説明

2ワイヤ溶接制御方法

【課題】2ワイヤ溶接方法において、磁気吹きの発生によるアーク切れを抑制すること。
【解決手段】消耗電極と母材との間にピーク電圧Vpの印加とベース電圧Vbの印加とを1周期として繰り返すことによって溶接電流Iwを通電してアークを発生させて溶融池を形成すると共に、フィラーワイヤを前記溶融池に送給しながら溶接を行う2ワイヤ溶接制御方法において、前記ベース電圧Vbの上昇によって前記アークに磁気吹きが発生していることを判別(時刻t42)し、前記磁気吹きの発生を判別したときは前記フィラーワイヤに前記溶接電流Iwと同一方向の電流Ifを通電することによって磁気吹きを解消(時刻t43)させる。溶接ワイヤ及びフィラーワイヤに同一方向の電流が通電するために、磁気吹きによって偏向したアークに吸引力が作用して、アークの偏向を正常化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極と母材との間にピーク電圧の印加とベース電圧の印加とを1周期として繰り返してアークを発生させて溶融池を形成すると共に、フィラーワイヤを上記の溶融池に送給しながら溶接を行う2ワイヤ溶接方法において、磁気吹きによるアーク不安定状態を抑制するための2ワイヤ溶接制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
[従来技術1]
消耗電極(以下、溶接ワイヤという)と母材との間にアークを発生させて溶融池を形成すると共に、その溶融池にフィラーワイヤを送給して溶接する2ワイヤ溶接方法(特許文献1参照)が従来から知られている。この2ワイヤ溶接方法では、溶接ワイヤの溶融金属にフィラーワイヤの溶融金属が加わるために、溶融金属量が増加し、高速で高効率な溶接が可能となる。特に、2ワイヤ溶接方法によって高速溶接を行うときには、ハンピングビードになるのを防止するために、フィラーワイヤを消耗電極アークよりも後方から溶融池に接触させて送給することが重要である。これは、フィラーワイヤを消耗電極アーク中に送給して溶融すると、溶融池はほとんど冷却されず、かつ、フィラーワイヤによって溶融池を抑えることもできないためにハンピングビードを抑制する効果はない。これに対して、フィラーワイヤをアーク周縁部の溶融池の後部に接触させて送給し、溶融池の熱によって溶融するようにすれば溶融池が冷却され、かつ、フィラーワイヤによって溶融池後半部が抑えられてハンピングビードの形成を抑制することができる。したがって、従来技術の2ワイヤ溶接方法では、フィラーワイヤには電流を通電せずに冷たい状態で溶融池と接触させることによって、溶融池を冷却するようにしている。
【0003】
2ワイヤ溶接方法では、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させる方法として、炭酸ガスアーク溶接法、マグ溶接法、ミグ溶接法、パルスアーク溶接法、交流アーク溶接法等の種々な消耗電極式アーク溶接法を使用することができる。また、フィラーワイヤは基本的にワイヤ先端が溶融池と接触しており、溶融池からの熱によって溶融する。したがって、フィラーワイヤと母材との間にはアークは発生していない。本発明では、上記の消耗電極式アーク溶接法としてパルスアーク溶接法を使用する場合である。
【0004】
図12は、パルスアーク溶接法における一般的な電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0005】
時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤから溶滴を移行させるために臨界電流値以上の大電流値のピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、溶接ワイヤと母材との間にアーク長に比例したピーク電圧Vpが印加する。
【0006】
時刻t2〜t3のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶滴を形成しないようにするために小電流値のベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが印加する。時刻t1〜t3までの期間を1周期(パルス周期Tf)として繰り返して溶接が行われる。
【0007】
ところで、良好なパルスアーク溶接を行うためには、アーク長を適正値に維持することが重要である。アーク長を適正値に維持するために以下のような出力制御が行われる。アーク長は、同図(B)で破線で示す溶接電圧平均値Vavと略比例関係にある。このために、溶接電圧平均値Vavを検出し、この検出値が適正アーク長に相当する溶接電圧設定値と等しくなるように同図(A)の破線で示す溶接電流平均値Iavを変化させる出力制御を行う。溶接電圧平均値Vavが溶接電圧設定値よりも大きいときはアーク長が適正値よりも長いときであるので、溶接電流平均値Iavを小さくしてワイヤ溶融速度を小さくしアーク長が短くなるようにする。他方、溶接電圧平均値Vavが溶接電圧設定値よりも小さいときはアーク長が適正値よりも短いときであるので、溶接電流平均値Iavを大きくしてワイヤ溶融速度を大きくしアーク長が長くなるようにする。上記の溶接電圧平均値Vavとしては、一般的に溶接電圧Vwを平滑した値が使用される。また、溶接電流平均値Iavを変化させる手段として、ピーク期間Tp、パルス周期Tf、ピーク電流Ip又はベース電流Ibの少なくとも1つを変化させることが行われている。
【0008】
[従来技術2]
パルスアーク溶接を含む消耗電極式アーク溶接においては、母材を通電する溶接電流によってアーク周辺部に磁界が形成されて、この磁界からアークは力を受けて偏向する場合がある。このような状態を、一般的に磁気吹き又はアークブローと呼んでいる。磁気吹きが発生するかは、母材に通電する溶接電流によって形成される磁界の形態によって決まる。したがって、大電流値のピーク電流を通電するパルスアーク溶接法では、強い磁界が形成されるので、磁気吹きが発生しやすい。その他の要因としては、溶接継手形状、母材への溶接ケーブルの接続位置等によって磁気吹きが発生しやすくなる。
【0009】
図13は、磁気吹きが発生したときのアーク状態を示す図である。同図(A)に示すように、溶接ワイヤ1と母材2との間に通常のアーク3が発生している。この状態で磁気吹きが発生すると、同図(B)に示すように、アーク3は磁界からの力によって大きく偏向し、アーク長が長くなる。さらに偏向が大きくなると、同図(C)に示すように、アークを維持することができなくなりアーク切れが発生する。パルスアーク溶接では、ピーク期間中は大電流が通電するのでアークの硬直性が強く、磁界からの力が作用してもアークはほとんど偏向しない。他方、ベース期間中は小電流が通電するのでアークの硬直性が弱く、磁界からの力によって大きく偏向する。したがって、磁気吹きが発生してアーク切れが生じるのは、ベース期間中である。磁気吹きによるアーク切れが多数回発生すると、アーク発生状態が不安定となり、スパッタの大量発生、ビード外観の悪化等が生じる。したがって、パルスアーク溶接においては、磁気吹きによるアーク切れを抑制することは良好な溶接品質を得るために重要である。
【0010】
図14は、パルスアーク溶接において磁気吹きが発生したときの電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0011】
