説明

D−アミノ酸の製造方法

【課題】本発明は、従来法より効率的なD−アミノ酸の製造方法の提供を課題とする。
【解決手段】また、N−サクシニルアミノ酸を原料として、D−アミノ酸を酵素的に製造する方法を提供する。N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸をラセミ化する反応、およびD−アミノアシラーゼによるD体特異的加水分解反応を組合せることにより、医薬品原料などとして有用なD−アミノ酸を効率的に得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D−アミノアシラーゼを用いることを特徴とするN−サクシニルアミノ酸からD−アミノ酸を製造する方法に関する。本発明は更に、N−サクシニルアミノ酸を原料とし、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸をラセミ化する反応、およびD−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸のD体を特異的に加水分解する反応を組み合わせることにより、D−アミノ酸を効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品、農薬および食品などの分野で光学活性アミノ酸は多くの需要がある。光学的に純粋なアミノ酸、特に天然のアミノ酸として得ることが難しいD−アミノ酸を、いかにして効率的に合成または分割するかは、産業上重要な課題となっている。この課題に対して、N−アシルアミノ酸のラセミ体を合成した上で、酵素法によりD体およびL体を効果的に光学分割し、加水分解する手法が開発された。酵素法による光学分割は、D−アミノアシラーゼなどの酵素の特異性を利用してN−アセチル−D−アミノ酸を加水分解し、N−アセチルアミノ酸のラセミ体から必要なD−アミノ酸のみを特異的に生成させる方法である。光学的な純度に優れた生成物を容易に得ることができる(特許文献1、2)。
【0003】
また、この方法ではラセミ体の半分、すなわちN−アセチル−L−アミノ酸が無駄になってしまう。そこで、N−アセチル−L−アミノ酸のラセミ化を触媒するラセマーゼ作用が有用となる。たとえば、D−トリプトファンは、医薬品原料などとして重要である。D−トリプトファンは、N−アセチル−D−トリプトファンの加水分解によって得ることができる。そして、残ったN−アセチル−L−トリプトファンをラセマーゼによりラセミ化して、生成したラセミ体中のN−アセチル−D−トリプトファンを加水分解する。この工程を一連の酵素反応として連続的に行うことにより、高収率でD−トリプトファンを得ることができる(特許文献3)。
【0004】
このような用途に有効なラセマーゼとして、N−アシルアミノ酸ラセマーゼが知られている。この酵素は、アミノ酸には作用せず、N−アシルアミノ酸を特異的にラセミ化する酵素である。合成されたN−アセチルアミノ酸のラセミ体を原料とし、D−アミノアシラーゼとN−アシルアミノ酸ラセマーゼを反応させることにより、D−アミノ酸を高収率で得ることができる。
【0005】
しかし、この方法は実用化に大きな障害があった。それは、N−アシルアミノ酸ラセマーゼのN−アセチルアミノ酸への反応性が極めて低く、ラセマーゼ反応が律速となって効率が低下することにある。この問題を解決しない限り、該ラセマーゼを使用してD−アミノ酸を得ることは、コスト面で実用化に程遠い状況であった。
【0006】
しかし最近になって、N−サクシニルアミノ酸を基質とし得るN−アシルアミノ酸ラセマーゼ、即ちサクシニルラセマーゼが同定され、当該酵素を用いることにより、効率的なN−アシルアミノ酸のラセミ化が可能になった(非特許文献1)。しかしながら、もう1つの主要な酵素反応であるD−アミノアシラーゼについては、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解するD−アミノアシラーゼの存在は知られていなかった。
【特許文献1】特開2006−254789号公報
【特許文献2】WO2004/055179
【特許文献3】特開2001−46088号公報
【非特許文献1】Sakai A.et al.,Biochemistry,2006,45(14),4455−62
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来法より効率的なD−アミノ酸の製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題の解決のために鋭意検討し、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解するD-アミノアシラーゼを見出し、効率的なD-アミノ酸合成を可能にした。本発明者らは更に、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸を非常に効率よくラセミ化する反応と、D-アミノアシラーゼによるD体を特異的に加水分解する反応とを組み合わせることにより、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
〔1〕D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程を含むことを特徴とする、D−アミノ酸を製造する方法。
〔2〕D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程が、D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−DL−アミノ酸からN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニル−L−アミノ酸をラセミ化し、N−サクシニル−D−アミノ酸を合成する工程をさらに含む、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕コハク酸およびアミノ酸からN−サクシニルアミノ酸を合成する工程をさらに含む、〔1〕〜〔3〕のいずれか1項に記載の方法。
〔5〕D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニル−L−アミノ酸をラセミ化し、N−サクシニル−D−アミノ酸を合成する工程、ならびにコハク酸およびアミノ酸からN−サクシニルアミノ酸を合成する工程を含むことを特徴とする、N−サクシニルアミノ酸からD−アミノ酸を製造する方法。
〔6〕D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程が、D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−DL−アミノ酸からN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程である、〔5〕に記載の方法。
〔7〕N−アシルアミノ酸ラセマーゼが下記(a)または(b)のいずれかである、〔3〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質;または
