説明

高電圧インパルス試験装置の回路定数を決定するシミュレーション装置および回路定数の決定方法

【課題】残留インダクタンスに起因して生じるインパルス高電圧波形のオーバーシュートをより正確に解析し、当該オーバーシュートを抑止できるようにする。
【解決手段】インパルス電圧発生器の残留インダクタンスを含めて高電圧インパルス試験装置を表すとともに、コンデンサの他にインダクタンスおよび抵抗を含めて供試物を表した等価回路に従って、4階微分方程式で表される回路方程式を解くことでインパルス高電圧波形を解析する。具体的には、4階微分方程式の基本解をeztとし、z4+az3+bz2+cz+e=0なる特性方程式において、a3/8−ab/2+c>0を満足する制約条件のもとでシミュレーションを実施することで、所望のインパルス高電圧波形を得るのに必要な波形調整回路の抵抗RS,R0の値を算出できるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高電圧インパルス試験装置の回路定数を決定するシミュレーション装置および回路定数の決定方法に関し、特に、供試物である電気機器にインパルス高電圧(雷インパルス電圧とも言う)を印加して供試物の絶縁破壊耐量等を測定する高電圧インパルス試験装置の回路定数の決定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の電気機器は、落雷時などに瞬間的な高電圧(インパルス高電圧)の印加があると、破壊することがある。したがって、電気機器の設計に際しては、インパルス高電圧に対する耐性を十分に確保することが必要となる。そのために、電気機器の高電圧インパルス試験が一般的に行われている。高電圧インパルス試験は、インパルス電圧発生器で模擬的に発生させたインパルス高電圧を供試物である電気機器に印加して、当該電気機器の絶縁破壊耐量等を測定する試験である。
【0003】
なお、電気機器で用いるコイルを供試物とし、当該コイルにインパルス高電圧を印加して試験するコイル耐圧試験装置が提供されている(例えば、特許文献1参照)。この種の試験装置では、被試験コイルと共振用コンデンサとにより共振回路を形成する。そして、被試験コイルに印加されたインパルス高電圧が共振することによって現れる減衰振動波形をオシロスコープで観測することにより、被試験コイルの耐圧試験を行っている。
【特許文献1】特開平9−325170号公報
【0004】
ところで、供試物となる電気機器は、微弱電圧を扱うものから高電圧を扱うものまで様々である。例えば、電力会社が使用する変圧器などは、超高電圧を扱う電気機器の典型である。このような電気機器について高電圧インパルス試験を行う場合には、インパルス電圧発生器で模擬的に発生させるインパルス高電圧を極めて高い電圧にしなければならない。電気機器で通常扱う高電圧よりも更に大きなインパルス高電圧を電気機器に印加する必要があるからである。例えば、100万ボルトで送電を行う電力系統に使用する変圧器を供試物とする場合は、200万〜300万ボルトものインパルス高電圧を発生させる必要がある。
【0005】
ところが、発生すべきインパルス高電圧がこれだけ大きくなると、インパルス電圧発生器が大型化する。このインパルス電圧発生器の大型化に伴い、実際に発生するインパルス高電圧の波形には、オーバーシュートが重畳してしまう場合がある。これは、以下の理由による。インパルス電圧発生器は、直列に接続した高圧コンデンサに直流の高電圧を充電しておき、その充電された高電圧を一気に放電させて模擬的にインパルス高電圧を発生させる仕組みを持つ。このインパルス高電圧を大きくするためには、多数の高圧コンデンサを直列接続する必要がある。そうすると、避けることのできない残留インダクタンスの値が大きくなって無視できなくなる。その結果、残留インダクタンスと高圧コンデンサとでインパルス高電圧が共振してしまい、オーバーシュートを生じてしまうのである。
【0006】
従来、このようにオーバーシュートが生じてしまうことは経験的に知られていたが、インパルス高電圧の波形は、いわゆる2組の指数関数の和(2次方程式)として近似されてきた。比較的小さいインパルス高電圧を取り扱う場合は、インパルス電圧発生器が小型で、残留インダクタンスの値は殆ど無視できたからである。しかし、残留インダクタンスが無視できないほど大きなインパルス高電圧を取り扱う場合は、オーバーシュートを無視した2次方程式による近似では理論的に不十分である。すなわち、波形のオーバーシュートを理論的に解析し、当該オーバーシュート分を補正するように波形調整することが望まれる。
【0007】
このような背景をもとに、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスを考慮したインパルス高電圧波形について理論的考察を行い、波形のオーバーシュートを理論的に解析した論文が発表されている(非特許文献1参照)。この非特許文献1では、残留インダクタンスを含めた高電圧インパルス試験装置の等価回路を設定し、当該等価回路の回路方程式を解くことで、波形のオーバーシュートを解析している。解析に使っている回路方程式は、3階微分方程式である。
【非特許文献1】電気学会論文誌B(電力・エネルギー部門誌)IEEJ Trans.PE,Vol.127,No.11,2007「インパルス電圧発生回路の残留インダクタンスが雷インパルス電圧波形に及ぼす影響について」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1では、供試物である変圧器をコンデンサにより近似した形で等価回路を構成している。すなわち、一般的にコイルは高周波領域においてコンデンサの性質も持つようになるため、コイルを有する供試物でもこれをコンデンサとみなして解析しているのである。このため、オーバーシュートの解析が理論的に不十分で、その解析結果に基づき波形調整回路を設計しても、残留インダクタンスに起因して生じるインパルス高電圧波形のオーバーシュートを十分に抑制することができないという問題があった。
【0009】
本発明は、このような問題を解決するために成されたものであり、残留インダクタンスに起因して生じるインパルス高電圧波形のオーバーシュートをより正確に解析し、当該オーバーシュートを十分に抑制できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した課題を解決するために、本発明では、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスを含めて高電圧インパルス試験装置を表すとともに、コンデンサの他にインダクタンスおよび抵抗を含めて供試物を表した等価回路に従って、4階微分方程式で表される回路方程式を解くことでインパルス高電圧波形を解析する。具体的には、4階微分方程式の基本解をeztとし、z4+az3+bz2+cz+e=0なる特性方程式において、a3/8−ab/2+c>0を満足する制約条件のもとでシミュレーションを実施し、所望のインパルス高電圧波形を得るのに必要な波形調整回路の抵抗RS,R0の値を算出する。
【発明の効果】
【0011】
上記のように構成した本発明によれば、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスだけでなく、供試物のインダクタンスおよび抵抗を含めて表された等価回路に従って、従来の3階微分方程式に比べて更に詳細な4階微分方程式を用いてインパルス高電圧波形の解析をより正確に行うことができる。具体的には、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスに起因してインパルス高電圧波形にオーバーシュートが生じないようにするために、a3/8−ab/2+c>0を満たす制約条件のもとで行われるシミュレーションによって、波形調整回路の抵抗RS,R0について適切な値を求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、高電圧インパルス試験装置に対して、試験対象となる電気機器である供試物を接続した状態を表した等価回路を示す図である。ここで、高電圧インパルス試験装置は、インパルス電圧発生器、インパルス電圧発生器の残留インダクタンス、およびインパルス電圧発生器により発生されるインパルス高電圧の波形を調整する波形調整回路を含む。また、供試物は、コンデンサ、コイルおよび抵抗を含む。本実施形態のシミュレーション装置は、図1に示す等価回路に対し、4階微分方程式で表される回路方程式を解くことで高電圧インパルス試験装置の回路定数を算出するものである。
【0013】
図1において、CSはインパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量、C0は供試物のコンデンサの静電容量を含めた供試物端子間の静電容量、RSおよびR0は波形調整回路の抵抗、LSはインパルス電圧発生器の残留インダクタンス、L1は供試物のインダクタンス、R1は供試物の抵抗である。図1において、供試物のインダクタンスL1および抵抗R1に流れる電流をiLとすれば、次式(1)が成り立つ。
【数1】

