説明

ATP増幅−サイクリング法による微量ATPの定量方法およびキット

【課題】 高価な測定機器が必要なルシフェリン/ルシフェラーゼ系による発光測定方法を用いない簡便、高感度、かつ実用性の高いATPの定量方法およびキットを提供する。
【解決手段】 試料から抽出したATPを増幅させた後、ATP増幅に用いた酵素を不活化し、当該増幅後のATP試料を、ATPサイクリング法を併用した酵素比色法または電気的定量法を用いて定量する。この方法により、従来の比色法よるATP定量方法と比較して、約1,000,000倍検出感度の高いATP定量方法、ATPサイクリング法と比色法を組み合わせたものに比べて約1,000倍検出感度の上昇が実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量ATPの新規な定量方法および当該定量方法を実施するために用いられるキットに関するものであり、より詳細には、極微量のATPをATP増幅−サイクリング法によって比色定量または電気的定量が可能なレベルまで増幅させ定量する方法、および当該方法を実施するために用いられるキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、ATPの定量には、ホタル由来のルシフェラーゼの存在下でATPと発光基質であるルシフェリンを反応させて発する光を測定する方法(非特許文献1)が用いられている。発光は、ルシフェラーゼと2価の金属イオン(Mg2+、Mn2+など)の存在下で以下の反応により生じる。
ホタルルシフェリン+ATP+O2+H2O→オキシルシフェリン+AMP+PPi+CO2+光
上記ルシフェリン/ルシフェラーゼによる発光法によるATPの定量は、感度が良好であり迅速性にも優れているため、発光法以外のATP定量方法はほとんど実用化されていない。
【0003】
上記の方法以外にATPを定量する方法が提案されている。例えば、グルコースを定量する際に広く用いられているヘキソキナーゼ法をATPの定量に用いる方法が知られている。この方法は、図1に示したように、グルコースとATPをMgイオン存在下でヘキソキナーゼ(HX)の作用により反応させグルコース−6−リン酸を生成させ(図1(1))、次いでグルコース−6−リン酸脱水素酵素(G6P−DH)の作用で6−ホスホグルコノラクトンおよび電子を生成させる。この電子の授与体としてNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)またはNADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を加えておくと、生じた電子によってNADHまたはNADPHとなる(図1(2))。ここで色原体の存在下でジアホラーゼを作用させると、NADHまたはNADPHは酸化されてNADまたはNADPに戻ると共に色原体が還元され呈色する色素が生じる(図1(3))。すなわち、過剰のグルコースを含んだ反応液に測定しようとするATPを含んだ試料を添加することにより、ATPを比色定量できる。しかしながら、この方法は感度が低く、検出限界は300pmol(3×10−10mol)程度である。
【0004】
そこで感度を上昇させるために、消費されたATPを再生することによって反応を増幅する方法が開発されている。すなわち、ATPから生成したADPにリン酸を供与してATPに再生する反応を同時に行わせる方法である。この方法は、ATPサイクリング法と呼ばれている。このATPサイクリング法を上記ヘキソキナーゼ法に適用することにより感度が約1000倍上昇し、検出限界は300fmol(3×10−13mol)程度となる。
【0005】
ATPサイクリング法を用いたATP定量方法としては、例えば、特許文献1および非特許文献2には、ATPがグルコースと反応してグルコース−6−リン酸を生成することで生じたADPを、ピルビン酸キナーゼの作用によりホスホエノールピルビン酸からリン酸を供与してATPに再生することで反応を増幅させ、その結果、増加したNADHまたはNADPHを測定する方法が開示されている。また、特許文献2にはアセチルリン酸およびアセテートキナーゼを用いてADPをATPに再生させ、ジアホラーゼの作用により生じる色素を増加させることで、土壌微生物から遊離させたATP量を目視により測定する方法が開示されている。
【0006】
また、本発明者らは、微量のATPを検出するために、ATPを連鎖的に増幅させる方法(ATP増幅法)を開発し(特許文献3)、さらにこのATP増幅法を改良して細胞1個レベルの微生物のATPをルシフェリン/ルシフェラーゼ系による発光法で検出できることを報告している(非特許文献3)。
【特許文献1】特開昭64−23900号公報(昭和64年1月26日公開)
【特許文献2】特開2003−225098号公報(平成15年8月12日公開)
【特許文献3】特開2001−299390号(公開日:平成13年10月30日)
【非特許文献1】DeLuca, M., and McElroy, W. D., Kinetics of the firefly luciferase catalyzed reactions. Biochemistry, 26, 921-925 (1974).
【非特許文献2】Hansen, E. H., Gundstrup, M., Mikkelsen, H. S., Determination of minute amount of ATP by flow injection analysis using enzyme amplification reactions and fluorescence detection. Journal of Biotechnology, 31, 369-380 (1993).
