ADAM11遺伝子が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物
【課題】ADAM11遺伝子が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物の提供。
【解決手段】本発明によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方または双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物が提供される。
【解決手段】本発明によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方または双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物が提供される。
【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、ADAM11遺伝子を破壊することにより作製した非ヒト遺伝子破壊動物およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ADAM(A Disintegrin and Metalloprotease)は、ディスインテグリン様ドメインとメタロプロテアーゼ様ドメインの2つの特徴的なドメイン構造を有する1回膜貫通型タンパク質の総称である。1992年にBlobelらがADAM1(Fertilinα)およびADAM2(Fertilinβ)のクローニングに成功して以来(Blobel CP, Wolfsberg TG et al. (1992). Nature. 356:248-252)、続々とパラローグがクローニングされた結果、現在ADAM遺伝子は約30種からなる巨大なファミリーを形成することが明らかとなっている。
【0003】
ディスインテグリンは、ハブやガラガラヘビなどの溶血性蛇毒中に含まれる血液凝固阻止能を有するペプチドで、血小板上のインテグリンαIIbβ3とフィブリノーゲンの結合を阻害することが知られている。ADAMファミリーのディスインテグリン様ドメインのアミノ酸配列は蛇毒ディスインテグリンと高い相同性を有しており、実際に、数種のADAMタンパク質についてはインテグリンと結合することが報告されている(Judith M White.(2003).Cell Biology 15:598-606)。
【0004】
もう一つの特徴的なドメインであるメタロプロテアーゼ様ドメインは、蛇毒メタロプロテアーゼやマトリックスメタロプロテアーゼと高いアミノ酸相同性を有していることから、プロテアーゼとして機能することが予想され、実際に、幾つかのADAMタンパク質についてプロテアーゼ活性を有することが示されている(D.F.Seals and S.A.Courtneidge (2003).Genes & Development 17:7-30)。しかしながらADAM遺伝子の約半数は、メタロプロテアーゼ活性に必須と考えられている亜鉛結合モチーフ(HEXXHXXGXXH)を保持しておらず、これらはプロテアーゼとしての活性を有さないと考えられている。
【0005】
これらの特徴的なドメイン構造を踏まえると、ADAMタンパク質の機能は、特定のインテグリンを認識する機能、そして基質タンパクを特異的にプロセシングする機能、という2つの機能が考えられ、あるものは両方の機能、またあるものはいずれかの機能の一方のみを有すると考えられる。また、ADAMタンパク質は、前駆体として生産された後に、Proドメイン(proprotein domain)が切断されると細胞表面に発現されることが報告されている。
【0006】
ADAMファミリーの、ADAM11遺伝子は、これまでに遺伝子の全長配列が確認され、乳ガン抑制遺伝子であることが報告されている(特開平7−330799号公報)。多くのADAMファミリーが生殖系組織に特異的に発現しているか、または広範囲な組織において発現しているのに対し、ADAM11遺伝子は神経系組織に特異的に高発現していることが認められた(Sagane K., Ohya Y, et al.(1998).Biochem J 334:93-98)。しかしながら、ADAM11遺伝子の神経系組織への具体的な機能については報告がなされていない。
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、ADAM11遺伝子をノックアウトしたマウスを作出したところ、そのノックアウトマウスが神経関連疾患の形質を示すことを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0008】
本発明によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方または一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫(以下、「本発明による非ヒト遺伝子破壊動物」という)が提供される。
【0009】
本発明による非ヒト遺伝子破壊動物のうち対立遺伝子の双方が破壊された遺伝子破壊動物(第一の態様)は、ADAM11遺伝子が不活性化され、神経関連疾患の形質を示す。
【0010】
従って、本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子が関与する疾患のメカニズムの解明や神経関連疾患の治療に有用な物質の探索および開発に有用である。
【0011】
また、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物のうち対立遺伝子の一方が破壊された遺伝子破壊動物(第二の態様)は、これらを交配させることによりADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された遺伝子破壊動物(第一の態様)を得ることができる。従って、本発明による第二の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、第一の態様の遺伝子破壊動物を作出するための親動物として有用である。
【0012】
具体的には、本発明は以下のとおりである。
(1)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(2)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されている、前記(1)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(3)神経関連疾患を発症する表現型を有する、前記(1)または(2)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(4)神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、前記(3)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(5)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(6)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されている、前記(5)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(7)非ヒト動物が齧歯類動物である、前記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(8)齧歯類動物がマウスである、前記(7)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(9)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる組織。
(10)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる動物細胞。
(11)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる繁殖材料。
(12)前記(5)〜(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
(13)前記(1)〜(4)、(7)、および(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
(14)神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)前記(1)〜(4)、(7)、および(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;
(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法。
(15)工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでなる、前記(14)に記載のスクリーニング方法。
(16)神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、前記(14)または(15)に記載のスクリーニング方法。
(17)ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物。
(18)ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用。
(19)治療上の有効量のADAM11タンパク質を哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
(20)ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤。
(21)ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用。
(22)ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ターゲティングベクターの構造を示した図である。
【図2】相同組換えが生じているクローンを選択するために行ったサザンブロット解析を示した図である。
【図3】ADAM11遺伝子を破壊したマウスのゲノムDNAを用いたサザンブロット解析を示した図である。
【図4】ADAM11遺伝子を破壊したマウスの小脳を用いたウエスタンブロット解析を示した図である。
【図5】マウス各群の自発運動量(カウント数)を示した図である。
【図6】マウス各群の牽引力(握力)を示した図である。
【図7】懸垂試験におけるマウス各群がステンレス棒から落下するまでの時間を示した図である。
【図8】懸垂試験におけるマウス各群のスコアを示した図である。
【図9】歩行試験におけるマウス各群の左右の後肢幅(左右幅)を示した図である。
【図10】歩行試験におけるマウス各群の両後肢それぞれの歩幅(前後幅)を示した図である。
【図11】回転棒試験(静止状態)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。
【図12】回転棒試験(5rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図13】回転棒試験(10rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図14】回転棒試験(15rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図15】水迷路試験の訓練セッションに用いた円形プールを示した図である。円形プールは4等分され、TQ部分にはプラットフォームが固定されている。
【図16】水迷路試験の訓練セッションにおけるマウス各群の逃避潜時時間の推移を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図17】水迷路試験のプローブトライアルにおけるマウス各群の泳路を示した図である。
【図18】水迷路試験のプローブトライアルにおけるマウス各群の4等分した各部分への滞留時間を示した図である。図中において*は、TQへの滞留時間についてホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図19】プラットフォームに目印を付けた試験におけるマウス各群の逃避潜時時間の推移を示した図である。
【図20】ホルマリン試験におけるマウス各群の5分ごとのリッキング(バイティングを含む)時間を示した図である。
【図21】ホルマリン試験の第一相および第二相における、マウス各群のリッキング(バイティングを含む)時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図22】酢酸ライジング法におけるマウス各群の苦悶症状の回数を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【発明の具体的な説明】
【0014】
ADAM11遺伝子
ADAM11遺伝子は、常染色体ゲノム中に存在し、転写されてADAM11タンパク質をコードするmRNAを産生するものであればいかなる遺伝子でもよく、例えば、ADAM11タンパク質をコードするゲノム遺伝子、ADAM11タンパク質をコードするcDNA等をいう。
本発明による遺伝子破壊動物において破壊されるADAM11遺伝子はヒトおよびマウスにおいて公知である。それぞれのDNA配列が開示されている文献およびデータベースのアクセッション番号は下記の通りである。
ヒト:特開平7−330799号公報、GenBank: AB009675(配列番号1)
マウス:Sagane K. et al., Gene 1999 Aug 5;236(1):79-86、GenBank: AB009676(配列番号3)
【0015】
ラット、イヌ、チンパンジーについては、ゲノム配列からコンピュータ解析により推測された配列が以下のとおりデータベースに登録されており、これらを利用することもできる。
ラット:Genbank#XM_340916
イヌ:Genbank#XM_537616
チンパンジー:Genbank#XM_511556
オナガドリ:Genbank#XM_425842
【0016】
上記以外の動物についても、当業者であれば、公知のADAM11遺伝子の全長配列に基づいて、その動物に内在するADAM11遺伝子の配列を特定することができる。すなわち、ヒトあるいはマウスのADAM11遺伝子に基づいて相同性検索を行い、その動物のADAM11遺伝子を検索し、特定することができる。相同性検索に当たっては後述するBLAST等を利用することができる。
【0017】
ADAM11遺伝子の例として、配列番号2のアミノ酸配列からなるヒトADAM11タンパク質をコードする遺伝子および配列番号4のアミノ酸配列からなるマウスADAM11タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0018】
本発明による遺伝子破壊動物において破壊されるADAM11遺伝子には、ADAM11タンパク質と機能的に同等のタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。ここで「機能的に同等」とは、脳神経系の正常な機能(例えば、協調運動、記憶、認知、学習、または体性感覚(痛覚))を実質的に同程度維持することを意味する。「機能的に同等」かどうかは、その遺伝子のホモ接合体型破壊を含んでなる非ヒト遺伝子破壊動物と非ヒト正常動物を比較し、脳神経系の正常な機能(例えば、協調運動、記憶、認知、学習、または体性感覚(痛覚))が実質的に同程度維持されているかを評価することにより決定することができる。すなわち、その遺伝子のホモ接合体型破壊を含んでなる非ヒト遺伝子破壊動物の脳神経系の正常な機能が低下するか、あるいは失われた場合には、その遺伝子はADAM11遺伝子と機能的に同等であると決定できる。決定に当たっては、回転棒試験、水迷路試験、ホルマリン試験、酢酸ライジング法試験などを用いることができる。
【0019】
また、ADAM11タンパク質と機能的に同等のものとしては、アミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)をコードする遺伝子が多型である場合、当該多型も含まれる。
【0020】
ADAM11タンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードする遺伝子としては下記が挙げられる。
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)において、1または複数個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされたアミノ酸配列(改変アミノ酸配列)をコードする遺伝子;
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)をコードする遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子;および
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)と少なくとも70%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子。
【0021】
本願明細書において、「アミノ酸配列において、1または複数個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされた」とは、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、または天然に生じ得る程度の複数個の数のアミノ酸の置換等によりなされたことを意味する。
【0022】
ADAM11タンパク質の改変アミノ酸配列は、例えば、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜2個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされたものであることができる。改変アミノ酸配列は、好ましくは、そのアミノ酸配列が、ADAM11タンパク質のアミノ酸配列において1または複数個(好ましくは1または数個、より好ましくは、1、2、または3個)の保存的置換を有するアミノ酸配列であることができる。
【0023】
ここで「保存的置換」とは、タンパク質の機能を実質的に改変しないように、1または複数個のアミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基で置換えることを意味する。例えば、ある疎水性残基を別の疎水性残基によって置換する場合、ある極性残基を同じ電荷を有する別の極性残基によって置換する場合などが挙げられる。このような置換を行うことができる機能的に類似のアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において公知である。具体例を挙げると、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0024】
ADAM11タンパク質をコードする遺伝子配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする相補性を有する遺伝子(cDNA)は、具体的には、FASTA、BLAST、Smith−Waterman(Meth. Enzym., 164, 765 (1988))などの相同性検索ソフトウェアにより、デフォルト(初期設定)のパラメーターを用いて計算したときに、そのADAM11タンパク質をコードする塩基配列と少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、そして最も好ましくは99%以上の相同性を有するポリヌクレオチドが挙げられる。また、「ストリンジェントな条件下」とは、当業者が通常使用し得るハイブリダイゼーション緩衝液中で、温度が40℃〜70℃、好ましくは60℃〜65℃などで反応を行い、塩濃度が15〜300mmol/L、好ましくは15〜60mmol/Lなどの洗浄液中で洗浄する方法に従って行なうことができる。温度、塩濃度は使用するプローブの長さに応じて適宜調整することが可能である。さらに、ハイブリダイズしたものを洗浄するときの条件は、0.2または2×SSC、0.1%SDS、温度20℃〜68℃で行うことができる。ストリンジェント(high stringency)な条件にするかマイルド(low stringency)な条件にするかは、洗浄時の塩濃度または温度で差を設けることができる。塩濃度でハイブリダイズの差を設ける場合には、ストリンジェント洗浄バッファー(high stringency wash buffer)として0.2×SSC、0.1%SDS、マイルド洗浄バッファー(low stringency wash buffer)として2×SSC、0.1%SDSで行うことができる。また、温度でハイブリダイズの差を設ける場合には、ストリンジェントの場合は68℃、中等度(moderate stringency)の場合は42℃、マイルドの場合は室温(20℃〜25℃)でいずれの場合も0.2×SSC、0.1%SDSで行えばよい。
【0025】
プレハイブリダイズを実施する場合には、通常、ハイブリダイズと同じ条件で行う。しかし、ハイブリダイズとプレ(予備)ハイブリダイズ洗浄は同じ条件で行うとは限らない。
【0026】
ハイブリダイゼーションは、公知の方法に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
【0027】
本願明細書において、アミノ酸配列について「同一性」(相同性という場合もある)とは、比較される配列間において、各々の配列を構成するアミノ酸残基の一致の程度の意味で用いられる。このとき、ギャップの存在及びアミノ酸の性質が考慮される(Wilbur, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80:726-730 (1983))。相同性の計算には、市販のソフトであるBLAST(Altschul: J. Mol. Biol. 215:403-410 (1990))、FASTA(Peasron: Methods in Enzymology 183:63-69 (1990))等を用いることができる。
ADAM11タンパク質のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の同一性を有するアミノ酸配列は、好ましくは、80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、そして最も好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列であることができる。
