説明

黒点病防除用組成物及び防除方法

【課題】 人体や環境等に対して悪影響を及ぼすことなく、安全かつ効果的に黒点病の防除を行うことを可能とする黒点病防除用組成物、及び、植物の黒点病防除方法。
【解決手段】 ユーカリ葉抽出エキスおよび水溶性キトサンを黒点病感染防止用乃至発病防止用の有効成分として含有する水溶液からなる黒点病防除用組成物。前記黒点病防除用組成物を黒点病防除対象区域の感染前の植物及び/又は感染後の植物に散布して植物の黒点病感染を防止乃至感染後の発病を防止することからなる植物の黒点病防除方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒点病防除用組成物に関する。特に、園芸用、農業用としても使用可能な安全性の高い植物や動物に由来する天然成分からなる黒点病の感染防止用及び発病防止用の防除用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
黒点病(黒星病)は子嚢菌類の糸状菌による植物病害の総称である。葉や果実に黒点が発生し、葉であれば黄色く変色して落葉し、果実、特にかんきつ類であれば果皮に黒く斑点が生じて商品価値が著しく低下する。バラの重要な病害でもあり、植物そのものが弱ってしまったり、商品価値も低下するなどの被害がある。また、糸状菌の胞子は雨滴に乗ってほかの葉などに飛び散り、感染するため、梅雨時や長い雨が続くと感染が拡大する。菌の種類はさまざまで寄生する植物種によって異なると言われている。例えばリンゴ黒点病はMycosphaerella pomi(Pass.)Lindau、かんきつ黒点病はDiaporthe citri (Faw.) Wolf、バラ科サクラ属の果樹(モモ、ウメ、アーモンド)に付く黒点病菌はCladosporium carpophilumであることが知られている。
【0003】
黒点病の防除には、従来マンネブダイセン(硫黄剤)やサプロール(エルゴステロール合成阻害剤)、アミノピリミジン系などの薬剤が用いられている。しかしながら、これらの殺菌剤には、使用時期が限られたり、人や植物体への安全性に加え、病原菌の薬剤抵抗性の出現という大きな問題があるなど、必ずしも使いやすいものではない。
【0004】
農業分野においては食の安全性はいっそう強く求められており、一般家庭での園芸用途でも、安全性の高い天然成分を利用した病害菌の防除が注目されている。例えば、キトサンと酢酸を利用したもの(特許文献1)。微生物の培養物またはそのものを利用するもの(特許文献2)、また、グレープフルーツの抽出液に効果がある、とするもの(非特許文献1)、などが考案されている。
【0005】
しかしながら、上記の従来技術においては、微生物を利用する場合は保存性の問題があること、植物に対する薬害(成長阻害)などの影響があること、また効果の点でも満足のいくものではなかったなど、さまざまな問題点があった。
【0006】
更に、これまでに天然成分を利用した黒点病防除用組成物について、真に黒点病に対して有効なものは知られていなかった。
【0007】
人体に対して安全性の高い植物由来の抗菌剤としてはユーカリ葉抽出物が知られている。ユーカリ葉抽出物とは、オーストラリアやブラジルに広く分布するユーカリ(フトモモ科ユーカリ属)の葉から有機溶媒によって抽出される物質のことであり、グラム陽性菌に対する抗菌性などの生理活性効果が知られている。主な成分はユーカリプチンなどのフラボノイド類であり、天然の抗菌剤として有用である(非特許文献2)。
【0008】
このユーカリ属植物の葉から精油成分を除去し、さらに極性有機溶媒で抽出した抽出物の抗菌作用について研究されており、その抗菌成分はフロログルシノール誘導体であると報告されている。また、ユーカリ極性有機溶媒抽出物やその抗菌物質を有効成分とする、抗う食剤、抗歯周病剤についても報告されている(特許文献3)。
また、ユーカリ葉エキスにはMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、セレウス菌、白癬菌、ニキビ菌、バチルスなどには効果が認められるが、真菌類、例えば黒かび(Aspergillus niger)などに対しては効果が弱いとされており(特許文献2)、黒点病に対しても応用した例は報告されていない。以上のように、ユーカリ葉抽出物については、これまでに黒点病の発病防止乃至感染防止用の防除用組成物として有効であるという報告は見られない。
【0009】
他方、甲殻類の外骨格から得られるキチン由来で人体に対して安全性の高い抗菌剤としてキトサンが知られており、食品の浅漬け、カーペット、木材などに抗菌性を付与(非特許文献3)する応用が広がっている。