【0014】
ここで、簡単化のため、式(2)〜(5)のように定数a,b,c,eを設定すると、次式(6)が得られる。なお、定数a,b,c,eはいずれも正の実数である。
【数2】

【0015】
式(6)に示す4階微分方程式は、基本解をeztとすれば、次の特性方程式(7)を解くことにより求めることができる。
4+az3+bz2+cz+e=0 ・・・(7)
なお、本実施形態では高電圧インパルス試験装置として図1のように等価回路が表せるものを例として取り上げたが、どのような回路構成であっても、最終的に式(6)に示される4階微分方程式に帰着できる回路構成であれば、以下に述べる理論解析結果を適用できる。
【0016】
<4次方程式の解>
4次方程式の解法には、フェラーリ(Ludovico Ferrari,1522-1565)の方法、デカルト(Rene Descartes, 1596-1650)の方法、オイラー(Leonhard Euler, 1707-1783)の方法、ラグランジュ(Joseph-Louis Lagrange, 1736-1813)の方法が知られている。いずれの解法も、3次分解方程式(resolvent cubic equation)を得ることに帰着し、3次分解方程式の解から4次方程式の解が得られる。4次方程式(7)の解をそれぞれz1,z2,z3,z4とすれば、式(6)の一般解は、以下のように求まる。ここで、E,F,G,Hは定数であり、回路の初期条件から決定される。
【数3】

