説明

(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの工業的な製造方法

【課題】(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの工業的な製造方法を提供する。
【解決手段】1,1,1−トリフルオロアセトンにPichia farinosaからなる群より選ばれる少なくとも1種の微生物を作用させることにより、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを高い光学純度で収率良く製造することができる。本発明の製造方法は、自然界から見出された微生物を作用させるため、遺伝子組み換え体等を用いる時の問題点が回避でき、工業的な実施が容易である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの工業的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールは、種々の医農薬中間体として重要な化合物である。これまでに化学触媒を用いる方法とは別に、1,1,1−トリフルオロアセトンに微生物の酵素を作用させて(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールに還元する生物学的な方法が検討されてきた。例えば、特許文献1では、1,1,1−トリフルオロアセトンに特定のアルコール脱水素酵素の遺伝子を組み込んだ微生物を作用させてエナンチオ選択的に還元し、99%ee以上のエナンチオマー過剰率を持つ(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを製造する方法が、特許文献2では、アルコール脱水素酵素、カルボニル還元酵素等の酵素を機能的に発現する微生物、もしくは形質転換体、又はそれらの処理物を1,1,1−トリフルオロアセトンに作用させる工程を含む、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの製造方法が、非特許文献1では、特定のアルコール脱水素酵素の遺伝子を組み込んだ微生物を用いて1,1,1−トリフルオロアセトンを還元することにより、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを得る製造方法が開示されている。
【0003】
(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの製造方法に関しては遺伝子組換え体を用いた方法のみであるが、関連する技術として(S)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの製造方法では非遺伝子組換え体を用いた製造方法も検討されており、特許文献3及び非特許文献2では、1,1,1−トリフルオロアセトンに対して市販の乾燥パン酵母を作用させることで(S)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを得ている。
【0004】
なお、本願発明に関連する技術として、本出願人は、生来高い光学純度で目的物を得る微生物を選抜して(S)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを製造する方法を出願している(特願2010−030365号)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2007/054411号
【特許文献2】国際公開2007/142210号
【特許文献3】国際公開2007/006650号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T.C.Rosen et al., Chimica Oggi Suppl,43−45頁,2004年
【非特許文献2】M.Buccierelli et al., Synthesis,11巻,897−899頁,1983年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、特許文献2、非特許文献1の方法は、遺伝子組み換え体を用いることで、高い光学純度の(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを得ている。しかしながら、遺伝子組換え体は遺伝子が無作為に導入されることから予期せぬ形質を伴うこともあり、それに由来する産物が不純物として製品に混入する危険性や、自然界に拡散された場合、野生動植物への影響も懸念されることから、安全性の立証や、該微生物の拡散を防止するための特別な設備が必要となり、実施が必ずしも容易ではなかった。
【0008】
一方、遺伝子組換え体を用いない方法は、特許文献3と非特許文献2に示される逆の立体の(S)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールでは検討されているが、反応には基質に対して過剰量の微生物が必要であったり、熱処理による菌体処理を必要としたり、遺伝子組み換え体と比較して光学純度や反応効率が低いなどの問題点があり、実用性と生産性の観点から採用し難い方法であった。
【0009】
本発明の課題は、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを経済的に且つ簡便に、工業的規模で製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討した結果、1,1,1−トリフルオロアセトンを特定の微生物に作用させることにより、工業的に採用可能な生産量で(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを高い光学純度で収率良く製造できる方法を見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明では、以下の[発明1]〜[発明7]に記載する発明を提供する。
【0012】
[発明1]
式[1]で表される1,1,1−トリフルオロアセトン
【化1】

【0013】
に、微生物としてピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)を培養して得られる菌体を接触させることを特徴とする、式[2]で表される(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノール
【化2】

