説明

Chaetomium属糸状菌検出のためのオリゴヌクレオチドプライマーセットおよび検出方法

【課題】食品汚染糸状菌として知られているChaetomium属糸状菌を迅速かつ正確に検出するためのオリゴヌクレオチドプライマーセットおよび方法の提供。
【解決手段】Chaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子およびITS(Internal Transcribed Spacer)領域の特異的領域にアニーリング可能なChaetomium属糸状菌検出用PCRオリゴヌクレオチドプライマーセットおよび当該オリゴヌクレオチドプライマーセットを使用するChaetomium属糸状菌検出・鑑別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核酸増幅法によりChaetomium属糸状菌を迅速かつ特異的に検出するためのオリゴヌクレオチドプライマーセットおよび当該オリゴヌクレオチドプライマーセットを用いた核酸増幅法によるChaetomium属糸状菌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食料品が変敗する要因の一つとして、飲食料品における糸状菌(カビ)の混入が挙げられる。飲食料品への糸状菌の混入は主に使用原料からの持ち込み、製造工程・製造環境の管理・制御の不良、流通・販売時の取扱い不良などに起因して生じる。このため、使用原料の選定や取扱い、製造工程や製造環境の適正化、流通・販売での取扱いなど、飲食料品の製造・流通・販売のすべての過程において適正な条件・手順による管理・制御が求められている。また、万が一、飲食料品の変敗が発生した場合には、迅速かつ正確にその原因と危害の規模を解明し、対策を講ずる必要がある。
【0003】
飲食料品に混入し得る糸状菌は、非常に多種多様であり、その性質も様々である。例えば、Chaetomium属に属する糸状菌は過酸化水素、過酢酸、次亜塩素酸ナトリウムに対して抵抗性を有しており、これらの薬品を用いて行う殺菌処理によって殺菌不良に繋がる可能性がある。
【0004】
したがって、飲食料品の製造・流通・販売における糸状菌の混入の管理および制御ならびに生じた変敗の原因と危害の規模の解明においては、飲食料品の原材料や飲食料品そのもの、またはそれらの取扱い環境に存在する糸状菌を迅速かつ正確に検出および鑑別し、それらの特性を把握する必要がある。
【0005】
従来的に、糸状菌の鑑別は、主に目視による形態観察により行われていた。しかし、検出された糸状菌を正確に鑑別するには熟練した技術を必要とし、また形態観察による鑑別を行うためには、単離・培養等の前処理期間を要するため、迅速性に欠けていた。
【0006】
近年、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)を使用して、糸状菌を迅速かつ正確に検出および鑑別する方法が開発されている(特許文献1)。当該方法においては、Aureobasidium属、Botrytis属、Chaetomium属、等の飲食料品の変敗に関与する様々な糸状菌を鑑別するためのオリゴヌクレオチドプライマーセットが公開されている。
【0007】
しかし、従来技術においては、PCR法を使用してChaetomium属の糸状菌と近縁のAchaetomium属の糸状菌とを識別することができず、詳細な鑑別による飲食料品変敗の原因の追究・解明、および、より正確な危害予測とそれに基づく適正な対策の設計・実行が困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007-174903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、環境や飲食料品の検査などにおいて、Chaetomium属糸状菌を迅速に、かつ従来よりも特異性高く検出および鑑別するためのオリゴヌクレオチドプライマーセットおよび検出方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域にアニーリング可能な第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetomium属糸状菌に特異的なITS(Internal Transcribed Spacer)領域にアニーリング可能な第二のオリゴヌクレオチドプライマーを設計することによって、当該オリゴヌクレオチドプライマーを用いた核酸増幅法によりChaetomium属糸状菌に由来するDNAを特異的に検出し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび配列番号2で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる第二のオリゴヌクレオチドプライマーを含む、Chaetomium属糸状菌検出用PCRオリゴヌクレオチドプライマーセット。
[2] [1]のオリゴヌクレオチドプライマーセットを少なくとも含む、Chaetomium属糸状菌検出用キット。
[3] 検体中のChaetomium属糸状菌を検出する方法であって、
(i)検体中の糸状菌のDNAを調製する工程、
(ii)(i)で調製されたDNAを鋳型として、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域にアニーリング可能な第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetomium属糸状菌に特異的なITS(Internal Transcribed Spacer)領域にアニーリング可能な第二のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて核酸増幅を行う工程、
を含む上記方法。
