説明

NR2A遺伝子の発現レベルに基づき化学物質が有する発達神経毒性を検出する方法

【課題】できるだけ早期にかつ簡便に、化学物質が有する発達神経毒性を検出する方法等を提供する。
【解決手段】化学物質が有する発達神経毒性の検出方法であって、(1)化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における、特定の塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子の発現レベルを測定する第一工程、及び(2)第一工程で得られた前記検体における遺伝子の発現レベルの測定値を当該遺伝子の発現レベルの対照値と比較し、その差異に基づいて前記検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する第二工程を有することを特徴とする方法等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NR2A遺伝子の発現レベルに基づき化学物質が有する発達神経毒性を検出する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の化学物質を発達期の哺乳動物に曝露すると、神経系の形態変化又は機能変化を引き起こすことを特徴とする発達神経毒性が惹起されることが知られている。具体的には例えば、アルコール、鉛、ニコチン等の化学物質を発達期の哺乳動物に曝露させると、樹状突起の成長、シナプス形成の遅れ等の神経系の形態的な変化及び自発運動量の増加、学習能力の低下等の行動異常が生じることも報告されている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
発達神経毒性を検出する方法としては、その発達期に化学物質に曝露された哺乳動物の成長後において、自発運動量測定、聴覚驚愕反応測定、記憶学習検査等の各種の行動学的検査、脳重量測定及び病理組織学的検査を実施するという方法が用いられてきた(例えば、非特許文献2)。
【0004】
N-methyl-D-aspartate glutamate receptor (以下、NMDARと記すこともある。)は中枢神経系の興奮性の速い神経伝達を担うグルタミン酸受容体のひとつであり、入力依存的にシナプス伝達効率が変化するシナプス可塑性に深く関与することが示唆されており、特に記憶・学習の基礎過程のモデルである長期増強又は長期抑圧の現象を握る分子として考えられている。またNMDARには7つのサブユニット(NR1、NR2A、NR2B、NR2C、NR2D、NR3A、NR3B)の存在が知られており、サブユニットを組み合わせることにより機能的多様性を示すことが知られている(例えば、非特許文献3)。
【0005】
【非特許文献1】Handbook of developmental neurotoxicology edited by William Slikker, Jr and Louis W. Chang, ACADEMIC PRESS
【非特許文献2】EPA Health Effects Test Guidelines (1998) OPPTS 870.6300 Developmental Neurotoxicity Study EPA 712-C-98-239
【非特許文献3】Molecular Medicine Vol.41 No.9, 1080-1086(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
化学物質が有する発達神経毒性を検出するためには、上記の如く、哺乳動物を長期間飼育し成長後に行動学的検査、脳重量測定及び病理組織学的検査を実施する必要があり、多くの時間を要していた。また、行動学的検査、脳重量測定及び病理組織学的検査では、実験操作が多岐にわたり人手も多く必要としていた。このため、できるだけ早期にかつ簡便に、化学物質が有する発達神経毒性を検出する方法の開発が切望されている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる状況の下、本発明者らは鋭意検討した結果、発達の早い時期におけるNMDARのサブユニットであるNR2A遺伝子(具体的には、登録番号1でGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子)のmRNAの発現レベルが、発達神経毒性を有する化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルの測定値と、発達神経毒性を有する化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルの測定値とを比較した結果、明らかな差異を生じることを見出し、本発明に至った。
【0008】
即ち、本発明は、
1.化学物質が有する発達神経毒性の検出方法であって、
(1)化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における、以下の登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子の発現レベルを測定する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた前記検体における遺伝子の発現レベルの測定値を当該遺伝子の発現レベルの対照値と比較し、その差異に基づいて前記検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する第二工程
を有することを特徴とする方法(以下、本発明検定方法と記すこともある。)
<登録番号1>
(a)AF001423(配列番号1で示される塩基配列)
(b)AJ306633(配列番号2で示される塩基配列)
(c)D13211(配列番号3で示される塩基配列)
(d)M91561(配列番号4で示される塩基配列);
2.検体が、器官を構成する細胞又はその内容物が含まれる可能性のある生体試料であることを特徴とする前項1記載の方法;
3.器官が小脳であることを特徴とする前項2記載の方法;
4.遺伝子の発現レベルの測定が、当該遺伝子の転写物量又は翻訳産物量の測定によりなされることを特徴とする前項1又は2記載の方法;
5.遺伝子の発現レベルの対照値が、化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルの値であることを特徴とする前項1、2又は3記載の方法;
6.化学物質に予め接触させられた哺乳動物が、化学物質に予め接触させられた哺乳動物であることを特徴とする前項1、2、3、4又は5記載の方法;
7.第一工程が、登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子の発現レベルを測定する工程であり、かつ、第二工程が、当該第一工程で得られた発現レベルの測定値が対照値と有意に異なることを指標とし、当該指標に基づいて検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する工程であることを特徴とする前項1、2、3、4、5又は6記載の方法;
8.前項1〜7のいずれかに記載される方法により評価された、化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその量に基づき発達神経毒性を有する化学物質を選抜する工程を有することを特徴とする発達神経毒性を有する化学物質の探索方法;