【0028】
「同一性」の数値はいずれも、当業者に公知の相同性検索プログラムを用いて算出される数値であればよく、例えば、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/においてデフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、算出することができる。
【0029】
ADAM11遺伝子の破壊
本発明における遺伝子破壊動物において、ADAM11遺伝子の破壊は、ADAM11遺伝子への外来配列の挿入、ADAM11遺伝子全体またはその一部の外来配列による置換、またはADAM11遺伝子の全部または一部の欠失によって行うことができる。外来配列の塩基数並びに置換、欠失、および挿入の位置は、ADAM11タンパク質の発現や活性が実質的に喪失する限り、特に限定されない。遺伝子組換え体の選別の観点から、外来配列は選択マーカー遺伝子であることが好ましい。選択マーカー遺伝子は公知のものから適宜選択して使用でき、好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。
【0030】
ADAM11遺伝子の破壊は、好ましくは、ADAM11遺伝子の全部または一部を外来遺伝子に置換することにより行うことができる。置換されるADAM11遺伝子の一部としては、例えば、ADAM11のProドメインやメタロプロテアーゼ様ドメインが挙げられ、具体的には、エクソン5からエクソン7にかけての遺伝子領域やエクソン9からエクソン15にかけての遺伝子領域などを置換することができる。
【0031】
ADAM11遺伝子の破壊はまた、ADAM11遺伝子に欠失、挿入、または置換のような変異を導入することによっても行うことができる。例えば、フレームシフトやナンセンス変異などのタンパク質の機能に致命的な影響(発現や活性の喪失)を与える変異を導入することができる。
【0032】
遺伝子破壊の技術は当業者に公知であり、当業者であれば公知の方法に従って遺伝子の破壊を実施することができる。好ましくは、標的破壊(targeted disruption)によりADAM11遺伝子を破壊することができる。
【0033】
標的破壊は、標的となる遺伝子の塩基配列に改変を施した核酸(好ましくは選択マーカー遺伝子、更に好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子を挿入した遺伝子)を細胞に導入し、導入した核酸と標的遺伝子との間で相同組換えを生じさせ、相同組換えが生じた細胞を選択することにより、標的遺伝子に変異を導入する技術を意味する(Capecchi MR, Science 244:1288-1292, 1989)。なお、標的破壊は、ADAM11遺伝子の塩基配列の情報に基づいて該遺伝子を不活性化させる技術の例示であって、これ以外の技術によって当該遺伝子を不活性化させたものも本発明による非ヒト遺伝子破壊動物に含まれるものとする。
【0034】
相同組換えに使用する核酸を作成する場合には、標的となる遺伝子の塩基配列へ変異を導入してもよく、その場合には化学合成、部位特異的突然変異誘発法、またはPCR法などの公知の遺伝子工学的手法を用いて変異を導入できる。さらに、相同組換えを応用したポジティブネガティブセレクション法を用いて作製することができる(米国特許第5,464,764号公報、同5,487,992号公報、同5,627,059号公報、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.86, 8932-8935, 1989、Nature, Vol.342, 435-438, 1989など)。
【0035】
遺伝子破壊動物
本発明による遺伝子破壊動物の第一の態様によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫が提供される。第一の態様の遺伝子破壊動物では、ADAM11遺伝子のホモ接合体型破壊(homozygous disruption)を含んでいるため、ADAM11タンパク質が発現されない。すなわち、第一の態様によれば、ADAM11遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物が提供される。
【0036】
第一の態様の遺伝子破壊動物は、神経関連疾患を発症する表現型を有する。従って、第一の態様の遺伝子破壊動物を用いて、神経関連疾患の治療に用いられる物質をスクリーニングすることができる。
【0037】
本発明において「神経関連疾患」とは、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害を含む意味で用いられるものとする。
【0038】
協調運動障害は 例えば、小脳などの中枢神経系の異常や、運動神経などの末梢神経系や筋力などの損傷、骨格の異常などによってもたらされる障害であって、腕や脚の位置や体の姿勢などをうまく調節できなくなるため、動作の滑らかさの消失や、動作の正確度が失われるといった症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、協調運動障害が中枢神経系の異常による場合は、例えば、回転棒試験を用いて確認することができる。また、協調運動障害が末梢神経系や筋力の障害、骨格異常などによる場合は、例えば、握力試験(牽引力試験)、懸垂試験、歩行試験などを用いて確認することができる。これらの試験は、Ogura H, Matsumoto M, Mikoshiba K. (2001) Behav Brain Res.122(2):215-219.に記載された方法を参照することができる。
【0039】
記憶障害は、例えば、海馬の損傷によってもたらされる障害であって、約束したことを忘れたり、日時を間違えたり、場所が分からなくなり目的地へ着くことができず迷子になったりするような症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、例えば、水迷路試験を用いて確認することができる。
【0040】
痛覚障害は、主に痛みに関する受容器や効果器、その伝達経路の損傷によってもたらされる障害であって、痛みの鈍化といった症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、ホルマリン試験や酢酸ライジング法を用いて確認することができる。
【0041】
本発明による遺伝子破壊動物の第二の態様によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫が提供される。第二の態様の遺伝子破壊動物では、ADAM11遺伝子のヘテロ接合体型破壊(heterozygous disruption)を含んでいるため、ADAM11タンパク質が依然として発現されている。しかし、後述するように、第二の態様の遺伝子破壊動物の雌雄を交配することにより、ADAM11遺伝子のホモ接合体型破壊(homozygous disruption)を含んでなる第一の態様の遺伝子破壊動物を得ることができる。すなわち、第二の態様の遺伝子破壊動物は、第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を作出するための親動物として使用することができる。
【0042】
非ヒト動物は特に限定されるものではないが、動物モデルの作出の観点からは、繁殖が比較的容易で、比較的短期間で個体を取得できる齧歯類動物が好ましく、より好ましくはマウスおよびラットである。
【0043】
本発明によれば、本発明による遺伝子破壊動物の子孫が提供される。本発明において「子孫」とは、本発明による遺伝子破壊動物が保有する破壊されたADAM11遺伝子を保有する子孫を意味する。
【0044】
本発明によればまた、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる組織が提供される。組織としては、例えば、脳、心臓、胸腺、腎臓、肝臓、膵臓、筋肉、骨、骨髄、皮膚等すべての臓器、器官等が挙げられる。
【0045】
本発明によればまた、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる非ヒトの動物細胞が提供される。
【0046】
本発明によれば更に、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる繁殖材料が提供される。繁殖材料としては、例えば、精子、未受精卵、受精卵等が挙げられる。
【0047】
遺伝子破壊動物の作製
本発明によれば、第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法が提供される。
【0048】
本発明によれば、第二の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法が提供される。
【0049】
以下に本発明による非ヒト遺伝子破壊マウスの作製について詳細に説明する。最初にADAM11遺伝子の標的破壊法について、ADAM11遺伝子のクローニング、用的破壊法に用いるターゲティングベクターの構築、相同組換えを起こしたES細胞の取得の順に説明する。マウス以外の遺伝子破壊動物の作製については当該技術分野において公知であり、例えば、ラットについてはDev. Biol. 163(1):288-292, 1994を、ウサギについてはMol. Reprod. Dev. 45(4):439-443, 1996を、サルについてはProc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 92(17):7844-7848, 1995を参照できる。
【0050】
[工程(a):ES細胞の形質転換]
破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドの作製に先立って、ADAM11遺伝子の一部を含むDNAを準備する。
【0051】
ADAM11タンパク質をコードするDNAは、配列番号2に記載のアミノ酸配列を基にプライマーを設定し、非ヒト動物のゲノムDNAあるいはcDNAからPCR法により、あるいは非ヒト動物のRNAからRT−PCR法により得ることができる。また別法としては、前述の引用文献に記載の塩基配列を基にプローブを合成して、非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから、当該プローブとハイブリダイズするクローンを選び出し、塩基配列を決定して、ADAM11遺伝子あるいはその一部、好ましくは5kbp以上、更に好ましくは10kbp以上の塩基配列を含むクローンを選択しても良い。クローニングされたDNAに含まれる制限酵素切断部位を確認して制限酵素地図を作製する。相同組換えするのに十分な長さのDNA、好ましくは5kbp以上、更に好ましくは10kbp以上のクローンが得られなかった場合は、複数のクローンより適切な制限酵素部位でDNAを切り出して繋ぎ合わせることも許される。
【0052】
得られた相同組換えに十分な長さのDNA中のエクソン領域の制限酵素部位に、薬剤耐性遺伝子などのポジティブ選択マーカー、好ましくは、ネオマイシン耐性遺伝子またはピューロマイシン耐性遺伝子を導入する。また、エクソンの一部を取り除いて、代わりに薬剤耐性遺伝子に置き換えてもよい。
【0053】
適当な制限酵素部位が無い場合にはPCR法を実施し、制限酵素部位を含むオリゴヌクレオチドのライゲーション等により、適当な制限酵素部位を導入してもよい。好ましくは、導入されたDNAとADAM11遺伝子の間に相同組換えが起こらず、導入されたDNAがADAM11遺伝子以外の部位に挿入されてしまった胚性幹細胞(ES細胞)を除去するために、ベクター内にはネガティブ選択マーカー、例えば、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリア毒素遺伝子などを含むのが望ましい。これらのDNAの塩基配列を操作する組換えDNA技術は、例えば、Sambruck, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY に記載された方法によって行うことができるが、適当な組換えDNAを得ることができれば、これらの方法に限られるものではない。なお、ターゲティングベクターの作製に用いられるベクターは、特に限定されず、形質転換を行う細胞(例えば、大腸菌)中で自己複製可能なものであればよい。例えば、市販のpBluscript(Stratagene社製)、pZErO1.1(Invitrogen社)、pGEM−1(promega社)等が使用可能である。
【0054】
[工程(b):形質転換されたES細胞の選択]
作製したターゲティングベクターを、制限酵素で切断して直鎖状DNAとし、例えば、フェノール・クロロフォルム抽出、アガロース電気泳動、超遠心分離等により精製して、ES細胞、例えば、TT2へトランスフェクションする。トランスフェクションの方法としては、エレクトロポレーション、リポフェクチンなどが挙げられるが、本発明はこれに限られるものではない。トランスフェクションしたES細胞は適当な選択培地中、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んだターゲティングベクターを構築した場合には、培地中にネオマイシンとガンシクロビルを含む選択培地中で培養する。両薬剤に対し薬剤耐性を呈して増殖してきたES細胞に、導入遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれたことは、PCR法等で容易に同定することができる。更にターゲティングベクターの外側の5’上流もしくは3’下流のDNAの一部をプローブとしてサザンブロット解析する事により、相同組み換えを起こしたかどうかを確認する事もできる。また、ターゲティングベクターがランダムに挿入されていないことを確かめるために、ターゲティングベクター内のDNAをプローブとしてサザンブロット解析する事により確認できる。これらの方法を組み合わせることにより、相同組み換えを起こしたES細胞を取得することができる。
【0055】
[工程(c):ES細胞の胚または胚盤胞への導入]
ADAM11遺伝子ノックアウトマウスは、受精後8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取、相同組み換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション、偽妊娠マウスへの操作卵の移植、偽妊娠マウスの出産と産仔の育成、PCR法およびサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜、導入遺伝子をもつマウスの系統樹立、のステップを経て作製することができる(Yagi, T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)。
【0056】
ES細胞の胚または胚盤胞への導入は次のようにして実施できる。
【0057】
まず、8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取受精卵は、雌マウスに過剰排卵を誘発させるため、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精後2.5日目の雌マウスより卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得る。なお胚盤胞を用いる場合は受精後3.5日目、雌マウスの子宮を取り出し、子宮還流により胚を得る。
【0058】
次いで、得られた8細胞期胚または胚盤胞に、相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクションする。マイクロインジェクションは、例えば、Hogan, B.L.M., Alaboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986や、Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づき、倒立顕微鏡下で、マイクロマニピュレータ、マイクロインジェクター、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いて行うことができる。また、インジェクション用ディッシュには、例えば、Falcon 3002(Becton Dickinson Labware)に培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いる。以下相同組換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクションした8細胞期胚あるいは胚盤胞を操作卵と称す。
【0059】
[工程(d)および(e):偽妊娠マウスへの操作卵の移植とヘテロ接合型マウスの系統樹立]
精管結紮雄マウスと正常雌マウスを交配させて偽妊娠マウスを作成し、操作卵を移植する。操作卵の移植は、例えば、Hogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986や、Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づいて行うことができる。以下に具体的操作の例を記すが、本発明はこれに限られるものではない。
【0060】
偽妊娠マウスを、例えば、50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウムにて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させる。次に卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込む。この時、操作卵とともに入れた微小気泡によって、卵管内に移植されたことを確認する。このあと卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合し、マウスを麻酔から覚醒させる。場合によっては、操作卵を翌日まで培養し、胚盤胞に発生させてから子宮に移植しても良い。
【0061】
多くの場合、移植後17日目には仔マウスが得られる。仔マウスは通常、相同組換え起こしたES細胞と、受精卵を採取したマウス細胞のキメラとなる。例えば、ES細胞としてTT2を用い、ICRマウスより採取した8細胞期胚に注入した場合、キメラ率の高い仔マウスは体毛色が野ネズミ色優位となり、キメラ率の低いマウスは体毛色が白色優位となる。
【0062】
導入遺伝子が生殖細胞に入っているかどうかは、体毛色が白色のマウス(たとえばICR)と交配し、得られた仔マウスの体毛色により容易に確認することができる。あるいはキメラ率の高いマウスは生殖細胞も導入遺伝子を含んでいることが期待されることから、できるだけキメラ率の高いマウスを選択することが好ましい。
【0063】
得られたキメラマウスを野生型マウス(正常マウス)と交配することにより、ヘテロ接合型マウス(以下「ヘテロマウス」ということがある)を得ることができる。得られた仔マウスの尾よりDNAを抽出してPCR法をすることにより、導入遺伝子の有無を確認できる。また、PCR法の代わりにサザンブロット解析により、より確実な遺伝子型を同定できる。
【0064】
[工程(f):ホモ接合型マウスの系統樹立]
ヘテロ接合型マウス同士を交配することによって、得られた仔マウスの中に導入遺伝子がホモに存在するADAM11遺伝子ノックアウトマウス(以下「ホモマウス」ということがある)を得ることができる。ADAM11遺伝子ノックアウトマウスは、ヘテロ接合型マウス同士、ヘテロ接合型マウスとADAM11遺伝子ノックアウトマウス、ADAM11遺伝子ノックアウトマウス同士のいずれの交配でも得ることができる。ADAM11遺伝子ノックアウトマウスのmRNAの発現の有無はノーザンブロット解析、RT−PCR法、RNAseプロテクションアッセイ、in situ等により確認できる。またADAM11タンパク質の発現を免疫組織染色、当該タンパク質を認識する抗体等により確認することができる。
【0065】
スクリーニング方法
本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害などの神経関連疾患の表現形を有する。第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子のホモ接合型破壊を有していることから、神経関連疾患の表現形はADAM11遺伝子が不活性化されたことに起因するものであると考えられる。従って、本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子の不活性化により起こる神経関連疾患のモデル動物として使用でき、特に、中枢神経系疾患や痛覚障害の治療薬の探索および開発や、学習、記憶、運動機能、体性感覚などの中枢神経系や痛覚伝達経路の機能解析(特に、分子レベルでの機能解析)に使用することができる。
【0066】
本発明によれば、神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法が提供される。
本発明によるスクリーニング法においては、工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでいてもよい。
【0067】
本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質には特に制限はないが、例えば、神経関連疾患の治療剤あるいはその候補化合物、具体的には、運動失調改善剤、記憶改善剤、および無痛覚症改善剤並びにそれらの候補化合物をスクリーニングの対象にすることができる。
本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、塩であってもよく、また、溶媒和物であってもよい。酸との塩としては、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、燐酸塩等の無機酸塩や蟻酸、酢酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸との塩を挙げることができる。また、塩基との塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、アルギニン、リジン等の有機塩基との塩(有機アミン塩)、アンモニウム塩を挙げることができる。
また、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、無水物であっても、水和物などの溶媒和物を形成していてもよい。溶媒和物は水和物または非水和物のいずれであってもよいが、水和物が好ましい。溶媒は水、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール)、ジメチルホルムアミドなどを使用することができる。さらに、これら物質の溶媒和物および/または光学異性体が存在する場合には、本発明のスクリーニング方法でスクリーニングされる物質は、それらの溶媒和物および/または光学異性体が含まれる。
