説明

H.ピロリ菌の接着性測定キットおよびH.ピロリ菌の接着性の測定方法

【課題】本発明は、被験者の胃に存在するH.ピロリ菌の情報を得るためのものであり、その情報を胃・十二指腸疾患の病態(疾患の種類や重篤度)の把握や予後の推定などの補助診断に役立て得る、H.ピロリ菌の接着性測定キット、およびH.ピロリ菌の接着性の測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るH.ピロリ菌の接着性測定キットは、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAのエピトープ、およびH.ピロリ菌の接着因子であるSabAのエピトープを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H.ピロリ菌の接着性測定するためのキット、およびH.ピロリ菌の接着性を測定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター・ピロリ(以下、「H.ピロリ菌」という)は、微好気性のグラム陰性桿菌であり、ヒトの胃に定着する。このH.ピロリ菌は、持続感染により胃炎や胃潰瘍を引き起こし、さらには慢性萎縮性胃炎やMALTリンパ腫、胃癌を誘発する。それにも関わらず、世界人口の半分以上が感染しているとのデータもあり、問題となっている。
【0003】
H.ピロリ菌は、ヒトからヒトへ感染し得るが、胃への定着には、主に外膜に露出している接着因子が関与すると考えられている。
【0004】
H.ピロリ菌の接着因子のうち、対応する宿主側の接着分子も明らかにされているのは、2組のみである。1つはBabA(Blood-group Antigen Binding Adhesion)であり、Lewis b抗原と結合する。もう一方はSabA(Sialic Acid Binding Adhesion)であり、ノイラミン酸誘導体であるシアル酸、特にSialyl Lewis X抗原と結合する。
【0005】
BabAをコードする遺伝子であるbabA2については、胃・十二指腸疾患との関係に関する研究が為されている。例えば非特許文献1には、ブラジルにおけるbabA2の存在と慢性胃炎との関係が示されている。その一方で、非特許文献2では、日本において、babA2と臨床結果には何の関連性も見出せないとの報告もされている。これらの結果と整合するともいえるが、非特許文献3には、BabAの接着能力は、菌株によって、1500倍もの差があると記載されている。
【0006】
また、BabAの結合力の有無とBabA遺伝子(babA2)の保有率の関連性に関しては、矛盾した実験結果も開示されている。例えば、非特許文献4では、スウェーデンにおいて、babA2陰性菌株の44%が、Lewis b抗原と結合したとされている一方で、ポルトガルでは、babA2陽性菌株の45%が、Lewis b抗原との結合能を有さないとの記載がある。
【0007】
以上の通り、BabAの接着能力には多様性があり、また、その遺伝子を検出しても、胃・十二指腸疾患における病原性や病態の把握、診断等には適用できないと考えられる。また、同じくH.ピロリ菌の接着因子であるSabAに関しては、接着能力についての報告はない。
【非特許文献1】Gatti LIら,Diagn.Macrobiol.Infect.Dis.,51,p.231-235(2005年)
【非特許文献2】Mizushima Tら,J.Clin.Microbiol.,39,p.2463-2465(2001年)
【非特許文献3】Aspholm-Hurtig Mら,Science,305,p.519-522(2004年)
【非特許文献4】Olfat FOら,FEMS Immunol.Med.Microbiol.,44,p.151-156(2005年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した様に、胃に定着するH.ピロリ菌は、胃・十二指腸疾患との関連性が強く示唆されており、H.ピロリ菌の接着因子としては、BabAとSabAが知られている。これら接着因子は、H.ピロリ菌の定着に関係することが予測されるが、被験者から得られたH.ピロリ菌のBabA遺伝子保有率と胃・十二指腸疾患との関係は一定ではなく、BabA遺伝子を診断等に用いても、正確な結果は得られないと考えられる。
【0009】
