説明

MnZnCo系フェライト

【課題】外径が2〜6mm程度の小型コアに成形した場合においても、33A/mの直流磁場印加時における増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃という広い温度域において常に2000以上という優れた特性を有するMnZnCo系フェライトを提供する。
【解決手段】酸化鉄(Fe2O3換算換算):51.0〜53.0 mol%、酸化亜鉛(ZnO換算):12.0 mol%超、18.0 mol%以下、酸化コバルト(CoO換算):0.04〜0.60 mol%および酸化マンガン(MnO換算):残部からなる基本成分中に、副成分として、酸化珪素(SiO2換算):50〜400 mass ppmおよび酸化カルシウム(CaO換算):1000〜4000 mass ppmを添加し、かつ不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれ、リン:3 mass ppm未満、ホウ素:3 mass ppm未満、硫黄:5 mass ppm未満および塩素:10 mass ppm未満に抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばイーサネット(登録商標)機器のパルストランス用磁心などの素材として好適なMnZnCo系フェライトに関するものである。
【背景技術】
【0002】
イーサネット機器では、入出力端子でのインピーダンス整合や電気的絶縁を保つ目的からパルストランスが用いられている。このトランス内部には、磁心として一般的に軟磁性材料が使用されている。また、このパルストランスには、例えば米国の規格ANSI X3.263-1995[R2000]に規定されているように、−40〜85℃の温度領域において、直流磁場が印加された下で高い増分透磁率μΔを有することが求められている。なお、増分透磁率μΔとは、磁場が印加された状態における磁心の磁化のされ易さを示す値である。
【0003】
この用途に用いられる軟磁性材料としては、MnZnフェライトが一般的である。このMnZnフェライトは、軟磁性材料の中では高透磁率、高インダクタンスが容易に得られること、またアモルファス金属等と比較して安価であること等が、材質の特長として挙げられる。そして、かかる用途に適したMnZnフェライトの開発も既に行われており、例えば特許文献1および特許文献2等が挙げられる。
【0004】
しかしながら、このMnZnフェライトは、酸化物磁性材料であることから、金属磁性材料に比較すると、温度変化により磁気特性が大きく変化することに加え、透磁率が高い材料は飽和磁束密度が低い、という欠点を有している。
従って、幅広い温度帯域、特に高温部において、安定した磁気特性が得難いという問題がある。
【0005】
上記したMnZnフェライトにおける特性の温度依存性を改善するには、正の磁気異方性を有するCoOの添加が効果的であることが知られている。例えば、特許文献1には、本用途向けのMnZnCoフェライトとして、約33A/mの直流磁界印加の下での高い透磁率の実現が可能である、と述べられている。
【0006】
また、発明者らは、先に、イーサネット機器のパルストランス用磁心に用いて好適なものとして、
「基本成分と添加成分と不純物とからなるフェライトであって、基本成分組成が、Fe2O3:51.0〜53.0 mol%、ZnO:13.0〜18.0 mol%、CoO:0.04〜0.60 mol%および残部MnOからなり、添加成分として、全フェライトに対してSiO2:0.005〜0.040mass%、CaO:0.020〜0.400mass%を含有し、さらに不純物として含有するPおよびBの量が、全フェライトに対してP:3 mass ppm未満、B:3 mass ppm未満であり、平均粉砕粒径が1.00〜1.30μm であることを特徴とするMnCoZnフェライト。」
を開発し、特許文献3において開示した。
かかるMnZnCo系フェライトの開発により、33A/mという直流磁場印加下においても、−40℃〜85℃という幅広い温度域において、2300以上という高い実効透磁率を有するフェライトコアが得られるようになった。
【0007】
しかしながら、本用途で用いられるMnZnCo系フェライトコアは、主に外径が2〜6mm程度のトロイダルコアに代表される閉磁路の小型形状で用いられる。かような小型形状の場合、成形の際に金型破損の可能性が高くなることから、大きな成形圧力をかけることは不可能である。そのため、図1に示すような、成形体を焼成後のコアの表面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察すると、図2(b)に示すような、造粒粉の潰れ不足に起因した空隙が残存する場合がある。
このような空隙をコアが含んでいると、磁性体の占有体積が減少するため、磁束は磁性体部分に集中し、磁束密度が局所的に上昇する。そのため、見かけ上、磁性体部分には重畳磁場が上昇したのと同じ現象が出現し、そのため増分透磁率は低下してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-196632号公報