また、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、生体内で酸化、還元、加水分解、抱合などの代謝を受ける物質をも包含する。
さらに、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、生体内で酸化、還元、加水分解などの代謝を受けてスルホンアミド化合物を生成する化合物をも包含する。
【0068】
本発明によるスクリーニング方法においては、被検物質を投与する前の遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質を投与した後の遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度とを比較し、後者が前者よりも改善されている場合には、神経関連疾患の治療に有用な物質であると決定することができる。症状の程度の測定に当たっては、回転棒試験、水迷路試験、ホルマリン試験、酢酸ライジング法試験などを用いることができる。
回転棒試験は、運動協調性の障害を調べる検査であって、回転する棒(好ましくは、1分間に1〜20回転)の上に動物を置き、落下頻度または落下までの時間を調べる試験である。本発明によるスクリーニング方法では、被検物質を投与する前に回転する棒の上に本発明の非ヒト遺伝子破壊動物を置き、落下頻度または落下までの時間を測定する。次に被検物質を投与した後に回転する棒の上に第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を置き、落下頻度または落下までの時間を測定する。被検物質投与後に落下頻度が低下または落下までの時間が長くなった場合、当該被検物質は、運動協調機能を改善する物質であると判断することができる。
水迷路試験は、例えば、直径1〜2mのプールに必要に応じて牛乳または墨汁等で濁らせた水を溜め、プール内のある場所に避難用のプラットホームを設置した装置を使用し、そのプールで第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を泳がせ、足をつくことのできるプラットホーム(ゴール地点)にたどり着くまでの時間(Escape latency)を測定し、空間認知能力の一つの指標とする試験である。本発明によるスクリーニング方法では、被検物質を投与する前に本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の水迷路試験を行い、プラットホームにたどり着くまでの時間を測定する。次に、被検物質を投与した後に水迷路試験を行いプラットホームにたどり着くまでの時間を測定する。被検物質投与の後が該投与前よりも、当該動物がプラットホームにたどり着くまでの時間が短縮した場合、当該被検物質は、記憶障害(認知障害、学習障害等を含む)を改善する物質であると判断することができる。
ホルマリン試験は,動物の痛みを観察,評価するための試験である。痛みを表わす行動をよりはっきりと示すこと(例えば、注射された足を振る、舐める、咬む等)と関連している。本発明によるスクリーニング方法では、例えば、ホルマリンを本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の足に投与する前の当該動物の足の状態を観察する。次に当該動物の足に被検物質を投与した後に、当該動物の足の状態(リッキング(licking)またはバイティング(biting))を観察する。被検物質投与の後が該投与前よりも当該動物の足の状態に反応が速く現れた場合、当該被検物質は、痛覚障害を改善する物質であると判断することができる。
酢酸ライジング試験とは、マウスに酢酸を投与すると、痛みにより特有の「身もだえるような症状(ライジング)」が現れる。本発明によるスクリーニング方法では、例えば、酢酸を本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の腹腔内に投与する前の当該動物の状態を観察する。次に当該動物の腹腔内に被検物質を投与した後に、当該動物の状態(ライジング等)を観察する。被検物質投与の後が該投与前よりも当該動物の状態に反応が速く現れた場合、当該被検物質は、痛覚障害を改善する物質であると判断することができる。
【0069】
医薬組成物および遺伝子治療剤
本発明によれば、ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物が提供される。
【0070】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用が提供される。
【0071】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療方法であって、治療が必要な患者に、治療上の有効量のADAM11タンパク質を投与することを含んでなる治療方法が提供される。
【0072】
ここで、本明細書において「治療」とは、一般的に、所望の薬理学的効果および/または生理学的効果を得ることを意味する。効果は、疾病および/または症状を完全にまたは部分的に防止する点では予防的であり、疾病および/または疾病に起因する悪影響の部分的または完全な治癒という点では治療的である。本明細書において「治療」とは、哺乳動物、特にヒトの疾病の任意の治療を含み、例えば、以下の治療を含む:
・疾病または症状の素因を持ちうるが、まだ持っていると診断されていない患者において、疾病または症状が起こることを予防すること;
・疾病症状を阻害する、即ち、その進行を阻止または遅延すること;
・疾病症状を緩和すること、即ち、疾病または症状の後退、または症状の進行の逆転を引き起こすこと。
【0073】
本明細書において「ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患」の例としては、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害が挙げられる。
【0074】
ADAM11タンパク質を用いた治療に当たっては、ADAM11タンパク質を薬学的に許容され得る担体と配合して医薬組成物として提供できる。
【0075】
有効成分の担体に対する割合は、1〜90重量%の間で変動され得る。また、本発明による医薬組成物は、ヒトまたはヒト以外の生物[例えば、非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、トリ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、ブタ、イヌなど)、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類など]に、種々の形態、経口または非経口(例えば、静脈注射、筋肉注射、皮下投与、直腸投与、経皮投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。即ち、本発明による医薬組成物は、ヒトまたはヒト以外の生物に、種々の形態、経口または非経口(例えば、静脈注射、筋肉注射、皮下投与、直腸投与、経皮投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。従って、本発明による医薬組成物は、有効成分単独で用いることも可能であるが、投与経路に応じて慣用される方法により薬学的に許容され得る担体を用いて適当な剤形に製剤化することが可能である。
【0076】
好ましい剤形としては、例えば、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤等による経口剤、吸入剤、坐剤、注射剤(点滴剤を含む)、軟膏剤、点眼剤、眼軟膏剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤、リポソーム剤等による非経口剤が挙げられる。
【0077】
これらの製剤の製剤化に用いる担体には、例えば、通常用いられる賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要により安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤、増量剤、湿潤化剤、表面活性化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、無痛化剤等を使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して常法により製剤化することが可能である。使用可能な無毒性のこれらの成分としては、例えば、大豆油、牛脂、合成グリセライド等の動植物油;例えば、流動パラフィン、スクワラン、固形パラフィン等の炭化水素;例えば、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル等のエステル油;例えば、セトステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等の高級アルコール;シリコン樹脂;シリコン油;例えば、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー等の界面活性剤;例えば、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース等の水溶性高分子;例えば、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール;例えば、グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ソルビトール、ポリエチレングリコール等の多価アルコール(ポリオール);例えば、グルコース、ショ糖等の糖;例えば、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、ケイ酸アルミニウム等の無機粉体;塩化ナトリウム、リン酸ナトリウムなどの無機塩;精製水等が挙げられる。
【0078】
賦形剤としては、例えば、乳糖、果糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビット、結晶セルロース、二酸化ケイ素等が、結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール・ポリオキシエチレン・ブロックポリマー、メグルミン等が、崩壊剤としては、例えば、澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、ペクチン、カルボキシメチルセルロース・カルシウム等が、滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油等が、着色剤としては医薬品に添加することが許可されているものが、矯味矯臭剤としては、ココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、竜脳、桂皮末等が、それぞれ用いられる。上記の成分は、その塩またはその溶媒和物であってもよい。
【0079】
経口製剤は、本発明において使用する有効成分に、賦形剤、さらに必要に応じて、例えば、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤等を加えた後、常法により例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤等とする。錠剤・顆粒剤の場合には、例えば、糖衣、その他必要により適宜コーティングすることはもちろん差支えない。シロップ剤や注射用製剤等の場合は、例えば、pH調整剤、溶解剤、等張化剤等と、必要に応じて溶解補助剤、安定化剤等とを加えて、常法により製剤化する。また、外用剤の場合は、特に製法が限定されず、常法により製造することができる。使用する基剤原料としては、医薬品、医薬部外品、化粧品等に通常使用される各種原料を用いることが可能であり、例えば、動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料が挙げられ、必要に応じ、pH調整剤、抗酸化剤、キレート剤、防腐防黴剤、着色料、香料等を添加することができる。さらに、必要に応じて血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤等の成分を配合することもできる。この時の有効成分の担体に対する割合は、1〜90重量%の間で変動され得る。本発明による医薬組成物の有効成分は、少なくとも90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上に精製されたものを使用するのが好ましい。
【0080】
本発明による医薬組成物の投与形態および必要な投与量範囲は、投与対象、投与経路、製剤の性質、患者の状態、そして医師の判断に左右される。しかし、適当な投与量は患者の体重1kgあたり、例えば、約0.1〜500μg、好ましくは約0.1〜100μg、より好ましくは1〜50μg程度である。投与経路の効率が異なることを考慮すれば、必要とされる投与量は広範に変動することが予測される。例えば、経口投与は静脈注射による投与よりも高い投与量を必要とすると予想される。こうした投与量レベルの変動は、当業界でよく理解されているような、標準的経験的な最適化手順を用いて調整することができる。
【0081】
本発明による医薬組成物および後述する遺伝子治療剤の有効成分は、そのプロドラッグであってもよい。なお、本発明のスクリーニング方法によって見出された物質の医薬組成物等も上記の記載に従って作製することができる。
【0082】
本明細書において、「プロドラッグ」とは、バイオアベイラビリティ(bioavailability)の改善や副作用の軽減等を目的として、「薬剤の活性本体」(プロドラッグに対応する「薬剤」を意味する)を不活性な物質に化学修飾したものを意味し、吸収後、体内では活性本体へ代謝され、作用を発現する薬剤のことである。従って、「プロドラッグ」という用語は、対応する「薬剤」よりも固有活性(intrinsic activity)は低いが、生物学的な系に投与されると、自発的な化学反応または酵素触媒反応または代謝反応の結果、その「薬剤」物質を生成する任意の化合物、ペプチド、ポリヌクレオチドを指す。当該プロドラッグとしては、上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類もしくは前記ポリヌクレオチド類のアミノ基、水酸基、カルボキシル基などがアシル化、アルキル化、リン酸化、ホウ酸化、炭酸化、エステル化、アミド化またはウレタン化された化合物、ペプチド、ポリヌクレオチドなどの種々のプロドラッグを例示することができる。但し、例示した群は包括的なものではなく、典型的なものに過ぎず、当業者は他の既知の各種プロドラッグを公知の方法によって上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類または前記ポリヌクレオチド類から調製することができる。上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類または前記ポリヌクレオチド類からなるプロドラッグは、本発明の範囲内に含まれる。
【0083】
本発明によれば、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患遺伝子治療剤が提供される。
【0084】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用が提供される。
【0085】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療方法であって、治療が必要な患者に、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを投与することを含んでなる治療方法が提供される。
【0086】
本発明による遺伝子療法に当たっては、遺伝子導入ベクターを患者に直接投与する「in vivo法」を選択しても、患者の体内から標的細胞を採取し、体外でADAM11遺伝子または遺伝子導入ベクターを導入し、遺伝子またはベクターが導入された標的細胞を患者の体内に戻す「ex vivo法」を選択してもよい。
【0087】
in vivo法の場合には、レトロウイルスベクターなどの当該技術分野において公知の遺伝子導入ベクターを用いて、患者に直接導入ベクターを投与することができる。本発明による遺伝子治療に使用するADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターは、本発明による医薬組成物と同様に薬学上許容される担体を配合して製剤化することができ、例えば、非経口的に投与することができる。投与量レベルの変動は、当業界でよく理解されているような、標準的経験的な最適化手順を用いて調整することができる。in vivo法においては、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを、常法に従って、カテーテルまたは遺伝子銃によって投与することができる。
【0088】
ex vivo法の場合には、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、ウイルス形質導入法などの当該技術分野において公知の方法を用いて、標的細胞にADAM11遺伝子を導入することができる。標的細胞は脳神経系の病変部位等から採取することができる。ex vivo法を選択した場合には、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを細胞に導入し、当該細胞で前記ペプチドを発現させた後、当該細胞を患者に移植することによって、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患を治療することができる。
【0089】
遺伝子治療に利用可能な遺伝子導入ベクターは当該技術分野において周知であり、遺伝子導入の方法や宿主に応じて適宜選択することができる。このようなベクターとしては、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクターなどが挙げられる。また、ADAM11遺伝子を遺伝子導入ベクターに連結するに当たっては、宿主において発現可能なように、プロモーターやターミネーターのような制御配列やシグナル配列、ポリペプチド安定化配列などを適宜連結することができる。遺伝子導入ベクターの選択や構築については、例えば、Miller,A.D.,Blood,76,271-278,1990、Vile,R.G.,Gene Therapy,Churchill Livingstone,12-30,1995、Emi,N.,et al., J.Virol., 65,1202-1207,1991、Yee,J.K.,et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA,91, 9564-9568, 1994、Yang,Y.,et al.Hum.Gene.Ther.6,1203-1213,1995 Chen,S.T.,et al. Proc.Natl.Acad. Sci.USA,93,10057-10062, 1996、Ory,D.S.et.al,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,93,11400-11406,1996等を参照することができる。
【0090】
本発明によれば、生体から採取された細胞に、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを用いてADAM11遺伝子を導入してなる、神経関連疾患の遺伝子治療に用いられる細胞を提供することができる。
【実施例】
【0091】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0092】
実施例1:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの作製
1.1.1:ADAM11遺伝子のクローニング
マウスADAM11遺伝子のアミノ酸配列は、Gene, 236: 79-86.(1999)にて報告されており、同cDNA配列はAccession Number AB009676 として、GenBankに登録されている。ターゲティングに用いる相同配列は、エクソン5とその上流の約3.8kbpならびにエクソン7とその下流6.3kbpのマウスゲノム配列をPCR法によって増幅することによって獲得した。具体的には、プライマー(配列番号5;SGN055N及び、配列番号6;SGN043S)を設計しC57BL/6マウスのゲノムDNAを鋳型にPCR法をおこない約5kbpのDNAフラグメントを増幅した後、HindIIIとSalI 消化で得られた約3.8kbpsのフラグメント(配列番号7)を得た。また、同様に(配列番号8;SGN034S及び配列番号9;SGN037S)のプライマーを用いてC57BL/6マウスのゲノムDNAを鋳型としたPCR法をおこない、約6.3kbpのDNAフラグメント(配列番号10)を得た。
【0093】
1.1.2:ターゲティングベクター(pKO−MDC9)の構築
ターゲティングベクターは、以下の方法で構築した。まず、5’−アーム(配列番号7のフラグメント)、ネオマイシン耐性遺伝子(PGK−neo)、3’−アーム(配列番号10のフラグメント)を常法にしたがって順次連結させた後、これをネガティブ選別遺伝子である単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子を含有するpUC18ベクターに導入し、ターゲティングベクター(pKO−MDC9)を作製した(図1)。
【0094】
1.1.3:相同組み換え胚性幹細胞(ES細胞)の取得
ターゲティングベクターpKO−MDC9をNotIで切断して直鎖上のDNA(1mg/ml)とした。マウス胚性幹細胞(ES細胞)はTT2(ギブコBRL, 東京)を用い(Yagi T. et.al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)、直鎖ターゲッテイングベクター(200μg/ml)をES細胞(1x107cells/ml)へエレクトロポレーション(250V、975μF、室温)によりトランスフェクションし、培養2日後よりG418(250μg/ml)およびガンシクロビル(0.2μM)を含んだ培地で3日間培養し、その後、G418を含んだ培地で更に3日間培養した。生じたES細胞コロニーのうち、無作為に選んだ株からそれぞれDNAを抽出し、ターゲティングベクター外の塩基配列(配列番号11;SGN033)、導入遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)中に含まれる塩基配列(配列番号12;AGN1)をプライマーとしてPCR法を行って、約6.5kbのPCR産物を生じるクローンを相同組み換えを起こしている可能性のある候補とした。
