説明

(R)−3−キヌクリジノールの製造方法

【課題】(R)−3−キヌクリジノールを微生物学的に製造する方法を提供する。
【解決手段】3−キヌクリジノンに、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]又はその処理物を作用させることにより、(R)−3−キヌクリジノールを微生物学的に製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(R)−3−キヌクリジノールを選択的に製造する方法に関する。(R)−3−キヌクリジノールは、医農薬中間体を始め、各種ファインケミカルでの中間体として用いられ、産業上有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
微生物学的方法により不斉還元酵素を利用して、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを製造する方法としては次の方法が知られている。
ナカザワエワ(Nakazawaea)属、キャンディダ(Candida)属、プロテウス(Proteus)属に属する微生物からなる群から選ばれる微生物を作用させる方法(特許文献1)がある。この方法では、光学純度は49%eeから最高92%ee、蓄積濃度は最高3.7g/L(0.37w/v%)で、(R)−3−キヌクリジノールを得ているが、光学純度と蓄積濃度がともに低いという問題点がある。
【0003】
ロドトルラ(Rhodotorula)属、キャンディダ(Candida)属、スポリディオボルス(Sporidiobolus)属、ロドスポリディウム(Rhodosporidium)属、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属、トリコスポロン(Trichospron)属、ゴルドナ(Gordona)属、及びノカルディア(Nocardia)属に属する微生物からなる群から選ばれる微生物を作用させる方法(特許文献2)がある。この方法では、光学純度は最高100%ee、収率が最高71%(蓄積濃度は18g/L(1.8w/v%)、ただし、菌体の5倍濃縮物での評価)で、(R)−3−キヌクリジノールを得ており、光学純度は高いものがあるが、蓄積濃度と収率がともに低いという問題点がある。
【0004】
アルカリゲネス(Alcaligenes)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、アースロバクター(Arthrobacteter)属、ヤロウイア(Yarrowia)属、オーレオバシディウム(Aureobasidium)属、及びフィロバシディウム(Filobasidium)属に属する微生物からなる群から選ばれる微生物を作用させる方法(特許文献3)がある。この方法では、光学純度は92%から最高98%ee、収率は83%〜90%、蓄積濃度は最高5.7g/L(0.57w/v%)で、(R)−3−キヌクリジノールを得ているが、蓄積濃度が低いという問題点がある。
また、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を作用させる方法(非特許文献1)がある。この方法では、基質濃度10%で95%以上の収率を示したものの、光学純度は85%eeと、選択性が十分でないという問題点がある。
【0005】
【特許文献1】特開平10−243795号公報
【特許文献2】特開平11−196890号公報
【特許文献3】特開2000−245495号公報
【非特許文献1】日本農芸化学会2007年度(平成19年度)大会講演要旨集、2007年3月5日発行、p44、2A11p09
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のように、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを産生することのできる微生物は、20属にもおよび、多くの種が報告されているが、光学純度、蓄積濃度、收率の3つを高いレベルで満たす微生物は、報告されていなかった。特に、(R)−3−キヌクリジノールを製造する上では、光学純度が100%eeであることは非常に有利であり、このような微生物は特許文献2に報告されている微生物のみであるが、前記のようにこれらの微生物は蓄積濃度と収率が低いという欠点を有していた。
【0007】
本発明者らは、上記問題点を解決すべき鋭意検討を重ねた結果、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]が、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを選択的に著量生成し、蓄積する能力を有することを見い出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、3−キヌクリジノンに、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]又はその処理物を作用させることにより(R)−3−キヌクリジノールを得ることを特徴とする、(R)−3−キヌクリジノールの製造方法に関する。
本発明の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法の好ましい態様によれば、前記微生物が、リゾビウム2a亜属に属する微生物であり、特には、前記微生物が、配列番号1又は配列番号2で表される塩基配列に対して99%以上の相同性を示す塩基配列の16SrRNA遺伝子を有する微生物である。