【0014】
の製造方法。
【0015】
[発明2]
微生物が、以下に示す受託番号であることを特徴とする、発明1に記載の方法。
【表1】

【0016】
[発明3]
微生物の菌体懸濁液を107〜1011cfu/mlとなるように調製し、かつ、該懸濁液に1,1,1−トリフルオロアセトンを、該アセトンの濃度が0.05〜3%(w/v)となるように添加することを特徴とする、発明1又は2に記載の方法。
【0017】
[発明4]
反応温度が20〜30℃の範囲で行うことを特徴とする、発明1乃至3の何れかに記載の方法。
【0018】
[発明5]
反応時のpHを6.0〜9.0の範囲で行うことを特徴とする、発明1乃至4の何れかに記載の方法。
【0019】
[発明6]
微生物を培養して得られる菌体を接触させる際、利用される補酵素NAD(P)Hを微生物自身の脱水素酵素で再生し、外部から新たに補酵素NAD(P)Hを加えないことを特徴とする、発明1乃至5の何れかに記載の方法。
【0020】
[発明7]
補酵素NAD(P)Hの再生における脱水素酵素の基質としてグルコースを用いることを特徴とする、発明1乃至6の何れかに記載の方法。
【0021】
前述した様に、1,1,1−トリフルオロアセトンに微生物を作用させて還元し、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを得る製造方法は従来から知られているが、その全てが遺伝子組換え体を利用したものであった。そこで本発明者らは、生来高い光学純度で1,1,1−トリフルオロアセトンを(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールへと還元する能力を持つ特定の微生物(「菌体」とも言う。)を自然界から見出された微生物より選抜し、106〜1012cfu/mlの密度に調製した該微生物の懸濁液に1,1,1−トリフルオロアセトンの濃度が0.01〜5%(w/v)となる様に添加し、反応温度5〜40℃、pH4.0〜10.0で反応させることにより、高い光学純度の(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを、簡便に且つ工業的スケールで製造できることを新たに見出した。また、本発明では、還元反応に利用される補酵素NAD(P)Hを微生物自身の脱水素酵素で再生できるため、外部から新たに補酵素NAD(P)Hを加える必要がなく、好ましい態様の1つである(当然、補酵素NAD(P)Hを加えて反応を行うこともできる)。
【0022】
ここで言う「自然界から見出された微生物」とは、形質転換等の遺伝子操作が施されていない菌体を指し、各種微生物寄託機関に保存されている野生株のことを言う。また、微生物の懸濁液は培養した菌体をそのまま用いることができるのはもちろん、超音波やガラスビーズで破砕した菌体、アクリルアミド等のゲルで抱合した菌体、アセトンやグルタルアルデヒドなどの有機化合物で処理した菌体、アルミナ、シリカ、ゼオライト及び珪藻土等の無機単体に担持した菌体も用いることができる。
【0023】
本発明においては、1,1,1−トリフルオロアセトンの濃度は、該微生物の懸濁液中の該アセトンの濃度(w/v)のことを意味し(還元された生成物の濃度は考慮されない(除外される))、反応全体を通しての該アセトンの添加総量を規定するものではない。
【0024】
本発明の様に、生来高い光学純度で目的物を与える微生物を自然界から見出された微生物より選抜し、且つ特定の密度範囲に調製した菌体の懸濁液に対して、1,1,1−トリフルオロアセトンを特定の濃度範囲で反応させることにより、高い光学純度(〜100%ee)の(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを、工業的なスケールで製造できる知見は従来全く知られていなかった。
【発明の効果】
【0025】
医農薬中間体として重要な(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを、工業的に簡便に且つ効率良く製造することができる。
【0026】
本発明で用いる微生物は、1,1,1−トリフルオロアセトンのカルボニル基を水酸基へと立体選択的に効率良く還元し得るものであり、基質である1,1,1−トリフルオロアセトンを菌体懸濁液中で微生物の酵素反応に適した低い濃度を維持するように添加する方法を考案することにより、工業的な生産が難しかった(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを高い光学純度で且つ高い生産性で提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明について詳細に説明する。本発明で用いる1,1,1−トリフルオロアセトンは、公知の化合物であり、従来技術を基に当業者が適宜調製しても良いし、市販されているものを用いても良い。
【0028】
本発明において、1,1,1−トリフルオロアセトンは、化合物そのもの自体は当然、それ以外に水または炭素数1から4のアルコールとの付加物も同等に用いることができる。前述の反応条件を採用することで、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを得ることのできる微生物は、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 10231、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 1163、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 0459、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 0462からなる群より選ばれる少なくとも1種の菌株が挙げられ、好ましくはピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 10231、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 0459、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 0462が挙げられ、より好ましくはピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 10231、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)NBRC 0462である。
【0029】
これらの微生物については、それぞれ以下に示す受託番号を得て、各種機関に寄託されている。なお、これらの微生物は一般に市販されているものであり、当業者が容易に入手できる。
【表2】

