説明

2−エチル−2−プロペナールの製造方法

【課題】2−エチル−2−プロペナールを効率よく、工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】1.0モルのノルマルブチルアルデヒド及び0.9〜1.5モルのホルムアルデヒドの5〜35℃の混合物に、0.05〜0.5モルのアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を滴下にて添加、或いは、5〜35℃の1.0モルのノルマルブチルアルデヒドに、0.9〜1.5モルのホルムアルデヒドと0.05〜0.5モルのアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を滴下にて添加した後、加熱して全還流状態で反応させ、引き続き蒸留により2−エチル−2−プロペナールを含有する留分を得る製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−アルキルアクロレインの一つである2−エチル−2−プロペナールを効率よく製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2−エチル−2−プロペナール(2−エチルアクロレイン、以下、ECRと称す)は、種々の化学原料として有用な化合物であり、ピリジンもしくはキノリン誘導体製造の出発原料等として有用である他、ジトリメチロールプロパン(以下di−TMPと称す)等の原料として有効に用いられる。特に、トリメチロールプロパン(以下TMPと称す)とECRを反応させることにより、di−TMPを効率よく合成する方法が知られている(特許文献1参照)。di−TMPは通常、塩基性触媒下、ノルマルブチルアルデヒド(以下、NBDと称す)とホルムアルデヒド(以下、HCHOと称す)とのアルドール縮合及び交叉カニッツアロ反応によってTMPを工業的に製造する際の副生物として生成し、これを回収することにより得られるが、この方法におけるdi−TMPの収率は一般にTMP収率を基準とした場合、5%以下である(特許文献2参照)。di−TMPを得る場合は、ECRとTMPの反応の方がはるかに効率よく得ることが可能である。
α−アルキルアクロレインを得る方法として、触媒として、もしくは反応試剤として有機アミン類の存在下、マンニッヒ反応やアルドール反応によりNBDとHCHOを反応させる方法も種々知られている(特許文献3〜6参照)。
有機アミン類を使用せずに、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を使用したTMPの製造法において、ECRを循環使用する方法も知られている(特許文献7参照)。
【特許文献1】特表平9−268150号公報
【特許文献2】特開2005−23067号公報
【特許文献3】特開昭55−87735号公報
【特許文献4】特開平9−295956号公報
【特許文献5】特開平11−209323号公報
【特許文献6】特表2001−506658号公報
【特許文献7】特開平11−49708号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ECRを主生成物として工業的に効率良く得る方法には、以下のような問題点がある。2−プロペナール類は、例えば無置換の2−プロペナール(アクロレイン)、あるいは2−メチル−2−プロペナール(メタクロレイン)であれば、それぞれプロピレン、イソブチレンの気相酸化反応により工業的に大量に製造されている。これと同様にECRも、対応する2−メチル−1−ブテンの気相酸化で得られると考えられるが、実際には二重結合に直接結合しているメチル基だけでなく、二重結合のα位にあるエチル基のメチレン部も酸化されるため、ECRを効率よく主生成物として得ることは出来ない。また、2−メチル−1−ブテン自体、プロピレンやイソブチレンほど工業的に容易かつ大量に得られる原料ではない。
【0004】
α−アルキルアクロレインを得る方法として、触媒として、もしくは反応試剤として有機アミン類の存在下、マンニッヒ反応やアルドール反応によりNBDとHCHOを反応させる方法は、高価な有機アミン類を反応試剤として、もしくは触媒として使用する場合、反応後に蒸留回収して再使用する工程が必要となり、工業的には煩雑であり不利である。また、ECRを次の反応の原料として使う場合、その反応に有機アミン類を使用しない場合、副資材を使用することになるため工業的に不利となる。また、アミン由来の窒素分があるためECRを得た後の廃液処理の無害化には神経を要する。更に、これまで行われてきたアルドール反応の場合、ECR収率は一般にHCHO基準とした収率で20%程度であり、ECRの合成法として工業的に実施できるものではない。
【0005】
