説明

1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体、その製造方法及び該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体並びに不斉水素化方法

【課題】特にβデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を有する金属錯体を形成する新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体、その製造方法、該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体及び該金属錯体を用いた不斉水素化方法を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されることを特徴とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体。


(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体及びその製造方法に関する。該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体は、不斉合成触媒の配位子として使用することができる。また、本発明は、該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体及びその金属錯体を用いた不斉水素化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン原子上に不斉中心を有する光学活性なホスフィン配位子は、遷移金属錯体を用いる触媒的不斉合成反応において重要な役割を果たしている。リン原子上に不斉中心を有する光学活性なホスフィン配位子としては、特許文献1に、1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体が提案されている。
【0003】
特許文献2には、2,3−ビス(ジアルキルホスフィノ)ピラジン誘導体が提案されている。このピラジン誘導体は、ピラジン骨格に由来して電子求引性が極めて高く、またそれによってホスフィン部位のリン原子の電子密度が低くなっているという特徴を有する。このピラジン誘導体を配位子とした金属錯体は、このような特徴が活かされる反応の触媒として用いるのが効果的である。
【0004】
一般的にβデヒドロアミノ酸からβアミノ酸へのロジウム触媒を用いた不斉水素化反応は広く知られているが、βデヒドロアミノ酸におけるE体、Z体の両異性体に対して1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体や2,3−ビス(ジアルキルホスフィノ)ピラジン誘導体を用いたもの以外に高い不斉誘起能と触媒活性を示すものは、あまり知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−319288号公報
【特許文献2】特開2007−56007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、リン原子上に不斉中心を有する光学活性なホスフィン配位子の研究を進める中で、特にβデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を有する新規な一般式(1)で表わされる1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を見出し本発明を完成するに到った。
【0007】
従って、本発明の目的は、特にβデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を有する金属錯体を形成する新規な一般式(1)で表わされる1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体、その製造方法、該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体及び該金属錯体を用いた不斉水素化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明が提供しようする第1の発明は、下記一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を提供するものである。
【化1】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【0009】
また、本発明が提供しようとする第2の発明は、前記第1の発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法であって、下記一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化した後、ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との反応を行い、次いで、その生成物を、
一般式;RPX’(Raは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、
一般式RMgX”(Rは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X”はハロゲン原子を示す。)で表されるグリニャ−ル試薬と反応させる工程を含むことを特徴とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法である。
【化2】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【0010】
また、本発明が提供しようとする第3の発明は、前記第1の発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とすることを特徴とする金属錯体である。
【0011】
また、本発明が提供しようとする第4の発明は、前記第3の発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とすることを特徴とする金属錯体を用いた不斉水素化方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、不斉合成反応の触媒として有用な金属錯体を形成し得る新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を提供することができる。また、本発明の製造方法によれば、この1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を容易に製造することができる。さらに、この1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体は、不斉合成反応の触媒として用いた場合に高いエナンチオ選択性及び反応活性を有し、特に、本発明の新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体は、βデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
前記一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体において、式中のR及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。一般式(1)における2つのRは、お互いに同一でもよく或いは異なっていてもよい。2つのRも同様に、お互いに同一でもよく或いは異なっていてもよい。R及びRのアルキル基としては、非環式アルキル基と脂環式アルキル基が挙げられる。
【0014】
非環式アルキル基には、直鎖状アルキル基と分岐状アルキル基がある。直鎖状アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基等の炭素数1〜10のものが挙げられる。分岐状アルキル基としては、イソプロピル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソヘプチル基、イソヘキシル基、1,1,3,3−テトラメチルブチル基等の炭素数3〜10のものが挙げられる。
【0015】
脂環式アルキル基には、単環式アルキル基と複環式アルキル基がある。単環式アルキル基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の炭素数3〜10のものが挙げられる。複環式アルキル基としては、アダマンチル基等の炭素数4〜10のものが挙げられる。
【0016】
前記一般式(1)で表される本発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体には、下記一般式(1A)で表されるリン原子上に不斉中心を有し光学活性を示すものが含まれるほか、R1とR2とが異なるがラセミ体であるため見かけ上は光学活性を示さないものも含まれる。中でも、下記一般式(1A)で表されるものは、不斉合成触媒用の金属錯体の配位子として優れた性能を発揮する。
【化3】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【0017】
一般式(1A)において、Rの方が炭素数が多い場合は、一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体は(R,R)体であり、一方、Rの炭素数が多い場合は、(S,S)体である。
【0018】
一般式(1A)において、R及びRの炭素数の差は少なくとも1であることが必要である。一般式(1A)において、R及びRのうち炭素数が多い方の基は、立体障害性を有する嵩高い置換基であることが好ましい。この観点から、R及びRのうち炭素数が多い方の基は、一級アルキル基よりも二級アルキル基が好ましく、二級アルキル基より三級アルキル基が好ましい。また、脂環式のアルキル基であることも好ましい。好ましいアルキル基としてはtert−ブチル基が挙げられる。
【0019】
ここで、一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を、不斉合成触媒用金属錯体の配位子として用いた場合、高度な不斉空間が形成されることを考慮すると、R1とR2の立体障害性に大きな差があることが好ましい。つまり、RとRの一方が立体障害性を有する嵩高い置換基、つまり極大基であるのに対して、他方は極小基であることが好ましい。従ってR1とR2は炭素数の差は大きいほど好ましい。具体的には、R1とR2の炭素数の差は2以上、特に3以上、とりわけ4以上であることが好ましい。R及びRのうち、炭素数が少ない方の基は、極小基であることに鑑みれば、同じ炭素数の脂環式アルキル基と非環式アルキル基では、非環式アルキル基の方が好ましい。さらに、同じ炭素数の非環式アルキル基の中では、分岐状アルキル基より直鎖状アルキル基の方が好ましい。最終的には、R及びRのうち炭素数が少ない方の基として最も好ましい基はメチル基であると言える。しかし、一般的には、炭素数が少ない方の基として用いる基は、炭素数が多い方の基との関係で相対的に決定される。RとRの好ましい組み合わせとしては、例えばR=tert−ブチル基、R=メチル基の組み合わせ、R=メチル基、R=tert−ブチル基の組み合わせが挙げられる。
【0020】
一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の特に好ましい具体例としては、以下の化合物が挙げられる。
(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(S,S)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(R,R)−1,2−ビス(アダマンチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(S,S)−1,2−ビス(アダマンチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(R,R)−1,2−ビス(イソプロピルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(S,S)−1,2−ビス(イソプロピルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(R,R)−1,2−ビス(1,1,3,3−テトラメチルブチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン、
(S,S)−1,2−ビス(1,1,3,3−テトラメチルブチルメチルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン。
【0021】
一般式(1)で表される本発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の好ましい製造方法について以下に説明する。
【0022】
本発明の製造方法において、先ず、下記一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物を用意する。本製造方法では、出発原料として下記一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物を用いることにより、対応する一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を得ることができる。なお、その光学活性体である一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を製造するには、出発原料として一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物に代えて、該ホスフィン−ボラン化合物の光学活性体である下記一般式(2A)で表されるホスフィン−ボラン化合物を用いて後述する第1〜第4工程の反応を行えばよい。
【化4】