また、本発明の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法のより好ましい態様によれば、前記微生物がリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)、又はリゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)であり、特には、リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574(FERM P−21334)、又はリゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)NBRC 15247である。
また、本発明は、受託番号FERM P−21334である、リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574にも関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを選択的にかつ高収率で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
3−キヌクリジノンに対して、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]又はその処理物を作用させることにより、(R)−3−キヌクリジノールを選択的にかつ高収率で製造することができる。
本発明における微生物としては、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを著量生成し、蓄積する能力を有する、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]であればその種及びその起源は何ら問わない。
【0011】
本発明の微生物は、好ましくは、図1の系統樹におけるリゾビアセア(Rhizobiaceae)科のリゾビウム属の、リゾビウム・エトリ(Rhizobium etli)、リゾビウム・レグリノサラム(Rhizobium leguminosarum)、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobaterium rhizogenes:新分類では、リゾリウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)と命名されており、以下、リゾリウム・リゾゲネスと称する)、リゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)、リゾビウム・ガリカム(Rhizobium gallicum)、リゾビウム・モンゴレンス(Rhizobium mongolense)、リゾビウム・ハイナネンス(Rhizobium hainanense)が含まれるリゾビウム属の亜属(以下、リゾビウム2a亜属と称する)に属するリゾビウム種である。図1の系統樹は、Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology Second Edition、Volume Two、Part C、(2005)、Springer[以下、Bergey’s Manualという。]の337頁に記載されたものである。なお、本明細書においてリゾビウム2a亜属とは、配列番号1又は2で表される塩基配列に対して、96%以上の相同性を示す塩基配列の16SrRNA遺伝子を有するリゾビウム・エトリ、リゾビウム・レグリノサラム、リゾリウム・リゾゲネス、リゾビウム・トロピシ、リゾビウム・ガリカム、リゾビウム・モンゴレンス、リゾビウム・ハイナネンスを含むリゾビウム種のサブグループを意味するものである。
特に好ましいリゾビウム種は、リゾビウム・リゾゲネス及びリゾビウム・トロピシである。リゾビウム・リゾゲネスとは、16SrRNA遺伝子(16S rDNA)の塩基配列に対して99%以上の相同性を示す16SrRNA遺伝子を有するリゾビウム属の種を意味する。すなわち、配列番号1で表される塩基配列に対して99%以上、好ましくは100%の相同性を示す塩基配列の16SrRNA遺伝子を有する微生物を意味するものである。リゾビウム・トロピシ種とは、16SrRNA遺伝子(16S rDNA)の塩基配列に対して99%以上の相同性を示す16SrRNA遺伝子を有するリゾビウム属の種を意味する。すなわち、配列番号2で表される塩基配列に対して99%以上、好ましくは100%の相同性を示す塩基配列の16SrRNA遺伝子を有する微生物を意味するものである。配列番号2は、リゾビウム・トロピシNBRC 15247の16SrRNA遺伝子1406bpの塩基配列を示している。
【0012】
本発明における微生物として更に好ましくは、リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574(FERM P−21334)を挙げることができる。本菌株は平成19年7月31日付けで、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(あて名:〒305−8566 茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に上記受託番号で国内寄託されている。
【0013】