【0017】
<Ferrariの方法による解>
式(7)において、
z=k−a/4 ・・・(9)
の変数変換を行うと、3次の項がない次式(10)が得られる。
4+pk2+qk+r=0 ・・・(10)
ここで、
p=−3a2/8+b ・・・(11)
q=a3/8−ab/2+c ・・・(12)
r=−3a4/256+a2b/16−ac/4+e ・・・(13)
である。
【0018】
式(10)において、q=0の場合は、解は複2次式の解として求まり、次式(14)のようになる。
【数4】

したがって、この場合の解は式(9)より、
i=ki−a/4 ・・・(15)
として求められる。
【0019】
一方、q≠0の場合には、媒介変数wを用いて式(10)を次式(16)のように変形する。
4+(p+w)k2+r=wk2−qk ・・・(16)
この式(16)を変形すると、次式(17)が得られる。
【数5】

【0020】
式(17)の右辺第二項は、媒介変数wに対する3次分解方程式と呼ばれるものであり、この式を0とおくことにより、次式(18)が得られる。
3+2pw2+(p2−4r)w−q2=0 ・・・(18)
これより、媒介変数wは3次方程式の根として、カルダーノ(Gerolamo Cardano,1501-1576)の解法により次式(19)のように求められる。
【数6】

【0021】
3次分解方程式(18)の根(19)を式(17)に代入すれば、kiが次式(24)〜(27)のように求まる。
【数7】

【0022】
さらに式(15)より、4次方程式(7)の解z1,z2,z3,z4は、次式(28)〜(31)のように求まる。
【数8】

【0023】
これらの式から、z1,z2,z3,z4のいずれもが負の値であるためには、
Re(ki)<a/4 ・・・(32)
である必要がある。
【0024】
<係数の決定>
図1に示す等価回路の回路条件から、常に次の式(33)が成り立つ。
【数9】

【0025】
さらに初期条件として、t=0でiL=0,iR=0が成り立つ。また、iC=0を代入すれば、以下の式(34)〜(36)が得られる。なお、iLは供試物のインダクタンスを流れる電流、iRは波形調整回路の抵抗R0を流れる電流、iCは供試物のコンデンサを流れる電流である。
E+F+G+H=0 ・・・(34)
(z11+R1)E+(z21+R1)F+(z31+R1)G+(z41+R1)H=0 ・・・(35)
(z11+R1)z1E+(z21+R1)z2F+(z31+R1)z3G+(z41+R1)z4H=0 ・・・(36)
【0026】
また、t=0で次式(37)が成り立つ。これより、次式(38)を得る。
【数10】

【0027】
式(34),(35),(36),(38)式を連立させて係数E,F,G,Hを求め、さらに式を整理すると、供試物のインダクタンスL1および抵抗R1に流れる電流iLは、次式(39)のように求まる。また、インパルス電圧発生器からの発生電圧は、次式(40)で与えられる。
【数11】

【0028】
<4次方程式の解の性質>
式(17)において3次分解方程式の解を代入し、式を整理すると、次式(41)が得られる。また、特性方程式の解z1,z2,z3,z4については、次式(42)〜(44)の関係が成立している。
【数12】