(式中、R及びRは前記一般式(1)と同じ。)
【0023】
出発原料である一般式(2)の化合物は、例えば下記反応式(1)に従って、合成することができる。
【化5】

(式中、R及びRは前記と同じ。)
前記反応式(1)においては、先ず出発原料であるジアルキルホスフィン−ボラン(3)にアルゴン雰囲気下、−80℃においてs−BuLiを加え、ホスフィドアニオンとし、次いで4,5−(メチレンジオキシ)−1,2−ジヨードベンゼンと反応させることにより目的とする一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物を得ることができる(Organic Letters 2010年 12巻 19号 4400-4403)。なお、前記一般式(2A)で表される光学活性なホスフィン−ボラン化合物を得るには、反応式(1)に係る反応において、ジアルキルホスフィン−ボラン(3)の光学活性体を用いて反応を行えばよい。
ジアルキルホスフィン−ボラン(3)及びその光学活性体は、特開2001−253889号公報又は特開2007−70310号公報に記載の方法等の公知の方法によって調製することができる。
【0024】
一般式(2A)で表されるホスフィン−ボラン化合物において、Rの炭素数をRの炭素数より多くする場合(該ホスフィン−ボランがS体の場合)、ジアルキルホスフィン−ボランとしてはR体のものを用いる。これとは逆に、一般式(2A)で表されるホスフィン−ボラン化合物においては、Rの炭素数をRの炭素数より多くする場合(該ホスフィン−ボラン化合物がR体の場合)、ジアルキルホスフィン−ボランとしてS体のものを用いる。
【0025】
本発明の製造方法の第1工程である一般式(2)のジアルキルホスフィン−ボラン化合物の脱ボラン化は、以下の反応式(2)で表される。
【化6】

(式中、R及びRは前記と同じ。)
反応式(2)に係るジアルキルホスフィン−ボラン化合物の脱ボラン化は、従来公知の方法に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中、1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、N−メチルモルホリン、トリエチルアミン、ピロリジン、ジエチルアミン等の塩基の存在下で行うことができる。塩基としては、これらの中でもDABCOを用いることが好ましい。塩基の使用量は、一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1〜3モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜5時間とすることができる。反応温度は20〜110℃までとすることができる。
【0026】
次に、第2工程としてハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との金属―ハロゲン交換反応を行う。ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物は、一般式RMgX(式中、Rは炭素数1〜5の直鎖状又は分岐状のアルキル基、Xはハロゲン原子を示す。)で表される。ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との反応は、以下の反応式(3)で表される。
【化7】