【0095】
候補クローンの中からサザンブロット解析により相同組み換えのみが起きているクローンを同定した。抽出したゲノムをBamHIで切断し、BE2Kプローブ(ターゲティングベクター5’−アーム上流の約2.0kbpのDNA断片、配列番号13、図1参照)でハイブリダイズすると、野生型は13.7kbのバンドとして検出されるのに対し、相同組換えの起こっているクローンは10.3kbのバンドとして検出されるので、これを相同組換えの起こっているクローンとして選択した(図2)。
【0096】
1.1.4:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの作製
雌マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)に、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン(pregnant mare's serum gonadotropin,PMSG:セロトロピン: 帝国臓器, 東京)5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin, hCG:ゴナトロピン:帝国臓器,東京)2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精2.5日目に卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得た。
【0097】
得られた8細胞期胚へ、相同組み換えしたES細胞を倒立顕微鏡(ダイアフォトTMD:日本光学工業,東京)下で、マイクロマニピュレータ(粗動電動マニピュレータに懸架式ジョイスティック3次元油圧マイクロマニピュレータを装着:ナリシゲ,東京)、マイクロインジェクター(ナリシゲ,東京)、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いてマイクロインジェクションした。また、インジェクション用ディッシュには、Falcon3002(Becton Dickinson Labware)に培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いた。
【0098】
精管結紮雄マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)と正常雌マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)とを交配させて偽妊娠マウスを作成し、異なる3つの相同組換えES細胞クローンをマイクロインジェクションした操作卵を移植した。偽妊娠マウスを50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウム(Nembutal:Abbott Laboratories)にて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させ、次いで卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込んだ。その後、卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合した。
【0099】
操作卵を移植し妊娠したマウスより、体毛色が野ネズミ色の100%キメラマウスを出産させた。得られた100%キメラマウスの生殖細胞がES細胞由来であることを確認するために、ICRメスマウスと交配して産仔を確認したところ、全ての産仔の体毛色が野ネズミ色であり、キメラマウスの生殖細胞はES細胞由来であることが確認された。キメラマウスをC57BL/6と交配することによってヘテロマウスを得て、ヘテロマウス同士の交配によってADAM11遺伝子ノックアウトマウスを得た。
【0100】
1.2.1:ADAM11遺伝子破壊の検証(サザンブロット解析)
ヘテロマウス同士の交配によって得られた6ヶ月齢の雄のマウス6匹(個体番号:1,2,3,4,5,6)の遺伝子型を、サザンブロット解析によって確認した。それぞれのマウスの肝臓から抽出したゲノムDNA20μgをBamHIにより切断し、7.5%アガロース電気泳動で分離した後にナイロンメンブレンへ転写し、アイソトープ標識したBE2Kプローブとハイブリダイズさせた。メンブレンを洗浄した後に、ハイブリダイズした標識プローブのイメージをBAS5000バイオイメージアナライザー(FUJIFILM)を用いて解析した。
【0101】
その結果、個体番号5および6由来のゲノムDNAからは、10.3kbのバンドのみが検出された。したがって、個体番号5および6のマウスは破壊対立遺伝子をホモに有するADAM11遺伝子ノックアウトマウスであることが確認された(図3)。
【0102】
1.2.2:ADAM11遺伝子破壊の検証(ウエスタンブロット解析)
1.2.1で解析に用いた6匹のマウスから小脳を取り出し、1mlのTN(+)溶液(50mM Tris−HCl,pH7.5, 150mM NaCl, 1% NP−40, 1×Comlete(TM) )に浸し、ポリトロン・ホモジナイザーによって破砕することによって、小脳ライセートを作製した。小脳ライセートに、100μlのコンカナバリンA−セファロース(Concanavalin A-Sepharose )(Amersham) を添加し、室温で60分間培養した。次に、コンカナバリンA−セファロースを、TN(+)溶液で2回洗浄した後、120μlのSDS−PAGEサンプルローディング溶液に懸濁し、95℃で3分間処理の溶出操作をおこなうことによって、コンカナバリンA(Concanavalin A)に結合していたマウス小脳由来の糖タンパクの濃縮サンプルを作製した。同サンプルを10%SDS−PAGEにて分離し、PVDF膜へ転写した。転写したPVDF膜は、ブロックエース溶液(大日本製薬)で室温において1時間ブロッキングした後に、1μg/mlの抗ADAM11モノクローナル抗体(特開平7−330799号公報)で室温において3時間の処理をおこなった。同PVDF膜を3回洗浄した後に、抗マウスIgG−HRP コンジュゲート (Amersham) で室温において1時間の処理をおこない、3回洗浄した後にECL−Plus試薬(Amersham)を用いて、ADAM11タンパクを検出した。尚、HAタグを付加したマウスADAM11タンパク質を強制発現させたHeLa細胞のライセートを、陽性コントロール[P]として解析に供した。
【0103】
その結果、野生型(個体番号1、2)およびヘテロ接合体(個体番号3、4)では、約70kDの抗ADAM11抗体と反応する単一のバンドが検出されたのに対して、ホモ接合体(個体番号5、6)、すなわちADAM11遺伝子ノックアウトマウス、では全くバンドが検出されなかった(図4)。なお、陽性コントロールでは、約90kDの前駆体および約70kDの成熟型の2本のバンドが検出されているが、マウス小脳からは成熟型のみが検出された。
【0104】
以上の結果から、本発明のADAM11遺伝子ノックアウトマウスにおいては、ADAM11タンパク質が合成されていないことが確認された。
【0105】
実施例2:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの神経障害についての確認試験
2.1:各群の体重および脳重量の測定
24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)について、体重、総脳重量、大脳重量および小脳重量を測定したところ、各重量は各群において有意な差は認められなかった(表1)。すなわち、各群において、外形には変化は認められないことが確認された。
【表1】
【0106】
2.2:協調運動障害試験
(1)自発運動量の測定
自発運動量はVersamax解析ソフト(Accuscan社)を用いて測定した。24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)をVersamaxケージ内に入れると、その直後から90分間の水平行動回数、常同行動回数および立ち上がり回数の合計回数が解析ソフトにより解析表示されるので、この合計回数(カウント数)を自発運動量の指標とした。
【0107】
その結果、各群のマウスにおいてカウント数には有意な差は認められず、自発運動量には変化が認められないことが確認された(図5)。
【0108】
(2)握力(牽引力)試験
握力(牽引力)試験は牽引装置(FU-1、室町機械株式会社)を用いて行った。24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の尾のつけねから1cmのところを持ち、前肢で装置の牽引するステンレス棒(直径2mm)を握らせ、尾を引いて前肢を離すまでに生じた牽引力を測定した。
【0109】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、牽引力つまり握力には変化が認められないことが確認された(図6)。
【0110】
(3)懸垂試験
運動神経および骨格筋の筋力の測定は、懸垂試験により行った。本試験は、ステンレス棒(直径2mm、長さ50cm)を37cmの高さに水平にはり、その中央に24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の両前肢をかけ30秒間観察し、落下するまでの時間とスコアを測定し、この時間とスコアを運動神経および骨格筋の筋力の指標として行った。なお、スコアは以下の通りとした。0:直ちに落下した。1:両前肢でステンレス棒を握っている状態。2:両前肢でステンレス棒を握り、懸垂しようと試みた状態。3:両前肢でステンレス棒を握り、かつ、少なくともどちらか一方の後肢でステンレス棒を握っている状態。4:前肢及び後肢でステンレス棒を握り、かつ、尾をステンレス棒に巻きつけている状態。5:4での状態に加え、ステンレス棒の先端まで移動した状態。
【0111】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、運動神経などの末梢神経系や骨格筋の筋力には顕著な変化が認められないことが確認された(図7および8)。
【0112】
(4)歩行試験
骨格異常の測定は、歩行試験により行った。本試験は、24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の両後肢を墨汁で塗り、マウスを(9×25×10cm)の通路を真っ直ぐに歩かせ、左右の後肢幅(左右幅)と両後肢それぞれの歩幅(前後幅)を測定し、骨格異常の指標とした。
【0113】
その結果、各群のマウスで有意な差は認められず、後肢の骨格異常や歩行時における足の運びに変化が認められないことが確認された(図9および10)。
【0114】
(5)回転棒試験
協調運動障害の測定は、回転棒試験により行った。本試験は、ロータロッド(KN−75、夏目製作所株式会社)のドラム上に24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各11、14、12匹)を乗せ、ドラムを0(静止状態)、5、10および15rpmで120秒間回転させ、ドラム上からマウスが落下するまでの時間を滞在時間として測定し、この時間を協調運動障害の指標として行った。静止状態と5rpmについては各回転を4回、10rpmについては8回、15rpmについては20回それぞれ試行した。
【0115】
その結果、ホモマウス群は静止状態では他のマウス群と同様にドラム上に滞在することができたが(図11)、5、10および15rpmとロータを回転させると、野生型マウス群と比較して滞在時間が有意に短く、協調運動障害が認められた(図12〜14)。なお、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して、静止状態、5、10および15rpmとロータを回転させても、協調運動障害に有意な差は認められなかった。
【0116】
上記の(2)握力(牽引力)試験、(3)懸垂試験、(4)歩行試験の結果、ヘテロマウス及びホモマウス共に野生型マウスとの間に有意な差は認められず、ホモマウスには運動神経などの末梢神経系や筋力などの明らかな損傷、骨格異常等が認められないことが確認された。以上の結果より、ホモマウスの協調運動障害は中枢神経系の障害由来であることが考えられる。
【0117】
2.3:記憶障害試験
記憶障害の測定は、水迷路試験により行った。
【0118】
まず、24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各11、14、12匹)に、水を満たした円形プール(直径1.5m、高さ30cm)内の水面下に固定したプラットフォーム(直径8cm、水面下1cm)を見つけだすように学習させた。マウスの方向決定が容易になるように、プールの周囲には外部視覚的手がかり(蛍光灯、実験機械、壁紙等)を設置し、これらは実験期間を通じて常に一定にした。実験日にはプールを4等分して(図15)4カ所の出発点をランダムに選び、マウスの頭部をプールの壁に向けて水中に入れ、プラットフォームに逃避するまでの潜時を測定した。マウスがプラットフォームに登ったときは、そのまま15秒間放置した。もし60秒経過してもマウスがプラットフォームに登らなかった場合は、その時点で試験終了としてマウスをプラットフォーム上において、同じく15秒間放置し、潜時を60秒と記録した。各マウスには1日1回の訓練セッション(1セッション当たり4回の試行)を9日連続して行い、逃避潜時時間を測定した。その後、セッション9(9日目)の24時間後にプラットフォームを取り除き、マウスを60秒間泳がせて、この時の泳路と4等分した各場所にいた時間を測定した(プローブトライアル(10日目))。プラットフォームの場所(TQ)を認知して記憶している場合は、プラットフォームがあった場所に長く留まるため、4等分した各範囲における滞留時間を指標として記憶能力を測定することができる。
【0119】
その結果、訓練セッションにおいては各群で逃避潜時時間の短縮が認められたが、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、逃避潜時時間短縮の程度が有意に小さく、記憶学習障害が認められた。一方、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して逃避潜時時間短縮の程度には有意な差は認められなかった(図16)。また、プローブトライアルにおいては、各群において泳路には有意な差がみとめられなかったが(図17)、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、プラットフォームの場所(TQ)に滞留している時間が有意に短く、記憶障害が認められた。一方、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して有意な差は認められなかった(図18)。
【0120】
次に、この水路迷路試験で必要となる、水面下にあるプラットフォームの位置を覚えるのに手がかりとなる蛍光灯、実験機械、壁紙等を見つけ出す視覚能力、泳動に必要な運動能力、プラットフォームへ逃避する自発性を確認するため、以下の試験を行った。
【0121】
まず、プラットフォームの位置が泳動しているマウスから容易にわかるように目印となる旗をプラットフォーム上に立て、実験日は、試行ごとに旗付プラットフォームの位置を変え、4カ所の出発点はランダムに選び、マウスの頭部をプールの壁に向けて水中に入れ、旗付プラットフォームに逃避するまでの潜時を測定した。マウスがプラットフォームに登ったときは、そのまま15秒間放置した。もし60秒経過してもマウスがプラットフォームに登らなかった場合は、その時点で試験終了としてマウスをプラットフォーム上において、同じく15秒間放置し、潜時を60秒と記録した。各マウスには1日1回の訓練セッション(1セッション当たり4回の試行)を3日連続して行い、逃避潜時時間を測定した。
【0122】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、水迷路試験に必要な、各群のマウスの視覚能力、泳動に必要な運動能力、プラットフォームへ逃避する自発性には問題がないことが確認された(図19)。
【0123】
2.4:痛覚障害試験
(1)ホルマリン試験
24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)の後肢蹠に3%ホルマリン20μlを投与し、投与直後から60分間ホルマリン投与部位の後肢蹠に対するマウスの傷みの現れである、後肢蹠のリッキング(licking)(バイティング(biting)を含む)反応の持続時間を測定し、痛覚障害の指標とした。測定は5分間隔で12回測定した。5分ごとのリッキング時間を図20に示す。リッキングの出現は、投与後15分を境に2相に分かれるので、初期に現れる相を第1相(0〜5分)、後半に現れる相を第2相(15〜60分)とした。
【0124】
その結果、ホモマウス群は第一相および第二相のいずれにおいても、野生型マウス群と比較して、リッキング時間が有意に短く、痛覚障害が認められた(図21)。
【0125】
(2)酢酸ライジング試験
一晩絶食させた24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)に、0.6%酢酸(10ml/kg)を腹腔内投与し、この10分後から10分間、体または後肢を伸ばす、体をひねるなどの苦悶症状の回数を測定し、痛覚障害の指標とした。
【0126】
その結果、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、苦悶症状の回数が有意に少なく、痛覚障害が認められた(図22)。
【発明の分野】
【0001】
本発明は、ADAM11遺伝子を破壊することにより作製した非ヒト遺伝子破壊動物およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ADAM(A Disintegrin and Metalloprotease)は、ディスインテグリン様ドメインとメタロプロテアーゼ様ドメインの2つの特徴的なドメイン構造を有する1回膜貫通型タンパク質の総称である。1992年にBlobelらがADAM1(Fertilinα)およびADAM2(Fertilinβ)のクローニングに成功して以来(Blobel CP, Wolfsberg TG et al. (1992). Nature. 356:248-252)、続々とパラローグがクローニングされた結果、現在ADAM遺伝子は約30種からなる巨大なファミリーを形成することが明らかとなっている。
【0003】
ディスインテグリンは、ハブやガラガラヘビなどの溶血性蛇毒中に含まれる血液凝固阻止能を有するペプチドで、血小板上のインテグリンαIIbβ3とフィブリノーゲンの結合を阻害することが知られている。ADAMファミリーのディスインテグリン様ドメインのアミノ酸配列は蛇毒ディスインテグリンと高い相同性を有しており、実際に、数種のADAMタンパク質についてはインテグリンと結合することが報告されている(Judith M White.(2003).Cell Biology 15:598-606)。
【0004】
もう一つの特徴的なドメインであるメタロプロテアーゼ様ドメインは、蛇毒メタロプロテアーゼやマトリックスメタロプロテアーゼと高いアミノ酸相同性を有していることから、プロテアーゼとして機能することが予想され、実際に、幾つかのADAMタンパク質についてプロテアーゼ活性を有することが示されている(D.F.Seals and S.A.Courtneidge (2003).Genes & Development 17:7-30)。しかしながらADAM遺伝子の約半数は、メタロプロテアーゼ活性に必須と考えられている亜鉛結合モチーフ(HEXXHXXGXXH)を保持しておらず、これらはプロテアーゼとしての活性を有さないと考えられている。
【0005】
これらの特徴的なドメイン構造を踏まえると、ADAMタンパク質の機能は、特定のインテグリンを認識する機能、そして基質タンパクを特異的にプロセシングする機能、という2つの機能が考えられ、あるものは両方の機能、またあるものはいずれかの機能の一方のみを有すると考えられる。また、ADAMタンパク質は、前駆体として生産された後に、Proドメイン(proprotein domain)が切断されると細胞表面に発現されることが報告されている。
【0006】
ADAMファミリーの、ADAM11遺伝子は、これまでに遺伝子の全長配列が確認され、乳ガン抑制遺伝子であることが報告されている(特開平7−330799号公報)。多くのADAMファミリーが生殖系組織に特異的に発現しているか、または広範囲な組織において発現しているのに対し、ADAM11遺伝子は神経系組織に特異的に高発現していることが認められた(Sagane K., Ohya Y, et al.(1998).Biochem J 334:93-98)。しかしながら、ADAM11遺伝子の神経系組織への具体的な機能については報告がなされていない。
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは、ADAM11遺伝子をノックアウトしたマウスを作出したところ、そのノックアウトマウスが神経関連疾患の形質を示すことを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0008】
本発明によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方または一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫(以下、「本発明による非ヒト遺伝子破壊動物」という)が提供される。
【0009】
本発明による非ヒト遺伝子破壊動物のうち対立遺伝子の双方が破壊された遺伝子破壊動物(第一の態様)は、ADAM11遺伝子が不活性化され、神経関連疾患の形質を示す。
【0010】
従って、本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子が関与する疾患のメカニズムの解明や神経関連疾患の治療に有用な物質の探索および開発に有用である。
【0011】
また、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物のうち対立遺伝子の一方が破壊された遺伝子破壊動物(第二の態様)は、これらを交配させることによりADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された遺伝子破壊動物(第一の態様)を得ることができる。従って、本発明による第二の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、第一の態様の遺伝子破壊動物を作出するための親動物として有用である。