(b)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1〜数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなるタンパク質。
〔8〕N−アシルアミノ酸ラセマーゼが下記(a)、(b)および(c)の特徴を持つ、〔3〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;
(b)Mn2+、Co2+、Mg2+、Fe2+およびNi2+のいずれか1つを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;および
(c)Co2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、相対活性でMn2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時の2倍以上の活性を有する。
〔9〕N−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記の理化学的性質を有するタンパク質である、〔3〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)分子量:42kDa(SDS−PAGE);
(b)基質特異性:N−サクシニルアミノ酸のうち、特にN−サクシニルメチオニン、N−サクシニルアラニン、N−サクシニルバリン、N−サクシニルロイシン、N−フェニルアラニンに対して相対活性でN−サクシニルトリプトファンの2倍以上の活性を有する;
(c)温度安定性:30分間熱処理した場合、70℃では比較的安定であり75℃以上では失活する;
(d)至適温度:pH7.5で反応させる場合、温度65℃において作用が至適である;および
(e)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である。
〔10〕N−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記(a)、(b)および(c)の特徴を持つ、ゲオバチルス(Geobacillus)属に属する微生物に由来するN−アシルアミノ酸ラセマーゼである、〔3〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;
(b)Mn2+、Co2+、Mg2+、Fe2+およびNi2+のいずれか1つを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;および
(c)Co2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、相対活性でMn2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時の2倍以上の活性を有する。
〔11〕ゲオバチルス(Geobacillus)属に属する微生物を培養して得られるものであるN−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記の理化学的性質を有する、〔3〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)分子量:42kDa(SDS−PAGE);
(b)基質特異性:N−サクシニルアミノ酸のうち、特にN−サクシニルメチオニン、N−サクシニルアラニン、N−サクシニルバリン、N−サクシニルロイシン、N−フェニルアラニンに対して相対活性でN−サクシニルトリプトファンの2倍以上の活性を有する;
(c)温度安定性:30分間熱処理した場合、70℃では比較的安定であり75℃以上では失活する;
(d)至適温度:pH7.5で反応させる場合、温度65℃において作用が至適である;および
(e)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である。
〔12〕D−アミノアシラーゼがN−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解する微生物由来のD−アミノアシラーゼである、〔1〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法。
〔13〕D−アミノアシラーゼが、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解する微生物を培養し、その培養物から精製したものである、〔1〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法。
〔14〕D−アミノアシラーゼが、下記の理化学的性質を有する、デフルビバクター(Defluvibacter)属に属する微生物を培養して得られるものである、〔1〕〜〔6〕のいずれか1項に記載の方法:
(a)作用:N−サクシニル−D−アミノ酸に作用して、D−アミノ酸を生じる;
(b)分子量:55kDa(SDS−PAGE);
(c)基質特異性:N−サクシニル−D−メチオニン、N−サクシニル−D−バリン、N−サクシニル−D−トリプトファン、N−サクシニル−D−アスパラギン、N−サクシニル−D−フェニルアラニン、N−サクシニル−D−アラニンおよびN−サクシニル−D−ロイシンに作用し、N−サクシニル−L−メチオニン、N−サクシニル−L−ロイシン、およびN−サクシニル−L−バリンには作用しない;
(d)温度安定性:pH8で30分間熱処理した場合、40℃では比較的安定であり50℃以上では失活する;
(e)至適温度:pH8で反応させる場合、温度37℃において作用が至適である;
(f)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である;および
(g)金属イオンの影響:Zn2+を0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性が増強または、安定化される。
【発明の効果】
【0010】
これまで、D−アミノアシラーゼが、N−アセチル−D−アミノ酸を加水分解し、D−アミノ酸合成に使用できることは公知であったが、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解し、D−アミノ酸合成に使用できることは知られていなかった。本発明により、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解し、D−アミノ酸にすることが可能となる。
【0011】
また、本発明により、N−アシルアミノ酸の効率的なラセミ化と加水分解が可能となり、医薬品原料などとして有用なD−アミノ酸を効率的に得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において使用するN−サクシニルアミノ酸を合成するには種々の公知の方法を用いることができる。例えば、アミノ酸と無水コハク酸とを下記の方法により反応させて合成することができる。