【特許文献2】特開2007-197246号公報
【特許文献3】特開2008-143744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、外径が2〜6mm程度の小型コアに成形した場合においても、33A/mの直流磁場印加時における増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃という広い温度域にわたり常に2000以上という優れた特性を有するMnZnCo系フェライトを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
さて、発明者らは、上記の問題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、以下に述べる知見を得た。
すなわち、磁場重畳時には、磁化されるコアの内部では磁場重畳前の状態から磁壁が移動するのだが、コアに不純物成分が一定値以上存在した場合にはコア内部に異常粒成長が発生し、これが磁壁の移動の大きな妨げとなる。増分透磁率は、このコアに磁場が重畳した状態における磁化のされやすさを示す値であり、33A/mの磁場重畳では、磁化はまだ磁壁移動が主の領域である。そのため、異常粒内の成分偏析等に磁壁移動が妨害される状態では、増分透磁率の値は極端に低下してしまう。以上から、33A/mの磁場重畳時により高い増分透磁率を得るためには、異常粒成長の発生を厳密に抑制する必要がある。
そこで、この異常粒成長を抑制する手段を調査した結果、従来に比べてさらに厳しい不純物量規制を付けることによって、初めて高磁場重畳の下でも増分透磁率が高いMnZnCo系フェライトコアの実現が可能であることを見出した。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0011】
すなわち、本発明は、上記知見に立脚するものであり、その要旨構成は次のとおりである。
1.基本成分と副成分と不可避的不純物とからなるMnZnCo系フェライトであって、
酸化鉄(Fe2O3換算換算):51.0〜53.0 mol%、
酸化亜鉛(ZnO換算):12.0 mol%超、18.0 mol%以下、
酸化コバルト(CoO換算):0.04〜0.60 mol%および
酸化マンガン(MnO換算):残部
からなる基本成分中に、副成分として、
酸化珪素(SiO2換算):50〜400 mass ppmおよび
酸化カルシウム(CaO換算):1000〜4000 mass ppm
を添加し、かつ不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれ
リン:3 mass ppm未満、
ホウ素:3 mass ppm未満、
硫黄:5 mass ppm未満および
塩素:10 mass ppm未満
に抑制したことを特徴とするMnZnCo系フェライト。
【0012】
2.上記副成分として、さらに、
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075 mass%、
酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075 mass%、
酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075 mass%および
酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075 mass%
のうちから選んだ1種または2種以上を添加したことを特徴とする上記1に記載のMnZnCo系フェライト。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、外径:2〜6mm程度の小型コアに成形した場合においても、33A/mの直流磁場印加時における増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃の広い温度域において常に2000以上という優れた特性を有するMnZnCo系フェライトを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】MnZnCo系フェライトコアにおける空隙の観察断面を示した図である。
【図2】(a)は、本発明コアには空隙が残存しない状態を示した図、(b)は、従来コアにおける造粒粉の潰れ不足に起因して空隙が残存した状態を示した図である。
【図3】理想比表面積の算出要領を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明のMnZnCo系フェライトの基本成分組成を前記の範囲に限定した理由について述べる。
酸化鉄(Fe2O3換算):51.0〜53.0 mol%
基本成分のうち、酸化鉄が51.0mol%未満の場合および53.0mol%を超える場合ともに、低温度域および高温度域における直流磁場印加の下での増分透磁率μΔが低下する。従って、酸化鉄の含有量は、Fe2O3換算で51.0〜53.0mol%の範囲とした。好ましくは Fe2O3換算で52.0〜53.0mol%である。
