説明

MDR1機能阻害剤及びその用途

【課題】新規MDR1阻害剤及びMDR1阻害方法を提供する。
【解決手段】配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞、あるいはインテグリン活性化抗体のようなインテグリン活性化組成物を有効成分として含有するMDR1機能阻害剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MDR1機能阻害剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞接着および脱着、細胞増殖刺激および抑制、細胞移動促進および阻害、形態形成能、赤血球凝集活性、組織境界形成等の作用を有するタンパク質として、従来、細胞外マトリックスタンパク質であるテネシンCが知られている(非特許文献1参照)。
【0003】
ヒト由来のテネシンC(GenBank Accession No. NP_002151)の1231〜1236番目のアミノ酸配列を有するペプチドTNIIIは、β1インテグリンを活性化する作用を有し、これにより細胞外マトリックスに対する細胞接着を増強させたり、細胞伸展を促進させたりすることが知られていた(例えば、特許文献1及び非特許文献2など参照)。
【0004】
一方、MDR1(multidrug resistance protein 1、P糖蛋白質)は、小腸、血液脳関門などに分布し、細胞の中からカチオン性の薬剤を排出するトランスポーターとして機能する。そのため、MDR1は、抗腫瘍剤を細胞外に排出し、腫瘍細胞を抗腫瘍剤耐性にする薬剤耐性因子として作用することが知られている。さらに近年、MDR1は抗癌剤以外の薬物リファンピシンやアスピリンにより誘導されることが報告され、これらの結果から、MDR1が各種の薬物処置ストレスに反応し、誘導されるストレス蛋白であって、薬物を細胞から排除する作用を有すると考えられた。
【非特許文献1】Sakakura T. and Kusakabe M., 炎症 15, 5, 377, 1995
【非特許文献2】Biochemistry 2002, 41, 3270-3277
【特許文献1】特開2001-213898号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、MDR1を阻害することにより、薬剤耐性になった細胞を薬剤感受性にすることが期待される。
【0006】
そこで、本発明は、新規MDR1阻害剤及びMDR1阻害方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ヒト・テネシンCの1231〜1236番目のアミノ酸配列を有するペプチドTNIIIが、繊維肉腫様細胞に対し、インテグリンの活性化を通じてMDR-1の機能を阻害することにより、ドキソルビシンの細胞内蓄積を促進することを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
すなわち、本発明にかかるMDR1(multidrug resistance protein 1)の機能を阻害するMDR-1機能阻害剤は、インテグリン活性化組成物を有効成分として含有する。前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有してもよく、インテグリン活性化抗体を含有してもよい。また、前記機能がカチオンを細胞外に排出するトランスポート機能であってもよい。前記カチオンが、医薬組成物であってもよい。前記医薬組成物が、塩酸ドキソルビシン(Doxorubicin Hydrochloride; (2S,4S)-4-(3-Amino-2,3,6-trideoxy-alfa-L-lyxohexopyranosyloxy)-2,5,12-trihydroxy-2-hydroxyacetyl-7-methoxy-1,2,3,4-tetrahydrotetracene-6,11-dione monohydrochloride)であってもよい。
【0009】
本発明にかかる、塩酸ドキソルビシンの抗腫瘍活性を増強する活性増強剤は、
インテグリン活性化組成物を有効成分として含有する。前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有してもよく、インテグリン活性化抗体を含有してもよい。
【0010】
本発明にかかる、抗腫瘍剤は、インテグリン活性化組成物及び塩酸ドキソルビシンを有効成分として含有する複合剤である。前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有してもよく、インテグリン活性化抗体を含有してもよい。