そこで、本発明が解決すべき課題は、被験者の胃に存在するH.ピロリ菌の情報を得るためのものであり、その情報を胃・十二指腸疾患の病態(疾患の種類や重篤度)の把握や予後の推定などの補助診断に役立て得る、H.ピロリ菌の接着性測定キット、およびH.ピロリ菌の接着性の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意研究を進めた。その結果、被験者の胃に存在するH.ピロリ菌のBabAまたはSabAの何れか一方の接着能力を測定するのみでは必ずしも有用な情報は得られないが、BabAおよびSabAの両方の接着能力の情報は、胃・十二指腸疾患と有意な関係があることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
本発明に係るH.ピロリ菌の接着性測定キットは、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAのエピトープ、およびH.ピロリ菌の接着因子であるSabAのエピトープを含むことを特徴とする。
【0012】
上記エピトープは、細胞培養器表面に固定化されていることが好ましい。対象となるH.ピロリ菌を当該培養器で培養し、表面に結合するH.ピロリ菌を検出することにより、これらエピトープに対する接着性を測定できるからである。
【0013】
上記BabAのエピトープとしては、Lewis b抗原が、また、SabAのエピトープとしては、シアル酸を含む糖鎖が好適である。これらエピトープは、BabAおよびSabAのエピトープとして、既に研究実績がある。
【0014】
また、本発明に係るH.ピロリ菌の接着性の測定方法は、H.ピロリ菌を標識する工程;標識されたH.ピロリ菌を、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープそれぞれに接触させる工程;および、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌をそれぞれ検出する工程;を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAとSabAの接着能力を測定することができる。その結果得られた情報により、胃・十二指腸疾患の病態(疾患の種類や重篤度)の把握や予後の推定などの補助診断に役立て得る。
【0016】
従って、本発明に係るH.ピロリ菌の接着性測定キットとH.ピロリ菌の接着性の測定方法は、世界中の人々の半数以上が感染しているといわれており、胃・十二指腸疾患との関連性が強く示唆されているH.ピロリ菌の情報を得ることができることから、H.ピロリ菌の接着機能に伴う悪性度の鑑別や胃・十二指腸疾患の病態把握等の補助診断に用い得るものとして、極めて重要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係るH.ピロリ菌の接着性測定キットは、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAのエピトープ、およびH.ピロリ菌の接着因子であるSabAのエピトープを含むことを特徴とする。
【0018】
BabAとSabAは、H.ピロリ菌の細胞表面に発現する接着性タンパク質であり、H.ピロリ菌の胃細胞表面への結合を促進する。これら接着因子のエピトープの種類は、特に制限されないが、BabAまたはSabAへ特異的に結合できるものが好ましい。また、当該エピトープは、既知のもののみならず、将来見出されるであろう未知のものも含む。
【0019】
BabAのエピトープのうち既知のものとしては、Lewis b抗原を挙げることができる。Lewis b抗原は、糖鎖中にフコースを含む糖タンパク質であり、
代表的な天然型のLewis b抗原は、Fucα1,2Galβ1,3(Fucα1,4)GlcNAc−R(Leb)という構造を有するが、天然型の中にも、ALebなど異なった構造を有するものがある。また、BabAへ結合するものである限り、BLebなど、人工的なLewis b抗原を用いてもよい。
【0020】
SabAのエピトープのうち既知のものとしては、シアル酸を含む糖鎖を挙げることができる。より具体的には、5−アセチルノイラミンを糖鎖中に含む、sialyl Lewis X抗原(sLex)を用いることができる。sialyl Lewis X抗原(sLex)は、Neu5Acα2,3Galβ1,4(Fucα1,3)GlcNAcβ1−Rという構造を有する。
【0021】
本発明のキットにおいて、上記エピトープは、細胞培養器表面に固定化されていることが好ましい。当該培養器を用いて、標識したH.ピロリ菌を培養することによって、これらエピトープに結合できるH.ピロリ菌を検出できるからである。ただし、BabAのエピトープが固定化されているエリアとSabAのエピトープが固定化されているエリアは、培養液が混ざらない様に仕切られている必要がある。1つのエリアにBabAとSabAのエピトープの両方が固定化されていると、H.ピロリ菌が、何れか一方のエピトープに結合したのか、両方のエピトープに結合したのか区別できず、正確な判断ができないことによる。