【非特許文献3】Satoh, T., Kato, J., Takiguchu, N., Ohtake, H., and Kuroda, A., ATP Amplification for Ultrasensitive Bioluminescence Assay: Detection of a Single Bacterial Cell. Biosci. Biotechnol. Biochem., 68, 1216-1220 (2004).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、現在最も実用化されているATP定量方法は、ルシフェリン/ルシフェラーゼ系を利用した方法であるが、発光を測定するための測定機器を用いることが必要である。通常このような機器は、発光によって生じる光子を検出しているので、機器の内部に光学装置が必要であり、小型化・単純化することには限界がある。そのため、測定機器のコストダウンを図ることも困難である。
【0008】
そこで、高価な測定機器を必要とせず、簡便かつ高感度にATPを定量できる方法の開発が望まれている。
【0009】
発光を測定する高価な測定機器を必要としないATPの定量方法としては、上述のように、例えば、目視可能な比色によりATPを検出する方法が知られている。しかしこの方法では、検出するためには300pmol(3×10−10mol)程度以上のATPが必要である。
【0010】
しかしながら、例えば大腸菌O157は数十匹(ATPとして10−16mol程度)でヒトへの感染が可能になる。それゆえ、実際のATP検出の現場では、300amol(3×10−16mol)程度の検出感度が必要であり、上記比色による検出方法で検出可能なレベルと比較した場合、1,000,000倍の差がある。
【0011】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、高価な測定機器が必要なルシフェリン/ルシフェラーゼ系を利用しない簡便なATP定量方法であって、数百amolレベルの検出感度を有するATP定量方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、鋭意検討を行った。
【0013】
上述のように、ATPを増幅する方法としてはATPサイクリング法およびATP増幅法が知られている。そこで、それぞれの技術の特徴を精査した。その結果、ATP増幅法では300amol(3×10−16mol)程度から300fmol(3×10−13mol)程度への約1,000倍の増幅が得意であることが分かった。問題点としては、最終到達点のATPの濃度を高く(300fmol以上に)設定した場合、反応液中のAMP濃度や酵素濃度を増加させる必要が生じ、それに伴う微量のADPやATPのコンタミネーションが測定精度に悪影響を及ぼすことが明らかとなった。すなわち、増幅量を増加させるために反応液中のAMPおよび酵素の量を増やすと測定精度が下がり、300amolの感度を実現できないというジレンマが生じた。そこで、微量のADPやATPのコンタミネーションが測定精度に影響を及ぼさない範囲で、反応液中のAMP濃度および酵素濃度を最適化すると、300amol(3×10−16mol)程度から300fmol(3×10−13mol)程度への約1,000倍の増幅が最適であることが見出された。
【0014】
また、ATPサイクリング法では、300fmol(3×10−13mol)程度の濃度以上のATPを比色により検出できるレベルの300pmol(3×10−10mol)程度まで1,000倍程度増幅することは可能であるが、300fmol程度以下のATPを比色により検出できるレベルまで増幅することは困難であることが明らかとなった。しかしながら、ATPサイクリング法の特徴として、極微量のADPのコンタミネーションによる測定感度減少は見られなかった。すなわち、ATP増幅法に比べ、ATPサイクリング法はADPのコンタミネーションによる測定精度への悪影響を受けず、それゆえ反応液中の酵素濃度を増やすことが可能であることが見出された。
【0015】
以上の結果をまとめると、ATP増幅法は超微量(10−16mol程度)のATPを微量(10−13mol程度)まで増幅し、ATPサイクリング法は微量(10−13mol程度)のATPをさらに増幅するのに有利であることが判明した。また、微量ADPのコンタミネーションは、ATP増幅法の測定精度を低下させるが、ATPサイクリング法に影響を及ぼさないことが判明した。したがって、両方法の組み合わせの順序としては、ATP増幅法を先に行い、その後ATPサイクリング法を後で行うことが最適であることが見出された。この組み合わせにより、お互いの不得意な部分を補って、合計1,000,000倍の増幅が可能であることが予想された。
【0016】
そこで、本発明者らは、ATP増幅法およびATPサイクリング法を実際に組み合わせて微量ATPの定量を試みたところ、予想に反して予期した結果が得られなかった。それどころか、ATPサイクリング法単独の場合より検出感度が低下するという結果が得られた(図7、不活化行程を行わない場合参照)。この原因を究明したところ、ATP増幅法で用いられるアデニレートキナーゼがATPサイクリング法を阻害していることを見出した。すなわち、アデニレートキナーゼはATPサイクリング法におけるヘキソキナーゼと拮抗してしまうことが原因であることが明らかとなった。そこで、ATP増幅法が終了した段階で、アデニレートキナーゼの活性を失わせるべく、高温による不活化工程を設けることで、この問題点を克服した。
【0017】
しかしながら、不活化工程を設けるにあたり、リン酸供与体が同時に分解してしまうことは問題である。そこで、このような新たな問題が生じないために、リン酸供与体の安定性を考慮した結果、ポリリン酸が最も有利であると考えられた。
【0018】
以上の検討により、従来不可能であった1,000,000倍のATP増幅が可能となり、その結果、10−16mol程度の超微量のATPを、比色により検出可能な本発明を完成させるに至った。
【0019】
すなわち本発明に係る方法は、試料中に含まれるATPを定量する方法であって、試料から抽出したATPを増幅させるATP増幅工程、ATP増幅工程で用いられたアデニレートキナーゼを不活化させる不活化工程、増幅されたATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させるATPサイクリング工程、および生成されたリン酸化化合物を定量する定量工程を包含することを特徴としている。
【0020】
上記構成により、ルシフェリン/ルシフェラーゼ系による発光法を用いずに、比色法のような簡便な方法で、極微量のATPを定量することが可能となる。