さらに、本発明にかかる抗腫瘍剤は、塩酸ドキソルビシンを有効成分として含有する抗腫瘍剤であって、インテグリン活性化組成物と併用されてもよい。前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有してもよく、インテグリン活性化抗体を含有してもよい。
【0011】
上記いずれの抗腫瘍材も、ドキソルビシン耐性腫瘍に対する抗腫瘍剤であってよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、新規MDR1阻害剤及びMDR1阻害方法を提供することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0014】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0015】
==インテグリン活性化組成物の薬理作用==
発明者らは、インテグリン活性化組成物が、MDR1(multidrug resistance protein 1)の機能を阻害することを見出した。MDR1は、細胞の中からカチオン性の化合物を排出するトランスポーターであり、薬理学的には、医薬組成物を細胞外に排出し、細胞を薬剤耐性にする薬剤耐性因子として作用する。従って、インテグリン活性化組成物は、MDR1の機能を阻害することにより、例えば、細胞が医薬組成物を細胞外に排出しようとする作用を阻害し、薬剤の細胞内濃度を高める。このようにして、インテグリン活性化組成物は、細胞を薬剤感受性にし、薬剤の活性を増強する。
【0016】
ここで、インテグリン活性化組成物としては、配列番号1(RSTDLPGLKAATHYTITIRGV)に示されるアミノ酸配列を有するペプチド(本明細書では「配列番号1を有するペプチド」とも言う)やインテグリン活性化抗体などが挙げられるが、インテグリンシグナル伝達系を活性化する物質であればよく、特にこれらに限定されない。
【0017】
医薬組成物としては、MDR1によって排出される薬剤であれば特に限定されず、塩酸ドキソルビシン(Doxorubicin Hydrochloride; (2S,4S)-4-(3-Amino-2,3,6-trideoxy-alfa-L-lyxohexopyranosyloxy)-2,5,12-trihydroxy-2-hydroxyacetyl-7-methoxy-1,2,3,4-tetrahydrotetracene-6,11-dione monohydrochloride)、リファンピシン((2S,12Z,14E,16S,17S,18R,19R,20R,21S,22R,23S,24E)-1,2-Dihydro-5,6,9,17,19-pentahydroxy-23-methoxy-2,4,12,16,18,20,22-heptamethyl-8-(4-methylpiperazin-1-yliminomethyl)-1,11-dioxo-2,7-(epoxypentadeca[1,11,13]-trienimino)naphtho[2,1-b]furan-21-yl acetate)、アスピリン(2-アセトキシ安息香酸)、ジゴキシン(3beta-[(beta-digitoxopyranosyl-(1→4)-beta-digitoxopyranosyl-(1→4)-beta-digitoxopyranosyl)oxy]-12 beta,14-dihydroxy-5beta-card-20(22)-enolide)などが、例としてあげられる。
【0018】
インテグリン活性化組成物投与の対象となる細胞は、MDR1が機能している細胞であれば特に限定されないが、薬剤投与によってMDR1の発現が亢進し、薬剤耐性を獲得する細胞であれば、より好適である。例えば、実施例で用いた塩酸ドキソルビシンは抗腫瘍剤であり、MDR1は腫瘍細胞に対し抗腫瘍剤耐性を獲得させる。塩酸ドキソルビシンは、悪性リンパ腫(細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病)、肺癌、消化器癌(胃癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、肝癌、結腸・直腸癌等)、乳癌、膀胱腫瘍、骨肉腫などに適用されるので、インテグリン活性化組成物投与の対象となるのは、これらの腫瘍細胞であるが、塩酸ドキソルビシンが投与される腫瘍であれば、特にこれらの腫瘍細胞に限らない。実施例に示すように、ドキソルビシン耐性腫瘍に対しても、効率よく適用できる。