原料となるアミノ酸は、L体またはラセミ体が用いられる。アミノ酸の種類としては、天然に存在する20種のアミノ酸およびその誘導体が広範囲に用いられる。好ましくは、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシンおよびトリプトファンなどが挙げられる。より好ましくは、アラニン、バリン、ロイシンおよびトリプトファンなどが挙げられる。
アミノ酸と無水コハク酸とを反応させてN−サクシニルアミノ酸を合成する工程において、アミノ酸と無水コハク酸とを等モル濃度で反応させることが、コスト面で望ましい。用いるアミノ酸および無水コハク酸の濃度は特に限定されないが、0.05〜5M程度が望ましい。反応温度は37〜90℃が好ましく、45〜70℃がより好ましい範囲である。
【0013】
得られたN−サクシニルアミノ酸は、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてラセミ化することができる。本発明において使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼは、N−サクシニルアミノ酸をラセミ化することができれば特に限定されないが、一例として、分子量が42kDa(SDS−PAGEにより測定)であり、N−サクシニルアミノ酸のうち、特にN−サクシニルメチオニン、N−サクシニルアラニン、N−サクシニルバリン、N−サクシニルロイシンまたはN−フェニルアラニンに対して、相対活性でN−サクシニルトリプトファンの2倍以上の活性を有する、という基質特異性を有するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが挙げられる。
【0014】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼは、例えばN−サクシニル−L−アミノ酸をN−サクシニル−D−アミノ酸へと変換することができる。N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸をラセミ化する反応は、例えば下記の条件でN−サクシニルアミノ酸、N−アシルアミノ酸ラセマーゼおよび緩衝剤を含む溶液中で混合させることにより行なう。当該反応において、反応温度は、使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが十分作用する温度であれば特に限定されないが、一般的には25〜90℃が好ましく、37〜70℃がより好ましい。当該反応において、反応時のpHは、使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが十分作用するpHであれば特に限定されないが、一般的にはpH5〜9が好ましく、pH6.5〜8がより好ましい。本発明において使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼの一例として、pH7.5において温度25〜70℃、好ましくは約65℃で酵素活性が至適であり(至適温度65℃)、30℃で60分間の反応においては、約pH8で酵素活性が至適(至適pH8)となるN−アシルアミノ酸ラセマーゼが挙げられる。
また、本発明において、70℃、30分間の熱処理で比較的安定であり、75℃、30分間の熱処理で失活するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが好ましく用いられる。
ここで「比較的安定である」とは、N−サクシニルアミノ酸をラセミ化する能力、すなわちラセマーゼ活性を維持していれば、その程度は特に限定されないが、通常、熱処理する前に比べて30%、好ましくは50%以上の活性を維持していることを意味する。
【0015】
本発明の反応で使用する緩衝剤としては、pH5〜9において充分な緩衝能力を有する任意の緩衝剤を使用することができる。このpH範囲の緩衝剤としては、リン酸塩、トリス、ビス−トリスプロパン、N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−2−アミノエタンスルホン酸(TES)および3−〔N−トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミノ〕−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(TAPSO)等が挙げられ、単独で用いても組み合わせて用いても良い。低価格かつ高い安定性を有するため、最も好ましい緩衝剤はリン酸塩であるが、トリスも汎用的な緩衝剤として好ましい。好ましい濃度範囲は、20〜200mMであり、pH6.5〜8である。
【0016】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼは、反応液中5〜500mg/L(500〜50000U/L)の濃度で使用されることが好ましい。また、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニルアミノ酸をラセミ化する反応において、N−アシルアミノ酸ラセマーゼは、2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で添加することにより活性を持つ。添加する2価の金属イオンは、その添加によりN−アシルアミノ酸ラセマーゼ活性化が示されるものであれば特に限定しないが、このような金属の例としてはMn2+、Co2+、Mg2+、Fe2+およびNi2+が挙げられる。特にCo2+を利用するのが最も好適である。Co2+は終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、相対活性でMn2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時の2倍以上の活性を有する。
【0017】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼは、特に限定されないが、N−アセチルアミノ酸よりもN−サクシニルアミノ酸に対して100倍以上高いラセミ化活性を持つものが好ましい。発明者らはN−アシルアミノ酸ラセマーゼの基質特異性を網羅的に検討した訳ではなく、また、そのような検討には多大な時間と労力が必要であるため現実的ではないが、多くの微生物由来酵素が上記性質を有しているものと期待される。具体的に、このような酵素としては、ゲオバチルス(Geobacillus)属およびサーマス(Thermus)属などに属する種々の細菌ならびに放線菌、サーモプラズマ(Thermoplasma)属およびサルフォロバス(Sulfolobus)属などに属する種々の始原菌などが生産するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが挙げられる。より好ましくは、ゲオバチルス属細菌の生産するN−アシルアミノ酸ラセマーゼが挙げられる。