【0029】
これらの式(42)〜(44)より、4次方程式の解は3次方程式の解の性質により決まり、4つの解z1,z2,z3,z4の和は負の実数となることが分かる。一方、これらの解z1,z2,z3,z4の中でインパルス高電圧波形として有用な解は、実部が負のものに限られる。また、解が複素数となる場合、その解は共役複素数を持つ。これらの条件から、解は以下のように分類される。
(1) 2つの実数解と共役な複素数解
(2) 3重解と1実数解
(3) 4重解
(4) 2重解と異なる2実数解
(5) 2重解と共役複素数
(6) 絶対値の等しい2つの2重解
(7) 絶対値の等しい共役複素数の2重解
(8) 異なる4つの実数解
(9) 2組の共役複素数
【0030】
ここで、式(12)において
q=a3/8−ab/2+c>0 ・・・(45)
を満足する回路構成とした場合、インパルス高電圧波形には振動成分(オーバーシュート)が含まれない。上述したように、Ferrariの方法において、z=k−a/4の変数変換を行うと、3次の項がない特性方程式(10)が得られる。ここで、kはk=d/dtの演算子であり、一階の微分演算子の係数がqとなる。すなわち、q>0ということは、単純な減衰(すなわち、回路振動)を抑制するように働くことを意味している。
【0031】
よって、式(45)を満足する制約条件のもとでシミュレーションを実施し、これによって求まる値を高電圧インパルス試験装置の回路定数として決定すれば、インパルス電圧発生器により発生されるインパルス高電圧波形にオーバーシュートが重畳しないようにすることができる。ここで行うシミュレーションの手法として、例えばモンテカルロ法を適用することが可能である。
【0032】
なお、式(45)の関係を満たす回路定数の組み合わせは無数に存在するが、インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CSは既知である。また、供試物の静電容量を含めた供試物端子間の静電容量C0、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスLSはいずれも、高電圧インパルス試験装置が決まれば経験的に凡その値は見当がつく。また、供試物のインダクタンスL1と抵抗R1は、供試物により値が定まる。したがって、シミュレーションでは、高電圧インパルス試験装置の回路定数として、波形調整回路の抵抗RS,R0の値を求めることになる。
【0033】
次に、波形調整回路の抵抗RS,R0の値を求める本実施形態によるシミュレーション装置について説明する。図2は、本実施形態によるシミュレーション装置の機能構成例を示すブロック図である。なお、図2に示す機能構成は、実際にはコンピュータのCPUあるいはMPU、RAM、ROMなどを備えて構成され、例えばROMに記憶されたプログラムに従ってCPUが動作することによって実現できる。
【0034】
図2に示すように、本実施形態のシミュレーション装置10は、その機能構成として、パラメータ入力部1、演算部2、演算結果判定部3、演算結果記憶部4および回路定数出力部5を備えている。パラメータ入力部1は、シミュレーションの実行に必要な各種のパラメータを入力する。本実施形態では、パラメータ入力部1は、インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CS、供試物端子間の静電容量C0、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスLS、供試物のインダクタンスL1、供試物の抵抗R1をそれぞれ既知のパラメータとして入力する。
【0035】
また、パラメータ入力部1は、高電圧インパルス試験装置の回路定数として決定すべき波形調整回路の抵抗RS,R0の下限値RS-min,R0-minと上限値RS-max,R0-maxとをそれぞれ入力する。この下限値RS-min,R0-minおよび上限値RS-max,R0-maxは、シミュレーションの実行範囲を規定する。
【0036】
さらに、パラメータ入力部1は、インパルス電圧発生器により発生されるインパルス高電圧の波形を規定する波形パラメータとして、所望の波形を規定する所望波形パラメータを入力する。例えば、波頭長T1および波尾長T2の所望値であるT1-des,T2-desを所望波形パラメータとして入力する。波頭長T1は、例えば、インパルス高電圧波形の波頭において波高値の30%に達する時間をt30%、90%に達する時間をt90%として、T1=t90%−t30%とする。また、波尾長T2は、例えば、インパルス高電圧波形の波尾において波高値の50%に達する時間をt50%、インパルス高電圧の発生から所定時間後の時間をt0として、T2=t50%−t0とする。
【0037】
演算部2は、パラメータ入力部1により入力された上述の各種パラメータを用いて、下限値RS-min,R0-minから上限値RS-max,R0-maxの範囲内で波形調整回路の抵抗RS,R0の値を試行的に変えながら、式(2)〜(4)に従って定数a,b,cの値を算出し、さらに式(12)に従ってqの値を算出する。
【0038】