【0019】
==配列番号1を有するペプチド等の製造方法==
配列番号1を有するペプチドTNIIIは、配列番号1で示されるアミノ酸配列のみを含んでいても構わず、配列番号1で示されるアミノ酸配列以外に、タグなどの余分なアミノ酸配列を含んでいても構わない。
【0020】
配列番号1を有するペプチドは、その配列情報に基づいて有機化学的に合成することができる。また、適切なエンハンサー/プロモーターをもつ発現ベクターに、配列番号1を有するペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入し、この組換えベクターを大腸菌、サルモネラ菌等の菌や、ウイルス、イースト、植物細胞、動物細胞などに導入し、発現させ、生成したペプチドを、常法を用いて精製してもよい。また、この組換えベクターをin vitroで転写させて得られたmRNAを、ウサギ網状赤血球抽出液、大腸菌S30抽出液、麦芽抽出液、小麦胚抽出液などを用いたインビトロ翻訳システムにより翻訳させて、合成されたペプチドを精製してもよい。
【0021】
ここで、発現ベクターを作製する際、Hisタグ、GSTタグなどのタグをコードするポリヌクレオチドと、配列番号1を有するペプチドをコードするポリヌクレオチドとを融合した融合ポリヌクレオチドをベクターに挿入し、融合タンパク質として発現させるのがより好ましい。タグを利用して、目的のペプチドを容易に精製することが可能になるからである。なお、タグは、最終段階で除去し、HPLC(high-performance liquid chromatography)などで配列番号1を有するペプチドだけを精製することもできる。
【0022】
なお、配列番号1を有するペプチドを真核生物で合成する場合、細胞外に分泌させるためにシグナルペプチドを付加してもよい。そのような融合ペプチドを発現することのできる組換えベクターは、上述のように、適切なエンハンサー/プロモーターをもつ発現ベクターに、融合ペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入することで作製することができる。
【0023】
また、前記組換えベクターを含有する細胞(組換え細胞)は、例えば、動物細胞に、前記組換えベクターをエレクトロポレーション、マイクロインジェクション、リポフェクション、アデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターなどを用いたウイルス感染、又はカルシウムを用いたトランスフェクション等によって導入することにより作製できる。
【0024】
==インテグリン活性化抗体の作製==
インテグリン活性化抗体は、常法に従って抗インテグリン抗体を作製し、その中から、インテグリン活性化を指標にしてスクリーニングすることにより得られる。また、市販のインテグリン活性化抗体を入手し、本発明の実施に用いてもよい。
【0025】
==薬剤の形状及び使用方法==
インテグリン活性化組成物を含有する薬剤の形状は、特に限定されず、投与方法などを考慮して、当業者の技術常識に従って、適切な形状を選択すれば良い。ここで、インテグリン活性化組成物を含有する薬剤の投与方法も、特に限定されず、当業者の技術常識に従って、適切に選択される。
【0026】
インテグリン活性化組成物を含有する薬剤は、薬剤感受性にしたり、その作用を増強したりする対象の薬剤と併用されてもよい。ここで、併用する複数の薬剤は、必ずしも時間的に同時に投与する必要は無く、同時に作用するように投与されるのであれば、時間を前後して投与しても構わず、投与方法も異なっていても構わない。また、併用する複数の薬剤は、単剤であってもよく、複合剤であってもよい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を用いて、本発明の実施形態をより詳細に説明する。
【0028】
(1)材料と方法
1.試薬
RPMI培地は日水製薬(株)より、MEM培地はGIBCOより、FBSはJRH Bioscienceより、カナマイシン硫酸塩は和光純薬(株)、アンホテリシンBは大日本製薬(株)より購入した。
TNIIIはオペロン株式会社より、alamarBlue試薬はBIOSOURCEより、DoxorubicinはSigmaより、Rhodamine 123、Cyclosporin AはCALBIOCHEMより、verapamil・HCLはBIOMOLより、精製RAT ANTI−MOUSE CD29(Integrin-beta1) モノクローナル抗体はBD Pharmingenより購入した。
【0029】
2.細胞