[4] 第一のオリゴヌクレオチドプライマーが配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ第二のオリゴヌクレオチドプライマーが配列番号2で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる、[3]の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、様々な食品汚染糸状菌のなかでも、特にその管理・制御が重要なChaetomium属糸状菌を簡便かつ迅速かつ特異的に検出することができ、Chaetomium属糸状菌を正確に鑑別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、Chaeto18SFオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetoITSRオリゴヌクレオチドプライマーを用いたPCR反応産物の電気泳動像(a)および公知のChaetomium属糸状菌鑑別用オリゴヌクレオチドプライマー(特開2007-174903号公報)を用いたPCR反応産物の電気泳動像(b)を示す。各レーンのPCR反応産物はそれぞれ以下の糸状菌のDNAを鋳型DNAとして用いたPCR反応に由来する:1: Chaetomium globosum NBRC 4451; 2: Chaetomium globosum NBRC 6347; 3: Chaetomium funicola NBRC 31835; 4: Chaetomium brasiliense NBRC 32221; 5: Chaetomium sp. 野生株; 6: Chaetomium sp. 野生株; 7: Chaetomium sp. 野生株; 8: Chaetomium sp. 野生株; 9: Achaetomium macrosporum NBRC32628; 10: Arthrinium phaeospermum NBRC 32845; 11: Arthrinium phaeospermum NBRC 100562; 12: Arthrinium sp. 野生株; 13: Cladosporium cladosporioides NBRC 4459; 14: Mucor oblongisporus NBRC 7058; 15: Neurospora crassa NBRC6067; 16: Nigrospora sphaerica NBRC102309; 17: Nigrospora sp. 野生株; 18: Penicillium citrinum 野生株; 19: Penicillium expansum NBRC 5453; 20: Phoma citricarpa IFO 5287; 21: Phoma eupyrena NBRC 32513; 22: Trichoderma asperellum NBRC101777。M: (a)は200 bp DNA Ladder (b)は100bp DNA Ladder。N: ブランク。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域にアニーリング可能な第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetomium属糸状菌に特異的なITS(Internal Transcribed Spacer)領域にアニーリング可能な第二のオリゴヌクレオチドプライマーを含む、Chaetomium属糸状菌検出用PCRオリゴヌクレオチドプライマーセットに関する。
【0015】
Chaetomium属糸状菌としては、Chaetomium globosum, Chaetomium funicola, Chaetomium brasiliense等が挙げられる。
【0016】
18S rRNA遺伝子は18SリボソームRNAをコードする遺伝子である。Chaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子は公知であり例えば、Chaetomium globosum由来の18S rRNA遺伝子、Chaetomium funicola由来の18S rRNA遺伝子、およびChaetomium aureum由来の18S rRNA遺伝子はそれぞれアクセッション番号AB332406、AF048793およびAF048791として、GenBankに登録されておりこれらを利用することができる。
【0017】
Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域は、Chaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子の塩基配列とChaetomium属糸状菌に系統的に近縁な糸状菌属を含めた複数の属の18S rRNA遺伝子の塩基配列とを比較することによって決定することができる。Chaetomium属糸状菌に系統的に近縁な糸状菌属としては、Achaetomium属、Neurospora属などが挙げられる。塩基配列の比較は公知の手法によって行うことができ、例えば、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等を用いて実施できる。
【0018】
Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域は、5’-TTACTCTGAACAAATTAGATCGCTT-3’(配列番号1)で示される塩基配列からなる。
【0019】
なお、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域」には、配列番号3に示される塩基配列において、1から数個の塩基の欠失、置換、付加又は挿入を有し、かつChaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列も含まれる。本発明において「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から3個、好ましくは1個又は2個である。
【0020】
また、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域」には、配列番号3に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズ可能なDNAの塩基配列であって、かつChaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列も含まれる。本発明において「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、2〜6×SSC(1×SSCの組成:0.15M NaCl, 0.015M クエン酸ナトリウム, pH 7.0)および0.1〜0.5%SDSを含有する溶液中42〜55℃にてハイブリダイズを行い、0.1〜0.2×SSCおよび0.1〜0.5%SDSを含有する溶液中55〜65℃にて洗浄を行う条件をいう。