さらに具体的には、ゲオバチルス・ステアロサーモフィラス(Geobacillus stearothermophilus)のN−アシルアミノ酸ラセマーゼが例示され、そのアミノ酸配列は配列表の配列番号2、当該アミノ酸配列をコードする遺伝子は配列番号1でそれぞれ示される。なお、配列番号2において、アミノ酸の表記は、メチオニンを1として番号付けされている。本発明の実施例では、N−アシルアミノ酸ラセマーゼとして、ゲオバチルス・ステアロサーモフィラスのN−アシルアミノ酸ラセマーゼが使用されている。しかしながら、本発明はこれに限定されるものではない。また、本発明の実施例では、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が開示されているが、本発明のラセマーゼ活性を有するタンパク質のアミノ酸配列はこれに限定されず、配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1〜数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなるタンパク質あるいは配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質を含む。
【0018】
上記ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、当業者であれば、適宜選択することができる。一例を示せば25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC、50mM Hepes pH7、10×デンハルト溶液、20μg/mL変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行なった後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行なう。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2%×SSC、0.1%SDS、65℃」程度で実施することができる。SSC、SDSおよび温度条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記もしくは他の要素(例えばプローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間など)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
このようなハイブリダイゼーション技術を利用して単離されるDNAがコードするポリペプチドは、通常、配列番号2に記載されるアミノ酸配列を有するN−アシルアミノ酸ラセマーゼと高い相同性を有する。高い相同性は、少なくとも40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上(例えば98〜99%)の配列の相同性を指す。アミノ酸配列の同一性は、例えばKarklin AND AltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:2264−2268,1990、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90:5873−5877,1993)によって決定することができる。このアルゴリズムに基づいてBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al.J.Mol.Biol.215:403−410,1990)。BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合にはパラメーターは例えばscore=50、word length=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0019】
また、本発明において使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼは、ラセマーゼ活性を保持していれば、分子間または分子内架橋が施されたもの、糖鎖やその他の官能基により化学修飾されたもの、あるいは、ヒスチジンタグが付与されたもの、各種融合タンパク質などであっても、特に問題とならない。さらに、N−アシルアミノ酸ラセマーゼをコードする遺伝子をクローニングし、ラセマーゼの発現が向上させるように、コドンユーセージ(Codon usage)などを変更したものを含みうる。
【0020】
本発明のN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する反応は、化学的な光学分割反応を利用することもできるが、通常は、アシル化D−アミノ酸を特異的に加水分解する反応を触媒する酵素を利用する。そのような酵素としては、D−アミノアシラーゼが好適に例示される。D−アミノアシラーゼはN−アシル−D−アミノ酸をD−アミノ酸と有機酸に加水分解する反応を触媒する酵素であり、D体に対して極めて高い特異性を有する。種々の給源、例えば細菌、始原菌および糸状菌のD−アミノアシラーゼを本発明に利用することができる。本発明に利用するD−アミノアシラーゼは限定されないが、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌(特開昭55−42534号公報)、ストレプトミセス(Streptomyces)属放線菌(特公昭53−36035号公報)、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌(特開昭64−5488号公報)、アースロバクター(Arthrobacter)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、エルビニア(Erwinia)属、エシェリヒア(Escherichia)属、フラボバクテリウム(Flavobacterium)属、ノカルディア(Nocardia)属、プロタミノバクター(Protaminobacter)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、キサントモナス(Xanthomonas)属(以上特開平11−113592号公報)、セベキア(Sebekia)属(特開平11−318442号公報)、またはデフルビバクター(Defluvibacter)属(WO2004/055179)などに属する微生物を培養して得られるD−アミノアシラーゼを使用する。
【0021】