本発明において使用することのできるリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574(FERM P−21334)の菌学的性質は次のとおりである。
1−1.形態的・培養的性質(+は陽性、−は陰性を表す。)
(1)細胞形態:桿菌
(2)幅:0.7〜0.8μm
(3)長さ:1.0〜1.2μm
(4)胞子形成:−
(5)運動性:+
(6)コロニー形態:淡黄色、円形、隆起状態レンズ状、周縁全縁、表面形状スムーズ、透明度不透明、粘稠度バター様
【0014】
1−2.生理学的性質(+は陽性、−は陰性を表す。)
(1)グラム染色:−
(2)各培養温度での生育:37℃ −、45℃ −
(3)カタラーゼ:+
(4)オキシダーゼ:+
(5)酸/ガス産生(グルコース):−/−
(6)O/Fテスト(グルコース):+/−
(7)硝酸塩還元:−
(8)インドール産生:−
(9)ブドウ糖 酸性化:−
(10)アルギニンジヒドロラーゼ:−
(11)ウレアーゼ:+
(12)エスクリン加水分解:+
(13)ゼラチン加水分解:−
(14)β−ガラクトシダーゼ:+
(15)各種化合物の資化性
ブドウ糖:+
L−アラビノース:+
D−マンノース:+
D−マンニトール:+
N−アセチル−D−グルコサミン:−
マルトース:+
グルコン酸カリウム:+
n−カプリン酸:−
アジピン酸:−
dl−リンゴ酸:+
クエン酸ナトリウム:+
酢酸フェニル:−
(16)チトクロームオキシダーゼ:+
【0015】
1−3.化学分類学的性質
本菌株よりゲノムDNAを抽出し、16S rRNA遺伝子(16S rDNA)の配列を解析した。決定された1445bpの塩基配列を配列表の配列番号1に示す。こうして得られた本菌株の16S rDNA塩基配列(配列番号1)を用いて、DNA塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対して相同性を検索し、近縁菌群と系統樹を作製した結果、本菌株はリゾビウム(Rhizobium)属に属すると推定された。最も近縁であった基準株はリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)ATCC11325株〔Accession No.AY945955〕であり、100.0%の相同性を示した。以上の結果より、本菌株をリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)であると判定した。
【0016】
本発明で使用するリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)[旧名:アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobaterium rhizogenes)]と、非特許文献1に記載のリゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)[旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobaterium tumefaciens)]とは、現在、アグロバクテリウム(Agrobaterium)属のリゾビウム(Rhizobium)属への統廃合により、同じリゾビウム(Rhizobium)属に命名されている(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology、(2001)、51、p89−103)が、分類学上は大きく異なる。
Bergey’s Manual(p337)には、本発明で使用されるリゾビウム(Rhizobium)属を含むリゾビアセア(Rhizobiaceae)科の分類学的コメントが記載され、アグロバクテリム(Agrobaterium)属、アロリゾビウム(Allorhizobium)属、リゾビウム(Rhizobium)属、シノリゾビウム(Sinorizobium)属の4種の分類について記載している(図1)。図1は、16S rDNA配列に基づき、リゾビアセア科(アグロバクテリウム属、アロリゾビウム属、リゾビウム属、シノリゾビウム属と関連する科の微生物)の中で、関連性を表した隣接結合法による系統樹を示している。
【0017】
シノリゾビウム(Sinorizobium)属を含む1つ目の集団(シノリゾビウム属)と、リゾビウム(Rhizobium)属とアグロバクテリウム(Agrobaterium)属とアロリゾビウム(Allorhizobium)属の三つの属が混在した2つ目の集団(リゾビウム属)とに分類したうえで、2つ目の集団を更に2aと2bの2つのサブグループに分類している。本明細書においては、これらのサブグループを、それぞれリゾビウム2a亜属及びリゾビウム2b亜属と称する。
本発明で使用するリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)[旧名:アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobaterium rhizogenes)]は2aに属し、非特許文献1に記載のリゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)[旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobaterium tumefaciens)]は2bに属する。両者の微生物を比較すると、表1〜表3(Bergey’s Manual(p334−336))に示すように、形態的、栄養的性質、生理学的性質も大きく異なり、図1(Bergey’s Manual(p337))に示す系統樹でも異なる集団に分かれている。
