説明

黒鉛繊維の製造方法および製造装置

【課題】黒鉛繊維の製造方法において、炭化珪素の成長を抑制すると共に、糸切れ時の波及切れを抑制し、黒鉛繊維の生産性の飛躍的向上が達成される黒鉛繊維の製造方法および製造装置を提供すること。
【解決手段】不活性雰囲気中、2000℃以上の温度を有する高温炉へ、同時に並行走行する複数の被黒鉛化繊維を連続的に焼成する黒鉛繊維の製造方法であって、該被黒鉛化繊維と高温炉を構成する黒鉛材のマッフル上壁との間に、移動可能な高温耐熱材料を配置し、マッフル上壁と高温耐熱材料との距離を5〜15mmの範囲にしたことを特徴とする黒鉛繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被黒鉛化繊維、特に炭化繊維を焼成して黒鉛繊維を製造するに適した黒鉛繊維の製造方法および製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
黒鉛化炉は、被黒鉛化繊維、特に炭化繊維を黒鉛化して黒鉛繊維を製造するのに用いられる加熱炉であり、その内側を線状やテープ状、シート状等の被加熱物が走行せしめられるマッフルと、このマッフルの外側に配置された発熱素子とからなっている。そしてマッフルは耐熱性の面から、グラファイトやカーボンからなるものが多い。
【0003】
近年、黒鉛繊維の高強度化のため、プリカーサーにシリコン系の油剤を用いることが有効であることが判っているが、以下において説明するような問題がある。
【0004】
高強度・高弾性率糸を製造するためには、黒鉛化炉内温度が2000℃以上と高くする必要があるため、黒鉛化工程前の炭化繊維に残存しているシリコン系の油剤より発生する珪素が、ヒーター、マッフル、断熱材等から気化して発生するカーボンと結合し、硬い炭化珪素が生成される。これらは雰囲気ガスの流れに沿って、マッフルの入口、および出口の比較的低温である領域に付着、堆積する。この炭化珪素は何らかの外乱、例えば糸切れ発生時に糸条の切れ端が接触すると、マッフル上壁に付着した塊状の炭化珪素が落ち糸切れ、および糸切れに至らなくとも走行糸上にのりシール部に詰まったり、ローラー等に噛み込むことで、他糸条にも糸切れ、糸傷み等の大きな損害を与える問題があった。また、このように炭化珪素がある一定以上の大きさに成長した場合には、炉入口および出口領域に付着した炭化珪素を機械的に破壊し、除去するしかないが、このような作業をするには、製造を一時中断しなければならず、生産性の点で問題となっていた。
【0005】
このような問題に対し、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離を5〜50mmに規制して解決しようとする試みもあるが(例えば、特許文献1参照)、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離を5〜15mmにすることで炭化珪素の成長が大幅に抑制され効果あるものの、被黒鉛化繊維が切れた場合、糸が跳ねマッフル上壁に付着した若干の炭化珪素が落下し、隣接糸条が波及切れし、その効果は不十分であった。
【特許文献1】特開平9−241931号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、炭化珪素の成長を抑えるとともに、糸切れ時の波及切れを抑制し、もって黒鉛繊維の生産性の向上を図りうる黒鉛繊維の製造方法および製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を達成するために次の構成を有する。すなわち、
(1)不活性雰囲気中、2000℃以上の温度を有する高温炉へ、同時に並行走行する複数の被黒鉛化繊維を連続的に焼成する黒鉛繊維の製造方法であって、該被黒鉛化繊維と高温炉を構成する黒鉛材のマッフル上壁との間に、移動可能な高温耐熱材料を配置し、マッフル上壁と高温耐熱材料との距離を5〜15mmの範囲としたことを特徴とする黒鉛繊維の製造方法。
【0008】
(2)マッフル内を走行する被黒鉛化繊維とマッフル上壁との距離を20〜50mmとすることを特徴とする前記(1)に記載の黒鉛繊維の製造方法。
【0009】
