきあげられ、溶融液面から12cmの高さまで、円筒形の3Lガラス製フラスコ(溶融槽)の内壁を連続的に溶融液で濡れた状態、いわゆる濡れ壁を形成していることを確認した。
このとき、溶融槽内の溶融液の表面積は、水平方向の表面積176.6cmに、垂直方向のいわゆる濡れ壁の溶融液の表面積565.2cmを合算した、741.8cmだった。
風乾後に、白色の捕集物を110.3g得た。
風乾後の捕集物の10%メタノール溶液により測定したカールフィッシャーでの水分量は0.5%だった。
風乾後の捕集物の10質量%のメチルアルコール溶液は、a*は+0.11、b*は+0.94であり、APHAは10であった。
一週間後のAPHA、および色を測定し、表1に示した。
【0044】
・ 実施例3
実施例1において、昇華捕集塔の塔頂にスプレーノズルを設置せず、純水を噴霧しない以外は実施例1と同様の操作をした。
昇華捕集塔での除熱が悪く、昇華捕集塔の壁面に捕集物が付着したため、風乾後の昇華捕集したTBAMの得量が31.5gまで低下した。
当該捕集物は白色であり、10%メタノール溶液により測定したカールフィッシャーでの水分量は0.5%であった。
風乾後の捕集物の10質量%のメチルアルコール溶液は、a*は+0.07、b*は+0.60であり、APHAは7であった。
一週間後のAPHA、および色を測定し、表1に示した。
【0045】
○実施例4
実施例2において、溶融槽のTBAM溶融液に純水を添加せず、昇華捕集塔においても純水を供給しない以外は、実施例2と同様の操作をした。
その結果、風乾後の捕集物の得量が20.1gまで低下した。
得られたTBAMは、10%メタノール溶液により測定したカールフィッシャーでの水分量が0.5%であり、白色であった。
風乾後の捕集物の10質量%のメチルアルコール溶液は、a*は+0.12、b*は+1.05であり、APHAは12であった。
一週間後のAPHA、および色を測定し、表1に示した。
【0046】
○比較例
参考例2で得た粗ケークをそのまま風乾した。得られた結晶は青緑色に着色した粉末だった。TBAMの純度を測定したところ98.3%であった。当該粉末の製造直後の10質量%のメチルアルコール溶液のAPHAは26、a*は−2.18、b*は+4.82であった。
一週間後のAPHA、および色を測定し、表1に示した。
【0047】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の製造方法によれば、ATBS製造時の廃液から、N−tert−ブチルアクリルアミドを回収し、工業的に容易な方法で精製することにより、着色のない白色の高純度の結晶が得られる。
また、メタノール水等の有機溶媒の廃液を発生させることなく、低コストでN−tert−ブチルアクリルアミドが得られ、エネルギーの効率化や地球環境の保全に寄与することができる。
このようにして得られたN−tert−ブチルアクリルアミドは、保存中のみならず保存後でも色目の変化がなく、例えば高級化粧品や印刷材料、医療用途に最適である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を昇華及び昇華捕集する装置(昇華精製装置という)の概略図である。
【符号の説明】
【0050】
1 溶融槽
2 オイルバス
3 窒素ガス導入管
4 添加水導入管
5 昇華ガス流路(配管)
6 冷却水導入管
7 冷却水スプレーノズル
8 昇華捕集塔
9 製品貯蔵槽
10 ドレン


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル、硫酸およびイソブチレンを反応させて得られる2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸を反応液から分離し、その後の反応液中に含まれるN−tert−ブチルアクリルアミドを精製するに際し、N−tert−ブチルアクリルアミドを粗結晶として回収した後に、当該粗結晶を昇華によって捕集することを特徴とするN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項2】
N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶を溶融し、当該溶融液に含まれる水により及び/又は水を添加することにより水蒸気を発生させ、当該水蒸気をN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスと同伴させることを特徴とする請求項1に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項3】
N−tert−ブチルアクリルアミドの粗結晶の溶融液の温度が100℃〜140℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項4】
N−tert−ブチルアクリルアミド粗結晶の含水率が10〜50質量%であって、当該含水粗結晶100質量部に対し、水を0.01〜1.0質量部/分の割合で連続的に添加することを特徴とする請求項2又は3に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項5】
水蒸気と同伴させたN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華ガスを、水と接触させることで冷却し、N−tert−ブチルアクリルアミドの結晶を昇華捕集することを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項6】
昇華ガスと接触させる水を、昇華捕集する容器の頂部よりスプレーすることを特徴とする請求項5に記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項7】
N−tert−ブチルアクリルアミドの液体クロマトグラフィーによる純度が99.5%以上であり、当該N−tert−ブチルアクリルアミドを10質量%メチルアルコール溶液にしたときの色相が、a*が0〜+0.20、b*が0〜+1.50、かつAPHAが15以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のN−tert−ブチルアクリルアミドの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに使用する溶融槽と昇華捕集塔を少なくとも備えたN−tert−ブチルアクリルアミドの昇華精製装置。


【図1】
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【公開番号】特開2012−25672(P2012−25672A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−163129(P2010−163129)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【Fターム(参考)】