9.第一工程の前工程として、
(A)妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物を飼育する第A工程、
(B)第A工程により飼育された妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物に対して化学物質を投与する第B工程、及び
(C)第B工程後、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体を得るために、化学物質が投与された哺乳動物から、当該哺乳動物由来の検体を単離する第C工程、
を追加的に有することを特徴とする前項1記載の方法;
10.発達神経毒性を評価するための指標を提供する試薬としての、以下の登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子又はその一部の使用
<登録番号1>
(a)AF001423(配列番号1で示される塩基配列)
(b)AJ306633(配列番号2で示される塩基配列)
(c)D13211(配列番号3で示される塩基配列)
(d)M91561(配列番号4で示される塩基配列);
11.被験物質について、前項1記載の方法により検出された当該被験物質が有する発達神経毒性に係るデータ情報を入力・蓄積・管理する手段、前記データ情報を所望の結果を得るための条件に基づき照会・検索する手段、及び、照会・検索された結果を表示・出力する手段を具備することを特徴とするシステム;
等を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、特定の遺伝子の発現レベルを指標とした、化学物質が有する発達神経毒性の正確かつ簡便な検定方法等が提供可能となる。当該検定方法を用いれば、化学物質が有する発達神経毒性をより短期間で検定することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において検体とは、例えば、小脳等の器官を構成する細胞又はその内容物が含まれる可能性のある生体試料をあげることができる。具体的には例えば、被験哺乳動物から採取された小脳の組織或いは当該組織から分離された細胞又はその培養細胞等を挙げることができる。これらの試料はそのまま検体として用いてもよく、また、かかる試料から分離、分画、固定化等の種々の操作により調製された試料を検体として用いてもよい。検体を提供する哺乳動物としては、例えば、ラット、マウス等のげっ歯類動物等を挙げることができる。
【0011】
本発明において発現レベルが測定される遺伝子は、以下の登録番号1のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオ−ソログ(以下、一括して本遺伝子と記すこともある。)から選ばれる1以上の遺伝子である。
【0012】
<登録番号1>
(a)AF001423(配列番号1で示される塩基配列)
(b)AJ306633(配列番号2で示される塩基配列)
(c)D13211(配列番号3で示される塩基配列)
(d)M91561(配列番号4で示される塩基配列)
【0013】
Genbankに登録されている塩基配列に関する情報は、例えば、National Center for Biotechnology Information のWEBペ−ジ(URL;http://www.ncbi.nlm.nih.gov)から、Genbankによって各遺伝子に付与されている上記の登録番号 (Accession No.)をもとに検索を行うことによって入手することができる。因みに、GenBnak、DDBL及びEMBLの各デ−タバンクが公開しているデ−タ全てを誰でも制限なしで利用でき、INSDに登録されたデ−タは科学資料として永久に保存され公開されることは、上記3デ−タバンクで構成される国際塩基配列デ−タベ−ス(international Nucleotide Sequence Databases, INSD)の諮問機関である国際諮問委員会により作成された「DDBL/EMBL/GenBnakの登録デ−タの取り扱い」(2002年5月23−24日)で明文化されており、如何なる当業者であっても登録番号 (Accession No.)に基づきデ−タの照合、検索、入手等は可能である。
本発明において利用される本遺伝子には、上記の公知の塩基配列と全く同一の塩基配列を有する遺伝子のほか、前記の遺伝子の塩基配列に、生物の種差、個体差若しくは器官、組織間の差異等により天然に生じる変異による塩基の欠失、置換若しくは付加が生じた塩基配列を有する遺伝子も含まれる。
【0014】
本遺伝子の発現レベルの測定は、例えば、単位量の検体当たりの本遺伝子の転写物量を測定する方法、単位量の検体当たりの本遺伝子の翻訳産物量を測定する方法等により行うことができる。
本遺伝子の転写物量を測定するには、例えば、当該遺伝子の転写物であるmRNA量を測定する。特定の遺伝子のmRNA量の測定は、具体的には、例えば、定量的リアルタイム−ポリメラ−ゼチェイン反応(以下、定量的RT−PCRと記す。)、ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法[J.Sambrook, E.F.Frisch,T.Maniatis著;モレキュラ−・クロ−ニング第2版(Molecular Cloning 2nd edition)、コ−ルドスプリング・ハ−バ−・ラボラトリ−(Cold Spring Harbor Laboratory)発行、1989年]、DNAアレイ法、インサイチュ−ハイブリダイゼ−ション法等により実施することができる。
また、本遺伝子の翻訳産物量を測定するには、例えば、本遺伝子の塩基配列にコ−ドされるアミノ酸配列を有する蛋白質の量を測定する。特定の蛋白質の量の測定は、具体的には、例えば、当該蛋白質に対する特異抗体を用いた免疫学的測定法(例えば、ELISA、ウェスタンブロット、RIA、免疫組織化学的検査等)、二次元電気泳動法、高速液体クロマトグラフィ−等により実施することができる。本遺伝子の塩基配列にコ−ドされるアミノ酸配列を有する蛋白質に対する特異抗体は、常法に準じて、本遺伝子の塩基配列にコ−ドされるアミノ酸配列を有する蛋白質を免疫抗原として調製することができる。
【0015】
本遺伝子の転写物量の測定方法についてさらに説明する。
本遺伝子の転写物であるmRNA量は、例えば、本遺伝子の塩基配列に基づいて設計、調製されたプロ−ブ又はプライマ−を使用して、通常の遺伝子工学的方法、例えば、ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法、定量的RT−PCR、DNAアレイ法、インサイチュ−ハイブリダイゼ−ション法等を用いることによって測定することができる。具体的には、例えば、J.Sambrook, E.F.Frisch,T.Maniatis著;モレキュラ−・クロ−ニング第2版(Molecular Cloning 2nd edition)、コ−ルドスプリング・ハ−バ−・ラボラトリ−(Cold Spring Harbor Laboratory)発行、1989年等に記載された方法に準じて行うことができる。この際、組織における発現レベルが恒常的に一定であることが知られている遺伝子(以下、対照遺伝子と記す。)、例えば、β−actin遺伝子(Nucl.Acids.Res., vol.12,No.3, p.1687,1984)や36B4(Acidic Ribosomal Phosphoprotein)(Nucl.Acids.Res., vol.19,No.14, p.3998,1991)遺伝子等のmRNA量を同時に測定しても良い。そして、対照遺伝子のmRNA量若しくはその指標値当たりの本遺伝子のmRNA量又はその指標値を算出することにより、本遺伝子の発現レベルを求めてもよい。