【0012】
具体的には、本発明は以下のとおりである。
(1)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(2)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されている、前記(1)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(3)神経関連疾患を発症する表現型を有する、前記(1)または(2)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(4)神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、前記(3)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(5)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(6)ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されている、前記(5)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(7)非ヒト動物が齧歯類動物である、前記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(8)齧歯類動物がマウスである、前記(7)に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
(9)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる組織。
(10)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる動物細胞。
(11)前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる繁殖材料。
(12)前記(5)〜(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
(13)前記(1)〜(4)、(7)、および(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
(14)神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)前記(1)〜(4)、(7)、および(8)のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;
(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法。
(15)工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでなる、前記(14)に記載のスクリーニング方法。
(16)神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、前記(14)または(15)に記載のスクリーニング方法。
(17)ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物。
(18)ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用。
(19)治療上の有効量のADAM11タンパク質を哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
(20)ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤。
(21)ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用。
(22)ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ターゲティングベクターの構造を示した図である。
【図2】相同組換えが生じているクローンを選択するために行ったサザンブロット解析を示した図である。
【図3】ADAM11遺伝子を破壊したマウスのゲノムDNAを用いたサザンブロット解析を示した図である。
【図4】ADAM11遺伝子を破壊したマウスの小脳を用いたウエスタンブロット解析を示した図である。
【図5】マウス各群の自発運動量(カウント数)を示した図である。
【図6】マウス各群の牽引力(握力)を示した図である。
【図7】懸垂試験におけるマウス各群がステンレス棒から落下するまでの時間を示した図である。
【図8】懸垂試験におけるマウス各群のスコアを示した図である。
【図9】歩行試験におけるマウス各群の左右の後肢幅(左右幅)を示した図である。
【図10】歩行試験におけるマウス各群の両後肢それぞれの歩幅(前後幅)を示した図である。
【図11】回転棒試験(静止状態)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。
【図12】回転棒試験(5rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図13】回転棒試験(10rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図14】回転棒試験(15rpmで回転)におけるマウス各群の滞在時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(ANOVA法、p<0.05)があることを意味する。
【図15】水迷路試験の訓練セッションに用いた円形プールを示した図である。円形プールは4等分され、TQ部分にはプラットフォームが固定されている。
【図16】水迷路試験の訓練セッションにおけるマウス各群の逃避潜時時間の推移を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図17】水迷路試験のプローブトライアルにおけるマウス各群の泳路を示した図である。
【図18】水迷路試験のプローブトライアルにおけるマウス各群の4等分した各部分への滞留時間を示した図である。図中において*は、TQへの滞留時間についてホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図19】プラットフォームに目印を付けた試験におけるマウス各群の逃避潜時時間の推移を示した図である。
【図20】ホルマリン試験におけるマウス各群の5分ごとのリッキング(バイティングを含む)時間を示した図である。
【図21】ホルマリン試験の第一相および第二相における、マウス各群のリッキング(バイティングを含む)時間を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【図22】酢酸ライジング法におけるマウス各群の苦悶症状の回数を示した図である。図中において*はホモマウス群が野生型マウス群と有意差(Dunnett法、p<0.05)があることを意味する。
【発明の具体的な説明】
【0014】
ADAM11遺伝子
ADAM11遺伝子は、常染色体ゲノム中に存在し、転写されてADAM11タンパク質をコードするmRNAを産生するものであればいかなる遺伝子でもよく、例えば、ADAM11タンパク質をコードするゲノム遺伝子、ADAM11タンパク質をコードするcDNA等をいう。
本発明による遺伝子破壊動物において破壊されるADAM11遺伝子はヒトおよびマウスにおいて公知である。それぞれのDNA配列が開示されている文献およびデータベースのアクセッション番号は下記の通りである。
ヒト:特開平7−330799号公報、GenBank: AB009675(配列番号1)
マウス:Sagane K. et al., Gene 1999 Aug 5;236(1):79-86、GenBank: AB009676(配列番号3)
【0015】
ラット、イヌ、チンパンジーについては、ゲノム配列からコンピュータ解析により推測された配列が以下のとおりデータベースに登録されており、これらを利用することもできる。
ラット:Genbank#XM_340916
イヌ:Genbank#XM_537616
チンパンジー:Genbank#XM_511556
オナガドリ:Genbank#XM_425842
【0016】
上記以外の動物についても、当業者であれば、公知のADAM11遺伝子の全長配列に基づいて、その動物に内在するADAM11遺伝子の配列を特定することができる。すなわち、ヒトあるいはマウスのADAM11遺伝子に基づいて相同性検索を行い、その動物のADAM11遺伝子を検索し、特定することができる。相同性検索に当たっては後述するBLAST等を利用することができる。
【0017】
ADAM11遺伝子の例として、配列番号2のアミノ酸配列からなるヒトADAM11タンパク質をコードする遺伝子および配列番号4のアミノ酸配列からなるマウスADAM11タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0018】
本発明による遺伝子破壊動物において破壊されるADAM11遺伝子には、ADAM11タンパク質と機能的に同等のタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。ここで「機能的に同等」とは、脳神経系の正常な機能(例えば、協調運動、記憶、認知、学習、または体性感覚(痛覚))を実質的に同程度維持することを意味する。「機能的に同等」かどうかは、その遺伝子のホモ接合体型破壊を含んでなる非ヒト遺伝子破壊動物と非ヒト正常動物を比較し、脳神経系の正常な機能(例えば、協調運動、記憶、認知、学習、または体性感覚(痛覚))が実質的に同程度維持されているかを評価することにより決定することができる。すなわち、その遺伝子のホモ接合体型破壊を含んでなる非ヒト遺伝子破壊動物の脳神経系の正常な機能が低下するか、あるいは失われた場合には、その遺伝子はADAM11遺伝子と機能的に同等であると決定できる。決定に当たっては、回転棒試験、水迷路試験、ホルマリン試験、酢酸ライジング法試験などを用いることができる。
【0019】
また、ADAM11タンパク質と機能的に同等のものとしては、アミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)をコードする遺伝子が多型である場合、当該多型も含まれる。
【0020】
ADAM11タンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードする遺伝子としては下記が挙げられる。
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)において、1または複数個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされたアミノ酸配列(改変アミノ酸配列)をコードする遺伝子;
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)をコードする遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子;および
・ ADAM11タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列)と少なくとも70%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子。
【0021】
本願明細書において、「アミノ酸配列において、1または複数個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされた」とは、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、または天然に生じ得る程度の複数個の数のアミノ酸の置換等によりなされたことを意味する。
【0022】
ADAM11タンパク質の改変アミノ酸配列は、例えば、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜2個のアミノ酸の挿入、置換または欠失、あるいはその一方または両末端への付加がなされたものであることができる。改変アミノ酸配列は、好ましくは、そのアミノ酸配列が、ADAM11タンパク質のアミノ酸配列において1または複数個(好ましくは1または数個、より好ましくは、1、2、または3個)の保存的置換を有するアミノ酸配列であることができる。
【0023】
ここで「保存的置換」とは、タンパク質の機能を実質的に改変しないように、1または複数個のアミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基で置換えることを意味する。例えば、ある疎水性残基を別の疎水性残基によって置換する場合、ある極性残基を同じ電荷を有する別の極性残基によって置換する場合などが挙げられる。このような置換を行うことができる機能的に類似のアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において公知である。具体例を挙げると、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0024】
ADAM11タンパク質をコードする遺伝子配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする相補性を有する遺伝子(cDNA)は、具体的には、FASTA、BLAST、Smith−Waterman(Meth. Enzym., 164, 765 (1988))などの相同性検索ソフトウェアにより、デフォルト(初期設定)のパラメーターを用いて計算したときに、そのADAM11タンパク質をコードする塩基配列と少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、そして最も好ましくは99%以上の相同性を有するポリヌクレオチドが挙げられる。また、「ストリンジェントな条件下」とは、当業者が通常使用し得るハイブリダイゼーション緩衝液中で、温度が40℃〜70℃、好ましくは60℃〜65℃などで反応を行い、塩濃度が15〜300mmol/L、好ましくは15〜60mmol/Lなどの洗浄液中で洗浄する方法に従って行なうことができる。温度、塩濃度は使用するプローブの長さに応じて適宜調整することが可能である。さらに、ハイブリダイズしたものを洗浄するときの条件は、0.2または2×SSC、0.1%SDS、温度20℃〜68℃で行うことができる。ストリンジェント(high stringency)な条件にするかマイルド(low stringency)な条件にするかは、洗浄時の塩濃度または温度で差を設けることができる。塩濃度でハイブリダイズの差を設ける場合には、ストリンジェント洗浄バッファー(high stringency wash buffer)として0.2×SSC、0.1%SDS、マイルド洗浄バッファー(low stringency wash buffer)として2×SSC、0.1%SDSで行うことができる。また、温度でハイブリダイズの差を設ける場合には、ストリンジェントの場合は68℃、中等度(moderate stringency)の場合は42℃、マイルドの場合は室温(20℃〜25℃)でいずれの場合も0.2×SSC、0.1%SDSで行えばよい。
【0025】
プレハイブリダイズを実施する場合には、通常、ハイブリダイズと同じ条件で行う。しかし、ハイブリダイズとプレ(予備)ハイブリダイズ洗浄は同じ条件で行うとは限らない。
【0026】
ハイブリダイゼーションは、公知の方法に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
【0027】
本願明細書において、アミノ酸配列について「同一性」(相同性という場合もある)とは、比較される配列間において、各々の配列を構成するアミノ酸残基の一致の程度の意味で用いられる。このとき、ギャップの存在及びアミノ酸の性質が考慮される(Wilbur, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80:726-730 (1983))。相同性の計算には、市販のソフトであるBLAST(Altschul: J. Mol. Biol. 215:403-410 (1990))、FASTA(Peasron: Methods in Enzymology 183:63-69 (1990))等を用いることができる。
ADAM11タンパク質のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の同一性を有するアミノ酸配列は、好ましくは、80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、そして最も好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列であることができる。
【0028】
「同一性」の数値はいずれも、当業者に公知の相同性検索プログラムを用いて算出される数値であればよく、例えば、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/においてデフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、算出することができる。
【0029】
ADAM11遺伝子の破壊
本発明における遺伝子破壊動物において、ADAM11遺伝子の破壊は、ADAM11遺伝子への外来配列の挿入、ADAM11遺伝子全体またはその一部の外来配列による置換、またはADAM11遺伝子の全部または一部の欠失によって行うことができる。外来配列の塩基数並びに置換、欠失、および挿入の位置は、ADAM11タンパク質の発現や活性が実質的に喪失する限り、特に限定されない。遺伝子組換え体の選別の観点から、外来配列は選択マーカー遺伝子であることが好ましい。選択マーカー遺伝子は公知のものから適宜選択して使用でき、好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。
【0030】
ADAM11遺伝子の破壊は、好ましくは、ADAM11遺伝子の全部または一部を外来遺伝子に置換することにより行うことができる。置換されるADAM11遺伝子の一部としては、例えば、ADAM11のProドメインやメタロプロテアーゼ様ドメインが挙げられ、具体的には、エクソン5からエクソン7にかけての遺伝子領域やエクソン9からエクソン15にかけての遺伝子領域などを置換することができる。
【0031】
ADAM11遺伝子の破壊はまた、ADAM11遺伝子に欠失、挿入、または置換のような変異を導入することによっても行うことができる。例えば、フレームシフトやナンセンス変異などのタンパク質の機能に致命的な影響(発現や活性の喪失)を与える変異を導入することができる。
【0032】
遺伝子破壊の技術は当業者に公知であり、当業者であれば公知の方法に従って遺伝子の破壊を実施することができる。好ましくは、標的破壊(targeted disruption)によりADAM11遺伝子を破壊することができる。
【0033】
標的破壊は、標的となる遺伝子の塩基配列に改変を施した核酸(好ましくは選択マーカー遺伝子、更に好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子を挿入した遺伝子)を細胞に導入し、導入した核酸と標的遺伝子との間で相同組換えを生じさせ、相同組換えが生じた細胞を選択することにより、標的遺伝子に変異を導入する技術を意味する(Capecchi MR, Science 244:1288-1292, 1989)。なお、標的破壊は、ADAM11遺伝子の塩基配列の情報に基づいて該遺伝子を不活性化させる技術の例示であって、これ以外の技術によって当該遺伝子を不活性化させたものも本発明による非ヒト遺伝子破壊動物に含まれるものとする。
【0034】
相同組換えに使用する核酸を作成する場合には、標的となる遺伝子の塩基配列へ変異を導入してもよく、その場合には化学合成、部位特異的突然変異誘発法、またはPCR法などの公知の遺伝子工学的手法を用いて変異を導入できる。さらに、相同組換えを応用したポジティブネガティブセレクション法を用いて作製することができる(米国特許第5,464,764号公報、同5,487,992号公報、同5,627,059号公報、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.86, 8932-8935, 1989、Nature, Vol.342, 435-438, 1989など)。
【0035】
遺伝子破壊動物
本発明による遺伝子破壊動物の第一の態様によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫が提供される。第一の態様の遺伝子破壊動物では、ADAM11遺伝子のホモ接合体型破壊(homozygous disruption)を含んでいるため、ADAM11タンパク質が発現されない。すなわち、第一の態様によれば、ADAM11遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物が提供される。
【0036】
第一の態様の遺伝子破壊動物は、神経関連疾患を発症する表現型を有する。従って、第一の態様の遺伝子破壊動物を用いて、神経関連疾患の治療に用いられる物質をスクリーニングすることができる。
【0037】
本発明において「神経関連疾患」とは、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害を含む意味で用いられるものとする。
【0038】
協調運動障害は 例えば、小脳などの中枢神経系の異常や、運動神経などの末梢神経系や筋力などの損傷、骨格の異常などによってもたらされる障害であって、腕や脚の位置や体の姿勢などをうまく調節できなくなるため、動作の滑らかさの消失や、動作の正確度が失われるといった症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、協調運動障害が中枢神経系の異常による場合は、例えば、回転棒試験を用いて確認することができる。また、協調運動障害が末梢神経系や筋力の障害、骨格異常などによる場合は、例えば、握力試験(牽引力試験)、懸垂試験、歩行試験などを用いて確認することができる。これらの試験は、Ogura H, Matsumoto M, Mikoshiba K. (2001) Behav Brain Res.122(2):215-219.に記載された方法を参照することができる。