時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、400〜600A程度のピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、アーク長に略比例したピーク電圧Vpが印加する。時刻t2以降のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、数十A程度のベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、アーク長に略比例したベース電圧Vbが印加する。
【0012】
時刻t21において、磁気吹きが発生してアークが偏向すると、同図(B)に示すように、アークの偏向に伴ってアーク長が長くなり、ベース電圧Vbが次第に上昇して大きくなる。一方、同図(A)に示すように、ベース電流Ibは定電流制御されているので一定値のままである。時刻t3において、磁気吹きによるアークの偏向がさらに大きくなると、アーク長が非常に長くなるためにアークを維持することができなくなり、アーク切れが発生する。アーク切れが発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは出力最大電圧の無負荷電圧となる。
【0013】
従来技術2の磁気吹き対処制御方法(特許文献2参照)は、ベース電圧Vbの上昇率が予め定めた基準上昇率以上になったときは、磁気吹きが発生したと判別してベース電流を200A以上に急増させ、この磁気吹き期間中にベース電圧Vbが減少したときは磁気吹きが解消したと判別してベース電流を通常値に戻し、磁気吹きによるアーク切れを抑制するものである。
【0014】
[従来技術3]
従来技術3の磁気吹き対処制御方法(特許文献3参照)は、電極と母材との間にアークを発生させ、そのアークにより母材の開先にビードを形成する溶接方法において、アーク電圧と、上記電極の前方位置に配置された前方ワイヤと上記電極の後方位置に配置された後方ワイヤとのワイヤ電圧と、をそれぞれ制御して、磁気吹きによるアークの偏向方向を制御するものである。すなわち、、アーク電圧が高く、かつ前方ワイヤと後方ワイヤとのワイヤ電圧が設定電圧から外れた場合、磁気吹きが発生していると判別し、それに基づいて前方ワイヤ、後方ワイヤのワイヤ電圧の極性を変え、アークの偏向を修正するものである。上記の前方ワイヤ及び後方ワイヤは、溶融量を増大させるためのフィラーワイヤではなく、磁気吹きを判別するための手段であり、かつ、電圧の極性を変化させることによってアークの偏向を修正するための手段である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2006−175458号公報
【特許文献2】特開2004−268081号公報
【特許文献3】特開2002−1531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従来技術1で上述した2ワイヤ溶接方法において、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させる方法としてパルスアーク溶接法を使用する場合には、上述したように磁気吹きが発生しやすい。このために、良好な溶接品質を確保するために、磁気吹き対策を行う必要がある。
【0017】
この磁気吹き対策として、上述した従来技術2の方法を適用する場合、以下のような問題がある。従来技術2の方法では、ベース期間中に磁気吹きが発生すると、これをベース電圧の上昇によって判別し、ベース電流の値を大幅に増加させることによって、磁気吹き
によるアークの偏向を修正する。しかし、通常は数十Aのベース電流値を、200A以上の大電流値に増加させて通電するために、溶滴移行状態が一時的に不安定になる。この結果、ビード外観の一部が悪くなる場合が生じる。
【0018】
また、磁気吹き対策として、上述した従来技術3の方法を適用する場合には、溶接トーチにフィラーワイヤ以外の前方ワイヤ及び後方ワイヤを特別に配置する必要があり、溶接トーチの構造が複雑になり、価格が高額になる。また、前方ワイヤ及び後方ワイヤに電圧を供給するための特別な電源も必要となり、さらに価格が高くなる。
【0019】
そこで、本発明では、2ワイヤ溶接方法において、溶滴移行状態を不安定にすることがなく、溶接トーチに特別なワイヤを配置するひつようもなく、磁気吹きを抑制して良好な溶接品質を得ることができる2ワイヤ溶接制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、消耗電極と母材との間にピーク電圧の印加とベース電圧の印加とを1周期として繰り返すことによって溶接電流を通電してアークを発生させて溶融池を形成すると共に、フィラーワイヤを前記溶融池に送給しながら溶接を行う2ワイヤ溶接制御方法において、
前記ベース電圧の上昇によって前記アークに磁気吹きが発生していることを判別し、
前記磁気吹きの発生を判別したときは前記フィラーワイヤに前記溶接電流と同一方向の電流を通電することによって磁気吹きを解消させる、
ことを特徴とする2ワイヤ溶接制御方法である。
【0021】
第2の発明は、前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から前記ベース電圧の下降によって磁気吹きの解消を判別するまでの期間行う、
ことを特徴とする第1の発明記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【0022】
第3の発明は、前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から所定期間行う、
ことを特徴とする第1の発明記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【0023】
第4の発明は、前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から次周期の前記ピーク電圧の印加が開始される時点までの期間行う、
ことを特徴とする第1の発明記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【0024】
第5の発明は、前記フィラーワイヤに通電する電流は、時間経過に伴いその値が増加するスロープを有している、
ことを特徴とする第1〜第4の発明のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【0025】
第6の発明は、前記フィラーワイヤに電流を通電している期間中は、前記フィラーワイヤの送給速度を前記フィラーワイヤに電流を通電していない期間よりも速くする、
ことを特徴とする第1〜第5の発明のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【0026】
第7の発明は、前記フィラーワイヤに通電する電流値に応じて、前記フィラーワイヤの送給速度を変化させる、
ことを特徴とする第1〜第5の発明のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法である。
【発明の効果】
【0027】