【0022】
細胞培養器の種類は、H.ピロリ菌の標識基に応じたものとすればよい。例えば、ELISAで検出し得る標識基を用いる場合には、ELISA用のウェルプレートを用いればよいし、蛍光発色基を標識基として用いる場合には、蛍光測定装置にそのまま用い得る培養器を用いれば効率が良い。
【0023】
エピトープの細胞培養器への固定化は、エピトープや細胞培養器の種類に応じて、適宜選択すればよい。例えば、エピトープとして糖タンパク質を用いる場合、タンパク質が変性しない様にリン酸緩衝液生理食塩水などを溶媒にし、適度な温度で、1〜10%程度のパラホルムアルデヒドなどを用いればよい。また、タンパク質が変性しない程度の紫外線を照射してもよい。
【0024】
本発明に係るH.ピロリ菌の接着性の測定方法は、H.ピロリ菌を標識する工程;標識されたH.ピロリ菌を、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープそれぞれに接触させる工程;および、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌をそれぞれ検出する工程;を含むことを特徴とする。当該方法は、上記本発明キットを用いて実施することができる。以下、実施の順番に従って、本発明方法を説明する。
【0025】
本発明方法では、先ず、H.ピロリ菌を標識する。標識方法は、H.ピロリ菌の量や濃度を測定できるものであれば特に制限されず、一般的な生化学的標識方法を採用することができる。例えば、フルオレセインイソチオシアネート、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスターゼ、ビオチンなど、ELISAで検出し得る標識基や;アミノメチルクマリン系、フルオロセイン系、テトラメチルローダミン系、アントラニロイル系、ニトロベンゾオキサジアオール系、ジメチルアミノナフタレン系などの蛍光発色基;放射性同位体含有基などを用いることができる。これら標識基の導入方法は、各標識基に応じた方法を用いればよい。
【0026】
本発明方法を胃・十二指腸疾患の病態を把握するための補助診断に利用する場合には、被験者からH.ピロリ菌を単離精製し、これを用いる。H.ピロリ菌の単離精製方法は、常法を用いればよい。
【0027】
標識したH.ピロリ菌は、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープそれぞれに接触させる。使用するエピトープは、上記で説明した通りである。ここで、「それぞれ」とは、標識したH.ピロリ菌を分け、各エピトープへ別々に接触させることを意味する。例えば、両方のエピトープが固定化されたウェルにH.ピロリ菌を加えることはしない。後続する工程において、結合したH.ピロリ菌が、両方のエピトープに結合しているのか、或いは何れか一方のエピトープに結合しているのか区別ができず、正確な判断ができないからである。
【0028】
具体的には、標識したH.ピロリ菌の懸濁液を、上記エピトープを固定化した細胞培養器などに加え、インキュベートすればよい。インキュベートの条件は、H.ピロリ菌に適したものとし、例えば、30〜40℃程度で30分間〜2時間程度とすればよい。
【0029】
この際、H.ピロリ菌の濃度は、7.5×108CFU/ml以上とすることが好ましい。エピトープに結合したH.ピロリ菌を検出する際、その測定値は、当然に使用したH.ピロリ菌の濃度にも影響を受けて用量依存的になり得る。しかし、本発明者らによる検討によれば、5.0×108CFU/ml程度までは、エピトープに対する結合は用量依存的になるが、7.5×108CFU/ml以上の濃度であれば、H.ピロリ菌は十分量存在するので、用量に依存せず、H.ピロリ菌のBabAまたはSabAの結合能力のみに依存した測定値が得られる。なお、使用するエピトープの量も測定値に影響する可能性はあるものの、通常、プラスチック製の細胞培養器に結合し得るエピトープの量は限られており、その量にはほとんど変動はないと考えられるので、無視することができる。
【0030】
また、使用するH.ピロリ菌は、前培養することにより量を確保する必要があるが、その培養時間は20〜30時間程度にすることが好ましく、24時間程度がより好ましい。本発明者らによる検討によれば、前培養の時間が長過ぎると、その理由は必ずしも明らかではないが、おそらく菌の活性が低下することにより、エピトープへの親和性まで低下する傾向がある。しかし、20〜30時間程度であれば、菌の活性も高く、使用する菌の増殖サイクルも同調することができ、エピトープに対する結合能力をより正確に測定することができ得る。
【0031】