【0039】
記憶障害は、例えば、海馬の損傷によってもたらされる障害であって、約束したことを忘れたり、日時を間違えたり、場所が分からなくなり目的地へ着くことができず迷子になったりするような症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、例えば、水迷路試験を用いて確認することができる。
【0040】
痛覚障害は、主に痛みに関する受容器や効果器、その伝達経路の損傷によってもたらされる障害であって、痛みの鈍化といった症状が現れる。例えば、非ヒト動物の場合、ホルマリン試験や酢酸ライジング法を用いて確認することができる。
【0041】
本発明による遺伝子破壊動物の第二の態様によれば、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫が提供される。第二の態様の遺伝子破壊動物では、ADAM11遺伝子のヘテロ接合体型破壊(heterozygous disruption)を含んでいるため、ADAM11タンパク質が依然として発現されている。しかし、後述するように、第二の態様の遺伝子破壊動物の雌雄を交配することにより、ADAM11遺伝子のホモ接合体型破壊(homozygous disruption)を含んでなる第一の態様の遺伝子破壊動物を得ることができる。すなわち、第二の態様の遺伝子破壊動物は、第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を作出するための親動物として使用することができる。
【0042】
非ヒト動物は特に限定されるものではないが、動物モデルの作出の観点からは、繁殖が比較的容易で、比較的短期間で個体を取得できる齧歯類動物が好ましく、より好ましくはマウスおよびラットである。
【0043】
本発明によれば、本発明による遺伝子破壊動物の子孫が提供される。本発明において「子孫」とは、本発明による遺伝子破壊動物が保有する破壊されたADAM11遺伝子を保有する子孫を意味する。
【0044】
本発明によればまた、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる組織が提供される。組織としては、例えば、脳、心臓、胸腺、腎臓、肝臓、膵臓、筋肉、骨、骨髄、皮膚等すべての臓器、器官等が挙げられる。
【0045】
本発明によればまた、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる非ヒトの動物細胞が提供される。
【0046】
本発明によれば更に、本発明による非ヒト遺伝子破壊動物およびその子孫から得られる繁殖材料が提供される。繁殖材料としては、例えば、精子、未受精卵、受精卵等が挙げられる。
【0047】
遺伝子破壊動物の作製
本発明によれば、第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法が提供される。
【0048】
本発明によれば、第二の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法が提供される。
【0049】
以下に本発明による非ヒト遺伝子破壊マウスの作製について詳細に説明する。最初にADAM11遺伝子の標的破壊法について、ADAM11遺伝子のクローニング、用的破壊法に用いるターゲティングベクターの構築、相同組換えを起こしたES細胞の取得の順に説明する。マウス以外の遺伝子破壊動物の作製については当該技術分野において公知であり、例えば、ラットについてはDev. Biol. 163(1):288-292, 1994を、ウサギについてはMol. Reprod. Dev. 45(4):439-443, 1996を、サルについてはProc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 92(17):7844-7848, 1995を参照できる。
【0050】
[工程(a):ES細胞の形質転換]
破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドの作製に先立って、ADAM11遺伝子の一部を含むDNAを準備する。
【0051】
ADAM11タンパク質をコードするDNAは、配列番号2に記載のアミノ酸配列を基にプライマーを設定し、非ヒト動物のゲノムDNAあるいはcDNAからPCR法により、あるいは非ヒト動物のRNAからRT−PCR法により得ることができる。また別法としては、前述の引用文献に記載の塩基配列を基にプローブを合成して、非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから、当該プローブとハイブリダイズするクローンを選び出し、塩基配列を決定して、ADAM11遺伝子あるいはその一部、好ましくは5kbp以上、更に好ましくは10kbp以上の塩基配列を含むクローンを選択しても良い。クローニングされたDNAに含まれる制限酵素切断部位を確認して制限酵素地図を作製する。相同組換えするのに十分な長さのDNA、好ましくは5kbp以上、更に好ましくは10kbp以上のクローンが得られなかった場合は、複数のクローンより適切な制限酵素部位でDNAを切り出して繋ぎ合わせることも許される。
【0052】
得られた相同組換えに十分な長さのDNA中のエクソン領域の制限酵素部位に、薬剤耐性遺伝子などのポジティブ選択マーカー、好ましくは、ネオマイシン耐性遺伝子またはピューロマイシン耐性遺伝子を導入する。また、エクソンの一部を取り除いて、代わりに薬剤耐性遺伝子に置き換えてもよい。
【0053】
適当な制限酵素部位が無い場合にはPCR法を実施し、制限酵素部位を含むオリゴヌクレオチドのライゲーション等により、適当な制限酵素部位を導入してもよい。好ましくは、導入されたDNAとADAM11遺伝子の間に相同組換えが起こらず、導入されたDNAがADAM11遺伝子以外の部位に挿入されてしまった胚性幹細胞(ES細胞)を除去するために、ベクター内にはネガティブ選択マーカー、例えば、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリア毒素遺伝子などを含むのが望ましい。これらのDNAの塩基配列を操作する組換えDNA技術は、例えば、Sambruck, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY に記載された方法によって行うことができるが、適当な組換えDNAを得ることができれば、これらの方法に限られるものではない。なお、ターゲティングベクターの作製に用いられるベクターは、特に限定されず、形質転換を行う細胞(例えば、大腸菌)中で自己複製可能なものであればよい。例えば、市販のpBluscript(Stratagene社製)、pZErO1.1(Invitrogen社)、pGEM−1(promega社)等が使用可能である。
【0054】
[工程(b):形質転換されたES細胞の選択]
作製したターゲティングベクターを、制限酵素で切断して直鎖状DNAとし、例えば、フェノール・クロロフォルム抽出、アガロース電気泳動、超遠心分離等により精製して、ES細胞、例えば、TT2へトランスフェクションする。トランスフェクションの方法としては、エレクトロポレーション、リポフェクチンなどが挙げられるが、本発明はこれに限られるものではない。トランスフェクションしたES細胞は適当な選択培地中、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んだターゲティングベクターを構築した場合には、培地中にネオマイシンとガンシクロビルを含む選択培地中で培養する。両薬剤に対し薬剤耐性を呈して増殖してきたES細胞に、導入遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれたことは、PCR法等で容易に同定することができる。更にターゲティングベクターの外側の5’上流もしくは3’下流のDNAの一部をプローブとしてサザンブロット解析する事により、相同組み換えを起こしたかどうかを確認する事もできる。また、ターゲティングベクターがランダムに挿入されていないことを確かめるために、ターゲティングベクター内のDNAをプローブとしてサザンブロット解析する事により確認できる。これらの方法を組み合わせることにより、相同組み換えを起こしたES細胞を取得することができる。
【0055】
[工程(c):ES細胞の胚または胚盤胞への導入]
ADAM11遺伝子ノックアウトマウスは、受精後8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取、相同組み換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション、偽妊娠マウスへの操作卵の移植、偽妊娠マウスの出産と産仔の育成、PCR法およびサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜、導入遺伝子をもつマウスの系統樹立、のステップを経て作製することができる(Yagi, T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)。
【0056】
ES細胞の胚または胚盤胞への導入は次のようにして実施できる。
【0057】
まず、8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取受精卵は、雌マウスに過剰排卵を誘発させるため、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精後2.5日目の雌マウスより卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得る。なお胚盤胞を用いる場合は受精後3.5日目、雌マウスの子宮を取り出し、子宮還流により胚を得る。
【0058】
次いで、得られた8細胞期胚または胚盤胞に、相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクションする。マイクロインジェクションは、例えば、Hogan, B.L.M., Alaboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986や、Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づき、倒立顕微鏡下で、マイクロマニピュレータ、マイクロインジェクター、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いて行うことができる。また、インジェクション用ディッシュには、例えば、Falcon 3002(Becton Dickinson Labware)に培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いる。以下相同組換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクションした8細胞期胚あるいは胚盤胞を操作卵と称す。
【0059】
[工程(d)および(e):偽妊娠マウスへの操作卵の移植とヘテロ接合型マウスの系統樹立]
精管結紮雄マウスと正常雌マウスを交配させて偽妊娠マウスを作成し、操作卵を移植する。操作卵の移植は、例えば、Hogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986や、Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づいて行うことができる。以下に具体的操作の例を記すが、本発明はこれに限られるものではない。
【0060】
偽妊娠マウスを、例えば、50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウムにて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させる。次に卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込む。この時、操作卵とともに入れた微小気泡によって、卵管内に移植されたことを確認する。このあと卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合し、マウスを麻酔から覚醒させる。場合によっては、操作卵を翌日まで培養し、胚盤胞に発生させてから子宮に移植しても良い。
【0061】
多くの場合、移植後17日目には仔マウスが得られる。仔マウスは通常、相同組換え起こしたES細胞と、受精卵を採取したマウス細胞のキメラとなる。例えば、ES細胞としてTT2を用い、ICRマウスより採取した8細胞期胚に注入した場合、キメラ率の高い仔マウスは体毛色が野ネズミ色優位となり、キメラ率の低いマウスは体毛色が白色優位となる。
【0062】
導入遺伝子が生殖細胞に入っているかどうかは、体毛色が白色のマウス(たとえばICR)と交配し、得られた仔マウスの体毛色により容易に確認することができる。あるいはキメラ率の高いマウスは生殖細胞も導入遺伝子を含んでいることが期待されることから、できるだけキメラ率の高いマウスを選択することが好ましい。
【0063】
得られたキメラマウスを野生型マウス(正常マウス)と交配することにより、ヘテロ接合型マウス(以下「ヘテロマウス」ということがある)を得ることができる。得られた仔マウスの尾よりDNAを抽出してPCR法をすることにより、導入遺伝子の有無を確認できる。また、PCR法の代わりにサザンブロット解析により、より確実な遺伝子型を同定できる。
【0064】
[工程(f):ホモ接合型マウスの系統樹立]
ヘテロ接合型マウス同士を交配することによって、得られた仔マウスの中に導入遺伝子がホモに存在するADAM11遺伝子ノックアウトマウス(以下「ホモマウス」ということがある)を得ることができる。ADAM11遺伝子ノックアウトマウスは、ヘテロ接合型マウス同士、ヘテロ接合型マウスとADAM11遺伝子ノックアウトマウス、ADAM11遺伝子ノックアウトマウス同士のいずれの交配でも得ることができる。ADAM11遺伝子ノックアウトマウスのmRNAの発現の有無はノーザンブロット解析、RT−PCR法、RNAseプロテクションアッセイ、in situ等により確認できる。またADAM11タンパク質の発現を免疫組織染色、当該タンパク質を認識する抗体等により確認することができる。
【0065】
スクリーニング方法
本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害などの神経関連疾患の表現形を有する。第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子のホモ接合型破壊を有していることから、神経関連疾患の表現形はADAM11遺伝子が不活性化されたことに起因するものであると考えられる。従って、本発明による第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物は、ADAM11遺伝子の不活性化により起こる神経関連疾患のモデル動物として使用でき、特に、中枢神経系疾患や痛覚障害の治療薬の探索および開発や、学習、記憶、運動機能、体性感覚などの中枢神経系や痛覚伝達経路の機能解析(特に、分子レベルでの機能解析)に使用することができる。
【0066】
本発明によれば、神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法が提供される。
本発明によるスクリーニング法においては、工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでいてもよい。
【0067】
本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質には特に制限はないが、例えば、神経関連疾患の治療剤あるいはその候補化合物、具体的には、運動失調改善剤、記憶改善剤、および無痛覚症改善剤並びにそれらの候補化合物をスクリーニングの対象にすることができる。
本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、塩であってもよく、また、溶媒和物であってもよい。酸との塩としては、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、燐酸塩等の無機酸塩や蟻酸、酢酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸との塩を挙げることができる。また、塩基との塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、アルギニン、リジン等の有機塩基との塩(有機アミン塩)、アンモニウム塩を挙げることができる。
また、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、無水物であっても、水和物などの溶媒和物を形成していてもよい。溶媒和物は水和物または非水和物のいずれであってもよいが、水和物が好ましい。溶媒は水、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール)、ジメチルホルムアミドなどを使用することができる。さらに、これら物質の溶媒和物および/または光学異性体が存在する場合には、本発明のスクリーニング方法でスクリーニングされる物質は、それらの溶媒和物および/または光学異性体が含まれる。
また、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、生体内で酸化、還元、加水分解、抱合などの代謝を受ける物質をも包含する。
さらに、本発明によるスクリーニング方法を用いてスクリーニングされる物質は、生体内で酸化、還元、加水分解などの代謝を受けてスルホンアミド化合物を生成する化合物をも包含する。
【0068】
本発明によるスクリーニング方法においては、被検物質を投与する前の遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質を投与した後の遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度とを比較し、後者が前者よりも改善されている場合には、神経関連疾患の治療に有用な物質であると決定することができる。症状の程度の測定に当たっては、回転棒試験、水迷路試験、ホルマリン試験、酢酸ライジング法試験などを用いることができる。
回転棒試験は、運動協調性の障害を調べる検査であって、回転する棒(好ましくは、1分間に1〜20回転)の上に動物を置き、落下頻度または落下までの時間を調べる試験である。本発明によるスクリーニング方法では、被検物質を投与する前に回転する棒の上に本発明の非ヒト遺伝子破壊動物を置き、落下頻度または落下までの時間を測定する。次に被検物質を投与した後に回転する棒の上に第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を置き、落下頻度または落下までの時間を測定する。被検物質投与後に落下頻度が低下または落下までの時間が長くなった場合、当該被検物質は、運動協調機能を改善する物質であると判断することができる。
水迷路試験は、例えば、直径1〜2mのプールに必要に応じて牛乳または墨汁等で濁らせた水を溜め、プール内のある場所に避難用のプラットホームを設置した装置を使用し、そのプールで第一の態様の非ヒト遺伝子破壊動物を泳がせ、足をつくことのできるプラットホーム(ゴール地点)にたどり着くまでの時間(Escape latency)を測定し、空間認知能力の一つの指標とする試験である。本発明によるスクリーニング方法では、被検物質を投与する前に本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の水迷路試験を行い、プラットホームにたどり着くまでの時間を測定する。次に、被検物質を投与した後に水迷路試験を行いプラットホームにたどり着くまでの時間を測定する。被検物質投与の後が該投与前よりも、当該動物がプラットホームにたどり着くまでの時間が短縮した場合、当該被検物質は、記憶障害(認知障害、学習障害等を含む)を改善する物質であると判断することができる。
ホルマリン試験は,動物の痛みを観察,評価するための試験である。痛みを表わす行動をよりはっきりと示すこと(例えば、注射された足を振る、舐める、咬む等)と関連している。本発明によるスクリーニング方法では、例えば、ホルマリンを本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の足に投与する前の当該動物の足の状態を観察する。次に当該動物の足に被検物質を投与した後に、当該動物の足の状態(リッキング(licking)またはバイティング(biting))を観察する。被検物質投与の後が該投与前よりも当該動物の足の状態に反応が速く現れた場合、当該被検物質は、痛覚障害を改善する物質であると判断することができる。
酢酸ライジング試験とは、マウスに酢酸を投与すると、痛みにより特有の「身もだえるような症状(ライジング)」が現れる。本発明によるスクリーニング方法では、例えば、酢酸を本発明の非ヒト遺伝子破壊動物の腹腔内に投与する前の当該動物の状態を観察する。次に当該動物の腹腔内に被検物質を投与した後に、当該動物の状態(ライジング等)を観察する。被検物質投与の後が該投与前よりも当該動物の状態に反応が速く現れた場合、当該被検物質は、痛覚障害を改善する物質であると判断することができる。
【0069】
医薬組成物および遺伝子治療剤
本発明によれば、ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物が提供される。
【0070】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用が提供される。
【0071】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療方法であって、治療が必要な患者に、治療上の有効量のADAM11タンパク質を投与することを含んでなる治療方法が提供される。
【0072】
ここで、本明細書において「治療」とは、一般的に、所望の薬理学的効果および/または生理学的効果を得ることを意味する。効果は、疾病および/または症状を完全にまたは部分的に防止する点では予防的であり、疾病および/または疾病に起因する悪影響の部分的または完全な治癒という点では治療的である。本明細書において「治療」とは、哺乳動物、特にヒトの疾病の任意の治療を含み、例えば、以下の治療を含む:
・疾病または症状の素因を持ちうるが、まだ持っていると診断されていない患者において、疾病または症状が起こることを予防すること;
・疾病症状を阻害する、即ち、その進行を阻止または遅延すること;
・疾病症状を緩和すること、即ち、疾病または症状の後退、または症状の進行の逆転を引き起こすこと。
【0073】