また、演算部2は、抵抗RS,R0の値を変えながら算出したqの値が式(45)の制約条件を満たすという通知を演算結果判定部3から受けて、インパルス高電圧の波形を規定する波頭長T1および波尾長T2を算出する。試行的に設定された波形調整回路の抵抗RS,R0を含めて、図1に示す等価回路の回路定数が全て与えられているので、シミュレーションによってインパルス高電圧波形を特定することが可能であり、その波頭長T1および波尾長T2を算出することも可能である。
【0039】
演算結果判定部3は、演算部2により算出されたqの値が正になるか否か(すなわち、式(45)の制約条件を満たすか否か)を判定する。演算結果判定部3は、qの値が式(45)の制約条件を満たすと判断した場合、演算部2がそのqの値を求めたときの演算に用いた波形調整回路の抵抗RS,R0の値と、波頭長T1および波尾長T2の値とをセットで演算結果記憶部4に記憶させる。抵抗RS,R0の値を変えて行った試行演算の結果、qの値が正になるような抵抗RS,R0の値が複数組見つかれば、抵抗RS,R0の値と波頭長T1および波尾長T2の値とのセットが演算結果記憶部4に複数組記憶されることとなる。
【0040】
また、演算結果判定部3は、演算結果記憶部4に記憶された複数組の波頭長T1および波尾長T2のうち、所望波形パラメータとしてパラメータ入力部1により入力されたT1-des,T2-desの値に最も近いものを判定する。そして、演算結果判定部3は、演算部2が所望値T1-des,T2-desに最も近い波頭長T1および波尾長T2を求めたときの演算に用いた波形調整回路の抵抗RS,R0の値を、波形調整回路の抵抗RS,R0の最適値として決定する。回路定数出力部5は、演算結果判定部3により決定された抵抗RS,R0の最適値を、シミュレーションの結果として出力する。
【0041】
次に、上記のように構成した本実施形態によるシミュレーション装置10の動作を説明する。図3は、本実施形態によるシミュレーション装置10の動作例を示すフローチャートである。
【0042】
図3において、まずパラメータ入力部1は、シミュレーションの実行に必要な各種の既知パラメータとして、インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CS、供試物端子間の静電容量C0、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスLS、供試物のインダクタンスL1、供試物の抵抗R1をそれぞれ入力する(ステップS1)。
【0043】
また、パラメータ入力部1は、波形調整回路の抵抗RS,R0の値を変えて行う試行演算の回数(シミュレーション回数)Nmaxを入力する(ステップS2)。さらに、パラメータ入力部1は、高電圧インパルス試験装置の回路定数として決定すべき波形調整回路の抵抗RSの下限値RS-minと上限値RS-maxとをそれぞれ入力するとともに(ステップS3)、同じく回路定数として決定すべき波形調整回路の抵抗R0の下限値R0-minと上限値R0-maxとをそれぞれ入力する(ステップS4)。なお、ステップS2〜S4で入力する値は、シミュレーション装置10にあらかじめ設定した固定値としても良い。
【0044】
さらに、パラメータ入力部1は、インパルス高電圧の波形を規定する波形パラメータの所望値として、波頭長T1および波尾長T2の所望値であるT1-des,T2-desを入力する(ステップS5)。次に、演算部2は、シミュレーション回数のカウンタNの値を0に初期化して(ステップS6)、シミュレーションを開始する。すなわち、演算部2は、ステップS1,S3,S4で入力された各種パラメータCS,C0,LS,L1,R1,RS-min,R0-minを用いて、式(2)〜(4)に従って定数a,b,cの値を算出し(ステップS7)、さらに式(12)に従ってqの値を算出する(ステップS8)。
【0045】
次に、演算結果判定部3は、演算部2により算出されたqの値が正になるか否か(式(45)の制約条件を満たすか否か)を判定する(ステップS9)。ここで、qの値が正になると判断した場合、その旨を演算部2に通知する。この通知を受けて演算部2は、インパルス高電圧の波形を規定する波頭長T1および波尾長T2を算出し、その結果を演算結果判定部3に供給する(ステップS10)。演算結果判定部3は、式(45)の制約条件を満たしたqの値を求めたときの演算に用いた波形調整回路の抵抗RS,R0の値と、ステップS10で算出された波頭長T1および波尾長T2の値とをセットで演算結果記憶部4に記録する(ステップS11)。
【0046】
次に、演算部2は、カウンタNの値がNmaxであるか否かを判定する(ステップS12)。なお、ステップS9でqの値が正にならないと判断した場合は、ステップS9、S10の処理は行わずにステップS12に進み、N=Nmaxであるか否かの判定を行う。そして、N=Nmaxでなければ(まだN<Nmaxの状態であれば)、カウンタNの値をインクリメントするとともに(ステップS13)、波形調整回路の抵抗RS,R0の値を次の値に更新して(ステップS14,S15)、ステップS7の処理に戻る。抵抗RS,R0の値の更新は、例えば次の式(46),(47)によって行う。
S=RS-min+RAND()*(RS-max−RS-min) ・・・(46)
0=R0-min+RAND()*(R0-max−R0-min) ・・・(47)