従来、キトサンは大腸菌等、グラム陰性菌に対して抗菌作用を持つことが知られており、農業資材として応用した例としては、低分子量のキトサンを、芝に応用すると黒点病に有効であるという(特許文献1)もあり、さらに二価鉄、クエン酸とキトサンの組み合わせにより、軟腐病や黒点病に効果があるとするもの(特許文献4)、更にキトサンとサリチル酸とマグネシウムを組み合わせたものの特許公報(特許文献5)もある。
しかし、各文献記載の技術において、キトサンを配合した理由は黒点病菌以外の細菌類によって引き起こされる病気の予防であり、列挙した特許文献ではキトサン単独で黒点病菌に対して直接的に効果があるとは記載されていない。
【0010】
以上のように、現在に至るまで黒点病を効果的に防除でき、人体に有害性のない天然系の組成物、特に液剤は見出されておらず、農家、園芸家は依然として有害性の高い化学農薬に頼らざるを得ないのが現状である。
【0011】
【特許文献1】特開平5−039207号公報
【特許文献2】特開2006-96753号公報
【特許文献3】特開平8−109118号公報
【特許文献4】特開2004−244324号公報
【特許文献5】特開2000−212013号公報
【非特許文献1】Meded Rijksuniv Gent Fak Landbouwkd ToegepBiol Wet. 66(2a) 167-177(2001)
【非特許文献2】Letters in Applied Microbiology,39, 60-64 (2004)
【非特許文献3】「抗菌・抗カビ技術」シーエムシー出版 58(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、安全性の高い天然成分を有効成分とする黒点病の感染防止用乃至発病防止用の液剤と該液剤を使用した植物の黒点病感染乃至発病防止方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、ユーカリエキスとキトサンの両者を合わせた場合に、黒点病菌に対して相乗的な効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、黒点病の感染防止用及び発病防止用の組成物における有効成分として、人体に対して安全性の高いユーカリ抽出物と甲殻類から得られるキチン由来のキトサンを使用することを主たる技術事項とする以下の各発明から選択される発明である。
【0014】
〔1〕 ユーカリ葉抽出エキスならびに水溶性キトサンを含有してなる黒点病感染防止用乃至発病防止用の有効成分として含有する水溶液からなる黒点病防除用組成物。
【0015】
〔2〕 ユーカリ葉抽出エキスおよびに水溶性キトサンを有効成分とし、さらに乳酸、グリセリン脂肪酸エステルを含有することを特徴とする〔1〕項記載の黒点病防除用組成物。
【0016】
〔3〕 ユーカリ葉抽出エキスは、ユーカリ葉を低級アルコール類、グリコール類、ハロゲン化炭化水素類、エーテル類、低級脂肪酸エステル類、ケトン類及び水から選ばれる溶媒の1種もしくは2種以上の均一混合可能な溶媒からなる混合溶媒を用いてユーカリ葉を抽出して得られる抽出エキスであることを特徴とする〔1〕項または〔2〕項に記載の黒点病防除用組成物。
【0017】
〔4〕 前記〔1〕項〜〔3〕項のいずれか1項に記載の黒点病防除用組成物を黒点病防除対象区域の感染前の植物及び/又は感染後の植物に散布して植物の黒点病感染を防止乃至感染後の発病を防止することからなる植物の黒点病防除方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の組成物によれば、人体や環境等に対して悪影響を及ぼすことなく、安全かつ効果的に黒点病の防除を行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の黒点病防除用組成物に用いられる抽出物の原料となる葉はユーカリ属に属する植物であれば使用可能であるが、ユーカリプタス・グロブラス(Eucalyptus globulus)、ユーカリプタス・ビミナリス(Eucalyptus viminalis)、ユーカリプタス・ボトリオイデス(Eucalyptus botryoides)、ユーカリプタス・カマルドレンシス(Eucalyptus camaldulensis)、ユーカリプタス・グランディス(Eucalyptus grandis)、ユーカリプタス・マキュラータ(Eucalyptus maculata)などを好適に使うことが可能である。
【0020】
抽出に用いる溶媒は、アルコール類のほかにハロゲン化炭化水素類、エーテル類、ケトン類、有機酸類、酢酸エチル等のエステル類、プロピレングリコール類等のグリコール類を使用することができるが、これらに限定されるものではない。またこれらの溶媒は単独で用いてもよく、任意の2種または3種以上を組み合わせてもよいが、中でも水溶性アルコールやグリコール類が好適であり、更にエタノール、プロピレングリコールが好適である。