(式中、R、R、R及びXは前記と同じ。)
ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との反応は、例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行われる。ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物としては、塩化メチルマグネシウム、臭化メチルマグネシウム、塩化エチルマグネシウム、臭化エチルマグネシウム、塩化n−プロピルマグネシウム、臭化n−プロピルマグネシウム、塩化iso−プロピルマグネシウム、臭化iso−プロピルマグネシウム、塩化n−ブチルマグネシウム、塩化sec− ブチルマグネシウム及び塩化tert−ブチルマグネシウム等が挙げられる。これらの中でも塩化iso−プロピルマグネシウムが好ましい。ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物の使用量は、第1工程で使用した一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し0.7〜2.0モルの割合が好ましく、1.0〜1.5モルが特に好ましい。なお、この第2工程では、必要により塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、テトラフルオロホウ酸リチウム、過塩素酸リチウム等の反応助剤を共存させて反応を行うことによりいっそう反応を効率よく進行させることができる。この反応助剤の添加量はハロゲン化アルキルマグネシウム化合物に対するモル比で0.2〜4.0、好ましくは1.0〜1.5である。
また、反応時間は10分〜8時間とすることができ、好ましくは20分〜2時間である。反応温度は−80〜80℃とすることができる。
【0027】
次に、第3工程として、第2工程の反応生成物(4)を、一般式RPX’(Rは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させる。Rは、R及びRのうちの炭素数が多い方の基であることが好ましい。X’で表されるハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられ、塩素が好ましい。一般式RPX’で表されるアルキルジハロゲノホスフィンは、市販品として入手可能である。また、工業的にも安価に製造可能である(例えば、特開2002−255983号公報、特開2001−354683号公報等参照。)。例えばRがRである場合、第3工程の反応は以下の反応式(4)で表される。
【化8】

(式中、R、R、X及びX’は前記と同じ。)
【0028】
第3工程の反応は、例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行うことができる。一般式RPX’で表されるアルキルジハロゲノホスフィンの使用量は、第1工程で使用した一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜2.0モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜24時間とすることができる。反応温度は−100〜80℃とすることができる。
【0029】
次に、第4工程として、第3工程の反応生成物(5)を、一般式RMgX”(Rは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X”はハロゲン原子を示す)で表されるグリニャ−ル試薬と反応させる。なお、Rは一般式(1)におけるR及びRのうち、Rとは異なる基である。
X”で表されるハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられ、塩素、臭素が好ましい。例えばRがRである場合、第4工程の反応は以下の反応式(5)で表される。
【化9】

(式中、R、R及びX”は前記と同じ。)
【0030】
第4工程の反応は、従来公知のグリニャ−ル反応に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行うことができる。一般式RMgX”で表されるグリニャ−ル試薬の使用量は、第1工程で使用した一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜2.0モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜24時間とすることができる。反応温度は0〜100℃とすることができる。尚、以上の第1〜4工程の反応は、不活性ガス下で行うことが好ましい。
【0031】
以上の第1〜4工程により、目的物である前記一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体又は前記一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体が得られるが、必要により常法に従った精製を行うことで目的物を純度よく得ることができる。
【0032】
また、前記一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を得る場合、目的物である該1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体は(R,R)体又は(S,S)体であるところ、第1〜4工程後には目的物以外の成分として(R,S)体又は(S,R)体、例えばメソ体が含有された混合物が得られる場合がある。例えば目的物が(R,R)体であり、二つのRが同一のアルキル基で且つ二つのRが同一のアルキル基である場合には、(R,R)体とメソ体の混合物が得られる場合がある。そのため、必要により精製(a)を行うことにより、該混合物から本発明の目的物である(R,R)体又は(S,S)体を分離すると、目的物を純度よく得ることができる。この分離は、通常の精製方法により行えばよく、通常は再結晶で十分である。また、分離は、必要に応じてカラム分離により行うこともできる。また、精製(a)を行うに当たって、適宜、脱溶媒、洗浄、カラム分離等の精製方法により、精製(a’)を行っておくことが好ましい。
【0033】
なお、カラム分離等の精製工程において、目的物が酸化されやすく、精製が困難な場合には、必要により1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の精製操作の際の酸化を抑制するため、前記第1〜4工程に次いで、後述する第5工程を実施し1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体をボラン化して対応する下記一般式(1−1)又は(1−1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体に誘導して精製を行うことが好ましい。
【化10】