【0021】
上記ATPサイクリング工程では、ADPをATPに再生するためにポリリン酸化合物およびポリリン酸キナーゼを用いることが好ましく、上記ATP増幅工程では、AMP、アデニレートキナーゼ、ポリリン酸化合物およびポリリン酸キナーゼを用いることが好ましい。さらに、上記リン酸化可能な化合物がグルコースであり、上記リン酸化化合物がグルコース−6−リン酸であることが好ましい。
【0022】
上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を定量することにより行われることが好ましい。より具体的には、上記酸化還元反応では、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の存在下で、ジアホラーゼの作用により還元されて可視光領域で呈色する色素を生じる色原体を用いることで比色定量する方法を挙げることができる。また、酸化還元反応において、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の存在下で、ジアホラーゼの作用によりフェリシアン化イオンが還元され、生じたフェロシアン化イオンから電子を電極に受け渡し、電気的に定量する方法を挙げることができる。
【0023】
本発明に係るキットは、上記本発明に係る方法を実施するために用いられるキットであって、ポリリン酸化合物、ポリリン酸キナーゼ、アデニレートキナーゼ、AMP、グルコース、ヘキソキナーゼまたはグルコキナーゼ、グルコース−6−リン酸脱水素酵素、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼおよび色原体またはフェリシアン化化合物を備えることを特徴としている。
【0024】
上記構成のキットを用いることにより、本発明に係る方法を簡便かつ迅速に実施することが可能となる。
【0025】
また、本発明には、以下のATP定量方法が含まれる。
【0026】
(I)ATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物を生成させるリン酸化化合物生成工程、および、リン酸化化合物を定量する定量工程を包含するATP定量方法であって、上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼ、フェリシアン化イオンおよび電極を用いて定量することを特徴とする方法。
【0027】
(II)ATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させるATPサイクリング工程、および、リン酸化化合物を定量する定量工程を包含するATP定量方法であって、上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼ、フェリシアン化イオンおよび電極を用いて定量することを特徴とする方法。
【0028】
上記構成により、従来実現されていない電気的な信号によりATPを定量する方法を実現することが可能となる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の方法は、ルシフェリン/ルシフェラーゼ系による発光法を用いずに、比色法や電気的定量法により簡便にATPを定量でき、しかも、従来比色によりATPを検出する方法に比べて、1,000,000倍、また、ATPサイクリングサイクリング法を併用したヘキソキナーゼ法による比色検出感度より約1,000倍の超高感度で極微量のATPを定量できるという効果を奏する。また、電気的な信号により超微量のATPを検出することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0031】
(1)ATP定量方法
本発明のATP定量方法は、試料から抽出したATPを増幅させるATP増幅工程、ATP増幅工程で用いられたアデニレートキナーゼを不活化させる不活化工程、増幅されたATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させるATPサイクリング工程、および生成されたリン酸化化合物を定量する定量工程を包含するものであればよい。以下、各工程について順に説明する。なお、上記各工程以外の工程が設けられていてもよく、上記以外の工程の内容は限定されない。
【0032】
〔ATP増幅工程〕
ATP増幅工程では、試料から抽出したATPを増幅させる。
【0033】
本方法により定量する対象物質はATPである。したがって試料はATPを含む可能性があるものであればよい。ATPは、動物、植物、微生物などの全ての生物に存在するエネルギー物質であるので、生物由来の試料が本発明の対象試料となり得る。
【0034】
本方法は超微量のATPを定量することができるため、本方法の適用対象としては、例えば、抗ガン剤の薬効試験として、アポトーシスが起きて死滅した細胞の検出、生物が存在した痕跡として残るATPの検出、衛生検査現場における将来微生物が生息するであろう食品残渣の検査、極少数の微生物の検出などを挙げることができる。なかでも微生物の検出に本発明の方法を適用すれば、非常に簡便に、かつ、極少数の微生物の存在を確認することができるため、微生物を含む可能性のある試料が本発明の対象試料として好適である。
【0035】
試料からATPを抽出する方法は特に限定されるものではなく、試料の種類に応じて公知の方法から適宜選択して用いればよい。例えば、細胞を含む試料や微生物を含む試料からATPを抽出する場合には、物理的手段(例えばホモジナイザー、超音波など)により細胞または微生物を破砕する方法、酵素(例えばリゾチームなど)により細胞または微生物の膜を破砕する方法、界面活性剤(例えばTritonX-100(商品名)、Tween20(商品名)など)により細胞または微生物の膜を破砕する方法を用いることができる。
【0036】
しかしながら、細胞を破砕等するのみでは、細胞中に含まれるポリリン酸キナーゼ、アデニレートキナーゼなどの酵素が、以下に説明するATP増幅反応に影響を及ぼす可能性があるため、細胞を破砕等してATPを抽出した後に加熱処理を行って酵素を失活させるか、細胞を加熱処理することによりATPを溶出させる方法を用いることが好ましい。
【0037】
ATPの増幅方法は特に限定されないが、本発明者らが開発した特許文献3および非特許文献3に記載の方法を好適に用いることができる。すなわち、AMP、アデニレートキナーゼ(以下、「ADK」と略記する)、ポリリン酸化合物およびポリリン酸キナーゼ(以下、「PPK」と略記する)を用いる方法である。以下、ATP増幅方法の一例として、本発明者らが開発したAMP、ADK、ポリリン酸化合物およびPPKを用いる方法について説明する。