【0030】
前記微生物の培養には、通常、微生物の培養に用いられる栄養成分を含む培地(固体培地または液体培地)が使用できるが、水溶性である1,1,1−トリフルオロアセトンの還元反応を行う場合には、液体培地が好ましい。培地は、炭素源としてグルコース、スクロース、マルトース、ラクトース、フルクトース、シュークロース、トレハロース、マンノース、マンニトール、デキストロース等の糖類、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、グリセロール等のアルコール類、クエン酸、グルタミン酸、リンゴ酸等の有機酸類が、そして窒素源としてアンモニウム塩、ペプトン、ポリペプトン、カザミノ酸、尿素、酵母エキス、麦芽エキス、コーンスティープリカー等が用いられる。さらに、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等の他の無機塩等の栄養源が適宜添加できる。
【0031】
これらの炭素源、窒素源、無機塩の内、炭素源については微生物が十分に増殖する量且つ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5〜80g、好ましくは10〜40g加える。窒素源についても同様で、微生物が十分に増殖する量かつ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5〜60g、好ましくは10〜50g、栄養源としての無機塩については微生物の増殖に必要な元素を加える必要があるが、高い濃度の場合には増殖が阻害されるため、通常、培地1Lに対して0.001〜20g、好ましくは0.005〜10g加える。なお、これらは微生物に応じて複数の種類を組み合わせて使用することができる。
【0032】
培地におけるpHは微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常4.0〜10.0、好ましくは6.0〜9.0で行う。培養における温度範囲は微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常10〜50℃、好ましくは20〜40℃で行う。培養中は培地に空気を通気する必要があり、好ましくは0.3〜4vvm(「vvm」は1分間当たりの培地体積に対する通気量を意味する。volume/volume/minute)、より好ましくは0.5〜2vvmで行う。酸素の要求量が多い微生物に対しては、酸素発生器等を用いて、酸素濃度を高めた空気を通気しても良い。また、試験管やフラスコ等の任意の通気量を設定し難い器具については、該器具の容積に対して培地量を5〜40%、好ましくは10〜30%に設定し、綿栓やシリコン栓等の通気栓を取り付ければ良い。培養を円滑に進めるためには培地を攪拌することが好ましく、発酵槽の場合には該装置の攪拌能力の好ましくは10〜100%、より好ましくは20〜90%で行う。一方、試験管やフラスコ等の小規模な器具の場合には振盪機を用いて行うのが良く、好ましくは50〜300rpm、より好ましくは100〜250rpmで行う。培養時間は微生物の増殖が収束する時間であれば良く、6〜72時間、好ましくは12〜48時間で行う。
【0033】
基質である1,1,1−トリフルオロアセトンに前記微生物を作用させるには、通常、微生物を培養した懸濁液をそのまま反応に使用することができる。培養中に生じる成分が還元反応に悪影響を与える場合には、遠心分離等の操作で培養物から菌体を1度単離し、得られた菌体(湿菌体)を用いて再び懸濁液を調製して反応に使用しても良い。また、前述の菌体破砕や、菌体処理を行うこともできる。
【0034】
反応を効率的に進めるには、これらの懸濁液中の菌体の密度を高める必要があるが、密度が高過ぎると自己溶解酵素の産生や終末代謝産物の蓄積等により反応が阻害される場合があり、通常106〜1012cfu/ml(「cfu」は寒天培地上に形成されるコロニーの数を意味する。colony forming units)、好ましくは107〜1011cfu/ml、より好ましくは108〜1010cfu/mlで行う。
【0035】
これらの懸濁液への1,1,1−トリフルオロアセトンの添加において、該アセトンの濃度は還元反応が円滑に進み且つ微生物の生存に悪影響を与えない濃度を維持する必要があり、例えば、5%(w/v)より高い濃度では微生物が死滅したり、光学純度が低下することがあるため、この数値以下の濃度、すなわち、通常0.01〜5%(w/v)、好ましくは0.05〜3%(w/v)で行う。該アセトン濃度算出の容量の根拠は、例えば、実施例1では試験管に分注した培養液量を、実施例4では培養後の微生物の懸濁液総量を目安として考えれば良い。また、該懸濁液への1,1,1−トリフルオロアセトンの添加方法については、還元反応をモニタリングしながら好ましい範囲を維持する様に、逐次的に添加するのが好ましい。また、1,1,1−トリフルオロアセトンの添加総量については、生成物の蓄積により反応が収束する濃度があるため、微生物に応じて好適な範囲を調整する必要があるが、これらの懸濁液に対して0.1〜30%(w/v)が好ましく、0.2〜20%(w/v)がより好ましい。
【0036】
反応温度は選抜した微生物の酵素反応に好適な範囲を維持する必要があり、通常5〜40℃、好ましくは20〜30℃で行う。また、反応時のpHも選抜した微生物の酵素反応に好適な範囲を維持する必要があり、通常4.0〜10.0、好ましくは6.0〜9.0で行う。
【0037】
懸濁液が静置状態にあると微生物が沈降して反応効率が低下するため、反応時は懸濁液を攪拌しながら行う。また、微生物の呼吸に必要な酸素を供給するために通気を行う必要があるが、通気量が多過ぎる場合には1,1,1−トリフルオロアセトンおよび(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが系外に気体として飛散するため、好ましくは0.01〜0.3vvm、より好ましくは0.02〜0.1vvmで行う。反応時間は目的物の生成具合によって決定され、通常6〜312時間で行う。
【0038】
本発明では、還元反応に利用される補酵素NAD(P)H(水素供与体)は微生物が持つ脱水素酵素を利用して補酵素NAD(P)より再生されるため、懸濁液に補酵素再生のエネルギー源となる基質を別途存在させて還元反応を行うのが好ましく、例えば、微生物の培養の箇所で述べた、炭素源として記載した糖類やアルコール類が使用可能である。本発明ではグルコースを用いているが、グルコースは多くの微生物が使用可能な基質であり、また市販の分析装置を用いて濃度測定が容易に行えることから補酵素再生のエネルギー源として採用している。グルコースは、菌体の懸濁液に直接添加しても良いし、基質である1,1,1−トリフルオロアセトンと予め混合して懸濁液に添加しても良い。補酵素NAD(P)Hは市販されているものを別途加えて還元反応を行うことも可能であるが、非常に高価なため経済的ではない。本発明の様に補酵素NAD(P)Hを外部から新たに加えることなく、微生物自身により再生させることで、1菌体当たりの還元回数が増え、経済的に且つ高い生産性で目的物を製造することができる。
【0039】
ここで添加するグルコースについては、反応を阻害しない量で添加する必要があり、懸濁液における濃度を0.05〜10%(w/v)、好ましくは0.1〜5%に維持する様に添加する。例えば、後述の実施例4に示す様に、糖濃度センサーが付いた濃度制御装置等を用いて、反応系内のグルコース濃度を常に0.5%に保ちながら反応を行うことは、反応が円滑に進行することからも、本発明における特に好ましい態様の1つである。
【0040】
本発明の方法は、1,1,1−トリフルオロアセトンから(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールへ変換する際に、工業的な製造方法を目的とし、好適な反応条件を採用することで、大量に製造することが可能である。
【0041】
なお、本発明ではR体のアルコール、すなわち(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを、好ましい態様において、実用的にも採用できる光学純度として、75%ee以上、特に好ましくは98%ee以上で得ることができる。
【0042】
生成した(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを反応終了液から回収するには、有機合成における一般的な単離方法が採用できる。反応終了後、有機溶媒による抽出等の通常の後処理操作を行うことにより、粗生成物を得ることができる。特に、反応終了液または必要に応じて菌体を取り除いた後の濾洗液を直接、蒸留に付すことで簡便に且つ収率良く回収することができる。得られた粗生成物は、必要に応じて、脱水、活性炭、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の精製操作を行うことができる。また、得られた生成物の光学純度をより高めるための操作を行うことも可能である。
【0043】
次に実施例を示すが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
1,1,1−トリフルオロアセトンに対する反応性の調査(一次スクリーニング)結果
イオン交換水1000ml、グルコース20g、ポリペプトン10g、酵母エキス6g、麦芽エキス6g、リン酸二水素カリウム6g、リン酸水素二カリウム4gの組成からなる液体培地を調製し、500ml容バッフル付き三角フラスコに100ml分注し、121℃で15分間の蒸気滅菌を行った。
【0045】
この液体培地に表3で示す微生物を接種して28℃、160rpm(旋回)で48時間振とう培養し、各菌体懸濁液を調製した。菌体懸濁液を試験管(φ1.4cm×18cm)に5ml分注し、1,1,1−トリフルオロアセトンを0.5%(25μl)、2Mグルコースを250μl添加してさらに28℃、160rpm(往復)で48時間振とうを行い反応させた。反応後、各反応液に酢酸n−ブチルを加えて混合後、遠心分離により酢酸n−ブチル層の分離を行った。得られた酢酸n−ブチル層を後述する分析条件により生成物の光学純度を測定し、表3に示した。
【表3】