上記第1及び第2の発明によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別する。この磁気吹きの発生を判別している期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、磁気吹きが発生してもアーク切れに至り、溶接不良になることがない。さらに、溶接ワイヤを通電するベース電流は通常値のままであうので、溶滴移行状態が不安定になりビード外観が悪くなることもない。さらに、
溶接トーチは通常のものを使用することができ、特別な磁気吹き対処用ワイヤを配置する必要もない。
【0028】
上記第3の発明によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別した時点から所定期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、第1の発明と同様の効果を奏することができる。さらに、第3の発明では、溶接条件によっては判別が正確に行えない場合がある磁気吹きの解消の判別を行う必要がないので、磁気吹き対処制御を安定して行うことができる。また、磁気吹きの発生だけを判別すれば良いので、判別手段が簡単になる。
【0029】
上記第4の発明によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別した時点から次周期のピーク電圧が印加するまでの期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、第1の発明と同様の効果を奏することができる。さらに、第4の発明では、フィラーワイヤ電流の通電によって磁気吹きが一旦解消してもピーク電流が通電するまではフィラーワイヤ電流の通電を継続するので、再び磁気吹きが発生することを防止することができる。
【0030】
上記第5の発明によれば、第1〜第4の発明の効果に加えて、フィラーワイヤ電流にスロープを持たせたことによってフィラーワイヤと溶融池との接触が解除されて電流が通電できなくなることを防止することができる。
【0031】
上記第6及び第7の発明によれば、第1〜第5の発明の効果に加えて、以下の効果を奏する。すなわち、フィラーワイヤに電流を通電している期間中のフィラーワイヤの送給速度を速くすることによって、フィラーワイヤの溶融速度と送給速度とを常にバランスさせることができる。このために、フィラーワイヤの先端が溶融池から離れたり、フィラーワイヤの先端が溶融池に突っ込んだりする不安定状態になることを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態1に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図2】図1に示す磁気吹き対処期間(時刻t41〜t43の期間)におけるアーク発生部の様子を示す模式図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る2ワイヤ溶接装置のブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態2に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図5】本発明の実施の形態2に係る2ワイヤ溶接装置のブロック図である。
【図6】本発明の実施の形態3に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図7】本発明の実施の形態3に係る2ワイヤ溶接装置のブロック図である。
【図8】本発明の実施の形態4に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図9】本発明の実施の形態4に係る2ワイヤ溶接装置のブロック図である。
【図10】本発明の実施の形態5に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図11】本発明の実施の形態5に係る2ワイヤ溶接装置のブロック図である。
【図12】従来技術において、パルスアーク溶接法における電流・電圧波形図である。
【図13】従来技術において、磁気吹きが発生したときのアーク状態を示す図である。
【図14】従来技術において、パルスアーク溶接における磁気吹きが発生したときの電流・電圧波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0034】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はフィラーワイヤを通電する電流Ifを示す。同図において時刻t1〜t3のパルス周期中は磁気吹きが発生していない安定した溶接状態のときを示しており、続く時刻t3〜t5のパルス周期中は磁気吹きが発生した溶接状態のときを示している。以下、同図を参照して本実施の形態における磁気吹き対策について説明する。
【0035】
時刻t1〜t3のパルス周期中は、磁気吹きが発生していないために、安定した溶接状態にある。時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、ピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、ピーク電圧Vpが印加する。時刻t2〜t3のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが印加する。この時刻t1〜t3の期間中は、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifは通電しない。
【0036】
時刻t3〜t4のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、ピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、ピーク電圧Vpが印加する。時刻t4からベース期間Tbが開始し、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、通常値のベース電圧Vbが印加する。このベース期間Tb中の時刻t41において、磁気吹きが発生してアークが偏向したためにアーク長が長くなり、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが上昇して高くなる。そして、時刻t42において、ベース電圧Vbの値が、破線で示す予め定めた基準電圧値Vt以上になる。ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になったことを判別すると、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電を開始する。時刻t42〜t43の期間中は、ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になっている。この期間中は、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifが通電する。他方、時刻t4からのベース期間中、同図(A)に示すように、ベース電流Ibの値は変化しない。
【0037】