【0018】
以上より、本発明で使用するリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)[旧名アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobaterium rhizogenes)]が属するリゾビウム2a亜属は、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)[旧名アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobaterium tumefaciens)]が属するリゾビウム2b亜属とは分類学上別属と判断される。
また、後述の実施例で示したように、リゾビウム2a亜属に属するリゾビウム・リゾゲネス及びリゾビウム・トロピシは、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールの変換において、光学純度が100%eeの(R)−3−キヌクリジノールを製造することが可能である。一方、リゾビウム・ラディオバクターは、非特許文献1で報告されているように、光学純度は85%eeで(R)−3−キヌクリジノールへ変換されている。リゾビウム2a亜属とリゾビウム2b亜属は系統樹での分類では、比較的近い亜属であるが、前記のように形態的、栄養的性質、生理学的性質、並びに3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールの変換の点においては、その性質が異なっており、当業者にとっては予想外である。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
次に、本発明方法において使用するリゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物の培養方法について説明する。
前記微生物の培養液の調整方法としては、(ア)炭素源及び窒素源を適宜添加した培地に微生物の菌体を接種して同一の該培地中で増殖させて培養液を得る方法、(イ)培養を段階的に行って培養液を得る方法、すなわち、前培養と本培養を組み合わせて培養液を得る方法が挙げられるが、好ましくは(イ)の方法である。(イ)の方法は、まず、前培養として、炭素源及び窒素源を適宜添加した培地に前記微生物の菌体を接種して微生物を増殖させて、本培養で使用する微生物の確保を目的として第一段階の培養液(以下、前培養液という。)を得た後、次に本培養として、容量を増大させた培地に前培養液を加えて、炭素源及び窒素源を適宜添加して微生物を培養することで蓄積反応に十分な酵素の産生を目的として第二段階の培養液(以下、本培養液という)を得る方法である。しかしながら、前記微生物の菌体を含む培養液の調製方法は、これらの方法に限定されるものではなく、更に、3回以上の培養を組み合わせて行うことも可能である。
前記微生物を培養するための培地は、通常これらの微生物が生育可能な培地であれば特に制限はなく、一般的な微生物用の任意の公知培地を用いることができる。培地の炭素源及び窒素源としては、酵母エキス、ペプトン、肉エキス、アミノ酸、無機窒素、有機酸、糖類などを使用することができる。また、必要に応じて、微量金属塩、ビタミン類、核酸関連物質、無機塩類などを添加することもできる。
【0023】
炭素源及び窒素源の供給方法としては、(1)培地作製時にあらかじめ添加しておく方法、(2)微生物の増殖にあわせて、炭素源及び窒素源を連続又は間欠的に供給していく方法が挙げられるが、好ましくは(2)の方法である。前記(2)の方法は、微生物の増殖により消費した炭素源及び窒素源を追加していくため、高濃度の炭素源及び窒素源により微生物の生育阻害がある場合でも、微生物の濃度を高くすることができる利点がある。前記(2)の方法を更に具体的に説明すると、微生物が炭素源及び窒素源を消費する速度に合わせて炭素源及び窒素源を添加する方法などがある。例えば、微生物が生育するとともにpHが上昇し、かつ、炭素源及び窒素源を含む水溶液が酸性である場合、pHコントローラーを用いて、培養液のpHが一定になるように、炭素源及び窒素源を含む酸性の水溶液を添加すると、微生物の増殖の進行とともに、炭素源及び窒素源を少しずつ添加する方法を用いることができる。
【0024】
更に、培養の際に、前記微生物が有する、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを生成する能力を最大限に引き出すために、糖類、有機酸又はアミノ酸を添加して培養することもできる。特に効果が得られる物質は、D−グルコース、D−フルクトース、スクロース、D−リボース、マンニトール、グリセロール、D−キシロース、ソルビトール、D−ラクトース、マルトース、L−リンゴ酸、フマル酸、コハク酸、グルコン酸、L−グルタミン酸、L−グルタミンなどであり、培地に対して0.1〜5.0w/v%、好ましくは0.5〜3.0w/v%である。なお、本明細書において、w/vは質量/容積を、v/vは容積/容積を意味する。
【0025】
前記微生物の培養温度は10〜37℃、好ましくは23〜32℃である。培養時の培地のpHは6.0〜10.0であり、好ましくはpH6.5〜9.0である。培養は、好気的条件下で行うことが好ましく、液体培養時には通気及び撹拌を行うことが望ましい。培養時間は10時間〜1週間であり、好ましくは1〜3日間であり、より好ましくは1〜2日である。