(式中、R及びRは前記と同じ。)
【0034】
第5工程の反応は、従来公知のボラン化の反応に準じて行うことができる。ボラン化で用いるボラン化剤は、ボラン−THF錯体、水素化ホウ素アルカリ金属塩、ボラン−アミン錯体を用いることができる。
前記水素化ホウ素アルカリ金属塩は、MBHの化学式(式中、Mはアルカリ金属原子を示す。)で表され、好ましくは水素化ホウ素リチウム(LiBH)、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)、水素化ホウ素カリウム(KBH)である。
前記ボラン−アミン錯体は、BH・R(3−n)Nの化学式(式中、Rは、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、シクロアリール基を示し、同一の基であっても異なる基であってもよく、nが2以上のときは2つのRで環を形成していてもよく、nは、0〜3の整数である。)で表される錯体、すなわち、ボラン(BH)と、アンモニア、第一級アミン、第二級アミン又は第三級アミンとの錯体である。該ボラン−アミン錯体としては、具体的には、ボラン−アンモニア錯体、ボラン−tert−ブチルアミン錯体、ボラン−ジメチルアミン錯体、ボラン−トリエチルアミン錯体、ボラン−トリメチルアミン錯体、ボラン−4−エチルモルホリン錯体、ボラン−2,6−ルチジン錯体、ボラン−モルホリン錯体、ボラン−4−メチルモルホリン錯体、ボラン−4−フェニルモルホリン錯体、ボラン−ピペラジン錯体、ボラン−ピリジン錯体、ボラン−N,N−ジエチルアニリン錯体、ボラン−N,N−ジイソプロピルアニリン錯体等が挙げられる。
第5工程に係る反応は、例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行うことができる。
ボラン化剤の使用量は、第1工程で使用した一般式(2)又は一般式(2A)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜3.0モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜5.0時間とすることができる。反応温度は−50〜50℃とすることができる。尚、第5工程の反応は、不活性ガス下で行うことが好ましい。
【0035】
第5工程終了後は、所望の精製を行った後、精製処理後の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体を脱ボラン化し、再度前記一般式(1)又は一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を得る。
この脱ボラン化は、従来公知の方法に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中、1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、N−メチルモルホリン、トリエチルアミン、ピロリジン、ジエチルアミン等の塩基の存在下で行うことができる。塩基としては、これらの中でもDABCOを用いることが好ましい。塩基の使用量は、一般式(1−1)又は一般式(1−1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体1モルに対し1〜3モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜5時間とすることができる。反応温度は20〜110℃までとすることができる。
【0036】
本発明の製造方法において出発物質として用いる前記一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物は、−PRBH基を一つ有しており、該化合物を脱ボラン化してなる前記一般式(B)で表される化合物は−PR基を一つ有している。本製造方法では、ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物(RMgX)を用いて金属―ハロゲン交換反応をおこなうことで、ベンゼン環上にヨウ素基が結合していた部位が炭素アニオンとなり、次いでアルキルジハロゲノホスフィンを加えることにより、元来ヨウ素基が結合していた部位に−PR基を導入することが可能になる。
また、化合物のMgXの部位上に、さらにもう一つの−PR基を直接導入することは、−PR基の嵩高さに起因する立体障害のために困難である場合がある。そこで、本発明では、先ず、−PR基を一つ有する一般式(B)で表される化合物に対し、リン原子と共に炭素数の多いアルキル基Rを導入し、次に、炭素数の少ないもう一つのアルキル基Rを導入する。このような段階的な工程を経ることによって、−PR基が嵩高いものであっても、容易に導入することが可能となる。
【0037】
また、本発明の製造方法によれば、第1〜4工程、或いは第1〜5工程を連続的に行うことができるので、工業的に有利に目的とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を得ることができるという利点を有する。
【0038】
本発明の製造方法により得られた前記一般式(1)及び一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体は、配位子として、遷移金属と共に錯体を形成することができる。特に前記一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とした金属錯体は、不斉合成触媒として有用である。