時刻t42〜t43の期間中は、溶接ワイヤにベース電流Ibが通電し、フィラーワイヤにも電流Ifが通電する。両電流の通電方向が同じであるので、引き合うように力が作用することになり、磁気吹きによって偏向したアークにこの引き合う力が作用して偏向を修正することになる。このために、同図(B)に示すように、時刻t43において、ベース電圧値Vbは上記の基準電圧値Vt未満になり、その後は急速に減少して通常値に戻る。したがって、磁気吹きは、時刻t41に発生して、時刻t43の直後に解消される。時刻t43において、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電は停止する。時刻t43〜t5の残りのベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、通常値のベース電圧値Vbが印加する。この期間のアークは、磁気吹きが発生していないので、安定した状態にある。
【0038】
上記において、基準電圧値Vtは、磁気吹きが発生していない状態でのベース電圧値Vbの変動を考慮して、溶接条件に応じて適正値に設定する。例えば、ベース電圧Vbの変動は、ピーク電圧値Vpまで及ぶことはないので、基準電圧値Vtをピーク電圧値Vpに近い値に設定する。また、ベース電圧Vbと基準電圧値Vtとの比較にあたって、ヒステリシスを持たせるようにしても良い。すなわち、ベース電圧Vbが通常値から上昇していくときの基準値を第1基準電圧値Vt1とし、ベース電圧Vbが一旦Vt1以上になりその後に下降するときの基準値を第2基準電圧値Vt2とするものである。このときに、Vt1>Vt2である。また、ベース電圧Vbの上昇率が基準値に達したことによって磁気吹きの発生を判別し、その後にベース電圧Vbの下降率が基準値に達したことによって磁気吹きの解消を判別するようにしても良い。ベース電圧Vbによる従来から行われている種々の磁気吹きの発生の判別方法を使用することができる。
【0039】
フィラーワイヤ電流Ifの値は、磁気吹きによるアーク偏向を修正することができ、かつ、フィラーワイヤが溶融して破談し、フィラーワイヤと母材との接触状態が解消されることがない値に溶接条件に応じて適正値に設定する。例えば、100A程度であり、フィラーワイヤ先端が溶融池から離れてもアークが発生しないようにするために、フィラーワイヤと母材とに印加する無負荷電圧値は小さな値にする。
【0040】
図2は、図1で上述した磁気吹き対処期間(時刻t41〜t43の期間)におけるアーク発生部の様子を示す模式図である。同図(A)は時刻t41直前の様子であり、同図(B)は時刻t42時点の様子であり、同図(C)は時刻t42とt43との中間時点での様子である。以下、同図を参照して説明する。
【0041】
同図(A)は、磁気吹きが発生していないときのアークの様子を示している。左方向に溶接が進行しており、溶接ワイヤ1が先行した位置にあり、母材2との間にアーク3が発生している。このアーク3によって溶融池2aが形成されている。フィラーワイヤ6は、後行位置にあり、アーク3に直接触れないように溶融池2aの後方位置に接触しながら送給される。アーク3は溶接ワイヤ1の送給方向に発生しており、偏向していない。
【0042】
同図(B)は、磁気吹きが発生しているときのアークの様子を示している。磁気吹きが発生しているために、アーク3が溶接ワイヤ1の送給方向とは関係のない前方方向に大きく偏向しており、アーク長が長くなっている。
【0043】
同図(C)は、磁気吹き対処のためにフィラーワイヤ電流Ifが通電しているときのアークの様子を示している。溶接ワイヤ1にはベース電流Ibが通電しており、フィラーワイヤ6にはフィラーワイヤ電流Ifが同じ方向に通電している。このために、アーク3にはフィラーワイヤ6側に引き寄せる力が作用することになり、アーク3は溶接ワイヤ1の送給方向に近づいていく。このようにして、磁気吹きによるアークの偏向を正常状態に戻すことができる。
【0044】
図3は、上述した本発明の実施の形態1に係る2ワイヤ溶接制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0045】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御によって出力制御を行い、アーク3を発生させるための溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流回路、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク3を発生させるために適正な電圧値に降圧する高周波トランス、降圧された高周波交流を整流する2次整流回路、整流された直流を平滑するリアクトルから構成される。
【0046】
溶接ワイヤ1は、溶接ワイヤ送給モータWMに結合された溶接ワイヤ送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給され、上記の電源主回路PMから給電チップ(図示は省略)を介して給電されて、母材2との間に消耗電極アーク3が発生する。フィラーワイヤ6は、フィラーワイヤ送給モータFMに結合されたフィラーワイヤ送給ロール8の回転によってフィラーワイヤトーチ7内を送給され、後述するフィラーワイヤ用電源FPから給電チップ(図示は省略)を介して給電されて、消耗電極アーク3によって形成された溶融池に接触して挿入される。同図においては、溶接トーチ4とフィラーワイヤトーチ7とが別のトーチである場合を示しているが、1つのトーチ内に溶接ワイヤ用給電チップとフィラーワイヤ用給電チップとを設けて、1つのノズルから2つのワイヤ(溶接ワイヤ1及びフィラーワイヤ6)が送給されるようにしても良い。
【0047】
溶接ワイヤ送給速度設定回路WRは、予め定めた溶接ワイヤ送給速度設定信号Wrを出力する。溶接ワイヤ送給制御回路WCは、上記の溶接ワイヤ送給速度設定信号Wrの値に相当する送給速度で溶接ワイヤ1を送給するための溶接ワイヤ送給制御信号Wcを上記の溶接ワイヤ送給モータWMに出力する。フィラーワイヤ送給速度設定回路FRは、予め定めたフィラーワイヤ送給速度設定信号Frを出力する。フィラーワイヤ送給制御回路FCは、上記のフィラーワイヤ送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度でフィラーワイヤ6を送給するためのフィラーワイヤ送給制御信号Fcを上記のフィラーワイヤ送給モータFMに出力する。
【0048】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、溶接電圧検出信号Vdを出力する。電圧平滑回路VAVは、この溶接電圧検出信号Vdを入力として、平滑(平均化)して、溶接電圧平均値信号Vavを出力する。電圧設定回路VRは、予め定めた溶接電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の溶接電圧設定信号Vrと上記の溶接電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0049】
電圧・周波数変換回路VFは、上記の電圧誤差増幅信号Evの値に比例した周波数の信号に変換して、この周波数(パルス周期)ごとに短時間Highレベルになるパルス周期信号Tfを出力する。ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号Tf及び上記のピーク期間設定信号Tprを入力として、パルス周期信号TfがHighレベルに変化した時点からピーク期間設定信号Tprによって定まる期間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpを出力する。したがって、このピーク期間信号Tpは、その周期がパルス周期となり、ピーク期間の間はHighレベルになり、ベース期間の間はLowレベルになる信号である。