【0046】
この様に、Pichia farinosa NBRC 0462を用いた場合、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが高いエナンチオマー過剰率で生成していることが確認できた。
【0047】
[分析条件]
光学純度の分析はガスクロマトグラフィー法により行った。ガスクロマトグラフィーのカラムにはBGB社製のBGB−174(30m×0.25mm×0.25mm)を用い、キャリアガスはヘリウム、圧力は100kPa、カラム温度は60〜85℃(1℃/min)〜110℃(5℃/min)、気化室・検出器(FID)温度は230℃の分析条件で得られるピークの面積により光学純度を算出した。1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、R体が22.1min、S体が23.9minであった。
【実施例2】
【0048】
1,1,1−トリフルオロアセトンに対する反応性の調査(二次スクリーニング)結果
イオン交換水1000ml、グルコース20g、ポリペプトン10g、酵母エキス6g、麦芽エキス6g、リン酸二水素カリウム6g、リン酸水素二カリウム4gの組成からなる液体培地を調製し、500ml容バッフル付き三角フラスコに100ml分注し、121℃で15分間の蒸気滅菌を行った。
【0049】
この液体培地に表4で示す微生物を接種して28℃、160rpm(旋回)で48時間振とう培養し、各菌体懸濁液を調製した。菌体懸濁液を試験管(φ1.4cm×18cm)に5ml分注し、1,1,1−トリフルオロアセトンを0.25%(12.5μl)、2Mグルコースを250μl添加してさらに28℃、160rpm(往復)で48時間振とうを行い反応させた。反応後、各反応液に酢酸n−ブチルを加えて混合後、遠心分離により酢酸n−ブチル層の分離を行った。得られた酢酸n−ブチル層を前述の分析条件により生成物の光学純度を測定し、表4に示した。
【表4】