次いで、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌を、それぞれ検出する。「それぞれ」とは、BabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌と、SabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌とを、別々に検出するとの意味である。
【0032】
具体的には、先ず、エピトープに結合しなかったH.ピロリ菌を除去する。例えば、培養液を除去した後、使用した細胞培養器等を洗浄液で洗浄すればよい。次に、H.ピロリ菌を標識基に応じた方法で、各エピトープに結合したH.ピロリ菌の量や濃度を、それぞれ測定する。
【0033】
事前に、様々な種類や重篤度の胃・十二指腸疾患患者、或いは、自覚症状や他覚症状のない被験者からH.ピロリ菌を採取し、上記各エピトープに対する結合能力を測定し、得られたデータと胃・十二指腸疾患との関係を明らかにしておく。かかる知見と測定値とを比較することにより、本発明方法を胃・十二指腸疾患の病態把握の補助診断に適用し得る。
【0034】
本発明方法では、H.ピロリ菌のBabAエピトープおよびSabAエピトープに対する結合性を測定する。よって、特に、BabAエピトープとSabAエピトープの両方に対する結合性が高い場合、および両方に対する結合性が低い場合における診断の精度は、H.ピロリ菌を利用した従来の診断方法に比べて格段に高い。本発明方法は、特に、胃または十二指腸の癌の診断において、有用である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0036】
実施例1
(1)使用したH.ピロリ菌とその培養条件
H.ピロリ菌26695株、NCTC11637株(GenBank、アクセッション番号:AF202973)、HPK5株、並びに、胃癌(n=26)および癌以外(胃炎、胃潰瘍および十二指腸潰瘍)の消化管疾患(n=24)の診断歴のある日本人患者から得られた、臨床分離株50株を使用した。
【0037】
これらH.ピロリ菌は、10%の馬血清(Invitrogen社、製品名:カールスバード)を添加したブルセラ培地(日本ベクトン・ディキンソン株式会社)中で振盪培養(110rpm)するか、或いはバンコマイシン(10μg/ml)を含み、1.4%の寒天(和光純薬工業社製)で凝固させたブルセラ培地(日本ベクトン・ディキンソン社製)上で、37℃の微好気条件下で培養した。培養時間は、24時間とした。振盪培養による菌の増殖度は、分光光度計(GE Healthcare Bio-Science Corp.製)を用いて、600nmの光強度(OD600)を測定することにより判断した。また、必要に応じて、生菌数を把握するために、コロニー形成単位(CFU)を測定した。
【0038】
(2) H.ピロリ菌のラベリング
上記H.ピロリ菌を、フルオレセインイソチオシアネート(Sigma社製、以下、「FITC」という。)により、ラベリングした。より詳しくは、培養24時間後(OD600が1.0前後)の上記培養液1mlを5分間遠心分離して、H.ピロリ菌を集菌した。このH.ピロリ菌に、FITCを0.1μg/mlの割合で含むリン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)1mlを加え、ボルテックスでよく懸濁した。室温で30分間反応後、PBSで3回洗浄した。次に、FITCでラベルされたH.ピロリ菌を、ブロッキングバッファー(2.5%のウシ血清アルブミン(BSA)、1mM CaCl2および1mM MgCl2を含むトリス緩衝生理食塩水(TBS))1mlに懸濁した。
【0039】
(3) ネオグリコプロテインの固定化
H.ピロリ菌の接着因子であるBabAとSabAは、それぞれフコシル化されているLewis b抗原、およびシアル酸(特に、シアリル Lewis x抗原)に結合する。そこで、これら抗原を、培養プレート上に固定化した。具体的には、Lewis b−ヒト血清アルブミン(Leb−HSA)または3’−シアリルラクトース−HSA(Iso Sep AB社製Tullinge, Sweden)を、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSへ、最終濃度20μg/mlで溶解した。当該溶液50μlを、96−ウェル細胞培養プレート(住友ベークライト社製、製品名:Sumilon)に注いだ。当該プレートを紫外線架橋装置(UVP社製)に挿入し、0.12J/cm2の紫外線を照射しつつ、室温で40分間静置することによって、上記ネオグリコプロテインを固定化した。各ウェルは、PBSで2回洗浄した。
【0040】
(4) 接着結合アッセイ−ELISA(ABA−ELISA)