ヒト慢性骨髄性白血病細胞K562は日本医科大学から供与された。ヒト慢性骨髄性白血病細胞アドリアマイシン耐性株K562/Adr、マウス骨肉腫細胞LM8は理研セルバンクより購入した。
【0030】
3.細胞培養
K562、K562/Adrは10%FBSを含むRPMI培地を、LM8細胞は10%FBSを含むMEM培地をそれぞれ用い、37℃、5%CO2インキュベーター内にて培養した。なお、培地は10mM HEPES、0.25% NaHCO3、2mM L-グルタミン、60μg/mL硫酸カナマイシン、250ng/mLアンホテリシンBになるように調製した。
【0031】
4.フィブロネクチン(FN)コート
96well plateに5 μg/mLに調整したFNのPBS(−)溶液を加えて37℃で1時間インキュベートした。そこに、5mg/mL BSAのPBS(−)溶液を添加し、37℃で1〜1.5時間インキュベート、あるいは4℃で一晩放置することでプレート表面の非特異的接着部位のブロッキングを行い、PBS(−)溶液で3回洗浄後使用した。
【0032】
5.細胞懸濁液の調製
10cm dish中で培養した細胞を、PBS(-)溶液で2回洗浄後、0.05%トリプシン、0.02%EDTAを含むPBS(-)溶液で剥離し、medium(+)で懸濁した。この細胞懸濁液を遠心し(1000〜1500rpm、5min)、得られた細胞をmedium(-)で1回洗浄後、medium(-)を加えて目的とする細胞懸濁液濃度に調製した。
【0033】
(2)塩酸ドキソルビシン(DOX)とTNIIIの相乗効果
本実施例では、LM8細胞に様々な濃度のDOXと25μg/mlのTNIIIを添加し、塩酸ドキソルビシンのみ投与した場合と比べ、両者が相乗効果を呈することを示す。
【0034】
まず、FNコートした96穴プレートにLM8細胞を2.0x104個/穴となるよう調製後、各濃度の試薬とともに播種し、37℃、5%CO2下で2日インキュベートした。その後、生細胞数の指標として、Alamar Blue試薬によりマイクロプレートリーダーで蛍光強度(励起波長:544nm 蛍光波長:590nm)を測定した。
【0035】
図1(X軸はDOX濃度を、Y軸は蛍光強度を表す)に示したように、DOX濃度が約10-6〜10-7Mのところで、DOXとTNIIIの両方を加えた場合の細胞死の効果が著しく促進されていた。そこで、DOX濃度が1.6x10-7M(DOX単独 454;併用 188)及び6.25x10-7M(DOX単独 219;併用 43)の場合の各蛍光強度を用いて、下記式よりcombination indexを計算した(CI>1:競合的作用; CI=1:相加効果; CI<1:相乗効果)。なお、DOX-TNIIIの両方を投与しない場合の蛍光強度は569、TNIIIだけを単独投与した場合の蛍光強度は273であった。
CI=(併用)X(DOX-TNIII無し)/(DOX単独)X(TNIII単独)
その結果、CIはそれぞれ0.41及び0.86となり、この濃度域でDOXとTNIIIの相乗効果が観察された。このように、TNIIIは、LM8細胞に対するDOXの細胞死の作用を促進する。
【0036】
(3)TNIIIによる塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積
本実施例では、TNIIIによるDOXの細胞死作用の促進が、TNIIIによってDOXが細胞内に蓄積されることによることを示す。
まず、LM8細胞を5x105個/500μlとなるように無血清培地中で懸濁し、6.25x10-7MのDOX及び5, 10, 20 μg/mlのTNIIIを添加後、37℃で60、120分間インキュベートし、細胞内DOX量の指標として、DOX自己蛍光の蛍光強度を測定した。
図2(X軸は薬剤添加後の時間(分)を、Y軸は蛍光強度を表す)に示したように、時間が経つにつれてDOXの細胞内濃度が増加するが、TNIIIを同時に投与すると、TNIIIの濃度依存的に、DOXの細胞内濃度の増加が促進された。このように、TNIIIは、LM8細胞に対し、DOXの細胞内蓄積を促進する。
【0037】
(4)TNIII変異体による塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積
本実施例では、インテグリン活性化能を失わせたTNIII変異体を用いると、TNIII野生型とは異なり、DOXの細胞内蓄積促進効果が無くなることを示す。