【0038】
ATP増幅反応を触媒するADKは、AMPとATPとを反応させたとき、2分子のADPを生じさせる酵素であり、当該酵素活性を有するものは全てADKに含まれる。また、PPKはADPとポリリン酸化合物(PolyP)とを反応させ、ATPとポリリン酸化合物(PolyPn−1)とに変換する酵素であり、当該酵素活性を有するものは全てPPKに含まれる。
【0039】
ポリリン酸化合物としては、ポリリン酸あるいはその塩を好適に用いることができる。好ましくは10個〜1000個、より好ましくは10個〜100個のリン酸が直鎖状に重合したものが用いられる。ポリリン酸は細菌由来でもよく、化学合成で得られたものでもよい。あるいは、ポリリン酸合成酵素を用いてATPから合成したものでもよい。以下、説明の便宜上、ポリリン酸化合物を単にポリリン酸と称する。
【0040】
このATP増幅反応は、図2に示すように、ATPが存在するとADKによってATPからAMPへのリン酸転移反応が起こり2分子のADPが生成する(第1反応)。生じた2分子のADPは、PPKの作用によりポリリン酸化合物(図中PolyP)からリン酸基を受け取り、2分子のATPを生じる(第2反応)。以上が図2に1回目として示されている。生じた2分子のATPは、再度第1反応に使用され、ADKによってAMPへのリン酸転移反応が起こり4分子のADPを生成する。この4分子のADPは第2反応でPPKによって4分子のATPに変換される(図中2回目)。このように過剰のAMPとポリリン酸を存在させて、ADKとPPKとの平衡状態をそれぞれADP生成方向(第1反応)およびATP生成方向(第2反応)に向かわせるようにし、第1反応と第2反応とを1つの反応系とし、n回この反応系を繰り返すことにより、1個のATPが2個に増幅される。
【0041】
上記ADKとPPKとは別のタンパク質であるので、それぞれ別のタンパク質としてATP増幅系に用いればよいが、ADKとPPKとの融合タンパク質としてもよい。融合タンパク質とすれば、ADKとPPKとを個々に用いた場合、両酵素の活性に違いがあると反応効率が低下するが、融合タンパク質とした場合にはこのような問題は生じない。また、ADKとPPKとが近接するため拡散律速にならず、効率良く反応が進む。さらに、2つの酵素を同時に調製できるので、調製が容易となる。
【0042】
ADKとPPKとの融合タンパク質は、ADKをコードする遺伝子adkとPPKをコードする遺伝子ppkとを連結した発現ベクターを公知の方法により構築し、適切な宿主細胞に導入して発現させることにより製造することができる。具体的には、例えば非特許文献3に記載されている手順で作製することができる。
【0043】
上記PPK、またはADKとPPKとの融合タンパク質はADP除去処理を施されていることが好ましい。PPKには不純物としてADPが結合している場合がある。このPPKに結合しているADPは、ポリリン酸の存在下でPPKの基質とされ得、このADPがPPKによりATPに変換され得る。すなわち、図2に示すような反応系において、ATP非存在下であっても、まず第2反応であるADPからATPへの反応が生じ、このATPが第1反応で使用されることにより、自動的にATP増幅反応が開始されることになる。
【0044】
上記ADP除去処理の方法は特に限定されるものではないが、例えばアピラーゼ処理を挙げることができる。アピラーゼはATPまたはADPからリン酸基を除去し、AMPを生成する。
【0045】
ATP増幅反応は、適切な緩衝液、例えば、Tris緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液中で行うことができる。また、緩衝液には、例えばMgイオンなどの二価金属イオンが含まれていることが好ましい。反応温度は20℃以上40℃以下が好ましく、25℃以上30℃以下がより好ましい。20℃より低いと酵素活性が低くATPが充分増幅されず、40℃を超えると酵素が失活することによりATPが充分増幅されない。反応時間は5分以上120分以下が好ましく、10分以上60分以下がより好ましい。5分未満ではATPの増幅量が少ないため微量ATPを検出できず、120分を超えるとATPまたはADPのコンタミネーションにより測定精度が悪くなる。
【0046】
ATP増幅工程において増幅されるATP量は、後段のATPサイクリング工程においてATPサイクリング反応に引き継がれ、発光反応を用いない比色等により検出できる量であればよい。したがって、ATP増幅工程では少なくとも1fmol以上にATPを増幅できればよい。このために、ATP増幅反応液中のAMP濃度は6μM以上25μM以下が好ましく、12μM以上15μM以下がより好ましい。6μMより少ないと十分ATPが増幅されず、25μMを超えるとATPまたはADPのコンタミネーションにより測定精度が悪くなる。ATP増幅反応液中のポリリン酸濃度は0.4mM以上6mM以下が好ましく、2.7mM以上5mM以下がより好ましい。0.4mMより少ないと十分ATPが増幅されず、6mMを超えると反応速度が速くなりすぎて測定精度が悪くなる。また、ATP増幅反応液中のADK濃度は0.45μg/mL以上4μg/mL以下が好ましく、0.9μg/mL以上2μg/mL以下がより好ましい。0.45μg/mLより少ないと十分ATPが増幅されず、4μg/mLを超えるとATPまたはADPのコンタミネーションや反応速度が速くなりすぎることが原因で測定精度が悪くなる。また、ATP増幅反応液中のPPK濃度は1.5μg/mL以上12.5μg/mL以下が好ましく、3μg/mL以上6.5μg/mL以下がより好ましい。1.5μg/mLより少ないと十分ATPが増幅されず、12.5μg/mLを超えるとATPまたはADPのコンタミネーションや反応速度が速くなりすぎることが原因で測定精度が悪くなる。
【0047】
ATP増幅反応の反応液量は特に限定されない。後段の定量工程で用いられる方法や用いる実験器具に応じて適宜選択すればよい。
【0048】
〔不活化工程〕
不活化工程では、上記ATP増幅工程で用いられたADKを不活化させる。
【0049】
本発明者らは、上記ATP増幅反応と後述のATPサイクリング反応を同時に行うとATPサイクリング反応が阻害されることを見出し、この原因がADK活性にあることを見出した。そして、ADK活性を熱処理により失活させた場合には、ATPサイクリング反応が阻害されないことを確認した。
【0050】