【0039】
錯体を形成することができる遷移金属としては、例えば、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、パラジウム、ニッケル、鉄、銅等が挙げられ、好ましくはロジウム金属である。一般式(1)及び一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子としてロジウム金属と共に錯体を形成させる方法としては、例えば、実験化学講座 第4版(日本化学会編、丸善株式会社発行 第18巻 327〜353頁)に記載されている方法に従えばよく、例えば、一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体と、ビス(シクロオクタン−1,5−ジエン)ロジウムヘキサフルオロアンチモン酸塩、ビス(シクロオクタン−1,5−ジエン)ロジウムテトラフルオロホウ酸塩等と反応させることにより、ロジウム錯体を製造することができる。
【0040】
得られるロジウム錯体を具体的に例示すると、[Rh((S,S)−(A))(cod)]Cl、[Rh((S,S)−(A))(cod)]Br、[Rh((S,S)−(A))(cod)]I、[Rh((R,R)−(A))(cod)]Cl、[Rh((R,R)−(A))(cod)]Br、[Rh((R,R)−(A))(cod)]I、[Rh((S,S)−(A))(cod)]SbF、[Rh((S,S)−(A))(cod)] BF、[Rh((S,S)−(A))(cod)] ClO、[Rh((S,S)−(A))(cod)]PF、[Rh((S,S)−(A))(cod)]BPh、[Rh((R,R)−(A))(cod)]SbF、[Rh((R,R)−(A))(cod)] BF、[Rh((R,R)−(A))(cod)] ClO、[Rh((R,R)−(A))(cod)]PF、[Rh((R,R)−(A))(cod)]BPh、[Rh((R,R)−(A))(cod)]SbF、[Rh((S,S)−(A))(nbd )]PF、[Rh((S,S)−(A))(nbd)]SbF6、[Rh((S,S)−(A))(nbd)] BF、[Rh((S,S)−(A))(nbd)] ClO、[Rh((S,S)−(A))(nbd)]BPh、[Rh((R,R)−(A))(nbd )]PF、[Rh((R,R)−(A))(nbd)]SbF6、[Rh((R,R)−(A))(nbd)] BF、[Rh((R,R)−(A))(nbd)] ClO、[Rh((R,R)−(A))(nbd)]BPh等が挙げられ、本発明では[Rh((S,S)−(A))(cod)]SbF、[Rh((R,R)−(A))(cod)]SbF、[Rh((S,S)−(A))(nbd)]SbF、[Rh((R,R)−(A))(nbd)]SbFが好ましい。尚、上記のロジウム錯体中の(A)は、一般式(1)又は一般式(1A)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体、codは、1,5−シクロオクタジエン、nbdは、ノルボルナジエン、Phはフェニルを示す。
【0041】
一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とした遷移金属錯体(以下、本発明に係る遷移金属錯体ともいう)は、不斉合成触媒として有用なものである。不斉合成反応としては、例えば不斉水素化反応、不斉ヒドロシリル化反応、不斉マイケル付加反応等が挙げられる。これらの不斉合成反応は、本発明に係る遷移金属錯体を用いる点以外は、通常と同様に行うことができる。
【0042】
本発明に係る遷移金属錯体は、特に不斉水素化反応における触媒として好適である。不斉水素化反応において基質として用いられる化合物としては、例えば、プロキラル炭素原子を含むC=C二重結合、C=O二重結合又はC=N二重結合を有する化合物が挙げられる。該化合物としては、例えば、αデヒドロアミノ酸、βデヒドロアミノ酸、イタコン酸、エナミド、β−ケトエステル、エノ−ルエステル、α,β不飽和カルボン酸、β、γ不飽和カルボン酸、イミン等が挙げられ、特に本発明に係る遷移金属錯体は、βデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を示すことに特徴を有するものである。また、不斉水素化反応において、基質と触媒である本発明に係る遷移金属錯体とのモル比(基質/触媒)は、通常は100以上であることが好ましい。
【0043】
また、前記一般式(1)又は前記一般式(1A)で表される本発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とし、金、銀及び銅からなる群から選ばれる遷移金属原子(好ましくは金)と共に形成された金属錯体は、特開2007−320909号公報に記載されている2,3−ビス(ジアルキルホスフィノ)ピラジン誘導体と同様に抗癌剤としての用途も期待できる。この金属錯体は、本発明の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体をLで表したとき、〔ML2+で表される。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(合成例1)
1,2−ジヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼンの合成
【化11】