【0050】
ピーク電流設定回路IPRは、予め定めたピーク電流設定信号Iprを出力する。ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。電流設定回路IRは、上記のピーク期間信号Tp、上記のピーク電流設定信号Ipr及びベース電流設定信号Ibrを入力として、ピーク期間信号TpがHighレベル(ピーク期間)のときはピーク電流設定信号Iprを溶接電流設定信号Irとして出力し、Lowレベル(ベース期間)のときはベース電流設定信号Ibrを溶接電流設定信号Irとして出力する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、溶接電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の溶接電流設定信号Irと上記の溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、この電流誤差増幅信号Eiを入力として、この信号に基づいてパルス幅変調制御を行い、その結果に基づいて上記の電源主回路PM内のインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0051】
磁気吹き判別回路ABは、上記の溶接電圧検出信号Vd及び上記のピーク期間信号Tpを入力として、ピーク期間信号TpがLowレベル(ベース期間)のときに溶接電圧検出信号Vd(ベース電圧)の値が予め定めた基準電圧値以上になったときはHighレベルにセットされ、その後に溶接電圧検出信号Vdの値が上記の基準電圧値未満になったときにLowレベルにリセットされる磁気吹き判別信号Abを出力する。したがって、この磁気吹き判別信号Abは、磁気吹きが発生している期間中Highレベルになる信号である。フィラーワイヤ電流設定回路IFRは、予め定めたフィラーワイヤ電流設定信号Ifrを出力する。上記のフィラーワイヤ用電源FPは、上記の磁気吹き判別信号Ab及び上記のフィラーワイヤ電流設定信号Ifrを入力として、磁気吹き判別信号AbがHighレベル(磁気吹き発生)の期間中は、フィラーワイヤ電流設定信号Ifrに相当するフィラーワイヤ電流Ifを通電する。したがって、このフィラーワイヤ用電源FPは、定電流特性又は垂下特性を有する電源である。
【0052】
上述した実施の形態1によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別し、その後のベース電圧値の下降によって磁気吹きの解消を判別する。そして、この磁気吹きの発生を判別している期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、磁気吹きが発生してもアーク切れに至り、溶接不良になることがない。さらに、溶接ワイヤを通電するベース電流は通常値のままであうので、溶滴移行状態が不安定になりビード外観が悪くなることもない。さらに、溶接トーチは通常のものを使用することができ、特別な磁気吹き対処用ワイヤを配置する必要もない。また、フィラーワイヤ電流Ifは、磁気吹きを解消させるために一部の期間のみ通電するので、上述した溶融池の冷却効果を失うことはない。
【0053】
[実施の形態2]
実施の形態2と上述した実施の形態1とは以下の点で異なる。すなわち、実施の形態1では、ベース電圧Vbの上昇によって磁気吹きの発生を判別するとフィラーワイヤ電流Ifの通電を開始する。この動作は、実施の形態2でも同一である。そして、実施の形態1では、ベース電圧Vbの下降によって磁気吹きの解消を判別するとフィラーワイヤ電流Ifの通電を停止する。これに対して、実施の形態2では、磁気吹きの発生を判別してから所定期間だけフィラーワイヤ電流Ifを通電する。以下、実施の形態2について、図面を参照して説明する。
【0054】
図4は、本発明の実施の形態2に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はフィラーワイヤを通電する電流Ifを示す。同図は、上述した図1と対応しており、時刻t4までの説明は同一であるので省略する。また、図1と同様に、同図において時刻t1〜t3のパルス周期中は磁気吹きが発生していない安定した溶接状態のときを示しており、続く時刻t3〜t5のパルス周期中は磁気吹きが発生した溶接状態のときを示している。以下、同図を参照して本実施の形態における磁気吹き対策について説明する。
【0055】
時刻t4からベース期間Tbが開始し、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、通常値のベース電圧Vbが印加する。このベース期間Tb中の時刻t41において、磁気吹きが発生してアークが偏向したためにアーク長が長くなり、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが上昇して高くなる。そして、時刻t42において、ベース電圧Vbの値が、破線で示す予め定めた基準電圧値Vt以上になる。ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になったことを判別すると、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電を開始する。時刻t42〜t43の期間中は、ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になっている。この期間中は、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifが通電する。他方、時刻t4からのベース期間中、同図(A)に示すように、ベース電流Ibの値は変化しない。
【0056】
時刻t42〜t43の期間中は、溶接ワイヤにベース電流Ibが通電し、フィラーワイヤにも電流Ifが通電する。両電流の通電方向が同じであるので、引き合うように力が作用することになり、磁気吹きによって偏向したアークにこの引き合う力が作用して偏向を修正することになる。このために、同図(B)に示すように、時刻t43において、ベース電圧値Vbは上記の基準電圧値Vt未満になり、その後は急速に減少して通常値に戻る。したがって、磁気吹きは、時刻t41に発生して、時刻t43の直後に解消される。しかし、時刻t43以降においても、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電は継続する。そして、同図(C)に示すように、磁気吹きの発生の判別時点(時刻t42)から予め定めた通電期間Tdが経過する時刻t44において、フィラーワイヤ電流Ifは通電を停止する。時刻t44〜t5の残りのベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、通常値のベース電圧値Vbが印加する。この期間のアークは、磁気吹きが発生していないので、安定した状態にある。
【0057】