本不活化工程で用いる方法としては、増幅したATPに影響を及ぼすことなくADK活性を不活化できる方法であればよい。具体的には、例えば、熱処理を挙げることができる。熱処理温度は、50℃以上100℃以下が好ましく、70℃以上100℃以下がより好ましい。50℃より低いと十分に酵素活性の不活化が行えず、100℃を超えるとATPの分解が懸念される。また、処理時間は1分以上15分以内が好ましく、1分以上3分以内がより好ましい。1分より短いとATPの十分に酵素活性の不活化が行えず、15分より長いとATPの分解が懸念される。熱処理以外の方法としては、例えば、ADK活性阻害剤、塩、キレート剤などを挙げることができる。
【0051】
〔ATPサイクリング工程〕
ATPサイクリング工程では、上記ATP増幅工程で増幅されたATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させる。
【0052】
リン酸化可能な化合物としては、ATPからリン酸基が1個転移されてリン酸化化合物に変換される化合物であればよい。このような化合物としては、具体的には、例えばグルコース、フルクトース、ラクトースなどを挙げることができる。また、リン酸化可能な化合物とATPを反応させてリン酸化化合物とADPを生じる反応には、ATPからリン酸基を転移させる酵素(キナーゼ)を作用させることが必要である。この反応においては、リン酸化可能な化合物(出発物質)に何を選択するかにより、用いる酵素および生成されるリン酸化化合物が決定される。
【0053】
上記反応により生じるADPは、リン酸供与化合物の存在下でADPにリン酸基を転移させる酵素の作用によりATPに再生される。この再生されたATPも上記リン酸化可能な化合物と反応してリン酸化化合物を生成する。このように使用されてADPとなったATPを元のATPに再生し、元の反応を増幅する方法は、一般に「ATPサイクリング法」と呼ばれている。
【0054】
ここで、ADPをATPに再生しなければ、1分子のATPに対して1分子のリン酸化化合物が生成されるが、例えばATPを1000回再生させればリン酸化化合物量は1000倍になる。再生回数は時間によって制御することができるので、一定時間後のリン酸化化合物量は試料中に含まれているATP量の再生回数倍であり、元のATP量に比例する。これによって、ATPの検出感度をさらに上昇させることができる。
【0055】
ATPサイクリング反応に用いるリン酸供与化合物およびリン酸転移酵素の組み合わせとしては、例えば、ポリリン酸とポリリン酸キナーゼ(PPK)、ホスホエノールピルビン酸とピルビン酸キナーゼ、アセチルリン酸とアセテートキナーゼなどを挙げることができるが、特に限定されない。なかでも、ポリリン酸とPPKの組み合わせを用いることが好ましい。
【0056】
後述の実施例で示すように、ポリリン酸はアセチルリン酸やホスホエノールピルビン酸と比較して非常に安定な化合物であるという利点を有している。すなわち、ポリリン酸は、どのような温度やpHの条件の溶液中でも安定であるため、ADPからATPへの再生を長時間、安定して行うことができ、また特に不活化行程において分解しないので有利である。また、リン酸化合物を効率良く増幅できるため、微量のATPを高感度で定量できる。なぜなら、ホスホエノールピルビン酸やアセチルリン酸は1分子中に1個のリン酸基を有するのみであるが、ポリリン酸は1分子中に分子量に依存して多数のリン酸基を有するため、1分子で多数のADPをATPに生成できるからである。さらに、ホスホエノールピルビン酸やアセチルリン酸と比較して、安価に入手できるという利点も有する。
【0057】
図3には、リン酸化可能な化合物をグルコース(Glucose)、ATPと反応して生成されるリン酸化化合物をグルコース−6−リン酸(Glucose−6−phosphate、以下「G6P」と略記する)とし、ATPサイクリングにポリリン酸(図中PolyP)およびおよびPPKを用いる場合を例示した。この場合グルコースからG6Pを生成する反応を触媒する酵素としては、図3に示したヘキソキナーゼ(図中Hx)を挙げることができる。またグルコキナーゼを用いることもできる。グルコキナーゼとヘキソキナーゼの違いについては、それぞれの酵素の性質において、グルコースへの反応や、反応の特異性などに若干の違いはあるものの、どちらの酵素も、その反応の本質において、ATPの共存下でグルコースをG6Pに変換しADPを生じる点は同じであるため、本発明の用途においては両酵素に差は認められない。
【0058】
本ATPサイクリング工程の反応は、リン酸化可能な化合物、当該リン酸化可能な化合物にATPからリン酸基を転移させる酵素、ADPにリン酸を供与する化合物およびADPにリン酸基を転移させる酵素が同時に存在する状態、例えば上記化合物等がすべて溶解された適当な緩衝液にATPを含む試料を添加することで進行させることができる。
【0059】
反応液に用いる緩衝液としては、Tris緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液などを挙げることができる。また、反応液に含まれる各化合物や酵素の濃度は、反応が十分に行われる量であればよく、用いる化合物や酵素に応じて適宜選択すればよい。
【0060】
〔定量工程〕
定量工程では、上記ATPサイクリング工程で生成したリン酸化化合物を定量する。リン酸化化合物を定量することによって、試料中のATP量を間接的に定量することができる。
【0061】
生成したリン酸化化合物の定量方法は特に限定されるものではない。リン酸化可能な化合物として何を用いるかによって生成するリン酸化化合物は異なるので、生成したリン酸化化合物の種類に応じて、公知の定量方法を用いて測定することができる。
【0062】
リン酸化化合物の定量方法の一例として、当該リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を定量する方法を挙げることができる。また、当該酸化還元反応では、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下「NAD」と略記する)またはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下「NADP」と略記する)が用いられること好ましい。
【0063】
図4(a)および(b)には、G6Pを開始物質とする酸化還元反応により受け渡された電子の総量を定量する方法を例示した。G6PはNADまたはNADPの存在下でグルコース−6−リン酸脱水素酵素(グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ、図中G6PDH)の作用により酸化されて6−ホスホグルコノラクトン(Gluconate−6−phosphate)を生成する。その際、NAD等は還元されてNADHまたはNADPHが生じる。ここまでは図4(a)および(b)とも共通である。この時点で生じたNADHまたはNADPHを直接定量することが可能である。例えば、NADHまたはNADPHは340nmの吸光度を測定することにより定量できる。