(3)不活性雰囲気中、2000℃以上の温度を有する高温炉へ、同時に並行走行する複数の被黒鉛化繊維を連続的に焼成する黒鉛繊維の製造装置であって、該被黒鉛化繊維と高温炉を構成する黒鉛材のマッフル上壁との間に、移動可能な高温耐熱材料を配置したことを特徴とする連続黒鉛繊維の製造装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、以下に説明するとおり、炭化珪素の成長を抑えるとともに、糸切れ時の波及切れを抑制し、黒鉛繊維の生産性を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に用いられる被黒鉛化繊維は、通常、炭化繊維である。炭化繊維は、前駆体繊維を400〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化処理して得られる。前駆体繊維としては、ポリアクリロニトリル(以下PANと略す)、ピッチ、レーヨン等を挙げることができる。特に、PAN系の場合には、前駆体繊維を200〜300℃酸化性雰囲気中で耐炎化した後、400〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化処理して得られるものがよい。本発明に用いられる被黒鉛化繊維には、通常、珪素化合物が珪素元素として0.001〜0.1重量%含有されている。特に、シリコン系油剤が付与されたPAN系前駆体繊維からなる炭化繊維を被黒鉛化繊維とした場合には、得られる黒鉛繊維の品位が高く、引張強度に優れているので、多糸条を平行して効率よく黒鉛化処理できるので、本発明では好ましく用いられる。なお、ここでシリコーン系油剤としては、オルガノポリシロキサンを基本骨格とした化合物からなる油剤を用いることができる。
【0012】
本発明では、温度2000℃以上、好ましくは2000〜3000℃、さらに好ましくは2500〜3000℃の不活性雰囲気となったマッフル内に、上述したように珪素化合物が含まれる被黒鉛化繊維を連続的に走行させて黒鉛化せしめて黒鉛繊維を製造する。不活性雰囲気を形成させるには、ヘリウム、アルゴン等の希ガスの他、窒素ガス等の不活性ガスが使用できるが、中でも比較的低コストな窒素ガスを使用するのが好ましい。
【0013】
本発明による黒鉛化炉では、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との間に移動可能な高温耐熱材料を配置するものである。マッフル上壁と高温耐熱材料との距離は、5〜15mmであり、好ましくは5〜10mmである。メカニズムは必ずしもはっきりしないが、かかる範囲に設定することにより、マッフル内に供給している窒素ガスの流れが整えられ、カーボンの蒸発が減少して炭化珪素の発生量が抑えられるようになると推定され、これにより、マッフル上壁に付着して堆積した炭化珪素による被黒鉛化繊維の糸切れや糸傷みを効果的に抑制することができ、安定操業を長時間維持することが可能となる。
【0014】
ここで、高温耐熱材料としては、棒状、シート状、炭素繊維等が使用できるが、比較的低コストで、かつ、張力制御容易な炭素繊維を使用するのが好ましい。高温耐熱材料は、連続使用のため傷むことがあり、炉内2000〜3000℃温度内に導入しても原形をとどめるもので、炭素繊維であれば3000〜48000フィラメントのものが好ましい。また、多糸条を連続的に移動させる方法もあるが、巻き取り設備等コストが上がるため、1糸条を連続的に移動させることが好ましい。この高温耐熱材料は連続使用により傷むことがあるため、被黒鉛化繊維の走行方向と同方向ないしは逆方向に移動させることが好ましく、1糸条の炭素繊維を用いる場合では、複数の並べられた被黒鉛化繊維の走行する面と平行な幅方向に移動できる設備を導入するのが好ましい。この高温耐熱材料の張力としては、緩すぎると被黒鉛化繊維に接触し糸絡みおよび糸擦れにより糸切れに至り、強すぎると高温耐熱材料そのものが破断切れするため、適宜調整することが好ましい。好ましい張力としては、黒鉛化炉内で破断しない程度に使用する材料に応じて抑え、接触防止のために被黒鉛化繊維との距離を5mm以上になるように保つことが好ましい。炭素繊維であれば、100g/ストランドから2000g/ストランド以下程度が好ましい。張力の加え方は、パウダークラッチやバネ等により機械的に加えられるが、上述の張力範囲を守りうるものであれば、特に限定されるものではない。
【0015】
また、本発明の黒鉛繊維の製造方法では、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離を20〜50mmにするのが良い。これにより、被黒鉛化繊維が1糸条でも糸切れ発生した時に糸が跳ねてマッフル上壁に接触し、炭化珪素落下による波及切れを抑制することができ、さらに安定操業を長時間維持することが可能となる。
【0016】
次に、図1(黒鉛化炉および高温耐熱材料の巻き取り装置の模式的断面図の一例)、図2(図1の入口方向からみた断面図)を用い、本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施の態様には限定されるものではない。
【0017】