【0021】
キトサンとは、カニやエビなどの甲殻類の外骨格から得られるキチンを、濃アルカリ中での煮沸処理などにより脱アセチル化して得られる多糖類である。直鎖型の多糖類でグルコサミンの1,4−重合物で一般式は(C11NOである。
一般にキトサンは高分子物質であるが、有機酸を含む水に可溶であり、増粘多糖類として食品に添加することが認められている。そのほか、人工皮膚、イオン交換の支持体、カチオン系汚泥凝集剤の他に健康食品の素材としても使われている、非常に安全性の高い物質である。
【0022】
本発明の黒点病防除用組成物におけるユーカリエキス、キトサン、有機酸、並びに界面活性剤及び水溶性アルコールの含有量は、ユーカリ抽出物(固形分として)0.0001〜5質量%、キトサン0.001〜5質量%、有機酸0.0008〜5質量%、界面活性剤0.001〜10質量%、及び水溶性アルコール0.001〜30質量%が好ましく、ユーカリ抽出物0.02〜1.0質量%、キトサン0.1〜3質量%、界面活性剤0.1〜5質量%及び水溶性アルコール0.1〜10質量%がより好ましい。
なお、本発明の防除用組成物において、上記以外の残余の成分は、主として水であるが、本発明により奏される効果を阻害しない限り、その他本分野で通常使用される任意の成分が含まれていても良い。
【0023】
本発明の黒点病防除用組成物は、以上の各成分を公知の方法により適宜混合することにより容易に調製することができる。
【0024】
本発明の黒点病防除用組成物は、黒点病の感染防止及び黒点病感染後の発病防止のために好適に使用することができる。その使用方法は公知の農薬の使用方法に準じればよい。また、本発明の黒点病感染防止用乃至発病防止用の組成物は、葉面散布、自動灌水、くん煙や超音波による蒸散といった利用形態に適用できる。
【実施例】
【0025】
以下に実施例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明はかかる実施例により何ら限定されるものではない。
【0026】
以下、実験例1〜8において、黒点病感染防止試験を行なった。
<実験例1>
ユーカリエキス(王子木材緑化製、エタノール50質量%、固形分を1.5質量%、残り水を含む)23質量部、グリセリン脂肪酸エステル(商品名「サンソフト」、太陽化学製)1.8質量部、キトサン(商品名「キミツキトサン」、キミカ製)1.8質量部、乳酸1.5質量部及び水71.9質量部を混合したものをユーカリ抗菌剤原液とした。
【0027】
<実験例2〜7>
実験例1で使用したユーカリ抗菌剤液に含まれる成分の中で、実際にどの成分が活性成分として関与しているのかを認識する目的で、実験例1で使用したものと同じユーカリエキスを23質量部、キトサン1.8質量部と乳酸1.5質量部、残余水とした原液(実験例2)、ユーカリエキスを23質量部、キトサン1.8質量部と乳酸1.5質量部、残余水とした原液(実験例3)、ユーカリエキスを23質量部、グリセリン脂肪酸エステル1.8質量部と残余水とした原液(実験例4)、キトサン1.8質量部と乳酸1.5質量部、残余水とした原液(実験例5)、グリセリン脂肪酸エステル1.8質量部および残余水とした原液(実験例6)、乳酸1.5質量部及び残余水とした原液(実験例7)をそれぞれ調製して使用した。
【0028】
ミニバラ(品種名:ピンクアーティスト)を7つの試験区と1つの対照区(各区10個体)用意し、試験区に各々実験例1〜7で得た抗菌剤を水で20倍に希釈した希釈液を、対照区に実験例8として水を、ガンスプレーで葉部に満遍なく噴霧した。
次に、黒点病胞子液(黒点病に感染しているバラの葉を水に浸して胞子を採取し、遠心分離等で胞子が10個/mlになるように調製したもの)を、ガンスプレーで葉部に満遍なく噴霧した。
上記の作業を週に2回ずつ行なう以外は、各群のミニバラを日当たりの良好なハウス内で、通常通りに施肥、水やり等を実施して1ヶ月間栽培し、1ヶ月後の発病度を観察した。
その結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1の黒点病の発病度は次の式に従った。
発病度(%)=Σ(発病指数)/7/10×100
なお、発病指数は次の通りである。
発病指数0:病斑がないもの
発病指数1:病斑が散見されるもの
発病指数3:病斑が株の1/4以下に分布するもの
発病指数5:病斑が株の1/4〜1/2の範囲に分布するもの
発病指数7:病斑が株の1/2以上に分布するものもの
【0031】