上記(2)で得られた、ラベルされたH.ピロリ菌懸濁液50μlを、上記(3)のネオグリコプロテイン固定化プレートに注入し、振盪することなく37℃で1時間培養した。その後、洗浄緩衝液(0.05%Tween20、1mM CaCl2、および1mM MgCl2を含むTBS)で3回洗浄した。次に、西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体(HRP)標識ヒツジ抗FITC抗体(Southern Biotechnology Asscoates社製)溶液(0.5%BSAを含むTBS)を各ウェルに加え、室温で、約65rpmで1時間攪拌しながら反応させた後、洗浄緩衝液で3回洗浄した。TMB基質(BioLegend社製)100μlを各ウェルに加え、15分間暗所で反応させた。その後2N硫酸100μlを加えることにより、反応を停止した。H.ピロリ菌のネオグリコプロテインへの結合度は、マイクロプレートリーダー(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、450nmの光の強度(OD450)を測定することにより決定した。ネガティブコントロールウェルと、非ネオグリコプロテイン固定化ウェルのデータで調整後に、測定値を評価した。
【0041】
本発明では、得られた接着結合親和性の評価を、以下の通り定義した。即ち、OD450が1.0を超えた場合は強い接着と評価し、0.5未満の場合は弱い接着とし、1.0〜0.5の場合は中程度の接着とした。
【0042】
(5) ABA−ELISAの結果と消化管疾患との相関性
胃・十二指腸疾患患者から得たH.ピロリ菌におけるABA−ELISAの結果を、図1に示す。なお、消化管疾患患者50名の内訳は、胃癌患者が26名で平均年齢68.31±9.94歳であり、非胃癌患者が24名で平均年齢61.29±11.64歳、全員の平均年齢は62.94±11.25歳であった。なお、以下の実験結果は、平均値±標準偏差および95%信頼区間を伴う平均値として表される。また、Student t−テストにより、癌群および非癌群におけるBabAまたは SabA接着親和性の値を比較した。マン−ホイットニーのU検定を用いて、強い、中程度、および弱いと分類された各群の有病率を統計的に分析した。データが連続的なものである場合、ピアソンの相関係数検定によって対合を検討した。統計的に有意な値をP値<0.05とした。
【0043】
図1の通り、癌群におけるBabA接着性の値は非癌群に比べて高い傾向にあった(0.874±0.304に対して0.707±0.336;p=0.069)。一方、SabA接着性においては、癌群と非癌群との間で有意な差異は見られなかった(0.757±0.478に対して0.640±0.452;p=0.38)。
【0044】
癌群および非癌群における、BabAとSabAの接着親和性の強度を、図2に示す。癌群におけるBabAの接着性は、非癌群に比べて有意に高かった(p=0.013)。一方、SabAの接着性は、2つの群の間での有意な差はみられなかった(p=0.17)。
【0045】
次に、BabAおよびSabAの接着性を合わせた結果を、臨床分離株50株について評価した。結果を図3に示す。図3の通り、BabAとSabAの両方が強い接着性を示す分離株6株全てが癌群に属する一方で、両方が弱い接着性を示す分離株7株全てが非癌群に属していた。BabAとSabAの両方を合わせた癌群の接着性は、非癌群に対して有意に高かった(p=0.00033)。
【0046】
さらに、癌群と非癌群において、BabAとSabAの両方の接着性が強い場合、両方の接着性が弱い場合、およびその他の場合の分布数をまとめた。結果を図4に示す。
【0047】
図4の通り、BabAとSabAの両方の接着性が強い場合は、何れも癌群に属し、この場合の非癌群に対する有意差は、p=0.00033と極めて高かった。
【0048】
従って、被験者から単離されたH.ピロリ菌におけるBabAとSabAの両方の接着性を測定することによって、被験者の疾患の有無や種類、重篤度などを診断できる可能性があることが実証された。
【0049】
実施例2
上記ABA−ELISAにおいて、H.ピロリ菌の結合がネオグリコプロテインに特異的なものであるか否かを確認した。
【0050】
先ず、実施例1(3)で得たネオグリコプロテイン固定化プレートを、α−フコシダーゼ(ウシ腎臓より抽出したもの。PROzyme)またはノイラミニダーゼ(X型Clostridium perfringens由来のもの。Sigma社製)で前処理した。α−フコシダーゼは、フコースと他の糖との結合を選択的に切断し、ノイラミニダーゼは、ノイラミン酸およびノイラミン酸誘導体(シアル酸)と他の糖との結合を切断する。よって、これら酵素により、プレート表面に固定化されたネオグリコプロテインを切断することができる。