【0021】
さらに、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域」には、配列番号3に示される塩基配列とBLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつChaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列も含まれる。
【0022】
第一のオリゴヌクレオチドプライマーは、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域に特異的にアニーリング可能な塩基配列を有する。第一のオリゴヌクレオチドプライマーは、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域に特異的にアニーリングし得る限り、当該特異的領域以外の配列(例えば、特異的領域以外のChaetomium属糸状菌の18S rRNA遺伝子の塩基配列、PCR反応を効率的に行うための付加配列など)を含んでも良い。好ましくは、第一のオリゴヌクレオチドプライマーはChaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域における塩基配列からなる。
【0023】
オリゴヌクレオチドプライマーの設計は公知の手法にしたがって行うことができ(「バイオ実験イラストレイテッド3 本当にふえるPCR」中山広樹著(1996)、秀潤社)、15〜30塩基長、好ましくは25塩基長の長さで設計することができる。
【0024】
第一のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号1で示される塩基配列と少なくとも80%以上、90%以上、95%以上の配列同一性を有する塩基配列を含む。好ましくは、第一のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号1で示される塩基配列と少なくとも80%以上、90%以上、95%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる。
【0025】
さらに好ましくは、第一のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号1に示される塩基配列を含む。特に好ましくは、第一のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号1に示される塩基配列からなる。
【0026】
ITS(Internal Transcribed Spacer)領域とは、リボソームDNAの間に存在する非転写領域を指す。ITS領域は進化とともに配列の変異が蓄積されており、ITS領域の塩基配列の違いによって、生物の種属の同定が容易となる。Chaetomium属糸状菌のITS領域の塩基配列は公知であり例えば、Chaetomium globosum由来のITS領域の塩基配列、Chaetomium funicola由来のITS領域の塩基配列、およびChaetomium bostrychodes由来のITS領域の塩基配列はそれぞれGenBankにアクセッション番号FJ238108、EU326205およびEU520130として登録された遺伝子配列に含まれ、これらを利用することができる。
【0027】
Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域は、Genbankに登録されているChaetomium属糸状菌のITS領域の塩基配列とChaetomium属糸状菌に系統的に近縁な糸状菌属のITS領域の塩基配列とを比較することによって決定することができる。塩基配列の比較は公知の手法によって行うことができ、例えば、BLAST等を用いて実施できる。
【0028】
Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域は、(5’-CTRTACTKAATAAGTCAAAACTTTCAAC-3’)配列番号3で示される塩基配列からなる。
【0029】
なお、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域」には、配列番号4に示される塩基配列において、1から数個の塩基の欠失、置換、付加又は挿入を有し、かつChaetomium属糸状菌のITS領域を構成する塩基配列も含まれる。
【0030】
また、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域」には、配列番号4に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズ可能なDNAの塩基配列であって、かつChaetomium属糸状菌のITS領域を構成する塩基配列も含まれる。
【0031】
さらに、本発明において「Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域」には、配列番号4に示される塩基配列とBLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつChaetomium属糸状菌のITS領域を構成する塩基配列も含まれる。
【0032】
第二のオリゴヌクレオチドプライマーは、Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域に特異的にアニーリング可能な塩基配列を有する。第二のオリゴヌクレオチドプライマーは、Chaetomium属糸状菌に特異的なITS領域に特異的にアニーリングし得る限り、当該特異的領域以外の配列(例えば、特異的領域以外のChaetomium属糸状菌のITS領域の塩基配列、PCR反応を効率的に行うための付加配列など)を含んでも良い。好ましくは、第二のオリゴヌクレオチドプライマーはChaetomium属糸状菌に特異的なITS領域における塩基配列からなる。
【0033】
オリゴヌクレオチドプライマーの設計は公知の手法にしたがって行うことができ(中山広樹著、上掲)、15〜30塩基長、好ましくは28塩基長の長さで設計することができる。