【0016】
(1.ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)
まず、mRNA量を測定しようとする遺伝子のDNAを調製し、次いで、その全部又は一部からなるDNAを標識してプロ−ブを調製する。
上記遺伝子は、市販のcDNA(例えば宝酒造から入手)又は以下に示した方法により調製したcDNAを鋳型にしてPCR等によって調製することができる。例えば、まず当該遺伝子を発現する組織から、塩酸グアニジン/フェノ−ル法、SDS−フェノ−ル法、グアニジンチオシアネ−ト/CsCl法等の通常の方法によって全RNAを抽出する。例えばISOGEN(ニッポンジ−ン製)等の市販のキットを利用して全RNAを抽出してもよい。
抽出された全RNAから、例えば、以下のようにしてmRNAを調製する。まず、オリゴdTをリガンドとして有するポリAカラムを5倍カラム容量以上のLoading buffer[20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.6)、0.5M NaCl、1mM EDTA、0.1%(w/v)SDS]を用いて、平衡化し、続いて前述の方法で調製された全RNAをカラムにかけ、10倍カラム容量のloading bufferで洗浄する。さらに5倍カラム容量のWashing buffer[20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.6)、0.1M NaCl、1mM EDTA、0.1%(w/v)SDS]で洗浄する。続いて、3倍カラム容量のelution buffer[10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.6)、1mM EDTA、0.05%(w/v)SDS)でmRNAを溶出させることによってmRNAを得る。
次いで、オリゴdTプライマ−を前記全RNA又はmRNAのポリA鎖にアニ−ルさせ、例えばcDNA合成キット(宝酒造)のプロトコ−ルに従って、一本鎖cDNAを合成する。この時、鋳型とするRNAは、全RNA又はmRNAのどちらでも良いが、mRNAを用いる方がより好ましい。
前記一本鎖cDNAを鋳型にして、TaKaRa taq(宝酒造)等のDNA polymeraseを用いてPCRすることにより、DNAを増幅する。PCRの条件は、測定対象とする動物の種類、使用するプライマ−の配列等により異なるが、例えば、反応緩衝液[10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、50mM KCl,1.5mM MgCl2]中、2.5mM NTP存在下で、94℃,30秒間次いで40℃〜60℃,2分間さらに72℃,2分間の保温を1サイクルとしてこれを30〜55サイクル行う条件等を挙げることができる。
【0017】
このようにして増幅された本遺伝子のDNAはpUC118等のベクタ−に挿入してクロ−ニングしておいてもよい。当該DNAの塩基配列は、Maxam Gilbert法 (例えば、Maxam,A.M&W.Gilbert, Proc.Natl.Acad.Sci.,74,560,1977 等に記載される)やSanger法(例えばSanger,F.&A.R.Coulson,J.Mol.Biol.,94,441,1975 、Sanger,F,& Nicklen and A.R.Coulson., Proc.Natl.Acad.Sci.,74,5463,1977等に記載される)等により確認することができる。
【0018】
このようにして調製された本遺伝子のDNAの全部又はその一部を、次のようにして放射性同位元素や蛍光色素等で標識することによりプロ−ブを調製することができる。例えば、上記のようにして調製されたDNAを鋳型とし、当該DNAの塩基配列の部分配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマ−に用いて、[α−32P]dCTP又は[α−32P]dATPを含むdNTPを反応液に添加してPCRを行うことにより32Pで標識されたプロ−ブが得られる。また、上記のようにして調製されたDNAを、例えば、Random prime labeling Kit(ベ−リンガ−マンハイム社)、MEGALABEL(宝酒造)等の市販の標識キットを用いて標識してもよい。
【0019】
次に、上記プロ−ブを使用して、ノ−ザンハイブリダイゼ−ション分析を行う。具体的には、本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞から全RNA又はmRNAを調製する。調製された全RNA 20μg又はmRNA 2μgをアガロ−スゲルで分離し、10×SSC(1.5M NaCl、0.35Mクエン酸ナトリウム)で洗浄した後、ナイロンメンブラン[例えば、Hybond−N(アマシャム製)等]に移す。ポリエチレン袋にメンブランを入れ、ハイブリダイゼ−ションバッファ−〔6×SSC(0.9M NaCl、0.21Mクエン酸ナトリウム)、5×デンハルト溶液[0.1%(w/v)フィコ−ル400、0.1%(w/v)ポリビニルピロリドン、0.1%BSA]、0.1%(w/v)SDS,100μg/ml変性サケ精子DNA、50%ホルムアミド〕25mlを加えて、50℃、2時間インキュベ−トした後、ハイブリダイゼ−ションバッファ−を捨て、新たに2ml〜6mlのハイブリダイゼ−ションバッファ−を加える。更に上記方法で得られたプロ−ブを加え、50℃、一晩インキュベ−トする。ハイブリダイゼ−ションバッファ−としては、上記のほかに、市販のDIG EASY Hyb(ベ−リンガ−マンハイム社)等を用いることができる。メンブランを取り出して、50〜100mlの2×SSC、0.1% SDS中で室温、15分間インキュベ−トし、さらに同じ操作を1回繰り返し行い、最後に50〜100mlの0.1×SSC、0.1% SDS中で68℃、30分間インキュベ−トする。メンブラン上の標識量を測定することにより、本遺伝子の転写産物であるmRNAの量を測定することができる。
【0020】
(2.定量的RT−PCR)