【0064】
図4(a)では、G6Pの酸化の際に生じたNADHまたはNADPHがジアホラーゼの作用により酸化されNADまたはNADPに戻り、その際色原体が還元され可視光領域で呈色する色素を生じる。生じた色素の量(発色量)とATP量は比例するため、発色量を測定することでATPを定量することができる。発色量は分光光度計を用いて測定することができる。また、あらかじめ検量線や比色表を作成しておくことにより、目視判定も可能である。
【0065】
上記色原体は、還元型脱水素化剤(例えばNADHまたはNADPH)から受け渡された電子により還元されて可視光領域(300nm〜800nm)で呈色する色素を生じるものであればよい。すなわち、色原体は当該反応により可視領域に吸収が無いものが有るように変化するか、吸収領域が有るものが無いように変化するか、または吸収スペクトルが異なるように変化するかのいずれかでもよい。
【0066】
色原体は上述の条件を満たすものであれば特に限定されないが、例えば、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)、メチレン・ブルー、レザズリンなどの色素やテトラゾリウム類等を挙げることができる。
【0067】
なかでもテトラゾリウム類が好適である。テトラゾリウムとしては、例えば、p−ヨードニトロテトラゾリウム・バイオレット、MTT、ネオテトラゾリウム、ニトロ・ブルー・テトラゾリウム、テトラニトロ・ブルー・テトラゾリウム、テトラゾリウム・ブル、テトラゾリウム・レッド(トリフェニル・テトラゾリウム)、テトラゾリウム・バイオレット、チオカルバミル・ニトロ・ブルー・テトラゾリウム、XTT、WST−1、WST−3等、または、それらの塩等を挙げることができる。
【0068】
上述のようにATPを呈色反応により定量する場合には、例えば図4(a)の場合、グルコース、ヘキソキナーゼ、ポリリン酸、PPK、NADまたはNADP、ジアホラーゼおよび色原体が同時に存在する状態、例えば上記化合物等がすべて溶解された適当な緩衝液を、ATP増幅工程および不活化工程を終えたATP試料に添加し、発色量を分光光度計で測定することができる。あるいは、グルコース、ヘキソキナーゼ、ポリリン酸、PPK、およびNADまたはNADPが溶解された適当な緩衝液を、ATP増幅工程および不活化工程を終えたATP試料に添加して反応させた後、ジアホラーゼおよび色原体を添加し、発色量を測定してもよい。ただし、これらに限定されるものではない。
【0069】
また、各化合物や酵素の濃度は特に限定されず、反応が十分行われる量を適宜選択して用いればよい。
【0070】
図4(b)では、引き続きジアホラーゼの作用によりNADHまたはNADPHは酸化されNADまたはNADPに戻り、その際フェリシアン化イオン(Fe(CN)63-)を還元してフェロシアン化イオン(Fe(CN)64-)が生じる。例えば、図5に示すような作用極1、参照極2および対極3を反応槽5内の反応液中に挿入し、作用極1と参照極2との間に0.1V以上1.5V以下、好ましくは0.4V程度の電圧をかけると、上記フェロシアン化イオン(Fe(CN)64-)はフェリシアン化イオン(Fe(CN)63-)に変化して電子を作用極に受け渡すので電流が流れるようになる。なお、1.5Vを超えると水の電気分解が始まり、好ましくない。この電流を作用極1と対極2との間に設置した電流計4で測定することにより、当該酸化還元反応で受け渡された電子の総量を測定することができる。なお、ジアホラーゼによりNADHを電流として検出する方法は、例えば、Analytica Chemica Acta 347: 63-70 (1997) に開示されている。ただし、ATPを電気的に検出する方法は、未だ実用化されていない。
【0071】
上述のように、ATP量を電流として測定する場合には、例えば図5に示されるような構成を有する検出計を用いて、反応槽5内にグルコース、ヘキソキナーゼ、ポリリン酸、PPK、NADまたはNADP、ジアホラーゼおよびフェリシアン化イオン(Fe(CN)63-)をすべて溶解させた適当な緩衝液を入れておき、そこにATP増幅工程および不活化工程を終えたATP試料を添加することで電流の測定を行うことができる。ただし、これに限定されるものではない。
【0072】
また、各化合物や酵素の濃度は特に限定されず、反応が十分行われる量を適宜選択して用いればよい。
【0073】
上述の電気的にATP量を測定する方法は、ルシフェリン/ルシフェラーゼ系を利用した方法で用いる測定機器と比較して小型化、簡便化が可能である。また、現在、酵素電極法で微量のグルコース等を測定する機器が市販されており、このような機器をATP量の測定に利用することも可能であり、ATP定量のコストを低下させることに繋がる。
【0074】
(2)ATP定量キット
本発明のキットは、上述の本発明のATP定量方法を実施するために用いられるキットであればよい。キットの構成としては、ATP増幅反応に用いられる試薬、ATPサイクリング反応およびATPサイクリング反応に用いられる試薬、リン酸化化合物の定量に用いられる試薬が含まれていることが好ましい。
【0075】
具体的には、例えば、ポリリン酸化合物、ポリリン酸キナーゼ、アデニレートキナーゼ、AMP、グルコース、ヘキソキナーゼまたはグルコキナーゼ、グルコース−6−リン酸脱水素酵素、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼおよび色原体またはフェリシアン化化合物を備えるキットを挙げることができる。
【0076】
上記例示したもの以外にキットに含まれることが好ましいものとしては、例えば上記化合物等を溶解するための緩衝液、ATP標準液、試料からATPを抽出するための試薬、反応に用いるプレートなどを挙げることができるが、限定されるものではない。
【0077】
色原体が含まれるキットはATPを呈色反応によって定量する方法に使用でき、フェリシアン化化合物が含まれるキットはATPを電気的に定量する方法に使用できる。もちろん、1キット中にフェリシアン化化合物と色原体の両方が含まれるキットとしてもよい。
【0078】
上記化合物等は、実際にATP量を測定するときの反応時に同時に同一の溶液中に存在すればよく、反応前はその形態に特に限定はない。したがって、キットにはそれぞれ個別に、または同一に、またはいくつか組み合わされて、溶液状態、粉末状態、またはその他の状態で備えられていればよい。
【0079】
キットに含まれる酵素(ポリリン酸キナーゼ、アデニレートキナーゼ、ヘキソキナーゼまたはグルコキナーゼ、グルコース−6−リン酸脱水素酵素およびジアホラーゼ)については、その供給源となる生物は特に限定されるものではなく、入手の容易さやコストを考慮して選択すればよい。