【0034】
第二のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号2で示される塩基配列と少なくとも80%以上、90%以上、95%以上の配列同一性を有する塩基配列を含む。好ましくは、第二のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号2で示される塩基配列と少なくとも80%以上、90%以上、95%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる。
【0035】
さらに好ましくは、第二のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号2に示される塩基配列を含む。特に好ましくは、第二のオリゴヌクレオチドプライマーは配列番号2に示される塩基配列からなる。
【0036】
本発明はまた、Chaetomium属糸状菌を検出するためのキットに関する。
当該キットは、Chaetomium属糸状菌に由来するDNAの核酸増幅を行うために使用することができ、少なくとも上記第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび第二のオリゴヌクレオチドプライマーを含んでなる。好ましくは、当該キットは少なくとも配列番号1に示される塩基配列からなる第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび配列番号2に示される塩基配列からなる第二のオリゴヌクレオチドプライマーを含む。当該キットはさらに、DNAポリメラーゼ、dATP,dCTP,dTTP,dGTPの各溶液、バッファーなどを適宜含めることができる。
【0037】
本発明はさらに、検体中のChaetomium属糸状菌を検出する方法に関する。
「検体」としては、特に限定されないが、好ましくは飲食料品の原材料、飲食料品、飲食料品の原材料および飲食料品の包装容器、当該容器の原材料、飲食料品の製造・流通・販売の場における環境試料(例えば、水や設備など)などが挙げられる。
【0038】
検体中のChaetomium属糸状菌の検出は、検体中に混入するChaetomium属糸状菌に由来するDNAの一部分を核酸増幅法により検出することにより行う。
【0039】
検体中のChaetomium属糸状菌に由来するDNAの調製は、当該分野において公知の核酸抽出法(例えば、フェノール・クロロフォルム抽出法など)を用いて行うことができる。市販の核酸抽出キット(例えば、Prepman(登録商標)Ultra Reagent (ABI社)など)を利用することもできる。
【0040】
核酸増幅法としては、当該分野において公知の手法を用いることが可能でありポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction:PCR)、リガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction:LCR)、鎖置換増幅(strand displacement amplification:SDA)法などを利用することができる。好ましくは核酸増幅法はPCR反応を利用する。
【0041】
PCR反応は、基本的には次のことを含む。(1)抽出されたDNAを加熱して一本鎖にする(変性反応)、(2)反応系に添加された2種類のオリゴヌクレオチドプライマーが抽出されたDNAの相補的な部位と2本鎖を形成する(アニーリング反応)、(3)反応系に添加されたDNAポリメラーゼがオリゴヌクレオチドプライマー部位よりDNA相補鎖を合成する(伸長反応)。この工程を繰り返すことにより、抽出されたDNAの所定の部位(すなわち、2種類のオリゴヌクレオチドプライマーの間の部位)を指数関数的に増幅することができる。
【0042】
各種反応の反応温度は、オリゴヌクレオチドプライマーの塩基配列や長さ、増幅されるDNA部位の塩基配列や長さなどの要因に応じて変化し得、当業者は各種反応の最適反応温度を適宜決定することができる(中山広樹著(1996)、上掲)。
【0043】
オリゴヌクレオチドプライマーは、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域にアニーリング可能な第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetomium属糸状菌に特異的なITS(Internal Transcribed Spacer)領域にアニーリング可能な第二のオリゴヌクレオチドプライマーを用いる。これらのオリゴヌクレオチドプライマーを用いることによって、反応系に含まれるChaetomium属糸状菌に由来するDNAを特異的に増幅することができる。
【0044】
第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび第二のオリゴヌクレオチドプライマーについては、上記のものを使用することができる。
【0045】
上記核酸増幅法により増幅されたChaetomium属糸状菌に由来するDNAは、アガロースゲルを用いた電気泳動法など公知の手法により検出・確認することができる。
【0046】
また当該方法を使用して、検体中の糸状菌を鑑別することも可能である。
対象の糸状菌のDNAを上記のように調製し、上記第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび第二のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて核酸増幅を行う。当該核酸増幅の結果、特定の増幅産物が認められた場合に、当該糸状菌をChaetomium属糸状菌であると鑑別することができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0048】
(実験方法)
1.菌株
本研究には独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)より分譲された菌株および野生株で形態観察によりChaetomium属糸状菌と鑑別された菌株を使用した。
【0049】
2.培養条件
菌株の培養はPotato Dextrose Agar(日水製薬社製)を用いて25℃〜37℃(分譲機関推奨温度)にて4〜7日程度行なった。
【0050】