本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞から上記(1 ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)に記載された方法と同様の方法でmRNAを調製する。調製されたmRNAに例えばMMLV(東洋紡)等の逆転写酵素を添加し、反応緩衝液[50mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、3mM MgCl2、75mM KCl、10mM DTT]中、0.5mM dNTP及び25μg/mlオリゴdT存在下で42℃、15分間〜1時間反応させ、対応するcDNAを調製する。cDNA合成キット(宝酒造)を用いて対応するcDNAを調製しても良い。調製されたcDNAを鋳型にして、本遺伝子の塩基配列の一部分を有するDNAをプライマ−としてPCRを行う。プライマ−としては、例えば、登録番号M33648でGenbankに登録されている塩基配列を有する本遺伝子の部分塩基配列を有するプライマ−を挙げることができる。PCRの条件としては、例えば、例えば、TAKARA taq(宝酒造)を使用し、反応緩衝液[10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、50mM KCl,1.5mM MgCl2]中、2.5mM dNTP及び[α32P]−dCTP存在下で、例えば、94℃,30秒間次いで40℃〜60℃,2分間さらに72℃,2分間の保温を1サイクルとしてこれを30〜55サイクル行う条件を挙げることができる。増幅されたDNAをポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、分離されたDNAの放射活性量を測定することにより、本遺伝子のmRNAの量を測定することができる。或いはまた、例えば、TAKARA taq(宝酒造)を使用し、反応緩衝液[10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、50mM KCl,1.5mM MgCl2]中、SYBR Green PCR ReagentsPCR(ABI社) 25μlを含む50μlの反応液を調製し、ABI7700(ABI社)を用いて、50℃,2分間次いで95℃,10分間の保温の後、95℃,15秒間次いで60℃,1分間の保温を1サイクルとしてこれを40サイクル実施する条件でPCRを行う。増幅されたDNAの蛍光を測定することにより、本遺伝子のmRNAの量を測定することができる。
【0021】
(3.DNAアレイ解析)
本発明の転写物量の測定には、ナイロンメンブラン等のメンブランフィルタ−等に本遺伝子のcDNAをスポットして作製されるマクロアレイ、スライドガラス等に本遺伝子のcDNAをスポットして作製されるマイクロアレイ、スライドガラス上に本遺伝子の塩基配列の部分配列を有するオリゴヌクレオチド(通常18〜25merの鎖長)を光化学反応を利用して固定して作製されるプロ−ブアレイ等、公知の技術に基づいたDNAアレイを利用することができる。これらのアレイの作製は、例えばゲノム機能研究プロトコ−ル 実験医学別冊(羊土社刊)等に記載された方法に準じて行うことができる。またAffymetrix社等から市販されているGenechip等を利用することもできる。
【0022】
以下、DNAアレイを用いて本遺伝子の転写物量を測定する方法の一例を示す。
(3−1.マクロアレイによる定量)
本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞から上記(1 ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)に記載された方法と同様の方法でmRNAを調製する。調製されたmRNAに、例えばMMLV(東洋紡社)等の逆転写酵素を添加し、反応緩衝液[例えば50mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、3mM MgCl2、75mM KCl、及び10mM DTTを含む液]中、0.5mMdNTP、[α32P]−dCTP、及び25μg/mlオリゴdT存在下で42℃、15分間〜1時間反応させて、標識DNAを調製し、これをプロ−ブとする。このとき、cDNA合成キット(宝酒造)等を用いても良い。メンブランフィルタ−に本遺伝子のcDNAをスポットして作製されたマクロアレイをポリエチレン袋に入れ、ハイブリダイゼ−ションバッファ−〔6×SSC(0.9M NaCl、0.21Mクエン酸ナトリウム)、5×デンハルト溶液[0.1%(w/v)フィコ−ル400、0.1%(w/v)ポリビニルピロリドン、0.1% BSA]、0.1%(w/v) SDS,100μg/ml変性サケ精子DNA、50%ホルムアミド〕25mlを加えて、50℃、2時間インキュベ−トした後、ハイブリダイゼ−ションバッファ−を除去し、新たに2ml〜6mlのハイブリダイゼ−ションバッファ−を添加する。更に上記プロ−ブを加え、50℃、一晩インキュベ−トする。ハイブリダイゼ−ションバッファ−としては、上記のほかに、市販のDIG EASY Hyb(ベ−リンガ−マンハイム社)等を用いることもできる。マクロアレイを取り出して、50ml〜100mlの2×SSC、0.1% SDSに浸し室温にて15分間程度インキュベ−トした後、さらに同じ操作を1回繰り返し行い、最後に50ml〜100mlの0.1×SSC、0.1% SDS中で68℃、30分間インキュベ−トする。マクロアレイ上の標識量を測定することにより、本遺伝子の転写物であるmRNAの量、即ち、本遺伝子の発現量を測定することができる。
【0023】
(3−2.マイクロアレイによる定量)
本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞から上記(1 ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)に記載された方法と同様の方法でmRNAを調製する。調製されたmRNAに、例えばMMLV(東洋紡社)等の逆転写酵素を添加し、反応緩衝液[例えば、50mMトリス塩酸緩衝液(pH8.3)、3mM MgCl2、75mM KCl、及び10mM DTTを含む液]中、0.5mM dNTP、Cy3−dUTP、(又はCy5−dUTP)及び25μg/mlオリゴdT存在下で42℃、15分間〜1時間反応させる。アルカリバッファ−(例えば、1N NaOH、20mM EDTAを含む液)を加え、65℃10分間保温した後、MicroconYM−30等を用いて遊離のCy3又はCy5を除くことにより蛍光標識DNAを調製し、これをプロ−ブとする。得られたプロ−ブを用いてマイクロアレイに対して(3−1 DNAマクロアレイによる定量)に記載された方法と同様にしてハイブリダイゼ−ションを行う。アレイ上のシグナル量をスキャナ−により測定することによって、本遺伝子の転写物であるmRNAの量、即ち、本遺伝子の発現量を測定することができる。
【0024】
(3−3.プロ−ブアレイによる定量)
本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞から上記(1 ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)に記載された方法と同様の方法でmRNAを調製する。調製されたmRNAに、例えば、cDNA合成キット(GENSET社)等を用いてcDNAを調製する。調製されたcDNAを、例えば、ビオチンラベル化cRNA合成キット(In Vitro Transcription社)(Enzo社)等によりビオチン標識し、cRNA cleanup and quantitation キット(In Vitro Transcription社)により精製する。生成されたビオチン標識DNAをFragmentation バッファ−(200mMトリス酢酸(pH8.1)、500mM KOAc、150mM MgOAc)により断片化する。これに内部標準物質Contol Oligo B2 (Amersham社製)、100×Control cRNA Cocktail、Herring sperm DNA (Promega社製)、Acetylated BSA(Gibco−BRL社製)、2×MES Hybridization Buffer〔200mM MES、2M [Na], 40mM EDTA、0.02% Tween20 (Pierce社製)、pH6.5〜6.7〕及びDEPC処理滅菌蒸留水を加え、ハイブリカクテルを作製する。