0℃に冷却した1,2−(メチレンジオキシ)ベンゼン (7.50 g, 0.06 mol) の酢酸溶液(30 mL)に塩化ヨウ素 (25.00 g, 0.15 mol)の酢酸溶液(15 mL)を15分かけて滴下し、次いで60 ℃へ昇温し2時間反応させた。その後、激しく撹拌しながらジエチルエーテル(100 mL)と氷水(100 mL)へ反応液を注いだ。暗赤色の溶液へNa2SO3を加え、茶色の有機層を分液した。水槽にジエチルエーテル(100 mL 2回)を加えて分液した後、得られた有機層を食塩水(50 mL)で洗浄し、Na2SO4で乾燥させた。溶媒を濃縮した後に析出した淡黄色の結晶をろ過し、メタノールで洗浄し、白色結晶の1,2−ジヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン(9.95 g, 0.027 mol)を収率46 %で得た。
【0045】
(1,2−ジヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼンの同定データ)
1H NMR (500 MHz,CDCl3):δ 7.30 (s, 2H), 5.97 (s, 2H).
【0046】
(合成例2)
(R) −2−(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)−1−ヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼンの合成
【化12】

-80℃に冷却した(S)-tert-ブチルメチルホスフィンボラン (0.48 g, 4.0 mmol)のTHF溶液(15 mL)にs-BuLi(1.07 M シクロヘキサン/n-ヘキサン)(11.2 mL, 12.0 mmol)を加え、30分撹拌した。ここに1,2−ジヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン (1.95 g, 5.2 mmol)のTHF溶液(5 mL)を10分間かけてゆっくりと加えた。次いで、ヨウ素(1.52 g, 6.0 mmol)のTHF溶液(1.5 mL)を加え、室温まで昇温した。溶媒を濃縮し、酢酸エチル(30 mL × 2)で抽出した。得られた有機層を食塩水(20 mL)で洗浄し、Na2SO4で乾燥させた。溶媒を濃縮し得られた黄色の油状物をシリカゲルカラムで精製することにより白色結晶の(R) −2−(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)−1−ヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン (0.85 g, 2.3 mmol)を収率58 %で得た。
【0047】
((R) −2−(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)−1−ヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼンの同定データ)
Mp. = 123-135 ℃, [α]D27 = -20 (c 0.5, EtOAc).
1H NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.54 (d, J = 12.3 Hz, 1H), 7.42 (d, J = 1.7 Hz, 1H), 6.03 (dd, J = 4.3 Hz, 1.2 Hz, 2H), 1.91 (d, J = 10.0 Hz, 3H), 1.20 (d, J = 14.4 Hz, 9H).
31P NMR (202 MHz, CDCl3): δ 39.9 (br).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): δ 150.7, 148.0 (d, J = 16.8 Hz), 124.2 (d, J =48.1 Hz), 122.6 (d, J = 7.2 Hz), 188.2 (d, J = 19.2 Hz), 102.5, 88.7, 31.9 (d, J = 31.2 Hz), 26.4 (d, J = 2.4 Hz), 9.7 (d, J = 37.3 Hz).
【0048】
{実施例1}
(R,R)-1-(tert-ブチルメチルホスフィノ)-2-(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1C)の合成
【化13】

アルゴン雰囲気の下、(R) −2−(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)−1−ヨード−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン(182 mg, 0.50 mmol)と1,4-diazabicyclo[2.2.2]octane (62 mg, 0.55 mmol)のTHF(1.5 mL)溶液を穏やかに1時間加熱還流させた。次いで-20 ℃へ冷却した後、1.3 M のi-PrMgCl.LiClのTHF溶液(0.42 mL, 0.55 mmol)を加え、10分後、t-BuPCl2(119 mg, 0.75 mmol)のTHF溶液(1.0 mL)をゆっくりと加えた。0℃へ昇温した後、1時間撹拌をおこない、さらに50℃へ昇温して1時間撹拌をおこなった。次いで0℃へ冷却した後、1.12 M の MeMgBrのTHF溶液(1.34 mL, 1.5 mmol)を加え、50℃へ昇温した後に1時間撹拌下に反応をおこなった。反応液をLC-MS (APCI)で分析したところ、327 [M+H]+の分子イオンピークを検出したことから、反応液には(R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1B)が含有されていることが確認できた。
次いで0℃へ冷却した後、1.06 Mの BH3.THF錯体のTHF溶液(1.88 mL, 2.0 mmol)を加えた。その後、水を加えて反応を停止させ、酢酸エチル(15 mL × 2)を加えて有機層を分液した。得られた有機層を食塩水で洗浄し、Na2SO4で乾燥させた。溶媒を濃縮し得られた粗生成物をシリカゲルカラムで精製することにより白色結晶の(R,R)-1-(tert-ブチルメチルホスフィノ)-2-(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1C)(50 mg, 0.15 mmol) を収率29 %で得た。
【0049】
(化合物1Cの同定データ)
Mp. = 131-132 ℃, [α]D27 = -24 (c 0.5, EtOAc).
1H NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.37 (dd, J = 10.9 Hz, 1.8 Hz, 1H), 7.23 (d, J = 2.3 Hz, 1H), 6.25 (dd, J = 4.0 Hz, 0.9 Hz, 2H), 1.81 (d, J = 9.2 Hz, 3H), 1.19 (d, J = 13.8 Hz, 9H), 1.18 (s, 3H), 1.09 (d, J = 12.6 Hz, 9H).
31P NMR (202 MHz, CDCl3): δ 34.2 (br), -20.0.
13C NMR (126 MHz, CDCl3): δ 149.3, 148.2 (d, J = 15.6 Hz), 140.4 (dd, J = 32.5 Hz, 9.8 Hz), 129.0 (dd, J = 46.9 Hz, 39.7 Hz), 115.5 (t, J = 13.2 Hz), 113.0 (d, J = 10.8 Hz), 101.9, 30.2 (d, J = 57.7 Hz), 30.2 (d, J = 9.6 Hz), 28.5 (d, J = 14.4 Hz), 26.8 (d, J = 2.4 Hz), 11.8 (dd, J = 37.3 Hz, 21.6 Hz), 9.7 (d, J = 22.8 Hz).
【0050】
{実施例2}
(R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1B)の合成
【化14】