有機アミン類を使用せずに、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を使用したTMPの製造法において、ECRを循環使用する方法で得られるECRは少ないので、ECRを主生成物として得る方法として工業的に実施できるものではない。本発明の目的は、ECRを効率良く、工業的に有利に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の如き問題点を有するECRの製造方法について鋭意検討を行った結果、1.0モルのNBD、0.9〜1.5モルのHCHOの混合物に、0.01〜0.5モルのアルカリ金属またはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を添加、或いは、5〜35℃の1.0モルのNBDに、0.9〜1.5モルのHCHOと0.05〜0.5モルのアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩を滴下にて添加した後、加熱して全還流して反応を行い、引き続き蒸留することにより、有機アミン類等の高価な副試剤を使用することなくECRを効率よく製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち本発明は、下記(A)〜(F)記載の2−エチル−2−プロペナールの製造法に関するものである。
(A)ノルマルブチルアルデヒドとホルムアルデヒドの混合物を5〜35℃に保持して、塩基触媒を添加した後、あるいは、5〜35℃に保持したノルマルブチルアルデヒドに、ホルムアルデヒドと塩基触媒を並行して添加した後、加熱して全還流させ反応を完結させ、引き続き蒸留により2−エチル−2−プロペナール含有の留分を得る2−エチル−2−プロペナール製造方法。
(B)塩基触媒がアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩である(A)に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
(C)塩基触媒を水溶液として滴下にて添加する(A)〜(B)に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
(D)1.0モルのノルマルブチルアルデヒドに対しホルムアルデヒドが0.9〜1.5モル、塩基触媒が0.05〜0.5モルである(A)〜(C)に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
(E)加熱して全還流させ反応を完結させる時間が0.5〜3時間である(A)〜(D)に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
(F)蒸留の際に、2−エチル−2−プロペナールと共に水を留出させる(A)〜(E)に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、NBDとHCHOから、ECRを効率よく製造できる。本発明の方法では反応生成物より低沸点の未反応原料であるNBDを蒸留により回収して循環使用することもできるので、本発明は工業的に極めて優れた方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を更に詳細に説明する。本発明の方法の反応式は式(1)に示される。
【化1】

【0010】
本発明で使用されるNBDは一般的に市販されているものをそのまま使用するか、この市販品を蒸留等にて更に精製したものを使用する。
【0011】
本発明で使用されるHCHOは、通常の工業規格のものであればその形態に制限はない。即ち、各規格濃度のホルマリン水溶液でも、固体のパラホルムアルデヒドでも、当該製造方法に最も適した形態のものを選択することができる。HCHOの使用量(理論モル比=1.0)は、1モルのNBDに対するモル比で0.9〜1.5 、好ましくは0.95〜1.1である。NBDに対するHCHOの使用量が範囲より小さいと、反応が遅くなり、原料回収及び副生物の生成量が多くなり好ましくない。HCHOの使用量が範囲より大きいと、TMPその他の副生物の生成量が多くなり好ましくない。
【0012】
本発明における塩基触媒は、アルカリ金属、アルカリ土類金属の水酸化物、及び炭酸化物、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸リチウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられるが、好ましくはアルカリ金属および/またはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩、特に好ましくはアルカリ金属の炭酸塩を主成分とするものが用いられる。工業的に実施するにはナトリウム塩が一般的である。この塩基触媒は、一般的に工業薬品として出廻っている炭酸塩、あるいは炭酸水素塩との混合物でも良い。また、TMP製造の副生物であるギ酸塩を酸化または加水分解して生成する炭酸水素塩、あるいは炭酸塩との混合物でも良い。塩基触媒の添加方法は、粉体のまま添加しても良いが、水溶液として添加することが簡便である。塩基触媒の使用量は、1.0モルのNBDに対するモル比で0.05〜0.5 、好ましくは0.08〜0.2である。塩基触媒の使用量が範囲より小さいと反応が遅くなり、原料回収及び副生物の生成量が多くなる。塩基触媒の使用量が範囲より大きいと、TMPその他の副生物の生成量が多くなる。