1×MESハイブリダイゼ−ションバッファ−で満たしたプロ−ブアレイ[例えば、Genechip(Affymetrix社製)等]を、ハイブリオ−ブン内で、45℃、60rpm、10分間回転させた後、1×MESハイブリダイゼ−ションバッファ−を除去する。その後、該プロ−ブアレイに上記のハイブリカクテル200μlを添加し、ハイブリオ−ブン内で45℃、60rpm、16時間回転させる(ハイブリダイゼ−ション)。続いてハイブリカクテルを除去し、Non−Stringent Wash Buffer〔6×SSPE[20×SSPE(ナカライテスク社製)を希釈]、0.01% Tween20、及び0.005% Antifoam0−30(Sigma社)を含む〕で満たした後、GeneChip Fluidics Station 400(Affymetrix社製)の所定の位置に上記プロ−ブアレイを装着し、プロトコ−ルに従って洗浄する。次いで、MicroArray Suite(Affymetrix社)の染色プロトコ−ルEuKGE−WS2に従って該プロ−ブアレイを染色する。HP GeneArray Scanner(Affymetrix社製)により570nmの蛍光輝度を測定することにより、本遺伝子の転写物であるmRNAの量、即ち、本遺伝子の発現量を測定することができる。
【0025】
(4.インサイチュ−ハイブリダイゼ−ション法)
基本的には1)組織の固定、包埋、及び切片の作製、2)プロ−ブの調製、3)ハイブリダイゼ−ションによる検出からなり、あらかじめ放射性若しくは非放射性物質で標識されたRNA又はDNAをプロ−ブとすること以外は、例えば、Heiles,H.et al., Biotechniques,6,978,1988、遺伝子工学ハンドブック 羊土社 278 1991、細胞工学ハンドブック,羊土社,214,1992、細胞工学ハンドブック,羊土社,222,1992等に記載される方法に準じて行うことができる。
RNAプロ−ブを調製する場合には、まず、例えば前記(1 ノ−ザンハイブリダイゼ−ション法)に記載した方法と同様にして本遺伝子のDNAを取得し、当該DNAをSP6、T7、T3RNAポリメラ−ゼプロモ−タ−をもったベクタ−(例えばStratagene社のBluescript、Promega社のpGEM等)に組み込んで大腸菌に導入し、プラスミドDNAを調製する。次いで、センス(ネガティブコントロ−ル用)、アンチセンス(ハイブリダイゼ−ション用)RNAができるようにプラスミドDNAを制限酵素で切断する。これらDNAを鋳型とし、放射性標識の場合はα−35S−UTP等、非放射性標識の場合にはディゴキシゲニンUTP又はフルオレセイン修飾UTP等を基質として、SP6、T7、T3RNAポリメラ−ゼを用いてRNAを合成しながら標識し、アルカリ加水分解によりハイブリダイゼ−ションに適したサイズに切断することによって、あらかじめ放射性若しくは非放射性物質で標識されたRNAを調製する。なお、これらの方法に基づいたキットとしては、例えば、放射性標識用にはRNAラベリングキット(アマシャム社)が、非放射性標識用にはDIG RNAラベリングキット(ベ−リンガ−・マンハイム社)やRNAカラ−キット(アマシャム社)が市販されている。
また、DNAプロ−ブを調製する場合には、例えば、32P等で標識した放射性ヌクレオチド又はビオチン、ディゴキシゲニン若しくはフルオレセインで標識したヌクレオチドを、ニックトランスレ−ション法(J.Mol.Biol.,113,237,Molecular Cloning,A Laboratory Manual 2nd ed.,10,6−10,12,Cold Spring Harbor Lab.)又はランダムプライム法(Anal.Biochem., 132,6,Anal.Biochem.,137,266)によって取り込ませることによって、あらかじめ放射性若しくは非放射性物質で標識されたDNAを調製する。これらの方法に基づいたキットとしては、例えば、放射性標識用にはニックトランスレ−ションキット(アマシャム社)やRandom Prime Labeling Kit(ベ−リンガ−マンハイム社)が、非放射性標識用にはDIG DNA標識キット(ベ−リンガ−マンハイム社)、DNAカラ−キット(アマシャム社)等が市販されている。
具体的には、本遺伝子の発現レベルを測定しようとする組織又は細胞をパラホルムアルデヒド等で固定し、パラフィン等に包埋した後、薄切切片を作製しスライドグラスに張り付ける。又は、上記の組織又は細胞をOCTコンパウンドに包埋後、液体窒素又は液体窒素で冷却したイソペンタン中にて凍結させ、その薄切切片を作製し、スライドグラスに張り付ける。このようにしてスライド標本を得る。
次に、上記の組織又は細胞中にあって使用されるプロ−ブと非特異的に反応する物質を除去するために、上記のようにして作製されたスライドグラス切片をプロテイナ−ゼK処理し、アセチル化する。次いで、該スライドグラス切片と上記のようにして調製されたプロ−ブとのハイブリダイゼ−ションを行う。例えば、上記のプロ−ブを90℃で3分間加熱した後ハイブリダイゼ−ション溶液で希釈し、該溶液を前処理の終了したスライドグラス切片上に滴下してフィルムでおおい、モイスチャ−チャンバ−中で45℃、16時間保温することにより、ハイブリッドを形成させる。ハイブリダイゼ−ションの後、非特異的吸着又は未反応プロ−ブを洗浄等(RNAプロ−ブを用いた場合はRNase処理も加える)により除去する。転写物量は、例えば、スライドグラス切片上の標識量を測定すること、或いは薄切切片中のラジオアイソト−プ若しくは蛍光活性を示す部分の面積若しくは細胞数をカウントすることにより、本遺伝子の転写物であるmRNAの量又はそれに相当する値を測定することができる。
【0026】
本発明検出方法においては、本遺伝子の検体における発現レベルを、上述のようにして測定する。
【0027】
本遺伝子の発現レベルの測定は、上述のようにして、単位量の検体当たりの本遺伝子の転写物量を測定する方法、単位量の検体当たりの本遺伝子の翻訳産物量を測定する方法等により行うことができ、本遺伝子の転写物量又は翻訳産物量を測定する方法を好ましく挙げることができる。
【0028】
上記のようにして得られた前記検体における本遺伝子の発現レベルの測定値を、当該遺伝子の発現レベルの対照値と比較し、その差異に基づいて前記検体における化学物質が有する発達神経毒性作用の有無又はその発生程度を評価する。
【0029】
本遺伝子の発現レベルの対照値としては、例えば、化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルの値を挙げることができる。かかる対照値は、化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における本遺伝子の発現レベルを、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルと併行して測定して求めてもよいし、別途測定して求めてもよい。また、発達神経毒性を有する公知の化学物質又は発達神経毒性を有しない公知の化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における本遺伝子の発現レベルを測定して求めてもよい。