上記において、通電期間Tdは、溶接試験を行い、フィラーワイヤ電流Ifを通電したときに磁気吹きが解消するまでの時間(時刻t42〜t43の時間)を計測し、この計測結果に基づいて平均時間及び偏差値を考慮して磁気吹きが解消されるよりも長い時間になるように設定する。このように設定する理由は、以下のとおりである。すなわち、ベース電圧Vbの上昇によって磁気吹きの発生を判別することは精度良く行うことができる。しかし、磁気吹きの解消の判別は、溶接条件によっては精度が悪くなる場合が生じる。このために、本実施の形態では、磁気吹きの解消を判別する必要がないようにしたものである。磁気吹きの発生の判別方法については、実施の形態1と同様である。また、フィラーワイヤ電流Ifの値についても実施の形態1と同様である。また、磁気吹き対処中のアーク発生部の模式図についても、上述した図2と同様である。
【0058】
図5は、上述した本発明の実施の形態2に係る2ワイヤ溶接制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において上述した図3と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図3とは異なる破線で示すブロックについて、同図を参照して説明する。
【0059】
第2磁気吹き判別回路AB2は、溶接電圧検出信号Vd及びピーク期間信号Tpを入力として、ピーク期間信号TpがLowレベル(ベース期間)のときに溶接電圧検出信号Vdの値が予め定めた基準電圧値以上になったときに短時間Highレベルになる磁気吹き判別信号Abを出力する。通電期間設定回路TDRは、予め定めた通電期間設定信号Tdrを出力する。第2フィラーワイヤ用電源FP2は、上記の磁気吹き判別信号Ab、フィラーワイヤ電流設定信号Ifr及び上記の通電期間設定信号Tdrを入力として、磁気吹き判別信号AbがHighレベルに変化した時点から通電期間設定信号Tdrによって定まる期間中は、フィラーワイヤ電流設定信号Ifrに相当するフィラーワイヤ電流Ifを通電する。
【0060】
上述した実施の形態2によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別した時点から所定期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。さらに、本実施の形態では、溶接条件によっては判別が正確に行えない場合がある磁気吹きの解消の判別を行う必要がないので、磁気吹き対処制御を安定して行うことができる。また、磁気吹きの発生だけを判別すれば良いので、判別回路が簡単になる。
【0061】
[実施の形態3]
実施の形態3と上述した実施の形態1及び2とは以下の点で異なる。すなわち、実施の形態1及び2では、ベース電圧Vbの上昇によって磁気吹きの発生を判別するとフィラーワイヤ電流Ifの通電を開始する。この動作は、実施の形態3でも同一である。そして、実施の形態1では、ベース電圧Vbの下降によって磁気吹きの解消を判別するとフィラーワイヤ電流Ifの通電を停止する。また、実施の形態2では、磁気吹きの発生を判別した時点から所定期間経過後にフィラーワイヤ電流Ifの通電を停止する。
これに対して、実施の形態3では、磁気吹きの発生を判別してから溶接ワイヤに次周期のピーク電圧Vpの印加(ピーク電流Ipの通電)が開始されるまでの期間中フィラーワイヤ電流Ifを通電する。以下、実施の形態3について、図面を参照して説明する。
【0062】
図6は、本発明の実施の形態3に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はフィラーワイヤを通電する電流Ifを示す。同図は、上述した図1及び図4と対応しており、時刻t4までの説明は同一であるので省略する。また、図1と同様に、同図において時刻t1〜t3のパルス周期中は磁気吹きが発生していない安定した溶接状態のときを示しており、続く時刻t3〜t5のパルス周期中は磁気吹きが発生した溶接状態のときを示している。以下、同図を参照して本実施の形態における磁気吹き対策について説明する。
【0063】
時刻t4からベース期間Tbが開始し、同図(A)に示すように、ベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、通常値のベース電圧Vbが印加する。このベース期間Tb中の時刻t41において、磁気吹きが発生してアークが偏向したためにアーク長が長くなり、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが上昇して高くなる。そして、時刻t42において、ベース電圧Vbの値が、破線で示す予め定めた基準電圧値Vt以上になる。ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になったことを判別すると、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電を開始する。時刻t42〜t43の期間中は、ベース電圧値Vbが上記の基準電圧値Vt以上になっている。この期間中は、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifが通電する。他方、時刻t4からのベース期間中、同図(A)に示すように、ベース電流Ibの値は変化しない。
【0064】
時刻t42〜t43の期間中は、溶接ワイヤにベース電流Ibが通電し、フィラーワイヤにも電流Ifが通電する。両電流の通電方向が同じであるので、引き合うように力が作用することになり、磁気吹きによって偏向したアークにこの引き合う力が作用して偏向を修正することになる。このために、同図(B)に示すように、時刻t43において、ベース電圧値Vbは上記の基準電圧値Vt未満になり、その後は急速に減少して通常値に戻る。したがって、磁気吹きは、時刻t41に発生して、時刻t43の直後に解消される。しかし、時刻t43以降においても、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifの通電は継続する。そして、同図(C)に示すように、フィラーワイヤ電流Ifは、同図(A)に示すように、ピーク電流Ipが通電する時刻t54において通電を停止する。したがって、フィラーワイヤ電流Ifは、同図(C)に示すように、磁気吹きの発生を判別した時点(時刻t42)からピーク電流Ipが通電する時点(時刻t5)までの期間中通電する。
【0065】
上記のようにフィラーワイヤ電流Ifの通電タイミングを設定する理由は、以下のとおりである。すなわち、同図に示すように、時刻t43において磁気吹きが一旦解消してもまた磁気吹きが発生するおそれがあるために、ピーク電流Ipが通電するまでフィラーワイヤ電流Ifを通電するものである。ピーク電流Ipが通電すると、上述したように、大電流値によるアークの硬直性によって、磁気吹きは発生しない常態になる。したがって、磁気吹きが発生してから短時間でピーク電流Ipの通電タイミングが来ても、このピーク電流Ipの通電によって磁気吹きは解消される。ここで、磁気吹きの発生の判別方法については、実施の形態1と同様である。また、フィラーワイヤ電流Ifの値についても実施の形態1と同様である。また、磁気吹き対処中のアーク発生部の模式図についても、上述した図2と同様である。
【0066】