【0013】
本発明のNBDとHCHOの反応温度は5〜35℃、好ましくは15〜30℃である。添加継続時間中の反応温度を5℃よりも下げることは工業的に不利であるし、NBDとHCHOの反応速度も十分でない。逆に反応温度が35℃より高すぎると副生物が増加し好ましくない。本反応では反応試剤であるNBDの添加順序が重要であり、HCHOが存在しないか、もしくは不足した状態で、NBDと塩基触媒を接触させないことが重要である。NBDと塩基触媒の接触状態で加熱するとNBD同士の反応がおこるため、過剰のHCHOが存在する中にNBDと塩基触媒を滴下するか、HCHOとNBDと塩基触媒を同時に接触させなければならない。例えば、HCHO水溶液と炭酸塩を主成分とする塩基触媒を並行してNBDに添加する方法や、NBDとHCHOの混合水溶液中に塩基触媒を添加する方法が用いられる。反応溶媒としては反応試剤と混和するものであれば、単一もしくは複数の有機溶媒、例えば、ジオキサン、テトラヒドロフラン、ジグライム、テトラグライム等の脂肪族エーテルを使用することも可能であるが、通常は溶媒には水が使用される。溶媒の使用量に特に制限はなく、HCHO水溶液及び塩基触媒溶液の持ち込み分だけでも良いし、溶媒を追加して希釈しても良いが、特に高希釈とすることは容積効率の点で工業的に不利である。
【0014】
塩基触媒溶液の添加が終わったら、反応温度を上げて全還流の状態で熟成(反応釜の温度が80〜90℃になるまで加熱)を行う。所定の反応温度を維持するため、またECR等の逸散を防ぐため、反応系内を常圧以上、通常は0.1〜0.5Mpaの加圧下に保持する。必要であれば窒素、アルゴン等の不活性ガスで加圧してもよい。この熟成工程に必要な時間は0.5〜3時間、好ましくは1〜2時間である。熟成時間がこの範囲より短いとECRの生成量が十分でない。また、この範囲より熟成時間が長いと、ECRの変質が起こりかえってECRの取得量が低下する。
【0015】
ECRは、1.0モルのNBDに1モルのHCHOが付加したアルカナールからの脱水反応により生成するため、蒸留により一部のアルカナールが脱水反応によりECRになるので、蒸留回収がECRの回収法としてより有利な方法である。ECRの蒸留回収は、回収率を高めるためにECRと共に水を留出させながら、塔頂温度がその操作圧力における水の沸点、即ち常圧であれば100℃になるまで行う。ECRを蒸留回収する際の蒸留塔底温度は80℃〜110℃、好ましくは95〜105℃である。本発明において、NBDとHCHOの反応とECRの蒸留回収は、区分した反応器で行なっても、また区別することなく同一反応器内で逐次的に行なってもよい。微量のNBDなど、ECRより沸点の低いものを分離する目的で、蒸留回収に使用する蒸留塔の段数を積み、分離効率を高めることも行われる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、もちろん本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
[ガスクロマトグラフィー分析条件]
装置:HP-5890(ヒューレット パッカード社製)
使用カラム:DB−1(アジレント・テクノロジー株式会社製)
分析条件:injection temp.250℃、
detection temp.250℃
カラム温度:60℃定温で6分間継続→60℃から250℃まで7℃/分で昇温→250℃定温で20分間継続
検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
【0017】
実施例1
還流冷却器、温度計、撹拌機を備えた500mLパイレックス(登録商標)製フラスコに、40%ホルムアルデヒド水溶液122g(HCHOとして1.62モル相当)とNBD117g(1.62モル)を入れ混合し、30℃に混合液を保持しながら、炭酸ナトリウム8.5g(0.08モル)に相当する20重量%水溶液を10分間でポンプにて滴下した。その後加熱して混合液を、温度調節器を120℃設定とし、マントルヒーターにて、反応釜の温度が80〜90℃となるまで加熱し、120分間、全還流させた。その後、常圧下で蒸留し、蒸留塔頂温度100℃までの留分として、有機相78g、水相27gに分離する留分を得た。GC分析の結果、有機相でECRが56g(0.67モル)生成していた。これは原料のNBDを基準とした収率で42モル%に相当する。