本培養の進行とともに、酵素生産量も増加していくが、本培養の後半には、生育速度の低下とともに、炭素源及び窒素源の消費速度、酵素生産速度も低下し、本培養を終了する。炭素源及び窒素源の総添加量、培養時間、菌体の濃度、酵素生産量などから本培養の終了を判断することもできる。
【0026】
以上のようにして、前記微生物の培養菌体を培養液中に蓄積させ、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールの蓄積反応に用いることができる。
[i]得られた培養液はそのまま以下に述べる蓄積反応に使用してもよいし、
[ii]微生物を培養液から回収して反応に使用したり、更に
[iii]微生物の処理物、例えば、破砕物、粗酵素、精製酵素などを反応に使用することもできる。
続いて、前記微生物又はその処理物により、3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールを生成する反応を行うことができる。この蓄積反応は、バッチ式でも、バイオリアクターなどを用いた連続式でも可能である。バッチ式反応の場合には、数時間から7日間で行うことができる。
【0027】
上述の[i]の場合を具体的に説明すると、上記の培養方法で増殖させた前記微生物を含む培養液に、直接、3−キヌクリジノンと糖類、有機酸、アルコール類などを加え、(R)−3−キヌクリジノールを系内に蓄積させる反応を開始させることができる。蓄積反応のpHは6.0〜10.0、好ましくはpH6.0〜8.0である。反応温度は10〜50℃、好ましくは20〜40℃である。基質の3−キヌクリジノンの添加量は、反応液に対して0.1〜10.0w/v%、好ましくは0.5〜5.0w/v%である。3−キヌクリジノンの添加は一度に行ってもよいが、高濃度の3−キヌクリジノンによる反応阻害が見られる場合には分割して添加してもよい。
【0028】
一般的に、3−キヌクリジノン不斉還元酵素は、3−キヌクリジノンの不斉還元反応において、3−キヌクリジノンと等量の還元型補酵素(還元型ニコチンアデニンジヌクレオチド(NADH)、又は還元型ニコチンアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を還元剤として要求するとされている。3−キヌクリジノンの還元反応後は、補酵素はそれぞれ酸化型ニコチンアデニンジヌクレオチド(NAD)又は酸化型ニコチンアデニンジヌクレオチド(NADP)へと変換される。
触媒量の補酵素で3−キヌクリジノンの不斉還元反応を進行させるためには、酸化型補酵素のNAD又はNADPをそれぞれ還元型補酵素のNADH又はNADPHへと再生する反応が必要であり、一般的に、この補酵素再生反応には、グルコースデヒドロゲナーゼを用いたグルコースの酸化反応が利用されている。
【0029】
また、一般的に、補酵素供給源として、高価な試薬であるNADHやNADPHなどを反応系に添加し、また、グルコースデヒドロゲナーゼなどの補酵素を再生する酵素の供給源として、市販酵素を使用したり、遺伝子組み替えにより補酵素を再生する酵素を生産させることが行われるが、本発明においては、補酵素及び補酵素を再生する酵素を添加することなく、糖類、有機酸、アルコール類などを添加するのみで、効率よく3−キヌクリジノンから(R)−3−キヌクリジノールへの変換を行うことができる。
【0030】
糖類、有機酸、アルコール類などとしては、D−グルコース、D−フルクトース、スクロース、D−リボース、D−キシロース、ソルビトール、D−ラクトース、マルトースなどの糖類、クエン酸などの有機酸、エタノールなどのアルコール類などを挙げることができる。糖類、有機酸、アルコール類などの添加量は、3−キヌクリジノンを還元して(R)−3−キヌクリジノールを生成する反応液に対して0.2〜15.0w/v%、好ましくは0.5〜6.0w/v%である。糖類、有機酸、アルコール類などの添加は一度に行ってもよいが、高濃度の糖類、有機酸、アルコール類などによる反応阻害が見られる場合には分割して添加してもよい。
(R)−3−キヌクリジノールの蓄積反応は、前記微生物が十分に増殖して、変換能力が十分となった時点から開始することができるが、前記微生物の増殖が十分でない培養初期段階でも、生育阻害が起こらない濃度範囲で培地に3−キヌクリジノンを添加して、微生物の増殖と(R)−3−キヌクリジノールの蓄積反応を同時に行うことができる。
【0031】
また、上述の[ii]の場合には、上記の培養方法で増殖させた微生物をろ過又は遠心分離により培養液から回収して蓄積反応に使用することができる。すなわち、得られた微生物は3−キヌクリジノンと糖類、有機酸、アルコール類などを含む生理食塩水、リン酸カリウム緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、ホウ酸−水酸化ナトリウム緩衝液などの水性溶媒に懸濁して反応に使用することができる。反応条件(pH、温度、3−キヌクリジノンと糖類、有機酸、アルコール類などの添加量)は[i]の場合と同じである。
【0032】
更に、上述の[iii]の場合には、前記培養方法で増殖させ、回収した微生物の処理物(例えば、破砕物、粗酵素、精製酵素)は、3−キヌクリジノンと糖類、有機酸、アルコール類などを含む水性溶媒に懸濁して反応に使用することができる。あるいは、微生物又はその処理物を公知の方法で適当な担体に固定化し、その固定化物を水性溶媒と接触させて反応に使用してもよい。前記微生物又はその処理物を使用した蓄積反応に用いる水性溶媒としては、生理食塩水、リン酸カリウム緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、ホウ酸−水酸化ナトリウム緩衝液などを挙げることができる。反応条件は[i]の場合と同様である。