例えば、化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における本遺伝子の発現レベルの値を対照値として、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における、登録番号1でGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオ−ソログの発現レベルの測定値が対照値と有意に異なれば、当該化学物質は発達神経毒性を有すると評価することができる。
【0030】
より具体的には例えば、発達神経毒性を有する場合には、対照哺乳動物由来の小脳の検体における本遺伝子又はそのオ−ソログの発現レベルの値を対照値として、被験哺乳動物由来の小脳の検体における登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログの発現レベルの測定値が対照値よりも低ければ、化学物質に発達神経毒性があると検定することができる。
【0031】
本発明検定方法においては、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体が用いられるが、このような検体は、本発明検定方法の第一工程の前工程として、
(A)妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物を飼育する第A工程、
(B)第A工程により飼育された妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物に対して化学物質を投与する第B工程、及び
(C)第B工程後、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体を得るために、化学物質が投与された哺乳動物から、当該哺乳動物由来の検体を単離する第C工程、
を追加的に有する方法により調製すればよい。
【0032】
前工程(A)に関して、妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物を飼育する方法は、例えば、以下のようにすればよい。
動物業者から妊娠動物を購入しても良いし、または非妊娠の雌動物を雄動物と交配させることにより妊娠動物を作成してもよい。分娩前にはケージ内に床敷を敷いた分娩用受け皿を装着し、児動物は床敷存在下で飼育するとよい。
【0033】
前工程(B)に関して、哺乳動物に対して化学物質を投与する方法としては、例えば、経口(強制又は飲料水や餌に混じ)、筋肉内、静脈内、皮下、腹腔内、経気道等により行うことができる。投与量、投与回数及び投与期間は、例えば、全身状態、全身諸器官組織等に重篤な影響を及ぼさない範囲内(例えば投与量は、最大耐量)とすればよい。また、投与は母動物に対して行い、胎盤あるいは乳汁移行により児動物へ化学物質を曝露させてもよいし、直接、上記の方法を用いて児動物に化学物質を投与してもよい。又は、母動物および児動物ともに投与してもよい。
また、小脳の組織或いは小脳から分離された細胞又はその培養細胞と、化学物質とを間接的な手段によって接触させることもできる。
【0034】
より具体的には例えば、第A工程により飼育された哺乳動物に対して化学物質を投与するには、以下のように行えばよい。
前記被験哺乳動物に対して化学物質を、例えば、胎生6日から生後21日までの1日間以上、少なくとも1日1回以上、経口投与、皮下投与又は吸入投与する。
【0035】
当該工程における化学物質の経口投与は、例えば、以下の手順で行えばよい。
まず、投与液の作製に関して、化学物質を必要量秤量し、これをそのまま投与液とする。必要に応じて適当な溶媒(コーンオイルや約0.25〜0.5%のメチルセルロース溶液等)を用いて溶液又は均一な懸濁液を作製する。経口投与は注射筒及び弾性カテーテル等を用いて母獣1匹当たり約5〜10mL/kg/dayの液量で少なくとも1日1回以上経口投与する。あるいは児動物に直接投与する場合は児動物1匹当たり約10μL/gの液量で1日1回以上経口投与する。これを1日間以上継続して行う。
【0036】
当該工程における化学物質の皮下投与は、例えば、以下の手順で行えばよい。まず、投与液の作製に関して、化学物質を必要量秤量し、これをそのまま投与液とする。必要に応じて適当な溶媒(コーンオイルや約0.25〜0.5%のメチルセルロース溶液等)を用いて溶液又は均一な懸濁液を作製する。皮下投与は注射筒及び注射針等を用いて、1匹当たり約0.5〜1mL/kg/dayの液量で少なくとも1日1回以上皮下投与する。これを1日間以上継続して行う。
【0037】
当該工程における化学物質の吸入投与は、例えば、以下の手順で行えばよい。まず、投与液の作製に関して、化学物質を必要量秤量し、これをそのまま投与液とする。必要に応じて適当な溶媒(コーンオイルやアセトン等)を用いて作製した溶液を噴霧装置に装着する。吸入投与は適当な曝露チャンバーを用いて、実験動物の自発呼吸により吸引させることにより行う。少なくとも、1日1回以上、1回当たり連続約4時間以上吸入投与する。これを1日間以上継続して行う。
【0038】
前工程(C)に関して、第B工程後、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体を得るために、化学物質が接触された哺乳動物(児動物)から、当該哺乳動物由来の検体を単離するには、当該分野における通常の方法により行えばよい。
【0039】
より具体的には例えば、まず、最終投与(前工程(B))の翌日、被験哺乳動物(児動物)を断頭により致死させる。致死させた後、当該哺乳動物から出来るだけ早く脳を摘出する。摘出された脳について、冷えたトレー上にて小脳を分割し、液体窒素を用いて即座に凍結し、−80℃で保存すればよい。
【0040】
次に、上記のようにして化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における本遺伝子の発現レベルを、上述のようにして測定する。本遺伝子の発現レベルの測定は、上述のようにして、単位量の検体当たりの本遺伝子の転写物量を測定する方法、単位量の検体当たりの本遺伝子の翻訳産物量を測定する方法等により行うことができ、本遺伝子の転写物量を測定する方法を好ましく挙げることができる。
【0041】
上記のようにして化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における本遺伝子の発現レベルの測定値を、当該遺伝子の発現レベルの対照値と比較し、その差異に基づいて前記検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する。
【0042】
本発明は、上記説明の如く、発達神経毒性を評価するための指標を提供する試薬としての、登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子又はその一部の使用を含み、またさらに、被験物質について、本発明検出方法により検出された当該被験物質が有する発達神経毒性に係るデータ情報を入力・蓄積・管理する手段(以下、手段aと記すこともある。)、前記データ情報を所望の結果を得るための条件に基づき照会・検索する手段(以下、手段bと記すこともある。)、及び、照会・検索された結果を表示・出力する手段(以下、手段cと記すこともある。)を具備することを特徴とするシステム(以下、本発明システムと記すこともある。)をも含むものである。