【0016】
酸化亜鉛(ZnO換算):12.0 mol%超、18.0 mol%以下
酸化亜鉛の増加に伴い、直流磁界印加の下での増分透磁率μΔは上昇する。そのため、酸化亜鉛は12.0mol%を超えて含有させることとする。しかしながら、酸化亜鉛の含有量が18.0mol%を超えると、低温度域においては、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔが低下し、また高温度域においては、強磁性体が磁性を失うキュリー温度が低下することから、やはり直流磁場印加下での増分透磁率μΔの低下をきたす。従って、酸化亜鉛の含有量は、ZnO換算で12.0mol%超、18.0mol%以下の範囲とした。好ましくは ZnO換算で14.0〜17.0mol%の範囲である。
【0017】
酸化コバルト(CoO換算):0.04〜0.60 mol%
正の磁気異方性を有する酸化コバルトを適量含有させることで初めて、−40℃から85℃という広い温度域にわたり、直流磁界印加下で、2000以上という高い増分透磁率μΔの保持が可能となる。しかしながら、酸化コバルトの含有量が0.04 mol%未満ではその添加効果に乏しく、一方、酸化コバルトの含有量が0.60 mol%を超えると、全温度域で増分透磁率μΔの値が低下する。従って、酸化コバルトの含有量は、CoO換算で0.04〜0.60 mol%の範囲とした。好ましくは CoO換算で0.08〜0.50 mol%の範囲である。
【0018】
酸化マンガン(MnO換算):残部
本発明はMnZnCo系フェライトであり、基本成分組成における残部は酸化マンガンとする必要がある。その理由は、酸化マンガンを含有させることにより、33A/mの直流磁場印加の下で2000以上という高い増分透磁率μΔを実現できないからである。この酸化マンガンの好適範囲は MnO換算で28.0〜33.0 mol%である。
なお、基本成分である酸化鉄、酸化亜鉛、酸化コバルトおよび酸化マンガンは、それぞれFe2O3、ZnO、CoOおよびMnOに換算した値の合計量が100mol%となるように調整する。
【0019】
次に、本発明のMnZnCo系フェライトの副成分組成を前記の範囲に限定した理由について述べる。
酸化珪素(SiO2換算):50〜400 mass ppm
酸化珪素は、結晶粒内に残留する空孔を減少させるにより、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔを高める効果がある。しかしながら、酸化珪素の含有量が50mass ppmに満たないとその添加効果に乏しく、一方酸化珪素の含有量が400mass ppmを超えると、異常粒が出現し、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔの値を著しい低下を招く。従って、酸化珪素の含有量はSiO2換算で50〜400mass ppmの範囲とした。好ましくはSiO2換算で100〜250 mass ppmの範囲である。
【0020】
酸化カルシウム(CaO換算):1000〜4000 mass ppm
酸化カルシウムは、MnZnCo系フェライトの結晶粒界に偏析し、結晶粒の成長を抑制する効果を通じて、初透磁率μiの値を適度に低下させ、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔの向上に有効に寄与する。しかしながら、酸化カルシウムの含有量が1000mass ppmに満たないと十分に満足いくほどの粒成長抑制効果が得られず、一方、酸化カルシウムの含有量が4000mass ppmを超えると、異常粒が出現し、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔの値を著しく低下させる。従って、酸化カルシウムの含有量は、CaO換算で1000〜4000mass ppmの範囲とした。好ましくはCaO換算で1000〜2000 mass ppmの範囲である。
なお、23℃における初透磁率μiの値は、3900〜5000程度とするのが好ましい。
【0021】
また、本発明では、フェライト中の不純物、特にリン、ホウ素、硫黄および塩素を同時に、以下の範囲に制限することが直流磁場印加時における増分透磁率μΔを向上させる上で重要である。
【0022】
リン:3mass ppm未満、ホウ素:3mass ppm未満
リンおよびホウ素は、原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。リンおよびホウ素のいずれかの含有量が3mass ppm以上になると、異常粒成長を誘発し、33A/mの磁場重畳時における増分透磁率μΔを著しく低下させる。従って、リンおよびホウ素の含有量はいずれも3mass ppm未満に制限した。
なお、リンおよびホウ素をともに3mass ppm未満に制限するための方法としては、例えば、リンおよびホウ素の含有量が極力少ない高純度の酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンを原料粉として使用することが挙げられる。また、混合・粉砕時に用いるボールミルやアトライター等の媒体についても、媒体の摩耗による混入のおそれを回避するため、リンやホウ素の含有量が少ないものを使用することが好ましい。