【0033】
以上のようにして得られた蓄積反応後の反応液から、必要に応じて、ろ過、遠心分離などにより微生物を除去した後、溶媒で(R)−3−キヌクリジノールを抽出して、(R)−3−キヌクリジノールを回収することができる。粗酵素、精製酵素などの処理物を使用した場合などでは微生物除去操作を省略することができる。また、クロマトグラフィーなどの公知の精製方法により(R)−3−キヌクリジノールを回収することもできる。
【実施例】
【0034】
以下に代表的な実施例を示し、本発明の具体的な説明を行うが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0035】
実施例において使用する培地組成を以下に記載する。
(1)培地[A]
脱塩水1.0L中に酵母エキス5.0g、スクロース3.0g、塩化アンモニウム0.5g、リン酸水素二ナトリウム十二水和物1.0g、リン酸二水素カリウム1.0g、硫酸マグネシウム七水和物0.1gを含み、水酸化ナトリウム水溶液によりpHを6.8に調整した培地。
【0036】
(2)培地[B]
脱塩水1.0L中に酵母エキス10.0g、スクロース30.0g、塩化アンモニウム2.0g、リン酸水素二ナトリウム十二水和物2.0g、リン酸二水素カリウム2.0g、硫酸マグネシウム七水和物0.2g、塩化マンガン(II)四水和物0.2g、塩化カルシウム0.2gを含み、水酸化ナトリウム水溶液によりpHを6.8に調整した培地。
【0037】
(3)培地[C]
脱塩水1.0L中に酵母エキス5.0g、グルコース5.0g、塩化アンモニウム0.5g、リン酸水素二ナトリウム十二水和物1.0g、リン酸二水素カリウム1.0g、硫酸マグネシウム七水和物0.1gを含み、水酸化ナトリウム水溶液によりpHを6.8に調整した培地。
【0038】
(4)培地[D]
脱塩水1.0L中に酵母エキス10.0g、グルコース10.0g、塩化アンモニウム2.0g、リン酸水素二ナトリウム十二水和物1.0g、リン酸二水素カリウム1.0g、硫酸マグネシウム七水和物0.1g、塩化マンガン(II)四水和物0.1g、塩化カルシウム0.1gを含み、水酸化ナトリウム水溶液によりpHを6.8に調整した培地。
【0039】
次に、実施例で使用するGCの分析条件を以下に記載する。
[GCの分析条件]
カラム;CP−CHIRASIL−DEX CB(Varian社製)25m×0.25mm、
流速;1mL/分、
カラム温度;140℃、
インジェクション温度;220℃、
検出;FID、220℃、
保持時間;3−キヌクリジノン6.9分、(S)−3−キヌクリジノール13.9分、(R)−3−キヌクリジノール14.4分
【0040】
《実施例1:リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574の静止菌体を用いた(R)−3−キヌクリジノールの蓄積反応》
(1)前培養
培地[A]100mLを500mL容の三角フラスコに入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌を実施した。この三角フラスコに、栄養寒天培地に維持したリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574の菌体を1白金耳接種し、27℃で24時間振とう培養して、前培養液を得た。
【0041】
(2)本培養
一方、撹拌、通気、温度及びpH調整が可能な2L容のジャーファーメンターに培地[B]1Lを入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌を実施した。このジャーファーメンターに、上記前培養液20mLを加え、撹拌及び通気を実施しながら28℃及びpH6.8で培養を行った。
5v/v%アンモニア水溶液で培養液のpHを調整しながら、培養を継続した。本培養を開始してから34時間目で、アンモニア溶液の添加量が18.0gとなり、生育速度と酵素生産速度が低下したため、培養を終了し、本培養液を得た。
【0042】
(3)蓄積反応
上記本培養液100mLを遠心分離により集菌し静止菌体を得た。これに、3−キヌクリジノン塩酸塩5.2w/v%とD−グルコース6.0w/v%を含む、pH8.0の0.1Mリン酸カリウム緩衝液100mLを加えて懸濁し、pHを7.0に調整した。この懸濁液を撹拌下35℃にて反応を開始した。基質の3−キヌクリジノン塩酸塩とD−グルコースを適宜追加し、水酸化ナトリウム水溶液により適宜pHを7.0に調整しながら反応を行い、目的物の生成速度が低下したため90時間目で反応を終了した。
【0043】
添加量の合計は3−キヌクリジノン塩酸塩14.1g(87.2mmol)、D−グルコース23.2g、反応後の最終液量は131mLであった。その後、遠心分離により、菌体を除去し、得られた上澄み液の5倍希釈液0.5mLに50w/v%水酸化ナトリウム水溶液を0.5mL、クロロホルム1mLを加え、抽出を行った。得られたクロロホルム層をGC分析した結果、(R)−3−キヌクリジノールを蓄積濃度8.3%、重量10.9g(85.7mmol)(収率98.2%(85.7/87.2×100))で取得した。また、GC分析では、(S)−3−キヌクリジノールは検出されず、光学純度は100%eeであった。