アルゴン雰囲気の下、(R,R)-1-(tert-ブチルメチルホスフィノ)-2-(ボラナト-tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1C) (0.15 g, 0.44 mmol) と1,4-diazabicyclo[2.2.2]octane (0.12 g, 0.55 mmol)のTHF溶液(5 mL)を穏やかに1時間加熱還流させた。溶媒を留去した後、脱気したヘキサン(5 mL)をシリンジで加え、スラリーをろ過して固体を取り除いた。ヘキサン溶液を濃縮し、得られた淡黄色の粘ちょう物にメタノールを加えると白色結晶が得られた。さらにメタノールから再結晶をおこなうことにより白色結晶の(R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1B) (0.10 mg, 0.31 mmol)が収率70%で得られた。
【0051】
(化合物1Bの同定データ)
Mp.=146-148 , [α]D25 = +63.3.
1H NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.00-6.95 (m, 2H), 5.98 (s, 2H), 1.18 (t, J = 3.4 Hz, 6H), 0.96 (t, J = 6.0 Hz, 18H).
31P NMR (202 MHz, CDCl3): δ -24.9 (s).
13C NMR (126 MHz, CDCl3): δ 147.8, 138.7 (t, J = 7.2 Hz), 111.1, 101.1, 30.5 (t, J = 7.8 Hz), 27.3 (t, J = 7.8 Hz), 6.2 (t, J = 5.4 Hz)
【0052】
{実施例3}
((R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン) (1,5-シクロオクタジエン) ロジウム (1+) ヘキサフルオロアンチモン酸塩(化合物1D)の合成
【化15】

アルゴン雰囲気の下、0℃に冷却した[Rh(cod)2]SbF6(66 mg, 0.12 mmol)のジクロロメタン溶液(2 mL)へ(R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン(化合物1B) (50 mg, 0.15 mmol)のジクロロメタン溶液(3 mL)を滴下した。室温で30分撹拌した後、大部分の溶媒を濃縮し、ジエチルエーテルを加えると結晶が析出した。得られた結晶をろ過し、ジエチルエーテルで洗浄した後に乾燥をおこなうとオレンジ色の微細結晶の((R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン) (1,5-シクロオクタジエン) ロジウム (1+) ヘキサフルオロアンチモン酸塩(化合物1D)(66 mg, 0.09 mmol)が収率71%で得られた。
【0053】
(化合物1Dの同定データ)
1H NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.02 (m, 2H), 6.20 (s, 2H), 5.96 (t, J = 7.2 Hz, 2H), 4.83 (m, 2H), 2.70-2.57 (m, 2H), 2.57-2.45 (m, 2H), 2.27-2.14 (m, 4H), 1.65 (d, J = 8.6 Hz, 6H), 1.09 (d, J= 14.9 Hz, 18H).
31P NMR (202 MHz, CDCl3): δ 55.8 (d, J = 158 Hz).
【0054】
{実施例4} 不斉水素化反応
【化16】

反応基質のαデヒドロアミノ酸2-(N-acetylamino)-3-phenyl-2-propenoic acid methyl ester 438.5 mg (2.00 mmol)、不斉水添触媒((R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン) (1,5-シクロオクタジエン) ロジウム (1+) ヘキサフルオロアンチモン酸塩1.55 mg (2.00 x 10-3mmol)を仕込み、水素で5回置換をおこない、予め脱気した脱水メタノール5 mLを加えた。次いで、水素圧を3気圧として反応を開始した。室温で30分間攪拌をおこなったところ、容器内の水素の消費が停止したため反応終了とした。反応液を濃縮した後、残存した白色結晶を酢酸エチルに溶解して、シリカゲルカラムに通した。得られた溶出液をHPLCにて分析をしたところ、(R)-2-(N-acetylamino)-3-phenylpropanoic acid methyl esterが99.9 %の鏡像異性体過剰率(ee)で得られた。また、1H NMRによって分析をおこなったところ、化学収率は99 %以上であった(表1中のNo.1)。
なお、HPLC条件は以下のとおりである。
HPLC:Daicel Chiralcel OJ, 1.0 mL / min, ヘキサン:2-プロパノール=9:1
各エナンチオマーの保持時間 (R)t1 = 13.3 min, (S)t2 = 19.3 min
【0055】
以下、反応基質の種類及び反応条件を表1に示すように代えた以外は上記と同じ条件で不斉水素化反応を行い、その結果を表1に併記した。
【0056】
【表1】