具体的には例えば、特開平11−113592号公報に開示されている、アースロバクター・パラフィニス(Arthrobacter paraffineus)のATCC15590、ATCC15591、ATCC19064もしくはATCC19065、アースロバクター・ ハイドロカーボグルタミカス(Arthrobacter hydrocarboglutamicus)のATCC15583、コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム(Corynebacterium acetoacidphilum)のATCC373、コリネバクテリウム・キセロシス(Corynebacterium xerosis)のATCC13870、エセリシア・コリ(Escherichia coli)のAJ2606(FERM BP−477)、エセリシア・コリ(Escherichia coli)のATCC13071、エルビニア・アミロボア(Erwinia amylovora)のIFO12687、フラボバクテリウム・スワネンセ(Flavobacterium sewanense)のAJ2476(FERM BP−476)、ノカルディア・アステロイデス(Nocardia asteroides)のATCC3318、プロタミノバクター・アルボフラブス(Protaminobacter alboflavus)のATCC8458、ロドコッカス・エリスリポラス(Rhodococcus erythripolis)のATCC11048、ロドコッカス・エスピー(Rhodococcus sp.)のATCC15592、キサントモナス・シトリ(Xanthomonas citri)のAJ2785(FERM P−3396)など、特開平11−318442号公報に開示されているセベキア・ベニハナ(Sebekia benihana)のIFO1430YまたはWO2004/055179に開示されているデフルビバクター・エスピー(Defluvibacter sp.)のA131−3(FERM BP−08563)を入手し、当該微生物を適宜培養および精製することによりD−アミノアシラーゼを調製することができる。
【0022】
本発明において使用するD−アミノアシラーゼはN−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解してD−アミノ酸とすることができるものであれば特に限定されないが、一例として、分子量が53kDa(SDS−PAGE)であり、N−サクシニル−D−メチオニン、N−サクシニル−D−バリン、N−サクシニル−D−トリプトファン、N−サクシニル−D−アスパラギン、N−サクシニル−D−フェニルアラニン、N−サクシニル−D−アラニンおよびN−サクシニル−D−ロイシンに作用し、N−サクシニル−L−メチオニン、N−サクシニル−L−ロイシン、およびN−サクシニル−L−バリンには作用しないという基質特異性を持つD−アミノアシラーゼが挙げられる。当該反応において、反応温度は使用するD−アミノアシラーゼが十分作用する温度であれば特に限定されないが、一般的には5〜50℃が好ましく、15〜45℃がより好ましい。当該反応において反応時のpHは、使用するD−アミノアシラーゼが十分作用するpHであれば特に限定されないが、一般的にはpH6.5〜10.5が好ましく、pH7.5〜10がより好ましい。本発明において使用するD−アミノアシラーゼの一例として、pH8において温度20〜40℃、好ましくは約37℃で酵素活性が至適であり(至適温度37℃)、30℃で60分間の反応においては約pH8で酵素活性が至適(至適pH8)となるD−アミノアシラーゼが挙げられる。
また、本発明において、40℃、30分間(pH8)の熱処理で比較的安定であり、50℃、30分間(pH8)の熱処理で失活するD−アミノアシラーゼが好ましく用いられる。ここで「比較的安定である」とは、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解する能力、すなわちアシラーゼ活性を維持していれば、その程度は特に限定されないが、通常、熱処理する前に比べて30%、好ましくは50%以上の活性を維持していることを意味する。
【0023】
本発明の反応で使用する緩衝剤としては、pH6.5〜10.5において、好ましくはpH7.5〜10において十分な緩衝能力を有する任意の緩衝剤を使用することができる。上記N−アシルアミノ酸ラセマーゼの反応に用いる緩衝剤と同様のものが挙げられ、所望のpH範囲に設定される。D−アミノアシラーゼは、反応液中5〜5000mg/L(500〜500000U/L)の濃度で使用されることが好ましい。また、D−アミノアシラーゼを用いる反応において、D−アミノアシラーゼの安定性および活性に好影響を与えるため、2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で添加して反応させることが好ましい。添加する2価の金属イオンは、該D−アミノアシラーゼの安定性および活性に好影響を与えるものであれば特に限定しないが、このような金属の例としてはZn2+が挙げられる。特にZn2+を終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、活性が最も増強または安定化される。
【0024】
D−アミノアシラーゼは、N−サクシニル−D−アミノ酸をD−アミノ酸と有機酸に加水分解することができる。
本発明では、まずN−サクシニル−D−アミノ酸、N−サクシニル−L−アミノ酸またはN−サクシニル−DL−アミノ酸のうちD体のみがD−アミノアシラーゼにより脱アシル化(加水分解)され、目的のD−アミノ酸が生成する。N−アシルアミノ酸ラセマーゼはN−アシルアミノ酸のL体をD体に変換する反応とD体をL体に変換する反応の両方を触媒してその比率をほぼ等しくする(ラセミ化)方向に働く。基質のD体が消費されるとラセミ状態が解消されるため、N−アシルアミノ酸ラセマーゼはL体からD体への反応をより促進する。N−アシルアミノ酸ラセマーゼにより生成したN−サクシニル−D−アミノ酸は、D−アミノアシラーゼにより順次D−アミノ酸へと分解される。この原理で、理論的にはすべてのN−サクシニルアミノ酸をD−アミノ酸に変換することができる。
【0025】
前記のラセミ化反応および加水分解反応は、同時に行われることが好ましい。反応条件としては、N−アシルアミノ酸ラセマーゼおよびD−アミノアシラーゼが活性を発揮する条件の範囲内であれば特に限定しないが、より好適には基質濃度0.01〜50%、pH5〜9、温度20〜50℃で行う。本発明において、ラセミ化反応および加水分解反応に要する時間は、原料として用いるN−サクシニルアミノ酸が、所望する量のD−アミノ酸へと変換し得るまでの時間であれば特に制限されず、仕込み量によっても異なるが、通常10〜300分程度で反応は終結する。
【0026】
本発明のD−アミノ酸の製造方法において、不活性タンパク質を、酵素反応の安定性を増すために添加してもよい。不活性タンパク質は、大豆タンパク質および小麦タンパク質などの植物性タンパク質、硬タンパク質類ならびに繊維性タンパク質類を含む。好ましいタンパク質は、硬タンパク質類であり、特にコラーゲンおよびゼラチンなどが好ましい。不活性タンパク質の反応液全量における濃度として好ましくは0.05〜10%(wt/vol)である。より低い濃度は有用であり得る。酵素分解を起こすであろうプロテアーゼ不純物を含まない不活性タンパク質が好ましい。
【0027】
本発明において使用するN−アシルアミノ酸ラセマーゼの「ラセマーゼ活性(「ラセミ化活性」または「活性」とも表記する。)」は以下の方法により測定することができる。