【0044】
《実施例2:リゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)NBRC 15247の静止菌体を用いた(R)−3−キヌクリジノールの蓄積反応》
(1)前培養
培地[C]100mLを500mL容の三角フラスコに入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌を実施した。この三角フラスコに、栄養寒天培地に維持したリゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)NBRC 15247(独立行政法人製品評価技術基盤機構 生物遺伝資源部門の分譲菌株)の菌体を1白金耳接種し、27℃で24時間振とう培養して、前培養液を得た。
【0045】
(2)本培養
一方、培地[D]500mLを100mLずつ500mL容の三角フラスコに分注し、各々同じように以下の操作を行った。121℃で20分間、オートクレーブ滅菌を実施したのち、培地100mLにつき、上記前培養液を2mL加え、28℃で振とう培養を行った。
D−グルコース、塩化アンモニウムを少しずつ添加し、培養を継続した。本培養を開始してから45時間目で、培地100mLにつき、D−グルコースの添加量が1.8g、塩化アンモニウムの添加量が0.36gとなり、生育速度と酵素生産速度が低下したため、培養を終了し、本培養液を得た。
【0046】
(3)蓄積反応
上記本培養液500mLを遠心分離により集菌し静止菌体を得た。これに、3−キヌクリジノン塩酸塩4.0w/v%とD−グルコース5.0w/v%を含む、pH8.0の0.1Mリン酸カリウム緩衝液100mLを加えて懸濁し、pHを7.0に調整することにより、菌体を5倍濃縮した懸濁液を得た。この懸濁液を撹拌下35℃にて反応を開始した。基質の3−キヌクリジノン塩酸塩とD−グルコースを適宜追加し、水酸化ナトリウム水溶液により適宜pHを7.0に調整しながら反応を行い、目的物の生成速度が低下したため93時間目で反応を終了した。
【0047】
添加量の合計は3−キヌクリジノン塩酸塩23.6g(146.0mmol)、D−グルコース33.4g、反応後の最終液量は175mLであった。その後、遠心分離により、菌体を除去し、得られた上澄み液の5倍希釈液0.5mLに50w/v%水酸化ナトリウム水溶液を0.5mL、クロロホルム1mLを加え、抽出を行った。得られたクロロホルム層をGC分析した結果、(R)−3−キヌクリジノールを蓄積濃度10.1%、重量17.7g(139.2mmol)(収率95.3%(139.2/146.0×100))で取得した[ただし、菌体の5倍濃縮物での評価]。また、GC分析では、(S)−3−キヌクリジノールは検出されず、光学純度は100%eeであった。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】リゾビアセア科に属する微生物における関連性を表した隣接結合法による系統樹を示した図である。図中の分岐点に記載された数値は、ブートストラップ確率である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3−キヌクリジノンに、リゾビウム(Rhizobium)属に属する微生物[ただし、リゾビウム・ラディオバクター(Rhizobium radiobactor)を除く]又はその処理物を作用させることにより(R)−3−キヌクリジノールを得ることを特徴とする、(R)−3−キヌクリジノールの製造方法。
【請求項2】
前記微生物が、リゾビウム2a亜属に属する微生物である、請求項1記載の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法。
【請求項3】
前記微生物が、配列番号1又は配列番号2で表される塩基配列に対して99%以上の相同性を示す塩基配列の16SrRNA遺伝子を有する微生物である、請求項1記載の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法。
【請求項4】
前記微生物がリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)、又はリゾビウム・トロピシ(Rhizobium tropici)である、請求項1記載の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法。
【請求項5】
前記微生物がリゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574(FERM P−21334)である、請求項1記載の(R)−3−キヌクリジノールの製造方法。
【請求項6】
受託番号FERM P−21334である、リゾビウム・リゾゲネス(Rhizobium rhizogenes)YGK−574。

【図1】
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【公開番号】特開2009−201373(P2009−201373A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−44566(P2008−44566)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(000246398)有機合成薬品工業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】