本明細書において「ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患」の例としては、協調運動障害、記憶障害(例えば、空間的・参照記憶障害)、認知障害、学習障害、および痛覚障害が挙げられる。
【0074】
ADAM11タンパク質を用いた治療に当たっては、ADAM11タンパク質を薬学的に許容され得る担体と配合して医薬組成物として提供できる。
【0075】
有効成分の担体に対する割合は、1〜90重量%の間で変動され得る。また、本発明による医薬組成物は、ヒトまたはヒト以外の生物[例えば、非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、トリ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、ブタ、イヌなど)、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類など]に、種々の形態、経口または非経口(例えば、静脈注射、筋肉注射、皮下投与、直腸投与、経皮投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。即ち、本発明による医薬組成物は、ヒトまたはヒト以外の生物に、種々の形態、経口または非経口(例えば、静脈注射、筋肉注射、皮下投与、直腸投与、経皮投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。従って、本発明による医薬組成物は、有効成分単独で用いることも可能であるが、投与経路に応じて慣用される方法により薬学的に許容され得る担体を用いて適当な剤形に製剤化することが可能である。
【0076】
好ましい剤形としては、例えば、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤等による経口剤、吸入剤、坐剤、注射剤(点滴剤を含む)、軟膏剤、点眼剤、眼軟膏剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤、リポソーム剤等による非経口剤が挙げられる。
【0077】
これらの製剤の製剤化に用いる担体には、例えば、通常用いられる賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要により安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤、増量剤、湿潤化剤、表面活性化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、無痛化剤等を使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して常法により製剤化することが可能である。使用可能な無毒性のこれらの成分としては、例えば、大豆油、牛脂、合成グリセライド等の動植物油;例えば、流動パラフィン、スクワラン、固形パラフィン等の炭化水素;例えば、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル等のエステル油;例えば、セトステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等の高級アルコール;シリコン樹脂;シリコン油;例えば、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー等の界面活性剤;例えば、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース等の水溶性高分子;例えば、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール;例えば、グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ソルビトール、ポリエチレングリコール等の多価アルコール(ポリオール);例えば、グルコース、ショ糖等の糖;例えば、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、ケイ酸アルミニウム等の無機粉体;塩化ナトリウム、リン酸ナトリウムなどの無機塩;精製水等が挙げられる。
【0078】
賦形剤としては、例えば、乳糖、果糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビット、結晶セルロース、二酸化ケイ素等が、結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール・ポリオキシエチレン・ブロックポリマー、メグルミン等が、崩壊剤としては、例えば、澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、ペクチン、カルボキシメチルセルロース・カルシウム等が、滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油等が、着色剤としては医薬品に添加することが許可されているものが、矯味矯臭剤としては、ココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、竜脳、桂皮末等が、それぞれ用いられる。上記の成分は、その塩またはその溶媒和物であってもよい。
【0079】
経口製剤は、本発明において使用する有効成分に、賦形剤、さらに必要に応じて、例えば、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤等を加えた後、常法により例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤等とする。錠剤・顆粒剤の場合には、例えば、糖衣、その他必要により適宜コーティングすることはもちろん差支えない。シロップ剤や注射用製剤等の場合は、例えば、pH調整剤、溶解剤、等張化剤等と、必要に応じて溶解補助剤、安定化剤等とを加えて、常法により製剤化する。また、外用剤の場合は、特に製法が限定されず、常法により製造することができる。使用する基剤原料としては、医薬品、医薬部外品、化粧品等に通常使用される各種原料を用いることが可能であり、例えば、動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料が挙げられ、必要に応じ、pH調整剤、抗酸化剤、キレート剤、防腐防黴剤、着色料、香料等を添加することができる。さらに、必要に応じて血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤等の成分を配合することもできる。この時の有効成分の担体に対する割合は、1〜90重量%の間で変動され得る。本発明による医薬組成物の有効成分は、少なくとも90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上に精製されたものを使用するのが好ましい。
【0080】
本発明による医薬組成物の投与形態および必要な投与量範囲は、投与対象、投与経路、製剤の性質、患者の状態、そして医師の判断に左右される。しかし、適当な投与量は患者の体重1kgあたり、例えば、約0.1〜500μg、好ましくは約0.1〜100μg、より好ましくは1〜50μg程度である。投与経路の効率が異なることを考慮すれば、必要とされる投与量は広範に変動することが予測される。例えば、経口投与は静脈注射による投与よりも高い投与量を必要とすると予想される。こうした投与量レベルの変動は、当業界でよく理解されているような、標準的経験的な最適化手順を用いて調整することができる。
【0081】
本発明による医薬組成物および後述する遺伝子治療剤の有効成分は、そのプロドラッグであってもよい。なお、本発明のスクリーニング方法によって見出された物質の医薬組成物等も上記の記載に従って作製することができる。
【0082】
本明細書において、「プロドラッグ」とは、バイオアベイラビリティ(bioavailability)の改善や副作用の軽減等を目的として、「薬剤の活性本体」(プロドラッグに対応する「薬剤」を意味する)を不活性な物質に化学修飾したものを意味し、吸収後、体内では活性本体へ代謝され、作用を発現する薬剤のことである。従って、「プロドラッグ」という用語は、対応する「薬剤」よりも固有活性(intrinsic activity)は低いが、生物学的な系に投与されると、自発的な化学反応または酵素触媒反応または代謝反応の結果、その「薬剤」物質を生成する任意の化合物、ペプチド、ポリヌクレオチドを指す。当該プロドラッグとしては、上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類もしくは前記ポリヌクレオチド類のアミノ基、水酸基、カルボキシル基などがアシル化、アルキル化、リン酸化、ホウ酸化、炭酸化、エステル化、アミド化またはウレタン化された化合物、ペプチド、ポリヌクレオチドなどの種々のプロドラッグを例示することができる。但し、例示した群は包括的なものではなく、典型的なものに過ぎず、当業者は他の既知の各種プロドラッグを公知の方法によって上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類または前記ポリヌクレオチド類から調製することができる。上記例示した前記化合物類、前記ペプチド類または前記ポリヌクレオチド類からなるプロドラッグは、本発明の範囲内に含まれる。
【0083】
本発明によれば、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患遺伝子治療剤が提供される。
【0084】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用が提供される。
【0085】
本発明によればまた、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患の治療方法であって、治療が必要な患者に、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを投与することを含んでなる治療方法が提供される。
【0086】
本発明による遺伝子療法に当たっては、遺伝子導入ベクターを患者に直接投与する「in vivo法」を選択しても、患者の体内から標的細胞を採取し、体外でADAM11遺伝子または遺伝子導入ベクターを導入し、遺伝子またはベクターが導入された標的細胞を患者の体内に戻す「ex vivo法」を選択してもよい。
【0087】
in vivo法の場合には、レトロウイルスベクターなどの当該技術分野において公知の遺伝子導入ベクターを用いて、患者に直接導入ベクターを投与することができる。本発明による遺伝子治療に使用するADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターは、本発明による医薬組成物と同様に薬学上許容される担体を配合して製剤化することができ、例えば、非経口的に投与することができる。投与量レベルの変動は、当業界でよく理解されているような、標準的経験的な最適化手順を用いて調整することができる。in vivo法においては、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを、常法に従って、カテーテルまたは遺伝子銃によって投与することができる。
【0088】
ex vivo法の場合には、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、ウイルス形質導入法などの当該技術分野において公知の方法を用いて、標的細胞にADAM11遺伝子を導入することができる。標的細胞は脳神経系の病変部位等から採取することができる。ex vivo法を選択した場合には、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを細胞に導入し、当該細胞で前記ペプチドを発現させた後、当該細胞を患者に移植することによって、ADAM11遺伝子の不活性化に起因した神経関連疾患を治療することができる。
【0089】
遺伝子治療に利用可能な遺伝子導入ベクターは当該技術分野において周知であり、遺伝子導入の方法や宿主に応じて適宜選択することができる。このようなベクターとしては、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクターなどが挙げられる。また、ADAM11遺伝子を遺伝子導入ベクターに連結するに当たっては、宿主において発現可能なように、プロモーターやターミネーターのような制御配列やシグナル配列、ポリペプチド安定化配列などを適宜連結することができる。遺伝子導入ベクターの選択や構築については、例えば、Miller,A.D.,Blood,76,271-278,1990、Vile,R.G.,Gene Therapy,Churchill Livingstone,12-30,1995、Emi,N.,et al., J.Virol., 65,1202-1207,1991、Yee,J.K.,et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA,91, 9564-9568, 1994、Yang,Y.,et al.Hum.Gene.Ther.6,1203-1213,1995 Chen,S.T.,et al. Proc.Natl.Acad. Sci.USA,93,10057-10062, 1996、Ory,D.S.et.al,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,93,11400-11406,1996等を参照することができる。
【0090】
本発明によれば、生体から採取された細胞に、ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを用いてADAM11遺伝子を導入してなる、神経関連疾患の遺伝子治療に用いられる細胞を提供することができる。
【実施例】
【0091】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0092】
実施例1:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの作製
1.1.1:ADAM11遺伝子のクローニング
マウスADAM11遺伝子のアミノ酸配列は、Gene, 236: 79-86.(1999)にて報告されており、同cDNA配列はAccession Number AB009676 として、GenBankに登録されている。ターゲティングに用いる相同配列は、エクソン5とその上流の約3.8kbpならびにエクソン7とその下流6.3kbpのマウスゲノム配列をPCR法によって増幅することによって獲得した。具体的には、プライマー(配列番号5;SGN055N及び、配列番号6;SGN043S)を設計しC57BL/6マウスのゲノムDNAを鋳型にPCR法をおこない約5kbpのDNAフラグメントを増幅した後、HindIIIとSalI 消化で得られた約3.8kbpsのフラグメント(配列番号7)を得た。また、同様に(配列番号8;SGN034S及び配列番号9;SGN037S)のプライマーを用いてC57BL/6マウスのゲノムDNAを鋳型としたPCR法をおこない、約6.3kbpのDNAフラグメント(配列番号10)を得た。
【0093】
1.1.2:ターゲティングベクター(pKO−MDC9)の構築
ターゲティングベクターは、以下の方法で構築した。まず、5’−アーム(配列番号7のフラグメント)、ネオマイシン耐性遺伝子(PGK−neo)、3’−アーム(配列番号10のフラグメント)を常法にしたがって順次連結させた後、これをネガティブ選別遺伝子である単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子を含有するpUC18ベクターに導入し、ターゲティングベクター(pKO−MDC9)を作製した(図1)。
【0094】
1.1.3:相同組み換え胚性幹細胞(ES細胞)の取得
ターゲティングベクターpKO−MDC9をNotIで切断して直鎖上のDNA(1mg/ml)とした。マウス胚性幹細胞(ES細胞)はTT2(ギブコBRL, 東京)を用い(Yagi T. et.al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)、直鎖ターゲッテイングベクター(200μg/ml)をES細胞(1x107cells/ml)へエレクトロポレーション(250V、975μF、室温)によりトランスフェクションし、培養2日後よりG418(250μg/ml)およびガンシクロビル(0.2μM)を含んだ培地で3日間培養し、その後、G418を含んだ培地で更に3日間培養した。生じたES細胞コロニーのうち、無作為に選んだ株からそれぞれDNAを抽出し、ターゲティングベクター外の塩基配列(配列番号11;SGN033)、導入遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)中に含まれる塩基配列(配列番号12;AGN1)をプライマーとしてPCR法を行って、約6.5kbのPCR産物を生じるクローンを相同組み換えを起こしている可能性のある候補とした。
【0095】
候補クローンの中からサザンブロット解析により相同組み換えのみが起きているクローンを同定した。抽出したゲノムをBamHIで切断し、BE2Kプローブ(ターゲティングベクター5’−アーム上流の約2.0kbpのDNA断片、配列番号13、図1参照)でハイブリダイズすると、野生型は13.7kbのバンドとして検出されるのに対し、相同組換えの起こっているクローンは10.3kbのバンドとして検出されるので、これを相同組換えの起こっているクローンとして選択した(図2)。
【0096】
1.1.4:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの作製
雌マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)に、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン(pregnant mare's serum gonadotropin,PMSG:セロトロピン: 帝国臓器, 東京)5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin, hCG:ゴナトロピン:帝国臓器,東京)2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精2.5日目に卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得た。
【0097】
得られた8細胞期胚へ、相同組み換えしたES細胞を倒立顕微鏡(ダイアフォトTMD:日本光学工業,東京)下で、マイクロマニピュレータ(粗動電動マニピュレータに懸架式ジョイスティック3次元油圧マイクロマニピュレータを装着:ナリシゲ,東京)、マイクロインジェクター(ナリシゲ,東京)、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いてマイクロインジェクションした。また、インジェクション用ディッシュには、Falcon3002(Becton Dickinson Labware)に培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いた。
【0098】
精管結紮雄マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)と正常雌マウス(ICR: 日本チャールズリバー、神奈川)とを交配させて偽妊娠マウスを作成し、異なる3つの相同組換えES細胞クローンをマイクロインジェクションした操作卵を移植した。偽妊娠マウスを50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウム(Nembutal:Abbott Laboratories)にて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させ、次いで卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込んだ。その後、卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合した。
【0099】
操作卵を移植し妊娠したマウスより、体毛色が野ネズミ色の100%キメラマウスを出産させた。得られた100%キメラマウスの生殖細胞がES細胞由来であることを確認するために、ICRメスマウスと交配して産仔を確認したところ、全ての産仔の体毛色が野ネズミ色であり、キメラマウスの生殖細胞はES細胞由来であることが確認された。キメラマウスをC57BL/6と交配することによってヘテロマウスを得て、ヘテロマウス同士の交配によってADAM11遺伝子ノックアウトマウスを得た。
【0100】
1.2.1:ADAM11遺伝子破壊の検証(サザンブロット解析)
ヘテロマウス同士の交配によって得られた6ヶ月齢の雄のマウス6匹(個体番号:1,2,3,4,5,6)の遺伝子型を、サザンブロット解析によって確認した。それぞれのマウスの肝臓から抽出したゲノムDNA20μgをBamHIにより切断し、7.5%アガロース電気泳動で分離した後にナイロンメンブレンへ転写し、アイソトープ標識したBE2Kプローブとハイブリダイズさせた。メンブレンを洗浄した後に、ハイブリダイズした標識プローブのイメージをBAS5000バイオイメージアナライザー(FUJIFILM)を用いて解析した。
【0101】
その結果、個体番号5および6由来のゲノムDNAからは、10.3kbのバンドのみが検出された。したがって、個体番号5および6のマウスは破壊対立遺伝子をホモに有するADAM11遺伝子ノックアウトマウスであることが確認された(図3)。
【0102】
1.2.2:ADAM11遺伝子破壊の検証(ウエスタンブロット解析)
1.2.1で解析に用いた6匹のマウスから小脳を取り出し、1mlのTN(+)溶液(50mM Tris−HCl,pH7.5, 150mM NaCl, 1% NP−40, 1×Comlete(TM) )に浸し、ポリトロン・ホモジナイザーによって破砕することによって、小脳ライセートを作製した。小脳ライセートに、100μlのコンカナバリンA−セファロース(Concanavalin A-Sepharose )(Amersham) を添加し、室温で60分間培養した。次に、コンカナバリンA−セファロースを、TN(+)溶液で2回洗浄した後、120μlのSDS−PAGEサンプルローディング溶液に懸濁し、95℃で3分間処理の溶出操作をおこなうことによって、コンカナバリンA(Concanavalin A)に結合していたマウス小脳由来の糖タンパクの濃縮サンプルを作製した。同サンプルを10%SDS−PAGEにて分離し、PVDF膜へ転写した。転写したPVDF膜は、ブロックエース溶液(大日本製薬)で室温において1時間ブロッキングした後に、1μg/mlの抗ADAM11モノクローナル抗体(特開平7−330799号公報)で室温において3時間の処理をおこなった。同PVDF膜を3回洗浄した後に、抗マウスIgG−HRP コンジュゲート (Amersham) で室温において1時間の処理をおこない、3回洗浄した後にECL−Plus試薬(Amersham)を用いて、ADAM11タンパクを検出した。尚、HAタグを付加したマウスADAM11タンパク質を強制発現させたHeLa細胞のライセートを、陽性コントロール[P]として解析に供した。