【0043】
まず、手段aについて説明する。手段aは、前記のとおり、本発明検出方法により検出された当該被験物質が有する発達神経毒性に係るデータ情報を入力した後、入力された当該情報を蓄積・管理する手段である。かかる情報は、入力手段1により入力され、通常記憶手段2に記憶される。入力手段としては、例えばキーボード、マウス等の当該情報の入力可能なものが挙げられる。当該情報の入力及び蓄積・管理が完了すれば、次の手段bに進む。尚、当該情報の蓄積・管理には、コンピュータ等のハードウェアとOS及びデータベース管理等のソフトウエアとを用いて、データ構造を有する情報を入力し、適当な記憶装置、例えば、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、ハードディスク等のコンピュータ読取可能な記録媒体に蓄積することにより、大量のデータを効率良く蓄積し管理すればよい。
【0044】
手段bについて説明する。手段bは、前記のとおり、手段aにより蓄積・管理された前記データ情報を所望の結果を得るための条件に基づき照会・検索する手段である。かかる情報は、入力手段1により照会・検索のための条件が入力され、通常記憶手段2に記憶された上記情報の中で当該条件に合致したものを選択すれば、次の手段cに進む。選択された結果は、通常、記憶手段2に記憶され、さらに表示・出力手段3により表示可能となっている。
【0045】
手段cについて説明する。手段cは、前記のとおり、照会・検索された結果を表示・出力する手段である。表示・出力手段3としては、例えばディスプレイ、プリンタ等が挙げられ、当該結果をコンピュータのディスプレイ装置に表示するか、印刷等により紙上に出力するか等すればよい。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げてさらに詳細に本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
実施例1 (被験哺乳動物の準備)
交配時10週齢の妊娠8、9、10日のCrj:CD(SD)IGS雌ラットを日本チャールス・リバーから購入し、前面・床面ステンレス網、壁面アルミ製懸垂式ケージ(ヤマト科学(株))を用いて飼育した。妊娠20日から分娩後21日までケージ前面をステンレス製の遮蔽版で覆い、ケージ内に床敷(アルファドライ、Shephrd Specialty Papers Inc.)を敷いた分娩用受け皿を装着した。尚、児動物は生後0日から生後28日まで同腹時毎に母動物と同居させた。また、1週間の検疫期間の後、化学物質の投与に供した。
【0048】
実施例2 (化学物質の投与)
実施例1により飼育された妊娠雌ラットに、発達神経毒性作用を有するプロピルチオウラシル(以下、PTUと記すこともある。)を0.4、1.0及び2.5mg/kg/dayの投与量で、かつ、5mL/kg/dayの液量で、1日1回、妊娠18日から分娩後21日まで強制経口投与した。投与液は、いずれも溶媒として0.5%メチルセルロースを用いた。プロピルチオウラシルの投与は、注射筒及び弾性カテーテルを用いた。尚、対照哺乳動物としては、プロピルチオウラシルを含む投与液の代わりにプロピルチオウラシルを含まない投与液(0.5%MCのみ)が前記と同様に投与された前記妊娠雌ラットが用いられた。
【0049】
実施例3 (小脳の摘出)
分娩した児動物の生後4、14、22日齢及び約9週齢それぞれの時期に、当該児動物(即ち、被験哺乳動物及び対照哺乳動物)を断頭にて安楽死させた。致死させた当該児動物から脳を摘出した。摘出された脳を冷やしたトレー上で速やかに小脳に分割し、これをセラムチューブに入れた。セラムチューブに入れられた小脳を液体窒素で凍結した後、−80℃で保存した。
【0050】
実施例4 (total RNAの調製)
実施例3で保存された小脳組織に、湿重量50〜100mgに対して1mlのISOGEN(株式会社 ニッポンジーン社製)を加えた後、当該混合物を氷冷しながらポリトロンホモジナイザーにてホモジナイズし、5分間室温で放置した。次いで、放置された混合物に0.2mlのクロロホルム(関東化学社製)を添加した後、これを15秒間上下に激しく撹拌した。5分間室温で放置した後、4℃、12,000g、15分間遠心分離した。当該操作により得られた水層を1.5mlアシストチューブ(アシスト社製)に回収した。更に、回収された混合物に、0.5mlの2-プロパノール(関東化学社製)を添加し、これを転倒混和した後、室温で10分間静置した。4℃、12,000g、10分間遠心分離した後、上清を除去することによりペレットを得た。得られたペレットを、1mlの70%エタノール溶液で洗浄した後、これにDEPC処理滅菌蒸留水を20μl添加し、溶解することにより、total RNA溶液を得た。各サンプルのtotal RNA溶液について260nmの吸光度を分光光度計により測定し、RNA濃度を算出した(OD2601.0=40μg/mL)。total RNA溶液の最終濃度が200ng/μLになるようにDEPC処理滅菌蒸留水にて希釈した。
【0051】
実施例5 (cDNAの調製)
市販のキットTaqManReverseTranscription(ABI社製)のTaqMan Reverse Transcription Regentsに含まれる試薬(10x Taq Man RT buffer 1μL、25mM MgCl2 2.2μL、DeoxyNTPs Mixure 2μL、Oligo dT 0.5μL、RNase Inhibitor 0.2μL、MultiScribe RT 0.25μL)及びDEPC処理滅菌蒸留水2.85μLを混合した。次いで、当該混合物に、実施例4で調製された小脳組織由来のtotal RNA 1μL(200 ng)を添加した後、得られた混合物について、25℃、10分間、次いで48℃、30分間保温した後、95℃、5分間加熱する反応条件を用いて逆転写反応を行った。逆転写反応後、反応物を4℃で冷却することにより、cDNA溶液を調製した。
【0052】
実施例6(定量的RT−PCRを用いた本遺伝子の発現レベルの測定)
プロピルチオウラシル投与群由来の小脳組織及び0.5%メチルセルロースのみの投与群(以下、コントロール群と記すこともある。)由来の小脳組織のそれぞれから、実施例4記載の操作と同様な操作によりtotal RNAを調製した後、実施例5記載の操作と同様な操作によりプロピルチオウラシル投与群由来の小脳組織及びコントロール群由来の小脳組織のそれぞれからcDNAを調製した。次に、調製されたcDNAを鋳型として、以下の反応条件を用いてPCRを行うことにより、増幅されたDNAを定量した。即ち、当該cDNA 0.25μl、Forwardプライマ−(配列番号5:5’ CCA AGG CTA GCA TGG TTT TAC AT- 3’)800nmol、Reverseプライマー(配列番号6:5’ GAA GGC TTT TGA TTT GAG GAG GTT- 3’)800nmol、プローブ(配列番号7:5’ TGT CCC TCA AAG TCA GGA AAC TCT TAG- 3’)250nmol及びTaqMan Universal Master Mix(ABI社) 12.5μlを含む25μlの反応液を調製し、調製された反応液をGeneAmp5700 Sequence detection System(ABI社)を用いて、50℃ 5分間、次いで95℃ 10分間保温した後、95℃ 15秒、次いで60℃ 1分間の保温を1サイクルとしてこれを40サイクル実施する反応条件を用いてPCRを行った。また、組織における発現レベルが恒常的に一定であることが知られている対照遺伝子(G3PDH)については、Forwardプライマ−(配列番号8:5’ GCT GCC TTC TCT TGT GAC AAA GT - 3’)、Reverseプライマー(配列番号9:5’ CTC AGC CTT GAC TGT GCC ATT - 3’)、プローブ(配列番号10:5’ TGT TCC AGT ATG ATT CTA CCC ACG GCA AG - 3’)を用いて、その他の条件は上記の方法と同様の方法でPCRを行った。そして、対照遺伝子の増幅されたDNA量当たりの本遺伝子の増幅されたDNA量を算出することにより、プロピルチオウラシル投与群由来の小脳組織における本遺伝子の発現レベル及びコントロール群由来の小脳組織における本遺伝子の発現レベルのそれぞれを求めた。