【0080】
本発明のキットは、その構成にポリリン酸を備えている。このポリリン酸は非常に安定性が高いので、キットに含めるに際して安定性を高めるための方策を施す必要がなく、保存性に優れたキットを提供できるという利点を有している。また、ポリリン酸は安価であるため、キットの製造コストを低く抑えることができ、安価なキットを提供できるという利点を有している。
【0081】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0082】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0083】
〔実施例1:比色によるATPの定量〕
ATP増幅およびATPサイクリングを併用したヘキソキナーゼ法、ATPサイクリングのみを併用したヘキソキナーゼ法、およびヘキソキナーゼ法のみ、の3通りの方法を用いて比色によりATP量を測定した。
【0084】
(i)実験材料
ATP試料は、3.3×10−4fmol(0.33amol)〜3.3×10fmol(33nmol)の範囲で公比10の12段階を用いた。
【0085】
ATP増幅溶液(20μL/反応)の組成は、ATP:上記各濃度、AMP:15μM、ポリリン酸(polyP15):5mM、PPK−ADK融合タンパク質:14.4μg/mL、MgCl:8mM、Tris−HCl(pH7.2):40mMとした。なお、ATPサイクリングのみを併用したヘキソキナーゼ法およびヘキソキナーゼ法のみの場合は、上記よりPPK−ADK融合タンパク質を除外した組成とした。
【0086】
ATPサイクリング溶液(上記ATP増幅反応液にATPサイクリング試薬10μLを加えて、合計30μL/反応)の組成は、ヘキソキナーゼ:240μg/mL(33ユニット/mL)、G6P脱水素酵素:53μg/mL(16.7ユニット/mL)、グルコース:1.5mM、NADP:0.5mM、PPK:66.7μg/mLとした。なお、ヘキソキナーゼ法のみの場合は、上記よりPPKを除外した組成とした。
【0087】
発色溶液(上記ATPサイクリング反応液に発色試薬15.5μLを加えて、合計45.5μL/反応)の組成は、WST−1:2mM、ジアホラーゼ:55μg/mL(0.55ユニット/mL)とした。
【0088】
(ii)実験方法
以下の手順で実験を行った。
(1) 20μLのATP増幅反応溶液を25℃で60分間反応する。
(2) 95℃で1分間処理し、酵素を不活化する。
(3) ATPサイクリング試薬10μLを添加し、25℃で60分間反応する。
(4) 発色試薬15.5μLを添加し、25℃で15分間反応する。
(5) 分光光度計を用いて、OD450を測定する。
【0089】
なお、ATP増幅を併用しない場合は、上記(3)から開始した。
【0090】
(iii)結果
結果を図6に示した。図6から明らかなように、ATP増幅およびATPサイクリングを併用した場合(図中、ATP増幅+サイクリング法)、ATPサイクリングのみを併用した場合(図中、サイクリング法のみ)、およびヘキソキナーゼ法による発色のみの場合(図中、これまでの発色法)のいずれも、試料中のATP量に依存して吸光度の上昇が観察され、試料中のATP量と吸光度が比例することが示された。しかし、試料を直接ヘキソキナーゼ法に適用した場合(ヘキソキナーゼ法による発色のみの場合)には、感度が非常に低く、検出限界は約300pmol(3×10−9mol)であった。ATPサイクリングのみを併用した場合には、検出感度は約1000倍上昇し、検出限界は約300fmol(3×10−13mol)であった。一方、ATP増幅およびATPサイクリングを併用した場合には、検出感度がさらに約1000倍上昇し、約300amol(3×10−16mol)のATPを検出することが可能であった。
【0091】
また、図7に示したように、この方法では測定機器を用いずに、ATPの存在を目視判定することが可能であった。なお、不活化工程を行わない場合は、ATPサイクリングのみを併用した場合より感度が低下した。
【0092】
〔実施例2:電流によるATPの定量〕
ヘキソキナーゼ:10ユニット、G6P脱水素酵素:10ユニット、ジアホラーゼ:5ユニット、グルコース:1.8mM、NADP:0.6mM、HEPES−KOH(pH7.2):33mM、(NHSO:26.4mM、MgCl:2.64mM、[Fe(CN)]3−:2.4mMを含む溶液4.8mLを調製し、作用極1、参照極2および対極3を挿入した(図5参照)。スターラーを用いて溶液を混合し、安定化した後、16.5mMのATPを0.3mL添加した。
【0093】
結果を図8に示した。図8から明らかなように、ATP添加後から電流が流れ始め、3分後には3μA(3×10−6A)の電流が流れた。
【0094】
〔実施例3:ポリリン酸およびアセチルリン酸の安定性の比較〕
3−1.異なる温度における安定性の比較
純水(pH7.0)にポリリン酸(シグマ社製)またはアセチルリン酸(シグマ社製)を1mMとなるようにそれぞれ溶解した。このポリリン酸溶液およびアセチルリン酸溶液を、それぞれ4℃、18℃または37℃の温度条件で保存し、12時間後に溶液中の遊離リン酸量を既知のモリブデンリン法によって測定し、これを分解量とみなして分解率を算出した。
【0095】
結果を図9に示した。図9から明らかなように、ポリリン酸はいずれの温度においてもほとんど分解されず、非常に安定であった。一方、アセチルリン酸は4℃では比較的安定であったが、18℃では12時間後の残存率が約75%、37℃では12時間後の残存率が約25%であり、酵素反応に適した温度においては分解しやすいことが明らかとなった。
【0096】
3−2.異なるpHにおける安定性の比較
50mM Tris緩衝液(pH7.8)、50mM HEPES緩衝液(pH5.2)または純水(pH7.0)に、ポリリン酸(シグマ社製)またはアセチルリン酸(シグマ社製)を1mMとなるようにそれぞれ溶解した。各溶液を37℃で保温し、15分後、30分後、60分後および120分後にサンプリングして遊離リン酸量を既知のモリブデンリン法によって測定し、これを分解量とみなして分解率を算出した。
【0097】
結果を図10に示した。図10から明らかなように、ポリリン酸は中性(pH7.0)、酸性(pH5.2)、アルカリ性(pH7.8)のいずれのpHにおいてもほとんど分解されず、非常に安定であった。一方、アセチルリン酸はいずれのpHにおいても経時的に分解が進み、120分後の残存率はいずれも約50%程度であった。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、ATPの検出・定量を実施している様々な分野において利用可能である。特に、微生物の検査が必要な食品産業、医薬品産業、臨床検査分野、環境衛生分野などでの利用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】ヘキソキナーゼ法によりATPを定量する反応原理を示す図である。