【0050】
この様に、Pichia farinosa NBRC 10231、Pichia farinosa NBRC 0459、Pichia farionosa NBRC 0462菌株を用いた場合、(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが高いエナンチオマー過剰率で生成していることが確認できた。
【実施例3】
【0051】
1,1,1−トリフルオロアセトンに対する反応性の調査(濃度依存性)結果
イオン交換水1000ml、グルコース20g、ポリペプトン10g、酵母エキス6g、麦芽エキス6g、リン酸二水素カリウム6g、リン酸水素二カリウム4gの組成からなる液体培地を調製し、500ml容バッフル付き三角フラスコに100mlずつ分注し、121℃で15分間の高圧蒸気滅菌を行った。
【0052】
この液体培地にPichia farinosa NBRC 0462を接種して28℃で48時間振とう培養し、1.1×109cfu/mlの懸濁液を調製した。菌体懸濁液を試験管(φ1.4cm×18cm)に5ml分注し、1,1,1−トリフルオロアセトンを0.1〜2.0%、20%グルコース水溶液を一律250μl添加してさらに28℃で48時間振とうを行い反応させた。反応後、各反応液に酢酸n−ブチルを加えて抽出し、ガスクロマトグラフィー(カラム:BGB社製BGB−174(30m×0.25mm×0.25mm))により生成物の光学純度を測定し、表5に示した。収率は19F-NMRの内部標準法により測定した。
【表5】