図7は、上述した本発明の実施の形態3に係る2ワイヤ溶接制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において上述した図5と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図5の通電期間設定回路TDRを削除し、図5の第2フィラーワイヤ用電源FP2を破線でしめす第3フィラーワイヤ用電源FP3に置換したものである。以下、破線で示すこのブロックについて、同図を参照して説明する。
【0067】
第3フィラーワイヤ用電源FP3は、磁気吹き判別信号Ab、フィラーワイヤ電流設定信号Ifr及びピーク期間信号Tpを入力として、磁気吹き判別信号AbがHighレベルに変化した時点からピーク期間信号TpがHighレベル(ピーク期間)になるまでの期間中は、フィラーワイヤ電流設定信号Ifrに相当するフィラーワイヤ電流Ifを通電する。
【0068】
上述した実施の形態3によれば、ベース電圧値の上昇によって磁気吹きの発生を判別した時点から次周期のピーク電流が通電するまでの期間中は、フィラーワイヤに電流を通電して、磁気吹きによるアークの偏向を元の正常状態に引き戻す。これにより、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。さらに、本実施の形態では、フィラーワイヤ電流の通電によって磁気吹きが一旦解消してもピーク電流が通電するまではフィラーワイヤ電流の通電を継続するので、再び磁気吹きが発生することを防止することができる。
【0069】
[実施の形態4]
実施の形態4と上述した実施の形態1〜3とは以下の点で異なる。すなわち、実施の形態1〜3では、フィラーワイヤ電流Ifを一定値として通電していた。これに対して、実施の形態4では、フィラーワイヤ電流Ifの値は、時間経過に伴って次第に増加するスロープを有している。以下、実施の形態4について、図面を参照して説明する。
【0070】
図8は、本発明の実施の形態4に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はフィラーワイヤを通電する電流Ifを示す。同図は、上述した図1と対応しており、同図(C)に示すフィラーワイヤ電流Ifがスロープを有している点のみが異なる。以下、同図を参照してこの相違点について説明する。
【0071】
フィラーワイヤ電流Ifは、同図(C)に示すように、磁気吹きの発生を判別すると予め定めた初期値Isを通電し、その後は予め定めたスロープを有して増加し、定常値Icに達すると一定値となる。スロープは、直線でも曲線でも良い。初期値Isは0でも良い。フィラーワイヤ電流Ifにスロープを持たせる理由は、以下のとおりである。すなわち、フィラーワイヤ電流Ifの値が小さいほどフィラーワイヤが先端以外で溶融する可能性が低くなる。フィラーワイヤが先端以外で溶融すると溶融池との接触が解除されて無負荷状態になるために、電流は通電しなくなる。この状態が発生することを防止するために、スロープを設けている。
【0072】
図9は、上述した本発明の実施の形態4に係る2ワイヤ溶接制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において上述した図3と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図3のフィラーワイヤ電流設定回路IFRを破線で示す第2フィラーワイヤ電流設定回路IFR2に置換したものである。以下、破線で示すこのブロックについて、同図を参照して説明する。
【0073】
第2フィラーワイヤ電流設定回路IFR2は、磁気吹き判別信号Abを入力として、この磁気吹き判別信号AbがHighレベルに変化した時点で予め定めた初期値Isとなり、その後は予め定めたスロープで増加し、予め定めた定常値Icに達すると一定値となるフィラーワイヤ電流設定信号Ifrを出力する。
【0074】
上記においては、実施の形態1を基礎とした場合を説明したが、実施の形態2及び3を基礎とした場合も同様である。すなわち、実施の形態2では図5のフィラーワイヤ電流設定回路IFRを、実施の形態3では図7のフィラーワイヤ電流設定回路IFRを、上記の第2フィラーワイヤ電流設定回路IFR2に置換すれば良い。
【0075】
上述した実施の形態4によれば、実施の形態1〜3の効果に加えて、フィラーワイヤ電流にスロープを持たせたことによってフィラーワイヤと溶融池との接触が解除されて電流が通電できなくなることを防止することができる。
【0076】
[実施の形態5]
実施の形態5と上述した実施の形態1〜4とは以下の点で異なる。すなわち、実施の形態1〜4では、フィラーワイヤの送給速度は一定値であった。これに対して、実施の形態5では、フィラーワイヤ電流Ifを通電している期間中は、フィラーワイヤの送給速度をフィラーワイヤ電流Ifを通電していない期間よりも速くする。以下、実施の形態5について、図面を参照して説明する。
【0077】
図10は、本発明の実施の形態5に係る2ワイヤ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はフィラーワイヤを通電する電流Ifを示し、同図(D)はフィラーワイヤの送給速度Fwを示す。同図は、上述した図1と対応しており、同図(A)〜(C)は同一であり、同図(D)に示すフィラーワイヤ送給速度Fwの波形図が追加されている点が異なる。以下、同図を参照してこの相違点について説明する。
【0078】
同図(D)に示すように、フィラーワイヤ送給速度Fwは、同図(C)に示すフィラーワイヤ電流Ifが通電していないときは所定値となり、フィラーワイヤ電流Ifが通電しているときは所定値よりも速くなる。すなわち、時刻t42〜t43の期間中は、フィラーワイヤ電流Ifが通電しているので、この期間中のフィラーワイヤ送給速度Fwはそれ以外の期間よりも速くなる。送給速度の増加値は、フィラーワイヤ電流Ifの値に応じて設定される。例えば、送給速度の増加値ΔFw=a・Ifとする。ここで、aは定数である。フィラーワイヤ送給速度Fwを速くする理由は、以下のとおりである。すなわち、フィラーワイヤ送給速度Fwは、上述したように、電流を通電しない状態で溶融池からの熱によって先端が溶融するように所定値に設定されている。溶融速度に比べてフィラーワイヤ送給速度Fwが遅いときは、先端が燃え上がり、先端が溶融池から離れることになり、安定した溶接状態にはならない。他方、溶融速度に比べてフィラーワイヤ送給速度Fwが速いときは、溶融池にフィラーワイヤが突っ込む状態になり、やはり溶接状態は安定しない。したがって、溶融速度とフィラーワイヤ送給速度Fwとをバランスさせることが安定した溶接を行うために重要である。磁気吹き対策のために、フィラーワイヤ電流Ifを通電すると、溶融速度が速くなるために、フィラーワイヤ送給速度Fwとのバランスを崩すことになる。フィラーワイヤ電流Ifの値が比較的小さいとき、又は、通電期間が比較的短いときには、このアンバランスはさほど問題にはならない。しかし、フィラーワイヤ電流Ifの値が大きいとき、又は、通電期間が長いときには、このアンバランスが問題となる。このようなときに、フィラーワイヤ送給速度Fwを速くすることによって、溶融速度とのバランスを取るようにしたものである。
【0079】