なお、ここに規定した値は全て、P成分の分析手法はJIS G 1214(1998年)「モリブドりん酸塩抽出分離モリブドりん酸青吸光光度法」、またB成分についてはJIS G 1227(1999年)「クルクミン吸光光度法」に規定された手法を用い定量化した値である。
【0023】
硫黄:5mass ppm未満
硫黄は、硫化鉄を経て得られる原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。硫黄の含有量が5mass ppm以上の場合には、異常粒成長が誘発され、80A/mという大磁場重畳時における増分透磁率μΔを著しく低下させる。従って、硫黄の含有量は5mass ppm未満に制限した。さらに、硫黄の含有量を4mass ppm未満に制限することは、より好ましい。
なお、硫黄を5mass ppm未満に制限するための方法としては、例えば、MnZnCo系フェライトを製造する際、800℃以上の大気雰囲気下で行われる仮焼工程の時間を長くすることにより、硫黄と酸素を充分に反応させて硫黄の含有量を低減させる方法が挙げられる。
なお、ここに規定したS値は、S成分の分析手法であるJIS G 1215(1994年)「硫化水素気化分離メチレンブルー吸光光度法」に規定された手法を用い定量化した値である。
【0024】
塩素:10mass ppm未満
塩素は、塩化鉄を経て得られる原料酸化鉄から混入する不可避的不純物である。塩素の含有量が10mass ppm以上の場合には、異常粒成長を誘発し、直流磁場印加:80A/mの下での増分透磁率μΔを著しく低下させる。従って、塩素の含有量は10mass ppm未満に制限した。さらに、塩素の含有量を8mass ppm未満に制限することは、より好ましい。
なお、塩素を10mass ppm未満に制限するための方法としては、例えば、MnZnCo系フェライトを製造する際、原料酸化鉄を純水で十分に洗浄することにより、イオン化しやすい塩素を純水中に溶かし込み、塩素の含有量を低下させる方法が挙げられる。
なお、ここに規定したCl値は、Cl成分の分析手法である「硝酸分解−塩化鉄比濁法」を用いて定量化した値である。
【0025】
さらに、本発明のMnZnCo系フェライトにおいては、上記した成分以外に、副成分として、以下の述べる成分を適宜含有させることができる。
【0026】
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075 mass%、酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075 mass%、酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075 mass%および酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075 mass%のうちから選んだ1種または2種以上
これらの成分はいずれも、高い融点をもつ化合物であり、MnZnCo系フェライトに含有させた場合には結晶粒を小さくする働きをもつことから、粗大な結晶粒の生成を抑制し、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔの向上に寄与する。この効果は、各成分の含有量があまりに少ないと十分には得られず、一方、あまりに多すぎると、異常粒成長が発生し、直流磁場印加の下での増分透磁率μΔの低下を招く。従って、これらの成分はそれぞれ、上記の範囲で含有させるものとした。
【0027】
なお、上記したリン、ホウ素、硫黄および塩素以外の不可避的不純物の含有量は、いずれも50mass ppm以下に抑制することが好ましいが、特に制限するものではない。
【0028】
上記のMnZnCo系フェライトを原料として用いることにより、外径:2〜6mm程度の小型コアに成形した場合においても、33A/mの直流磁場印加時における増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃の広い温度域において常に2000以上という優れた特性を得ることができる。
【0029】
また、発明者らは、実際のフェライトコアの製造に際し、コア製品中に空隙を多く含んでいると、必ずしも所期した良好な増分透磁率が得られない場合があることを見出した。
そこで、この点についても、種々検討を重ねた結果、コアに含まれる空隙は、表面の比表面積の増加という数値変化となって出現すること、そして、コア表面が完全に平らな理想状態であると仮定し、コア寸法形状から算出される理想比表面積の値を算出した時、実測比表面積/理想比表面積の比について、次式(1)
実測比表面積/理想比表面積 < 1500 --- (1)
の関係を満足させればコア空隙が少なく、望ましい増分透磁率が得られることを突き止めた。
【0030】