【0051】
より具体的には、α−フコシダーゼを、0.1mM MgCl2と0.1M 2−メルカプトエタノールを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.3)に、0.2U/mlの割合で溶解した。別途、ノイラミニダーゼを、0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)に0.2U/mlの割合で溶解した。当該α−フコシダーゼ溶液またはノイラミニダーゼ溶液50μlを、ネオグリコプロテイン固定化プレートに加え、37℃で1時間反応させた。その後、PBSで3回洗浄した。
【0052】
得られたプレートと、H.ピロリ菌26695株、NCTC11637株またはHPK5株を用いた以外は実施例1(4)と同様の条件で、ABA−ELISAを行った。結果を図5に示す。
【0053】
図5の通り、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAとSabAが結合するネオグリコプロテインの糖鎖が切断された場合、H.ピロリ菌の結合は明確に低減している。よって、H.ピロリ菌の結合は、ネオグリコプロテイン中の糖鎖に特異的であることが明らかとなった。
【0054】
実施例3
上記ABA−ELISAにおいて、ネオグリコプロテイン固定化プレートへのH.ピロリ菌の結合は、接着因子であるBabAとSabAによるものであるか否かを確認した。
【0055】
H.ピロリ菌HPK5株において、カナマイシン抵抗性遺伝子を用いて、BabA遺伝子(babA2)またはSabA遺伝子(sabA)をノックアウトした。当該H.ピロリ菌を用いた以外は実施例1(4)と同様の条件で、ABA−ELISAを行った。結果を図6に示す。
【0056】
図6の通り、BabA遺伝子をノックアウトした場合はLeb−HSA、SabA遺伝子をノックアウトした場合は3’−シアリルラクトース−HSAに対する結合度が明らかに低下した。よって、H.ピロリ菌のネオグリコプロテイン固定化プレートに対する結合は、H.ピロリ菌の接着因子であるBabAおよびSabAによるものであることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】胃・十二指腸疾患患者から得たH.ピロリ菌におけるABA−ELISAの結果を示す図である。
【図2】癌群および非癌群における、BabAとSabAの接着強度(強い、中間、弱い)の分布数を示す図である。
【図3】臨床分離株50株に関する、BabAおよびSabAを合わせたABA−ELISAの結果を示す図である。
【図4】癌群と非癌群において、BabAとSabAの両方の接着強度(両方強い、両方弱い、およびその他)の分布数をまとめた図である。
【図5】ネオグリコプロテイン固定化プレート表面上のネオグリコプロテインを切断した上で実施したABA−ELISAの結果を示す図である。
【図6】BabA遺伝子またはSabA遺伝子をノックアウトしたH.ピロリ菌を用いて実施したABA−ELISAの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
H.ピロリ菌の接着因子であるBabAのエピトープ、およびH.ピロリ菌の接着因子であるSabAのエピトープを含むことを特徴とするH.ピロリ菌の接着性測定キット。
【請求項2】
BabAのエピトープおよびSabAのエピトープが、細胞培養器表面に固定化されている請求項1に記載の接着性測定キット。
【請求項3】
BabAのエピトープが、Lewis b抗原である請求項1または2に記載の接着性測定キット。
【請求項4】
SabAのエピトープが、シアル酸を含む糖鎖である請求項1〜3の何れかに記載の接着性測定キット。
【請求項5】
H.ピロリ菌の接着性を測定する方法であって、
H.ピロリ菌を標識する工程;
標識されたH.ピロリ菌を、BabAのエピトープおよびSabAのエピトープそれぞれに接触させる工程;および
BabAのエピトープおよびSabAのエピトープに結合したH.ピロリ菌をそれぞれ検出する工程;
を含むことを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−206426(P2008−206426A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−44472(P2007−44472)
【出願日】平成19年2月23日(2007.2.23)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】