表1の結果から、実験例1及び実験例2で使用した抗菌剤が圧倒的に感染防止効果が高く、特に、ユーカリエキスとキトサン、乳酸、グリセリン脂肪酸エステルを含有する実施例1の液剤の感染防止効果が高いことが解った。このことから、少なくとも、ユーカリエキスとキトサン(実験例1および2)の配合を有することが必須条件であること、及び、グリセリン脂肪酸エステルの添加物がさらに効果を増強させることが伺える。
また、ユーカリエキスとグリセリン脂肪酸エステル(実験例3)や、ユーカリエキス単独(実験例4)、キトサンと乳酸(実験例5)でも若干の効果が見られるが、効果は十分ではない。実験例1および2で使用した抗菌剤の効果はユーカリエキスとキトサンによる相乗効果であると考えられる。
【0032】
以下、実験例9において、黒点病防除効果試験を行った。
<実験例9>
ミニバラ(品種名:フェスタ)を5つの試験区と1つの対照区(各区6個体)用意し、それら全体に、前述の黒点病胞子液を、ガンスプレーで葉部に満遍なく噴霧した。
噴霧から3日後、各試験区の各個体に対し、実験例1で調製した抗菌剤原液をそのまま、1/10希釈液、1/100希釈液、1/1000希釈液、1/5000希釈液を、ガンスプレーにて葉面に満遍なく噴霧し、対照区では水を散布した。
上記の作業を週に2回ずつ行なう以外は、各群のミニバラを日当たりの良好なハウス内で、通常通りに施肥、水やり等を実施して1ヶ月間栽培し、1ヶ月後の発病度、及び防除効果を評価した。
その結果を表2に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
表2の発病度は以下の式により求めた。
発病度(%)=〔Σ(発病指数×6)/(4×6)〕×100
なお、発病指数は以下の通りである:
発病指数0:病斑が見られない
1:病斑がわずかに見られる(全体の5%以下)
2:病斑が全体の20%未満を占める
3:病斑が全体の20%以上50%未満を占める
4:病斑が全体の50%以上を占める
また、表2の防除価は以下の式により求めた。
防除価=100−(試験区の発病度/対照区の発病度)×100
【0035】
以上より、実験例1で調製した抗菌剤原液は、1/100希釈程度までであれば、黒点病をある程度抑制可能であることが解った。
【0036】
以下、実験例10により、抗菌剤の保存安定性について試験を行なった。
<実験例10>
実施例1で調製した抗菌剤原液を恒温室(40℃)にて6ヵ月間保存した。
6ヶ月保存後の組成物を肉眼にて観察したところ、若干の濃色化が観察されたが、相分離や沈殿の生成は確認できなかった。
次に、保存後の抗菌剤原液を、実験例1、実験例9と同様の方法で、黒点病の感染防止効果、防除効果を調べたところ、保存前と同等の効果を有するものであった。
以上のことから、本発明の抗菌剤は、室温に換算すれば1年程度の保管には十分耐えうることが解った。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、長期間保存しても安定して効果を保持する、貯蔵安定性が良好で、なおかつ、安全性の高い天然成分を有効成分とする黒点病防除用組成物を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーカリ葉抽出エキスおよび水溶性キトサンを黒点病感染防止用乃至発病防止用の有効成分として含有する水溶液からなる黒点病防除用組成物。
【請求項2】
ユーカリ葉抽出エキスおよび水溶性キトサンを有効成分とし、さらに乳酸およびグリセリン脂肪酸エステルを含有することを特徴とする請求項1記載の黒点病防除用組成物。
【請求項3】
ユーカリ葉抽出エキスは、ユーカリ葉を低級アルコール類、グリコール類、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、低級脂肪酸エステル類、ケトン類及び水から選ばれる溶媒の1種類もしくは2種類以上の均一混合可能な溶媒からなる混合溶媒を用いてユーカリ葉を抽出して得られる抽出エキスであることを特徴とする請求項1または2に記載の黒点病防除用組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の黒点病防除用組成物を黒点病防除対象区域の感染前の植物及び/又は感染後の植物に散布して植物の黒点病感染を防止乃至感染後の発病を防止することからなる植物の黒点病防除方法。

【公開番号】特開2009−78994(P2009−78994A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248313(P2007−248313)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【出願人】(503306113)王子木材緑化株式会社 (9)
【Fターム(参考)】