ここに、実測比表面積は、JIS Z 8830(2001年)のBET法(多点法)で求めた値であり、単位はm2/gである。また、理想比表面積は、フェライトコアの寸法及び質量を基に、コアに空隙がなく理想状態と仮定して算出した表面積の値をコア質量で除した値であり、単位は同じくm2/gである。
参考のため、図3に、理想比表面積の算出要領を示す。
【0031】
増分透磁率の低下が出現し問題となる、フェライトコア内に空隙が数多く含まれる場合は、コア表面にも空隙が数多く残存しているために実測比表面積の値は大きくなる。そのため実測比表面積/理想比表面積の比は大きくなる。そして、この実測比表面積/理想比表面積の比について調査を重ねた結果、この比の値を1500未満に抑えることができれば増分透磁率が低下しない、すなわちコア表面の空隙残が少ない緻密なコアが得られた、と見做せることが明らかになったのである。より好ましい(実測比表面積/理想比表面積)比は1150以下である。
【0032】
また、上記した酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ニオブ等の副成分を適量含有させた場合には、前述した(実測比表面積/理想比表面積)比の要件を緩和させることができる。すなわち、これらの副成分を含有しない場合には、(実測比表面積/理想比表面積)比は1500未満に抑制する必要があったのであるが、これらの副成分を含有させた場合には、(実測比表面積/理想比表面積)比は、次式(1)′に示すように
実測比表面積/理想比表面積 ≦ 1850 --- (1)′
1850以下に緩和される。また、造粒粉の圧壊強度も1.30 MPa以下に緩和される。
これにより、製造条件が緩和され、所望特性のMnZnCo系フェライトコアが得易くなる。
【0033】
さらに、実測比表面積/理想比表面積の比率を1500未満に抑制するためには、MnZnCo系フェライトの製造工程における造粒条件を最適化し、軟い造粒粉を得ることが重要である。ここに、MnZnCoフェライトの製造プロセスは公知の技術であり、造粒法は主にスプレードライ法が採用されており、詳細は例えば文献:「フェライト」(1986、丸善、平賀,奥谷,尾島)の52ページ等に記載されている。
また、造粒粉の硬度については、JIS Z 8841(1993年)に定められた造粒粉圧壊強度測定により数値化が可能であり、このJIS Z 8841に定められた手法で測定したときの圧壊強度が1.10MPa以下であれば、実測比表面積/理想比表面積の比を1500未満に抑制可能であることが究明された。より好ましい圧壊強度は1.00 MPa以下である。
【0034】
なお、MnCoZn系フェライトは比抵抗が102Ωm未満と低いことから、しばしば表面に絶縁コーティング処理を施した上で用いられるが、本発明が規定する実測比表面積の値は、コーティング未処理状態のコアの測定値とする。というのは、コーティング処理された場合は表面が平滑化されるため、MnZnCo系フェライトの比表面積を正確に測定することが不可能となるためである。
【0035】
また、本発明のMnZnCo系フェライトの好適結晶粒径について説明すると、上記したように、異常粒の発生は直流磁場印加の下での増分透磁率μΔを低下させる。従って、平均結晶粒径は5〜15μm未満とすることが好ましい。
【0036】
次に、本発明のMnZnCo系フェライトの好適な製造方法について説明する。
まず、所定の比率になるように、基本成分である酸化鉄、酸化亜鉛、酸化コバルトおよび酸化マンガンの粉末を秤量し、これらを充分に混合した後に仮焼を行う。次に、得られた仮焼粉を粉砕する。また、上記した副成分を加える際は、それらを所定の比率で加え、仮焼粉と同時に粉砕を行う。この作業で、加えた成分の濃度に偏りがないように粉末の十分な均質化を行い、同時に仮焼粉を目標とする平均粒径まで微細化する必要がある。
かくして、所望組成のMnZnCo系フェライトを得ることができる。
【0037】
また、上記のMnZnCo系フェライトを用いてフェライトコアを製造するには、得られた粉末に、ポリビニルアルコール等の有機物バインダーを加え、スプレードライ法等による造粒により圧壊強度が1.10MPa未満の軟い造粒粉とした後に,所望の形状に圧縮成形し、その後適切な焼成条件の下で焼成を行う。圧縮成形における加圧力は 115〜120 MPa程度、また焼成条件は1200〜1400℃、18〜30時間程度とするのが好ましい。
【0038】
ここに、造粒粉の圧壊強度を1.10MPa未満に抑える手法としては、造粒する際の温度を低下すること、具体的には、従来の250〜300℃よりも50〜100℃程度低い、150〜200℃程度とすることが有利である。
なお、従来の250〜300℃で造粒した場合、造粒粉の圧壊強度は1.2〜1.4 MPa程度となり、かような圧壊強度では、本発明で目標とする
実測比表面積/理想比表面積 < 1500 --- (1)
が得られないことは、前述したとおりである。
【0039】
かくして得られたMnZnCo系フェライトコアは、従来のMnZnCo系フェライトコアでは不可能であった、33A/mという直流磁場印加の下で、−40℃〜85℃の温度域における増分透磁率μΔが2000以上という高い値を実現することができる。