まず、LM8細胞を5x105個/500μLとなるように無血清培地中で懸濁し、6.25x10-7MのDOX及び50μg/mlのTNIII変異体またはTNIII野生型を添加後、37℃で30、60、120分間インキュベートし、細胞内DOX量の指標として、DOX自己蛍光の蛍光強度を測定した。なお、TNIII変異体は、in vitro mutagenesisによって作製し、その配列は、RSTDLPGLKAATHYTITARGV(TNIII-I18A: 配列番号2)及びRSTDLPGLKAATHYTITIRGA(TNIII-V21A: 配列番号3)を用いた。
図3(X軸は薬剤添加後の時間(分)を、Y軸はDOX濃度を表す)に示したように、インテグリン活性化能を失わせたTNIII変異体では、DOXの細胞内濃度の増加が促進されなかった。このように、TNIIIによるDOXの細胞内濃度の増加促進は、インテグリンシグナル伝達系に依存している。
【0038】
(5)インテグリン活性化抗体による塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積
本実施例では、インテグリン活性化抗体によってDOXが細胞内に蓄積されることを示す。
まず、LM8細胞を5x105個/500μLとなるように無血清培地中で懸濁し、6.25x10-7MのDOX及び10μg/mlのインテグリン活性化抗体9EG7(BDバイオサイエンス−ファーミンジェン社製)を添加後、37℃で60、120分間インキュベートし、細胞内DOX量の指標として、蛍光強度を測定した。
図4(X軸は薬剤添加後の時間(分)を、Y軸は蛍光強度を表す)に示したように、インテグリン活性化抗体をDOXと同時に投与すると、DOXの細胞内濃度の増加が促進された。このように、インテグリンシグナル伝達系の活性化が、DOXの細胞内濃度の増加を促進させる。
【0039】
(6)MDR1阻害剤添加時のDOX細胞内蓄積量の変化
本実施例では、DOX耐性細胞を用い、一般に知られているMDR1阻害剤を添加した時のDOX細胞内蓄積量の変化を、TNIIIによるDOX細胞内蓄積量の変化を比較した。
DOX感受性K562細胞及びDOX耐性K562/R5細胞を105個/500μLとなるように無血清培地中で懸濁し、6.25x10-7MのDOX及び50μg/mlのTNIII、10μMのCyclosporin A、50μMのVerapamilを添加後、37℃で30、60分間インキュベートし、細胞内DOX量の指標として、蛍光強度を測定した。
図5(X軸は薬剤添加後の時間(分)を、Y軸は蛍光強度を表す)A〜Cに示したように、時間経過に伴う細胞内DOXの蓄積は、DOX耐性K562/R5細胞においては、DOX感受性K562細胞よりも低下していた。しかし、各薬剤を加えると、DOX耐性K562/R5細胞においても、60分後には、DOX感受性K562細胞と同様の細胞内DOXの蓄積が観察された。このように、TNIIIは、DOX耐性腫瘍細胞に対しても、DOX細胞内蓄積の促進効果を有する。また、DOX細胞内蓄積作用に関し、MDR1阻害剤と同様の動態を示すことから、TNIIIは、MDR1を阻害することによってDOX細胞内蓄積の促進効果を呈すると考えられた。
【0040】
(7)TNIIIによるRhodamine123 (Rh123)の細胞内蓄積促進
Rhodamine123は、MDR1の特異的基質であることが知られている。本実施例では、TNIIIが、LM8細胞において、Rh123の細胞内蓄積を促進することを示す。
LM8細胞を5x105個/500μLとなるように無血清培地中で懸濁し、5x10-6MのRh123及び50μg/mlのTNIIIまたは50μM Verapamilを添加後、37℃で120分間インキュベートし、細胞内Rh123量の指標として、Rh123の自己蛍光の蛍光強度(励起波長:488nm 蛍光波長:530nm)を測定した。
図6(X軸は薬剤添加後の時間(分)を、Y軸は蛍光強度を表す)に示すように、Verapamilと同様、TNIIIはRh123の細胞内蓄積を促進した。Rh123はMDR1の特異的基質であるため、TNIIIによるRh123細胞内蓄積の促進効果は、MDR1の阻害を介して生じることが示された。このように、TNIIIは、MDR1を阻害する機能を有する。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明にかかる実施例において、塩酸ドキソルビシン(DOX)とTNIIIの相乗効果を示す図である。
【図2】本発明にかかる実施例において、TNIIIによる塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積を示す図である。
【図3】本発明にかかる実施例において、TNIII変異体による塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積量の変化を示す図である。