【0053】
この様に、1,1,1−トリフルオロアセトン濃度が低い場合(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが高いエナンチオマー過剰率で生成していることが確認できた。
【0054】
次に、実施例1及び実施例2に記載した微生物の内、高い光学純度で目的物を与えるピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa NBRC 0462)を用い、1,1,1−トリフルオロアセトンの菌体懸濁液に対する総量がそれぞれ2%(w/v)(実施例4)、2.8%(w/v)(実施例5)となる様に、該アセトンを添加した反応結果を以下に示す。
【実施例4】
【0055】
[(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの製造(2%(w/v))]
イオン交換水2000ml、グルコース60g、ペプトン30g、酵母エキス50g、リン酸二水素カリウム4.8g、リン酸水素二カリウム2.5gの組成からなる液体培地を調製し、容量5Lの発酵槽((株)丸菱バイオエンジ製、MDN型5L(S))に張り込み、121℃で60分間の蒸気滅菌を行った。この液体培地に同様の組成の100mlで前培養を行ったPichia farinosa NBRC 0462の1.7×109cfu/mlの懸濁液を80ml接種し、28℃、通気1vvm、攪拌500rpmで16時間培養し、1.3×109cfu/ml(湿菌重として133g/L)の懸濁液を調製した。この時のpHの調整はアンモニア水を用いて行い、6.5に調整した。培養終了後、通気を0.1vvm、攪拌を50rpmに変更し、別容器に準備した200mlのイオン交換水に1,1,1−トリフルオロアセトン50.08g、グルコース90gを溶解させたものを菌体懸濁液にオンラインの糖濃度センサー(オンラインバイオセンサ BF−410、(株)バイオット製)を用いて、グルコース濃度を0.5%に維持する様にコンピュータプログラムで自動的に懸濁液に添加した。容器に準備した基質が添加し尽くされたのちは、グルコース200gをイオン交換300mlに溶解させたものに切り替えて同様に菌体懸濁液に添加した。微生物による基質の還元は24時間おきにモニタリングし、64時間後に収率が100%となっていることを確認した。
【0056】
反応終了後の反応液から生成した1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを回収するため、蒸留を行った。留出液を93.5ml回収し、19F−NMRの内部標準法により44.58gの1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが含まれていることが判明した。前述の分析条件により光学純度を測定し、100%ee(R体)であることを確認した。
【実施例5】
【0057】
[(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールの製造(2.8%(w/v))]
イオン交換水2000ml、グルコース60g、ペプトン30g、酵母エキス50g、リン酸二水素カリウム4.8g、リン酸水素二カリウム2.5gの組成からなる液体培地を調製し、容量5Lの発酵槽((株)丸菱バイオエンジ製、MDN型5L(S))に張り込み、121℃で60分間の蒸気滅菌を行った。この液体培地に同様の組成の100mlで前培養を行ったPichia farinosa NBRC 0462の1.2×109cfu/mlの懸濁液を80ml接種し、28℃、通気1vvm、攪拌500rpmで16時間培養し、1.3×109cfu/ml(湿菌重として120g/L)の懸濁液を調製した。この時のpHの調整はアンモニア水を用いて行い、6.5に調整した。培養終了後、通気を0.1vvm、攪拌を50rpmに変更し、別容器に準備した400mlのイオン交換水に1,1,1−トリフルオロアセトン125.2g、グルコース400gを溶解させたものをオンラインの糖濃度センサー(オンラインバイオセンサ BF−410、(株)バイオット製)を用いて、グルコース濃度を0.5%に維持する様にコンピュータプログラムで自動的に懸濁液に添加した。微生物による基質の還元は24時間おきにモニタリングし、88時間後に糖の消費が停滞していることを確認して反応を終了した。このときの基質の総添加量は2.8%で、収率は81.8%であった。
【0058】
反応終了後の反応液から生成した1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールを回収するため、蒸留を行った。留出液を158ml回収し、19F−NMRの内部標準法により58.9gの1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールが含まれていることが判明した。前述の分析条件により光学純度を測定し、75.1%ee(R体)であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明で対象とする(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールは、医農薬中間体として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式[1]で表される1,1,1−トリフルオロアセトン
【化1】

に、微生物としてピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)を培養して得られる菌体を接触させることを特徴とする、式[2]で表される(R)−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノール
【化2】

の製造方法。
【請求項2】
微生物が、以下に示す受託番号であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【表1】

【請求項3】
微生物の菌体懸濁液を107〜1011cfu/mlとなるように調製し、かつ、該懸濁液に1,1,1−トリフルオロアセトンを、該アセトンの濃度が0.05〜3%(w/v)となるように添加することを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
反応温度が20〜30℃の範囲で行うことを特徴とする、請求項1乃至3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
反応時のpHを6.0〜9.0の範囲で行うことを特徴とする、請求項1乃至4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
微生物を培養して得られる菌体を接触させる際、利用される補酵素NAD(P)Hを微生物自身の脱水素酵素で再生し、外部から新たに補酵素NAD(P)Hを加えないことを特徴とする、請求項1乃至5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
補酵素NAD(P)Hの再生における脱水素酵素の基質としてグルコースを用いることを特徴とする、請求項1乃至6の何れかに記載の方法。

【公開番号】特開2012−5396(P2012−5396A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−142934(P2010−142934)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】