なお、従来のMnZnCo系フェライトコアでは、33A/mという直流磁場印加の下では、−40℃〜85℃という広い温度域における増分透磁率μΔの値は1700程度にすぎなかった。
【実施例1】
【0040】
基本成分である酸化鉄、酸化亜鉛、酸化コバルトおよび酸化マンガンの組成が、Fe2O3、ZnO、CoOおよびMnO換算で、表1に示す比率になるように秤量した各原料粉末を、ボールミルを用いて16時間混合した後、空気中で925℃で3時間の仮焼を行った。次に、この仮焼粉に、副成分として酸化珪素および酸化カルシウムを、SiO2およびCaO換算で同じく表1に示す比率となるように秤量した後に添加し、ボールミルで12時間粉砕を行って、MnZnCo系フェライト粉を製造した。
ついで、得られたMnZnCo系フェライト粉に水を加えてスラリー化した後、ポリビニルアルコールを加えて180℃の温度でスプレードライ法にて造粒し、118 MPaの圧力を付加してトロイダルコアを成形した。その後、この成形体を焼成炉に装入して、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:6.0mm、内径:3.0mmおよび高さ:4.0mmの焼結体コアを得た。
【0041】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、直流印加装置(42841A:アジレント・テクノロジ社製)を用いて80A/mの直流磁場をコアに印加した状態で、LCRメータ(4284A:アジレント・テクノロジ社製)を用い、測定電圧:100 mV、測定周波数:100 kHzにおける−40℃、0℃、23℃、70℃および85℃での増分透磁率μΔを測定した。なお、初透磁率μiは、23℃においてLCRメータ(4284A)を用いて測定した。
【0042】
なお、試料作製において、酸化鉄をはじめとする原料はすべて高純度のものを用い、また混合、粉砕媒体であるボールミルについてはリンおよびホウ素の含有量が低いものを用い、仮焼は十分な空気流下で行い、かつClをほとんど含有しない純水を用いたため、P、B、SおよびClの最終的な含有量は全ての試料でP、Bは2mass ppm、Sは3mass ppm、Clは6mass ppmであった。
また、JIS Z 8841に基づき測定した造粒粉の圧壊強度は0.90±0.05MPaであったためにフェライトコア表面の空隙残存が少なく、そのため実測比表面積は0.453〜0.493 m2/g、また理想比表面積は4.44×10-4 m2/gであり、(実測比表面積/理想比表面積)比は1020〜1110と、いずれも1500を下回っていた。
さらに、各試料の結晶粒径については、コアを切断し、破断面を研磨したものを光学顕微鏡を用いて500倍で異なる3視野を撮影し、画像内に含まれる粒子について測定した粒径から平均結晶粒径を算出した。
得られた結果を表1に併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
同表に示したとおり、発明例である試料番号1-3、1-5、1-9および1-12はいずれも、-40℃〜85℃という広い温度域において、33A/mの直流磁場を印加した時の増分透磁率μΔが常に2000以上という優れた特性が得られている。
【0045】
これに対し、Fe2O3が53.0mol%より多い比較例(試料番号1-1)およびFe2O3が51.0 mol%に満たない比較例(試料番号1-2)では、85℃および−40℃における増分透磁率μΔがそれぞれ2000未満であった。
【0046】
また、CoOを含まない比較例(試料番号1-4)では、−40℃および85℃における増分透磁率μΔが2000に到達せず、反対に多量に含む比較例(試料番号1-6)では、全温度域での増分透磁率μΔが低下し、特に−40℃および85℃における増分透磁率μΔが2000未満であった。
【0047】
さらに、ZnOを上限を超えて多量に含む比較例(試料番号1-7)では、33A/mの直流磁場印加の下で、−40℃および85℃における増分透磁率μΔの値が2000未満であり、反対にZnOが下限に満たない比較例(試料番号1-8)では、全温度域での増分透磁率μΔが低下し、特に−40℃および85℃における増分透磁率μΔが2000未満であった。
【0048】
さらに、SiO2およびCaOに注目すると、これらのうちどちらかの含有量が適正範囲よりも少ない比較例(試料番号1-10および1-11)では、初透磁率μiが過度に上昇した結果、全温度域での増分透磁率μΔの値は、発明例と比べて低下しており、−40℃および85℃における増分透磁率μΔの値が2000未満であった。また、反対にSiO2およびCaOの一方または両方の含有量が適正範囲よりも多く含有している比較例(試料番号1-13、1-14および1-15)では、異常粒が出現し、その結果、増分透磁率μΔは全温度域において大幅に劣化した。
【実施例2】
【0049】