図1は本発明における黒鉛化炉および高温耐熱材料の巻き取り装置の一例を示す模式図であり、10と11が張力規制機能付き高温耐熱材料の巻き取り装置で、張力制御しながら高温耐熱材料を巻き取る。また、12と13は高温耐熱材料の方向を転換せしめ、マッフル上壁からの距離を一定に保つためのローラーである。炭素繊維であれば、それぞれ同調して幅方向にトラバースさせることも可能である。図2は図1の入口方向からみた断面図であり、マッフル4内に高温耐熱材料14と被黒鉛化繊維2が走行しており、マッフル上壁と高温耐熱材料との距離をA、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離をBで示している。
【0018】
図1に示すように、黒鉛化炉1は発熱体、断熱材、外筒、側板等からなる黒鉛化炉本体3と黒鉛化炉内5を形成するマッフル4とから構成されている。黒鉛化炉内5には、不活性雰囲気に維持するために、不活性ガス導入口8から黒鉛化炉内5に不活性ガスが供給されており、加熱室の繊維入口側シール部6と繊維出口側シール部7には、黒鉛化炉内5を外気と遮断するための不活性ガスによるシール機構が備えられており、黒鉛化炉内5に供給された不活性ガスにより、黒鉛化炉内5の内圧が高められている。ここで、不活性ガス導入口8から導入されたガスは、排ガス口9から排出されている。なお、ここでは、黒鉛化炉内5に供給された不活性ガスが、繊維出口側より繊維入口側に流れる構成の黒鉛化炉を示したが、不活性ガスは被黒鉛化繊維の走行方向、またはその逆方向のいずれにも流れるようにすることもできる。したがって、不活性ガス導入口8と排ガス口9は、かかる目的に応じて設置することができる。
【0019】
また、黒鉛化炉内5のガスが効率的に置換されるように、図1に示すように不活性ガス導入口8と排ガス口9は、黒鉛化炉の両端に分散させて配置するのが良く、好ましくは不活性ガスが、黒鉛化炉内において高温側から低温側へ流れるように配置するのが良い。また、導入口と排ガス口は、各設置場所において、1箇所のみ設置しても良いし、複数箇所設置しても良い。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明する。
【0021】
(実施例1)
図1に示す横型黒鉛化炉の最高温度を2700℃に保ち、黒鉛化炉のマッフル内に繊維入口側および繊維出口側より30Nm/hrの窒素を供給し、繊維入口側より排ガスを抜き出した。高温耐熱材料は、12000フィラメントの炭素繊維を入側張力規制機能付き高温耐熱材料巻き取り機10にセットし、入側糸道規制用ローラー12を通し、黒鉛化炉内を通過後、出側糸道規制用ローラー13を通し、さらに幅方向に同調させながらトラバースさせ、出側張力規制機能付き高温耐熱材料巻き取り機11で巻き取った。この時のマッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aは5mmとした。
次いで、シリコン系油剤が付与された、6000フィラメントからなるPAN系前駆体繊維を耐炎化および炭化処理して炭素繊維を得た。その炭素繊維をマッフル内に、被黒鉛化繊維として導入し、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離Bを30mmにして黒鉛繊維を製造した。
【0022】
その結果、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められず、また黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れも0本/100糸条・24hrと安定操業でき、連続20日間の運転が可能であった。
【0023】
(実施例2)
マッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aを10mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められず、また黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れも0本/100糸条・24hrと安定操業でき、連続20日間の運転が可能であった。
【0024】
(実施例3)
マッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aを15mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着が若干は増加したものの、黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れは0本/100糸条・24hrと安定操業でき、連続16日間の運転が可能であった。
【0025】
(実施例4)
マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離Bを20mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められず、また黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れも0本/100糸条・24hrと安定操業でき、連続20日間の運転が可能であった。