【図4】本発明にかかる実施例において、インテグリン活性化抗体による塩酸ドキソルビシン(DOX)の細胞内蓄積を示す図である。
【図5】本発明にかかる実施例において、MDR1阻害剤添加時のDOX細胞内蓄積量の変化を示す図である。A:TNIII; B:Cyclosporin; C:Verapamilを用いた時の結果である。
【図6】本発明にかかる実施例において、TNIIIによるRhodamine123(Rh123)の細胞内蓄積促進作用を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MDR1(multidrug resistance protein 1)の機能を阻害するMDR-1機能阻害剤であって、
インテグリン活性化組成物を有効成分として含有するMDR1機能阻害剤。
【請求項2】
前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有することを特徴とする、請求項1に記載のMDR1機能阻害剤。
【請求項3】
前記インテグリン活性化組成物が、インテグリン活性化抗体を含有することを特徴とする、請求項1に記載のMDR1機能阻害剤。
【請求項4】
前記機能がカチオンを細胞外に排出するトランスポート機能であることを特徴とする請求項1に記載のMDR1機能阻害剤。
【請求項5】
前記カチオンが、医薬組成物であることを特徴とする請求項4に記載のMDR1機能阻害剤。
【請求項6】
前記医薬組成物が、塩酸ドキソルビシン(Doxorubicin Hydrochloride; (2S,4S)-4-(3-Amino-2,3,6-trideoxy-alfa-L-lyxohexopyranosyloxy)-2,5,12-trihydroxy-2-hydroxyacetyl-7-methoxy-1,2,3,4-tetrahydrotetracene-6,11-dione monohydrochloride)であることを特徴とする請求項5に記載のMDR1機能阻害剤。
【請求項7】
塩酸ドキソルビシンの抗腫瘍活性を増強する活性増強剤であって、
インテグリン活性化組成物を有効成分として含有する活性増強剤。
【請求項8】
前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有することを特徴とする、請求項7に記載の活性増強剤。
【請求項9】
前記インテグリン活性化組成物が、インテグリン活性化抗体を含有することを特徴とする、請求項7に記載の活性増強剤。
【請求項10】
インテグリン活性化組成物及び塩酸ドキソルビシンを有効成分として含有する複合剤であることを特徴とする抗腫瘍剤。
【請求項11】
前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有することを特徴とする、請求項10に記載の抗腫瘍剤。
【請求項12】
前記インテグリン活性化組成物が、インテグリン活性化抗体を含有することを特徴とする、請求項10に記載の抗腫瘍剤。
【請求項13】
塩酸ドキソルビシンを有効成分として含有する抗腫瘍剤であって、
インテグリン活性化組成物と併用されることを特徴とする抗腫瘍剤。
【請求項14】
前記インテグリン活性化組成物が、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド、前記ペプチドをコードするDNA、前記DNAを有する発現ベクター、及び前記ペプチドを産生するウイルスまたは細胞のうち、少なくとも一つを含有することを特徴とする、請求項13に記載の抗腫瘍剤。
【請求項15】
前記インテグリン活性化組成物が、インテグリン活性化抗体を含有することを特徴とする、請求項13に記載の抗腫瘍剤。
【請求項16】
ドキソルビシン耐性腫瘍に対する抗腫瘍剤であることを特徴とする、請求項10〜15に記載の抗腫瘍剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−13108(P2009−13108A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176013(P2007−176013)
【出願日】平成19年7月4日(2007.7.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第11回がん分子標的治療研究会総会 プログラム・抄録集 発行年月日:2007年5月25日
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】