3.DNA抽出方法
DNAの抽出はPrepman(登録商標)Ultra Reagent (ABI社)を用いて行なった。方法はキットに添付のプロトコールに従った。
【0051】
4.Chaetomium属糸状菌に特異的なオリゴヌクレオチドプライマーの設計
オリゴヌクレオチドプライマーの設計は、Genbankより18S rRNA遺伝子の塩基配列およびITS領域の塩基配列をChaetomium属および系統的に近縁な属を中心に引用し、多重塩基配列比較を行なった。その結果からChaetomium属に特異的な領域を探索し、当該領域にオリゴヌクレオチドプライマーを設計した。
【0052】
設計したオリゴヌクレオチドプライマーの配列は以下の通り:
Chaeto18SFオリゴヌクレオチドプライマー:5’-TTACTCTGAACAAATTAGATCGCTT-3’(配列番号1)
ChaetoITSRオリゴヌクレオチドプライマー:5’-GTTGAAAGTTTTGACTTATTMAGTAYAG-3’(配列番号2)
【0053】
5.オリゴヌクレオチドプライマーの合成
設計したオリゴヌクレオチドプライマーの合成はシグマアルドリッチジャパン社に委託した。
【0054】
6.PCR反応
Chaetomium属糸状菌の検出をする際のPCR反応液は以下の条件で実施した。
PCR反応試薬はタカラバイオ社製ExTaqのキットを用いた。PCR反応液は滅菌蒸留水を14.8μL、10×Buffer for Ex Taqを2μL、2.5m M dNTPmixを1.6μL、Ex Taqを0.1μL、Chaeto18SFオリゴヌクレオチドプライマー(20μM)を0.5μL、ChaetoITSRオリゴヌクレオチドプライマー(20μM)を0.5μL、検体液(鋳型DNA)0.5μLを加え、全量20μLとして調製した。
【0055】
また、オリゴヌクレオチドプライマー対照としてChaetomium属糸状菌をPCR反応により検出するための公知のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、PCR反応液を上記同様に調製した。
【0056】
PCR反応はABI社GeneAmp PCR System 9700を使用して行なった。反応条件は具体的には、初期変性として94℃1分に続いて、94℃30秒:55℃30秒:72℃30秒を1サイクルとして35サイクルを行なった。
増幅産物の確認は2.0%アガロースゲル電気泳動により行なった。
【0057】
7.結果
上記PCR反応における増幅産物を電気泳動した結果を図1(a)に示す。
検体液中にChaetomium属糸状菌のDNAが含まれる場合にのみ、約1200 bpのPCR増幅産物が確認された。検体液中にChaetomium属以外の糸状菌のDNAが含まれる場合には、PCR増幅産物は確認されなかった。
【0058】
一方、Chaetomium属糸状菌をPCR反応により検出するための公知のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、上記条件下でPCR反応を行った結果を図1(b)に示す。
【0059】
この場合検体液中にChaetomium属糸状菌のDNAが含まれる場合にPCR増幅産物が確認されると共に、検体液中にAchaetomium属糸状菌のDNAが含まれる場合においてもPCR増幅産物が確認された。
【0060】
この結果より、本発明におけるオリゴヌクレオチドプライマーを用いたPCR反応により、検体中に含まれるChaetomium属糸状菌を特異的に検出できることが明らかとなった。本発明におけるオリゴヌクレオチドプライマーを用いたPCR反応により、近縁の種であるAchaetomium属糸状菌とChaetomium属糸状菌を正確に識別できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明により、様々な食品汚染糸状菌のなかでも、特にその管理・制御が重要なChaetomium属糸状菌を簡便かつ迅速・正確に検出・鑑別することが可能となり、より高度な食品原料や食品・飲料そのものの変敗予防、それらの取扱い環境の管理・制御を迅速かつ正確に行うことを可能とする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよび配列番号2で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる第二のオリゴヌクレオチドプライマーを含む、Chaetomium属糸状菌検出用PCRオリゴヌクレオチドプライマーセット。
【請求項2】
請求項1記載のオリゴヌクレオチドプライマーセットを少なくとも含む、Chaetomium属糸状菌検出用キット。
【請求項3】
検体中のChaetomium属糸状菌を検出する方法であって、
(i)検体中の糸状菌のDNAを調製する工程、
(ii)(i)で調製されたDNAを鋳型として、Chaetomium属糸状菌に特異的な18S rRNA遺伝子領域にアニーリング可能な第一のオリゴヌクレオチドプライマーおよびChaetomium属糸状菌に特異的なITS(Internal Transcribed Spacer)領域にアニーリング可能な第二のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて核酸増幅を行う工程、
を含む上記方法。
【請求項4】
第一のオリゴヌクレオチドプライマーが配列番号1で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ第二のオリゴヌクレオチドプライマーが配列番号2で示される塩基配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなる、請求項3記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−130750(P2011−130750A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295529(P2009−295529)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(391058381)キリンビバレッジ株式会社 (94)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】