P、B、SおよびClの含有量が異なる種々の酸化鉄原料を使用し、P、B、S、Clの含有量が表2に示す比率となるように計算した上で、基本成分である酸化鉄、酸化亜鉛、酸化コバルトおよび酸化マンガンの組成が、Fe2O3、ZnO、CoOおよびMnO換算でそれぞれ、Fe2O3:52.0mol%、ZnO:16.0mol%、CoO:0.40mol%およびMnO:残部となるように原料を秤量し、ボールミルを用いて16時間混合した後、空気中で925℃で3時間の仮焼を行った。次に、これらの仮焼粉の一部について、副成分として酸化珪素および酸化カルシウムを、SiO2およびCaO換算でそれぞれ、SiO2:100mass ppm、CaO:500mass ppm加えたのち、全ての原料粉を、ボールミルで12時間粉砕を行って、MnZnCo系フェライト粉を製造した。
ついで、得られたMnZnCo系フェライト粉に水を加えてスラリー化した後、ポリビニルアルコールを加えて180℃でスプレードライ法にて造粒し、118MPaの圧力を付加してトロイダルコアを成形した。なお、この際、造粒温度を種々に変えて、得られる造粒粉の圧壊強度を変化させた。その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成し、外径:6.0mm、内径:3.0mmおよび高さ:4.0mmの焼結体コアを得た。
【0050】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、80A/mの直流磁場を印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける−40℃、0℃、23℃、70℃および85℃での増分透磁率μΔを測定した。また、JIS Z 8841の規定に準拠して造粒粉の圧壊強度を測定すると共に、JIS Z 8830(2001年)のBET法(多点法)に従って実測比表面積を測定し、またJIS C 2560に基づき測定した寸法・重量を元に算出した理想比表面積の値:理想比表面積:4.44×10-4m2/g)から、(実測比表面積/理想比表面積)比を求めた。なお、初透磁率μiおよび平均結晶粒径の測定方法は実施例1の場合と同じである。
得られた結果を表2に併記する。
【0051】
【表2】

【0052】
表2に示したとおり、S:5mass ppm未満、Cl:10mass ppm未満で、かつPおよびBを共に3mass ppm未満しか含まない発明例(試料番号1-5および2-1)では、33A/mの直流磁場印加の下で、−40℃〜85℃の温度域における増分透磁率μΔが常に2000以上という優れた特性を得ることができた。
これに対し、P、B、SおよびClのうち一つでもその含有量が適正範囲を超えた比較例(試料番号2-2〜2-21)はいずれも、−40℃、23℃、70℃および85℃の少なくともいずれかの温度における増分透磁率μΔの値が2000未満に低下した。
【実施例3】
【0053】
試料番号1-5と同じ組成の粉砕粉を原料に用い、スプレードライ法による造粒の際の温度条件を変化させることにより圧壊強度が0.70〜1.40MPaの範囲で異なる造粒粉を得た。ついで、得られた造粒粉を実施例1と同じ条件下で成形、焼成して、外径:6.0mm、内径:3.0mmおよび高さ:4.0mmの焼結体コア(理想比表面積:4.44×10-4 m2/g)を得た。
【0054】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同じ直流印加装置およびLCRメータを用いて、33A/mの直流磁場をコアに印加した状態で、測定電圧:100 mV、測定周波数:100kHzにおける−40℃、0℃、23℃、70℃および85℃での増分透磁率μΔを測定した。
また、JIS Z 8841の規定に準拠して造粒粉の圧壊強度を測定すると共に、JIS Z 8830(2001年)のBET法(多点法)に従って実測比表面積を測定し、(実測比表面積/理想比表面積)比を求めた。なお、初透磁率μiおよび平均結晶粒径の測定方法は実施例1の場合と同じである。
得られた結果を表3に示す。
【0055】
【表3】

【0056】
造粒粉圧壊強度が1.10MPa未満で、その結果コアの比表面積が低下し、実測比表面積/理想比表面積の値が1500未満であった発明例(試料番号1-5、3-1〜3-4)では、33A/mの直流磁場印加の下で、−40℃〜85℃の温度域における増分透磁率μΔが2500以上という優れた特性が得られている。
しかしながら、造粒粉圧壊強度が1.10MPa以上である比較例(試料番号3-5〜3-7)では、実測比表面積/理想比表面積の数値が1500以上、すなわち造粒粉潰れ不良による多くの空隙を含んでいるため、−40℃〜85℃の全ての温度域にわたって増分透磁率μΔが2000以上という要件を満足できなかった。
【実施例4】
【0057】
試料番号1-5と同じ組成の仮焼粉(ただし、P:2mass ppm、B:2mass ppm、S:3 mass ppmおよびCl:6mass ppmに調整)に、副成分として酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ハフニウムおよび酸化ニオブをそれぞれ、ZrO2、Ta2O5、HfO2、Nb2O5換算で最終組成が表4に示す比率になるように含有させ、ボールミルで12時間粉砕を行って、MnZnCo系フェライト粉を製造した。