基質となるN−サクシニル−D−アミノ酸またはN−サクシニル−L−アミノ酸を適当な濃度に調製し、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを加えて適当な温度条件およびpH条件で静置もしくは攪拌する。酵素反応の前後における溶液の旋光度を旋光度計(堀場製作所製SEPA−200、日本分光製P−1010−STなど)で測定し、旋光度の変化を見ることにより、N−サクシニル−L−アミノ酸またはN−サクシニル−D−アミノ酸へのラセミ化の度合いを直接定量することができる。
【0028】
あるいは、基質となるN−サクシニル−D−アミノ酸、N−サクシニル−L−アミノ酸またはN−サクシニル−DL−アミノ酸溶液を適当な濃度に調製し、N−アシルアミノ酸ラセマーゼ、L−(もしくはD−)アミノアシラーゼ、N−アシルアミノ酸ラセマーゼが活性を発現するのに必要な2価の金属イオンを添加し、適当な温度条件およびpH条件で静置もしくは攪拌する。添加したアミノアシラーゼがL−アミノアシラーゼの場合であれば、まずN−アシル−DL−アミノ酸のうちL体のみがL−アミノアシラーゼにより脱アシル化され、目的のL−アミノ酸が生成する。N−アシルアミノ酸ラセマーゼはN−アシルアミノ酸のL体をD体に変換する反応と、D体をL体に変換する反応の両方を触媒してその比率をほぼ等しくする(ラセミ化)方向に働く。基質のL体が消費されるとラセミ状態が解消されるため、よりD体からL体への反応が促進される。このように生成したN−アシル−L−アミノ酸はL−アミノアシラーゼにより順次L−アミノ酸へと分解される。このような原理で、理論的にはすべてのN−アシルアミノ酸をL−アミノ酸に変換することができる。同様に添加するアミノアシラーゼがD−アミノアシラーゼであれば理論的にはすべてのN−アシルアミノ酸をD−アミノ酸に変換することができる。
【0029】
具体的なN−アシルアミノ酸ラセマーゼ活性の測定は、例えば以下の条件で行う。
<反応試薬>
緩衝液、N−サクシニル−L−アミノ酸、D−アミノアシラーゼ、D−アミノ酸オキシダーゼ、ペルオキシダーゼ、4−アミノアンチピリン、アニリン系色原体および塩化コバルトを含む。
<測定条件>
反応試薬を37℃で5分間予備加温した後、N−アシルアミノ酸ラセマーゼ溶液を添加し、ゆるやかに混和する。水を対照とし、37℃に制御された分光光度計で吸光度変化を記録し、その吸光度変化を測定する。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【0031】
実施例1 N−サクシニルトリプトファンの合成
7.2gのL−トリプトファンと8gの無水コハク酸および80mLの酢酸を混合し、反応液を調製した。反応液中のL−トリプトファン濃度および無水コハク酸濃度は、それぞれ約1Mとなる。反応液を60℃で5時間処理し、生じたN−サクシニル−L−トリプトファンをシリカゲルカラムクロマトグラフィーに吸着させ、クロロホルム:メタノール=7:1の溶媒にて溶出させることにより、N−サクシニル−L−トリプトファンを精製した。精製収率は、約60%であった。
【0032】
実施例2 D−トリプトファンの製造
実施例1で調製したN−サクシニル−L−トリプトファンを、原料として使用した。N−サクシニル−L−トリプトファンを1g、N−アシルアミノ酸ラセマーゼ(実施例4に調製方法記載)を5mg、D−アミノアシラーゼ(アマノ製)を500mg、それぞれ100mLの20mMトリス緩衝液(pH7.5:N−アシルアミノ酸ラセマーゼの補因子として0.1mMの塩化マンガンを含む)に溶解し、混合して反応液を調製した。該反応液を40℃で2時間反応させ、反応液中に析出、沈殿したD−トリプトファンを濾過に回収したところ、その収量は0.11gであった。精製したD−トリプトファンの光学活性は旋光度計(SEPA:堀場製作所製)で確認することができた。
同条件で、原料としてN−アセチル−L−トリプトファンを使用した場合、D−トリプトファンの収量は0.0025gであった。したがって、本発明により高効率にD−アミノ酸を製造し得ることが示された。
【0033】
実施例3 N−サクシニル−L−バリンの合成
L−バリン(ナカライテスク製、4.7g)と無水コハク酸(ナカライテスク製、4.0g)を40mLの酢酸(ナカライテスク製)に溶解した。溶液を50〜60℃に熱し、溶媒を揮発させて結晶化した。次に、結晶化した白い沈殿を集めて、酢酸エチル20mLとメタノール20mLの混合液にて再結晶化した。沈殿を乳鉢で破砕し、乾燥させ、N−サクシニル−L−バリンの粉末を得た。詳細は非特許文献1に記載されている。
【0034】
実施例4 N−アシルアミノ酸ラセマーゼの調製
バチルス・ステアロサーモフィラスNCA1503株由来のN−アシルアミノ酸ラセマーゼ遺伝子(配列番号1)を、DNAポリメラーゼKOD−Plus(東洋紡製)を用いたPCRにて取得した。クローニングキットTarget Clone−Plus(東洋紡製)を用いて、そのプロトコールに従って操作を行い、ベクターpBluescriptにクローニングし、組換え発現プラスミドpNARBS1を取得した。pBSNAR1を用いて、エシェリヒア・コリー(Escherichia coli)JM109株コンピテントセル(東洋紡製)を形質転換し、該形質転換体を取得した。得られた形質転換体は、エシェリヒア・コリーJM109(pBSNAR1)と命名した。
500mLのTB培地を2L容坂口フラスコに分注し、121℃、20分間オートクレーブを行い、放冷後別途無菌濾過したアンピシリンおよびイソプロピル−β−D−チオガラクトシドを、それぞれ終濃度が100μg/mLと0.1mMになるように添加した。この培地に100μg/mLのアンピシリンを含むLB培地で予め30℃、16時間培養したエシェリヒア・コリーJM109(pBSNAR1)の培養液を5mL接種し、37℃で24時間通気攪拌培養を行った。培養終了より菌体を遠心分離により集菌し、50mMリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁した後、フレンチプレスにて破砕し、更に遠心分離を行い、上清液を粗酵素液として得た。得られた粗酵素液をポリエチレンイミンによる除核酸および硫安分画を行い、50℃、1時間の熱処理後、50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で透析を行った。更にDEAEセファロースCL−6B(GEヘルスケアバイオサイエンス製)およびオクチルセファロース(GEヘルスケアバイオサイエンス製)の各カラムクロマトグラフィーにより分離および精製することにより、精製酵素標品を得た。本方法により得られた標品は、SDS−PAGEにより、単一であることが確認された。
【0035】
実施例5 2段階反応D−アミノ酸合成試薬の調製
N−アシルアミノ酸ラセマーゼによるラセミ化とD−アミノアシラーゼによる加水分解反応を第1反応、D−アミノ酸オキシダーゼによるD−アミノ酸の酸化とペルオキシダーゼによる過酸化水素を利用した発色反応を第2反応とする、2段階反応を利用したD−アミノ酸合成測定系を構築した。
<第1反応試薬>
1M HEPES pH7.9
10mM MnCl溶液
150mM N−サクシニル−L−バリン(実施例3で調製)
D−アミノアシラーゼ溶液(第一化学薬品製、2600U/mL)