【0103】
その結果、野生型(個体番号1、2)およびヘテロ接合体(個体番号3、4)では、約70kDの抗ADAM11抗体と反応する単一のバンドが検出されたのに対して、ホモ接合体(個体番号5、6)、すなわちADAM11遺伝子ノックアウトマウス、では全くバンドが検出されなかった(図4)。なお、陽性コントロールでは、約90kDの前駆体および約70kDの成熟型の2本のバンドが検出されているが、マウス小脳からは成熟型のみが検出された。
【0104】
以上の結果から、本発明のADAM11遺伝子ノックアウトマウスにおいては、ADAM11タンパク質が合成されていないことが確認された。
【0105】
実施例2:ADAM11遺伝子ノックアウトマウスの神経障害についての確認試験
2.1:各群の体重および脳重量の測定
24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)について、体重、総脳重量、大脳重量および小脳重量を測定したところ、各重量は各群において有意な差は認められなかった(表1)。すなわち、各群において、外形には変化は認められないことが確認された。
【表1】
【0106】
2.2:協調運動障害試験
(1)自発運動量の測定
自発運動量はVersamax解析ソフト(Accuscan社)を用いて測定した。24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)をVersamaxケージ内に入れると、その直後から90分間の水平行動回数、常同行動回数および立ち上がり回数の合計回数が解析ソフトにより解析表示されるので、この合計回数(カウント数)を自発運動量の指標とした。
【0107】
その結果、各群のマウスにおいてカウント数には有意な差は認められず、自発運動量には変化が認められないことが確認された(図5)。
【0108】
(2)握力(牽引力)試験
握力(牽引力)試験は牽引装置(FU-1、室町機械株式会社)を用いて行った。24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の尾のつけねから1cmのところを持ち、前肢で装置の牽引するステンレス棒(直径2mm)を握らせ、尾を引いて前肢を離すまでに生じた牽引力を測定した。
【0109】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、牽引力つまり握力には変化が認められないことが確認された(図6)。
【0110】
(3)懸垂試験
運動神経および骨格筋の筋力の測定は、懸垂試験により行った。本試験は、ステンレス棒(直径2mm、長さ50cm)を37cmの高さに水平にはり、その中央に24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の両前肢をかけ30秒間観察し、落下するまでの時間とスコアを測定し、この時間とスコアを運動神経および骨格筋の筋力の指標として行った。なお、スコアは以下の通りとした。0:直ちに落下した。1:両前肢でステンレス棒を握っている状態。2:両前肢でステンレス棒を握り、懸垂しようと試みた状態。3:両前肢でステンレス棒を握り、かつ、少なくともどちらか一方の後肢でステンレス棒を握っている状態。4:前肢及び後肢でステンレス棒を握り、かつ、尾をステンレス棒に巻きつけている状態。5:4での状態に加え、ステンレス棒の先端まで移動した状態。
【0111】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、運動神経などの末梢神経系や骨格筋の筋力には顕著な変化が認められないことが確認された(図7および8)。
【0112】
(4)歩行試験
骨格異常の測定は、歩行試験により行った。本試験は、24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)の両後肢を墨汁で塗り、マウスを(9×25×10cm)の通路を真っ直ぐに歩かせ、左右の後肢幅(左右幅)と両後肢それぞれの歩幅(前後幅)を測定し、骨格異常の指標とした。
【0113】
その結果、各群のマウスで有意な差は認められず、後肢の骨格異常や歩行時における足の運びに変化が認められないことが確認された(図9および10)。
【0114】
(5)回転棒試験
協調運動障害の測定は、回転棒試験により行った。本試験は、ロータロッド(KN−75、夏目製作所株式会社)のドラム上に24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各11、14、12匹)を乗せ、ドラムを0(静止状態)、5、10および15rpmで120秒間回転させ、ドラム上からマウスが落下するまでの時間を滞在時間として測定し、この時間を協調運動障害の指標として行った。静止状態と5rpmについては各回転を4回、10rpmについては8回、15rpmについては20回それぞれ試行した。
【0115】
その結果、ホモマウス群は静止状態では他のマウス群と同様にドラム上に滞在することができたが(図11)、5、10および15rpmとロータを回転させると、野生型マウス群と比較して滞在時間が有意に短く、協調運動障害が認められた(図12〜14)。なお、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して、静止状態、5、10および15rpmとロータを回転させても、協調運動障害に有意な差は認められなかった。
【0116】
上記の(2)握力(牽引力)試験、(3)懸垂試験、(4)歩行試験の結果、ヘテロマウス及びホモマウス共に野生型マウスとの間に有意な差は認められず、ホモマウスには運動神経などの末梢神経系や筋力などの明らかな損傷、骨格異常等が認められないことが確認された。以上の結果より、ホモマウスの協調運動障害は中枢神経系の障害由来であることが考えられる。
【0117】
2.3:記憶障害試験
記憶障害の測定は、水迷路試験により行った。
【0118】
まず、24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各11、14、12匹)に、水を満たした円形プール(直径1.5m、高さ30cm)内の水面下に固定したプラットフォーム(直径8cm、水面下1cm)を見つけだすように学習させた。マウスの方向決定が容易になるように、プールの周囲には外部視覚的手がかり(蛍光灯、実験機械、壁紙等)を設置し、これらは実験期間を通じて常に一定にした。実験日にはプールを4等分して(図15)4カ所の出発点をランダムに選び、マウスの頭部をプールの壁に向けて水中に入れ、プラットフォームに逃避するまでの潜時を測定した。マウスがプラットフォームに登ったときは、そのまま15秒間放置した。もし60秒経過してもマウスがプラットフォームに登らなかった場合は、その時点で試験終了としてマウスをプラットフォーム上において、同じく15秒間放置し、潜時を60秒と記録した。各マウスには1日1回の訓練セッション(1セッション当たり4回の試行)を9日連続して行い、逃避潜時時間を測定した。その後、セッション9(9日目)の24時間後にプラットフォームを取り除き、マウスを60秒間泳がせて、この時の泳路と4等分した各場所にいた時間を測定した(プローブトライアル(10日目))。プラットフォームの場所(TQ)を認知して記憶している場合は、プラットフォームがあった場所に長く留まるため、4等分した各範囲における滞留時間を指標として記憶能力を測定することができる。
【0119】
その結果、訓練セッションにおいては各群で逃避潜時時間の短縮が認められたが、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、逃避潜時時間短縮の程度が有意に小さく、記憶学習障害が認められた。一方、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して逃避潜時時間短縮の程度には有意な差は認められなかった(図16)。また、プローブトライアルにおいては、各群において泳路には有意な差がみとめられなかったが(図17)、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、プラットフォームの場所(TQ)に滞留している時間が有意に短く、記憶障害が認められた。一方、ヘテロマウス群は野生型マウス群と比較して有意な差は認められなかった(図18)。
【0120】
次に、この水路迷路試験で必要となる、水面下にあるプラットフォームの位置を覚えるのに手がかりとなる蛍光灯、実験機械、壁紙等を見つけ出す視覚能力、泳動に必要な運動能力、プラットフォームへ逃避する自発性を確認するため、以下の試験を行った。
【0121】
まず、プラットフォームの位置が泳動しているマウスから容易にわかるように目印となる旗をプラットフォーム上に立て、実験日は、試行ごとに旗付プラットフォームの位置を変え、4カ所の出発点はランダムに選び、マウスの頭部をプールの壁に向けて水中に入れ、旗付プラットフォームに逃避するまでの潜時を測定した。マウスがプラットフォームに登ったときは、そのまま15秒間放置した。もし60秒経過してもマウスがプラットフォームに登らなかった場合は、その時点で試験終了としてマウスをプラットフォーム上において、同じく15秒間放置し、潜時を60秒と記録した。各マウスには1日1回の訓練セッション(1セッション当たり4回の試行)を3日連続して行い、逃避潜時時間を測定した。
【0122】
その結果、各群のマウスにおいて有意な差は認められず、水迷路試験に必要な、各群のマウスの視覚能力、泳動に必要な運動能力、プラットフォームへ逃避する自発性には問題がないことが確認された(図19)。
【0123】
2.4:痛覚障害試験
(1)ホルマリン試験
24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各8、8、8匹)の後肢蹠に3%ホルマリン20μlを投与し、投与直後から60分間ホルマリン投与部位の後肢蹠に対するマウスの傷みの現れである、後肢蹠のリッキング(licking)(バイティング(biting)を含む)反応の持続時間を測定し、痛覚障害の指標とした。測定は5分間隔で12回測定した。5分ごとのリッキング時間を図20に示す。リッキングの出現は、投与後15分を境に2相に分かれるので、初期に現れる相を第1相(0〜5分)、後半に現れる相を第2相(15〜60分)とした。
【0124】
その結果、ホモマウス群は第一相および第二相のいずれにおいても、野生型マウス群と比較して、リッキング時間が有意に短く、痛覚障害が認められた(図21)。
【0125】
(2)酢酸ライジング試験
一晩絶食させた24週齢の雄マウス(野生型マウス、ヘテロマウス、ホモマウス各12、10、12匹)に、0.6%酢酸(10ml/kg)を腹腔内投与し、この10分後から10分間、体または後肢を伸ばす、体をひねるなどの苦悶症状の回数を測定し、痛覚障害の指標とした。
【0126】
その結果、ホモマウス群は野生型マウス群と比較して、苦悶症状の回数が有意に少なく、痛覚障害が認められた(図22)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項2】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されている、請求項1に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項3】
神経関連疾患を発症する表現型を有する、請求項1または2に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項4】
神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、請求項3に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項5】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項6】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されている、請求項5に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項7】
非ヒト動物が齧歯類動物である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項8】
齧歯類動物がマウスである、請求項7に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる組織。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる動物細胞。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる繁殖材料。
【請求項12】
請求項5〜8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
【請求項13】
請求項1〜4、7、および8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
【請求項14】
神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)請求項1〜4、7、および8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;
(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法。
【請求項15】
工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでなる、請求項14に記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、請求項14または15に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物。
【請求項18】
ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用。
【請求項19】
治療上の有効量のADAM11タンパク質を哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【請求項20】
ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤。
【請求項21】
ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用。
【請求項22】
ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【請求項1】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項2】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されている、請求項1に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項3】
神経関連疾患を発症する表現型を有する、請求項1または2に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項4】
神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、請求項3に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項5】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる、非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項6】
ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方の全部または一部の外来配列による置換により、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されている、請求項5に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項7】
非ヒト動物が齧歯類動物である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項8】
齧歯類動物がマウスである、請求項7に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる組織。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる動物細胞。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の非ヒト遺伝子破壊動物またはその子孫から得られる繁殖材料。
【請求項12】
請求項5〜8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;および
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
【請求項13】
請求項1〜4、7、および8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の製造方法であって、
(a)非ヒト動物胚性幹細胞(ES細胞)を、破壊されたADAM11遺伝子を含んでなるポリヌクレオチドにより形質転換する工程;
(b)前記ポリヌクレオチドがそのゲノムに取り込まれたES細胞を選択する工程;
(c)選択されたES細胞を非ヒト動物胚性細胞に導入する工程;
(d)ES細胞が導入された非ヒト動物胚性細胞を、野生型偽妊娠非ヒト雌性動物の生殖器に移植して、キメラ動物を繁殖させる工程;
(e)得られたキメラ動物と野生型非ヒト動物とを交配させ、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の一方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程;および
(f)得られた非ヒト遺伝子破壊動物の雄と雌を交配し、ADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊された非ヒト遺伝子破壊動物を繁殖させる工程
を含んでなる、製造方法。
【請求項14】
神経関連疾患の治療に用いられる物質もしくはその塩またはそれらの溶媒和物のスクリーニング方法であって、
(i)請求項1〜4、7、および8のいずれか一項に記載のADAM11遺伝子の対立遺伝子の双方が破壊されてなる非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程;
(ii)被検物質を前記非ヒト遺伝子破壊動物に投与する工程;および
(iii)被検物質投与後の前記非ヒト遺伝子破壊動物の神経関連疾患の症状の程度を測定する工程
を含んでなる方法。
【請求項15】
工程(iii)の後に、(iv)被検物質投与前の神経関連疾患の症状の程度と、被検物質投与後の神経関連疾患の症状の程度とを比較する工程を更に含んでなる、請求項14に記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
神経関連疾患が、協調運動障害、記憶障害、認知障害、学習障害、または痛覚障害である、請求項14または15に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
ADAM11タンパク質を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬組成物。
【請求項18】
ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療に用いられる医薬の製造のための、ADAM11タンパク質の使用。
【請求項19】
治療上の有効量のADAM11タンパク質を哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【請求項20】
ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを含有してなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤。
【請求項21】
ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患遺伝子治療剤の製造のための、ADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターの使用。
【請求項22】
ADAM11遺伝子またはADAM11遺伝子を作動可能に連結してなる遺伝子導入ベクターを哺乳類に投与する工程を含んでなる、ADAM11遺伝子の不活性化に起因する神経関連疾患の治療方法。
【図1】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
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【図18】
【図19】
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【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2012−175980(P2012−175980A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−118642(P2012−118642)
【出願日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【分割の表示】特願2007−524676(P2007−524676)の分割
【原出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【分割の表示】特願2007−524676(P2007−524676)の分割
【原出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】
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