登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログの発現レベルにおいて、化学物質投与群由来の小脳組織における発現レベルの測定値が、コントロール群由来の小脳組織の発現レベルの測定値(即ち、対照値)に対して有意差があれば、当該化学物質は発達神経毒性を有すると評価した。その結果を図1に示す。図1から明らかなように、プロピルチオウラシル(PTU)が投与された哺乳動物の小脳におけるNR2AのmRNA発現量は生後14及び22日において対照哺乳動物の小脳におけるNR2AのmRNA発現量と比べて有意に低い値を示しており、本発明検定方法が発達神経毒性を検出する方法として有効であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、実施例3において哺乳動物から摘出された小脳のNR2AのmRNA発現量の結果を示す図である。図中の*及び**は、標準偏差p<0.05及びp<0.01を意味している。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
配列番号5
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号6
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号7
ハイブリダイゼーションのために設計されたオリゴヌクレオチドプローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学物質が有する発達神経毒性の検出方法であって、
(1)化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体における、以下の登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子の発現レベルを測定する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた前記検体における遺伝子の発現レベルの測定値を当該遺伝子の発現レベルの対照値と比較し、その差異に基づいて前記検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する第二工程
を有することを特徴とする方法。
<登録番号1>
(a)AF001423(配列番号1で示される塩基配列)
(b)AJ306633(配列番号2で示される塩基配列)
(c)D13211(配列番号3で示される塩基配列)
(d)M91561(配列番号4で示される塩基配列)
【請求項2】
検体が、器官を構成する細胞又はその内容物が含まれる可能性のある生体試料であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
器官が小脳であることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
遺伝子の発現レベルの測定が、当該遺伝子の転写物量又は翻訳産物量の測定によりなされることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
遺伝子の発現レベルの対照値が、化学物質に予め接触していない哺乳動物由来の検体における当該遺伝子の発現レベルの値であることを特徴とする請求項1、2又は3記載の方法。
【請求項6】
化学物質に予め接触させられた哺乳動物が、化学物質に予め接触させられた哺乳動物であることを特徴とする請求項1、2、3、4又は5記載の方法。
【請求項7】
第一工程が、登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子の発現レベルを測定する工程であり、かつ、第二工程が、当該第一工程で得られた発現レベルの測定値が対照値と有意に異なることを指標とし、当該指標に基づいて検体における化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその発生程度を評価する工程であることを特徴とする請求項1、2、3、4、5又は6記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載される方法により評価された、化学物質が有する発達神経毒性の有無又はその量に基づき発達神経毒性を有する化学物質を選抜する工程を有することを特徴とする発達神経毒性を有する化学物質の探索方法。
【請求項9】
第一工程の前工程として、
(A)妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物を飼育する第A工程、
(B)第A工程により飼育された妊娠期又は哺育期間中の母動物又は児動物に対して化学物質を投与する第B工程、及び
(C)第B工程後、化学物質に予め接触させられた哺乳動物由来の検体を得るために、化学物質が投与された哺乳動物から、当該哺乳動物由来の検体を単離する第C工程、
を追加的に有することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項10】
発達神経毒性を評価するための指標を提供する試薬としての、以下の登録番号1に示される登録番号のいずれかでGenbankに登録されている塩基配列を有する遺伝子又はそのオーソログから選ばれる1以上の遺伝子又はその一部の使用。
<登録番号1>
(a)AF001423(配列番号1で示される塩基配列)
(b)AJ306633(配列番号2で示される塩基配列)
(c)D13211(配列番号3で示される塩基配列)
(d)M91561(配列番号4で示される塩基配列)
【請求項11】
被験物質について、請求項1記載の方法により検出された当該被験物質が有する発達神経毒性に係るデータ情報を入力・蓄積・管理する手段、前記データ情報を所望の結果を得るための条件に基づき照会・検索する手段、及び、照会・検索された結果を表示・出力する手段を具備することを特徴とするシステム。

【図1】
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【公開番号】特開2006−115748(P2006−115748A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306434(P2004−306434)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】