N−アシルアミノ酸ラセマーゼ溶液(実施例4で調製)
上記、1M HEPES1.0mL、10mM MnCl溶液0.05mL、D−アミノ酸アシラーゼ溶液0.125mL、150mM N−サクシニル−L−バリン0.5mL、実施例4で調製したN−アシルアミノ酸ラセマーゼ溶液0.1mLおよび水3.225mLを混合して計5.0mLの第1反応試薬とする。
<第2反応試薬>
4−アミノアンチピリン溶液(第一化学薬品製、6.1mg/mL)
TOOS溶液(同仁化学研究所製、32.2mg/mL)
ペルオキシダーゼ溶液(東洋紡製PEO−301、300U/mL)
D−アミノ酸オキシダーゼ溶液(バイオザイム社製、50U/mL)
上記、4−アミノアンチピリン溶液0.025mL、TOOS溶液0.025mL、ペルオキシダーゼ溶液0.025mL、D−アミノ酸オキシダーゼ溶液0.2mLおよび水3.325mLを混合して計4.0mLの第2反応試薬とする。
【0036】
実施例6 2段階D−アミノ酸合成反応測定条件
第1反応試薬5.0mLを室温で16時間反応させる。第2反応試薬4.0mLを37℃で5分間予備加温を行う。16時間反応させた第1反応試薬から1.0mLを抜き取り、第2反応試薬4.0mLに添加し緩やかに混和し、37℃で5分間反応させる。反応後、37℃に制御された分光光度計で、水を対照に用いて555nmの吸光度を測定する。盲検はN−アシルアミノ酸ラセマーゼ溶液の代わりに50mM K−リン酸緩衝液(pH7.5)0.1mLを第1反応試薬に加えて同様に吸光度を測定したもの、D−アミノアシラーゼ溶液の代わりに50mM K−リン酸緩衝液(pH7.5)0.125mLを第1反応試薬に加えて同様に吸光度を測定したものの2つを用意した。
結果を図1に示す。
ラセマーゼとアシラーゼを加えたサンプルのみに555nmの吸光度上昇が特異的に観察された。ラセマーゼを添加しないサンプル、アシラーゼを添加しないサンプルでは吸光度の上昇が観察されなかった。これは、ラセマーゼによるラセミ化反応とアシラーゼによる加水分解反応とが組み合わさることによって、D−アミノ酸が合成された事を意味する。
【0037】
実施例7 1段階反応D−アミノ酸合成試薬の調製
次に、N−アシルアミノ酸ラセマーゼによるラセミ化とD−アミノアシラーゼによる加水分解反応とが速やかに進行しD−アミノ酸が合成される事を確かめるため、1段階反応D−アミノ酸合成測定系を構築した。
<試薬混合液>
1M HEPES pH7.9
10mM MnCl溶液
4−アミノアンチピリン溶液(第一化学薬品製、6.1mg/mL)
TOOS溶液(同仁化学研究所製、32.2mg/mL)
ペルオキシダーゼ溶液(東洋紡製PEO−301、300U/mL)
D−アミノアシラーゼ溶液(東洋紡製、1300U/mL)
D−アミノ酸オキシダーゼ溶液(バイオザイム社製、50U/mL)
50mM N−サクシニル−L−バリン(実施例3で調製)
上記1M HEPES2.0mL、10mM MnCl溶液0.1mL、4−アミノアンチピリン溶液0.05mL、TOOS溶液0.05mL、ペルオキシダーゼ溶液0.05mL、D−アミノアシラーゼ溶液1.0mL、D−アミノ酸オキシダーゼ溶液0.4mL、50mM N−サクシニル−L−バリン1.0mLと水5.35mLを混合して計10mLの試薬混合液とする。この試薬混合液2.9mLを37℃で5分間予備加温する。N−アシルアミノ酸ラセマーゼ溶液(実施例4で調製)0.1mLを添加し緩やかに混和後、水を対照に37℃に制御された分光光度計で、555nmの吸光度変化を10分間記録し、その吸光度変化を測定する。盲検はラセマーゼ溶液の代わりに50mM K−リン酸緩衝液 pH7.5を試薬混合液に加えて同様に吸光度変化を測定する。
結果を図2に示す。
同様な実験を2回行い、反応1および反応2とした。盲検に比べ、反応1と反応2では吸光度の上昇が観察された。よって、本酵素反応系により短時間でD−アミノ酸の合成が起こることがわかった。
【0038】
実施例8 N−サクシニル−L−アラニンの合成
L−アラニン(ナカライテスク製、3.6g)と無水コハク酸(ナカライテスク製、4.0g)を40mLの酢酸(ナカライテスク製)に溶解した。溶液を50〜60℃に熱し、溶媒を揮発させて結晶化した。次に、結晶化した白い沈殿を集めて、酢酸エチル20mLとメタノール20mLの混合液にて再結晶化した。沈殿を乳鉢で破砕し、乾燥させ、N−サクシニル−L−アラニンの粉末を得た。詳細は非特許文献1に記載されている。
【0039】
実施例9 2段階D−アミノ酸合成反応
実施例6と同様にして、実施例8のN−サクシニル−L−アラニンを用いてD−アラニンの合成反応を行い、吸光度を測定した。
ラセマーゼとアシラーゼを加えたサンプルのみに555nmの吸光度上昇が特異的に観察された。ラセマーゼを添加しないサンプル、アシラーゼを添加しないサンプルでは吸光度の上昇が観察されなかった。これは、ラセマーゼによるラセミ化反応とアシラーゼによる加水分解反応とが組み合わさることによって、D−アミノ酸が合成された事を意味する。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によって、医薬品原料などとして有用なD−アミノ酸の製造効率が飛躍的に向上する。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、2段階D−アミノ酸合成反応を測定した結果を示す。N−アシルアミノ酸ラセマーゼとD−アミノアシラーゼを加えたサンプルのみに555nmの吸光度上昇が特異的に観察された。N−アシルアミノ酸ラセマーゼを添加しないサンプル、D−アミノアシラーゼを添加しないサンプルでは吸光度の上昇が観察されなかった。
【図2】図2は、1段階反応D−アミノ酸合成を測定した結果を示す。盲検に比べ、反応1と反応2では吸光度の上昇が観察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程を含むことを特徴とする、D−アミノ酸を製造する方法。
【請求項2】
D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程が、D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−DL−アミノ酸からN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニル−L−アミノ酸をラセミ化し、N−サクシニル−D−アミノ酸を合成する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
コハク酸およびアミノ酸からN−サクシニルアミノ酸を合成する工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程、N−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いてN−サクシニル−L−アミノ酸をラセミ化し、N−サクシニル−D−アミノ酸を合成する工程、ならびにコハク酸およびアミノ酸からN−サクシニルアミノ酸を合成する工程を含むことを特徴とする、N−サクシニルアミノ酸からD−アミノ酸を製造する方法。