図11は、上述した本発明の実施の形態5に係る2ワイヤ溶接制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において上述した図3と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図3に、破線で示すフィラーワイヤ電流検出回路IFD及び破線で示すフィラーワイヤ送給速度加算回路FRAを追加したものである。以下、破線で示すこのブロックについて、同図を参照して説明する。
【0080】
フィラーワイヤ電流検出回路IFDは、フィラーワイヤ電流Ifを検出して、フィラーワイヤ電流検出信号Ifdを出力する。フィラーワイヤ送給速度加算回路FRAは、フィラーワイヤ送給速度設定信号Fr及び上記のフィラーワイヤ電流検出信号Ifdを入力として、フィラーワイヤ送給速度加算信号Fra=Fr+a・Ifdを出力する。ここでaは定数である。a・Ifdは、上述したように、送給速度を増加させるための関数の一例である。例えば、この関数の別の例としては、2次曲線状に増加するようにしても良い。また、フィラーワイヤ電流検出信号Ifdが閾値以上のときにだけ送給速度を速くするようにしても良い。フィラーワイヤ送給制御回路FCは、フィラーワイヤ送給速度設定信号Frの代わりに上記のフィラーワイヤ送給速度加算信号Fraを入力として、フィラーワイヤ送給速度Fwを制御する。
【0081】
上述した実施の形態5においては、実施の形態1を基礎とした場合を説明したが、実施の形態2〜4を基礎とした場合も同様である。すなわち、フィラーワイヤ電流Ifを通電している期間中は、フィラーワイヤ送給速度Fwをフィラーワイヤ電流Ifの値に応じて速くしている。
【0082】
上述した実施の形態5によれば、実施の形態1〜4の効果に加えて、以下の効果を奏する。すなわち、フィラーワイヤに電流を通電している期間中のフィラーワイヤの送給速度を速くすることによって、フィラーワイヤの溶融速度と送給速度とを常にバランスさせることができる。このために、フィラーワイヤの先端が溶融池から離れたり、フィラーワイヤの先端が溶融池に突っ込んだりする不安定状態になることを抑制することができる。
【符号の説明】
【0083】
1 溶接ワイヤ
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
4 溶接トーチ
5 溶接ワイヤ送給ロール
6 フィラーワイヤ
7 フィラーワイヤトーチ
8 フィラーワイヤ送給ロール
a (送給速度増加関数の)定数
AB 磁気吹き判別回路
Ab 磁気吹き判別信号
AB2 第2磁気吹き判別回路
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC フィラーワイヤ送給制御回路
Fc フィラーワイヤ送給制御信号
FM フィラーワイヤ送給モータ
FP フィラーワイヤ用電源
FP2 第2フィラーワイヤ用電源
FP3 第3フィラーワイヤ用電源
FR フィラーワイヤ送給速度設定回路
Fr フィラーワイヤ送給速度設定信号
FRA フィラーワイヤ送給速度加算回路
Fra フィラーワイヤ送給速度加算信号
Fw フィラーワイヤ送給速度
Iav 溶接電流平均値
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
Ic 定常値
IFD フィラーワイヤ電流検出回路
Ifd フィラーワイヤ電流検出信号
ID 電流検出回路
Id 溶接電流検出信号
If フィラーワイヤ電流
IFR フィラーワイヤ電流設定回路
Ifr フィラーワイヤ電流設定信号
IFR2 第2フィラーワイヤ電流設定回路
Ip ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
IR 電流設定回路
Ir 溶接電流設定信号
Is 初期値
Iw 溶接電流
PM 電源主回路
Tb ベース期間
Td 通電期間
TDR 通電期間設定回路
Tdr 通電期間設定信号
Tf パルス周期(信号)
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間(信号)
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
VAV 電圧平滑回路
Vav 溶接電圧平均値 (信号)
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
Vd 溶接電圧検出信号
VF 電圧・周波数変換回路
Vp ピーク電圧
VR 電圧設定回路
Vr 溶接電圧設定信号
Vt 基準電圧値
Vt1 第1基準電圧値
Vt2 第2基準電圧値
Vw 溶接電圧
WC 溶接ワイヤ送給制御回路
Wc 溶接ワイヤ送給制御信号
WM 溶接ワイヤ送給モータ
WR 溶接ワイヤ送給速度設定回路
Wr 溶接ワイヤ送給速度設定信号
ΔFw 送給速度の増加値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極と母材との間にピーク電圧の印加とベース電圧の印加とを1周期として繰り返すことによって溶接電流を通電してアークを発生させて溶融池を形成すると共に、フィラーワイヤを前記溶融池に送給しながら溶接を行う2ワイヤ溶接制御方法において、
前記ベース電圧の上昇によって前記アークに磁気吹きが発生していることを判別し、
前記磁気吹きの発生を判別したときは前記フィラーワイヤに前記溶接電流と同一方向の電流を通電することによって磁気吹きを解消させる、
ことを特徴とする2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項2】
前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から前記ベース電圧の下降によって磁気吹きの解消を判別するまでの期間行う、
ことを特徴とする請求項1記載の2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項3】
前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から所定期間行う、
ことを特徴とする請求項1記載の2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項4】
前記フィラーワイヤへの電流の通電を、前記磁気吹きの発生が判別された時点から次周期の前記ピーク電圧の印加が開始される時点までの期間行う、
ことを特徴とする請求項1記載の2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項5】
前記フィラーワイヤに通電する電流は、時間経過に伴いその値が増加するスロープを有している、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項6】
前記フィラーワイヤに電流を通電している期間中は、前記フィラーワイヤの送給速度を前記フィラーワイヤに電流を通電していない期間よりも速くする、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法。
【請求項7】
前記フィラーワイヤに通電する電流値に応じて、前記フィラーワイヤの送給速度を変化させる、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の2ワイヤ溶接制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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