ついで、得られたMnZnCo系フェライト粉に水を加えてスラリー化した後、ポリビニルアルコールを加えて180℃でスプレードライ法にて造粒し、118MPaの圧力を加えてトロイダルコアを成形し、その後、この成形体を焼成炉に入れ、最高温度:1350℃で焼成を行い、外径:6.0mm、内径:3.0mmおよび高さ:4.0mmの焼結体コア(理想比表面積:4.44×10-4 m2/g)を得た。
【0058】
かくして得られた各試料について、10ターンの巻線を施し、実施例と同一の直流印加装置およびLCRメータを用いて、33A/mの直流磁場を印加した状態で、測定電圧:100mV、測定周波数:100kHzにおける−40℃、0℃、23℃、70℃および85℃での増分透磁率μΔを測定した。また、JIS Z 8841の規定に準拠して造粒粉の圧壊強度を測定すると共に、JIS Z 8830(2001年)のBET法(多点法)に従って実測比表面積を測定し、またJIS C 2560に基づき測定した寸法・重量を元に算出した理想比表面積の値:理想比表面積:4.44×10-4m2/g)から、(実測比表面積/理想比表面積)比を求めた。なお、初透磁率μiおよび平均結晶粒径の測定方法は実施例1の場合と同じである。
得られた結果を表4に示す。
【0059】
【表4】

【0060】
同表から明らかなように、ZrO2、Ta2O5、HfO2およびNb2O5のうちから選んだ一種または二種以上を適量添加した発明例(試料番号4-1〜4-15)はいずれも、33A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃の温度域において常に2700以上という優れた値を示し、これらの成分が非添加の発明例(試料番号1-5)と比較して、同等以上の特性値を得ることができた。
しかしながら、これら4成分のうちの1成分でも上限値を超えて多量に含有させた比較例(試料番号5-16〜5-18)では、異常粒成長が発生し、33A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μΔは全温度域において大幅に劣化した。
また、ZrO2、Ta2O5、HfO2およびNb2O5のうちから選んだ一種または二種以上を適量添加した場合には、試料番号4-19〜4-23の発明例に示すように、(実測比表面積/理想比表面積)比が1500以上であっても、1850以下であれば、33A/mの直流磁場印加の下での増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃の温度域において常に2200以上という優れた特性が得られている。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のMnZnCo系フェライトを用いることにより、33A/mの直流磁場印加時の増分透磁率μΔが、−40℃〜85℃の広い温度域にわたり、常に増分透磁率μΔが2000以上という優れた特性を有するMnZnCo系フェライトコアを得ることができ、例えば、イーサネット機器のパルストランスの磁心等に用いて偉効を奏する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本成分と副成分と不可避的不純物とからなるMnZnCo系フェライトであって、
酸化鉄(Fe2O3換算換算):51.0〜53.0 mol%、
酸化亜鉛(ZnO換算):12.0 mol%超、18.0 mol%以下、
酸化コバルト(CoO換算):0.04〜0.60 mol%および
酸化マンガン(MnO換算):残部
からなる基本成分中に、副成分として、
酸化珪素(SiO2換算):50〜400 mass ppmおよび
酸化カルシウム(CaO換算):1000〜4000 mass ppm
を添加し、かつ不可避的不純物のうち、リン、ホウ素、硫黄および塩素をそれぞれ
リン:3 mass ppm未満、
ホウ素:3 mass ppm未満、
硫黄:5 mass ppm未満および
塩素:10 mass ppm未満
に抑制したことを特徴とするMnZnCo系フェライト。
【請求項2】
上記副成分として、さらに、
酸化ジルコニウム(ZrO2換算):0.005〜0.075 mass%、
酸化タンタル(Ta2O5換算):0.005〜0.075 mass%、
酸化ハフニウム(HfO2換算):0.005〜0.075 mass%および
酸化ニオブ(Nb2O5換算):0.005〜0.075 mass%
のうちから選んだ1種または2種以上を添加したことを特徴とする請求項1に記載のMnZnCo系フェライト。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−189247(P2010−189247A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38464(P2009−38464)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(591067794)JFEケミカル株式会社 (220)
【Fターム(参考)】