【請求項6】
D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程が、D−アミノアシラーゼを用いてN−サクシニル−DL−アミノ酸からN−サクシニル−D−アミノ酸を特異的に加水分解する工程である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼが下記(a)または(b)のいずれかである、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質;または
(b)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1〜数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなるタンパク質。
【請求項8】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼが下記(a)、(b)および(c)の特徴を持つ、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;
(b)Mn2+、Co2+、Mg2+、Fe2+およびNi2+のいずれか1つを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;および
(c)Co2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、相対活性でMn2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時の2倍以上の活性を有する。
【請求項9】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記の理化学的性質を有するタンパク質である、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)分子量:42kDa(SDS−PAGE);
(b)基質特異性:N−サクシニルアミノ酸のうち、特にN−サクシニルメチオニン、N−サクシニルアラニン、N−サクシニルバリン、N−サクシニルロイシン、N−フェニルアラニンに対して相対活性でN−サクシニルトリプトファンの2倍以上の活性を有する;
(c)温度安定性:30分間熱処理した場合、70℃では比較的安定であり75℃以上では失活する;
(d)至適温度:pH7.5で反応させる場合、温度65℃において作用が至適である;および
(e)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である。
【請求項10】
N−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記(a)、(b)および(c)の特徴を持つ、ゲオバチルス(Geobacillus)属に属する微生物に由来するN−アシルアミノ酸ラセマーゼである、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)2価の金属イオンを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;
(b)Mn2+、Co2+、Mg2+、Fe2+およびNi2+のいずれか1つを0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性を持つ;および
(c)Co2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時、相対活性でMn2+の終濃度0.1mM〜1Mで反応させた時の2倍以上の活性を有する。
【請求項11】
ゲオバチルス(Geobacillus)属に属する微生物を培養して得られるものであるN−アシルアミノ酸ラセマーゼが、下記の理化学的性質を有する、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)分子量:42kDa(SDS−PAGE);
(b)基質特異性:N−サクシニルアミノ酸のうち、特にN−サクシニルメチオニン、N−サクシニルアラニン、N−サクシニルバリン、N−サクシニルロイシン、N−フェニルアラニンに対して相対活性でN−サクシニルトリプトファンの2倍以上の活性を有する;
(c)温度安定性:30分間熱処理した場合、70℃では比較的安定であり75℃以上では失活する;
(d)至適温度:pH7.5で反応させる場合、温度65℃において作用が至適である;および
(e)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である。
【請求項12】
D−アミノアシラーゼがN−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解する微生物由来のD−アミノアシラーゼである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
D−アミノアシラーゼが、N−サクシニル−D−アミノ酸を加水分解する微生物を培養し、その培養物から精製したものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
D−アミノアシラーゼが、下記の理化学的性質を有する、デフルビバクター(Defluvibacter)属に属する微生物を培養して得られるものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法:
(a)作用:N−サクシニル−D−アミノ酸に作用して、D−アミノ酸を生じる;
(b)分子量:55kDa(SDS−PAGE);
(c)基質特異性:N−サクシニル−D−メチオニン、N−サクシニル−D−バリン、N−サクシニル−D−トリプトファン、N−サクシニル−D−アスパラギン、N−サクシニル−D−フェニルアラニン、N−サクシニル−D−アラニンおよびN−サクシニル−D−ロイシンに作用し、N−サクシニル−L−メチオニン、N−サクシニル−L−ロイシン、およびN−サクシニル−L−バリンには作用しない;
(d)温度安定性:pH8で30分間熱処理した場合、40℃では比較的安定であり50℃以上では失活する;
(e)至適温度:pH8で反応させる場合、温度37℃において作用が至適である;
(f)至適pH:30℃で60分間反応させる場合、pH8において作用が至適である;および
(g)金属イオンの影響:Zn2+を0.1mM〜1Mの終濃度で反応させることで活性が増強または、安定化される。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−61642(P2008−61642A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−159239(P2007−159239)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(390037327)第一化学薬品株式会社 (111)
【Fターム(参考)】