【0057】
{実施例5} 不斉水素化反応
【化17】

50 mLガラス製オートクレーブにβデヒドロアミノ酸 (E)-methyl 3-acetamido-2-butenoate 314.3 mg (2.00 mmol) 、不斉水添触媒((R,R)-1,2-ビス(tert-ブチルメチルホスフィノ)-4,5-(メチレンジオキシ)ベンゼン) (1,5-シクロオクタジエン) ロジウム (1+) ヘキサフルオロアンチモン酸塩1.55 mg (2.00 x 10-3mmol)を仕込み、水素で5回置換をおこない、予め脱気した脱水メタノール5 mLを加えた。次いで、水素圧を3気圧として反応を開始した。室温で40分間攪拌をおこなったところ、容器内の水素の消費が停止したため反応終了とした。反応液を濃縮した後、残存した白色結晶を酢酸エチルに溶解して、シリカゲルカラムに通した。得られた溶出液をGCにて分析をしたところ、(R)-3-acetamidobutanoic acid methyl esterが99.5 %の鏡像異性体過剰率(ee)で得られた。また、1H NMRによって分析をおこなったところ、化学収率は99 %以上であった(表2中のNo.1)。
なお、GCの分析条件は以下のとおりである。
GC: DEX CB, 135 ℃
各エナンチオマーの保持時間 (S)t1 = 7.6 min, (R)t2 = 8.1 min.
【0058】
以下、反応基質の種類及び反応条件を表2に示すように代えた以外は上記と同じ条件で不斉水素化反応を行い、その結果を表2に併記した。
【0059】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、不斉合成反応の触媒として有用な金属錯体を形成し得る新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を提供することができる。また、本発明の製造方法によれば、この1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を容易に製造することができる。さらに、この1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体は、不斉合成反応の触媒として用いた場合に高いエナンチオ選択性及び反応活性を有し、特に、本発明の新規な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とする金属錯体は、βデヒドロアミノ酸に対して高い不斉誘起能と触媒活性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されることを特徴とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体。
【化1】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項2】
下記一般式(1A)で表されることを特徴とする請求項1記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の光学活性体。
【化2】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項3】
がtert−ブチル基であり、Rがメチル基、あるいは、R1がメチル基であり、R2がtert−ブチル基である請求項1又は2記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体。
【請求項4】
請求項1記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法であって、下記一般式(2)で表されるホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化した後、ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との反応を行い、次いで、その生成物を、
一般式;RPX’(Rは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、
一般式RMgX”(Rは前記一般式(1)におけるR及びRの一方であり、X”はハロゲン原子を示す。)で表されるグリニャ−ル試薬と反応させる工程を含むことを特徴とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法。
【化3】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項5】
請求項2記載の光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法であって、下記一般式(2A)で表される光学活性なホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化した後、ハロゲン化アルキルマグネシウム化合物との反応を行い、次いで、その生成物を、
一般式;RPX’(Rは前記一般式(1A)におけるR及びRの一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、
一般式RMgX”(Rは前記一般式(1A)におけるR及びRの一方であり、X”はハロゲン原子を示す。)で表されるグリニャ−ル試薬と反応させる工程を含むことを特徴とする光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の製造方法。
【化4】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項6】
下記一般式(1−1)で表されることを特徴とする1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体。
【化5】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項7】
下記一般式(1−1A)で表されることを特徴とする請求項6記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体の光学活性体。
【化6】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項8】
請求項1記載の一般式(1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体と、ボラン−THF錯体、水素化ホウ素アルカリ金属塩及びボラン−アミン錯体から選ばれるボラン化剤とを反応させることを特徴とする下記一般式(1−1)で表される1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体の製造方法。
【化7】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項9】
請求項2記載の一般式(1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体と、ボラン−THF錯体、水素化ホウ素アルカリ金属塩及びボラン−アミン錯体から選ばれるボラン化剤とを反応させることを特徴とする下記一般式(1−1A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン−ボラン誘導体の製造方法。
【化8】

(式中、R及びRは、炭素数1〜10のアルキル基を示し、RとRとでは炭素数が異なる。)
【請求項10】
請求項1記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体を配位子とすることを特徴とする金属錯体。
【請求項11】
前記1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体が、請求項2記載の光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体であり、不斉合成触媒として用いられることを特徴とする請求項10記載の金属錯体。
【請求項12】
請求項11記載の1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)−4,5−(メチレンジオキシ)ベンゼン誘導体の金属錯体を触媒として用いたことを特徴とする不斉水素化方法。

【公開番号】特開2013−6787(P2013−6787A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139947(P2011−139947)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】