ここで、RAND()は任意の関数もしくは定数である。なお、ここに示した更新方法は単なる一例であって、これに限定されるものではない。
【0047】
一方、N=Nmaxであると判断した場合、演算結果判定部3は、演算結果記憶部4に記憶された複数組の波頭長T1および波尾長T2のうち、ステップS5で入力された所望値T1-des,T2-desに最も近いものを判定する。そして、演算結果判定部3は、所望値T1-des,T2-desに最も近い波頭長T1および波尾長T2を求めたときの演算に用いた波形調整回路の抵抗RS,R0の値を、波形調整回路の抵抗RS,R0の最適値として決定する(ステップS16)。最後に、回路定数出力部5は、演算結果判定部3により決定された抵抗RS,R0の最適値を、シミュレーションの結果として出力する(ステップS17)。
【0048】
以上詳しく説明したように、本実施形態では、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスLSを含めて高電圧インパルス試験装置を表すとともに、コンデンサC0の他にインダクタンスL1および抵抗R1を含めて供試物を表して、図1のように等価回路を構成した。この等価回路によれば、従来の3階微分方程式に比べて更に詳細な4階微分方程式に従ってインパルス高電圧波形の解析を行うことができる。具体的に、a3/8−ab/2+c>0の制約条件を満足すればインパルス高電圧波形にオーバーシュートが生じないことを解析することができた。
【0049】
これにより、a3/8−ab/2+c>0の制約条件のもとでシミュレーションを実施し、インパルス高電圧波形にオーバーシュートが生じないようにするために必要な波形調整回路の抵抗RS,R0の値を求めることができる。したがって、このシミュレーションで得た抵抗RS,R0の値となるように波形調整回路を設計すれば、インパルス電圧発生器の残留インダクタンスLSに起因してインパルス高電圧波形に生じるオーバーシュートを十分に抑止することができる。
【0050】
図4は、シミュレーションによって得られるインパルス高電圧波形の例を示す図である。図4(a)は、q<0で式(45)の制約条件を満たさないような値に波形調整回路の抵抗RS,R0を設定した場合に得られる波形であり、オーバーシュートが生じている。これに対して、図4(b)は、q>0で式(45)の制約条件を満たすような値に波形調整回路の抵抗RS,R0を設定した場合に得られる波形であり、オーバーシュートが生じていない。
【0051】
また、本実施形態では、インパルス高電圧の波形を規定する波形パラメータとして所望の波頭長T1および波尾長T2を入力し、q>0を満たす波形調整回路の抵抗RS,R0の中から、計算された波頭長T1および波尾長T2がその所望値T1-des,T2-desに最も近いものを抵抗RS,R0の最適値として決定するようにしている。これにより、インパルス高電圧波形にオーバーシュートが生じないというだけでなく、更にインパルス高電圧波形が所望の波形に近くなるような波形調整回路の抵抗RS,R0を求めることができる。
【0052】
なお、本発明は、このように抵抗RS,R0の最適値を求める例に限定されるものではない。例えば、q>0を満たす波形調整回路の抵抗RS,R0の組を全てシミュレーションの結果として出力するようにしても良い。この場合は、図3のステップS5,S10,S16の処理は不要となる。また、ステップS11では波形調整回路の抵抗RS,R0だけを演算結果記憶部4に記録し、ステップS17では演算結果記憶部4に記録された抵抗RS,R0を全てシミュレーションの結果として出力する。
【0053】
また、上記実施形態では、シミュレーション方法の一例としてモンテカルロ法を適用する例について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。また、上記実施形態では、シミュレーション装置10に設定された下限値RS-min,R0-minから上限値RS-max,R0-maxの範囲内で抵抗RS,R0の値を変えていく例について説明したが、これらの下限値および上限値は設定せずに、ランダムに値を変えていくようにしても良い。
【0054】
その他、上記実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の一例を示したものに過ぎず、これによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその精神、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】高電圧インパルス試験装置に対して供試物を接続した状態を表した本実施形態の等価回路を示す図である。
【図2】本実施形態によるシミュレーション装置の機能構成例を示すブロック図である。
【図3】本実施形態によるシミュレーション装置の動作例を示すフローチャートである。
【図4】シミュレーションによって得られるインパルス高電圧波形の例を示す図である。
【符号の説明】
【0056】
1 パラメータ入力部
2 演算部
3 演算結果判定部
4 演算結果記憶部
5 回路定数出力部