【0026】
(実施例5)
マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離Bを50mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められず、また黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れも0本/100糸条・24hrと安定操業でき、連続20日間の運転が可能であった。
【0027】
(比較例1)
高温耐熱材料用炭素繊維を挿入しないで、他は実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着が増加し、5日以上の連続運転が不可能であり、炉内に付着した堆積物の除去を実施せざるを得なかった。
【0028】
(比較例2)
マッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aを3mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められず、また黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れも0本/100糸条・24hrと安定操業できていたが、高温耐熱材料用炭素繊維がマッフル上壁に付着した炭化珪素と接触し糸切れに至り、連続3日間運転で炭素繊維交換を実施せざるを得なかった。
【0029】
(比較例3)
マッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aを20mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着が増加し、7日間以上の連続運転が不可能であり、炉内に付着した堆積物の除去を実施せざるを得なかった。
【0030】
(比較例4)
マッフル上壁と高温耐熱材料用炭素繊維との距離Aを3mmにし、マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離Bを10mmに変更した以外は、実施例1と同様にして黒鉛繊維を製造したところ、マッフル上壁への炭化珪素付着は若干しか認められなかったが、黒鉛化に際する1糸条糸切れ時の波及糸切れが8本/100糸条・24hrと操業悪化し、連続2日間運転で被黒鉛化繊維を増糸せざるを得なかった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明における黒鉛化炉および高温耐熱材料の巻き取り装置の一例を示す模式的な概略断面図である。
【図2】本発明における図1の入口方向からみたマッフルの断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1:黒鉛化炉
2:被黒鉛化繊維
3:黒鉛化炉本体
4:マッフル
5:黒鉛化炉内
6:繊維入口側シール部
7:繊維出口側シール部
8:不活性ガス導入口
9:排ガス口
A:マッフル上壁と高温耐熱材料との距離
B:マッフル上壁と被黒鉛化繊維との距離
10:入側張力規制機能付き高温耐熱材料巻き取り機
11:出側張力規制機能付き高温耐熱材料巻き取り機
12:入側糸道規制用ローラー
13:出側糸道規制用ローラー
14:高温耐熱材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性雰囲気中、2000℃以上の温度を有する高温炉へ、同時に並行走行する複数の被黒鉛化繊維を連続的に焼成する黒鉛繊維の製造方法であって、該被黒鉛化繊維と高温炉を構成する黒鉛材のマッフル上壁との間に、移動可能な高温耐熱材料を配置し、マッフル上壁と高温耐熱材料との距離を5〜15mmの範囲としたことを特徴とする黒鉛繊維の製造方法。
【請求項2】
マッフル内を走行する被黒鉛化繊維とマッフル上壁との距離を20〜50mmとすることを特徴とする請求項1に記載の黒鉛繊維の製造方法。
【請求項3】
不活性雰囲気中、2000℃以上の温度を有する高温炉へ、同時に並行走行する複数の被黒鉛化繊維を連続的に焼成する黒鉛繊維の製造装置であって、該被黒鉛化繊維と高温炉を構成する黒鉛材のマッフル上壁との間に、移動可能な高温耐熱材料を配置したことを特徴とする黒鉛繊維の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−224430(P2007−224430A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−43509(P2006−43509)
【出願日】平成18年2月21日(2006.2.21)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】