【0018】
実施例2
還流冷却器、温度計、滴下ロート、撹拌機を備えた500mLパイレックス(登録商標)製フラスコに、NBD117g(1.62モル)を入れ、30℃に保持しながら、40%ホルムアルデヒド水溶液122g(HCHOとして1.62モル相当)を20分で滴下した。HCHO滴下開始5分後、炭酸ナトリウム8.5g(0.08モル)に相当する20重量%水溶液を20分間でポンプにて滴下した。その後加熱して混合液を、120分間、全還流させた。その後、常圧下で蒸留し、蒸留塔頂温度100℃までの留分として、有機相76g、水相23gに分離する留分を得た。GC分析の結果、有機相でECRが58g(0.69モル)生成していた。これは原料NBDを基準とした収率で42モル%に相当する。
【0019】
比較例1(HCHOに、NBDと炭酸ナトリウムを添加)
還流冷却器、温度計、滴下ロート、撹拌機を備えた500mLパイレックス(登録商標)製フラスコに、40%ホルムアルデヒド水溶液122g(HCHOとして1.62モル相当)を入れ、30℃に保持しながら、NBD117g(1.62モル)を20分間で滴下した。また、同時に炭酸ナトリウム8.5g(0.08モル)に相当する20重量%水溶液を2分間でポンプにて滴下した。その後加熱し、120分間、全還流させた後、常圧下で蒸留し、蒸留塔頂温度100℃までの留分として、有機相66g、水相23gに分離する留分を得た。GC分析の結果、有機相でECRが39g(0.46モル)生成していた。これは原料NBDを基準とした収率で28モル%に相当する。
【0020】
比較例2(水に、HCHOとNBDと炭酸ナトリウムを添加)
還流冷却器、温度計、滴下ロート2個、撹拌機を備えた500mLパイレックス(登録商標)製フラスコに、水31gを入れ、30℃に保持しながら、40%ホルムアルデヒド水溶液122g(HCHOとして1.62モル相当)、NBD117g(1.62モル)、及び炭酸ナトリウム8.5g(0.08モル)に相当する20重量%水溶液を20分間で並行してポンプにて注入した。その後加熱し、120分間、全還流させた後、常圧下で蒸留し、蒸留塔頂温度100℃までの留分として、有機相109g、水相39gに分離する留分を得た。GC分析の結果、有機相でECRが48g(0.57モル)生成していた。これは原料NBDを基準とした収率で35モル%に相当する。
【0021】
比較例3
240分間、全還流させる以外は実施例2と同様に操作を行った後、常圧下で蒸留し蒸留塔頂温度100℃までの留分として、有機相64g、水相22gに分離する留分を得た。GC分析の結果、有機相でECRが50g(0.59モル)生成していた。これは原料NBDを基準とした収率で35モル%に相当する。
【産業上の利用可能性】
【0022】
ECRは種々の化学原料として有用な化合物であり、ピリジンもしくはキノリン誘導体製造の出発原料等として有用である他、di−TMP等の原料として有効に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノルマルブチルアルデヒドとホルムアルデヒドの混合物を5〜35℃に保持して、塩基触媒を添加した後、あるいは、5〜35℃に保持したノルマルブチルアルデヒドに、ホルムアルデヒドと塩基触媒を並行して添加した後、加熱して全還流させ反応を完結させ、引き続き蒸留により2−エチル−2−プロペナール含有の留分を得る2−エチル−2−プロペナール製造方法。
【請求項2】
塩基触媒がアルカリ金属若しくはアルカリ土類金属の炭酸塩および/または炭酸水素塩である請求項1に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
【請求項3】
塩基触媒を水溶液として滴下にて添加する請求項1〜2に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
【請求項4】
1.0モルのノルマルブチルアルデヒドに対しホルムアルデヒドが0.9〜1.5モル、塩基触媒が0.05〜0.5モルである請求項1〜3に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
【請求項5】
加熱して全還流させ反応を完結させる時間が0.5〜3時間である請求項1〜4に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。
【請求項6】
蒸留の際に、2−エチル−2−プロペナールと共に水を留出させる請求項1〜5に記載の2−エチル−2−プロペナールの製造方法。

【公開番号】特開2009−107964(P2009−107964A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281510(P2007−281510)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】