10 シミュレーション装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インパルス電圧発生器、当該インパルス電圧発生器の残留インダクタンス、および上記インパルス電圧発生器により発生されるインパルス高電圧の波形を調整する波形調整回路を含む高電圧インパルス試験装置と、当該高電圧インパルス試験装置での試験対象となる電気機器である供試物とを表した等価回路に対し、4階微分方程式で表される回路方程式を解くことで上記高電圧インパルス試験装置の回路定数を算出するシミュレーション装置であって、
上記インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CSと、上記供試物の端子間の静電容量C0と、上記波形調整回路の2つの抵抗RS,R0と、上記インパルス電圧発生器の上記残留インダクタンスLSと、上記供試物のインダクタンスL1と、上記供試物の抵抗R1とにより表される定数をa,b,c,eとし、上記4階微分方程式の基本解をeztとして、z4+az3+bz2+cz+e=0なる特性方程式において、
3/8−ab/2+c>0
を満足する制約条件のもとでシミュレーションを実施し、上記回路定数として上記波形調整回路の抵抗RS,R0を算出することを特徴とするシミュレーション装置。
【請求項2】
上記シミュレーションは、上記波形調整回路の抵抗RS,R0の下限値と上限値とを指定し、ある初期値を出発点として上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を変えながら複数回の試行演算を繰り返すことによって、a3/8−ab/2+c>0を満足する上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を求めるシミュレーションであることを特徴とする請求項1に記載のシミュレーション装置。
【請求項3】
インパルス電圧発生器、当該インパルス電圧発生器の残留インダクタンス、および上記インパルス電圧発生器により発生されるインパルス高電圧の波形を調整する波形調整回路を含む高電圧インパルス試験装置と、当該高電圧インパルス試験装置での試験対象となる電気機器である供試物とを表した等価回路に対し、4階微分方程式で表される回路方程式を解くことで上記高電圧インパルス試験装置の回路定数を決定する方法であって、
シミュレーション装置が、上記インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CS、上記供試物の端子間の静電容量C0、上記インパルス電圧発生器の上記残留インダクタンスLS、上記供試物のインダクタンスL1、上記供試物の抵抗R1をそれぞれ既知のパラメータとして入力する第1のステップと、
上記シミュレーション装置が、上記4階微分方程式の基本解をeztとし、z4+az3+bz2+cz+e=0なる特性方程式において、上記インパルス電圧発生器が持つ充放電用コンデンサの静電容量CSと、上記供試物の端子間の静電容量C0と、上記波形調整回路の2つの抵抗RS,R0と、上記インパルス電圧発生器の上記残留インダクタンスLSと、上記供試物のインダクタンスL1と、上記供試物の抵抗R1とにより表される定数をa,b,c,eとして、上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を試行的に変えながらa3/8−ab/2+cの値を繰り返し算出し、
3/8−ab/2+c>0
を満足するときの演算に用いた上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を上記回路定数として求める第2のステップとを有することを特徴とする高電圧インパルス試験装置の回路定数の決定方法。
【請求項4】
上記シミュレーション装置が、上記インパルス電圧発生器により発生される上記インパルス高電圧の波形を規定する波形パラメータとして、所望の波形を規定する所望波形パラメータを入力する第3のステップを上記2のステップよりも前に更に有し、
上記第2のステップで上記シミュレーション装置は、上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を試行的に変えながら上記a3/8−ab/2+cの値および上記波形パラメータを算出し、算出した複数の上記波形パラメータのうち、
3/8−ab/2+c>0
を満足する制約条件のもとで上記所望波形パラメータに最も近い波形パラメータを求め、上記所望波形パラメータに最も近い波形パラメータを求めたときの演算に用いた上記波形調整回路の抵抗RS,R0の値を、上記波形調整回路の抵抗RS,R0の最適値として求めることを特徴とする請求項3に記載の高電圧インパルス試験装置の回路定数の決定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−97375(P2010−97375A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−267039(P2008−267039)
【出願日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【出願人】(599016431)学校法人 芝浦工業大学 (109)
【Fターム(参考)】