【図2】ATP増幅反応の反応原理を示す図である。
【図3】ATPサイクリング法を併用したヘキソキナーゼ法によりATPを定量する反応原理を示す図である。
【図4】(a)はG6Pを開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を呈色により定量する反応原理を示す図であり、(b)はG6Pを開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を電気的に定量する反応原理を示す図である。
【図5】ATPを電気的に定量する検出計の概略を示す図である。
【図6】ATP増幅およびATPサイクリングを併用したヘキソキナーゼ法、ATPサイクリングのみを併用したヘキソキナーゼ法、およびヘキソキナーゼ法のみ、の3通りの方法を用いて比色によりATPを定量した結果を示すグラフである。
【図7】ATP増幅およびATPサイクリングを併用したヘキソキナーゼ法、ATPサイクリングのみを併用したヘキソキナーゼ法、ヘキソキナーゼ法のみ、および不活化工程を行わないATP増幅およびATPサイクリングを併用したヘキソキナーゼ法の4通りの方法を用いて比色によりATPを定量したときの、反応液の色調を示す画像である。
【図8】反応系にATPを添加することにより電流が発生することを示すグラフである。
【図9】ポリリン酸およびアセチルリン酸の、異なる温度における安定性を比較した結果を示すグラフである。
【図10】ポリリン酸およびアセチルリン酸の、異なるpHにおける安定性を比較した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0100】
1 作用極
2 参照極
3 対極
4 電流計
5 反応槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれるATPを定量する方法であって、
試料から抽出したATPを増幅させるATP増幅工程、
ATP増幅工程で用いられたアデニレートキナーゼを不活化させる不活化工程、
増幅されたATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させるATPサイクリング工程、および
生成されたリン酸化化合物を定量する定量工程
を包含することを特徴とする方法。
【請求項2】
上記ATPサイクリング工程では、ADPをATPに再生するためにポリリン酸化合物およびポリリン酸キナーゼを用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記ATP増幅工程では、AMP、アデニレートキナーゼ、ポリリン酸化合物およびポリリン酸キナーゼを用いることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記リン酸化可能な化合物がグルコースであり、上記リン酸化化合物がグルコース−6−リン酸であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を定量することにより行われることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
上記酸化還元反応では、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸が用いられることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
上記酸化還元反応では、さらにジアホラーゼおよび還元されることにより可視光領域で呈色する色素を生じる色原体が用いられ、受け渡された電子の総量を比色定量することを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
上記色原体がテトラゾリウムであることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
上記酸化還元反応では、さらにジアホラーゼ、フェリシアン化イオンおよび電極が用いられ、受け渡された電子の総量を電気的に定量することを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の方法を実施するために用いられるキットであって、
ポリリン酸化合物、ポリリン酸キナーゼ、アデニレートキナーゼ、AMP、グルコース、ヘキソキナーゼまたはグルコキナーゼ、グルコース−6−リン酸脱水素酵素、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼおよび色原体またはフェリシアン化化合物を備えることを特徴とするキット。
【請求項11】
ATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物を生成させるリン酸化化合物生成工程、および、リン酸化化合物を定量する定量工程を包含するATP定量方法であって、
上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼ、フェリシアン化イオンおよび電極を用いて定量することを特徴とする方法。
【請求項12】
ATPとリン酸化可能な化合物とを反応させ、リン酸化化合物とADPとを生成させるとともに、生じたADPをATPに再生し、リン酸化化合物の生成を増幅させるATPサイクリング工程、および、リン酸化化合物を定量する定量工程を包含するATP定量方法であって、
上記定量工程では、上記リン酸化化合物を開始物質とする酸化還元反応において受け渡される電子の総量を、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドまたはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、ジアホラーゼ、フェリシアン化イオンおよび電極を用いて定量することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−223163(P2006−223163A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39825(P2005−39825)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】